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第四章 動き出した歯車
魂の契約
しおりを挟む「さ……ん……シンさん!」
体を叩く感触と声で目が覚める。
「こ、ここは!」
飛び起きたのはベッドの上。
黒のシーツに黒のカバー。
この見慣れたベッドは……
「マサヤ!?」
「なんすか急に。寝惚けてるんですか?」
デカい欠伸をしながら腹を掻いてるのはマサヤ。
家に住まわせてる同じ店のプレイヤーだ。
「ずーっとスマホが鳴っててクソ煩いんですけど。また病み子ちゃんの中の誰かが病み期に入ったんじゃないですか?」
枕元にあるのは見慣れたスマホ。
今は電源も落ちて無用の長物になってたはずのそれを手に取ると狙っていたように着信音が鳴る。
「また病み子ちゃんの病みに釣られて壁に話しかけないでくださいね。夜中にブツブツ聞こえんの怖いんすよ」
ブツブツ文句を言いながらマサヤは部屋を出て行った。
……どういうことなんだ。
ここは召喚される前に暮らしていたマンション。
ポンコツの一人のマサヤが居て、手の中のスマホ画面には客の名前が出ている。
「……夢だったのか?」
手で触れる物の感触もあるし、抓った手の甲は痛い。
枕もベッドも俺の匂いだ。
「なんだ。夢だったのか」
現実であることを確認してベッドに俯せる。
異世界に召喚される夢を見たとか厨二病かよ。
「ヤバっ」
いつまでも惚けてる場合じゃない。
客から連絡が来てたんだった。
「はいよ」
『シンのバカァァァやっと出たァァァ』
「悪い。爆睡してたらしい。どうした?泣いて」
『ミウのこと嫌いになっちゃったの?』
「は?なる訳ないだろ」
『だってすぐ出てくれなかったもん』
「爆睡してて気付かなかっただけだって」
病んでるなぁ……一周まわって清々しいほど病んでる。
あんな夢を見ていた所為か、そんな客と話すのも懐かしい感じがした。
「で、なにかあったのか?仕事?友達?彼氏か?」
『聞いてよ!またアイツ浮気したのっ!』
「確かめたのか?勘違いじゃなくて」
『今度は絶対そうだもん!遊びに行って連絡して来ない!』
「誰と遊びに行ってるんだ?」
『友達って言ってたけど絶対嘘!絶対女と居る!』
大変だな、彼氏。
ただ遊びに行っただけで浮気を疑われて。
まあ男の方もそれでも別れないんだから好きなんだろうけど。
煙草に火をつけベッドからおりて窓を開ける。
見える夜景まで懐かしく感じるとか重症だな。
『今度こそ別れる!』
「帰って来たら話を聞いてみろよ」
『女と居たなんて認める訳ないじゃん!』
「んー。まあそうか」
既に女と居ると決めつけてるのが凄い。
聞いてみろと言ったのは返信できなかった理由なんだけど。
『今から会おう?』
「今から?寂しいのか」
『寂しい』
自分が男と会うのは良いのか。
彼氏のことは友達と遊んでるだけで浮気を疑うのに。
「俺と店の外で会ったら浮気にならないか?」
『ならないよ。シンはホストだもん』
会社の忘年会でキャバクラに行った彼氏を浮気したと騒いでいた子とは思えない理由だ。
まあ知ってた。
この手の子は相手が飲みに行くと怒るのに、自分が行くのはストレス発散だなんだと言い訳して正当化するから。
『シン聞いてる~?』
「聞いてる。ただ俺と会ったことでミウと彼氏が別れるきっかけになるのは嫌だと思って。色々と頑張ってるミウには幸せになって欲しいんだ。一度ちゃんと話し合ってみろよ」
なんてね☆(心の声)
でも彼氏と上手くいってる時は俺の睡眠時間が削られずに済むのが事実だから、是非ともしっかり話し合っていただきたい。
その後も話を聞いていると割込通話の音。
耳から離して画面を確認するとやっぱり客から。
重なるとかタイミングが悪い。
「さっきも言ったように俺はミウと彼氏の仲を邪魔するつもりはない。話を聞いて本当に浮気だったらまた連絡してこいよ」
早く切りたいんだ云々始まったけどここは無言。
黙って言わせていると俺が怒ってると思ったようで分かったと渋々ながら納得してくれて漸く通話を終わらせ、すぐにキャッチの相手にかけ直す。
「カナエ?出られなくて悪かった。どうした?」
『ごめん寝てたよね。いま仕事の帰り道なんだけどまた』
「すぐに行く。近くにコンビニはあるか?」
『近く……走れば三分くらい』
「走ると逆に危ない。このまま俺と話しながら行け」
『分かった。ごめんね』
「大丈夫だから気にするな」
通話をスピーカーにして急いで服を羽織る。
バーテンダーとしてバーに勤めているこの客は数ヶ月前からつきまとい行為を受けていて、以前にもこうして迎えに行ったことがある。
「どうだった?今日の客入りは」
『平日だからそうでもなかった』
「そっか。今日もお疲れさま」
『ありがとう』
話しかけながら車の鍵を手にしてマンションを出る。
「今マンション出た。いつもの道か?」
『うん』
「どっちのコンビニだ?手前のか先のか」
『手前』
「了解」
運転中もハンズフリーで話しながら向かったコンビニ。
客はもう既に着いて店内に居るから、車から降りてまずは外に不審な男が居ないかを軽く見渡す。
「シン」
「大丈夫か?一応確認したけど見当たらなかった」
「そっか。良かった」
コンビニに入ると駆け寄って来た客。
居なかったことを聞いて安心したようで笑顔に変わった。
「マンションまで送る」
「ごめんね。前にも来て貰ってまた」
「大丈夫だって。ただ寝癖は見なかったことにしてくれると」
「ああ、ここ?言わなきゃ分からなかったのに」
「ルームミラーで見て気付いた」
飲み物を二本買ってから先に出て、もう一度周囲を見渡して不審者が居ないことを確認してから手招きして車に乗せる。
「出勤の度にストーカーされてる訳じゃないんだよな」
「うん。曜日も間隔もバラバラ」
「店の客ではないのか?」
「分からない。帽子をかぶってるし近くまでは来ないから」
近くまで寄って来ないのは救いな気もするけど、エスカレートした時が怖いな。
「引越しを考えた方が良いんじゃないか?」
「やっぱりそうだよね」
「本当は職場も変えた方がいいけどさすがに難しいか」
「出来れば続けたいなぁ。長く働いてるお店だし」
「まあ分かる」
仕事帰りに着いてこられてるんだから、身の安全を考えれば家はもちろん店も変えた方が良いのは本人も分かってること。
ただ、長く勤めて愛着のある店をストーカーの所為で辞めたくないって気持ちも分からない訳じゃない。
「じゃあここで」
「寄って行く?飲み物くらいは出すよ?」
「気持ちだけ貰っとく。しっかり鍵かけるようにな」
「ありがとう。オーナーに相談してみるね」
「その方がいい。またなにかあったら連絡しろ」
「うん。気を付けてね」
部屋の前まで送り届けて一段落。
コンビニから出てくるまで待つ粘着質じゃなくて良かった。
「帰って二度寝しよ」
こうして客の話を聞いたり何かあれば手を貸すのも俺の仕事。
ホストはただ呑んで騒いでしていれば勤まるなんて、そんな地上の楽園な仕事は今時代にない。
・
・
・
「眠そうだな」
「寝不足」
営業前の集まり。
今日も飯飯と煩いポンコツどもに食事を作ってから、グループの幹部が集まって行うミーティングのため一足先にマンションを出て来ていた。
「どうせまた客の長電話にでも付き合ってたんだろ」
「それもある」
欠伸をする俺の隣に座ったのは他店のNO.1プレイヤー。
中性的な甘いマスクと声をしていて人気があり、毎月俺と売上を競い合ってる奴。
「そろそろ時間か。カラコン入れよ」
「お前には必要ないだろ。元々ブルーなのに」
「いつもステーキ食ってたらお茶漬けが食いたくなるだろ」
「普段の自分が高級だって言いたいのか」
「高級だろ。元が金髪碧眼だぞ」
「中身は生ゴミだけどな」
「違いない」
手鏡とコンタクトケースをバッグから出しながら笑う。
今は店舗的にも個人的にもライバルの立ち位置だけど、それだけに同じ立場で対等に話せる相手でもある。
「……戻って来ないのか?店」
「なんだ急に」
「俺にとってはハルが移籍したことの方が急だった」
ハルは元々俺と同じ店に居たプレイヤーで悪友。
それなのに突然ハルが他の店に移籍したからナンバー争いに張り合いがなくなった。
「シンと同じ店じゃ駄目なんだ」
「なんで」
「お前をぶっ潰すのに甘えが出る。俺は優しいからな」
「どこがだ。酔っ払ってた俺の顔面踏んだだろ」
「あんな所で寝てるお前が悪い」
前言撤回。
やっぱりコイツは他店に行って正解。
「はいはい、そこの大きな子供二人。じゃれあいは後」
『おはようございます!』
「おはよう」
ハルとどつきあっているとオーナーが来て、集まっていた全員が立ち上がり挨拶をする。
「シン。さっさともう片方も入れろ。片目だけ銀とか怖え」
「オッドアイ」
「その歳で厨二病拗らせてんじゃねえ」
どつきあっていてまだ片側だけしか入れてなかったカラコンをオーナーから指摘されてハルからプークスクスされる。
殴 り た い 。
いつものように前日の売上の話や今日の営業の注意点などを話し合い、ミーティングは三・四十分ほどで終了して解散。
「カフス外れそうになってる」
「ん?あ、ほんとだ」
ミーティング中に配られた紙を手にするとハルからカフスを指さされて確認する。
「お前ら実はデキてんじゃないか?」
「「は?」」
「前々から仲良かったもんな」
俺ともハルとも違う店の幹部が数人。
オーナーが居なくなった途端にこれか。
アホくさ。
「デキてたらどうなんだ?なんか問題あんのか?」
「やっぱホモか」
「ホモって言葉を腐女子以外の口から久々に聞いた気がする」
「俺も。ゲイっていう人が殆どだからな」
カフスを留め直しながらハルと話して笑う。
売上が上の俺とハルを目の敵にしているようなクソ雑魚たちに一々怒る気力もわかない。
「ちなみに俺はパンセクシャルだ。好みはケモ耳」
「俺はバイセクシャル。好みはミニスカポリス」
「ええ……ミニスカポリスはないだろ。イメクラかよ」
「お前のケモ耳も二次元かよ。三次元に帰って来い」
二次元VS三次元。
そういうところでもハルと俺はライバル同士らしい。
「まあ俺とハルの関係や性癖がどうだったとしてもお前たちは安心しろ。俺たちにも好みってものがある」
「以下同文」
まともに取り合うだけ時間の無駄。
睨んでいるのを無視してハルと一緒に店を出た。
「今日はよく欠伸するな」
「うん。妙に眠い」
「疲れが溜まってるんじゃないのか?」
「どうだろ。ただ寝不足なだけだと思うけど」
ハルがいう通り今日はよく欠伸が出る。
ミーティング中も下を向いたり口元を隠したりと欠伸を誤魔化すのが大変だった。
「あんま客に付き合い過ぎるなよ?」
「頼られるとどうにもな」
「それで倒れて死にかけただろうが」
「死にかけたのは階段から落ちたからだ」
「フラついて落ちたんだから同じことだろ」
「違う」
倒れてはいない。
意識がふわっとなって階段から落ちた。
「ハルには感謝してる。あの時ハルが受け止めてくれなかったら永遠の眠りについてたかも知れないし」
「階段の上から人が降って来る体験なんて二度としたくねえよ。巨体を受け止めた所為で手首にヒビ入るし」
「悪かったって」
階段から落ちた俺を受け止めてくれたのがハル。
客を見送って階段を上がろうとしたら上から俺が落ちて来たんだから嘸かし驚いたことだろう。
「酒奢るか」
「……シン?」
まだ根に持ってるハルを酒で誤魔化そうと肩を組み、間近でその顔を見て口は言葉を忘れる。
「どうした?」
「……ハルだ」
「は?」
夢の中で見た魔王。
誰かに似てると思ってたけど今分かった。
あの魔王はハルだ。
「ライバルが出てくるってどういうことだ?」
「え?」
「そういえば受け止められたのも同じだ」
「おーい。頭は無事か?」
ライバルの夢を見るってどういうことなんだ。
他のキャラクターは誰にも似てなかったのに。
あんな海外風の顔つきの知り合いなんて現実ではハルくらいしかいない。
「なあ。今更だけどハルってハーフだよな?」
「たしかにミックスだけど急になんでそんなことを」
「……親父は魔王?」
「はぁ?」
いや、夢の中の話なのに馬鹿なことを聞いた。
魔王は俺より背が高かったし顔もハルのように中性的ではなく完全に男顔だったから、似てるというだけの別人。
毎月売上を競ってるライバルのハルが敵役の魔王として変換されたんだろう。
「吃驚した。うっかりハルを好きになってたのかと」
「なにを言ってんだお前は」
一部の人の性癖にぶっ刺さりそうなゴミクズを見るような目でハルから見られる。
まあ当然そうなるだろう。
「無断で夢に出演させた詫びは奢りで許してほしい」
「夢?遂に頭がイカレすぎて白昼夢を見るように」
「なってねえから。つい最近見た夢の話。誰かに似てると思った奴がハルだったことに今気づいた」
肩を組んでいた腕を離して説明する。
異世界系の夢を見たなんて言ったらまたプークスクスされるから絶対に言わないけど。
「俺が夢に出てきたから好きだとかなんとか血迷ったのか」
「言うだろ?夢は無意識からのメッセージって」
「生意気にユングなんて読むな。お前は漫画で充分だ」
物凄い失礼な奴だな。
知 っ て た け ど ( ˙-˙ )スンッ
「まあ来世とか別次元ならそれも良いかもな」
「……え?」
「面白そうだろ。お前と俺が恋人……とか」
「自分で言ってプークスクスすんな」
面白がって口元を押さえて笑うハルはゲスい。
俺は一瞬本気で焦ったのに。
「人の夢見んのは好きにすりゃ良いけど無理すんなよ?」
「分かったって。ハルも無理すんなよ?」
「シンに心配されると気味悪い」
「マジな顔で言うな」
先についたのはハルの店の前。
ミーティングがあった時はいつもここで「じゃあ」と言葉を交してサラッと別れるんだけど……。
「なあ、ハル」
「ん?」
「近い内に呑み行かないか?いつもの店に」
「いいけど。付き合ってやるからお前の奢りな」
「うん」
なんでだ。
あれはただの夢なのに。
なんか……胸が苦しい。
「ハル!」
「なんだよ。デカい声出して」
なんで。
もう二度と会えない気がする。
もう二度とこの世界のハルとは馬鹿なことを言って笑うことはない気がする。
「シン?」
「……なんでもない。引き留めて悪かった。またな」
夢と現実が曖昧になってるなんて笑える。
あの夢がまるで現実みたいだったからだろう。
異世界の方が現実みたいだったなんて変な話だけど。
「シン。夕凪真」
背を向けて歩き出したあと腕を捕まれ振り返る。
痛いくらいの力でハルが俺の腕を掴んでいた。
「魂の契約は無事結ばれた」
「……ハル?」
「戻って来い。俺の魂の半身」
ブラウンの髪にブラウンの瞳。
目の前に居るのはライバルで悪友のハルだ。
いや……ハルじゃない。
「俺は魔族の長。魔王フラウエルだ」
音を立てて砕けた現実。
ハルの姿も見慣れた景色も割れた鏡のように砕け散る。
嗚呼、もうこの世界は俺の現実じゃないんだ。
瞼をあげると涙が伝った。
「「シンさま!」」
「エド、ベル」
ベッドに横たわる俺へ縋るように抱き着くエドとベル。
二人の頭に添えた掌に伝わる感触。
これが今の俺の現実だ。
「まだ起き上がってはなりません」
「熱が下がっておられないのです」
体を起こそうとするとエドとベルからベッドに沈められる。
「熱?」
「はい。ずっと眠ったままで熱も下がらず」
「ずっと?」
「一昨日でひと月に入ったところです」
「一ヶ月も?」
俺は一ヶ月もかけてあの夢を見てたのか。
いや、夢だったのか?
「って一ヶ月!?教会は!」
「ご安心ください。私たちが交換で訪問しておりましたので」
「取り壊しは?」
「されておりません」
「そっか。良かった」
二ヶ月前(今は三ヶ月前)に初めてスラムのガルディアン教会へ行ってからというもの一日おきに様子を見に行っていた。
エミーと訓練がある日には訓練が終わった後の夜に。
休みの日には朝から行って子供たちに食事を作ったりもしていたから、眠ってる間に……なんてことにならなくて良かった。
「しばくはスラムの計画に動きはないかと」
「なんで?」
「魔王が現れましたので」
「ここひと月は対策会議が連日のように行われております」
「ああ。それどころじゃなくなったってことか」
「「はい」」
話しながらベッドの隣にしゃがんだベルが冷たいタオルを額に置いてくれて、エドも甲斐甲斐しく薄い布団をかけてくれる。
「悪いな世話させて。後は自分で回復かけるから」
「かけてもあまり効果はないかと」
「ん?あまり効果がない?」
どういうこと?
大病を患ってしまったら魔法では治せないけど、発熱くらいであれば回復で下げることができるはず。
「回復をかけても数十分もするとまた上がってしまうので、今はエミーリアさまのお力でシンさまの自然治癒力を一時的に増幅させてある状態です」
つまり俺自身の治癒力に任せてると。
異世界に来る前はそれが当然だったのに『回復で』なんて、すっかり異世界にかぶれたな。
「でも一ヶ月寝てた割には大して痩せてないな」
「自然治癒と回復を併用しておりましたので多少は。ですが、そこまで保たれた理由は恐らく」
「恐らく?」
寝てる間は口から食事を摂れないから点滴で最低限の栄養を摂るしかないはずなのに腕をみても大した衰えを感じず聞くと、会話を止めたエドはベルと少し顔を見合わせる。
「エミーリアさまが仰るには魔王の影響だろうと」
「魔王?俺と何の関係が」
「シンさまと魔王は魂の契約を交わしましたので」
「あ。その魂の契約って結局なんなんだ?」
「こちらで確認を」
ベルから渡された鏡。
なにを確認するのかと思いながら鏡を見てギョっとする。
「なんだ、この首の模様は」
「それが魂の契約を交わした印のようです」
「ようです?」
「私たちはそのような契約があることを今回初めて知りましたので。詳しくはエミーリアさまからお聞きください」
「誰でも知ってる契約じゃないってことか」
「はい。国の禁書に記されている契約だとか」
なるほど。
それなら後でエミーに聞くしかない。
首の右側にくっきり入った5センチほどの大きさの模様。
尻尾部分の長い勾玉が陰陽太極図のように上下正反対になった模様のようなそれは、黒く塗り潰したトライバルタトゥを彫たかのようだった。
・
・
・
「目が覚めたか」
「毎日治療に来てくれてたらしいな。ありがとう」
「自分の愛弟子なんだ。当然だろ?」
時刻は夕方。
目覚めてから二時間ほど経ってベッドで体を起こしてスープを飲んでいると、術式を使ってエミーが部屋にやってきた。
「っていうのは体面上。別の奴に治療させられなかった」
「首のコレの所為か」
「さすが私の弟子。話が早いね」
エミーはそう話しながらベルが用意した椅子に座る。
「目が覚めたから熱は一両日中に下がると思うよ」
「今までは眠ってたから熱が下がらなかったってことか?」
「うん。私も文献で読んだ知識しかないんだけど、魂の契約を交わした者は生死を彷徨うことになるそうだ」
エミー曰く、眠り続けていたのも高熱が出ていたのも“魂の契約”というものが原因で、その契約が成立するまでは第三者が起こそうとしても目覚めることはないし、どんなにレベルの高い聖魔法でも熱を下げることはできないらしい。
「君が目覚めたってことは契約が成立したってことだ」
「その契約って何を契約させられたんだ?」
「半身になる契約。人族で言えば結婚かな」
サラッと言われたその衝撃の契約内容に飲んでいた果実水を吹き出しそうになる。
「結婚って……あの魔王どう見ても男だったけど?」
「魔族は性別に深い意味を持たない種族なんだ。例えば精霊族なら男女の営みによって子供ができるよね。でも魔族は魂の契約を結んだ者同士の魔力を使って子を成す。子孫を遺すために重要なのは魔力量や魔力の質であって肉体の性別は関係ないからか、両性の魔族も多く居るそうだよ」
両性とかパンセクシャルの俺にはご褒美……いや、今はそこに反応してる場合じゃない。
「つまり俺は魔王と……結婚したってことに?」
「んー。精霊族の婚姻関係とはまた別物だからね。魔王が自分の子供を作る相手として君を選んだってことかな」
「勝手に契約とか結婚詐欺だろ!」
そんなのタイトルを『異世界で魔王(♂︎)から結婚詐欺にあいました(♂︎)』に変更する必要があるくらい超展開じゃないか!
「正直詳しく説明してやれるだけの知識が私にもないんだ。魂の契約自体が魔族にしかないものだから、文献に書かれていないこれ以上のことは情報がない。まして君が契約した相手は魔族を束ねる魔王だからね。魔王が人族と契約をするなんて前代未聞だし、今後どうなることやら」
まあ前代未聞だろう。
勇者が討伐する相手の魔王が、討伐の為に召喚した異世界人の一人(勇者ではなかったけど)と魂の契約を結んだんだから。
「シンさま。気になるのは分かりますが、お話は後にしてお休みになった方が良いのでは。随分と魘されておりましたから」
「魘されてたのか。そんな悪くない夢だったんだけど」
召喚される前の世界の夢。
ポンコツどもがいて、客がいて、オーナーがいて、俺が唯一何でも言い合える相手でもある悪友のハルがいた。
「表情を見る限りたしかに悪くない夢だったようだね」
「うん。前に居た世界の夢。生活もその時と変わらなかった。それと一応親友って言うのかな。そいつにも会ってきた」
夢の中のハルの言葉を思い出す。
まあ来世とか別次元ならそれも良いかもな。
面白そうだろ。お前と俺が恋人……とか。
ここは異世界。
ハルに似た魔王と俺は魂の契約で結ばれた(らしい)。
あれは本当に夢だったんだろうか。
夢だった割に今の状況に繋がっているような気がするけど。
「とりあえず今日のところはエドの言うようにもう休みな。熱が下がったら国王との謁見が控えてることだし」
「謁見か……嫌な予感しかしない」
「国王は心配しておられたよ?目が覚めたら顔色は良くなったけど、念のため今日までは自然治癒力を増幅しておく」
「ありがとう」
訓練中なら絶対にやってくれなかった治療。
魔法で上げた自然治癒力は魔法が切れたら元に戻るから、あくまでも一時的にあげているだけのことでしかない。
根本からあげる為には地道に鍛えるしかないから今までかけてくれたことはなかった。
治療を施してエミーが帰った後にエドとベルも帰らせた。
俺が寝ていた一ヶ月間はこの部屋で寝泊まりしていたらしく、今日は自宅でゆっくり休んで貰いたかったのと……
「やっぱり来たか」
「目覚めたのを感じたんでな」
コイツが来るような気がしてたから。
「子供を作るような元気はないぞ」
「今日は見に来ただけだから心配するな」
魔王フラウエル。
ベッドに座って口元を笑みで歪めた魔王はやはり、どことなくハルに似ている。
「結界がはられてる王都や宿舎にするっと入って来やがって。前回も大人しく来てればあんな騒ぎにはならなかったのに」
「前回は契約前だっただろう?今は半身のお前が居るから祖龍を使わずとも来れるが」
首筋に顔を寄せてまた匂いを嗅ぐ魔王。
本当に匂いフェチかコイツは。
「この国にいつでも来れるよう俺と契約したのか?」
「人族の国に来るためにそんな手間をかけると思うか?来るだけであれば前回のように祖龍で来れば良いだけだ」
むしろ俺としてはそれが理由の方が救われたけど。
魔王に結婚詐欺されたとか笑えない。
「なんで俺だったんだ。契約の相手」
「面白いからに決まってるだろ」
「殴らせろ」
ハルか。やっぱりお前はハルなのか。
夢の中で言ってた通り『面白そう』が理由か。
「目覚めたばかりだというのに元気そうだな。これも精霊神と魔神に愛された者ゆえか。子を作る魔力は充分ありそうだ」
「無理。病人相手に鬼か。悪魔か。魔王か」
「魔王だ」
「真顔で答えるな」
性格までハルに似ているから困る。
突然現れて勝手に契約された相手のはずなのに、昔から知ってる人のような気楽さが拭えない。
「って、何で人のベッドに入ってくるんだ」
「俺の魔力を分けてやる。放っておいても熱はすぐにでも下がるが、体力を回復させるには分けた方が早いからな」
「ん?その為に来たのか?」
「お前は俺の半身だ。回復を手伝うのは当然だろう」
「有難い話だけどいまいち納得出来ない絵面だな」
「口から直接送るか?」
「それは勘弁してくれ」
何で俺が魔王の腕に収められなくてはいけないのか。
とは思うものの不思議と心地好い。
「契約の試練をよく乗り越えた。今日はこのまま眠れ」
契約の試練って何の話だ。
お前には聞きたいことが沢山ある。
……けど、眠い。
体内を流れる温かい魔力。
魔王が分け与えてるんだろうソレを感じながら眠りについた。
30
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うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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