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第零章 先代編(前編)
芽生え
しおりを挟むえ?通ったの?
王城から勇者宿舎に戻った翌日。
夜の聴聞に来た師団から外出許可がおりたと聞かされた。
「勇者を王都の外へ連れ出すなど私どもは反対ですが、陛下とミシオネールさまが許可をしたとあらば致し方ありません」
師団の話にそう付け足したのは有識者。
外出した際の注意点などを説明しに来たとのことだった。
「此度の外出はセルジュ殿下とドナ殿下の森林調査に同行する形になりますが、勇者さまは初めて王都から出ることになりますので明朝ギルドカードをお作りいたします」
ギルドカード?
声の出ない春雪は疑問に思って首を傾げアピールするが、紙を読んでいる有識者はそんな行動に気付かず話を進める。
「王都森林に生息しているのは弱い魔物ばかりですしセルジュ殿下がおられるので万が一もないとは思いますが、念のため魔法を使える魔導師を数名お連れいただきます」
魔法を使える人ならドナ王子がいるのに?
少し見ただけだけど魔法を使って戦ってたけど。
王子だから緊急時以外は魔法を使わせないだけ?
それならセルジュ王子も今回は戦わないのか?
また首を傾げる春雪にも気付かないまま。
声が出ないため筆談するしかない春雪に書いて問う隙も与えず一方的な説明が続き、色々と察した春雪は手に持っていたペンを置いた。
自分の常識はみんなの常識と疑わない人。
悪気はないものの、当然知っているものとして話しているからまさか相手が分かっていないなどとは思っていない。
せめて相手の目を見て話す者であれば、異界人の春雪には分からないことの方が多いということに気付けたのだが。
そのまま数十分。
紙に書かれたことを一方的に説明して自己満足した有識者と、分からないことが多すぎるがあまり考えることをやめ聞き流しながら果物を食べる春雪の図が出来上がった。
「それでは勇者さま、ごゆっくりお休みください」
部屋を出て行く師団と有識者に頭を下げた春雪はドアが閉まると同時に溜息をつき有識者が置いて行った紙に目をやる。
大切なことだから直接説明しに来たんだろうに、相手に伝わったかの確認もしないなら最初からこの紙を渡すだけで充分。
あ、みんなで行くんだ?
紙に目を通して気付いたそれ。
春雪だけでなく美雨や柊や時政の名前も書いてある。
調査の目的は森林に生息する植物や魔物に異変がないか。
もう一つはドナ王子が研究に使う植物の採取。
そして勇者の社会見学を兼ねた課外授業。
うん、紙の方が詳しい説明がのってて分かりやすい。
ギルドカードというのも以前シエルが話していたギルド登録をすることで貰える身分証のことらしい。
勇者は明日の八時に宿舎の会議室へ集合してカードを作り、十時に城門前で王子や騎士や魔導師たちと合流するとのこと。
最後まで読んで作成者の名前を見て納得する春雪。
異界から来た勇者にも分かるよう所々に注釈を入れてあるそれを作成したのはイヴだった。
セルジュ王子とドナ王子に感謝しないと。
話してみるとは言ってたけど、本当に話してくれるとは。
明日しっかりお礼を言おう。
初めて森林浴ができるとあって春雪は上機嫌。
自然豊かなこの世界の森林ならば昔の日本のように色んな植物や動物が見れるのだろうと。
コツンと窓に何かが当たった音。
風が強いのか?と思いながら再び紙に目をやるとまたコツンコツンと音がして、首を傾げ不思議に思いながら窓を開けた。
「体調はよくなったようだな」
狭いバルコニーに姿を現したのはレオと黒蛇。
春雪は一瞬驚きで固まったあとすぐにハッとして慌ててレオの腕を掴み部屋の中へと引き入れる。
誰かに見つかったらどうするんだ。
そう口を動かすとレオは首を傾げる。
「声が出ないのか?」
春雪が頷くとレオは春雪の顔に手のひらを添え顔を近付ける。
「解呪」
蛇の目みたいだ。
至近距離で見た縦長の瞳孔。
水色の虹彩に焦げ茶の瞳孔が綺麗だ。
「どうだ?」
「?」
「声を出してみろ」
そう言われて「あ」の口に開いたそこから声は出ない。
今までと変わらず洩れるのは空気だけ。
「咒ではなかったか」
まじない?
呪いをかけたりするあれ?
「誰かに咒をかけられたのではと試しに解呪してみたが、これでも話せないのなら春雪自身の体の病や心理的な要因で声が出なくなったんだろう」
レオの解呪は人のかけた呪いや薬を用いた毒物の解毒はできるが、病が原因のものまでは治せない。
解呪できないと言うことは春雪の心や体が原因である証拠。
春雪はちょっと待っててとジェスチャーしてテーブルへ行くとスケッチブックに書いてレオに見せる。
『検査で異常がなかったから心因性だと思う』
失声症の原因は声帯の異常。
神経麻痺やポリープなどの病は見つからなかったから、心理的な起因で心因性失声症になったと考えるのが現実的。
「文字が書けるのか」
『そこ?』
「この世界では文字を読み書きできない者が多い」
識字率の差。
この世界での学校は義務教育ではないため授業料も高く、行かない一般国民の方が多く識字率が低い。
春雪の周りは王家の者や国仕えばかりだから筆談での会話が成り立っていただけ。
『レオは読めてる?』
「ああ。私は読めるが、声での会話が出来ないとなるとこの先苦労することもありそうだ」
声も文字も駄目ならコミュニケーションをとるのが難しい。
ボディランゲージだけで全てを伝えるには限界がある。
「いや。あまり気にすることではないか。文字の読み書きが出来ない者が多いのは平民。勇者は接する機会もないだろう」
『たしかに』
勇者と一般国民が接する機会はないに等しい。
姿を見る機会でさえお披露目を目的とした召喚祭だけ。
少なくとも自衛できる力を得るまでは勇者が一般国民の前に駆り出されることはない。
『まあそのうちまた喋れるようになると思う』
失声症になった原因を今もまだ思い出したり気分が沈んでいるというならばそれに合わせた治療も必要になるが、一時的に衝撃を受けはしたものの今の春雪は普段通りに過ごせている。
心の問題だけに治療方法も治癒するまでの期間も人それぞれだが、数週間から一ヶ月ほどで治る場合がほとんど。
『ところで要件は?』
「様子を見に来ただけだ」
『わざわざありがとう。声以外はもう大丈夫』
催淫香の影響が残ったのは二日ほど。
屋敷でドナが浄化魔法をかけ効果を薄めたあと城に連れ帰られてからもイヴが一日二回浄化をかけることで完全に抜けた。
二日後に春雪が目覚めたのも効果が抜けきったから。
『改めて、あの時は助けてくれてありがとう』
春雪が目覚めた時には既にレオの姿はなかった。
しっかり礼を出来なかったことが気がかりだったが、直接伝えることができて漸く春雪の気がかりもなくなった。
「自分を拐う手筈を整えた私に礼を言うのか」
『レオのしたことを正当化するつもりはない。ただ、大切なものを盾に取られたら俺もそうしてしまうかもと思うし、最終的には助けてくれたのが事実なんだから礼を言うのは当たり前』
したことは悪いことでも春雪にとっては命の恩人でもある。
それに屋敷に捕らえられていた人や魔物を逃がしていたのを見ただけに根っからの悪人だとは思えなかった。
「では礼を貰おう」
春雪の腰に手を回して見せているスケッチブックを下にさげたレオの顔が近付き唇が重なる。
「…………」
軽く重ねすぐに離れて見えたのは赤い顔で固まっている春雪。
レオは春雪のそんな姿にくすりと笑い再び重ねる。
怒るか逃げるかの場面だろうに礼だからと逃げないのか。
拒否しなければ同意したものと捉えられるというのに。
なんとも危なっかしい勇者だ。
『なんでこんなことするんだ?』
レオの体を少し押し返した春雪はスケッチブックを見せ伝えたいことがあることを表して走り書きしたそれを見せる。
「なんでとは?」
『覚えてないけど、あの日にしたのは悪化させないための応急処置だったんだよね?今日のこれはなんのため?』
レオの体液には催淫効果を薄める効果があるから、体液の中でも一番簡単に与えられる唾液を摂らせるためのキス。
その話を聞いて人工呼吸のようなものかとあの日のことは納得できたが、今日のこれはする意味のないもの。
「なんのため?したくなったという以外に何がある」
『みんなそんな感じでキスするの?』
「人によって違いはあるだろうが、愛らしい可愛らしいなどの好意的な感情を抱いたらしたくなるのではないか?」
『レオがしたのも好意的な感情があって?』
「ああ」
顔の火照りで自分の顔が赤くなっていることに気付いた春雪はスケッチブックで顔を隠す。
研究所で育ち外の世界に出てからも人を避け生きてきた春雪にとって、例えキスでもそんな目で人に見られた経験がない。
実際には本人が気付かなかっただけなのだが。
『そうなんだ』
そう書いたスケッチブックで半分隠れながらレオを見る春雪。
恥ずかしがりながらも嘘か本当か表情を確認してしまうところは春雪らしい。
「ラング?」
レオの肩から春雪の額をペロと舐めたラング。
その行動に春雪は驚きレオはくすりと笑う。
「気を付けた方がいい。行き過ぎた好奇心は身を滅ぼす」
「?」
スケッチブックを春雪の手からとったレオは腰に回していた手でもう一度引き寄せ、今度こそしっかり唇を重ねた。
ラングの餌は性。
そのため、餌にありつけそうなその手の感情に敏感。
つまり春雪もいま少なからずその気があると言うこと。
それがレオへの興味ではなく行為への好奇心だったとしても。
「一つ教えておこう。私の種である夢魔は性に特化した種族だ。気に入られては大変なことになるぞ」
レオは邪龍種の雄性夢魔。
邪龍種は気に入ったものに対して執拗な種族。
そして夢魔種は雌性夢魔も雄性夢魔も人を魅了する性質を持っている上に、性技も達者で絶倫という特徴がある。
その両方を兼ね備えているレオは初心な春雪にとって苦労する未来しか見えない相手。
部屋着の肩をするりと落とされ甘噛みされた春雪は驚く。
まさかキス以上のこともされる?
性欲自体を体験したことがなかったために今までは欠落していたその手のことへの好奇心はわいたが、実際に経験してみるほどの覚悟はまだできていない。
ガチガチに固まっている春雪の反応にレオは甘噛みしている口許を笑みで歪ませる。
なんとも初々しい。
普段私が相手する者にはない反応だ。
どうやらこの勇者には私の魅惑者の効果が効かないらしい。
魔法や言ノ葉のように発動させる能力ではない潜在能力が効かないとなると、この勇者も私と同じ魅惑者に似た潜在能力を持っているか、効果を跳ね返す潜在能力を持っているか。
いや、催淫香が効いたのだから跳ね返す潜在能力ではない。
この勇者も人々を魅了するような潜在能力を持っていて、私の魅惑者の効果が相殺されているのだろう。
手に入れたい者には効かないとは。
さすがは精霊王に愛されし勇者。
スっとレオが離れて春雪はきょとん。
キスの先までされるのではないかと思っていたのにあまりにもあっさりと離れたものだから肩透かしされた気分。
「なんだその顔は。この先もして良かったのか?」
くすりと笑ったレオに春雪は大きく首を横に振る。
「そこまで嫌がられるとは」
嫌がった訳ではない。
ただ、まだその覚悟ができていないだけで。
……あれ?
「…………」
かぁっと顔を赤くした春雪。
レオの『この先もして良かったのか?』の問いを否定したのは『まだ覚悟ができていないから』という理由で、レオとその手の行為をするのが嫌で拒否したのではないことに気付いて。
人を信用したい気持ちはあるのに、生まれ育った境遇故に誰一人心から信用することの出来なかった春雪が抱いた感情。
それが何かはまだ分からなくとも、少なくとも春雪にとってレオは体を委ねてもいいと思える対象であると言うこと。
火照る顔で見上げれば不思議そうなレオの顔。
体は両性であっても自分を男性だと認識して生きてきただけに性の対象は異性になるものだと思っていたが、まさか男性が対象になるとは春雪本人にも驚きでしかなかった。
なんと無防備な勇者なのか。
このまま寝具へ運んでしまっても受け入れるのではないかと錯覚してしまいそうだ。
春雪とはまた違う葛藤をするレオ。
言霊の血継能力を持つレオは原始の夢魔。
性行為で相手の魔力や精を得ることで腹が満たされる。
食事をすることと変わらないそれに躊躇や罪悪感はない。
それにも関わらずまさか手を出すことを躊躇する相手が現れるとは、レオはレオでまさかの感情だった。
初めて躊躇を覚えたことに困惑するレオ。
初めて芽生えた他人への感情に困惑する春雪。
苦悩する二人は暫く見つめ合うことしかできなかった。
そのまま幾許か。
「森へ行くのか」
沈黙を破ったのはレオ。
話題を探してテーブルに置いてあった紙が目に入り、それに手を伸ばしてそれとなく距離をとる。
傍に居ては自分を抑えられる自信がなかった為に苦肉の策で。
『勇者の課』
そこまで書いてハッとした春雪はレオの手から紙を取る。
「私が他の勇者や王子の命を狙うと思っているのか?」
春雪にとってレオは命の恩人。
誘拐もラングを盾に取られ従っていただけだからそんなことはしないと思うけれど、行くのが自分だけならまだしも他の勇者や王子も居るのだから万が一も許されない。
『レオのことはこれからも信用していたい。だから疑惑に繋がるようなことは避けたい』
もし森で誰かに狙われるようなことがあれば、予定を知っている数少ない中の一人であるレオを疑ってしまうかも知れない。
この人のことは信用しても大丈夫なのではという気持ちが芽生えたからこそ、その信頼を失うのが怖い。
『もう二度とレオに武器を向けたくない』
一度目は監禁された部屋の中で。
あの時は自分を誘拐した一味の者への行動だったけれど、レオのことを知った今はもう銃口を向けたくない。
それが春雪の正直な気持ち。
「たった数時間ともに居ただけの私を信用するとはどこまでも甘い勇者だ。こうして部屋へ招き入れ簡単に距離を詰めさせてしまうのだから危機感のない」
スケッチブックを持つ春雪の細い手首を掴んだレオは強引に引き寄せ口付ける。
「私は魔族。勇者の敵だ」
レオは魔族。
勇者にとって魔族は天地戦で戦うことになる敵。
敵だと疑いもせず簡単に部屋へ招き入れてしまう危機感のない春雪に『人を疑うこと』を教えるため、あえて真実を伝える。
「その顔はやはり竜人族が魔族だと分かっていなかったのか」
驚いた表情をする春雪にレオは口許を皮肉に歪ませる。
出来ることなら知らずに居て欲しかったが仕方ない。
「もう分かっただろう?私は敵なのだと」
大きく首を横に振る春雪。
レオを見上げて何度も何度も振る。
「……なぜ否定する」
あの時の反応で魔族だと気付いていないことは察していた。
だから魔族だと話したと言うのに、なぜ否定するのか。
レオは俺を殺す?
掴まれた腕では文字を書けずに口を動かして問う春雪。
その声にならない問いに躊躇してレオが手を離すと春雪はすぐにまたスケッチブックに文字を書く。
『敵ならどうして殺さない?あの時も今も殺せたのにどうして殺さない?言わなきゃ警戒心を持たせず簡単に殺せたのに』
レオならば今の春雪を殺すのは赤子の手をひねるようなもの。
何度でも殺せる機会はあった。
『俺の敵は俺に刃を向ける者だ。レオが本当に敵なら今ここで俺に刃を向けろ。そしたら二度と信用しない』
春雪の敵は魔族ではなく自分を殺そうとする者。
そこに種族は関係ない。
春雪の力強い目で本気でそう思っているのだと伝わる。
精霊族は魔族を滅ぼす敵。
魔族は精霊族を滅ぼす敵。
それがこの世界での常識。
けれど春雪にその常識は通用しない。
魔王や魔族を討伐する者として召喚されたからといって、言われるがままに従う容易い勇者ではないのだ。
「できるはずがない。私には春雪に刃を向ける理由がない」
レオもこの世界の者としては珍しい同じ考えを持った異端者。
勇者であろうと自分に刃を向けない限り殺す理由がない。
ラングを捕獲されなければ興味のない地上に来ることも勇者や精霊族と関わりを持つこともなかった。
『じゃあレオは敵じゃない』
そう書いて見せた春雪が笑みを浮かべていて、安堵の伝わるその表情にレオの鼓動は早くなる。
どれだけ甘い勇者なのか。
言葉など幾らでも偽れると言うのに。
「そのように警戒心のない顔を容易く見せるな。誰かに騙されやしないかと心配になるだろう」
そう言って腕におさめたレオの背に手を回した春雪。
その腕の中の居心地のよさに微笑する。
レオは知らない。
本来の春雪はレオが知る以上に警戒心の塊だと言うことを。
警戒心が薄いのはレオが相手だからと言うことを。
春雪の感情は恋や愛ではない。
自分を助けてくれた人への信頼と性への好奇心。
けれど警戒心の塊の春雪から信頼を勝ち取ること自体が容易いことではなく、その時点でレオが春雪の特別な存在になったことだけは間違いない。
ミシェル、イヴ、レオ。
地球では誰一人信用できなかった春雪にとって『この人は信用しても大丈夫かも知れない』と思える人が現れたことは、何よりも大きな心の変化であり嬉しいことでもあった。
・
・
・
「愚かだと言いたいのか?」
春雪が眠るまで筆談で会話を続けたあと、深夜の静まり返った夜道を歩くレオは肩に乗っているラングの体を撫でる。
「私もそう思う。だが出来なかった。誰かの記憶から消えることを恐ろしいと思ったのは初めてだ」
レオがわざわざ宿舎の部屋まで訪ねたのはただ様子を見るためではなく、春雪に残されている自分の記憶を消すため。
「全て終わったと言うのにな」
既に春雪以外の者の記憶は消されている。
二妃はもちろん、王妃に従い捕まった者たちの口からもレオやラングの話が出ないのは誰も覚えていないからだった。
「春雪のことに関しては私が愚かだと認めるが、ラングも反省しろ。地上へは行くなとあれほど忠告したと言うのに」
事の始まりはラングが地上に出てしまったため。
黒蛇のラングは珍しい魔物として扱われることが目に見えていたため行くのは魔層の中までと言い聞かせていたのに、好奇心から地上に出て捕まり珍しい物や美しい物を好む二妃へと売られてしまった。
血継能力の〝言霊〟は能力を得た者の体を蝕む危険な能力でもあって、能力の一部を分けた眷属の邪龍を作る。
そのため主が〝言霊〟の真の力を解放するには邪龍が必要。
眷属の命が尽きれば主に能力が戻って新たな邪龍を生み出すことは可能だが、ラングは封印牢に閉じ込められていただけで生きていたためレオは能力の一部を封じられた状態にあり、取り返すには王妃の命令に従い奪還の機会を窺う他なかった。
「調子のよい」
細長い舌でレオの顔を舐めるラング。
甘えればごまかせると思っているのが小憎たらしくはあるが、レオにとっても自分が作ったラングは大切な存在。
もし王妃がラングの命を奪うようなまねをしていたら、例え能力はレオの元へ戻ろうとも首を落としに来ていただろう。
「腹が減ったのか。では街へ帰ろう」
ひとけのない静まり返った王宮地区。
レオは勇者宿舎の方角を少し振り返る。
「よい夢を」
ケープのフードを深く被ったレオの姿は闇夜に溶けた。
・
・
・
春雪が目を覚ましたのは木々の生い茂る森。
「ここどこ?」
見知らぬ景色を見渡すと美しい泉が目に入る。
その泉で沐浴している白く長い髪の人物。
周りには白の発光体がふわふわ飛んでいた。
「すみません」
背を向けている人物へ問いかけても振り返らない。
男性?女性?
長い髪で身体が隠れていてそれすら分からない。
『**』
……今、俺を通り抜けた?
春雪にぶつかることなく通り抜けた長い髪の人物。
泉で沐浴している人物の元へ行く。
人が身体を通り抜けるなど現実ではありえない。
しかも二人は俺の存在に気付いてないようだ。
こんなに傍に居て気付かないなど、それもありえない話。
明晰夢というやつだろうか。
これはただの夢だと考えた方が現実的。
『**』
ああ、夢だ。
白く長い髪の人が振り返り確信する。
二人が俺を認識してないように、俺も白く長い髪の人の顔に霧がかかっていて見えない。
『**』
『**』
言葉も分からない。
この夢は何を表しているのだろう。
森や泉は美しい景色への憧れから見たものだとして、あの二人は一体。
「角がある」
沐浴をしながらも親しげな二人の様子を見ていた春雪は、後から来た長い髪の人物の頭に黒の角が生えていることに気付く。
高い背に三日月型の大きな角。
鋭利なそれは昔の映像で観た闘牛の角のようだ。
白く長い髪の人物と角の生えた赤茶の長い髪の人物。
現実で見たこともなければ考えたこともない人物像の二人が自由に動いているのを見るのはまるで映画を観ている気分。
「恋人同士か」
抱擁も頬へのキスもまさしく恋人同士の戯れ。
表情も言葉も分からなくても雰囲気で幸せそうなのが伝わる。
「性欲が芽生えたから裸体なのか?」
独りこの夢の意味を考える春雪。
「もっと単純に恋人同士への憧れがあるとか?」
そうだとするなら無意識の憧れによる夢。
いまだかつて一度も恋人同士を羨ましく思ったことがない。
「寝る前のアレが原因かも」
レオの抱擁とキス。
あの経験がこの夢に繋がった可能性はある。
自分にとっては頭に残る強烈な経験だったから。
自分やレオではない見知らぬ人なのは恥ずかしいからか?
こういう経験をしてみたいという無意識の願望なのか、今まで幾つも観てきて既に忘れている映画のワンシーンなのか。
「……え?」
白く長い髪の人物から生えた純白の翼。
角の生えた人物は漆黒の翼。
二人はその大きな翼を広げる。
「天使と悪魔?」
白の翼といえば天使。
黒の翼といえば悪魔。
そのくらいのイメージはあったもののまさか夢に見るとは。
「綺麗だ」
角の生えた人物が白く長い髪の人物の翼を優しく撫で洗ってあげている姿はやはり映画を観ているかのよう。
緑豊かな森に射し込む光で泉の水面がキラキラ輝いてなおさらそう思う。
発光体の舞う幻想的な光景。
美しい景色に美しい天使と悪魔。
いつの間にか夢の意味を考えるより映画を観ている気分で春雪は二人を眺めていた。
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