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第零章 先代編(中編)
緋色宮殿
しおりを挟む「どうしたものか」
ドナ以外の、マクシム、セルジュ、リディ、春雪の四名から報告を受けたあと、あの場にいた護衛騎士からイヴが集めた報告書にも目を通したミシェルは眉根を押さえる。
「どれのことですかな?」
「春雪の願いのことだ」
報告内容はイムヌ公爵のことも含め、考えることは山積み。
主人の生徒は稀少な亜種をどこから入手したのか、訓練校はラムシュヴァルが使役状態にあるかを確認したのか、したのであればどのような方法で使役状態にあると判断したのか等々、調査なしに一朝一夕で片付くことではない。
調査が必要なそれらは今考えても結論を出せない。
今ミシェルが悩んでいるのは春雪が口にした願いのこと。
「勇者と勇者一行は天地戦のため召喚したのであって、それ以外の戦に立たせるつもりはない。天地戦の切り札となる精霊王の力を使えるのも聖剣を使えるのも勇者ただ一人なのだから、危険があれば勇者を優先して護る必要がある」
それが勇者召喚を担うブークリエ国の役割であり、エルフ族国家の聖地アルクは勇者にかかる金銭的な援助を行っている。
赤い月が昇るたび同じ歴史を繰り返してきた。
「春雪殿はなにも戦に立たせろとは申しておりません。自らの目の前で戦い傷付く者が居るに関わらず、危険だからと戦わせて貰えないことが心苦しいと申したのです」
報告を終えた春雪が言ったのは『自分も戦わせて欲しい』。
どれだけ自分の力が役に立つかは分からないが、少しでも役に立てるのであれば自分も一緒に戦いたい、と。
「陛下には春雪殿のお気持ちが分かるのでは?国王という立場の自分を護るために戦い力尽きる軍人を見てきたのですから」
国王が落ちては国が揺らぐ。
軍人は国のため民のため、その身を呈して国王を護る。
同じ『護られる側』の立場だからこそ春雪殿の気持ちが誰より分かるはず。
「陛下も大人しく護られる国王ではありませんよね。護衛も付けずお一人で民の生活を見に城下へ参られるわ、軍人よりも前に出て戦うわ。自分がその場に居て戦う必要性がある時と限定した春雪殿の願いの方がよほど可愛らしい」
イヴからしてみればミシェルも春雪も似たもの同士。
戦える力を持ちながら護られる側に回ることが苦しいのだ。
「私が朽ちても愛児が居る。だが春雪の変わりは居ない。一国の主と全精霊族の救世主である勇者。万が一失った際の民への影響は比べるまでもない」
ミシェルと春雪では規模が違う。
魔王を倒せる唯一の者である勇者の春雪には地上層に生きる全ての精霊族の命運がかかっているのだから。
「申されていることはご尤も。ですが春雪殿の葛藤も理解できます。魔王という最大の敵とは戦えと言われるに関わらず、それ以外では戦うなと大切に保護され目の前で人が亡くなって行く。今回は特に顔馴染みの者の命がかかっていたのですから、共に戦えないことは身を裂かれる思いだったでしょう」
だからこそあんなにも涙した。
力を持ちながらも戦わせて貰えない悔しさと、人の死を目の前で見た衝撃と、親交のある者を失うかも知れない恐怖と、生きていたことへの喜び。どれほど感情を揺さぶられたことか。
「陛下。勇者方が何ものにも代え難い存在であることは私も同じです。ですが、もっと勇者方の声に耳を傾けてください。精霊族はもちろん、自らの命もかかった天地戦がいつ開戦するかわからない彼らにはあまりにも時間がない。取捨選択する権利は命運を託す私たちこの世界の者ではなく彼らにあるのです」
ミシェルは椅子に背を預け深く息を吐く。
まだミシェルが国王となる前からの教育役であり、現在も国王の右腕として支えるイヴだからこそ言えること。
「勇者方と話し合う場を設ける。同席するのはイヴのみ。勇者方には事前に不満や要望を考えておいて欲しいと伝えろ」
「承知いたしました」
どこまで勇者たちが心の内を明かしてくれるか分からない。
けれど今までのように誰かを挟むのではなく、直接勇者たちから話を聞き表情を見て判断しながら改善点を話し合う。
・
・
・
一方緋色宮殿では。
ベッドで眠るドナの傍に居るのは春雪とセルジュとマクシム。
普段マクシムが緋色宮殿に足を運ぶことはないが、今日はさすがにドナの様子が気になって足を運んだ。
報告後に宿舎に戻った春雪も居るとは思いもしなかったが。
「勇者さま。お食事の支度をさせますので本日はこちらでお召し上がりください。勇者宿舎へは伝達いたします」
「お手数をおかけして申し訳ございません」
「いえ。むしろ料理人が喜びます」
勇者の食事を作る機会を貰えるのは料理人にとって誉なこと。
一度目の訪問で女生徒の姿をしていた時は表情には出すことのなかった使用人たちも、湯浴みを済ませ元の姿に戻った勇者が護衛騎士を連れ宮殿へ訪れた時には動揺を隠せずにいた。
それほどに勇者とはこの世界の者にとって特別な存在なのだ。
「マクシムはどうする。ここで食事をするなら用意するが」
さてどうするか。
セルジュに問われて考えるマクシム。
今までであれば即座に断ったが、今日一日を通してセルジュやドナのことをもっと知る努力をするべきではないかと思ったことは事実で、食事の席はよい機会とも言える。
「では私もいただこう。手数をかける」
「構わない。私やドナは食への興味が薄い。勇者さまやマクシムの居る今日は作りがいがあるだろう」
やはり私が警戒し過ぎていたのだろうか。
王位を継承するためであれば現国王の父上や王位継承権第一位の私のはもちろん、グレースやフレデリクといった王位を継ぐ可能性のある者の暗殺も辞さないように思えたのだが。
いざ勇者の護衛を共に勤めてみれば民を気遣う姿も見られた。
冷酷で民を見下しているとの噂を聞きそれを鵜呑みにしていたつもりではなかったが、あの二妃とそっくりなだけに無意識にも偏見の目で見ていただけなのだろうか。
今日一日の行動で信用する訳ではないが、父上の血を継ぐ我々はやはり互いを知る機会を設ける必要がありそうだ。
扉の外に居る従者にマクシムと春雪の食事も支度するよう指示をして再びドナの寝室へ戻ったセルジュ。
なんとも不思議な光景だ。
ドナの眠るベッドの傍に居るマクシムを見て思う。
王位継承権第一位のマクシムと王位継承権第二位の私は兄妹の中でも一番に互いを避けて生きてきたというのに、今は命じられた訳でもないのにこうしてここに居るのだから。
マクシムが嫌いではないが王位につくためには邪魔だった。
父上も同様に、尊敬する存在でもあるがやはり邪魔だった。
あの淫婦を王妃の座から失脚させるには何としてでも自分が国王になる必要があったからだ。
ただもう、その必要性もない。
精神に異常をきたし王家裁判が行えずまだ王妃の肩書きではあるものの、私やドナやララが嫌い憎んだ淫婦はもう国家反逆者として贖罪の塔から出られることはないのだから。
もし通常に戻ろうと待っているのは重罪人としての醜い死。
我が子を自分が贅沢をするための駒としか思っていなかった淫婦が贖罪の塔で生きながらの死を味わおうと、いつの日か極刑で醜い死を迎えようと、私が同情する日はこない。
例え血が繋がっていようとも全ての親子が子を愛し親を愛せる訳ではないのだ。
国王にならずとも私の願いは既に叶った。
父上にもマクシムにも手をかけることのない方法で。
憎い者だけが私たち兄妹の前から消えるという最善の方法で。
そのきっかけになってくれたのは勇者。
精霊王に愛されし勇者が私やドナやララの環境を変えた。
環境だけではない。
あのドナの心さえも。
「セルジュ殿下。お飲みものをお持ちしました」
「入れ」
思考を遮るようにドアをノックする音と使用人の声が聞こえ、セルジュは入室の許可を出してフゥと息をつく。
「マクシム、勇者さま。こちらに座って少し休息を」
「いただこう。勇者さま、参りましょう」
マクシムは春雪の肩に手を置く。
ずっと眺めていたところでドナが目覚める訳ではない。
それほどにドナのことが心配なのだろうが。
「ありがとうございます」
顔をあげた春雪は頷くと従僕が飲みものを用意しているところにマクシムからエスコートされるがまま行きソファに座り、セルジュとマクシムも対面のソファへと座る。
「ご苦労だった。下がっていい」
「承知しました」
従僕が部屋を出るとセルジュは小さく息をつく。
「今の彼は新人の従僕か?」
「ああ。失礼があったなら詫びる」
「そうではないが手慣れない様子だったのでな」
客に対応する従僕は容姿の良い若い男性を選ぶのが一般的。
彼も若く容姿のよい男性ではあったが、宮殿に勤める従僕としては珍しく不慣れな様子が見られた。
「宮殿の使用人を大きく変更せざるを得なかった」
「……ああ」
第二妃の件があったから。
察したマクシムはそれだけ言って手に持つ紅茶を見る。
「口へ入る物には万が一もないよう複数名で鑑定をかけているから安心していい。止むを得ず大きく変更することにはなったが、みな有識者に選別させた身元のはっきりした者たちだ」
王宮に長く勤めている者が用意した物なら信頼できるが、日が浅い者が用意したとものなると信頼性に欠ける。
警戒心の強いマクシムが疑惑を持ったことに気付いてセルジュはそう付け加えた。
「疑ってすまなかった」
謝罪して口にティーカップを運んだマクシム。
今度はセルジュが不審な表情になる。
今までのマクシムなら謝罪などしなかっただろうし、自分が信用できないものを口にしたりしなかっただろう。
「あの、セルジュ殿下」
「はい。如何なさいましたか?」
二人の会話が終わるのを待って話しかけた春雪。
「言えないことでしたらお答えいただかなくて結構ですが、あれから第二王妃のご様子は如何ですか?」
それか。と、セルジュはティーカップを置く。
「どこまでご存知ですか?」
「救出後に今は裁判の出来る状態にないことと幽閉されていることはご説明いただきました。ただそれ以降のことは気遣われているのか話題にあがらないのでどうなったのかと」
精神を病んだという話は事実だったか。
それが理由で王家裁判は行われないのではとフレデリクから報告を受けたが、あの二妃が病むなど半信半疑だったのだが。
セルジュと春雪の会話を聞きマクシムはティーカップを置く。
「私は席を外すか?」
「いや。マクシムも母上の愚行に巻き込まれて被害を蒙った一人だ。現状を聞く権利がある」
王太子宮殿から勇者が拐われたと言うことは、宮殿に仕える警備兵や使用人はもちろん主であるマクシムの失態にもなった。
そういう意味で被害者なのだからマクシムも無関係ではない。
「結論から申しますと症状は改善されておりません。昼夜時間を問わず唐突に幻覚や幻聴で発狂をして暴れるために、身の回りの世話をする者すら傍に置くことができない状態です」
最初に幽閉された時から症状は何一つ変わっていない。
様子を伺うのは鉄扉の小窓から。
食器類を回収したり清拭したりと中に入る必要性がある際には睡眠魔法を使って眠らせた状態で行われる。
「勇者さまにご安心いただくには今すぐにでも王家裁判を行い裁かれることが一番なのですが、症状が改善されていないため幽閉することしかできない状態です。申し訳ございません」
生きている限り心から安心はできないだろう。
それは勇者を守る義務のある父上や国仕えからしても同じ。
王家裁判が行える状態ではないため暴動や革命が起きないよう民には事件について知らされていないが、勇者を誘拐し薬で我が物にしようとした大罪人を極秘で抱えているのだから。
「そうですか。お辛いことを聞いて申し訳ありません」
そう言われてセルジュはフッと笑い声を洩らす。
自分に危害を加えた者への怒りより私を気遣うか。
「勇者さま。どうぞその慈悲は母上の犠牲となった者へ。私とドナとララはむしろ解放されたのです」
私は全く辛くない。
むしろ望んでいたこと。
首を傾げる春雪。
自分よりも犠牲者をと言うのは理解できるが、解放されたと言われても分からない。
「被害者の一人である勇者さまには申し訳ないという気持ちと共に感謝もしております。どちらも私の正直な感情です」
不謹慎な。
チラリとセルジュを見たマクシム。
けれどそれがセルジュの本音なのだろう。
二妃は国母とは名ばかりの下品な娼婦。
幾ら存在を認められているとはいえ常識から外れた数の若く見目麗しい公妾を宮殿に囲い、胸元の大きく開いた派手なドレスにゴテゴテの装飾品をつけていて上品さの欠片もない。
せめて三妃のように教養や品があれば救いもあったが、何故なのか身分が上である王太子の私まで見下す愚か者。
盾となってくれる母が居ないため厭味の矛先がグレースに向かないよう黙っていたが、まさか自分の方が身分が上だと勘違いしているのではないかと疑問に思ったこともある。
そんな母親の数々の愚行を何も思わないなど母が母なら子も子と思っていたが、滅多に顔を合わせない私が気付かなかっただけでセルジュも何も思っていなかった訳ではなく、むしろ二妃の極刑を強く望んでいるのは他でもないセルジュのようだ。
思えば自分の母親の愚行を辞めさせたいと考えていても、それが王妃という権力者である限り罪に問うのは容易でない。
誰かしらが罪を被ろうとしたり揉み消してしまうからだ。
ただ今回は全精霊族に共通する勇者保護法で守られた勇者に対しての愚行で幽閉されたとあって誰も庇い立てできない。
勇者への愚行を庇い立てすれば、人族だけでなくエルフ族や獣人族からも暴動が起きることは歴史が物語っているのだから。
母親の愚行に巻き込まれた勇者への謝罪。
それと同時に愚劣な母親から離れられたことへの感謝。
セルジュの発言は恐らくそれ。
愚劣でも権力だけはある厄介な相手から解放された兄妹。
セルジュもドナもララも、親子という呪縛とも言える愚妃との関係性から解放されたいと願っていたのだろう。
憑き物が落ちた顔をして。
マクシムは苦笑を噛み殺してティーカップを口に運んだ。
・
・
・
「お食事中に失礼いたします。セルジュ殿下」
「なんだ」
ドナの寝室から食堂に移動して食事をしていると、セルジュの従者が来て隣にスっと跪く。
本来であれば食事中に声をかけることはマナー違反。
それでも声をかけたのだから急用だろう。
「勇者さまの付き人がお迎えに参られました」
「付き人?ここで召し上がることは伝達したのにか?」
「はい。許可を得たことと今はお食事中であることをお伝えしたのですが、これから勇者方の聴聞があるとのことで」
なんのために伝達をしたのか。
私も王位継承第二位ではあるのだが、いつの間にか勇者方の講師や付き人は王子の私よりも上の身分になったようだ。
「なにがあった」
ナイフとフォークを置いたのはマクシム。
王子の従者が食事中に声をかけるなど通常なら有り得ないことなのだから、なにかあったと察するのも当然のこと。
「すまないが少し席を外す」
「ドナ殿下が目を覚ましたのですか?」
春雪にも期待の目で見られてセルジュは眉根を押さえる。
これは何も言わず離席するのは難しそうだ。
「勇者さまの付き人が迎えに来たようです」
「私の?」
春雪にとってもそれは予想外。
黙って出て来たのならまだしも、召使のダフネにも宿舎の警備兵にも話して護衛騎士に付き添われて宮殿まで来たのに。
ここで食事をすると伝わっていなかったのだろうか。
「伝達したのではなかったのか?」
「当然した。許可は得ている」
「ではなぜ迎えに?」
「これから勇者方の聴聞の時間らしい」
勇者には勇者の予定があることはわかる。
ただ食事へ招いた者が王位継承権を持つ王子なのだから、勝手に連れて来たのでなければ優先されるのはこちら。
「食事中だと説明したのか?」
「ああ。許可を得ていることも食事中だと言うことも話した上で、聴聞の時間だと言うのが向こうの言い分のようだ」
それを聞いてマクシムの表情がスっと変わる。
王子との食事より自分たちの予定を押し通すなど有り得ない。
王太子だからこそマクシムは上下関係には厳しい。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません。帰ります」
「勇者さま、どうぞお掛けください」
自分が居る所為でこうなっていることを察してナフキンをテーブルに置いた春雪をマクシムは笑みで止める。
「食事を終えたら私が話を聞くと伝えろ。待たせておけ」
付き人もまさか王太子が同席してるとは思わなかっただろう。
そこまでは知らなかったとはいえ、上下関係に厳しいマクシムを怒らせたのだからタダでは済まされない。
「ではそのように伝えろ」
「承知いたしました」
すぐに行かないのは身分の差を今一度ハッキリさせるため。
王太子に待てと言われれば何時間でも待たなくてはならない。
セルジュの従者は丁寧に頭を下げると食堂を出て行った。
「セルジュ殿下、申し訳ありません。お心遣いで食事に招待してくださったのにご迷惑をおかけして。王太子殿下もせっかくの美味しい食事の席で不快にさせて申し訳ありません」
深く頭を下げて二人に謝る春雪。
全て伝わった上で迎えに来たというなら王子より勇者の予定を優先しようとする失礼な対応であることは春雪にもわかる。
自分の行動が二人に不快な思いをさせてしまった。
「どうぞお顔をあげてください。勇者さまに謝っていただくことではございません。来訪した付き人にとって私が王子として敬う存在にないと言うことでしょう」
苦笑してグラスを口に運ぶセルジュ。
単純に誘拐犯の息子が勇者と接触することを快く思っていないという理由もありそうだが。
「勇者さまが謝罪する必要はありません。悪いのは国に仕える者として有るまじき行為をしている躾のなっていない付き人ですので。どうやら何か思い違いをしているようですね」
セルジュの後に春雪の謝罪にそう返したはマクシムはくすりと笑って食事を再開させた。
全てのメニューを食べ終えるまで一時間ほど。
締めの食後酒を呑みながらマクシムはフゥと息をつく。
「王太子殿下と勇者さまのお口にも合いましたでしょうか」
「ああ。最後まで楽しませて貰った」
「美味しくいただきました。ありがとうございます」
「勿体ないお言葉を。光栄にございます」
口に合わない物を出してしまっていないかと確認に来たシェフはマクシムと春雪から言葉を貰って笑みを零す。
セルジュの好みの味は分かっていても王太子と勇者の好みは知らないため、確認するまでは内心不安もあった。
「では失礼いたします。ごゆっくりご歓談くださいませ」
やりきった感を出すシェフをセルジュはくすりと笑い見送る。
セルジュにとっては長く宮殿に勤めている者の食べ慣れた味ではあるが、今日の料理は辛味や酸味を変えたりと試行錯誤した様子があった。
「緋色宮殿もよいシェフを抱えているではないか」
「口に合ったのならば何よりだ」
食後酒を嗜みながら会話をするマクシムとセルジュ。
今の二人を見て不仲を疑う者はいないだろう。
「食事が大変結構だっただけに満足したまま終えたかったが、やらなくてはならないことが残っているのが残念だ」
美味しかった。
それで終えることが出来たら良かったのにとマクシムは残念に思う。
「勇者さまへ先に謝罪を」
「謝罪?」
突然のマクシムの言葉に春雪は首を傾げる。
「勇者教育に口を挟む権利は私にはありませんが、今回の付き人の礼儀に欠けた行動は王家の王太子として見過ごすことが出来ません。申し訳ないのですが、勇者さまの付き人に対して強い対応になることをお詫び申し上げます」
「えっと……それにどうお答えすれば良いのか。王太子殿下は私が付き人への説教を嫌がると考えておられるのでしょうか」
「親しき仲ならば不快にさせるのではと考えております」
マクシムからそう言われて春雪は苦笑する。
「申し訳ありません。正直に申しますと付き人と言われてもどの方がそうなのか分かりません。お世話になっているのに失礼な奴だと思われるかも知れませんが、誰からも私が付き人ですとは言われたことがないので」
ハッキリ言って誰が誰なのか知らない。
聴聞に来る魔導師や師団、講師や召使という分け方で覚えているけれど、どの人のことを付き人と言うのか分からない。
「勇者さま個人にお仕えしている従者がおりませんか?」
「召使のダフネさんという女性なら居ます」
「いえ、召使の女性ではなく男性が」
「私個人にと言うとダフネさんだけです。講師や護衛騎士は勇者全員の講師と護衛ですし、毎日交代で聴聞に来る師団員や魔導師も何人かおりますが勇者全員に聞いて回るので」
首を傾げるマクシムとセルジュ。
個々に仕える従者のことを付き人と言うのだが。
「話を聞くに召使が従者も兼任しているのだろう」
「召使は召使だろう」
「私たちの常識で言えばそうだが、少なくとも勇者さまに従者がいないことは確かだ。以前父上が主催となって茶会を開いていただいた際にも従者ではなく召使をお連れになっていた」
セルジュが言うそれが正解。
本来であれば召使の他にも居るはずの従者が居ないのは、春雪が最初に自分のことは自分ですると拒んだから。
「勇者宿舎では私たちの常識が通用しないと言うことか」
「恐らくそうなのだろう」
いや、春雪以外には召使の他に付き人が居る。
時政と柊には侍従、女性の美雨には侍女が。
春雪の場合はイヴとダフネがその役目も担っている。
「それならば付き人と名乗られても勇者さまご本人にも誰のことか分からないとなるのは当然ですね」
「はい」
個人に仕える人と言われて思い浮かぶのはダフネだけ。
でもダフネは室内での世話が主で普段春雪が外出時に連れているのは護衛騎士だから、付き人とは名乗らない。
「ただ、ダフネさんが私を迎えに来たとは思えないのですが。今回の件はダフネさんも知っているので見舞いだと分かった上で見送ってくれましたし、もし宿舎の就寝時間までに私が戻らなければ仕事を上がっていいとも話してありますので」
何より、普段は俺たち勇者が外出を禁じられていることを知っているダフネさんがシエルから特別に許可を貰えた見舞いよりも聴聞の時間を優先させて迎えに来るとは考え難い。
命令されて来たのならば分かるけれど。
「そうでしたか」
恐らく迎えに来たのはその召使ではない。
その召使が従者を兼任していて急用で呼び戻すにしても、宿舎の兵に伝達をさせず本人が宮殿へ直接来るなど有り得ない。
セルジュの従者も自分の主人に対する召使の無礼を許しはしないだろう。
「ここへ呼べ。話を聞こうじゃないか」
勇者本人も誰か分からない者へ引き渡すはずもない。
マクシムに言われてセルジュは席を立つと食堂の扉を開けて付き人を呼んで来るよう自分の従者へ声をかけた。
数分足らずで食堂へ来たのは男性が二名。
食堂の傍の部屋に待機させていたのだろう。
「王太子殿下とセルジュ殿下へご挨拶申し上げます」
胸に手をあて挨拶した二名は師団の衣装を身につけている。
やはり召使ではなかったか。
「勇者さま。この二名に見覚えはございますか?」
「はい。聴聞に来る王宮師団の方々です」
毎晩聴聞に来るのは一人二人ではないから、聴聞員の中の二名という程度の認識だが。
「問おう。此度のこれは父上の命があっての行動か?」
そう二人に問うマクシム。
何よりも優先されるのは国王の命令。
ミシェルから命じられて迎えに来たという話であれば二人の行動になんら問題はない。
「……命じられてはおりません」
「そうだろうな」
聞かずとも分かっていた答えにマクシムは溜息をつく。
「見舞いについては父上が許可しているのだから」
ドナの見舞いはミシェルも許可したこと。
普段は勇者単独での外出が禁じられているが、報告をした際に春雪がドナの見舞いに行けるよう外出許可をとった。
宮殿の行き来という王宮内に限定されていることと、護衛騎士を同行する条件つきではあるが、マクシムもセルジュもミシェルが許可したことを一緒に聞いていたのだから間違いない。
「お前たちはいつから国王以上の権限を持った?」
「そのようなつもりでは!」
「滅相もないことでございます!」
強く否定する二人。
もちろん二人がそのようなつもりではなかったことは分かっていてマクシムも言っているのだが。
「父上が許可したことを知らなかったのだとしても、勇者さまがドナを心配するお心遣いより、第二王子のセルジュからの食事の招待より、自分たちの聴聞を優先させようとしたことは事実。どうやらお前たちは王子や勇者よりも身分が高いようだ」
王宮師団は国に仕える者。
その中でも上官ともなれば高い身分にはあるが、王家の王子と特級国民の勇者の方が身分は上。
身分が上の王子が居る宮殿に伝達もなく訪問した上に食事中だと説明されても聴聞の時間だと引かず、国王から許可を得て条件も守り見舞いに来た勇者を自分の都合で連れ帰ろうとする。
そのようなことが許されるはずもない。
「お前たちを聴聞員から外すよう父上へ進言する」
「王太子殿下、お待ちを」
「セルジュは王位継承権を持つ歴とした第二王子だ。第二王子が勇者さまをお食事に招待したのであれば優先すべきはそれ。勇者はもちろん王子に対して自分の都合を押し通そうとする不敬な者に勇者の聴聞員という重要な役目を担う資格などない」
そうバッサリ。
例えセルジュが勇者を拐った二妃の子であろうと、王位継承権を持つ王子である限り二人の行動は国仕えに有るまじき行為。
勇者に対しても自分の都合で連れ帰るなど言語道断。
「話は済んだ。もうお前たちに用はない。下がれ」
王太子のマクシムからそう言われては言い訳もできない。
これ以上この場で四の五の言う方が不敬にあたる。
不快な表情を滲ませるマクシムと黙って様子を見ていたセルジュに深く頭を下げて二人は食堂を出て行った。
「勇者さまに伺いたいのですが、普段から聴聞員はこのように勇者方のご予定より自分の都合を優先しているのですか?」
ふぅと短い息をついたマクシムは春雪に問う。
「いえ。聴聞の時間は決まっておりますので、聴聞員が自分の都合を優先していると感じたことはございません」
勇者の一日のスケジュールは決められている。
その決められた時間に来るのだから聴聞員の都合も何もない。
「では今日のこれが初めての予定外だったと」
「そうですね。勇者は国仕えが決めた一日の予定に従い生活をしていおりますので、国仕えの誰かを通さず私が個人的に陛下へ許可をとり予定になかった行動をとったのは初めてです」
勇者の行動には国仕えが絡むのだから予定を組むことは当然。
問題は予定外のことに融通が効かないということ。
聴聞という明日でも出来ることを何より優先して行おうとするとは頭が固いにも程がある。
「訪問先がこの緋色宮殿だったからだろう。以前勇者方の外部訓練と王都森林の調査を合同で行った際も私とドナが勇者方と接触することを快く思っていないことは伝わった」
そうセルジュが話すと春雪が溜息をつく。
「勇者さま?」
「はい」
「如何なさいましたか?大きな溜息をついて」
「あ、失礼いたしました。無意識に」
マクシムに訊かれた春雪はパッと顔をあげる。
「私どもでもよろしければお話を伺いますが」
セルジュにもそう付け加えられて春雪は少し迷いつつ頷く。
「この世界だと私たち勇者の感情は二の次なのだなと」
春雪の中に積み重なった不満。
ずっと感じていたそれは勇者四人の不満でもある。
「国仕えの方々が心配してくださることはありがたいですが、私自身にセルジュ殿下やドナ殿下への負の感情はありません。例え事件を起こした人が第二王妃殿下だったとしても、私にとってお二人は救出に来てくださった命の恩人ですので」
春雪にとってセルジュとドナはレオと同じく命の恩人。
来た理由が何であろうと、彼らが来てくれたからレオもラングや自分を連れ出す機会を得られたのだから。
「私自身が恩人であるお二人と失礼にならない範囲で親交を深めたいと思っていても、私が関わることでセルジュ殿下やドナ殿下に不快な思いをさせてしまうのですね」
春雪はセルジュやドナと親交を深めたい。
でも周りはそれを快く思わない。
「この世界の人は私たち勇者をどうしたいのでしょうか。私たちを自分の意のままに動く操り人形にしたいのでしょうか。開戦まで危険のない場所に閉じ込めれば満足なのでしょうか」
春雪の表情は無。
いや、感情が読めない。
「大切にしたあと死地に送り出すと言うのに」
感情のない顔で口許にだけ笑みを浮かべた春雪の姿に、マクシ厶とセルジュは美しさとともに恐怖を感じた。
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転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
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ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
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世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
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新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
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「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
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僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
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この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
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バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
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バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
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公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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