昭和レトロな歴史&怪奇ミステリー 凶刀エピタム

かものすけ

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北紀行②

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 快調に飛ばすタクシーは、苫小牧市街を抜けてさらに国道三十六号を道なりに室蘭方面へさらに南下していく。
 でも快調すぎた。
 不安に耐え切れなくなった僕は、前部座席後部に備え付けられた手すりに必死で捕まりながら運転主に訴えた。

「あのー、ちょっと飛ばし過ぎじゃないですかね」

 でも返ってきたのは意外な答えだった。

「お客さん、北海道じゃこれが普通なの。なにしろ北海道はなまらでっかいっしょ。ながまって(ゆっくりの意味)走ってられんのよ。道路に標識が立ってるがら見てみたらいいよ」

 言われたとおり窓の外を注視していると、目の前を七〇と書かれた標識が遠ざかって行った。

「本当だ。北海道は、法定速度が七十キロなんですね」

「国道三十六号のうち札幌千歳間は、別名弾丸道路なんて言われてさ。実は昔は、もっと飛ばしとったんだけどねー。札幌オリンピックを契機に、他の区間も整備され始めてから三十六号全体の制限速度が全部七十キロって決められちゃったんだわ」

 と運転手は笑って言った。
 でも体感だと、百キロくらい出している感じがする。
 首都高で七十キロ程度出しても、こんなに揺れやしない。
 おそらく道路の舗装状態が悪いのだ。

 北海道は、寒さの厳しい過酷な土地。
 だから道路も傷み易いのだろう。

「いま造っとる道央道が完成すれば、以前のように、もっと飛ばせるようになりますよ」
 
 運転手のいう道央道とは北海道初の高速道路『道央自動車道』のこと。
 冬季オリンピック開催にかこつけて、北海道全土の道路を一気に整備してしまおうというスケールの大きな計画だった。
 オリンピック開催前にメイン道路の「札幌から小樽区間」と「千歳から北広島区間」が開通。
 オリンピック後も絶賛延伸中なのだとか。
 既存の道路の整備がおざなりなのも、行政が道央道の延伸工事にばかり力を入れているせいかもしれない。
 最終的に道央道は函館の手前まで至り、総延長七百キロの壮大な高速道路が出来上がるという。

「でも全区間開通するのは三十年以上も先のことだからねえ。私らがその頃に生きているかも判んないっしょ」とは運転手の弁だ。

 やがて進行方向右手は防波堤壁に遮られ、見えるのは空ばかりになった。
 防波堤壁の向こうはすぐ海。
 防波堤壁が途切れてガードフェンスになっている区間では、高い波が勢いよく波打ちブロックにぶつかって白い波頭が砕け散るのが見えた。

「どーも今日の太平洋は、ご機嫌ななめらしいべ。こりゃ荒れるかな」と運転手が零す。

 僕はというと、北海道の輝かしい未来に思いを馳せていた。
 そうしているうちに窓ガラスにポツポツと水滴が付きだした。

「おんや、やっぱし降ってきおったか。ここいらはそんなに雪が降らないとこなんだけどねー」

 窓の外を見ると、ちらちらと白いものが舞っていた。
 途端にタクシーのスピードがガクンと落ち、のろのろ運転になる。
 北国の人は、雪の降り始めが一番スリップし易いことを、ちゃんとわかっているのだ。

「まーねー、たとえ道央道が出来ても、雪に降られちゃ速くは走れないね。やっぱし人間は雪には勝てないっしょ」

 運転手は、苦笑いしながら言い、カーラジオの別ボタンを押す。
 ちょうどタイミングよく天気予報が流れてきた。

「お天気情報をお伝えします。北海道付近は、強い冬型の気圧配置。午前中は、比較的穏やかに天気が推移しましたが、午後は雨模様。特に北海道南西部は、等圧線の間隔が狭く、峠越えや山のレジャーを予定されている方は天気の急変に注意が必要です」

 天気予報が終わると、郷愁を誘う演歌のヒットメドレーがまた始まった。
 のろのろ運転のタクシーは、最高の揺り籠。
 僕は、車に揺られているうちに睡魔に襲われ、うとうとしてしまった。

 研究者といっても僕は、北海道から、果ては樺太まで、アイヌの集落を自分の足で歩いて回った北国育ちの吟谷師匠とは違う。
 初めての飛行機、初めての北海道と、慣れないことばかりで身体は緊張しっぱなし。
 疲れて眠くなるのも無理はなかった。
 それからどれくらい時間が経ったろう。

 はこだて~、波止場町~♪

 郷愁漂う演歌のヒットメドレーを子守唄にして、舟を漕いでいると。

「お客さん、お客さん。もうすぐ登別ですよ」

 運転手に声をかけられてハッと飛び起きると、ようこそ登別温泉へと書かれた看板が眼に飛び込んできた。
 タクシーは、看板の先の交差点を右折。
 川に沿って走る道道三五〇号洞爺湖登別線を北上していく。
 谷道に入ると、開けていた視界は徐々に山の稜線に遮られていった。

「この辺りはね、ダケカンバの黄色や、ヤマウルシの赤が、なまら見事な景勝地でね。あと一週間、いやあと五日早く来たら紅葉が見れたのに。惜しかったねえ」

 車窓を見ると、周囲の山々の木々はすっかり色を失い、雪化粧していた。
 ただでさえもの悲しい風景なのに、低くたれこめた灰色の雲と、大気を舞う雪の花のおかげで寂寥感が半端ない。

「この空模様じゃ、いま何時ごろか全然判んないな」

 僕は胸を反らせ、体をほぐすと、コートの袖を捲ってセイコークラウンの文字盤に目を落とした。

「もう三時か。日が落ちる前に、登別温泉での用事を全て済ませてしまいたかったけど間に合うかな」

「お客さん、冬の北海道の日没は早いからね。明るいうちにやることあるなら、ちゃっちゃと済ませたほうがいいよ」
 
 運転手のアドバイスはもっともだ。
 だが、まずは登別温泉の温泉町に着かなければ何も手の付けようがない。
 橋を越え観光道路に入ると道はくねりだし、やがてポツポツとホテルや旅館の建物が見受けられるようになってきた。
 そしてホテルの立ち並ぶ一般道から、老舗の土産物屋が軒を連ねる細いメインストリートの坂に入り、さらに上っていくと、目的地のひときわ立派なホテルの前に着いた。

「さあ、滝本の本館に着いたよ」

 車の自動ドアが開くと、プーンと卵の腐ったような硫黄臭が流れて来た。
 改めて登別へやってきたことを実感する。
 しかし僕が登別温泉を楽しめたのは、結局その卵臭い匂いだけだった。

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