ホスト異世界へ行く

REON

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第零章 先代編(中編)

一夜

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「春雪殿がそのようなことを」

訓練校へ訪問した翌日。
マクシムとセルジュから昨晩の報告を受けたミシェル。

「よろしくない感情を抱かせてしまったようですな」

一緒に聞いていたイヴはそう言って眉根を押さえる。

「昨晩の聴聞員は分かるな?」
「調べればすぐに」
「話を聞き報告を」
「承知しました」

愚かな真似を。
ミシェルもこめかみを押さえた。

「私は勇者教育に携わる立場にない者ではありますが、勇者さまを大切に思う一人としてご無礼を承知で申し上げます」

そう口を開いたのはセルジュ。

「国仕えによる勇者方への干渉は度を超えております。心配していると言えば聞こえはいいですが、些か過保護が過ぎる。言葉を濁さず言えば私物化しているように思います」

合同で王都森林に行った時も感じたこと。
王子であっても勇者に関して口を挟む権利はないが、このまま黙って見て見ぬふりをしては勇者方に悪影響を及ぼす。

「セルジュ殿下。お言葉が過ぎるのでは?」
「ですのでご無礼を承知でと申しました」

国王に対して言うような発言ではない。
それはセルジュも充分理解している。

「私の発言を聞いた上で王位を継承する者として相応しくないと父上が判断なさるのであれば継承権を放棄いたします」
「なに?」

セルジュの発言に普段は冷静を装っているミシェルは思わず声を洩らし、イヴやマクシムも驚いてセルジュをパッと見る。

「昨晩勇者さまは私やドナに負の感情はないと、命の恩人であると、失礼のない範囲で親交を深めたいと申されました。自分を拐い心身に傷を負わせた大罪人の子である私とドナにです」

恨んでいてもおかしくない。
母と子は別と考えているにしても、自分に傷を負わせた者と血の繋がった者と親交を深めたいなど普通ならば思わない。

「勇者と王子が親交を深めるなど難しいことは承知しております。ですが私はそのお言葉が嬉しかった。勇者さまに身命をすことを厭わなかったドナも喜ぶことでしょう。だからこそ自分の思う勇者に仕立て上げようとする者が許せないのです」

王位継承権を放棄してでも直接父上へ進言を。
国仕えたちを止められる者は父上しか居ないのだから。

「勇者さまは自由のない現状が息苦しいのだと思います。それが危険のない場所に閉じ込めれば満足なのかという発言に繋がったのかと。私も自由のない息苦しさは身をもって知っておりますが、王家に生まれ民の税で生き長らえてきた限り、この命は民に捧げましょう。ですが勇者さまは違います。民を救う義務もなければ自由を奪われる謂れもないのです」

この世界で恩恵を受け生きてきた者と勇者では違う。
何の恩恵も受けていない無関係の異界人を召喚して精霊族を救えと願いを押し付けた上に、彼らの自由までも奪うなどあってはならないこと。

セルジュらしからぬ発言に唖然としていたマクシムは、その真剣な表情と必死の訴えにくすりと笑う。
王位継承権を放棄してでも勇者の自由を願うとは。

「私からも進言を」

昨晩の春雪の様子が忘れられないのはマクシムも同じ。
護衛騎士と共に勇者宿舎まで送り届けた後も春雪の発言を思い返しては様々なことを考えた。

「今のままでは勇者さまはいつかこの世界の者に愛想を尽かすでしょう。いえ、いつかではなく既にそうなりつつある。昨晩の勇者さまのご様子を見ていてそう感じました」

勇者はいつかこの世界の者に背を向ける。
都合は押し付けるのに勇者の気持ちは蔑ろにするこの世界に。

「見知らぬ生徒を救うため咄嗟に魔物へ立ち向かおうとしたあの御方は紛うことなき勇者です。天地戦にも向かってくださることでしょう。例えこの世界の者に愛想を尽かしていようとも勇者の本能で。ただしそれが終わればもうここへは戻って来ないでしょう。飛べるはずの自分の自由を奪う鳥籠には」

王家に生まれた者は鳥籠の中で生きる定め。
けれど勇者たちは王家の者ではない。
自由に空を飛べるのだから飛び立った後は戻ってこない。
そしてその自由を奪う権利はこの世界の者にはない。
例え国王であっても。

