ホスト異世界へ行く

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第九章 魔界層編

二角領

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一角領いっかくりょうは妓楼。二角領にかくりょうは料亭や茶屋や湯屋や宿といった商売を主としています。部屋持ちでない遊女や置屋の遊女は二角領の料亭や茶屋へ呼ばれて行くこともありますので、妓楼関係者も他人事では済ませられないのも分かります」

二角領へ向かいながらクルトからそう説明を受ける。

「内儀の言ってた湯女ゆなとか蹴転けころっていうのはなんなんだ?それが増えたせいみたいなこと言ってたけど」
湯女ゆなは湯屋で客の体を洗う事が本来の仕事ですが、個室で客をとります。蹴転けころは客を選ばず相手する芸者の蔑称べっしょうです」
「あ、どっちも娼婦のことなのか」
「はい。妓楼で働く容姿のない者や歳の過ぎた者が茶屋や湯屋などで働き安い料金で客をとっています。妓楼は遊女主体ですし玉代ぎょくだいもお高いので手頃なそちらに行く客も」

俺の知ってる遊郭とあまり差はなさそう。
日本から召喚された勇者と親しくなった竜人が日本の遊郭に似せて商売を始めたんだろうから、俺の大して多くない知識でも近しいと感じるのは当然か。

「あれ?でも芸者は娼婦とは別じゃなかったか?」
「はい。本来芸者は座敷に呼ばれて芸をすることを専門にしているのですが中には身を売る者もおります。遊女とは違い客を選ばず相手をするので、蹴ればすぐ転ぶ、つまり金さえ払えばすぐに寝る者との嫌味で蹴転けころと呼ぶようです」
「へー。色々なところに色々な娼婦が居るんだな」

一角領は高級娼婦。
二角領は一般~下級娼婦って感じか。
そんなところまで日本の遊郭と似てる。

「情報を集めたいのでまずは茶屋に入りましょう」
「茶屋で?」
「茶屋には様々な人が集まりますから」
「分かった」

時間も関係してるのか、一角領と違って人通りは疎ら。
たしかに情報収集をするなら店に入って聞いた方が早そう。
店の様子をそれとなく見ながら茶屋へ向かった。

「クルトさま。二角領のご視察ですか?」
「いえ、今日は一角領を。少し休憩をしたいのですが」
「どうぞ。ようこそおいでなさいました」

さすが四天魔。
普段から視察に来てるだけあって二角領でも店に入ってすぐ女将が気付いて小走りに寄って来た。

「シンは何をいただきますか?」
「えっと……お茶と白団子を」
「では私も同じものをお願いします」
「かしこまりました」

竜人街には団子もあるのか。
もしかしたらそう翻訳されてるだけで本当の名前は違う可能性もあるけど。

「店の中には割と客が居るな」
「このような茶屋では夜の営業に向けてひと仕事を終えた店の者や忙しくなる前に休んでいる者が多いです」
「茶屋にも種類があるってこと?」
「はい。さきほどお話ししたように、芸者や遊女を呼ぶお座敷のついた引手茶屋というものもあります」

引手茶屋……それは聞いたことがある。

「それ、店で遊んで待ってると遊女が迎えに来てくれる?」
「ご存知でしたか」
「詳しくはないけど聞いた記憶がうっすら」
「お座敷に芸者を呼んで遊ぶのが目的の客も居れば、妓楼の遊女を待つ間の場所として利用する客も居てと様々です」
「なるほど」

まさか異世界(日本)にそっくりだから知ってるとは言えず曖昧な知識として誤魔化したけど、ここまで日本の遊郭に似せることができた先人の竜人族は凄い(情熱が)。

「お待ちどうさまでした」
「「ありがとうございます」」

運ばれて来たのは抹茶と串に刺さった白い団子。
完 全 日 本 。

「こちらのお茶は苦いので気を付けてください」
「抹茶だからな」
「抹茶?」
「ん?名前が違うのか」

クルトから疑問符をあげられ鑑定で見ると日本ではお馴染みの抹茶の名前が『粉茶こなちゃ』となっている。
いやそこは日本に似せた竜人街なんだから『抹茶』のままで良かっただろうに。

「地じょ、いえ。シンの故郷では抹茶というのですね」
「う、うん」

恐らくと言おうとしたのを辞めたクルトを見て、周りにも客がいるから下手なことは言わない方が正解だなと察して相槌だけで返した。

「女将。少しお話を伺いたいのですが」
「私にですか?」
「はい。すぐに終わりますのでお手隙の際にお願いします」
「今で大丈夫ですよ」

黙々と団子を食べてると女将が通りかかりクルトが声をかけて引き止める。

「一角領の視察中に耳に挟んだのですが、最近二角領では盗みや喧嘩が増えているとか」
「ああ、そうなんですよ。元々お酒に酔った客同士の喧嘩は珍しくなかったんですが、最近はその、ね。アレの料金での揉め事やスリも増えて以前よりも物騒になりました」
「娼婦と客が揉めることも増えたと」
「濁さず言えば」

娼婦しょうふという言葉は出さず濁した女将に正確な情報を知る必要があるクルトはズバっと聞く。
周りの客も四天魔から『娼婦』の言葉が出て気になるのかチラチラこちらを伺っている。

「その揉め事でどのような被害が出ているか分かりますか?例えば店の中で揉めて物を壊されたとか、店にいた客が帰ってしまったとか。金銭的な被害以外にも悪い噂がついてしまったなどの被害も含めて。知る範囲で構いませんので」

酒と男女(+両性)の欲求がうごめく街での揉め事など日常茶飯事のよくある話だけど、それを見ない振りで済ませられるかどうかは周りが受けている被害の度合いによる。
クルトもを見極めるために詳しく情報収集したかったんだろう。

「つい最近でしたら一本先の湯屋で客と遊女ゆなの騒動がありましたし、お金を盗まれたと騒いでいた者もおりました」

その女将の話を皮切りに出てくるわ出てくるわ。
周りに居た客の中には実際に被害にあった店の店主や従業員といった立場の人たちもいて、どんな人物が騒動をおこしたかやどんな被害が出たかなど、溜まっていた鬱憤を晴らすような半ば愚痴のようなものまで話題が出てきた。

美人局つつもたせが居るっぽいな」
美人局つつもたせ?」

色々な話を聞いていて取るに足らない男女の喧嘩だろうと思うものが多かったけど、中にポツポツと疑わしい内容があって独り呟くとクルトに首を傾げられる。

「例えばクルトさまと私が半身だったと仮定します。誘い役の私が他の魔族を誘惑して姦通かんつうして、脅し役のクルトさまが私と姦通かんつうした相手を自分の半身に手を出したなどと恐喝して金品をせしめたり暴行したりする行為を美人局つつもたせと言います。脅し役と誘い役で共謀して行う詐欺行為と言えば分かりますか?」

魔族には籍を入れてどうこうはないけど、それよりももっと重い半身契約というものがある。
半身が居ても他に伽役が居る魔族にそれが脅しになるのか分からないけど、話の中に幾つかそれらしき内容があった。

「話を聞く限り別々の人のようですし暴行や金銭要求と個々の内容は違いますが、たまたまにしては似たような被害が多い気がして。しかもそれが湯屋で勤める者ばかり」

共通点は湯屋に勤める
生涯別れることができない重い契約の割には湯屋に勤める男女(両性)ともに随分と尻軽が多い。

「恐らく偶然だとは思いますが次回の視察で調べてみます。そろそろ一角領の視察に戻りましょう」
「はい」

次回の視察まで様子を見るのか。
まあ俺がそう感じただけでただの偶然なのかも。
話を聞かせてくれた客たちに礼を言って女将に代金を払い茶屋を出た。

「半身さま。視察は中止して魔人界へ送ります」
「え?」

茶屋を出て一角領へ向かっている途中、クルトは商店と商店の間の路地に入って足を止める。

「私は半身さまをお送りしたあと再び戻って湯屋を調べます。あの中に内通者が居ないとも限らないので話を信じていないような返答をして申し訳ありませんでした」

なるほど、そういうことか。
もしあの中に内通者(関係者)がいたら次回と言わないと調べる前に隠されてしまうかも知れないから、まだ泳がせておくために半信半疑のような返事をしたんだろう。

「それなら俺も残って調べる。湯屋に客として行けば湯女ゆなから何かしらの情報を得られるかも知れないし、クルトは男湯、俺は女湯に入って両方から情報収集しよう」
「私が変身して二度入ればいいだけですから!半身さまが他の魔族と湯に入るなど許されません!」

そういうことならと協力を申し出ると猛反対される。
その大きな声が路地の外まで聞こえてしまいそうで慌ててクルトの口を手で塞いだ。

「俺も魔王の半身として役目を果たす必要があるんだから竜人街のことも無関係じゃない。魔王城でただ愛想を振りまくだけのお飾りの半身になるつもりはないし、フラウエルもそんなお飾りの半身は望まないと思う」

魔王の半身としてできる限りのことはすると約束した。
城はもちろん魔界層全体が魔王の管轄なんだから、俺にも手伝えそうなことがあるなら任せきりにはできない。

「フラウエルにはちゃんと連絡する。クルトの責任にされたら困るから。そこは安心してくれ」
「責任をとりたくないのではありません。私自身が半身さまになにかあっては嫌だから言っているのです。半身さまは魔王さまと等しく大切な方ですから」

口を塞いでいた手をとって言うクルトは真剣。

「それを言うならクルトも俺の大切な人だけど?四天魔とは助け合う約束したんだから手伝えることがあるなら手伝いたい。この姿でも簡単に負けるほど弱くないぞ」

雌性しせい体だと筋肉の問題で力は多少落ちるけど、それでも簡単に負けるほど衰えてる訳じゃないし、魔法の威力は元の姿の時と変わらない。

『諦めろクルト。俺の半身は頑固だ』
「魔王さま」

背後から聞こえたのは魔王の声。
執務室の椅子に座っている魔王は書類の重なった机に頬杖をついて苦笑していた。

「どこから聞いてた?」
『湯屋に客として行くことは聞いた。理由を説明しろ』

路地に入ってからの話は聞いていたらしく、その前に一角領で二角領のいざこざを聞いて視察に来たことや茶屋で聞いた内容などをクルトと二人で説明する。

『竜人は群れで生活しているだけに独自の決まりがある。故にある程度のことには目を瞑っているが、目に余る者を好き勝手にさせるつもりはない。情報を集めて報告を』
「半身さまも竜人街に残すのですか?」
『半身は人心掌握が上手い。情報を引き出すにはこれ以上の適任者はいないだろう。二人で協力するといい』

よし、魔王の許可は貰った。
クルトは納得いかない顔してるけど。

『以前も話した通りお前は精霊神と魔神の混ざった特別な香りをしている。竜人街は色を好む者が集まる場所だ。その香りで我を忘れる者も居るだろう。お前なら早々やられはしないだろうが、クルト以外の者の前では気を抜かないようにな』
「うん。気をつける」

来る前にも四天魔の三人から注意するよう言われた。
遊郭は性的欲求を解消しに来る場所だし支配香を持つ魔王も傍に居ないから普段以上に気をつけた方がいいと。

『クルト。お前を半身の伽の者として選んだのは、俺の魂を分かつ者を任せられるだけの信頼があるからだ。一筋縄ではいかない半身で苦労をかけるが、頼んだぞ』
「光栄の極み。命にかえても半身さまをお守り致します」

あ、クルトが伽役っていうのは事実だったんですね。
当人であるはずの俺はいまだに聞いてませんでしたけど!
信頼の証としてクルトを伽役に任命したというのならもう要らないとは言えない。

『来たようだ。二人とも気をつけるようにな』
「はっ」
「うん」

予定していた来訪者が来たようで、魔王は微笑して気遣いの言葉を言ったあと通信を切った。

「半身さまの素肌が人目に触れるなど不快極まりない事ではありますが、魔王さまの命ですので今回だけは飲みこみます」

ジッと俺を見るクルトの目が怖い。
俺の裸(雌雄体ともに)なんて魔王や四天魔はもちろん魔王の世話をする召使セルヴァンだって見慣れたものなのに。
城仕えと他の魔族は別ということか。

「捕まった者も居るようですので一度屯所とんしょへ行って調べます。そのあと宿へ行って私用の衣装に着替えましょう」
「分かった」

いつもヘラヘラしてるのにニコともしなくてドキドキ。
これ以上は虫の居所を悪くさせないよう気をつけよう。


向かったのは二角領の屯所(この世界の警察署)。
二角領で起きた事件は全てここに情報が集まるらしい。

『クルトさま』

建物に入ると入口付近に居た竜人たちがすぐに気付き急いで立ち上がる。

「お疲れさまです。何か問題がございましたか?」
「視察中に少し気になることがあって。一年以内に二角領で起きた事件が分かる資料を見せてください」
「承知しました。ではこちらへ」

通されたのは屯所の一室。
長机と椅子が並ぶそこに座って待っていると数十冊のファイルが運ばれて来た。

「凄い量。この中から湯屋と湯女ゆなが関わってる事件を見つけるだけでも大変だな。一年分なのに事件が多すぎだろ」
「名前や職は最初に書かれておりますので捕まった者が湯屋の者であればすぐに分かるのですが、関わっただけですと詳細の方に書かれますのでそちらも確認するしかありません」

これがスマホやパソコンのデータなら検索できたのに。
何十冊分もある事件を一つずつ調べるのは骨が折れる。

【ピコン(音)!特殊鑑定の使用を推進します】
「え?」
「どうかなさいましたか?」
「あ、急にごめん。少し待っててくれ」
「はい」

大量の資料を見て今日一日では調べられないだろうとうんざりしていると聞こえた中の人の声。

『もしかして食材以外にも検索で調べられるのか?』
【可能。神魔族進化覚醒時、鑑定スキルも所有者シン・ユウナギの能力に準じて特殊鑑定スキルへ進化しています】
『それは助かる。どうやって使えばいいんだ?』
【調べる対象を前に調べたい言葉で検索を行ってください】
『ありがとう。やってみる』

並べられている資料を目に映して鑑定を使い、出てきた鑑定画面にある検索ボックスに“湯屋、湯女ゆな”と打つ(頭の中で思うだけで勝手に検索ボックスに打ち込まれる仕様)。

「本当に出てきた」
「出てきた?」
「俺の鑑定スキルで湯屋と湯女に絞った」
「鑑定で?」

鑑定画面にずらっと並んだ事件の見出し。
不思議がるクルトの隣に行って鑑定画面を見せる。

「……人族の鑑定はこのように優れているのですか?」
「いや、俺の鑑定は特殊らしい。フラウエルが言ってた」
「そうでしたか。神の寵児ちょうじにだけ与えられた能力であるなら安心しました。使われている素材でなく中の文字まで読めてしまうとなれば極秘情報でも簡単に盗めてしまいますので」
「たしかに。使いどころを誤らないようにしないとな」
「半身さまは悪用しないと信じて与えられたのでは?」
「どうだろ」

貰うのがふざけ散らかした名前の特殊恩恵ばかりで暇を持て余した神々から遊ばれてると思っていた俺には、信じて与えられたというのはピンと来ないけど。

「鑑定画面が共有できれば二人で調べられるんだけど」
【ピコン(音)!鑑定スキル所有者であれば一部共有可能。ただし、特殊鑑定所有者シン・ユウナギが画面を閉じると共有者の鑑定画面からも共有内容が強制消去されます】

進化済み鑑定が有能すぎて怖い(震え)。
思っただけで教えてくれる中の人も有能でヤバい。

『どうやって共有すればいい?』
【まずは鑑定結果を共有したい者に空白の鑑定スキルを使用させて共有者名と共有と考えることで伝達が可能です】
『分かった。やってみる。何度もありがとう』
【お役に立ちましたなら幸いです】

中の人にお礼を言うと機械音声がプツと切れる。

「たしかクルトも鑑定スキル使えたよな?」
「はい。四天魔は全員使えます」
「何も調べない状態で鑑定を使って空白画面を出してくれ」
「空白の画面を?承知しました」

クルトが出した鑑定画面は空白。
それを確認して『クルトと共有』と頭の中で思う。

「え?」
「うん。問題なく共有できたみたいだな。一つの画面を二人で調べるのは効率が悪いから半分ずつ調べよう」
「……恐ろしく便利な鑑定ですね」
「俺が鑑定画面を閉じると共有した相手の鑑定画面からも強制消去されるって条件付きだけどな」

苦笑するクルトに苦笑で返す。
地球に居た時は検索も共有もスマホやパソコン一つで誰にでも出来たことだけど、それがないこの世界の人にとっては驚くようなことなんだろう。

「俺は新しい方から調べるからクルトは古い方から頼む」
「承知しました」

椅子に座って鑑定画面で一つずつ内容を確認する。
ますます驚くことに、検索した単語のにアンダーラインが引かれているという有能ぶり。
料理人スキル(調理能力向上+鑑定)は元から俺のふざけ散らかした能力の中で唯一なスキルだったけど。


時間にして二時間ほど。
湯屋の中で起きた事件は美人局とは無関係そうな窃盗や喧嘩が多く、財布を置いて風呂に入る湯屋ならではの事件は軽く目を通すだけで読み飛ばした。

「やっぱ湯屋の関係者が外で起こした事件の中に美人局っぽいのが幾つかあるな。湯屋の客と湯女の揉め事」
「同じく。湯屋の中でも回春が理由の喧嘩は起きてますが、そちらは湯女と客の間で金銭の折り合いが合わず揉めたものですので半身さまの仰る共謀しての事件ではなさそうです」

湯屋の中での事件内容は『値段が高くて』とか『サービスが悪くて』とか、娼婦と客が揃えばな内容ばかり。
つまりでの揉め事に美人局が関わっていそう。

「湯屋で客を誘って中ではやらずに外でやる感じか」
「はい。それ自体は以前からあることなのですが」
「そうなんだ?」
「禁じている湯屋が殆どですが、部屋代として引かれる分も自分の懐に入れようと禁を破って外で行う湯女もおります」
「なるほど」

いわゆる
店で知り合った客と店(この場合は湯屋)を通さず店の外で会って、本来なら店に払う分の料金も自分の懐に入れること。
俺が居た日本でも御法度の風俗店が多かった。

「そういうことなら個人でやるには割とリスクの高い詐欺行為になるな。湯屋も噛んでる可能性も拭えない」
「ありえますね。入浴料と脅してせしめた金品の二重取りができますし、外で起きたことなら店は無関係を装えますので」

個人の愚行か店もグルか。
それを調べるためにも湯屋で情報を集めた方が早そうだ。

「クルトは姿を変えて湯屋に行くんだよな?」
「はい。四天魔の私が居て悪さはしないでしょうから」
「俺もそう思う。じゃあ宿に行って支度しよう」
「はい」

美人局っぽい事件に関わった湯女が居る(居た)湯屋を数軒ピックアップしてから屯所を出て宿に向かった。



「別に一緒の部屋でもいいだろ」

宿に着いて事件とは無関係のひと騒動。
騒動と言っても俺からすればくだらない話だけど。

「半身さまと同じお部屋で眠ることが問題なのです」

お茶を淹れながら力強く訴えるクルト。
竜人街に泊まることになり一番いい宿に行ったはいいけど急遽とあって一部屋しかとれず、同じ部屋で寝る訳には行かないから俺が寝てる間は部屋の前で警護をしておく(つまり寝る時には部屋を出ておく)と言って聞かない。

「今から宿を変えるって言っても部屋とっちゃったしな」
「半身さまを質の悪い宿に泊まらせるなど出来ません」

うーん、頑な。
竜人街にある宿で最上級の場所と言えばこの宿らしく、俺は普通の宿でもよかったんだけど魔王の半身という肩書きがある限りどの宿でもいいとはならないらしい。

「クルトは俺の伽役だから一緒に寝てもいいんじゃないか?フラウエルの伽役だって一緒に部屋で過ごすだろ?」
召使セルヴァンは魔王さまの湯浴みが済めば部屋を出ます。半身さま以外の者が魔王さまの部屋で眠るなど有り得ません」
「へー。そうなんだ」

やることやって風呂の世話をしたら終了ってことか。
俺は魔王の伽の日は自室でぐっすり寝てるから、召使セルヴァンがいつ魔王の部屋に行っていつ出て行くかなんて知らない。

「でもクルトは召使セルヴァンじゃなくて魔王が信頼してる四天魔だろ。魔王城のもう一人の主の俺がいいって言ってるんだからクルトもここで寝ろ。以上、この話は終わり」

たかが同じ部屋に寝るというだけで大袈裟な。
親しい人と旅行に出掛けた先の宿でツインルームに泊まることになりましたってだけの話で騒ぐほどのことじゃない。
むしろ警備に立たせて一人で寝る方が気を使う。

「ですが」
「終わりって言っただろ。世話になってる身分だから魔王城に居る時には城の規律を守るけど、外に出てる時は少し自由にさせてくれ。そんな出来た奴じゃないのに息が詰まる」

クルトの言葉を遮って淹れてくれた茶を口に運ぶ。
魔王城に居る時は決められた時間や規律の中で生活するけど、そもそもの俺は自分の好きに生きたい自由人だ。
魔王もそれを知っているから『好きな所へ行って色々なものを見て学べ』と言ってくれたんだと思う。

「そんなに同じ部屋が嫌なら俺は適当に他の宿を探すからクルトがこの部屋に泊まれ。俺はいいとこの坊ちゃんみたいに質のいいベッドや布団じゃないと眠れない繊細さは持ち合わせてないから高級な宿じゃなくても構わない」

魔王の半身だから一番いい宿を選んでくれたのは分かるけど、俺は産まれた時から裕福な家庭で育った坊ちゃんじゃないからどこででも眠れる。

「そこまで言われては私の負けです。お言葉に甘えて同室させていただきますので一番安全なこの宿にお泊りください。大切な半身さまに何かあったらと思うと私の身が持ちません」
「決まり」

少し(かなり)やり方が汚かったと思わなくもないけど渋々ながらも納得して(折れて)くれたから、これで宿に戻ったあとのことを気にせずに済む。

「湯屋って何時頃に開くんだ?」
「八時から正午までと十六時から二十三時までの二回です」
「二部制なのか。何時に行く?」
湯女ゆなが一番多い時間に行きたいので十八時以降に」
「分かった」

今の時間は十五時を過ぎたところだから休憩中か。
二部制にしてあるってことは多分休憩中の四時間で掃除や片付けなどを行うんだろう。

「宿はとれたし一角領の視察の続きに行くか?」
「それですと十八時頃に宿へ戻って着替えだけを済ませて湯屋に行くことになりますが、お疲れになりませんか?」
「大丈夫。元々は一角領の視察も込みで来たんだし、そっちもある程度は済ませておいた方がいいだろ」
「では数軒だけ」

十八時以降ならまだ時間があるから何軒は行ける。
本来なら今日は一角領の視察をするはずだったから時間があるなら行っておいた方がいい。

「また真名でお呼びすることになりますがお許しを」
「気にしなくていいのに。ほんと真面目だな」
「本来であれば半身さまを真名で呼ぶなど不敬極まりないことですので。お呼びする度に寿命が縮まる思いです」
「そこまで?」

魔王の半身は地上層の第一王妃と同じ。
国王のことは『おっさん呼ばわり』している俺でも第一王妃を名前で呼ぶ勇気まではないから、クルトの寿命が縮まる思いというのも分からなくない。

「よし。じゃあ行くか」
「はい」

着いてすぐに一度脱いだ制服(上)を着て再び一角領へと視察に向かった。
 
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