ホスト異世界へ行く

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第六章 武闘大会(前編)

デュラン領

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婚約披露パーティから数日。

「シンさま。お目覚めでしたか」
「ただいま戻りました」
「お帰り」

扉を開けて入って来たのはルナさまとアデライド嬢。
……と、

「この果物は美味い」
「すっかり馴染んでんなぁおい!」

魔 王 さ ま 。
林檎(アプール)を齧りながら入って来て俺に見せる。

「門でお会いして荷物を持ってくださったのです」
「本日はブラックバニーを狩ってきてくださいましたので、異世界料理のシチュー?というメニューにするそうです」
「そ、そっか。楽しみ」

ここはブークリエ国デュラン領。
名前の通りデュラン侯爵がおさめている領地。
治るまで時間がかかると知ったデュラン侯爵が治療に専念できるようにと別荘を貸してくれた。

「シン。午後にヤンさんが、あ。姫殿下プリンセスとアデライド嬢」
「ドニさま。姫殿下プリンセスは駄目ですわ」
「ああ、すみません。カトリーヌ嬢」

扉を開けたのはドニ。
ルナさまを姫殿下プリンセスと呼んで(ここではカトリーヌと名乗っている)アデライド嬢から怒られている。

凄い組み合わせ。
何よりも凄いのは、この面子の中に林檎をゴリゴリ食べてる魔王が居ることだけど。

「あ、そうだ、フラウエルさん。後で弓矢の微調整に付き合ってほしいってロイズが言ってました」
「またか。仕様がない奴だ」

凄いだろ?
俺以外の誰も魔王と知らずに話してるってことが。
療養に来てるはずの俺が一番ビクビクしてる。

「ドニ。ヤンさんの話は?」
「ああ。午後にヤンさんが試作品を持って来るって」
「え?もう?」
「そうらしい。デュラン侯爵の所に師団長さまから連絡がきたって侯爵家の使者が教えに来てくれた」
「そっか。さすがヤンさん」

試作品というのは騎士団との訓練の時に話していた魔封石を装飾した武器のこと。
頼んで半月しか経ってないのにもう試作品の段階まで仕上げてくれたらしい。

「じゃあ俺は訓練に戻る」
「わざわざありがとう。頑張れ」
「うん」

使者の伝言を伝えに来てくれたドニは部屋を出て行く。
俺もヤンさんが帰った後に少し様子を見に行こう。

「昼になる前に行くか」
「うん。俺も試作品を見たいし」

どこに行くかというと、デュラン領にある温泉。
魔力が含まれているお湯が湧くこの領では温泉宿が盛ん。

「車椅子をご用意いたしますね」
「ありがとう」
ワタクシは治療が出来ませんのでこのくらいはせめて」

クロゼットを開けて折り畳んでいた車椅子を出してくれたアデライド嬢はそう言って苦笑する。

「ルナさ、カトリーヌさまにもアデライド嬢にも色々と助けて貰ってる。代表騎士のみんなが安心して訓練に集中出来るのも二人のお蔭だし。本当にありがとう」

ここにはドニの他にエドとベルとロイズも来ている。
療養目的の俺も含め、みんなの食事や風呂や掃除と世話をしてくれているのはルナさまとアデライド嬢と王宮メイド衆。

「ただ、本当に帰らなくていいんですか?ルナさま」
「こちらのデュラン領へは何度も遊びに来ておりますからお父さまとお母さまも許可してくれました。テオドールからは山のような課題を出されましたが」

容赦ないな師団長。
許可を貰って滞在してるならいいんだけど。
……いや、いいのか?王女なのに自由で。

「抱えるぞ」
「あ、うん。ありがとう」

フラウエルはベッドに居る俺を抱えるとアデライド嬢が用意してくれた車椅子に乗せる。
あれから数日フラウエルが治療を続けてくれてるけどまだ上手く歩けない。

「悪いな。いつもやって貰って」
「当たり前だろ。半し」

何を言おうとしたのか気付いて魔王の口を手で塞ぐ。
半身契約のことは国の禁書に記されていることだからアデライド嬢は知らないだろうけど、禁書も読める王女のルナさまは知ってる可能性があるのに。

「ふふ。お二人は本当に仲がよろしいですわね」
「それは半し」
「フラウエル。口がゆるゆるになってるぞ」

駄目だと言ってるのに。
……頼むから平穏に療養させてくれ。

『行ってらっしゃいませ』
「行って来ます」

用意して貰った着替えを膝に乗せて、ルナさまとアデライド嬢とメイド衆に見送られて別荘を出た。


向かったのは天然温泉。
ここは湯に含まれる魔力(素)が他より多くて普通の人では魔力酔いしてしまうらしく、一般の人の立入は禁止されている。
お蔭でいつ来ても誰も居ないから治療に専念できる。

「痛くないか?」
「平気。気持ちいい」

魔素を含む温泉に二人で浸かりながらの治療。
今はフラウエルが脚に魔回復ダークヒールをかけてくれているところ。

「地上に居ると不便なことも多いがこの土地はいい。魔力量が多いお前の治療をする場所としては最適の環境だ」
「うん。デュラン侯爵には本当に感謝してる」

デュラン侯爵がこの領地で静養するよう言ってくれたのは、魔力(素)を含むこの温泉のお蔭で患者の俺はもちろん治療を施す方にも負担が少なくて済むから。

酷い怪我には回復ヒールを使う方も大量の魔力が必要になる。
でもここならお湯に含まれている魔力(素)が減った分を補ってくれるから、魔力酔いしない人であれば治療にうってつけ。

と い う の は 向 こ う の 意 見 。

スーパーチートの魔王さまの魔力量は化け物レベル。
ズタボロの体になった俺に魔回復ダークヒールをかけたところで元気に狩りに行けるから、魔力の減り云々はあまり関係ない。

「あ、そこ痛い」
「ここか。少し強めにかけるぞ」
「ありがとう」

魔回復ダークヒール+マッサージで痛む所は損傷が酷い箇所。
それでなくとも損傷していた上に強化魔法で誤魔化し体を酷使してしまったから、肉体の限界を超えたその先に待っていたのが今の俺の状態。

魔法で誤魔化そうと肉体に限界はある。
魔法が解けて残るのはボロボロになった体。

「目はどうだ?」
「右目がまだ二重にブレて見える」
「まだ駄目か。それが一番時間かかりそうだ」
「そっか。まあ仕方ない」

視力に異常が出たのは脳や脊椎にダメージがあったから。
原因は天井から落ちてきた梁が直撃したあれ。
障壁をかけていたものの、絞り出した障壁では完全に守りきることが出来なかった。

「治るまでは眼帯しとくかな。二重に見えてると逆に上手く視点が合わなくて、物がある正確な位置の判断が難しい」
「良いんじゃないか?その方が生活し易いなら」

完治するか分からないけど。
治らないなら治らないでそれに慣れるしかない。

「一度あがって少し涼もう」
「うん。水分補給しないと」

治療は湯に浸かりながら。
湯に浸かりながら治療をして、のぼせないよう上がって休憩してからもう一度湯に浸かって治療をする。
それを朝と夜の二回。
人族の敵(のはず)で恐れられてる(はずの)魔王が毎日甲斐甲斐しく治療してくれている。

「エミーはもう大丈夫なのかな」
「子供賢者の方は問題ないだろう。お前がかけた上級回復ハイヒールでダメージを受けていた箇所も治っていたからな。魔力が一度枯渇しただけに目覚めるのには数日かかるだろうが」
「大丈夫ならいいんだけど。ここに居ると王宮の話題は耳に入ってこないから少し気になって」

エミーの目が覚めたらデュラン侯爵経由で教えてくれると言ってたけど、まだ伝言が届いてないから気になった。

「心配か。あの子供賢者が」
「なんだよ。ヤキモチか?」
「…………」
「すみませんでした。鼻で笑うのやめてください」

冗談を言うと鼻で笑われて謝罪する。
伽の相手が何十人も居るようなハーレム状態の魔王が嫉妬などするはずもない。

「俺にとってエミーは特別な存在の一人なんだ。エドやベルと同じで家族みたいな。いや、家族とはまた違うか」

肉体関係があるエミーはエドやベルとは少し違う。
でも訓練を含めて一緒に過ごしている時間が長いから、ただの師弟関係という以上の感情があることは確か。

「心配するなとは言わないが、今は自分の体を治すことをまず考えろ。お前の方が遥かに重症なんだからな。あの子供賢者を心配する者が居るように、お前を心配している者も居る」
「うん。ありがとう」

たしかに今は自分のことを優先して考えるべきか。
王宮から何の伝言もないってことは逆に、まだ目覚めていないだけで体に異変はないってことの証明でもあるから。

「治療して貰ってる身分の俺が訊くのもあれだけど、頻繁に地上に来て大丈夫なのか?マルクさんが困ってそうだけど」

再び湯に浸かって二度目の治療をして貰いながらふと思う。

「マルクからは魔界に連れて来て治療するよう言われたが、向こうではお前がゆっくり静養できないだろう?マルクやウィルが世話をしたがるだろうし、何よりもアミュが居る」
「まあゆっくりは出来ないな」

そう話して笑う。
隙あらば頭に乗って遊んでくれと暴れるアミュと居たらは出来そうもない。

「仕事は?魔王の仕事。忙しいんじゃないか?」
「魔族の王は人族の王より暇だ。群れて暮らしていないから人族のように事細かな決まり事もなければどこで生きるも自由。王に求められているものは強さと統率力だけだ」

さすが弱肉強食世界‪(  ˙-˙  )スンッ‬
ただ言われてみれば納得で、人族は集団で生活をしているから土地や住居の問題があったり憲法が必要になったりするけど、個々で自給自足の生活ができる魔族は群れる必要がないから魔界の住人としての最低限のルール以外は必要なさそう。

「たしかに国王のおっさんよりは仕事が少なそう」
「だから前々から言ってるだろう?人族の王は大変そうだと。地上のことは多少学んで知ってはいたが、何をするにも手続きだサインだとなってるお前の仕事を見ているとますます思う。俺なら紙切れを燃やしてしまいそうだ」

魔王ならやりそう。
容易に想像できる光景に笑った。

「今朝はここまでにしよう」
「うん。あれ?……脚の感覚が少し戻ってる」

ついさっきまでは痺れた時のように脚の感覚がなかったけど、治療を終えた今は手で触られている感覚がある。

「手を貸してやるから立ってみろ」
「ありがとう」

まだ完全に感覚が戻った訳じゃないからゆっくりゆっくり。
魔王から手を借りて立ち上がってみる。

「……立てた!ほらっ!」

今まで何かを掴んでないと立っていられなかったのに、少し感覚が戻ったことで手を離しても立っていられるようになった。

「良かったな。治療を続けていればじきに歩けるだろう」
「うん。いつもありがとう」
「完治するまでは無理をするなよ?倒れてまた怪我をしたんでは治療をした意味がなくなる」
「分かってる。今は焦らず療養しろって言われてるし」

療養は国王のおっさんや師団長からもすすめられたこと。
王都に居ると西区のことを気にして仕事をしそうだから、今はデュラン侯爵のご好意に甘えて王都から一番近くて療養にも向いている温泉街のデュラン領で静養するようにと。

「正直西区のことは気になるけどな」
「あの紫髪の娘の両親が代理をやっているんだろう?」
「うん。シモン侯爵夫妻と坊ちゃんと腹黒娘が」

みんなを避難させたあと「デュラン侯爵家とシモン侯爵家は忠誠を~」というようなことを言われたけど、あれはその場限りの出任せなどではなく本当に両家が俺の仕事に手を貸してくれることになった。

「心配せずとも貴族であればそちらは得意だろう」
「そうなんだけどさ。土地柄的に大丈夫かなって」

権力のある貴族だから仕事に関しては心配してない。
でも西区は荒くれ者が集う地区だから、金持ちの貴族はターゲットにされてしまうんじゃないかと心配。
抱えられ脱衣場に連れて行って貰いながらそんな本音を話す。

「馬鹿でもなければ護衛くらい雇っているだろう。貴族だからこそ身を守る手段は持っているはずだ」
「それもそうか」

言われてみれば普段から多くの護衛を雇って生活している人にする心配じゃなかったかも。
療養中は俺が療養に入る前からしていたことや決定していたことを引き続き進めて、何か許可が必要なことが出てきた時には使者を寄越すと言っていたから、両家を信用して任せよう。

「料理屋はどうなった?」
「あ、それ!警備団を設立してからなら出していいって!」

体を拭きながら訊かれて答える。
境界付近に建てる予定のカフェはもちろん、魔王が案を出してくれた『異世界地区計画』に関しても国や領民と話し合って進んでいる。

「仕事をしている時が一番楽しそうだな」
「楽しいかは微妙だけど、やり甲斐はある」

問題が多くて頭を抱えることも多いからって感覚とは違うけど、西区の領民の生活が少しでも良くなるなら頑張ろうとやり甲斐はある。

「お前が英雄というのもあながち間違いではないのかもな」
「ん?」
「最初に聞いた時は御大層な称号だと思ったが」
「そんなことは俺が一番思いましたけど!?」
「まだ完治していないのに倒れるぞ?」

拳をお見舞いしようとする俺の手を掴んで魔王は笑う。
完治したら覚えてやがれ(モブザコ的台詞)。


「はー。天気がいいなぁ」

温泉を出て魔王に車椅子を押して貰いながら真っ青な空を見あげて声を洩らす。

「随分と機嫌がいいな」
「そりゃそうだろ。立っていられるようになったんだし」

治療の成果を感じられて嬉しくないはずがない。
自由に動けなくなって初めて五体満足でいられることがどんなに恵まれたことだったのかと実感できた。

「後悔はしていないのか?」
「後悔?」
「みんなを助けなければこんな体にはならなかっただろう?」
「ああ。それは後悔してない。というより、あの時は一人で助かる選択肢なんて思い浮かびもしなかった」

みんなを助けないと。
エミーを助けないと。
あの時はただただ助けることだけに必死だったし、今は多くの人を救えて良かったと思っているから後悔なんてしていない。

「そうか。半身の身を案じる俺としては無茶を愛しすぎるのもいい加減しろと言ってやりたいがな」
「勝手に好きから愛にグレードアップさせるな!」

こうして魔王と話しているといつも言いたくなる。
『もう戦わなくていいんじゃないか?』と。
国王のおっさんにも魔王にも種族を守る王としての役目があることは分かってるし、仮に二人が「じゃあ辞める」と言ったところで周りが納得しないことは分かってるんだけど。

「どうした?」
「ううん。天気がいいなーって」
「さっきも聞いたぞ」
「大事なことだから二回言ったんだよ」

何度こうして言葉を飲みこんだことか。

「フラウエルさん。今日は狩りすぎなかったのかい?」
「今日は見つけたのがブラックバニーだったんでな」
「また狩りすぎたら買うから譲っておくれ」
「分かった」

車椅子を押してくれながら街の人から声をかけられる魔王。
みんな魔王と知らず気軽に話しかけている。

なあ、本当にもうこのままでいいんじゃないか?
こんなにも人族に馴染めるなら上手くやっていけるって。
そしたら魔王のお前も勇者のヒカルたちも賢者のエミーも軍人も魔族も精霊族も、この世界の誰も傷付かずに済むのに。

……って言えたらどんなに良かったか。
言ったところで無理だと言われて終わるんだろうけど。

「ここの者たちは人懐こいな」
「うん。観光客が多いから慣れてるんだと思う」

温泉街だけに療養目的で訪れる観光客も多いらしく、多分顔に怪我をしているから隠してると思われてるんだろうけど、フードを被って顔を見せない俺にもそのことには触れることなく普通に話しかけてくれる。

「知れば知るほど人族の生活は面白いと思う。ただ湯が湧くというだけのことで人が集まり仕事にもなるんだからな」
向こう魔界層は湧き放題なんだっけ」
「ああ。何も珍しくないから商売にはならない」
「沢山あるならそうだろうな。地上では貴重らしい」

デュラン侯爵が権力を持っているのは自分の領地で温泉を掘り当てたことが大きい。
地上層では貴重な温泉だから多くの人が集まってきて莫大な収入を得ている。

「西区にも湧かないかな。一気に財源が確保できる」
「夢を見るより堅実に発展させろ」
「ですよね」

知ってた。
そんな簡単に見つけられるなら貴重とは言わない。


「ただいまー!」

屋敷(別荘)に着いてまず声をかける。

「「お帰りなさいませ」」
『お帰りなさいませ』

少し待っていると足音が聞こえてルナさまとアデライド嬢とメイド衆が出迎えてくれた。

「お食事までお部屋でお休みください」
「うん。いつも手を煩わせてすまない」
「お心遣い感謝いたします。ですが、英雄エローさまにお仕えできることはワタクシたちメイドにとって誉なことですのでお気遣いなく」
「ありがとう」

外を走らせた車椅子を綺麗に拭いてくれるのはメイドたち。
毎日朝と晩に温泉へ治療に行くたびに綺麗にしてくれたあと部屋まで運んで来てくれる。
今日もまたお願いして俺のことは魔王が部屋に運んでくれた。

英雄エローさま。食後にプリンの味をみていただけますか?」
「え?自分で作ったのか?」
「お借りしたメニューの中から作ってみました」
「そっか。じゃあ食後に味見させて貰う」
「はい。是非」

貸したのは西区でカフェをやるためのメニュー。
と言ってもこの世界の材料でも作れそうなメニューを書きだしただけで、その中のどれがカフェのメニューになるかまでは決まってないんだけど。

「アデライドはお料理が得意なんですよ?」
「そうなんですか?侯爵令嬢なのに」
「あら、英雄エローさま。お忘れですか?侯爵令嬢全てがお人形のように可愛らしい子ではありませんのよ?」
「そうだったな」

アデライド嬢は侯爵令嬢でも変わり種。
この世界では珍しい、侯爵令嬢だ。
次期国王の王太女でありながら自ら包丁を握ってしまうルナさまとは変わり種同士でウマが合うのかも知れない。

「お二人はご学友なんでしたよね」
「はい。同じ訓練校でクラスメイトとして学びました」
「学校かぁ。懐かしい」

訓練校と魔導校=学校。
ただこの世界には義務教育がないから金銭的な問題で行かない人も多い。

「シンさまも訓練校に?」
「俺が生まれ育った日本には義務教育という制度があって、必ず九年間学校に通わないといけなかったんです」
「まあ。英雄エローさまの故郷の皆さまは裕福でしたのね」
「いや。義務教育の期間は国が負担してくれるんだ。昼食代とか修学旅行の積み立てとかで多少はかかるけど、学ぶために必要な教科書なんかは国が負担してくれるから無償で貰える」

そもそもの話として学校の在り方が違う。
この世界での学校(訓練校と魔導校)は高い金を払って自分が学びたい学科を専攻して教わるから、ただ義務で行っていただけの俺とは違って本当に学びたい人しか行かない。

「国が負担を」
「はい。だから文字を読み書き出来ない人は居ません」
「それは素晴らしいことですね」
「知識は人を自由にし、無知は人を奴隷にする。知識がある人には生きるための選択肢が複数あるけど、知識がない人は選べる選択肢が少ない。そうなると誰かに従って生きるしかない。人生を豊かにしようと思うなら知識も必要だと思いますよ」

学校はその初歩の初歩。
国民に知識を持たせることは国の発展にも繋がる。
とか言いつつ俺は最低限の知識しかないアホなんですけど。

「一度お父さまにご相談してみなくては」
「え?」
「全ての国民は不可能でも、学びたい意志のある国民には国が負担をして学べる環境を整えてあげることが出来れば」
「あの……ルナさま?」

ブツブツ独り言を言い出したルナさま。
俺の声も届かないほど自分の世界に入ってるらしい。

「お前の雑談が国を動かすことになりかねないな」
「勘弁して!?俺が居た世界の話をしただけなのに!」

部屋に用意されていた果物をムシャクシャと食べている魔王に言うと、アデライド嬢はクスクス上品に笑った。


そうこうしている間にも昼食の時間。
外で訓練をしていたエドとベルとロイズとドニの四人も帰って来て全員で食卓を囲む。

「……いかがですか?」
「うん。美味い。下処理もしっかり出来てる」
「では……合格ですか?」
「合格」

緊迫した空気から一転、メイド衆は手を取り合い歓喜する。
ここに来てるメイド衆は俺が異世界料理を教えてる人も多く、療養中も合格を貰おうと異世界料理を作って出してくる。

「城に仕える王宮メイドの料理を口にできるのはもちろん、まさかプリンセスや上流貴族さまと食卓につく日が来るとは」
「ここではワタクシもアデライドも街娘。皆さまと食事をするのは当然です。どうぞカトリーヌとお呼びください」
「……高貴すぎる街娘ですね」

ロイズとルナさまの会話に笑う。
たしかに街娘と言うにはルナさまもアデライド嬢も高貴なオーラを放っている。

「今朝作って貰ったサンドウィッチ?ってヤツも美味かった。あの中に入ってるソースってなんだったんだ?」
「マヨネーズというものですわ。英雄エローさまにお借りした異世界レシピの中から作らせていただきました」
「だから見たことがなかったのか。あれ野菜にも肉にも合う。店に売ってたらすぐに買いに行くレベルで美味かった」
「でしたらまたお作りしますわね」
「ありがとう」

ドニは貴族相手にもマイペース。
気にすることなく喋っているドニを奇妙な物を見るような目で見ているロイズの姿にまた笑わされた。

シチュー・スープ・サラダ・パンというメニューをみんなで食べ終えて最後のデザートで出てきたのは、さっきアデライド嬢が言っていたプリン。

「なんだこれ。初めて見るけど」
「洒落た料理だな」

アデライド嬢がホール型のプリンをホールケーキのように切り分けるのを見てロイズとドニは首を傾げる。

「プリンですね。以前シンさまが作ってくださいました」
ワタクシも一緒にいただきました」
「エドワードさまとベルティーユさまは英雄エローさまのお味をご存知なのですね。是非感想をお聞かせくださいませ」
「「はい」」

エドとベルは体験済み。
二人は甘い物が好きだから気に入ってくれてたけど、未知との遭遇になる他の人はどんな反応になることか。
そう思いながら早速スプーンですくって口に運ぶ。

「凄いな。初めてでここまで上手く作るか」
「まあまあですか?」
「いや。もう店に出せるレベルになってる。プリンは簡単そうに見えてコツがいるデザートなんだけど、気泡も入らずに滑らかに仕上がってて美味い。カラメルの甘さもいい」

料理が得意とは聞いてたけど、食べたことのない物をレシピだけでよく仕上げたものだ。

「俺には少し甘いな」
「ロイズは甘い物が苦手って言ってたもんな」
「うん。美味いんだけど全部食べるのはキツイかも」
「ご無理をなさらないでくださいませ」
「せっかく作ってくれたのにすみません」
「お気遣いなく。誰にでも好き嫌いはございますから」

こればかりは仕方ない。
味覚は人それぞれ違うから。

「ルナさまは気に入ったみたいですね」
「とても美味しいです。可愛らしいですし女性は好きかと」
「メイド衆も少し貰って食べてみれば?」
「よろしいのですか?」
「ええ。是非」

メイド衆は全員が女性。
アデライド嬢が切り分けたプリンを味見して喜んでいる。
プリンはカフェでもメニューにした方が良さそうだ。

「お前が作ってくれた茶碗蒸しが甘くなった感じだな」
「ああ。茶碗蒸しも同じ卵を使った料理だからな。茶碗蒸しは卵とダシで作るけど、プリンは卵とミルクを使って作る」
「あれは好きだ。カフェでも出すのか?」
「カフェに茶碗蒸しはさすがにない」
「……そうか」
「明らかにガッカリするの辞めてくれるか?」

魔界層に行った時に作った茶碗蒸しがお気に入りらしく、出さないと知ってガッカリする魔王に苦笑する。

英雄エローさま。カフェとはなんのお話ですの?」
「カフェテリアを西区の境界付近に作る予定なんだ。俺が居た世界にあった軽食やデザートや飲み物を楽しめる店」
『西区に!?』
「うん。警備団を設立したら出す。他の地区の人にも足を運んで貰えるよう西区の中でも比較的安全な境界付近に」

みんなが驚くのも無理はない。
それほど西区の印象が良くないってこと。

「みんなも知っての通り西区は貧民街だ。スラム化してるだけに他地区に暮らす国民からの印象も良くない。だからこそ悪い印象をがらりと変えるために、今後西区はこの世界にない異世界の物を取り入れた異世界地区として発展させようと思う」
『異世界地区』

既に知っていた魔王以外は唖然。
そんなことを言われてもピンとこないのも仕方ないけど。

「俺が領民の生活に必要な商店や雇用先のことで悩んでた時にフラウエルが、勇者が居た異世界の料理を出す店を作ればいいんじゃないかって提案してくれたんだ。その提案のお蔭で俺も次々とアイデアが浮かんで、いっそのこと地区ごと異世界の物を取り入れたら他にはない特別な地区になると思って」

全ては魔王の提案のお蔭。
異世界人の俺だからこそ出来るやり方。

「なるほど。たしかに俺も異世界の物と聞いたら気になる」
「英雄や勇者の生まれ故郷の物だからな。安全さえしっかり確保できれば行く人は多いと思う」

納得した様子でそう話すロイズとドニ。
ルナさまも顎に手を添えてうんうんと頷く。

英雄エローさま」
「ん?」
「カフェで働く方はもうお決まりですか?」
「まだ。そろそろキッチンに入ってくれる人を捜して異世界メニューを覚えて貰わないといけないんだけど」

そう思ってた矢先に療養することになってしまった。
でもまだ建築が始まってる訳じゃないから療養期間が終わってから捜そうと思ってる。

「お決まりでないのでしたらワタクシをお雇いいただけませんか?必要でしたら料理人スキルも習得いたします」
『え!?』
英雄エローさまの故郷の多種多様なお料理には心惹かれます。ワタクシたちがそうであるように、この世界にはない異世界のお料理を気に入る方は大勢居るはずですわ。美味しいものをいただく幸せを皆さまにお届けするお手伝いをさせてくださいませ」

みんなを驚かせたのはアデライド嬢。
俺に話すアデライド嬢の表情は真剣だ。

「気持ちは嬉しいけど侯爵令嬢が雇われになるって」
「既にシモン侯爵家は英雄エローさまをもう一人の主君として忠誠を誓っております。女の身でありながら勉学に励むことを認めて下さったお父さまやお母さまも賛成してくださるはずです」

この侯爵令嬢には本当に驚かされる。
昔に倣った貴族の世界に産まれながらも独りそれをぶち壊そうとしてるんだから。

「分かった。ただしシモン侯爵夫妻が許可をしたら。反対されたらゴネず諦めること。夫妻にとって大切な娘なんだから」
「ありがとうございます。お父さまとお母さまにはワタクシの考えをしっかりとお伝えして許可をいただきます」

……大丈夫か?
多少不安ではあるけど、レシピを見ただけで完璧に作ってみせたアデライド嬢がキッチンに入ってくれたら助かるのは確か。

「夢が叶うと良いですね。アデライド」
「はい。英雄エローさまのお店でお料理をさせていただけるのでしたらこんなにも光栄なことはありません」
「夢?」
「アデライドは料理人になるのが夢なのです」
「そうだったんですか」

ルナさまから聞いて納得。
ただ趣味として作ってる訳じゃなくて料理人になりたい夢があるから雇ってと言ったのかと。

ただあくまでもシモン侯爵夫妻が許可をしてくれたら。
西区という危険な土地柄、反対される可能性が高い。
雇うかどうかの判断はまずそこから。

その話は一旦置いて、みんなで食後の雑談を楽しんだ。
 
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