森野探偵事務所物語~1~

巳狐斗

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第14話 因果応報~下~

第14話 因果応報~下~

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「っにしてんだ!!バカやろう!!!!」

「は!?」


哲也がここまで怒るのは珍しいというのと、胸ぐらを捕まれ壁に押し付けてる乱暴さに驚きを隠せない藍里は、思わず声をあげた。

それでも、哲也は容赦なかった………。



「バカっつってんだ!!

バカ!!

バカ!!

大バカ野郎!!

真相を黙ってる探偵がどこにいる!?
自分も復讐がしたいがために、黙ってる探偵がどこにいるってんだよ!?

どんなに辛いことされても、そいつが濡れ衣着せられていい理由なんてないだろ!!

探偵なら、そこんとこわからなくてどうする!!

犯人の手助けなんかすんな!!
過去にとらわれんな!!

推理オタクバカっ!!!」


そこまで言わなくてもよくない!?

と、普段の藍里なら言っていた。
ところが、今は状況が状況なだけに、ただただポカンとしているだけであった。
激しく怒ったせいでか、目を見開き、肩で息をする哲ら也。
やがて、大きく深呼吸をすると胸ぐらから手を離し、藍里を挟むかのように両手で壁に手を置きながら、祈るように頭を下げてさらに続けた。


「……思い出してみろよ………高校卒業したときに………お前が探偵事務所を開くと言った時……理由聞いたら、お前は

お前のお袋が…!死んだお袋が言うように、

『弱い立場になった人を助けたい』

からって言ってただろうが!!」






その言葉に、藍里の頭の中に稲妻が走った…。




(そうだ………母さんのあの言葉………なぜ今の今まで忘れていたのだろうか…。)










正義のヒーローは、何かわかるかと尋ねられた時、母親は優しく笑って答えたのだ…。



『…本当の正義はね……弱い立場の人を助ける人のことよ。

いくら強くて、頭がよくても『考え方』が悪いと、その2つの能力も悪い方向にいっちゃうの。

ほら。悪者も、頭がよくて強いけど人の嫌がることをしちゃうから悪者って言われちゃうでしょ?』


母親の言葉に続くように、父親も、幼い藍里の頭を撫でながら優しくいった。

『皆が皆、そんな弱い立場になりたくてなってる訳じゃない。運が悪かっただけだ。

でも、いくら自分が弱くても、頭悪くても、その考え方1つで、それは悪者に負けない力になるんだ。
だから、弱い立場になってしまった人を守るんだ。いいな?』





両親の暖かな言葉。
幼く、難しいことはよくわからなかった藍里でも、これだけは理解できた。




『弱い立場になってる人を助ける。』


と。


「藍里…?」

哲也が頭を上げて、黙っている藍里の方を見る。藍里は、目にうっすらと涙を溜めていて、今にも泣き出してしまいそうだった……。



「……ごめん。哲也。ごめんね。私、間違ったことすることだった………。ありがとう…ごめん………。」


俯く藍里。それで冷静を取り戻したのか、哲也はゆっくりと手を離すと、

「……俺だって、中学んときに守れなかったのは悪いと思ってる。でも……幼馴染みが悪い方に行こうとするんだったら、俺は、ぶん殴ってでも引き留める。」


頷く藍里。
それは、何となくわかる。
藍里自身も、哲也と同じ立場なら、同じことをしてしまうであろうと、予測したからだ。

藍里は、涙を拭うと、まっすぐと哲也を見て口を開く。



「……でも、これだけ………この資料だけじゃ、まだ証拠として弱すぎる。

向こうには、藤原彩弓の指紋もある。
周りの発言からしても、藤原彩弓の行動全てを把握してる訳では無いから、証言者もいない。

まずは、そこを徹底的に調べあげないと……。」


「そうか。協力する!何をすればいい?」


「…これを警察に提供して、その後に伊集院弥生さんの家に行って、事のすべてを話してきて?

