22 / 29
デート編
二つ目の推理
しおりを挟む
6月4日 午前11時37分
〈あれ? あのヒト、何で手ぶらのままトイレに……?〉
女の人が『化粧を直しに行く』という場合、額面通りに受け取れないことは校則でリップクリーム以外のメイク道具の所持が禁止されている女子高生でも知っている。
それにテーブルに置き去りにされたままのスマートフォン――。
同伴者が居るから貴重品を席に置きっぱなしにしていても不自然ではないが、その相手とはたった今まで壮絶な喧嘩をしていた間柄だ。
心理的にも身の回りの物は持っていくんじゃないだろうか?
しかもよりによって槍玉に上がっていたスマートフォンを忘れていくとはどうしても考えにくい。
〈もし、あの女の人がわざとスマホを置き忘れていったとしたら……?〉
アリアの頭の中で、入店してからこれまでの二人の行動、台詞、表情が高速で再生される。まるで細胞が分裂するように一つの記憶が異なる予測を生み出し、数多に枝分かれし、絡み合うニューロンの束がこれから起ころうとしている事件のラフスケッチを描き出した。
以前から恋人の浮気に気付いていた女は復讐する機会を窺っていたのだろう。
だからあえて大勢の人が見ている前で恋人を非難し、煽り、『浮気』と『スマホ』という言葉を強く印象づけた。
〈その上もし今、彼女のスマホに見知らぬ名前の男性から着信があったとしたら……?〉
心にやましい事、負い目を感じている人間は相手にも同じ所が無いかと粗探しをするものだ。
そうでなくても鳴り続ける電話のコール音というもの耐え難いものがあり、かなりの確率で男は恋人のスマホを手に取るだろう。
だが、それこそが彼女が仕掛けた恐るべき殺意の罠だ。
電話をかけているのは他でもない、トイレの中の彼女自身だった。
別のスマホ、偽のアカウントを用意しトイレに行くフリをして自分のスマホに電話をかけ、自分の彼氏が勝手にスマホに触るように仕向ける。
『それ見たことか、アイツだって俺に隠れて知らない男とやり取りしているじゃないか!』と、鬼の首を取ったように、スマホに触れたら最後、塗ってあった毒が男の指に付着するという寸法だ。
〈使うとしたら、この場合、猛毒のストリキニーネか……〉
小さじ半分の量でも人を死に至らしめるこの毒素は一方で強烈な苦味があり、舌が鋭敏な人なら百万分の一の希釈液でも気付くという。
しかし彼氏が食べているのは辛子たっぷりのタコサンドだ。舌が麻痺していて味の変化に気付かない可能性が高い。
毒が付着した手でタコサンドを食べた男は十五分ほどで全身の筋肉が痙攣し、重篤なショック症状を起こす。だが、ストリキニーネは中枢神経や循環器系には作用しない。不幸にも男は意識を保ったまま、全身の筋肉という筋肉が捻じ切れるような激しい痛みと呼吸困難、死の恐怖を感じながら、それでも表情筋だけは引きつった笑顔で死んでいくだろう。
アリアは狂気に彩られた男の死に顔をリアルに想像してしまい、慌てて頭を振った。
〈でも凶器はどうするつもりだろ……?〉
上手い具合に男が死んだとしても、スマホに毒がべったり着いたままでは警察の捜査で一発でバレてしまう。
アリアは女の姿をもう一度思い浮かべると同時に、自分が犯人になったつもりで考えてみた。
〈何か……何か見逃している……〉
甲高い罵声……こぼれた水……置き去りされたスマホ……ヒールの音……キツめの香水……。
その時、アリアはシナプスの閃きが光の線となって一本に繋がるような感覚を覚えた。
〈そうだっ……カバーシート!〉
スマートフォンには大抵、画面保護のためのシートが貼ってある。毒を塗るのはその部分だけにして、警察が来る前に剥がして適当な本の間に挟んでしまえばいい。いくら警察でも店にある大量の蔵書のたった一ページに凶器が隠されているとは思わないだろう。あとはほとぼりが冷めた頃に回収して、燃やすなり刻んで海にまくなりすれば、凶器は永遠に見つからない。
今にして思えば、女の長い付け爪はシートを剥ぎ取りやすくするためのものとも考えられる。
〈わざわざ凶器を用意するんじゃなくて、普段使ってる身近な道具で人を殺しちゃうあたり、女性っぽい犯行だなぁ……〉
アリアがそこまで推理した時、けたたましい着信音が店内に鳴り響いた。
〈あれ? あのヒト、何で手ぶらのままトイレに……?〉
女の人が『化粧を直しに行く』という場合、額面通りに受け取れないことは校則でリップクリーム以外のメイク道具の所持が禁止されている女子高生でも知っている。
それにテーブルに置き去りにされたままのスマートフォン――。
同伴者が居るから貴重品を席に置きっぱなしにしていても不自然ではないが、その相手とはたった今まで壮絶な喧嘩をしていた間柄だ。
心理的にも身の回りの物は持っていくんじゃないだろうか?
