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第十章 天地編
判決
しおりを挟む「弁護官もグルか」
「え!?」
「余裕のある弁護官が数人居る。アイツら判決の結果が無罪だと分かってるとしか思えない」
違和感の正体はそれ。
これから被告へ有罪判決が出るだろう時に弁護官が勝訴を確信しているように落ち着いた顔をしてることがおかしい。
「判決を申し渡す」
「国王陛下お待ちください!」
判決を申し渡そうとしたアルク国王を止めて召使を抱えたまま法廷へ飛び降りる。
「英雄何事だ。判決の邪魔をすれば罪に問われるのだぞ」
「私の勘違いであれば罪は償います」
アルク国王に答えながら被告人席へ行く。
「おい。お前ら俺に毒を盛ったこの召使とグルだな?」
『毒!?』
両国王や貴族たちは驚きの声をあげて拘束されている外道も驚いた様子を見せる。
このことに関しては外道も知らなかったのか。
「英雄公爵閣下が毒を盛られたのですか?」
「ああ。弁護官と召使は共犯だとみてる」
「……え!?私はそのような不敬はしておりません!」
「弁護官長じゃない。後ろの奴らだ」
拘束したままの召使を床におろしてそう答える。
弁護官長は外道が殺害を行っていたことが分かってから今まさに判決が申し渡されようとするまで項垂れたままだった。
それはもう有罪になると分かっていたから。
複数の殺害を行って法廷に刃物も持ち込んだ外道が無罪になるなど考えないのが普通だ。
「陛下。貴族家の審判票では無罪判決だったのでは?」
「うむ。有罪九票、無罪十票だった」
それを聞いて貴賓傍聴席の公爵家はザワザワする。
貴族たちにとっても予想外の結果だったということだ。
「貴族裁判は公平を期すため匿名制での審判であることを承知で伺う。全員手元に残っているカードを見せてほしい。これで審判の結果が偽りならば何者かが両陛下や我々を謀っていることになる。逆にもし正しいならば、判決を遮り法廷を騒がせた責任をとって私が断頭台に上がろう」
唖然と見ていた貴族たちはポツリポツリと室内へ入ると戻って来て封筒から出した残りのカードを見せる。
「……どういうことだ。みな白を持っているではないか」
そう声を洩らしたのはアルク国王。
貴族たちが手に持っているカードは全て赤がない。
ということは満場一致で有罪が正しい審判結果だ。
「この召使は私の果実水へ毒を盛った者として論告中に身柄を拘束しておりました。審判のカードを判事に渡したあと法廷を見ていて違和感を覚えたのですが理由が分からず、陛下が審判の結果を発表しようとした時にこの者が安心した様子を見せたことで気付きました。行為の残虐性を考えれば明らかに有罪判決がくだるに関わらず、被告の弁護をするはずの弁護官に余裕のある者が居ることが違和感の正体だと」
余裕を見せていた弁護官五人の首根っこを掴んで被告席から引っ張り出す。
「余裕があるはずだよな?公爵家がどんな審判をしても無罪だと分かってるんだから。なにが公平な貴族裁判だ。最初から仕組まれてた判決じゃねえか。審判カードを回収した判事の中に居る協力者も出てこい。名乗り出ないなら連れに行くぞ」
弁護官たちはずっとここに居たんだからカードを回収する判事の中にも協力者が居なくては成立しない。
「シン殿。怒りは分かるが威圧はおさめてやって欲しい。罪のない者までも苦しくなってしまう」
「威圧?」
国王のおっさんから言われて被告人席を見ると、そこに居る弁護官たちから首を傾げられる。
誰も苦しんでる様子はなく足元を見ると召使と引っ張り出した弁護官たちが胸を押さえていた。
「もしや犯人にだけ効いているのでしょうか」
「そうらしい」
弁護官長が言ったそれが正解っぽい。
何かした(能力を使った)覚えはないけど怒りをおさめるために深呼吸をすると、今まで胸を押さえ苦しんでいた者たちが全力疾走をした後のように肩で息をし始めた。
「もう一度忠告する。この弁護官たちの愚行に協力した判事は名乗り出ろ。苦しむのが嫌なら最初から出てこい」
そんな能力が本当にあるのか知らないけど。
ただ、引っ張り出した者だけが苦しんだことは間違いない。
「英雄公爵閣下。この二名が不審な動きを」
「連れて来てくれ」
『はっ』
俺の部屋に来た判事が不審な動きを見せた者に気付いたらしく他の判事と数人ががりで二人の判事を連れて来る。
「お前たちか。両陛下や公爵家を謀ったクズどもは」
「ひっ」
「威圧はお許しを!」
顔を押さえると二人は真っ青な顔で怯える。
怯えたということは苦しくなる理由があるからだろう。
「トロン公を裁く裁判でお前たちに無駄な時間をかけたくはないが、謀られたままでは両陛下や公爵家のみなも後味が悪いだろう。何のためにこのようなことをしたのか簡潔に話せ」
弁護官に判事に召使。
まさか貴族裁判に偽物が紛れ込んだ可能性は低いから、それぞれの職は本物だろう。
「私はなにも悪くない者を脅すほどの外道ではないが、悪人に対しては別だ。誰も口を割らないというのなら一人ずつ聞いて口を割らせるまで。粛清されたい者はそのまま黙っていろ」
氷魔法で作った氷の剣を黙っている弁護官たちに向ける。
貴賓傍聴席は剣などの持ち込みができるけど(貴族だから護身用に許可されている)、裁判中は邪魔になるから外したまま部屋に置いてきてしまった。
「つ、捕まった使用人の家族から頼まれたのです!」
「その使用人とはトロン公の屋敷の使用人か」
「はいっ!」
弁護官の一人が口を割る。
「何を頼まれた」
「判決の偽装と英雄の暗殺です」
「愚か者!英雄暗殺は国家反逆罪だと分かってのことか!」
「大半の者はそれは辞めようと申したのです!ですが報酬に目の眩んだ者が計画を!」
アルク国王の怒声にビクッとしながら説明する弁護官。
この八人の中でも判決の偽装だけ派と暗殺も一緒に派で意見が分かれていたと。
「その使用人の家族はどのようにお前たちと接触をして、どのようなことを話した」
「直接家族に接触したことがあるのはパシ弁護官一人で、他の者は判決を偽装して無罪にできればトロン公に恩を売ることができると聞いて欲に目が眩んでしまいました」
「恩を売る?」
「は、はい。無罪になった暁には今捕まっている使用人も元に戻れるから、お礼としてトロン公に口利きすると」
使用人の家族だという人物のその言葉を信じて今回の偽装を企てたってことか。
「権力を笠に着て傍若無人に振る舞う外道と、外道の権力に群がる愚かな害虫か。悪事を働いた被告を守る立場について自らも悪事に手を染めるようになったとは滑稽だな」
くだらない。
そんなことで心の動く者の何が弁護官だ。
この世界の弁護官も厳しい試験を突破しないと受からないというのに、今までの努力を自分からドブに捨てるとは。
「パシ弁護官というのは?」
みんなの目が向いた先に居る男は俯いていて、話を聞くために顔をグイッと持ち上げる。
「どうやって使用人の家族と接触した」
「…………」
「もう言い逃れは出来ない。話せ」
「……私の隣人です」
「隣人?今回の件で初めて接触した者ではなく、元から隣人だった家族から偽装と暗殺を頼まれたということか?」
「はい」
元から隣人同士だったなら、ただ美味しい話に乗ったというより同情心もあって協力したというのもありそう。
「トロン公の屋敷の使用人だというのは事実なのか?」
「はい。別邸で働いていることは以前に聞いておりました」
「そうか。私が屋敷の捜索指揮をとっただけに、捕まった者たちの家族からは恨まれていてもおかしくない。例え捕まるだけの理由がある者だったとしても、その者を大切に思う者からすれば捕まえた私の方が悪人だろうからな」
どちらの立場に居るかで善悪が変わる。
魔界層の魔族と地上層の精霊族のように。