これ、伊集院さんの母親が警察に提供する予定だったらしいんだけど、引ったくられた物だから。」


「わかった!まかせろ!」


そう言うと、哲也はクリアファイルを受け取り、廊下を走り出した。

「藍ちゃん!」

哲也が走り去った方とは反対の方から声が聞こえたかと思うと、そこには、陽菜、輝、聖人が立っていた。


「皆……。」


「話は全部聞いたよ。僕たちも協力する!」

輝が、眼鏡の奥から優しい目をして答えた。

「藤原彩弓はどーでもいいけど、藍ちゃんの事は大好き!だから、藍ちゃんのために動く!!」

「冤罪で終わらせんのも、お前的にも嫌なんだろ?」

笑顔のみんな。
そこで別の涙が込み上げてきそうになったが、なんとかグッとこらえた。


「ありがとう……じゃあ、皆は聴き込みに行って?私が行っても、たぶん警戒されちゃうから。」

「了解!」

「あのサーカスの事件以来、目立ってるもんね……わかったよ。」


了承した3人は、それぞれ行動し始めた。


藍里は、哲也が向かってった方向に走り、あるところへと向かった。

向かいながら、決意を固めた。





(私は、冤罪で苦しむ藤原彩弓を助ける!!)



と………。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~




もうすぐだ…………。






もうすぐで、藤原彩弓が有罪となり…………






私の復讐は完成する……………








おもいしればいい。









私の苦しみを……………泣いて謝ったって許してなんかやらない。









あの女子大生探偵もお手上げのようだしな。









私はゆっくり見学でもさせてもらうよ。








藤原彩弓が、絶望的な顔をして、牢屋にぶちこまれるのをね。








「あ。そうだ。」






あなたが以前、私にした仕打ちで、汚い笑顔で言ってた言葉をそのまま言ってあげる。








「これ、楽しいー!♪」







~~~~~~~~~~~~~~~~~~










「本当に!?本当に、あの書類を警察に…?」


伊集院弥生の母親、伊集院 芳子が、目に涙を溜めながら聞いてきて、それに頷く哲也。
すると、芳子はその場に崩れ落ちて涙声で呟いた……。


「ああ。よかった……よかったわ………。」


「あの、辛いこと聞いちまいますが、弥生さんは、当時誰に会うかとか……詳しくいってませんでしたか?」


「詳しくは言ってなかったわ……『中学時代の同級生にあう』とだけ………私の家は、事件に巻き込まれないように、ネットで知り合った人と会うのは禁止にしてたのに、この文面を見てショックを覚えたわ……。」

芳子は、涙をぬぐいながら『こんな事になりうるから、禁止にしてたのに……。』と悔しそうに付け足した。


「…他に、気になったことありますか?えと……日常的で些細なことでもいいんすけど……。」


哲也が、ギリギリまで食らいつく。少し悩んだ芳子は、やがて手をポンっ!と叩くと、


「そういえば……あの子、leadを始めたぐらいに部屋で誰かと電話してたみたいで……。

『中学時代は水に流して、仲良くしよ?』って言ってたのよ………。」


「中学……?それ、相手は?」


哲也の問いかけに、芳子は首をかしげて

「さぁ……?あの子、自分のことをあまり話さなかったから………あの日以来………。」


「あの日……?」


哲也の言葉に芳子は思わず口に手を当てたが、やがて観念したかのように手を下ろす。


「実は……あの子、小学生の時ね…………。」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~




聖人は、今回の事件についていろいろと聞いて回っていたら、数人の男達が彼を囲み、明らかにヤバイ状況であると安易にわかる。


「おいおい。兄ちゃん達よ。いくらなんでも、複数 対1人は反則じゃねぇのか?」


苦笑いを浮かべながら、聖人は呟いた。
リーダーらしき男は、クツリと笑うと自信たっぷりの口調で答えた。

「悪いねぇ。頼まれてんだよ。あの事件を嗅ぎ回ってるやつを潰せってさぁ。」

「へぇ?んじゃ、そいつ叩いたらなにかわかるのか?」

「誰が教えるかよ…!」



そういった男は、聖人に向かって拳を振り上げた…。

直後、そこに響いたのは、ボカッ!バキッ!などといった、殴られた時の鈍い音のみだった………。




陽菜は、たまたま同じサークルの子で同じ小学校だった『竜胆 あやか(りんどう あやか)』という、女性から話を聞いていた。彼女はどうやら、かつて伊集院弥生とleadを通じて話したことがあったようだった。 


「わたし、あるユーザー名であの人と会話したんだけど、なんていうか………唯我独尊みたいな感じで、少し話しづらかったかな?」

「唯我独尊…………たとえば?」


「えっと……………自分勝手…?というのかな?他のSNSで、『こんなこと言うやついたよ!晒せ晒せ!』って面白半分に言ったりとか、同担拒否をあからさまに見せて、しまいにはその人に『死ね』って言ったり………それで、私その人の事ブロックしたの。」


困ったように話すあやか。








輝は、とあるバーでオネェから情報をとっていた。名前は『飯仲 絢斗』(いいなか けんと)。


「ここだけの話なんだけどさぁ、あの子、色んなleadのアカウントの乗っとりしてたみたいよぉ?」


「乗っとり?」


「ほら。お母さんが経営者じゃない?leadって。あの子の親、パソコンとか疎いからそれで教えながら作ってたみたいだったし?だから、いろんな人のアカウントとか面白半分で乗っ取ったみたいよ?」


私もやられて、もうそれっきり!
と、絢斗はイライラを露にしながら言った。
確かに、母親がパソコンに疎くて教えてもらいながらなら、隙をついてアカウントを知ることもできる。


輝は、一言お礼を言うと踵を返す。

「あ!待って!お兄さん!うちで働かない?サービスつくわよぉ!?」

「すみません。レポートで忙しいので!」


絢斗の熱烈な誘いを、爽やかな笑顔で返す輝。
しかし、すぐに真剣な顔になって、藍里のもとに走り出した。