しかもよりによって槍玉に上がっていたスマートフォンを忘れていくとはどうしても考えにくい。
〈もし、あの女の人がわざとスマホを置き忘れていったとしたら……?〉
アリアの頭の中で、入店してからこれまでの二人の行動、台詞、表情が高速で再生される。まるで細胞が分裂するように一つの記憶が異なる予測を生み出し、数多に枝分かれし、絡み合うニューロンの束がこれから起ころうとしている事件のラフスケッチを描き出した。
以前から恋人の浮気に気付いていた女は復讐する機会を窺っていたのだろう。
だからあえて大勢の人が見ている前で恋人を非難し、煽り、『浮気』と『スマホ』という言葉を強く印象づけた。
〈その上もし今、彼女のスマホに見知らぬ名前の男性から着信があったとしたら……?〉
心にやましい事、負い目を感じている人間は相手にも同じ所が無いかと粗探しをするものだ。
そうでなくても鳴り続ける電話のコール音というもの耐え難いものがあり、かなりの確率で男は恋人のスマホを手に取るだろう。
だが、それこそが彼女が仕掛けた恐るべき殺意の罠だ。
電話をかけているのは他でもない、トイレの中の彼女自身だった。
別のスマホ、偽のアカウントを用意しトイレに行くフリをして自分のスマホに電話をかけ、自分の彼氏が勝手にスマホに触るように仕向ける。
『それ見たことか、アイツだって俺に隠れて知らない男とやり取りしているじゃないか!』と、鬼の首を取ったように、スマホに触れたら最後、塗ってあった毒が男の指に付着するという寸法だ。
〈使うとしたら、この場合、猛毒のストリキニーネか……〉
小さじ半分の量でも人を死に至らしめるこの毒素は一方で強烈な苦味があり、舌が鋭敏な人なら百万分の一の希釈液でも気付くという。
しかし彼氏が食べているのは辛子たっぷりのタコサンドだ。舌が麻痺していて味の変化に気付かない可能性が高い。
毒が付着した手でタコサンドを食べた男は十五分ほどで全身の筋肉が痙攣し、重篤なショック症状を起こす。だが、ストリキニーネは中枢神経や循環器系には作用しない。不幸にも男は意識を保ったまま、全身の筋肉という筋肉が捻じ切れるような激しい痛みと呼吸困難、死の恐怖を感じながら、それでも表情筋だけは引きつった笑顔で死んでいくだろう。
アリアは狂気に彩られた男の死に顔をリアルに想像してしまい、慌てて頭を振った。
〈でも凶器はどうするつもりだろ……?〉
上手い具合に男が死んだとしても、スマホに毒がべったり着いたままでは警察の捜査で一発でバレてしまう。
アリアは女の姿をもう一度思い浮かべると同時に、自分が犯人になったつもりで考えてみた。
〈何か……何か見逃している……〉
甲高い罵声……こぼれた水……置き去りされたスマホ……ヒールの音……キツめの香水……。
その時、アリアはシナプスの閃きが光の線となって一本に繋がるような感覚を覚えた。
〈そうだっ……カバーシート!〉
スマートフォンには大抵、画面保護のためのシートが貼ってある。毒を塗るのはその部分だけにして、警察が来る前に剥がして適当な本の間に挟んでしまえばいい。いくら警察でも店にある大量の蔵書のたった一ページに凶器が隠されているとは思わないだろう。あとはほとぼりが冷めた頃に回収して、燃やすなり刻んで海にまくなりすれば、凶器は永遠に見つからない。
今にして思えば、女の長い付け爪はシートを剥ぎ取りやすくするためのものとも考えられる。
〈わざわざ凶器を用意するんじゃなくて、普段使ってる身近な道具で人を殺しちゃうあたり、女性っぽい犯行だなぁ……〉
アリアがそこまで推理した時、けたたましい着信音が店内に鳴り響いた。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
【完結】冷酷伯爵ディートリヒは、去った妻を取り戻せない
くろねこ
恋愛
名門伯爵家に政略結婚で嫁いだ、正妻エレノア・リーヴェルト。夫である伯爵ディートリヒ・フォン・アイゼンヴァルトは、
軍務と義務を最優先し、彼女に関心を向けることはなかった。
言葉も、視線も、愛情も与えられない日々。それでも伯爵夫人として尽くし続けたエレノアは、ある一言をきっかけに、静かに伯爵家を去る決意をする。
――そして初めて、夫は気づく。
自分がどれほど多くのものを、彼女から与えられていたのかを。
一方、エレノアは新たな地でその才覚と人柄を評価され、
「必要とされる存在」として歩き始めていた。
去った妻を想い、今さら後悔する冷酷伯爵。前を向いて生きる正妻令嬢。
これは、失ってから愛に気づいた男と、
二度と戻らないかもしれない夫婦の物語。
――今さら、遅いのです。
「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します
スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」
眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。
隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。
エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。
しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。
彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。
「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」
裏切りへのカウントダウンが今、始まる。
スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる