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第零章 先代編(前編)
迷走
しおりを挟む勇者が召喚されて数日。
召喚祭当日のその日、大聖堂の前は人でごった返していた。
「似合う?可愛い?」
「コスプレイヤーっぽい」
「可愛いかを訊いてるの!」
ブークリエ国の紋章が入った白の法衣を着た美雨は、承認欲求を満たす返事を得られず柊の腹に拳を入れる。
「この世界の鎧は軽いな」
「うん。見た目は重そうだったけど意外と軽い。他のをつけたことがないから比較は出来ないけど」
時政と春雪が身につけているのは銀色の鎧。
その上に、時政は青のマント、春雪は赤のマント。
腰には銀製の剣。
「俺も二人と同じのが良かったなぁ。そっちの方が騎士みたいでカッコイイ」
美雨と同じく魔法を扱う柊は黒の法衣。
この世界で黒は勇者の髪や瞳の色として尊ばれていて、黒の法衣を身につけることができるのは国に仕える魔導師だけ。
「柊殿は魔法を扱うから魔法に特化した装備なのだろう」
「毎日ぐうたらしてるだけで実感ないままだけどね」
「それはみな同じ。私も剣は使ったことがない」
この数日で四人がしたことは、魔導師や師団と呼ばれる人たちから勇者宿舎内を案内して貰い設備を説明されたのと、訓練が開始したら通うことになる実技訓練所と座学で使う講堂を案内して貰った程度で、魔法は愚か剣すら今日初めて触った。
後は各自室でこの世界の階級制度や勇者としての振る舞い方などを延々と聞かされただけ。
「召喚する必要があった割にノンビリしてるよね」
「それも訓練が始まるまでと聞いた。先ずは私たちが生活に慣れることを優先した、この世界の者なりの気遣いなのだろう」
「私は早く魔法使ってみたいのになぁー」
「今後は嫌でも使うことになる」
そんな美雨と柊と時政の会話に混ざらず春雪だけは早々に支度を済ませて椅子に座る。
早く訓練が始まって欲しいと思っているのは春雪も同じだが、美雨のように未知の力に期待に胸を膨らませているのではなく自分がこの世界で生き残る力があるかを知りたくて。
春雪の居た未来に神を信仰している者は少ない。
居ても暴力行為や破壊行為を行うセクト集団で、信仰しているのは神ではなく教祖という、神の名を借りた反社会主義者。
そんな時代を生きていた春雪が『神に選ばれた』と言われても信用できないのは当然のこと。
もし自分が外れ勇者だったらと不安が拭えない。
国王のミシェルは生涯困らないよう身分や資金を与えると言っていたが、なんの役に立たない勇者では話が別だろう。
その時はこの世界での生き方を改める必要がある。
そのためにも一日も早く知りたい春雪の気持ちを無視して誰に訊いても『訓練が始まったら』と同じ答えしか返らず、既に春雪はこの世界の人々にうんざりしていた。
「勇者さま方。支度はお済みですかな?」
ドアをノックして姿を見せたのはイヴ。
真っ先に目に入ったのは独り椅子に座っていた春雪。
これから多くの国民の前に立つことは聞かされているにも関わらず、一切の高揚感を感じさせない春雪の姿に髭を撫でる。
あの無能どもめ。
自らが生きる術を早く知りたがっている春雪殿には歴代の勇者たちの能力を話して聞かせるよう助言したと言うのに。
どうせくだらぬルールやマナーでも聞かせていたのだろう。
仕事を増やされたお陰で今日まで訪問できなかったことが悔やまれる。
「支度は済んでいる」
「そのようで。ではご案内いたします」
イザベラが専属で仕えている時政。
時政の話はイザベラからイヴの耳にも届いている。
召喚される前の日課でもあったらしく、この世界に来ても時間が許す限り体を鍛えるトレーニングを続けているとのこと。
才が二つなのも日頃の努力の賜物だろう。
イヴに先導されて神殿のような造りの静かな廊下を歩く。
さすがの美雨も神聖な雰囲気に気圧されているのか、柊の隣でキョロキョロしているものの静かだった。
「国王陛下。勇者方をお連れいたしました」
廊下に並ぶ騎士たちの先に居たのはミシェル。
金糸の装飾が華やかな古代ローマのトガのような衣装の上に、どっしりとしたベルベット生地のような真紅のマント。
王冠も催事用なのか真紅の宝石で装飾されている。
偽物では出せないその威厳ある姿に、国王など居たこともない国に住んでいたはずの四人も声が出せなかった。
「硬くならずとも諸君は紹介の際にただ立つだけでよい。万が一もないよう警備も厳重に行っているから安心して欲しい」
四人が緊張したのはミシェルに対して。
けれど、その姿が普段通りであるミシェルは勇者たちの緊張を大勢の国民の前に出るからだと思い違いをしていた。
国王さま天然なのかな?
そんな不届きなことを考えたのは美雨。
グレースの件で少し下がっていたミシェルの好感度が密かに上昇した瞬間だった。
「では参ろう」
騎士と魔導師に守られミシェルと勇者四人がテラスに姿を現すと広場を埋め尽くす国民が一斉に大歓声をあげる。
宿舎と王城の往来しかして居なかった柊と美雨は、これほどの人が何処に居たのだと思うその光景に唖然とする。
初日に王都へ行って多くの国民を見た春雪は別として、時政の落ち着きようはさすが警察官と言ったところ。
春雪は落ち着いていると言うよりも興味を示していない。
接したことのない人を見て『自分が救うんだ』と王道のヒーローのような正義感が突如わくはずもなく、慌てるでもなく国民に何か思うでもなく言われるがまま椅子に座った。
春雪は王道のヒーローとしては相応しくない。
警戒心が異常に強く人を信じず好意すらも疑い、他人ではなく自らが生き残ることを第一に考えている。
春雪も自分がそういう人間だと分かっているからこそ自分が勇者などとは何の冗談だと皮肉に笑っていたのだ。
登場した際の国民の大歓声とは反対に式は厳かに進行する。
神に仕える教皇の長い長い祈りと有難い説法。
この世界で信仰されている神の名さえ知らない四人からすれば教皇の祈りや説法などただの子守唄。
可哀想に、眠らないよう自らの脚を抓る美雨。
柊は何度も欠伸を噛み殺しているから涙目。
時政に至っては下を向いて誤魔化し眠っている。
そんな三人の様子を見て少し安心したのは春雪。
勇者になることをすんなり受け入れた三人と自分の温度差を感じていただけに、三人が国民を見て正義感に駆り立てられる熱血漢ではなかったことに安心した。
教皇の話が終わったタイミングに紛れ、こっそりと時政の脚を指でつついて起こす春雪。
顔をあげて「なんだ?」というような表情で春雪を見た時政は式の途中だったのを思い出し軽く頭を下げて礼を伝え、春雪もそれに苦笑で応えた。
次に立ち上がったのはミシェル。
今代の教皇は人が善いものの話が長い。
この後続くパレードの時間が刻一刻と近付き、式を進行している王宮師団も気が気でなかっただろうと小さな溜息をついた。
「此度の勇者召喚にて異界より参られた勇者方を紹介する」
事前に予定していた国王からの話をカットしたミシェル。
師団たちは驚いた表情でミシェルを見たが、教皇の祈りと話が長すぎたために予定時間がずれてしまうのを察してくれたのだろうと気付き心の中で感謝した。
勇者のすることはミシェルの紹介のあと頭を下げるだけ。
紅一点で聖者の美雨の紹介をすると、教皇の話の最中は眠っているのではないかと疑いたくなるほど静かだった国民たちが大歓声をあげ、愛嬌のある美雨は法衣を摘み膝を曲げて挨拶をしたあと軽く手を振って応える。
勇者の紹介を今か今かと待っていた国民は大喜び。
自分たちに手を振ってくれたと歓喜するほど、この世界の人々にとって勇者とは尊い存在だった。
次に紹介された柊は緊張で予行練習した行動が飛んだのか、日本人らしく深々とお辞儀をして挨拶をする。
まだ十六歳の美雨と柊はこのくらい愛嬌のある挨拶の方が人々から愛されるだろう。
剣士と格闘士の二つの才能を持つ者として紹介された時政。
この世界でも珍しい二つの才能を持つ勇者とあって大きく響めく観客に、習ったばかりの胸に手をあてるこの世界流の挨拶をして軽く頭を下げた。
最後は春雪。
ミシェルから勇者として紹介された春雪が時政と同じく胸に手をあて挨拶をすると、他の三人のように愛嬌も優れた才能もないのに関わらず地鳴りと聞き紛うほどの大歓声が返ってくる。
勇者一行の中でも〝勇者〟への人気は別格。
この世界で唯一精霊王を召喚できる者である勇者は、子供たちからも、かつて子供だった大人たちからも憧れの存在。
国民の熱狂的なその歓声を止めたのはミシェル。
軽く手を挙げただけで国民たちは静かになった。
「数日後より勇者方は過酷な訓練の日々が始まる。私は異界で平穏に暮らしていた若き勇者方をこの世界の都合で召喚してしまった国の王として、出来る限りの支援をしていこうと思う」
波が引いた後のように静かな広場。
国民は若き国王ミシェルの声に耳を傾け聞き入る。
「諸君も胸に留めておいて欲しい。此度の召喚で勇者方は自らが生きていた異界で得た大切なものを失ったことを。討伐を承諾したのも当然の答えではなかったことを。私をはじめこの世界の者が今後することは、勇者方へのせめてもの償いである」
ミシェルがそう話すと国民は両手を組み祈る。
精霊族を救う救世主が召喚されたことに喜んでいた自分たちの浅はかさを恥じ、若き勇者たちへと懺悔の祈りを捧げた。
予定外のミシェルの言動に髭を撫でたイヴ。
あの表情のない人形が立派な国王になったものだ。
イヴは何一つ進言しなかったに関わらず、懸念していた国民の意識を変えてみせた。
心許せる者に出会いその心に触れたからか。
表情一つ変えず前を見たままの春雪をチラリと見る。
まるで在りし日のミシェルを見ているかのよう。
さて、この出会いが吉と出るか凶と出るか。
今後深まるだろう二人の関係が国を良い方に導くと言うのなら、この老いぼれは幾らでも秘密を抱え墓場にゆくとしよう。
・
・
・
「凄い人の数だったね」
「緊張した」
「練習したのに挨拶間違っててウケた」
「まさかあんなに大勢見に来てると思わなかったから」
「私もさすがに吃驚したけどさ」
待機室に戻ると美雨と柊はぐったり。
式の前は衣装や魔法の話に花を咲かせていたのに、人の数に圧倒されて精神的に疲れたようだ。
「お疲れのところ申し訳ないですが、パレードのお支度を」
「「はーい」」
「美雨さまのお着替えは隣室に支度してございます」
「ありがとう。待たせてごめんね」
「いいえ。光栄です」
エステルと部屋を出る美雨を見送ったイヴ。
堅苦しくない関係を望む美雨の希望に添った対応をするよう指導したが、上手く仕えているようで胸を撫で下ろす。
「時政さまもこちらでお着替えを」
「ああ」
見えないよう布で仕切ってある個室に入る時政とイザベラ。
最初は入浴や着替えの補助に難色を示していた時政は、たった数日でこの世界の常識に適応していた。
以前居た世界ではその場その時で対応を迫られることに慣れていたために元から順応力が高かったことも手伝って。
「柊さまはこちらの個室をお使いください」
「ありがとうございます」
「春雪さまはこちらでお願いいたします」
「ありがとう」
柊と春雪は相変わらず。
一緒に入った時政とイザベラとは違い、個室の前で立っているフラヴィやダフネから衣装を受け取り一人で入って行った。
従者の手を必要としないのは同じでも理由は違う。
年頃の柊は異性に裸体を見られるのが恥ずかしいから入浴や着替えの補助を拒むのに対し、春雪はダフネを信用していないから必要以上に近寄って欲しくなくて自分でする。
いや、ダフネだけではない。
ともに召喚された同胞も含め誰一人信用していない。
黒曜石のように闇深い瞳で人の表情を伺い、不快に思われないギリギリを見極めた関係を保っている。
やれやれ。
柊殿は時間が解決してくれるだろうが、春雪殿は心を許せる者と自らが判断できる者ではない限り難しそうだ。
「ミシオネールさん」
「どうなさいましたかな?」
三人が着替えに入り十分ほど。
瞳や髪と同じ黒の軍服に着替えた春雪が一番に出てくる。
「これの着方が分からない」
「外套ですな。どれ私が教えましょう」
「ありがとう」
男性陣の衣装はこの世界の軍服と外套。
足元はロングブーツで右の腰に帯刀するのはサーベル。
他の衣装は着られたものの左肩にかける外套の扱いは分からなかったらしく、イヴが教えながら着付ける。
春雪と入れ替わりで着替えた衣装を取りに入ったダフネ。
専属の召使である自分に訊かずイヴに訊ねたことに嫌な顔一つせず自らの役目を果たそうとする使用人の鑑。
「ダフネさん。片付けありがとう」
「勇者さま。……勿体ないお言葉をありがとうございます」
個室から着替えた衣装を持って出てきたことに気付いて声をかけた春雪に、ダフネは嬉しそうに笑みを浮かべる。
春雪から信用されていないことを分かっているダフネには、その短いお礼の言葉が何よりも嬉しかった。
おや?
どうやら慣れる努力はしているようだ。
まだまだ距離感のあるぎこちない態度ではあるものの、自分で片付けると言わずダフネに任せたことは大きな前進。
これはミシェルに報告せねばとほくそ笑むイヴ。
約束を守ろうと努力していることを知れば、最近気晴らしに出る暇をとれず燻るミシェルの機嫌も少しはなおるだろう。
「さあ終わりました」
「ありがとう。今度は自分で着られる」
着替えまではまだ任せるつもりはないと。
まあ今は一歩前進しただけ良しとしよう。
着替えが終わり集まった四人を一瞥するイヴ。
こう見ると春雪だけは軍服と外套姿に違和感がない。
「私の故郷の軍服と造りが違って落ち着かん」
「え?時政さんって故郷で軍服着てたの?」
「私は警官だ。国に仕える身の者はみな軍服を着用する」
「へー。私の故郷だと自衛隊が軍服を着てたけど、この世界のは海外の軍隊が着てる軍服に近いと思う。体の造りが違うから日本人の私たちには違和感があるんじゃない?」
日本人体型と日本人顔の時政と美雨と柊。
春雪が中世の欧羅巴辺りに時間遡行したと勘違いしたように、この世界の人の顔や体型は外国人そのもの。
独逸軍を思わせる外国人仕様の軍服を日本人が着れば『服に着られてる感』があるのも仕方のないことだった。
「その点春雪さんは違和感ないね。玉座の間で見た時から思ってたけど、顔の造りと体型からしてハーフだよね?」
日本人にしては彫りの深い顔と高い鼻。
一人だけ軍服がしっくりくる春雪に美雨が問うと、剣帯にサーベルをさしていた春雪がピクっと反応して手が止まる。
「あれ違った?」
「いや。混血で間違ってない」
触れてはいけない話題だったようだ。
訊いた美雨だけでなく見ていた全員が春雪の反応で察する。
「お話を遮って申し訳ないですが、予定の時間が迫っておりますので支度がお済みでしたら参りましょう」
手を叩き話題を変えたのはイヴ。
その行動に空気を察していたみんなはホッとした。
・
・
・
召喚祭の後はパレード。
魔導車というこの世界のオープンカー二台に、美雨と柊、時政と春雪で別れて乗って王都地区南側をぐるりと回る。
勇者の乗った魔導車を先導するのは騎乗した騎士団。
左右にも騎乗した騎士たち数人が護衛につき、後ろには魔導師が乗ったオープンカー数台が続く。
そんな厳重警護の中、勇者一行を一目見ようと集まった国民たちはゆっくり通りすぎる勇者たちに歓声を浴びせる。
「人々を見ると改めて異界なんだと実感する。私の故郷にはこのように様々な瞳の色や髪色をした者は居なかった」
歓声をあげる国民を他人事のように眺める時政。
同じく隣で街の景色を眺めていた春雪は、時政の話を聞いて漸く国民たちへと目を向ける。
赤、青、黄色、緑と、様々な髪や瞳の色をした人々。
中にはピンクや黄緑などといったパステルカラーの人も居るのを見て、確かに地球とは違う世界に来たんだと実感できる。
「俺の居た時代は着色眼って技術があるから目の色を変えてる人も珍しくなかったけど、この世界の人は天然みたいだな」
「目を着色すると言うことか?」
「注射で虹彩部分に着色するんだ。一年位しか持たないけど」
「随分と恐ろしいことをする」
「技術のない時代の人からすればそう思うんだろうね」
時代とともに技術も進化する。
春雪の居た未来では着色眼の技術は珍しいものではなく、染髪と同じように一般的なお洒落の一つだった。
「春雪殿は謎が多いな」
春雪をちらりと見てクスッと笑った時政。
「柊殿と美雨殿はまだ会話で為人や召喚前の生活が想像できるが、春雪殿に関しては想像が及ばない。どうやら私だけ違う世界から来たと言うのは間違いないようだが、私より春雪殿の方が別世界から来たようにも思える」
柊や美雨からすれば時政の居た世界は過去の日本の生活に近しくまだ想像できるし、時政も二人の時代はまだ想像の範疇。
ただ、春雪の居た時代は三人の居た時代とは全くの別物。
化学の発展した未来という未知の世界から来たという意味では春雪もまた別世界の人のように感じるのも致し方ない。
「そのように警戒せずとも問うつもりはない。ただ、この世界で共に戦うことになる者の一人である限り背中を預けられる者かの判断はさせて貰うがな。私はまだ死にたくない」
最後のそれを聞いて時政を見た春雪。
この世界の人が悠長なことを好意的に受け取っているような発言をしていた時政にも危機感があったのかと。
「時政さんもそう思ってたんだ」
「そう、とは?」
「死にたくないって。俺は自分の能力について何も教えてくれないこの世界の人に嫌気がさしてたけど三人は今の生活を受け入れてるから、そう思ってるのは俺だけなのかと思ってた」
早く能力を知りたいのに施設を案内したり召喚祭をしたりと余計なことばかりで肩透かしを喰らった気分なのは自分だけと思っていた春雪は、特に早々とこの世界に適応した時政と自分との大きな差を感じていた。
「春雪殿は幾つだ?学生か?」
「19歳。大学生だった」
「私が社会に出たのは16で今は24。職業柄団体行動が多いのはもちろん、周りに合わせることや環境に適応しなくては生きられない場面を何度も経験してきた。この世界のやり方を受け入れてるのも現時点ではそれが最善だと判断したからだ」
時政の居た世界の警官は軍隊。
演習や実戦で部隊ごとに行動するため迅速な行動を迫られる。
規律を乱さないためにも周りに合わせる必要があった。
「とは言え私も最初はこの世界の生活に戸惑いはあった。偉そうに言っても私もその程度の人間だ。呼び出しておいて悠長なことだとは思うが、焦ったところで変わらない。この世界に慣れつつ以前と変わらない鍛錬することで冷静を保っている」
「そうなんだ」
時政の本音を聞いて安心したのが半分、自分を恥じたの半分。
最初から状況を楽しんでいた美雨はさておき、時政も表に出さないだけで慣れる努力をしていたから今があるんだと。
「春雪殿は注意深く冷静で賢いが人馴れしてないように思う。美雨殿のように簡単に人を信用し過ぎるのも考えものだが、私たち四人がこの世界で生き残るためには互いに背中を預けられる者にならなくてはならない。一人で戦い勝てる程度の相手ならば四人も呼ばれてないだろう」
背中を預けられる者=信頼できる者。
警戒心の塊である春雪の一番苦手とする分野。
ただ、一人では生きられないことは春雪にも分かっていた。
「……もし俺が役立たずの勇者だったらどうする?」
「役立たず?」
「勇者の能力は他の三人と違って未知なんだって。魔法が使える勇者も居れば使えない勇者も居るらしい」
三人は既に強くなれる能力が判明している。
でも勇者の春雪は〖精霊王召喚〗というものが使えることしか分からず、それすらもたった一度だけしか使えない。
他の三人は得意分野が分かっているからこそ、一人だけ何も分からない春雪が不安になるのも仕方のないことだった。
「私は逆に剣や武術に特化していると分かってる時点でどんなに鍛えてもいつか頭打ちがくる。未知ということは春雪殿には無限の可能性があるということだろう?羨ましい話だ」
そう言われて春雪はキョトンとする。
その初めて見る年相応の表情に時政はプっと笑う。
「板に書かれた情報で特化した分野が分かっても実際に使えるのか分からないのは私も美雨殿も柊殿も同じ。今までの常識になかったものを一から始めるのもみな同じだ。春雪殿の抱える不安も焦る気持ちもよく分かる」
同じ立場だからこそ共有できる不安。
四人の中で最年長であり何事にも落ち着いて見える時政にも不安はあるのだと知って、少しだけ気持ちは楽になった。
「ありがとう。話を聞いてくれて」
「私で良ければいつでも話そう。意見を出し合うことで解決することや楽になることもあるだろう。互いを知るためにもな」
「うん」
生きたいなら信頼関係を築かないといけない人たち。
そう思うものの、問題なのは美雨との信頼関係。
召喚の日も異世界に興味津々の美雨が勇者や魔王を当然居る物のように話を進めてしまって悩む時間もなく、質問しても納得できる回答を得られる前にあれこれ話題を変えられ、今ここで質問しても意味がないと諦めただけ。
興味が一番で物事を深く考えず周りも巻き込んでしまう美雨と、リスクを考え臆病なほど慎重に行動する春雪は正反対。
お互い良くも悪くもプラスとマイナスに振り切れた迷惑な者同士が信頼関係を築ける自信など今の春雪にはなかった。
心にあれもこれもとマイナス面だけがかさむ。
臆病な春雪は、沿道で嬉しそうに手を振る人たちを感情のない目でただぼんやりと眺めていた。
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