~~~~~~~~~~~~~~~~~

大学で先に合流していた哲也と陽菜、輝が先に情報交換を行っていた。

「つまり、伊集院弥生はleadで乗っ取りが可能。いろんなユーザーの呟いてもないことも呟く事も可能ってことか………。」

まとめた輝が、腕を組みながら呟いた。


「あと、伊集院の母ちゃんから、弥生がこっちに越してきた理由が分かったんだ。」


「それなに?てっちゃん。」

陽菜が、哲也の言葉に首をかしげる。


「アイツ、……小学生の頃にこちらに転校してきた理由が……『1人の生徒を突き落とした』から、だと。」


その言葉と共に、『いじめ』という単語が2人の脳裏によぎったが、それを悟ったのか、哲也は手をあげるとさらに続けた。

「まぁ。いじめには違いねぇんだけど、逆なんだ。


正しくは、伊集院弥生が、1人の子からいじめを受けていた。
悪口を言われることから始まり、それが殴る蹴るの暴行に代わった。


そんなある日、その子が3階のベランダまで連れていって『ここから飛び降りろ』って言ったんだって。

もちろん、伊集院弥生は拒んだ。けど、その子は無理矢理、伊集院弥生を突き落とそうとした。

伊集院弥生は、思わず彼女を思いっきり蹴飛ばした……。





ところが………蹴飛ばして、その子が当たったところの手すりはだいぶ錆びていて、今にも壊れそうになっていたんだ。




そして、勢いに負けた手すりは、そのまま壊れて、その子は地面に……。




途中の木がクッションになったからその子は、一命をとりとめたけど、けっこう問題になって伊集院弥生は、転校するしかなかったんだ。

その事件を知らない、遠いところに……。」



「気になるね。その話。」




突然響いた声。

いつのまにか話を聞いていた藍里だ。

藍里は、片手にDVD-ROMをもったまま、ゆっくりと近づくと輝に訪ねた。

「…その、突き飛ばされた子……今は?」


「変わらずに過ごしてるけど、その日以来、高いところがダメになったみたいなんだ。高所恐怖症ってやつ?そして、毎日のようにいってるって……『伊集院弥生を許さない』って…。」


「なにそれっ!いじめしてきたのはそっちでしょ!?自・業・自・得!!」

陽菜が、頬を膨らませながらそう言う。が、藍里は気に止めずにさらに訪ねる。

「……名前…聞いた?」


「……確か……村瀬光香(みか)…。」

「……お兄さんかなんか、いなかった?」


「あ!居るっつってたわ!そういえば!なんか、ひったくり犯がそいつの兄だったらしくて、伊集院も何も言えなかったって。名前が確か………。」



「………村瀬奏斗。」


「藍里……?やたら詳しいね?知ってるの?」

怪訝そうな顔で輝が尋ねてきた。

「まぁね。ひったくり犯を捕まえたの私だったし……。」

そこまで言って藍里は、しばらくなにか考え込んでいたが、やがて指をパチン!と鳴らすと

「……全貌が見えてきた……。」

と、呟いた。そして、彼らを見渡したところで、ピタリと止まる。1人いないことに気づいたのだ。



「………聖人は?」

「まだ来てないけど、藍ちゃん会ってないの?」

「私…今まで和水先生のところいたから……。」


「何してたの?というか、さっきから気になってたけど、そのDVD-ROMは?」


輝が、それを指で示しながら訪ねる。藍里は、一瞬そこに目を落とすとニッと笑いながら答える。


「和水先生とやった実験記録……と、

今回の事件の鍵!」






「……遅くなったな。」



そんなことを話していたら、噂をしていた聖人が現れた。

「遅かったじゃねーか。どうした?」


哲也が目を丸くして訪ねた。


「ちぃと、トラブルあってよ。絡まれた。大丈夫。余裕だったわ。……んで、コイツが色々と吐いてくれたぜ?」


と言って、聖人がスマホで取ったらしい動画を見せ、それをのぞき込む4人。



『すみません。すみません。許してください!!!』


スマホの中の男は、聖人に土下座をして平謝りしていた。周りには、数人の男達が呻きながら倒れこんでいる。
どの人も、顔が可哀想なくらいな腫れ物ができてる。

『にいちゃんよぉ。俺、別にこの動画を晒す気はまったくないんだよ。

ただ、あの事件について知ってることあったら言ってほしいっつーだけでよぉ。』


…………………脅しているのは聖人の声である。


『お、おれ、詳しいことはなにも!本当だ!あ…いや、本当です!!あなた様みたいに嗅ぎ回ってる奴潰せって言われたのも、金で頼まれただけなんです!!』


『……誰にだ?言わねーとわかってるか?はい、さーん、にーぃ、いーち……!』


『本名は知らねぇ!!けど!!自分の事、


なっちーっていっていた!!!』



聖人の合図のあとに、男は、慌ててそう叫んだ。






「どうよ?けっこういい情報じゃね?」

ドヤ顔をする聖人に


「………吐いてくれたというよりも、吐かせてるよね?明らかに。」



と、むごいやり方に藍里を始め、哲也や輝、陽菜もジト目で聖人を見る。

が、藍里はすぐに真剣な顔をした。


「よし。これだけあればいいでしょ。さぁ、行こうか!


真犯人の行動を暴きにね!」

自信に充ちた顔をした藍里は、4人と共に大学を後にした…。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

夕方。

武嶋優紀、藤原結希、竜胆あやか、村瀬奏斗が、武嶋のバイト先のパンケーキ屋に集まっていた。
店の玄関には、『臨時休業』の紙が張り出されていて、いつも賑やかなこの店は、今はガラン…としている。


「やぁ。皆様。お待たせして申し訳ありません。」


店の裏口から現れた稲垣と笠村、そして藍里を始めとする哲也達が入ってきた。


「…呼び出してなんなんすか?いったい。」

奏斗が、苛立たしげに口を開いた。
他の人たちも、警察に呼び出されたことにいい顔をしていない。あまりまえだ。
ここにいる彼らは、なぜ呼び出されたのか、まったく心当たりがないのだからだ。

…………この中にいる犯人を除いては…。



「お忙しいなか、ご協力くださりありがとうございます。これから、伊集院弥生の殺害の件について、この探偵から話があります。」


笠村に促されて、藍里は頷く。
チラリと村瀬奏斗を見ると、彼は蛇のように目を光らせて、こちらを睨んでいた。それを振り払うかのように、藍里は深呼吸をすると、ゆっくりと口を開く。


「……皆さん。今回の伊集院弥生さんの件ですが、報道では大きく『藤原彩弓が殺した』と言われていますが、実は違います。犯人は、この中にいます!」


藍里の力強い言葉に、全員が互いの顔を見合わせる。

そんな様子もお構いなしに、藍里はさらに続けた。

「…犯人は、leadというコミュニティサイトを通して、伊集院さんと連絡のやりとりをしていた。

そして真犯人が、個人でずっと前から企画していたある作戦を、伊集院さんに吹き込んだ。それが………


藤原彩弓を陥れること。」





シンとする建物のなか、藍里の言葉だけが響いていた。

それを、全員が真剣な顔で聞き入っている。

「けど、現場には藤原彩弓の指紋しか残ってなかった。それは、どう説明するんだ?」

奏斗が、席を立って聞いた。
しかし、藍里はそれに怖じけづかずにDVD-ROMを差し出した。

「それは、これを見たら判明します。」

と、付け加えて。



用意されたDVD-ROMを、DVDデッキにセットすると、藍里はリモコンの再生ボタンを押し込んだ。

そこに写りこんだのは、ガスマスクを嵌めた2人。

藍里と、和水先生だ。


『指紋とるなんて以外と簡単なのよ?道具さえあればね♪まずは、対象………この場合は、この、スマホから採取しましょ♪』


そう説明しながら、映像の和水はセロテープをビッと引っ張り出した。



『まずは、セロテープでとりたい指紋をとる。人が何気なく手にする、ドアノブやスマホ……あとは、ゲーム機とかかな?その辺りがおすすめ♪


次に、その指紋をアルミに移すように張りつけてから、ゆっくりと剥がす。』

ここまで説明した和水は、今度は瓶と接着剤を用意した。


『接着剤……?』


藍里の声が響く。


『接着剤というより、この中にある物質が鍵なのよ♪』

和水は、もう1枚のアルミホイルで作った小さな器に2、3滴接着剤を垂らした。

『さっき指紋をつけたアルミの上部分に紐を通して、紐の先にセロテープをはっつけて、瓶の底に貼りつけて、固定する。

瓶の蓋の上に、接着剤を垂らしたアルミホイルをのせて瓶のなかにいれてしっかりと蓋をする。後は、蓋を火で炙るだけ♪』


説明しながら行動する和水。すると、瓶のなかがあっという間に白い煙でおおわれて、中のアルミが見えないほどになった。

そして、和水がゆっくりと蓋を開けると、『毒性が強いから注意してね♪換気やマスクは忘れずに!』と言葉を付け加える。指紋がついているアルミをピンセットで取り出す。

パタパタとそれを仰ぎ、充分に冷ましたあとに、和水はアルミを手に取ると

『じゃじゃーん♪』

と言いながらカメラに見せる。アルミには、白い指紋がくっきりと浮き出ていた。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~

そこまで見て、稲垣が「あ!」と声を上げた。


「もしかして………シアノ法……?」


映像を見終わった稲垣が呟いた。

「その通りです。これは、瞬間接着剤などに含まれている、シアノアクリレートという物を利用した方法です。

犯人は、この方法を知っていて、利用した。さて、この方法を知った上で、犯人の行動のトリックを言いますね。」


向き直った藍里は、ゆっくりとトリックを明かし始めた。




【犯人の行動】

犯人の作戦の目的は、『藤原彩弓を陥れること。』と、伊集院さんにはそう言ったけど、実際犯人のなかには、『伊集院さんも消すこと』も入っていたんだ。

もうひとつの目的を知らない伊集院さんは、犯人に藤原彩弓のleadのIDを教えた。それを知った犯人は、長い月日をかけて掲示板を飛ばしていった。



そして、事件当日……。


犯人は、被害者と落ち合ったあと、藤原彩弓の家に向かった。彼女が出たあとに、合鍵もしくは、どこかで知った隠されてある裏口の鍵で家のなかに侵入した。

犯人は、「これから、作戦を始めるから」と言って手袋を嵌めたあと、緊張をほぐすためだとかいって、あらかじめ用意しておいた、青酸カリが入った紅茶を彼女に渡した。何も知らない被害者は、その紅茶を飲んだあとにその場に倒れた。


