25 / 27
第四譚:記憶の花よ辻風と散れ
5ページ
しおりを挟む視界が開けた時にはすでに二人の姿も見当たらず、先より人の気がある町通りが見え、そして自分は何者かに肩を掴まれーーなぜか虚空を泳いでいた。
「いぎゃーーーッ!!」
重ねてイリヤは高所恐怖症である。正確には足が地につけないだけでアウトであり、公園のブランコにすら若干の苦手意識を抱く重度の高所恐怖症である。
「だずげでーッ! いや結果的にだずがっでるがもはじんないげど怖いからさらにだずげでぇえええいやぁーーーッ!!」
濁音にまみれた悲痛な叫びを上げながらイリヤは宙ぶらりんの手足をばたつかせた。
「ボクちんのお顔をお忘れなのねん?」
すると体の向きをいきなり180°横に変えられ、イリヤはぎょっと目を剥いた。
見覚えのあるーーありすぎる金髪碧眼のチャラ男。というか、先日会ったばかりのアルスの知り合い。
「あ、あんた、昨日の!」
マーサ・クリュチコフが、間違いなくイリヤを抱えて次元の裂け目から匿ってくれていた。
「んまっまっま~とりあえずタイムオブタイムね、落ち着こ落ち着こ。チミはあの紫の子と知り合いなのねん?」
イリヤの狼狽ぶりを見かねてか、マーサは近場の橋で着地する。それでも足先から川岸が見えるのだが、四の五の言っていられずイリヤは一生懸命に事の顛末を説明しようとする。
「知り合いも何も、アイツはーー」
舌も頭も回らなかったが、彼にこちらの身の上を伝えたところでどうにもならないのでグッと飲み込んだ。
「アイツは、教会都市の人間なんだ。野放しにしとくといつかは面倒な事になると思ってはいたが、まさかあんな早く行動に及ぶなんて、」
「タンマ、タンマですよんイリヤくん。チミはその子を知ってても、さっきの話を聞く限りその子はチミを知らないみたい」
だからこっちが向こうの情報を持ってる事を逆手にとるのねん。マーサは拳を作ってアピールする。
「マーサ、お前こそあいつの事知ってんの? ていうか教会都市の人間が島から出て何しに来たんだ?」
「そのティカルって子は外野で名前を聞くぐらいなのねん。チミがランクスの群れに追っかけられてるって小人さんに云われたから、けどいざ駆けつけてみると途中でデュースがランクスより危なそうな子に絡まれてたの見ちゃったのねん」
本来ならばもっと早く合流できる場所にいたらしいのだが、セントラル全面封鎖という間接的なティカルの妨害を受けて大通りに迂回せざるを得なかったという。
「そ、それはその、色々お騒がせしやした……」
面目なさげにイリヤは頭を掻く。
「デュースの所へは今ボクちんの知り合いが向かってるから安心安心。それより、早くここから出たほうがいいんでない? 教会都市も馬鹿じゃないから、アルキョーネが留守の間を狙って連中が直々にカールスルーエに来ちゃうかも」
そこでマーサは橋から停船所へ下り、舟を借りて隣町のマンハイムまで逃げ延びる提案を持ちかける。
イリヤは先ほど張った障壁がティカルに破られる事を憂いつつも、グズグズとしていれば先日のようにマーサの身にも危険が及ぶだろうと察し、渋々と承諾した。
「逃げるはいいにしても、教会とカールスルーエに何の因果関係があるんだ? アルスからは王室と東岸部隊の事以外何一つ聞いてねーぞ」
「そりゃ、アルキョーネも知らないでしょ~よ。だってここの支局一帯が教会に目を付けられてるんですもん」
「……なんだって?」
「わかりきったコト。カールスルーエ自体が、ウィルにマークされている人たちが隠れるのにうってつけの土地なのねん」
漕ぐ手を休め、マーサは思案を寄せるように腕を組む。
「ウィルって、確か王室の実権を牛耳ってるーー」
「のんのんのん! ダメダメダメダメ! どこで彼奴らからトーチョーされてるか分からないのねん!」
「お、おう悪りぃ……俺自身が一番警戒すべきだったな」
マーサは食い気味に両手を交差させて制止のポーズを向ける。勢いに気圧されたイリヤは冷や汗を浮かべながら苦笑した。
彼はルクレツィアを目の敵にしている。デュースの言った通り、彼女は情報戦において真価を発揮するハッカーだ。いざとあればありとあらゆる手を尽くして、こちらの口から漏れた会話の内容を教会へ送り込む筈だろう。
「エイドから連絡が来てたのねん。ティカルって子がデュースを追跡した果てにカールスルーエまで及んだって……あ、彼は味方じゃないよ?
彼の同僚とボクちんがお友達」
「随分と人脈に恵まれてんだな。まぁ、誰が味方とかは今のところないだろうから信じるよ」
裏を返せばこれまで出会った者たち全員が敵ーーそういった最悪の可能性も視野に入れていた。
現に、旧友のティカルがこちらの出会い人に敵意を向けていたのが目に見えて分かる。状況次第によっては、自分が彼と交戦せざるを得ない事態になろうと不思議はない。
「デュースはね、教会都市からウィルのデータを持ち去って、彼らにとって現時点で一番の脅威になってるんだ」
「そんなにヤバいデータを持ってったの? 媒体は? フィルムとか書類とかそんな要領か」
マーサは首を横に振り、神妙に告げた。
「乾板。写真の……暗いところとかに保管されてるようなやつ」
「ああ、ようやく読めたぜ。人形兵器に関する実験記録、とか?」
まるで肯定すら躊躇うように、マーサは重々しげに頷いた。尤も考えたくもないだろうーー人形兵器といえど元はヒトを象った存在。それを玩具のように弄ぶ者を、自分達と同じ人間と認めるのだから。
「教会の辞書に人の権利なんて言葉は存在しないからねぇ。僕たちが考えつく限りの最悪な想定はすべて、すでに実行してるって疑ってもいいんじゃないかな?」
オールを握る二人の手に力が込められる。
ティカルの矛先がデュースからこちらに逸れた場合ーー嫌な想像だ、イリヤは掻き消すように頭から彼の事を振り払った。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる