ホスト異世界へ行く

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第八章 武闘大会(後編)

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夜会会場から移動した先は室内庭園。
前回来た時に見かけたガゼボでロザリアをベンチにおろす。

「どうした急に。俺が言ったことが理由か?」
「ううん。違う。ファンって言って貰えて嬉しかった」
「じゃあどうして」

ロザリアの隣に座って涙を拭う。
夜会会場から連れ出したのはこの涙が理由だった。

「ごめんね。迷惑かけて」
「迷惑ではないけど、嬉し泣きじゃなさそうだ」
「なんでだろう。気が抜けたからかな」

そう話しながらも涙はポロポロ落ちる。

「さっきの騒ぎも関係してるのか?」
「それもあるのかな。自分でも分からない」

自分でも分からない涙の理由。
本当に分からないのか、分かってるけど言えないのか。
どちらにしても今は訊いたところで答えそうもない。

ベンチにもたれた体にロザリアを引き寄せて胸を貸す。
話さないなら気が済むまで泣かせておこう。

誰もいない静かな室内庭園に不似合いな啜り泣く声。
しばらくの時間その泣き声は続いた。


「……ごめんね」

まだ胸に顔を埋めたまま謝罪を口にしたロザリアに言葉の変わりに背中を数回叩いて応える。

「あ……また誤解されちゃったんじゃないかな」
「誤解?」
「私を連れ出したから。それじゃなくても獣人なんかとって噂になってるみたいなのに。ますます迷惑かけてる」

そう話してようやく顔を見せる。

、なんだ?」
「体の関係があるって」
「ふーん。合ってるな」
「合ってるかどうかの問題じゃなくて、私と噂になってシンの評価が下がったらってこと。英雄と獣人じゃシンにはマイナスにしかならない。だから避けてたのに」
「避けられてたのか」

その方が吃驚なんだけど。
言われてみればバレッタ集落とブラジリア集落と祝賀会をした以降は闘技場コロッセオで付添人として見かける以外に会うこともなかったけど、理由が避けられてたからだったとは。

「もしかして今日あの令嬢たちから言われたアレが初めてじゃなくて他の人からも言われてたのか?」
「少しね。でも言われて当然だもの。私とシンじゃ釣り合わないのに優しくされて調子に乗ってた」

またメソメソ始まったロザリアの頭を撫でる。

「悪かった。俺が軽率だった」
「どうしてシンが謝るの?」
「ロザリアの立場を考えて行動するべきだった。今思えばロザリアが非難されることくらい予想できたのに」

英雄エローの俺には言わなくても獣人のロザリアには別。
それじゃなくても獣人族は肩身の狭い思いをしてるのに、俺の軽率な行動でロザリアを非難の的にさせてしまった。

「俺には誤解されて困る相手も居ないし誰と噂されても関係ないけど、これから歌姫ディーバになるロザリアが男と噂されるのはまずいよな。こうなるまで気付かなくて悪かった」

歌姫ディーバの異性スキャンダルなんて一大事。
今回は会場で見た時の顔が今にも泣き出しそうで放っておくことができずについ連れ出してしまったんだけど。

「関係ないの?」
「ん?」
「私と噂になっても」
「ない」
「獣人なのに?」
「俺は種族で好き嫌いの判断はしない。種族は関係なく好みの人もいれば、そうじゃない人もいる」

この世界の人は気にするんだろうけど俺は関係ない。
種族や老若男女問わず惹かれるものがある相手なら率先して据え膳をいただく。

「むしろ英雄エローの紋章分けが目当ての娘ゴリ押しに辟易しててゴリ押し避けの婚約をしようかと考えてたくらいだし、相手が居るのかもって噂になってるくらいでちょうどいい。ロザリアの方も明日の閉会式が終わって集落に帰れば俺との噂もすぐに消えるとは思うけど、迷惑かけて悪かったな」

関わりがないと分かれば噂は噂のまま終わる。
俺との噂が夢の障害になることはないだろう。

「なんでまた泣く?」
「あっさりしてるから。全然寂しくなさそう」
「イヤなのか」
「イヤだよ。せっかく親しくなれたのに」

寂しくない訳じゃない。
でも、ロザリアの夢の邪魔をするつもりもない。
一瞬関わりを持っただけの俺との噂で振り回されることなく夢を叶えるために頑張ってほしいという気持ちの方が大きい。

「泣くなよ」
「困らせたかった訳じゃないの」

顔を上に向かせてまたポロポロ落ち始めた涙を拭う。

「俺は二度と会えないとは思ってない。ロザリアなら歌姫ディーバになれると思ってるから。言っただろ?初舞台には花束を持って行くって。花束だけじゃ不満なら楽屋を埋め尽くすくらい送ってやる。俺に歌姫ディーバになったロザリアの姿を見せてくれ」

確実に二度と会えなくなるのは死と世界を分かつ時。
同じ世界に生きていれば偶然会う可能性もあるし、ロザリアの夢が叶えば劇場に会いに行くこともできる。

「……キスしていい?」
「して、じゃないのか」
「私からする。いい?」
「喜んで」

笑う俺の口に重なる柔らかい感触。
必死さが伝わるその慣れない感じがなんとも可愛い。
健康的な褐色の肌に赤い瞳と赤い髪。
グラマラスと表すに相応しい容姿をしていながらその不慣れな感じはいい意味でギャップがある。

「こんな所で押し倒す気か?」
「ち、違、そんなつもりじゃ」

キスに必死でどんどん体を密着させてくるから言うとロザリアは慌てて否定する。

「も、もう少しくっつきたいなって」
「それは衣装越しでいいのか?肌と肌じゃなくて」
「肌と肌?…………!」

耳元での囁きで訊くと、呟いたロザリアは何を言ってるのか理解したらしく体を硬直させる。

「……酷い。からかって」
「ごめん」

笑いを堪えていたことが密着した体で伝わったようで、ふて顔のロザリアの頬にキスをする。

「……うん。これは私が妬まれるのも当然かも」
「ん?」
「こんな綺麗な人と親しくしてたら羨ましくもなるよね。ついつい厭味を言っちゃうのも分かる気がする」

俺の顔を両手で挟みジッと見たロザリアはそう言ってふにゃっと笑う。

「かっこいいじゃなくて綺麗ってのがな」
「かっこいいの枠じゃ収まりきれないから綺麗って表現になるんだよ。整った顔の作り、鍛えて引き締まった体、高い身長、長い手足、甘くて優しい声、人を惹きつける雰囲気、目や髪の色までも特別。しかも強い。どれをとっても完璧。いい意味で人じゃないみたいに綺麗。シンが勇者さまじゃなかったのは神さまの化身けしんだからって言ってる人も居るんだから」

指折り数えるロザリアに口元は笑みで緩む。

「大絶賛してくれるのはありがたいけど中身はクズだぞ」
「自分に正直に生きてるだけでしょ?もしシンが本当にクズみたいな人だったら誰も憧れたり慕ったりしない。シンの周りの人はシンが大好きだから一緒に居るんだよ」

参った。
こっちが照れるくらいにストレートなロザリアが可愛い。

「次は俺の番」

笑みの形を描いている口唇に俺の方からキスをする。
閉じられていた口唇は遠慮がちに開かれ、体に重ねられていた手がキュッと衣装を掴んだ。

脱いだ軍服の上をベンチに敷きそこにゆっくり寝かせるとロザリアの赤い髪が白い軍服の上に散る。

「明るい場所だと恥ずかしいよ。王都の人たちみたいに白くて綺麗な肌じゃないから見ないで」
「令嬢たちから言われたことを気にしてるのか」
「そうだと思ったから。みんな白い肌で綺麗だった」

たしかに『色の白いは七難隠す』と言うけど。
人と比べて自分が劣っていると思ってしまうのは世界が違っても同じか。

「白い肌は白い肌で好きだけど、ロザリアの健康的な褐色肌も好きだ。色気があるし、充分すぎるくらいそそられる」

王都の人たちの肌が白いのは、暑い地方に暮らしているロザリアとは違って日焼けする環境(気候)じゃないってだけのこと。
俺からすればそれでマウントを取る意味が分からない。

「それよりも気にするのはそこかって思うけど」
「え?」
「もし誰か来たら恥ずかしいが先じゃないか?」
「あ!」

言われて気付いたらしく感嘆符をあげるロザリアに笑う。

「駄目駄目!見られたらシンに迷惑かかる!」
「だから俺には全く迷惑じゃないって。もし途中で誰か来てもロザリアの顔は隠してやるよ。それともこのまま辞めるか?本当に嫌なら辞めるけど。どうしたい?」
「……狡い。そんな優しい顔されたら断りたくなくなる」
「じゃあ遠慮なく」

と言ってもほぼ人は来ないだろうけど。
明日は朝から代表騎士全員が揃っての閉幕の儀が行われる予定だから、夜会を楽しんだ後は部屋に戻る人が殆どだろう。

白い軍服の上に散らばる赤い髪も褐色肌も倒錯的。
もうこういう形で繋がることはないだろう相手という思いがあるからか、どこか罪悪感のようなものも感じる。

「私が私じゃなくて、シンが英雄エローじゃなければ良かった」

組み敷かれながら呟いたロザリア。
キスをすると涙目でまたふにゃと笑う。

「……違う場所で会いたかった」

たしかに。
ただ、他の場所ではなくここで出会ったということは、最初からここで出会い終わる運命だったということ。

「ロザリア」

生きていれば出会いと別れの繰り返し。
俺への感情は忘れて幸せになってくれればと思う。
ロザリアを幸せにできるのは人を愛せない俺じゃない。

「シン……ごめんね」

最後にロザリアはそう呟いた。





花の香りのするガゼボ。
衣類を整えたあと膝枕で甘えていたロザリアはうとうとしはじめたと思えばそのまま眠ってしまった。
少し寝かせてやろうとマントをかけて頭を撫でる。

「ごめんねか」

それを言うのは俺の方だろうに。
歌姫ディーバが男と噂されたらまずいだろうと俺が言ったから気にさせてしまったのか、それとももっと別の何かに罪悪感があるのか分からないけど。

頭を撫でつつ考えていると人の声が聞こえてきて、ロザリアの体にかけていたマントを顔が見えないよう頭まで引き上げる。

「「英雄エロー」」

俺に気付いて声を発した男女へ静かにするよう唇に人差し指をあてて促すと、マントで隠されているロザリアの存在に気付いて色々と察してくれたらしくペコっと頭を下げ慌てたように去って行った。

『シンが勇者さまじゃなかったのは神さまの化身けしんだから』

マントをずらして眠っているロザリアの頭をまた撫でていて、そんなことを言っていたのをふと思い出す。

俺が勇者じゃなかったことをそんな前向きな意味で捉える人もいるのかと思うと今更ながら少し笑ってしまう。
勇者じゃないのに召喚された理由はいまだに分からないままだけど、クズの俺が神さまとは随分罰当たりな話だ。

むしろ人のステータスで遊ぶ暇を持て余した神々は俺の敵。

『……の……と……』
「ん?」

どこからか聞こえた声。
また誰か散歩に来たのかと探知を使ってみたものの、このガゼボまで声が届く範囲には人の気配がない。
何かの音を声と勘違いしただけか。

『ボ…………子』

やっぱり聞き間違えじゃない。
全部は聞き取れないけどこれは声だ。
眠っているロザリアをそっと膝から下ろしてガゼボに障壁をかけ外に出て、いつでも攻撃できるよう耳に意識を集中させる。

『…………愛しい……』
「誰だ」

愛しい?
そう聞こえたけど、やはり姿は見えない。

「!?」

突然俺に降り注いだ光。
スポットライトを当てられたかのような眩い光に目が眩む。

「………は?」

聖魔法かと眩んだ目を開けると辺り一面の闇。
なにかおかしい。
魔法をかけられたにしては魔力を感じない。

室内庭園の電気が故障した?
暗闇に目が慣れれば見えるかと辺りを見渡していると暗闇の中に一筋の光が射して、その光がゆっくりと広がって行く。

「…………」
『無駄だ。ここでは魔法も恩恵も使えない』

光の中心に立っている人物。
俺が風雅を召喚しようとすると、その人物はそう口を開く。
どうして気付いたのか。

「……人?……じゃないよな。俺が知らない種族か?」

白い髪にトガのような白い衣装。
姿形だけを見れば人に見えるけど、人間が発しているとは到底思えない強い圧迫感を感じる。

「もしかして珍しい種族だから捕まったのか?」

目元は幾重にも布を巻かれ視界を奪われていて、上半身も太い鎖でぐるぐる巻きに拘束されている痛々しい姿。
恩恵も魔法も使えないから逃げられずにこの暗闇で監禁されてるんだろうか。

『ボクは……だ』
「ん?」
『…………だよ』
「だよ、の前が聞こえない」
『まだ駄目か』
「駄目?」

何者か分からないし威圧感は凄いけど殺気は感じない。

『まだ足りない』
「なにが?」

不思議な奴だ。
とてつもなく強い力を持ってそうなのに全く怖くない。

『分かってるよ』
「は?」

なにが?
独り言か?

『やっと会えたけど、もっとたくさん話したいけど、今は時間がない。これ以上は消えてしまう。これを持って行って』
「三日月のおも……!?」

俺の目の前に光があたってふわりと落ちてきた三日月。
三日月型の玩具かと思いながら受け止めようと手を開くと眩い光に包まれる。

「な、なんだ!?」
『少しだけ力を渡した』
「お前の力をくれたってことか?」
『預かっていた力を渡しただけ』
「誰から?」
『もう時間だ。あの子の分も君に渡しておいた』

謎の人(?)物と同じように俺にも光があたる。
一体なにが起きてるんだ。

『あの子と君はついの存在。出会うべくして出会った』
「あの子?」
『もっと力を。今のままでは返せない』
「なんの話をしてるんだ」
『君しか知らないんだ。ボクたちにも分からない』
「は?全然意味が分からないんだけど」

ここまで会話が成り立たないのも凄い。
不思議君にも程があるぞ。

『ボクたちの愛しい子。運命を決めるのは君だ』

そこで意識は途切れた。


パチと目を開けるとガゼボの中。
膝には眠っているロザリア。
ロザリアをベンチに寝かせてガゼボを出たはずなのに、出る前と同じ状態でここにいる。

「……夢?」

それに気付いてハッとする。
布や鎖でぐるぐる巻きにされた珍しい種族に出会ったとか、いい歳してなんて厨二病な夢を。

「シン?」
「あ、ごめん。起こしたか」
「大丈夫。寝てごめんね」
「平気。俺も寝てた」
「そうなんだ」

一人ひっそり恥じているとロザリアが目を覚まして眠そうな顔でムクと体を起こす。

「時間を無駄にしちゃった」
「ん?」
「シンと居られる時間」
「寝てても一緒に居ただろ」
「そっか」

ふふと笑ったロザリア。
その顔はあまり元気がない。

「もう少ししたら部屋まで送る」
「……うん。朝から閉幕式だもんね」

名残惜しさはある。
でもこのまま一緒に居られる訳じゃない。
今日この時間が永遠に続く訳じゃないから。

「ロザリアたちは閉幕式が終わったら帰るのか?」
「うん。距離が遠いから。シンは?」
「俺たちは明後日」

王家と勇者が帰るのが明日。
と言っても王家と勇者は術式で帰るから一瞬だけど。
俺たちは王家と勇者が帰った翌日に魔導車で王都に戻ってそのまま凱旋パレードを行う予定になっている。

「そうだ。勇者さまに何かあったの?」
「え?」
「最終戦だったのに三人しか居なかったから」
「ああ。どうしたんだろうな」
「シンも知らないんだ」
「言うほど勇者と俺は接点ないぞ?同じ異世界人から召喚されたってだけで俺は勇者じゃないから別の場所に暮らしてるし。お互い忙しい身だから滅多に会う機会もないしな」

居なかった理由は知ってるけど当然極秘。
リサの状態を知れば不安になる人も多いだろうから。

「そっか。じゃああの噂は間違いか」
「噂?」
「シンと何かあって白勇者さまが来なかったって」
「は?どこからそんな話に」
「最強戦のあと白勇者さまがシンに抱きついてたのを見たって言ってる人が居るみたいで、二人が付き合ってて喧嘩をしたから観戦に来なかったのかもって夜会で聞いた」

あの時あの場に居た誰かが話したのか。
救世主の勇者となんて噂になったらそれこそ色んなところから睨まれそうで厄介だ。

「たしかに久々だったから会いに来てくれたけど、ただ愚痴を聞いてやっただけだ。それだけで付き合ってるとか」

どの世界にも面白おかしく語る奴はいる。
でもまさかあの状況がそんな湾曲した噂で伝わるとは。

「シンも勇者さまもこの世界に居ない特徴で目立つからね。目立たない人たちなら噂にもならないだろうけど」

まあそうだ。
俺も最強戦の閉幕式の後だったから普段のようにローブを着て正体を隠すということはしてなかったし、リサも隠すことなくそのままだったから黒髪で勇者と気付かれてしまうのは当然。

結局あの後リサがどうしているのかは知らない。
今は国王軍の上官殆どが国王と勇者が居るこちらに来ていてリサだけを王都へ帰らせる訳にもいかないとエミーが言っていたから宿に居るんだろうけど、逐一報告してくれる訳じゃないから知りようもない。

「ロザリアだリサだ俺の噂も忙しいな。しかも女関係ばっか」
「それだけシンが注目されてるってことでしょ」

女関係となると将来的に英雄の紋章分けに関わってくることだからなおさら噂が広がり易いんだろう。
英雄エローを名乗れるのは俺だけでも、結婚相手とその親族は英雄エローの関係者(血族)として紋章を掲げることを許されるから。

「そろそろ部屋まで送る」
「もう?」
「明日帰るんだろ?付添人が寝不足はまずいだろ」
「……そうだね」

付添人には付添人の役目がある。
明日も早朝に閉幕式の打ち合わせがあることはルネから聞いて知っているし、閉幕式の後に帰るなら寝る暇もないだろう。

ガゼボを出て一階の受付へ。

「バレッタ集落のロザリアです。ルームキーをください」
「俺の部屋のルームキーもついでに」
「承知いたしました」

預けてある鍵を受け取るためスタッフに声をかける。
鍵を用意して貰うあいだ他のスタッフから見られていることに気付き、まだ部屋に帰ってないはずなのにマントや上着を脱いでる上に女性連れだから色々と想像してるのかと察して笑みで誤魔化しておいた。

「こっちの棟に来たの初めて」
「この棟に部屋がある人以外は用がないだろうからね」

渡り廊下を渡った先にある別棟。
俺の部屋がある棟と違ってこちらの棟には代表騎士の部屋しかないから今まで来る機会がなかった。

ロザリアの部屋があったのは別棟の三階。
すぐに着いてロザリアはルームキーで鍵を開ける。

「……寄って行く?」
「ううん。俺も戻って寝る」

俺の返事を聞いて涙目になるロザリアに苦笑する。
名残惜しくて時間を引き伸ばしても結末は変わらない。

「ロザリアの夢が叶いますように。満員の劇場で綺麗な歌声を響かせるロザリアの姿が見れる日を楽しみにしてる」

頭に額を重ね幸せを願って額にキスをした。


「……ハァ」

部屋に入るのを見届けたあと歩きながら溜息が洩れる。

クズの俺でもさすがに体の関係を持った相手には情がわく。
だからあんな悲しい顔をされると罪悪感がある。
かと言って俺の中にある情は他の人より少し親しくなったから芽生えた情であってではないから、恋愛感情としての好意には応えられない。

一度目の時にはロザリアから強い好意は感じなかった。
英雄エローと知らず酒が目当てで話しかけただけと言っていたし関係を持った後も恋愛感情としての好意は感じなかったから、少なくともあの時はロザリアも軽い程度だったんだろうけど。

肉体関係を持って恋愛感情が芽生えてしまったのかはロザリア本人にしか分からないけど、二度目の今日は恋愛感情での好意を持たれていると情事の最中に気付いた。

だから王都に戻っても連絡をとる選択肢は消えた。
情が芽生えたからこそ繋がりを断つ。
応えられないのに好意を引きずらせる方が残酷だ。

ロザリアのためなんて耳障りのいい言葉は言わない。
これは俺のためだ。
応えられないから突き放すというだけ。

だからずっと言ってるだろ?
クズだって。

恋愛感情のはなくともはできる。
簡単に失われる恋愛感情など信じられない。
人を愛することができないから愛される資格もない。

俺はそれを理解して生きているクズだ。


「「シンさま」」

受付のある棟に戻ると声をかけられ声のした方を見ると、エドとベルとロイズとドニとルネの五人が揃っていた。

「お前たちも部屋に戻るのか」
「はい。明日は閉幕式の支度で朝早いので」
「試合した人たちとはもう挨拶できたし」
「まあ今日の夜会の目的は本来ならそれだからな」

明日ここを発つ代表騎士も居るから夜会も今夜が最後。
武闘大会で関わった人たちとの挨拶は済んだから五人も引き上げてきたようだ。

「別棟の方から来られましたが今までロザリアさまと?」
「うん。ついさっきまでは室内庭園で話してたけど、ロザリアたちは明日帰るらしいから部屋まで送ってきた」

ベルから訊かれて答えながら術式に向かう。

「室内庭園に行ってたのか」
「今までロザリアの部屋に居たとでも思ったのか?」
「思ってた。正礼装を脱いでるし」
「部屋で脱いだだけならまた着てる。せっかくのドレスが汚れないようガゼボのベンチに敷いて座らせたから着てないだけ」
「ああ。それで」

正確には座らせたんじゃなくて寝かせたんだけど。
当然そんなことをわざわざ話すはずもなくドニに答えて笑う。

「はぁ……明日も朝から支度に追われるのか」
「閉幕式だからいつも以上に気合いが入った支度になりそう」
「肌から髪や爪に至るまで磨きに磨かれるでしょうね」

憂鬱そうに話すドニとロイズとエドに苦笑する。
開幕式の時もそうだったけど、やたらとフローラルな香油を入れた風呂に入らされて、数人がかりで肌はもちろん髪や手足の爪の先までピカピカに整えられる。

「それも凱旋パレードを行う明後日までの辛抱です」
「その数日後には優勝式典が待ってるけどな」
「言うな。ますます憂鬱になる。優勝できたことは素直に嬉しいけど、生活が落ち着くまではまだかかりそう」

王都で行う優勝式典が終わればようやく一段落。
でもロイズが言うように普段通りの生活に戻るのはまだ先の話になるだろう。

「じゃあ明日」
『おやすみ(なさい)』

術式で部屋のある階に戻って解散。
俺も自分の部屋に戻って手に持っていた軍服の上着とマントをソファの背にかけてシャツを脱ぐ。

【ピコン(音)!ステータスを確認してください】
「は?今?」

一息つく間もなく中の人の声。
シャツを脱いだだけなのになんで今。


《特殊恩恵》
神に愛されし遊び人 
不屈の情緒不安定
カミサマ(笑)
Dead or Alive 
魔刀陣
賢者様の寵愛児♡
魔王様の寵愛児♡
魔影
神罰 
大天使 
天啓 new!


天啓てんけい?……天啓って天のお告げのことだよな」

確認した画面の特殊恩恵に増えた〝天啓〟の文字。
特殊恩恵だから使ってみて調べることもできない。

「中の人。これどんな効果?って聞いても無理か」
【ピコン(音)!音声モードに切り替えます。特殊恩恵〝天啓〟の効果は全パラメータの最大値が上昇】
「答えてくれんの!?」

名前を見てもさっぱり意味が分からないから冗談混じりに独り言を呟くと、本当に中の人が答えてくれて驚く。
こちらが『音声で』と言えば音声モードに切り替えてくれてたから有り得ない話ではなかったけど、スマホのように読み上げ機能に切り替わるだけなんだと思ってたのに。

「最大値が上昇した割にオール7のままだけど?」
【…………】
「発動した時にだけ最大値が上昇するってことか?」
【通常時のパラメータが上昇】
「でもオール7だけど?」
【…………】
「都合の悪いことだけ黙秘すんな」

画面の数字がオールセブンのままなことには黙る中の人。
聞いて教えてくれることと教えてくれないことがあるようだ。

「つまり、ステータス画面パネルには7って書いてあるだけで実際には7じゃないってことだよな。この瀕死の数字が事実だとは疾っくに思ってなかったけど」

もう早い段階で分かっていたこと。
オールセブンで本当の数字を隠してあるだけ。
体の怠さである程度の限界は測れるからいいけど。

「とりあえずハッキリしてることは、画面パネルでは分からなくてもパラメータはちゃんと上昇してるってことだよな?」
【はい】
「分かった。ありがとう」

機械音声の中の人の声が途切れてステータス画面パネルを閉じる。
今の感覚的には特に変わった様子はないけど、本当に上昇したのなら訓練をした時にでも実感できるだろう。
何より今回は、中の人が質問したら答えてくれる(時もある)というのが分かっただけで良しとしよう。

「でも何で急に能力が増えたんだ?」

いつもはきっかけがあって増えるのに。
最近は更新してなかったから暇を持て余しすぎたのか?
力をくれたことは素直にありがたいけど。

「……力?」

夢で見知らぬ種族が『力を渡す』と言ったことを思い出す。
いやでも、状況から考えればあれは夢だった。
ロザリアの眠りにつられウトウトして見た夢。

『ボクたちの愛しい子』

……いや、やっぱり夢じゃない。
プツプツと途切れて聞こえていたあの声は大聖堂で聞いた声と同じ人の声だ。

魔王を転移させて俺を助けてくれた誰か。
大聖堂の時は魔王も一緒に居て夢じゃなかったんだから、今日のことも現実に起きたことである可能性は高い。

更新された『力』はあの珍しい種族の人がくれたもの。
特殊恩恵を与えることができる種族なんて神……

「の訳はないか。鎖で拘束されてたし」

神が拘束されるなんて有り得ない話。
少なくとも俺が知る範囲の種族とは思えなかったし、珍しい能力も持っているから監禁されてしまったんだろう。

「あ。もしかして助けて欲しくて呼んだのか?でもまだ俺の力が足りない、まだ駄目って意味だったとか?」

まだ駄目かとかまだ足りないと言っていたことを思い出して今更それに気付く。

よし。アイツには大聖堂で助けて貰った恩がある。
そのうえ全パラメータの最大値が上がるというありがたい特殊恩恵も貰ったし、しっかり鍛錬して今度は俺が助けに行こう。

「それまで頑張って耐えてくれ。俺も鍛錬を頑張るから」

聞こえてるのか分からないけど。
謎の珍しい種族に独り言でそう誓った。

 
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「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

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