犯人は、急いでシアノ法で藤原彩弓の指紋を採取。

そして、浮き出た指紋がついたアルミを指に巻き付けた。

そして、ティーカップとポットを用意してポットの中に被害者が飲んだ毒入りの紅茶を入れてティーカップ2つに注いだ。

そして、すぐに中身を捨てた後に、ひとつのカップの淵に伊集院の口をつけて、明らかに飲んだように見せた。


後は、ポットとティーカップをキッチンの洗い場に置いておいて、何事もなかったかのように外に出る。



これが、犯人のトリック。





「なるほどな。確かにそれなら偽造もできないことも無い。けど、その場でシアノ法をするなんて、リスクがデカすぎやしねぇか?いつ、家の人が帰ってくるかわからねぇ状態でよ。」

笠村の言葉に、藍里は付け加えるかのように答えた。

「ええ。ですが、ある条件と、もう1つの証拠があれば、犯人は大分絞られます。」


その言葉を合図であるかのように警察が「失礼します!」と言って中に入ってきた。その姿を見た稲垣は、「あぁ。」と声を漏らすと、

「どうだった?」

と尋ねた。

「はい。藤原彩弓の自宅をもう一度調べたところ、容疑者の指紋は、


ティーセットがしまってある棚にしか、ついておらず、他の棚には検出されませんでした。」

「他の棚?」

意味がわからないのか、聖人が首をかしげながら呟くと、輝がボソッと

「つまり、ティーセットがしまってある場所がわかってたってことになるんだ。」

と教えた。


「犯人は、犯行を迅速に行うためにも、ティーセットが置いてある場所をあらかじめ知っていなければならなかった。さらに、もうひとつ。いつ家族が帰ってくるかわからない状況下、

家に誰もいない時間帯を把握していなければなりません。




ティーセットのある場所と、家族がいない時間を把握してる人物。

ここまできたら、もう1人しかいませんよね?」




家の事情をもっともよく知ってる人物。それは、この中だったら必然的に可能なのは1人しかいない………。










「……藤原優希さん。あなたしかいない…!」





シン…と静まり返る。


名指しされた藤原優希は、無表情だったが、やがてクツリと嘲笑うかのように答えた。


「あのさぁ、私、あの時家を空けてたんだよ?それに、私は姉のleadのIDなんて、知らないよ。」


「いや、あなたは知っていたはずだ。伊集院さんから聞いて………今回の殺人のために、藤原彩弓に成り済まして、leadの掲示板に中学時代の悪口を書いた。

掲示板は、まるで本人であるかのような書き方だったし、事情を知ってるのはあなたしかいない。」

「でも、それは憶測にすぎないでしょ?大体、推理も無理ありすぎじゃない?伊集院弥生さんは、紅茶を飲んで死んだんでしょ?ティーカップに唾液がついてるのが、何よりの証拠でしょ!なのに、どこからペットボトル?訳わかんないんだけど。」


「ええ。確かにティーカップには、伊集院さんの唾液がついていて、そのカップを私も拝見しました。けど、伊集院さんがティーカップで紅茶を飲んでいたとしたら、不可解なところがあったんだ。」


「え……?」



藍里の言葉に、優希は顔をしかめる。







「こちらが、使われたカップですが、唾液がついたところはココなんです。ですが、ここに唾液が検出されたとなると、不自然なのです。どうしてなのか、お分かりですか?」


藍里の言葉に、全員が顔をしかめる。カップは藍里から向かって右側に取っ手があり、藍里の反対側の淵に被害者の唾液がついていたという…。

やがて、何かを思い出したかのように「あ…!」と武嶋が声をあげると、


「取っ手が逆…!」


と答えた。
それに、優希は顔を真っ青にして目を見開く。


「そう。お客様にお茶をお出しするなら、必然と、取っ手は『右側』に来なくてはならない。けど、唾液がついたところを自分の方に置いてみると、取っ手は反対の左側に来る。まぁ、仮に誤って逆に置いてしまったとしても、取っ手には伊集院さんの


『右手の指紋しか検出されなかった。』


右で取手を持ってるのに、反対側の縁にしか唾液が検出されないのはおかしいですよね?」

つまり、貴女はカップの縁に伊集院の口をつけた。
しかし、そこで指紋がないと怪しまれると思い、急いで遺体に取っ手を握らせた。

口をつけた所を思い返さず、右手で握らせてしまった為、矛盾が生じてしまったのだ。



藍里がここまで推理すると、「ふん!」と鼻をならす優希。

「だからと言って、私が犯人だという理由は?それに、私はなっちーって名前にしてないし、その人のこと知らないよ?」

確かにそうだ。優紀は、なっちーというユーザー名を知らない。しかし………

(あ。今、墓穴掘った。)

と、藍里は確信した。

「……今、なっちーって言いましたよね?」

「え?」


「私はleadで乗っ取りのことしか言ってません。なぜ、私がその名前を言う前に出てきたのですか?」

という藍里の言葉に、彼女はグッと黙りこんだ。

自分の取り返しのつかない失言に気づいたらしい。



「観念しろ。自白したようなものだ。」


笠村が、厳しい目で優希を睨みつける。



しばらくシン……としていたが、やがて……。



「…………あの人がうちに来たときは………本当に地獄だった……。」

と呟き始めた。









「あの人……姉たちが中学時代に家に来たの。そして、姉と一緒になって私を蔑んできた。

一緒になって嘲笑って………とても悲しかった。


けど、leadで偶然再会して、私すごく嫌だった。なのに、あの人は何食わぬ顔で

『私が中学時代のことは水に流そ』って…ふざけんなよ。あいつらのせいで……私は、私は…………人混みの中にいることが怖くなったのに…!」


言葉を告げる度に、優希の目からは涙が溢れ、しまいにはその場に膝をつき泣き崩れた……。


その様子を見守る中、藍里は彼女に同情のような感覚が芽生えた。

「…その気持ち……わからないでもない。
私もあなたの姉にはいろいろやられてきたからね。けど、だからと言って、ここで間違いをおかしたら、自分を大切にしてくれる人を悲しませちゃうよ。」


と、まるで、自分にも言い聞かせるかのように静かに答えた。



「犯人が分かったなら、俺たちもういいか?」




村瀬がズボンのポケットに手を入れながら首を鳴らす。が、藍里が「待って。」と引き止める。


「……んだよ。まだなんかあるのか?」


気だるそうに尋ねる村瀬に、藍里は彼の正面に立つ。


「……あんたの妹の事なんだけど、本当に伊集院さんが悪かったの?」


「は?だから、俺の妹はあいつに突き飛ばされて………。」


「…実は、実験をした後、leadを覗いてみたんだ。サチ。アンタの妹のユーザー名だ。」


「へぇ。そりゃ初耳。………で?」


村瀬は興味無さそうに目を逸らす。

「…伊集院さんに頼んで、サチさんの会話をプリントさせてもらったの。……内容は…丁度伊集院さんに突き飛ばされた件について。」

「いや、知ってっから。なんで今……。」

尚も興味を示さない村瀬の言葉を無視して、藍里は

『今だから言うけど、ホントは私が飛び降りろっていったんだよね。』


と、読み始めた。あまりに突然の事で、村瀬は「は?」という顔をした。

「『だけど、私が「やさしく危ないよって言っただけなのに、いきなり蹴飛ばされて…」っていったらみんな私を信じたんだよ。

大丈夫。アイツが何を言っても、泣いて私が無実ですって言えば、みんな信じてくれる。

年上を騙すなんて簡単だよ。』

…………伊集院弥生さんは、あんたの妹からいじめを受けてたんだよ。

ある日、アンタの妹に『飛び降りろ』と言われた。それを拒絶しただけなんだよ!!伊集院さんは!!!」

怒りのあまり、声が荒くなる藍里。

思わず握りこぶしをつくり、フルフルと震わせていた。



それは、いじめをしていた人に対する怒り……。


拳を強く握っていると、左手からフワリと柔らかい感覚が包み込んだ。

恐る恐る見てみると、心配そうな顔で見つめ、藍里の怒りを抑えようとしている陽菜の姿があった。

「…………陽菜………。」

藍里が呟いた直後、哲也が前に出た。

「嘘だと思うんならそれもいい。けど、この資料は他ならぬ『経営者様から頂いたもの』だ。どっちの言葉が正確か………猿でもわかるんじゃねぇか?」

見下すかのような哲也の言葉。何も言い返せない村瀬は、藍里からそれを奪い取ると、店を出て行った……。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~







翌日。
藤原優希が罪を認めたことで事態が一変。改めた捜査で藤原彩弓は潔白になったそうだ。
そして、その事件の真相はニュースや新聞で大きく報道され、ドキュメンタリーにもなったほどだった。



藍里は、食堂でカレーを頬張っていると、不意に名前を呼ばれ、顔をあげる。


声の主は佳苗のものらしく、珍しく彼女は怒っているようだった。

「これ見てよ!!!」


そう言った彼女は、自らのスマホを印籠のように藍里の前に掲げた。
ややぁと言わんばかりにそれを見ると、そこには1人のユーザーのホームらしきページが出てきていた。

「だれ?これ?」

「この人ね!環先輩を狙ってた男!!」

「環先輩って………前に合コンに誘ったって言う?」

「そう!けど、環先輩は苦手な人らしくて、コイツが環先輩に告白したんだけど、フラれたの!そしたらコイツ、環先輩を晒したんだよ!?あることないこと書いて!

しかも信じられないのが、環先輩の友達も面白半分で書き込みしたんだよ!?


もう、許せないから私も晒してやろうと思って!!藍里、手伝って!」


怒りを露にした佳苗に、藍里は冷静に答えた。


「佳苗。やめときなよ。」

「なんで!?こいつのせいで、環先輩落ち込んでんだよ!?もう、見ていられなくて……!」


「だからと言って、同じことをするのは違うでしょ?それじゃあ、佳苗も

『フラれた腹いせに晒した男』となんら変わらない。」


「でも…!」



「同じ苦しみを与えたくなる気持ちはわかる。けど、今、佳苗が出来るのはソイツに復讐してやることじゃない。


環先輩を、守ることだよ。」


藍里のハッキリとした言葉に唇を尖らせる佳苗は、

「守るったって………どうすればいいのさ!私、こういうのよくわかんないよ!」

と、すがるように尋ねた。藍里は微笑むと

「簡単だよ。何があっても環先輩のことをわかってあげて、味方でいてあげること。

被害者は、信じてほしい人を求めてる。

その人の涙を受け止めてあげて?」



藍里の言葉に、佳苗も大きく頷くと

「早速、環先輩に電話してくる!……藍里、ごめん。ありがと!私、環先輩を守る!!」

と言って走り去った。





………………その時に椅子に足をぶつけて痛がったのはご愛嬌ということで。







「………わたしも、同じ過ちをおかすとこだったんだよね…………ありがとう………哲也………。」





~~~~~~~~~~~~~~~~~~






講義をすべて終えた藍里は、バイトに向かうために急ぎ足で正門を出た。

「あ……。」

出たところで……思わず足を止めて目を見開いた………。








そこには、できればもう2度と会いたくもない姿…………藤原彩弓が立っていたのだ。



彼女は、気に入らないとでも言うかのようにこちらを睨んでいる。
助けられたことが、それだけ不服だったのだろう。



なにもしてこない藤原彩弓。藍里は、注意を払いながらも、目を合わせないように俯きながら、彼女の横をスタスタと早歩きで、通りすぎようとした………。







「…今まで…ごめん……。」






「は?」



「今までごめんなさいって言ってんの!!!」





そう吐き捨てると、彼女はダッと走り出した。
その様子をポカンと口を開けてみていた藍里だったが……。


「……あいつとは、もうしばらく仲良くできそうになさそうだ…………。」


と、苦笑いして答えた。




その後、伊集院芳子から村瀬一家が真相を知って、謝りに来たという手紙を貰うのは、もう少しあとの話である。






続く
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