「私の行動で心を痛めた者が居たことは胸に留めておこう。だが悪いことをすれば捕まると法で決まっている限り、悪事に加担した者を見逃すことはできない。本を正せばその使用人が悪事に加担しなければ捕まりもせず家族も傷つかなかった。誰が悪いかといえば捕まる理由を作ったその使用人だ」
冷たいようだけどそれが結論。
悪事に加担したから捕まり家族のことも傷付けた。
捕まえた俺を恨むのは逆恨みだ。
誰かのせいにしたくなる気持ちは分からなくないけど。
「理由は分かった。後の詳しい取り調べは私の役目ではない。警備兵。この者たちを連行してくれ」
『はっ』
警備兵の手で大人しく連行される八人。
後はこの世界の警察である警備官の仕事。
「両国王陛下、公爵家のみなさま。神聖な貴族裁判をお騒がせしたことを深くお詫び申し上げます」
「よい。誤った判決をくださず済んだことに礼を言う。英雄の機転に賞賛を」
なんか今日のアルク国王は逆に怖い( ˙-˙ )スンッ
武闘大会では俺を目の敵にした駄々っ子だったのに、今日のアルク国王は威厳もあって話に聞いた『切れ者』にピッタリ。
もしかしてアルク国王って二人居るんじゃ……。
そう疑ってしまうほど別人のアルク国王に礼をして、賞賛の拍手をする公爵家のみんなにも胸に手をあて礼をした。
貴賓傍聴席に戻り身なりを整える。
最後まで一筋縄ではいかなかったけど漸くこの時が来た。
「判決を申し渡す。被告クレール・フェリング・トロンの行いは私欲に駆られた残虐な行為であり、罪のない多くの民を傷付け殺めたことは公爵家の者として許されるものではない。よって、トロン公爵家は本日をもって爵位を剥奪、私財没収。被告は断頭台での公開処刑、夫人は肉刑とする」
外道にくだされた判決は極刑。
権力を笠に着て多くの子供たちを弄び、判明しているだけでも数十人を殺めている外道の最期に同情はしない。
強いてあげるなら夫人は不憫に思うけど、貴族家は基本連帯責任というのがこの世界での常識。
「……終わったぁ」
「お疲れさまでした」
貴族裁判は逮捕から裁判までの期間が短い。
原告側の身分が低いから適当なのではなく、被告側の貴族が爵位に相応しくない者なら早く対処が必要だから。
真偽の分からない期間が長引くほど領地の商売や観光にも影響が出てしまうから、国民(領民)のためにも早く判決を出さないといけないというのが短期で行う理由。
「外道の罪がしっかり公になって良かった」
「もし間に合っていなければと思うと恐ろしいですね」
「うん。一度捕まれば用心して今までの証拠を隠滅するだろうし、仮に別件の証拠を集めて捕まえることができたとしても、その間にまた被害者が増えてたかも知れない」
だから一度の裁判で全てを公にする必要があった。
その為に人族のあらゆる貴族の力を借りて外道と交流を持ったことのあるエルフ族の貴族や商人や奴隷商と接触して証拠に繋がる情報を集めて回った。
「英雄公爵閣下。証拠物の押収に参りました」
「どうぞ」
裁判外で起きたプチ騒動の証拠物の押収。
召使が開けた扉から警備官(地球の警察官)の制服を着た三人が入って来た。
「英雄公爵閣下へご挨拶申し上げます。アルク警備隊第五部隊警備長官、メリッサと申します」
胸に手をあて挨拶したのはまだ若い女性警備長官。
サファイアブルーの瞳と、同じくサファイアブルーの腰まであるストレートの髪をポニーテールにした美形。
「女性警備長官か」
「女性の警備長官はおかしいとお考えですか?」
「いや。俺が居た世界にも居たし。ただこの世界では初めて見たから珍しいと思ってつい言った。気分を害したなら謝る」
「異世界にも女性警備長官が居るのですか。素晴らしい」
警備長官という名前ではなかったけど。
パッと明るい表情になって一歩前に出た警備長官。
ああ、性別で色々と言われることもあるんだろう(察し)
「長官。押収は」
「あっ!失礼しました。証拠の押収と召使の聴取が済み次第撤退いたしますので少々お時間をいただきます」
「どうぞ」
部下だろう警備官から言われてキリっと表情を戻した警備長官の一瞬の変化が面白くて笑いを堪えてると団長に苦笑される。
「こちらが毒入りの果実水です」
「ありがとうございます。調査いたします」
団長から聞いてデキャンタに手を翳した警備長官。
鑑定の持ち主か。
「ん?色が変わった」
「毒薬鑑定をお持ちのようですね」
「毒薬鑑定?普通の鑑定とは違うのか?」
「普通の鑑定ですと毒としか出ないので種類までは分かりませんが、毒薬鑑定は毒や薬の種類が分かります。鑑定はスキルですが毒薬鑑定は恩恵なので使える者は少ないです」
「……へー」
俺の鑑定はしっかり種類も出てたんですけど(ボソッ
そんな種類の鑑定があることを団長から聞いて改めて、俺の持つ特殊鑑定が如何に特別製なのかを思い知った。
「アムの毒ですね」
「アムの毒!?」
「はい。ご存知かと思いますが、アムの葉から抽出される一級取扱資格が必要な猛毒です。数滴で致死量に至りますので飲む前に気付いて何よりでした」
警備長官から鑑定結果を聞いて団長や召使が一斉に俺を見る。
「飲んだけど。一杯半ほど」
「英雄公爵閣下でもご冗談を仰るのですね」
「いや本当に。だから果実水の量が減ってる」
毒が効かないことはむしろ広まっていい話だから(毒殺を企てる者が減るから)話すと、冗談だと思って笑った警備長官や警備官も固まる。
「すぐに解毒治療を行います!誰か上級白魔術師を!」
「待った待った。俺は毒が効かない」
「……え?」
ぶわっと号泣して俺をソファに押し倒し口に指を突っ込もうとした警備長官の手を掴んで止める。
この警備長官、この世界にはないはずの柔道技(大内刈)でサラッと俺を倒しやがった(震)
「……効かない?」
「うん。そういう体質だから心配は要らない」
「毒の効かない体……よ、良かったぁ」
人の上に座って今度は安堵してぶわっと泣く警備長官。
エリートの長官の割に涙脆いし猪突猛進ぶりが凄い。
「まさか足技でぶっ倒されるとは。俺も割と足技攻撃の対応には慣れてるはずなんだけど警備長官ってのも伊達じゃないな。早すぎて反射的に攻撃しそうになった」
まさかソファにぶっ倒されるとは予想もしてなかったから、足をかけられた瞬間つい攻撃(反撃)しそうになったことを話して苦笑する。
「……ぎゃぁぁぁあああ!英雄公爵閣下に何てご無礼を!申し訳ございません!申し訳ございませんンンンン!」
ぎゃあって。
物凄い声をあげ飛び降りた警備長官は床に平伏す勢いで土下座をしてきて、その面白いキャラクターに大笑いする。
「あー……腹痛てぇ。笑わせてくれてありがとう」
「え?」
「忙しいわ腹立たしいわで憂鬱な日が続いてたから久々に大笑いして少しスッキリした。感謝する」
今日まで気が張っていたから大笑いしたのは久々。
床に正座していたのを手を引いて立ち上がらせ指先にキスをして感謝を伝えた。
「お騒がせして本当に申し訳ございませんでした」
「大丈夫だって。お疲れさま」
『失礼いたします』
召使へ聴取を行いデキャンタやグラスや冷蔵庫の中身を押収して最後の最後まで謝る警備長官たちに、ソファに座ったまま手を振って見送った。
「なかなか個性的な方でしたね」
「うん。でも俺を足技で軽々とぶっ倒した戦闘能力も含め、調査中は指示一つにも無駄な動きがなかった。あの若さで警備長官になれるだけあって優秀な人なんだろうな」
猪突猛進の天然ちゃんだけど仕事は出来るタイプ。
珍しい恩恵を持っているし警備長官というのも納得。
「英雄公爵閣下へご報告します」
「開けてくれ」
「はい」
裁判中は外していた剣帯をして帰り支度をしているとノックと男の声がして召使にドアを開けて貰う。
「失礼いたします。馬車の準備は整っておりますので支度がお済みになりましたら正面口へお越しください」
「分かった」
ドアの外に居たのはアルク国の警備兵。
調査(押収)が終わるのを待っていたらしく、すぐにでも帰れることを伝えに来てくれた。
「今日泊まる宿ってここから近い?」
今日まではアルク国にある宿に宿泊予定。
アルク国には昨日の深夜に着いて宿に一泊したけど、防犯上の都合で今日はまた別の宿に泊まる予定になっている。
「申し訳ございません。この場ではお答えできません」
「ああ、そっか」
召使が居る前で宿の話はできないか。
一応英雄という肩書きがある限り。
「じゃあ行くか」
「はい。護衛いたします」
「召使のみんなも今日は一日ありがとう。快適に過ごさせて貰った。それと途中暗殺騒ぎで怖がらせてすまなかった」
「滅相もないことでございます。お気遣い感謝申し上げます。どうぞお気を付けてお帰りくださいませ」
『お気を付けて』
ロングケープを着て支度を済ませ世話をしてくれた召使たちに礼を言って貴賓傍聴席を出た。
「お待ちしておりました。宿までお送りいたします」
「よろしく頼む」
正面口で待っていた御者。
今日は距離が遠いアルク国まで来てるから御者も自分の屋敷の御者ではなくアルク国が用意してくれた御者。
因みにアルク国までは国王軍の魔導車で来た。
すぐに出発できるよう先に御者が出て警備隊が安全確認を行ったあと障壁+前後左右を騎士に護衛されながら俺も裁判所を出ると、どこからこんなに集まったと思うほどの人人人。
歩みは止めず営業スマイルで軽く手を振ってすぐに馬車(キャリッジ)へ乗り込んだ。
「……ふぅ」
「お疲れになりましたか?」
「いや、来た時より人が増えてたから少し驚いた」
アルク国への公式訪問はこれが初めてだから人が集まるだろうことは国王のおっさんや師団長から聞かされていた。
だから人寄せパンダになることは覚悟していたし、裁判所に入る時はまだ予想の範疇の人数だったけど、まさか帰りには倍以上の人が集まってるとは……英雄称号恐るべし。
「今やシンさまは種族を超え崇拝される英雄ですからね。知らない者を見つける方が難しいでしょう。その英雄を直接拝見できる滅多にない機会ですので、一目だけでも見ようと民が押し寄せるのも仕方ありません」
クズを崇拝しても何の得もないのに。
いや、みんなが崇拝してるのは『英雄』か。
姿を見たことがない神を信仰するのと似たようなもの。
「仮に崇拝されてることが事実なら不思議な話だな。人族を見下してるエルフ族が多いのにただ英雄称号が付いただけで人族でも崇拝対象になるんだから。特級国民だから仕方なく下手に出てるだけってことならわかるけど」
人族を見下してる人が多いことは正体を明かさず魔王と来た時に身をもって体験したから紛れもない事実。
だから今までは俺が特級国民だから仕方なく下手に出る人が多いんだろうと思ってたのに、そうする必要もない場面でのあの人集りは意外だった。
「英雄は自分たちエルフ族の英雄でもあるからでは。シンさまが人族でも獣人族でも自分たちの英雄に違いないので、普段は他種族に差別意識のある者でも見下す気持ちがないのかと」
そう話して団長は苦笑する。
「英雄勲章は地上で唯一の全種族共通勲章。条件を満たせば年齢も性別も種族も身分も問わず与えられ、与えられた者は全種族共通の英雄として称号を得ます。これが人族だけの称号であればまた考えも違ったのではないでしょうか」
「なるほど。その可能性はありそう」
エルフ族の英雄でもあるから種族での選民意識がない。
これが人族だけの英雄や獣人族だけの英雄なら種族で判断して見下すのは変わらなかったと。
「ただ、エルフ族も随分変わったと思います。以前はアルク国軍と会う度に見下されていると感じることも少なくなかったのですが、武闘大会後から雑談を交わすようになりましたので」
「そうなんだ。それはいい変化だな」
それは好ましい変化。
