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第零章 先代編(前編)
準備
しおりを挟む「寝不足か?」
勇者宿舎の会議室。
何度目かのあくびをしたのを見て時政が問いかけると、春雪はスケッチブックを開いて文字を書く。
『ううん。いつもと変わらない時間に寝た』
「睡眠の質が悪かったのか」
『かも。夢を見たことは覚えてるけど』
「夢?」
『内容までは覚えてない』
夢を見たことは覚えてるけど内容は忘れた。
不思議な夢だった気がするんだけど。
「おはよ!」
「おはようございます」
「おはよう」
『おはよう』
ひと足遅れて会議室に来た美雨と柊。
時政は声で、春雪は書いておいたスケッチブックを見せて二人に挨拶する。
「春雪さんお久しぶりです」
「体調はもう大丈夫なの?」
『体はもう大丈夫。ただ声が出なくて筆談になるからまだ暫くは面倒かけるけどごめん』
勇者の三人と会うのは晩餐の日以来。
先に来た時政にも聞かれた問いにスケッチブックに書いたそれを見せる。
「面倒なんかじゃないから気にしないで」
「書く春雪さんは大変だろうけど」
「それは言えてる。でも元気になって良かった」
『ありがとう』
時政もそうだったが体調を気遣う二人に春雪の口許は緩む。
研究所を出てから人を避け生きていた春雪にとって他人と接する不安はまだ拭いきれていないが、こうして直接顔を合わせることも悪いことばかりではないと思えるようになってきた。
地球でも登校していたらこんな感じだったんだろうか。
明るく会話する時政と美雨と柊を見ながらそう思う春雪。
春雪の居た時代の学校は登校して受ける授業とオンライン授業を自由に選べる。
わざわざ危険の伴う外に出る必要性を感じなかった春雪はオンライン授業を受けていたが、登校して授業を受けていた人たちはこういう交流を目的にしていたんだろうかと。
ただ春雪の場合は仕方がなかったというのもある。
表向きには春雪が人工生命であることを知っているのは各国の政治家や研究者だけだが、その中から裏切り者が現れ情報が漏れることもある。
悪巧みする者からすれば、世界中の研究者たちが力を注ぎ政治家も新人類として期待している春雪の存在は格好の的。
実際に拐われそうになった経験もあった。
疑心暗鬼になり周りの人が敵に見えてしまうのも仕方ない。
「おはようございます」
会議室に入って来たのは魔学の講師と師団。
その後にイヴと見知らぬ男二人続けて入ってきたのを見て、立ったまま喋っていた美雨と柊も春雪と時政の前の席へ座る。
「勇者さま方おはようございます」
『おはようございます』
教卓に立ったのはイヴ。
声の出ない春雪は頭を下げて挨拶する。
「本日の外部訓練の注意事項をお話しする前に、ギルドカードを発行するための個人情報をいただきます。そちらに居る王宮ギルド職員二名から箱をお受け取りください」
イヴが早速本題に入ると王宮ギルドの職員らしい男が黒の箱を勇者四人の前に置く。
「皆さまは魔力をお持ちですので箱に手を置きゆっくりと魔力を流してください。上手く魔力が通ると箱が光りますが驚いて手を離してしまうと情報を得られずやり直しになりますので、光がおさまるまで手を離さず流し続けてくださいますよう」
手のひらより少し小さめの箱。
言われた通り四人は手を置いて魔力を流す。
「眩し!」
「なにそれ。柊の眩しいんだけど」
「春雪殿のも眩しい」
「ほんとだ。どういうこと?」
「魔力量が多い者ほど光も強くなります」
「そうなんですか」
目がチカチカしそうなほどの光を放つ柊と春雪。
既に魔力量が一万を超えている二人の光が強いことはやる前から分かっていたが、教卓から様子を見ているイヴは別の着眼点で髭を撫でる。
これが勇者や勇者一行の魔力色か。
やはり勇者たちの魔力色はこの世界の者とは違う。
聖女の美雨の光は白色、魔導師の柊は灰色、剣士で格闘士の時政は赤色、そして勇者の春雪は金色。
魔力や魔力量の数値が高い者であれば相手の使った魔力の気配を感じ取ることはできるが、魔力の色が見える者は稀。
ここに居る者の中でも色が見えている者はイヴだけで、他の者に見えているのは光の強さの違いだけ。
「いや、もう一人」
「いかがなさいましたか?」
くすりと笑い呟いたイヴに問いかけた講師。
「勇者さま方の魔力量は素晴らしいと思ってな」
自分の手元と他の勇者三人を見比べ首を傾げる春雪を見ながら講師に答えたイヴはニヤリと笑みを浮かべる。
「おっしゃる通りで。この光の強さで覚醒前なのですから」
たしかに覚醒前でこれはさすが勇者と勇者一行。
物理攻撃特化型の時政ですらこの世界の魔術師と変わらない魔力量なのだから恐ろしい。
ただそれよりも特殊なのはその美しい魔力色。
中でも色の見えている春雪の潜在能力は計り知れない。
「お疲れ様でした。これで王宮ギルドへの冒険者登録が完了しましたのでカードをお受け取りください」
四人の光がおさまったあとギルド職員が箱を開けて中からギルドカードを取り出しそれぞれに手渡す。
「そのギルドカードには名前や年齢や冒険者ランクといった情報が登録されています。王都を出入りする際や他の領地へ出入りする際にも必要になりますので紛失しないようご注意を。詳しい説明は書いておきましたので目を通していただければ」
イヴが配ったのは『冒険者ギルド』の説明。
冒険者ランクについて、カードに登録された情報の種類、紛失した際の再発行の手続き方法など事細かに書かれている。
「それともう一つ。お渡しするのは後日になりますが、ギルドカードと同じ情報を登録した装飾品をご用意します。お配りするこちらの紙にも再度魔力を流してください」
次に渡されたのは術式という魔法陣が書かれた紙。
その紙も魔力を通すと眩く光り、それがおさまるとギルド職員がすぐに回収して封筒に入れイヴへと手渡した。
「冒険者登録は以上です。何か質問があれば伺います」
渡された紙に詳しい説明が書いてあるから特にない。
カードや装飾品についてはもちろん、どうすれば冒険者のランクが上がるかなども詳しく書かれているから。
異界から来て何も分からない勇者にも理解できるよう注釈を入れてあるのはイヴらしい配慮だと春雪は改めて感心する。
「もし後々になって聞きたいことが出来た際には聴聞に来た者にお聞きいただければ。繰り返しになりますが、ギルドカードや装飾品は本人以外の者は使えないとはいえ皆さまの個人情報が登録された大事な物ですので大切に保管してください」
見た目は変哲もない金色のプレート。
表面を見ただけでは何の個人情報も分からないが、この世界でも身分証はとても大切なもの。
「ではギルドカードをお預かりします」
「え?預けるんですか?」
「え?身分証なのに?」
イヴと交換で教卓に立った師団へ口を開いた柊と美雨。
たった今イヴから大切に保管するよう説明されたばかりなのに預かると言われたら「え?」ともなるだろう。
「勇者さま方が個人で王都を出ることはありませんので。万が一にも紛失しないようギルドカードや装飾品は国でお預かりして外部訓練の際にだけお渡しいたします」
また愚かな真似を。
回収することを聞かされていなかったイヴは舌打ちしてしまいそうなのを辛うじて堪える。
顔を見合わせる美雨と柊。
時政は腕を組んで春雪も頬杖をつき呆れた顔をしている。
どうしてこうも師団や魔導師は愚かなのか。
百歩譲って紛失しないよう預かるというのはまだ分からなくはないが、『個人で王都を出ることはない』という言葉は余計だろうにとイヴは眉根を押さえる。
「それはいつまでだろうか。確かに今の私たちは力もなく守られる立場なのだろうが、このさき力を付けようと自由に外へ出かけることは出来ないと言うことか?私たちが了承したのは魔王の討伐であって、自由を奪われることは了承していない」
案の定。
しかも愚痴のような問いを口にしたのは普段温厚な時政。
四人の中の年長者で、ある程度のことを受け入れる度量のある彼にまで不信感を抱かせるとは救いのない。
「討伐の日まで訓練以外は王都から出られないの?」
「強くなれば少しは自由にさせてくれるのかと思ってた」
今の生活に自由がないと思っていたのは春雪だけではない。
ただそれも今は自分たちが戦えるほどの強さがないからだと我慢していただけで、時政も美雨も柊も常に誰かしらの監視下にある環境に不満がない訳ではなかった。
「では皆さまが自分の身を護れるだけの力を得た際には外出許可を得られるよう、私が陛下へ進言いたしましょう」
「ミシオネールさま!」
予定になかったことを言い出したイヴにみんなは慌てる。
「ただこれだけは胸に留めておいてください。精霊族の多くの者は地上をお救いくださる力を持つ勇者さまに憧れ慕っているとは言え、中には勇者さまの力を利用するため上手い言葉で誑かし抱き込もうとする者や、国や精霊族の滅びを願い命を狙う破壊主義者も居ることを。そのような愚者からお守りするために外出を禁じているのです。嫌がらせではありません」
チラリと振り返って春雪を見た美雨と柊。
詳細は教えて貰えずとも春雪が体調を崩して寝込んでいたところを何かしらの事件に巻き込まれ復帰が遅れたことや声を失ったことは聞かされていたため、イヴの言うこともわかる。
「自由が許されないのは私たち勇者の身を案じてのことだとは重々承知。だが最も命を落とす可能性の高い天地戦へは行かせるに関わらずそれまで自由を与えないというのは、魔王を討伐する前に死なれては困るという本音が透けて見える」
時政の言うそれは間違いなくこの世界の人の本音。
勇者しか魔王にとどめを刺せないから召喚したのに関係のないことで命を落とさせる訳にはいかない。
だからこそ息苦しいほどの過保護になっている。
「時政さまの仰ることもご尤も。その考えがないと言えば嘘になります。ですがそれだけではなく召喚した国の者の責任として何が何でも勇者さま方をお守りせねばと思っていることも事実です。それが結果として勇者さま方へ不自由を強いることになっている事実も否定出来ませんが」
珍しい時政とイヴのやり取りにキョロキョロする美雨と柊。
それほど時政はいつも大人の対応をしていると言うこと。
軽く溜息をついた春雪はスケッチブックに文字を書いて時政に見せる。
『自分の身を守れるようになったら外出許可をとってくれるらしいし、もう制限しなくても大丈夫と思って貰えるようまずは訓練しよう。俺もみんなより遅れたぶんを取り返せるよう頑張るから。一日も早く強くなって堂々と四人で出かけよう』
それを見て時政はくすりと笑う。
四人で出かけるとは随分春雪らしくない意見だと。
何があったのかまでは教えて貰えなかったが、休んでいる間に春雪も一皮むけたようだと。
「そうだな。今の私は不満を言える立場ではない」
『本当に嫌なことや不満は言っていいと思う。言わないと改善されないし、俺も声が出せてたら文句を言ってた。みんなが言い難いことを代表して言ってくれてありがとう』
微笑した春雪に時政は頭を搔く。
小さな不満が溜まってつい言ってしまっただけのそれに感謝されてはこれ以上なにも言えない。
「幼稚なことを言ってしまった。申し訳ない」
「い、いえ。どうぞ頭をあげてください。私どもも勇者さま方への配慮が足りなかったことは事実ですので」
「数々のご配慮、感謝申し上げる」
頭を下げてイヴに謝る時政とそんな時政を見て笑う春雪。
美雨と柊も後ろに居る二人の方に身体を向けると困った顔の時政をからかったりしながら一緒に笑う。
やはり雰囲気が変わったのは気の所為ではなかった。
誰のことも信用できず他人との間に壁を作って最低限にしか関わらなかった春雪殿が、輪の中心とまでは言えないものの四人で親しげに笑っている。
イヴにとっては春雪のその変化が何よりも驚きだった。
・
・
・
注意事項の説明も終わり講師と騎士を連れ宿舎を出た四人。
王宮地区と王都地区を隔てる巨大な門の前に行くと同行する数十人の騎士や魔導師たちが待っていて敬礼をする。
「こんなに大人数で行くんですか?」
「いえ。半数以上はこの場の警備にあたっている者です」
「厳重ですね」
「勇者さま方と王家が集まるとなるとこのくらいは」
「なるほど」
人数の多さを見てコソッと講師に聞いた美雨。
王子も居るからと考えると警備の人数が多いのも納得。
「第二王妃さまがずっと褒めてたセルジュ王子の顔は覚えてるけど、ドナ王子ってどんな人だったっけ」
「おい。失礼だぞ」
「だから小さい声で話してる」
講師が騎士の所に行った隙に小声で話す美雨と柊。
あの日は自慢話の激しい第二王妃とその自慢話の中心人物にされていたセルジュのインパクトが強すぎたあまりに、他の王子や王女の存在が霞んでしまった感は否めない。
春雪のように他人に興味のない者ではなくとも、それほど第二王妃の印象が強烈だったと言うこと。
「ドナ王子はセルジュ王子の隣に居た人」
「隣……全然覚えてない」
「第二王妃が首席入学したって少し自慢してた」
「……あ、思い出した。大人しそうで優しそうなイケメン」
「うん。あんま似てない兄弟だと思った記憶がある」
「セルジュ王子は第二王妃にそっくりだったもんね」
厳格な印象のセルジュと優しげな印象のドナ。
二人とも第二王妃譲りの赤い瞳は同じでも顔は似ていない。
その理由が父親が違うからという事を勇者たちは知らない。
「セルジュ殿下とドナ殿下に敬礼!」
騎士の声で騎士団と魔導師団が一斉に敬礼する。
綺麗に整列してピタリと合った敬礼をする軍人たちを柊と美雨は興味深く眺めていた。
「勇者さま方。おはようございます」
勇者の四人の前で足を止め挨拶をしたセルジュ。
隣に居るドナも胸に手をあて軽く頭を下げて挨拶をする。
「セルジュ殿下、ドナ殿下へご挨拶申し上げます。勇者春雪さまは本日お声が出せないため、講師の私が代理でご挨拶することをお許しください」
本来なら勇者の春雪が挨拶をするところを講師が代理で挨拶をして春雪と時政と柊と美雨も丁寧に頭を下げた。
「本日はよろしくお願いします」
茶会の時と違って距離感があるセルジュとドナ。
場を弁えた対応なのはさすが王子だと独り感心する春雪。
傍にあまり人の居ない時にでも約束を守ってくれたお礼を伝えようと思いながら、顔をあげてすぐ目が合った二人に微笑してもう一度頭を下げた。
「やっぱり春雪さんの印象が強いのかな」
周りの人たちは早速出立の準備に入って勇者だけになってから美雨がそう言って春雪を見上げる。
「なんで?」
「セルジュ王子もドナ王子も春雪さんのこと見てたから」
「春雪殿は一行を率いる勇者なのだからやはり別格だろう」
時政と柊と美雨は勇者一行で春雪は勇者。
全員が勇者と付くものの、真の勇者は春雪。
つまり『勇者とその仲間たち』と言うこと。
「そうかなぁ。何かもっと別の……まさか恋?」
ハッとしたように言った美雨のそれに柊は吹き出す。
「春雪さんも王子たちも男だから」
「柊ってば時代錯誤。恋愛に性別は関係ないんだから」
「異世界でもその発想って当てはまるのか?」
「そこまでは知らない」
美雨と柊の会話に苦笑する時政と春雪。
今日も高校生組の二人は元気だ。
「春雪さんの居た未来ってどうだったの?私の居た時代は同性のパートナーシップの制度が導入されたばかりだったけど」
美雨たちの居た時代は春雪の居た時代より前の日本。
問いかけられた春雪は右腕に抱えていたスケッチブックを開いてサラサラと文字を書く。
『同性愛者は珍しくないし同性婚も認められてた』
「結婚もできるんだ?」
こくりと頷く春雪。
そもそも人口が少ないから同性婚をする人も珍しくない。
なおさら出生率が下がると思うだろうが精子バンクや代理懐胎や養子の制度が進んでいたため、同性婚であってもそれらを利用して子供を迎える人たちも少なくなかった。
結婚せずに子供も作らない。
そうなってしまうより子供をしっかり育てられる環境の家庭であれば両親の性別は問わないという考え。
当初は反対する国もあったものの最終的には全ての国が同性婚を認めた。
子に恵まれても無事に生まれる保証はない。
例え無事に生まれても生存率が低い。
せっかく健康な子でも貧困で子供を育てられない者も多い。
少しでも人口を増やすためには性別でどうこう言う余裕などなくなり、それでも足りず行き着いたのが春雪のような二つの性を持つ人工生命を作ること。
そこまで世界は追い込まれていた。
「春雪さんの恋人はどっちだったの?」
『居ない』
「前は?」
『恋人が居たことがない』
「えー!モテそうなのに!」
思わず声の大きくなった美雨の口を柊がパッと塞ぐ。
「デリカシーってものをどこに置いてきたんだ」
「恋人が居たか聞くのって駄目なの?友達とでも話すじゃん」
「どっちとか聞くのは失礼だろ」
「同性婚が認められてる時代の人なのに?」
「それとこれは別。すみません春雪さん」
謝った柊に首を傾げる春雪。
春雪の居た時代は既に同性愛や同性婚も当たり前にあることで偏見もなく、どっちと聞くことが失礼だという認識がないために謝った柊の気遣いの方が理解できなかった。
柊が失礼だと思うのは異性愛が一般的な時代だったから。
それが春雪の時代のように当たり前になってしまえば『あなたの恋人はどんな人?』と聞かれたのと変わらない。
「勇者さま方お待たせいたしました。準備が整いました」
講師が呼びに来て春雪はスケッチブックをバッグにしまう。
いそいそしまう春雪を横目に見た時政は、その行動と表情で森へ行くのを楽しみにしていることが分かってくすりと笑う。
どんな心境の変化があったか知る由もないが、何に対しても興味のなさそうな顔をしていた春雪とは思えない変化だった。
・
・
・
王宮門から術式を使い王都門へ。
初めて王都を出る勇者の四人は巨大な門に興味津々。
春雪は拐われた時に王都の外へ出ているものの行きも帰りも気を失っていたから、門を見るのも実際に潜るのも初めて。
「こちらの水晶にギルドカードや情報を付与した装飾品をかざすと案内が流れます。案内に従って前に進んでください」
一旦回収されたギルドカードを水晶の手前で渡され講師の真似をして水晶にかざす勇者たち。
【IDを確認しました。右へお進みください】
「喋った」
「昔風の世界なのにこういうところはハイテク感」
「たしかに」
聞こえてきた機械音声。
美雨と柊は楽しそうに話しながら右へ進む。
「カードをかざすだけで済むのは楽でいい」
美雨や柊とは別の水晶にギルドカードをかざした春雪も時政の言葉に頷いて返す。
「ではまたギルドカードをお預かりします」
右へ進んですぐ待っていた講師に再びカードを渡す。
親が子へ定期の使い方を教えてるかのようだと思いながら。
実際講師にとってはそれに近しい認識。
教えているのが子供じゃないことと定期券じゃないという違いだけで、本来ならば講師が自分の分も含めた五人分のギルドカードをかざせば済むことをあえてやらせただけ。
この世界の常識を知らない異世界人の勇者は子供と同じ。
けれど知らないのはこの世界の常識であり何も知らない子供ではないのだから、この世界の者の都合で子供のように扱われたり大人として扱われたりするそのチグハグさは勇者たちにとって馴染めないことの一つだった。
まあ良い。
それよりも今は森を見に行けることが何より嬉しい。
珍しくご機嫌のわかり易い春雪。
普段の春雪は感情を表情に出さないだけに、柊と美雨も楽しそうなその様子を見てくすりと笑った。
「すっっごい大自然!」
「綺麗に何もない」
王都門を出て見えた景色に驚く美雨と柊。
草花の生えた平原に整備された道がどこまでも続いている。
「王都から一歩出ただけでこれほど景色が変わるとは」
軽く辺りを見渡す時政の横で春雪もキョロキョロ。
初の外出で興味津々な勇者四人をみんなは微笑ましく見る。
「あれが今から行く森かな?」
「恐らくそうだろう」
「何気に本格的な森に行くの初めて」
「元いた世界にはなかったのか?」
「人が作った森林公園ならあったけど自然の森はない」
「右も左も建物だったもんね。山もなかったし」
美雨と柊が居たのは大都市圏。
公園はあっても山や森などなく、どこを見ても建物がある。
緑豊かな場所に行くとすれば学校の宿泊学習くらいなもので、足を運ばなければ見れない所謂都会っ子。
「時政さんの居たところは山とか森とかあったの?」
「私の住居は町中だったが、山はすぐ傍にあった」
「行ったことあるの?」
「ああ。山中に暮らしている者も少なくなかったからな。困っていることや問題が起きていないか毎日巡回へ行っていた」
「そっか。警察官だったんだもんね」
時政の故郷は日本の古き物と近代的な物が合わさった世界。
衣装や生活様式は幕末期のようでも既に車や鉄道はあったし、都会に行けば大きな建物もあった。
ただ時政が暮らしていたのは都会から離れた小さな町。
山もあれば川もあって、勇者の中では一番緑豊かな景色を見慣れている。
歩きながらも会話をする勇者たち。
護衛騎士や講師たちも珍しく会話に花を咲かせている四人の邪魔はせず列の先を行く王子たちに着いて行く。
今日の外出が勇者たちの気晴らしになればと思いながら。
整備された道を逸れて数十分。
立派な木々の生い茂る森の入口に到着した。
「王都森林にも魔物が生息していますので幾度か遭遇することになると思いますが、みなさまを魔物からお守りするため騎士や魔導師が同行しておりますので、仮に遭遇しても驚いて四方に逃げてしまうことがないよう落ち着いてください。はぐれてしまう方が危険ですので」
来る前にも聞いたそれを念押しで聞かされる。
休んでいた春雪以外の三人は既に剣や魔法の実技訓練を一度受けているが、魔物に対峙するのは初めてのこと。
万が一戦う力のない勇者たちが驚きや恐怖でバラバラになってしまうようなことがあれば、例え弱い魔物ばかりの王都森林でも命の危険がある。
唯一戦えるとすれば召喚前から剣を扱っていた時政だけ。
それもどこまでの実力かは一度の訓練で把握できていない。
王子たちだけであれば二名ほどの護衛騎士だけで済んだところを騎士団や魔導師まで同行したのは勇者たちを守るため。
「今になって緊張してきた」
「美雨が一番パニックになりそう」
「自分でも気をつけるけど走り出しそうになったら止めて」
「うん。俺も気をつける」
改めて気持ちを引き締める柊と美雨。
注意をしっかり聞く勇者たちに講師はくすりとする。
「実際に使う機会はないと思いますが、念のため皆さまへ護身用の剣や回復薬をお渡ししておきます」
「……ど、どうやってそのバッグに入ってたの?」
「魔導具の魔導鞄です。皆さまにも小さめの魔導鞄をお渡ししますので回復薬類は中にしまって持ち歩いてください」
話しながら講師が肩にかけていた鞄から出したのは剣が四本と木の箱とウエストポーチが四つ。
初めて見るその魔導具に四人は興味津々。
「便利な鞄だ」
「異世界っぽい。ものすごーく異世界っぽい」
「いわゆるアイテムボックスだよね、これ」
「異空間は闇属性を持つ者にしか習得出来ませんが、魔導鞄は魔法の使えない者でも使えます」
「へー。凄い便利」
剣帯を騎士や講師からつけて貰いながら初めて身につける魔導具に喜ぶ美雨や柊。
時政や春雪も声には出さないまでも鞄の中を興味津々に覗いていて、勇者たちの支度が終わるのを見ている魔導師たちもこの世界の物に四人が興味を持ってくれたことにホッとした。
「昔の自分を思い出します」
勇者の様子を眺めていたドナとセルジュ。
くすりと笑ってドナは小声で呟く。
「私も父上から初めて魔導鞄を貰った時に嬉しかったのを覚えてます。どこまで入るのだろうと色々入れてみたり。異空間を使えるようになった今でも魔導鞄は使いますが、いつの間にか当たり前のものになっていました」
ドナが初めて魔導鞄を持ったのは子供の時。
王都森林での外部訓練へ出る日の前日、ミシェルが緋色宮殿まで来て手渡された。
「私の時も父上からいただいた」
王都では訓練校も魔導校も最初の外部訓練は王都森林へ行く。
それは王子であっても同じで、ドナはもちろんセルジュも初めての外部訓練の際にはミシェルから魔導鞄を貰った。
「恐らく勇者方の魔導鞄や剣も父上が命じたのだろう」
「そうでしょうね。有識者たちは反対したでしょうに」
「あの者たちと父上のお考えは違う。ただ大切に籠へ閉じ込めておくことだけが守る方法ではない」
実践訓練を重ね身を守る術を身につけさせたいミシェル。
怪我をしないよう弱い魔物であろうと戦わせたくない有識者。
どちらも勇者の身を案じてのことではあるが、そのやり方には大きな違いがある。
今回の外出も王都森林へ春雪を連れて行きたいと話した二人の方が驚くほどミシェルはあっさりと認めた。
森林の入口付近だけ、護衛騎士を増やして、など何とか認めて貰えるよう様々な条件を考えていた二人は肩透かしされた。
ただ王位継承権第二位のセルジュが勇者の春雪を連れ出すことに良い顔をしない王太子派も多い。
そのため勇者の外部訓練をかねてセルジュとドナの調査に同行させるということになった。
「勇者さまと話せないのが残念です。近くにおられるのに」
「後で話す機会もあるだろう。それより王都森林だからといえ気を抜くな。勇者ではなくお前が守られるなど笑えない」
「え?兄さんが守ってくださいね?私は研究することしか脳のないひ弱な王子なのですから」
どの面下げてひ弱などと。
魔法であれば兄弟の中でも一番の才能の持ち主であるのに。
魔法と剣を使って数多くの罪人を断罪してきた返り血の狂人の血はしっかりとドナにも流れている。
「ああ。勇者さまは今日も可愛らしい」
獲物を見る目でそんなことを呟くドナを横目にセルジュは小さな溜息をついた。
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「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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