長年続いていた関係が劇的に変わるのは難しいだろうけど、少しずつでも関係が改善されるのはいいことだ。
「私が思うにシンさまの存在が影響しているのかと」
「俺?」
「全種族共通の英雄という存在と、その共通の存在である英雄のシンさまに差別意識がないこと。憧れや尊敬を抱く相手の考えや行動に影響を受ける者は多いのではないでしょうか」
「ああ。わかる」
憧れる人や尊敬する人を何となく真似てしまうのはある。
俺も地球に居た時はオーナーの言動を自然と真似ていることもあった。
「責任重大だな」
「シンさまはシンさまらしく居てくだされば問題ありません。英雄の称号があっても中身のない者であれば先程シンさまが仰ったように仕方なく従うだけだったでしょう。多くの者の心を動かしたのは英雄称号ではなくシンさまの為人なのです」
「相変わらず俺を甘やかすのが上手いことで」
「本心で話しております」
一人だけ勇者じゃなかった溢れ者の異世界人の居場所として名乗りをあげてくれたのが団長と第一騎士団のみんな。
最初からずっと変わらず俺の味方で居てくれてる。
「ありがとう。色々」
「色々?」
「色々」
小首を傾げた団長にくすりと笑みが洩れた。
「ん?止まった。もう着いたのか」
「少々お待ちください」
馬車が止まって団長はカーテンを少し開けて外を見る。
「異常ありません」
「大丈夫なようですね」
外から声が聞こえたあと馬車のドアが開く。
「え?これが今日の宿?」
「宿に見えますか?」
「野宿を楽しむ宿なのかなって」
「そうであれば遊び心が過ぎますね」
団長が降りて俺も馬車から降りた先は広場。
待っていたのはアルク国の軍人だろう騎士と魔導師が数名。
「お待ちしておりました。こちらをお使いください」
「術式?」
「ここからは宿泊先が判らぬよう術式での移動となります」
「ああ、そういうことか」
俺が泊まる宿がバレないようこの先は術式で行くと。
だから人が居ないこの広場で止まったのかと納得した。
「人目に着かぬようここには少数名のアルク国軍しか待機しておりませんのでお早く術式へ」
「分かった。ありがとう。御者もご苦労さま」
「勿体ないお言葉をありがとうございます」
団長に促され騎士と魔導師と御者に感謝を伝え術式に入った。
「英雄公爵閣下へ敬礼!」
…………え?
術式を出た先に待っていたのはアルク国の軍人。
赤い絨毯が敷かれた道の左右に整列して敬礼する軍人のその向こうに見えるのは……城。
「まさか……アルク城?」
「はい。安全上お話し出来ず申し訳ごさいません」
「……挨拶に来ただけ?」
「いえ。宿泊先が王城です」
ま さ か の 王 城 。
そりゃ術式での移動になるのも当然だ。
「英雄公爵閣下へご挨拶申し上げます」
「ダンテさん」
「ご記憶に留め置いていただけたとは光栄です」
整列しているアルク国軍の中から代表して挨拶をしたのは武闘大会の団体戦で戦った騎士のダンテさん。
「ご無沙汰しております」
「英雄公爵閣下。敬語は不要にございます」
あ、今はプライベートじゃなかった。
英雄として王城に来てるのに敬語を使ったらダンテさんを困らせてしまう。
「お部屋へご案内いたします」
「よろしく頼む」
トンネル抜けたら雪国ならぬ術式抜けたら王城だった衝撃でつい素に戻ってしまったけど、今更ながら英雄の顔を取り繕って答えた。
左右に整列しているアルク国軍の間を通って城に入る。
ブークリエ城も人目につく一階は豪華にしてあるけど、アルク城はそれ以上に建物自体の造りも装飾品も豪華。
さすが経済的に豊かな国だけある。
「こちらの二名は本日英雄にお仕えする客室メイドです」
術式を経由して案内されたのは城の三階。
立派な扉の前で二名のメイドが頭を下げて待っていた。
「英雄公爵閣下へご挨拶申し上げます。ヘラと申します」
「イデアと申します。何なりとお申し付けください」
「ありがとう。何かあれば頼む」
わざわざメイドまで。
さすが王城内の客室。
「こちらが本日お休みいただくお部屋です」
「また随分と立派な」
何人で泊まるの?と訊きたくなる広い部屋。
家具は豪華だしベッドもデカい。
「あ。ここなら三人しか聞いてませんから普通に話してもいいですよね?改めて、お久しぶりです」
「お久しぶりです。先程は兵士の前でしたので素っ気ない対応になってしまい申し訳ありませんでした」
「いえ。俺も泊まる先が王城だと知らなくて素に戻ってたので普通に話しかけてすみませんでした」
あれは俺の失態。
ホスト国の軍人が王城の客人として来た特級国民の英雄に敬語を使わせたとあってはダンテさんの立場が悪くなる。
「私はこのあと王城の警備につきますのでお話ができず残念ではありますが、お部屋の警護はしっかりと軍の者が行いますので夜の晩餐までごゆっくりお休みください」
「はい。ありがとうございます」
ほんの少しの時間しか話せないのは残念だけど、国外から来賓が来ている時にホスト国の国仕えが忙しいのは当然のこと。
握手を交わして部屋を出て行くダンテさんを見送った。
「それにしてもアルク城が宿泊先とは思いもしなかった」
「候補先に王宮内の高級宿というお話も出ていたようですが、やはり王城の方が安全だろうと。それに国王陛下もこちらで宿泊いたしますので警備面での理由もあると思います」
「なるほど。同じ場所に泊まってくれた方が警備を分散させずに済むことはたしかだな。王家と一国民を同じ場所に宿泊させていいのかとは思うけど」
正礼装(軍服)の上を脱ぎながら団長と話してソファに座り一息つく。
「英雄公爵閣下。お飲みものをお持ちしました」
「開けてくれ」
「はっ」
ドアの外から聞こえたのはさっきの客室メイドの声。
早速飲み物を用意してくれたらしく団長にドアを開けて貰う。
「失礼いたします。珈琲と紅茶をご用意いたしました」
「ありがとう。では紅茶をいただく」
「承知いたしました」
ワゴンで運ばれてきたのは珈琲と紅茶。
この世界の珈琲と紅茶は高価だから貴族の趣向品扱いだけど、サラッと両方とも用意されているのはさすが王城。
「騎士さま。恐れながら発言の許可を」
「許可する」
片方のメイドが紅茶を注いでくれている間にもう一人のメイドが団長に声をかける。
「英雄公爵閣下の従者は何時頃ご到着になりますか?」
「従者は連れて来ていない」
「え?ではお召し換えなどは」
「英雄ご本人が行う」
話を聞いたメイド二人は驚いた顔で俺を見る。
公爵家の主人ともなれば護衛の他にも従者の一人や二人連れているのが常識だから二人が驚くのも分かる。
「説明しておくことがあるなら直接私に」
「は、はい。かしこまりました」
普段はエドとベルが世話をしてくれてるけど、今回は半月ほど潜入して貰ってたから副団長たちとブークリエ国に帰らせた。
権力の象徴でもある使用人(従者)を連れてないなんて公爵家の主人としては有り得ないことだから驚かせて申し訳ないけど、成り上がり貴族の俺は自分のことは自分で出来る。
紅茶を飲みながら部屋の説明(トイレやシャワーやクロゼットの場所等)を聞いて十分ほど。
困惑しながら説明してくれたメイドが部屋から出て行ってフッと笑いが洩れる。
「従者を連れてないことであんなに驚かれるとは」
「余裕のない貴族家の者ならいざ知らず、公爵家の当主で英雄でもあるシンさまがご自身でなさるとは驚くのも分かります」
「俺にはそれが当たり前の人生だったんだけどな」
そう話して団長と苦笑した。
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新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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