セルジュとマクシ厶の言葉で胸の痛むミシェル。
それはミシェルも恐らくそうなるだろうと思っていること。
ただ、改めて人の口から聞くと胸が痛む。

「私にも分かっている。自由を望まれていると」

ポツリと呟いたミシェル。
ただ、勇者の身の安全を優先すれば必然的に自由は奪われる。
勇者の望みを優先するか、身の安全を優先するか。

「お前たちの考えは分かった。改めて考えるとしよう」

今はそれしか答えられない。
今この場で決められるほど単純な話ではない。

「春雪殿が親交を深めたがっているとのことだが、お前たちが勇者の情報を知る覚悟があって親交を深めるのであれば咎めはしない。互いの空いた時間に会うのであればよい」

勇者の情報を知れば知るほど墓場に持って行くことが増えると分かっていても親交を深めたいと言うならば止めない。
春雪がそれを望んでいるのだから。

緋色カルマン宮殿まで押しかけた二名の聴聞員については勇者の任から外す。そのことだけは今この場で約束しよう」
「「ありがとうございます」」

ミシェルが聞いてもその行動は度が過ぎている。
王家の者が暮らす宮殿に伝達もなく押しかけ食事中に関わらず頑なに聴聞の時間だと連れ帰ろうとするなど、国に仕える者として有るまじき行為であることは間違いない。

「私が許可したことが伝わっていなかったようだ。その所為でセルジュには不快な思いをさせてすまなかった」
「もったいないお言葉を。ですが伝わっていたかは関係なく、昨晩の行動が王家の者への礼儀に欠ける行為であることは国仕えならば分かること。父上に一切の責任はございません」

伝わっていたかは関係ない。
己の行動が如何に愚かなことかは国仕えであれば分かること。
あの聴聞員には第二王子の私を敬う心がないという証拠でしかない。

「最後に一つ聞いておきたい。死地に送り出すのにと発言した時の春雪殿はどのような表情だった」

言葉ではなく表情。
それを訊かれてマクシムとセルジュは少し顔を見合わせる。

「それはお美しい笑みでした。恐怖を感じるほどに」
「嘲笑と表現すればご理解いただけるかと」

その表情が「既にそうなりつつある」と考えるに至った。
この世界の者に対する嘲笑。





「何もかもが耳の痛い話でしたな」

マクシムとセルジュが退室したあとイヴが呟く。

「…………」

ソファに座ったまま顔を伏せ動かないミシェル。
私にも耳の痛い話だったのだからミシェルは尚更だろう。

「勇者さま方も私たちと同じヒト。やり過ぎましたな」

勇者を守るためと大事に大事に閉じ込めた結果がこれ。

「イヴから幾度も忠告を受けていたと言うのにな」

顔をあげたミシェルは短く笑い声を洩らす。
忠告を受けながらもすぐに手を打たなかったことへの自嘲。

「大切にするということがこんなにも難しいとは」
「良かれと思いしたことが相手にとっても良いこととは限らないのです。だからこそ本人たちの声に耳を傾ける必要がある」

この世界の者が勇者を大切に思っていることは間違いない。
大切だからこそ安全な場所を作り保護しているのだから。

ただ、勇者からすれば籠の中で飼われているのと変わらない。
目覚めてから眠るまでの生活を管理されていて自由がない。
自由に外へ出かけることも許されず、今回は遂に正式に許可を得たはずの貴重な外出でさえも咎める者が現れてしまった。

彼は思っただろう。
この世界の者はどこまで自由を奪うのかと。

親しくなった者の前で溢れた本音。
それが身勝手なこの世界の者への不満と嘲笑だった。

「手遅れになる前に会談の予定を早めましょう」
「ああ」

勇者四名とミシェルとイヴだけで行う会談。
周りには分からないよう王城に招いての晩餐にしようと考えていたが、晩餐では準備を終えるまでに時間がかかってしまう。
春雪に負の感情を抱かせたまま放置はできない。

「私は聴聞員の調査がありますので失礼します」
「頼む」

イヴが部屋を出たあとミシェルも窓を開けテラスに出る。

「この世界の者は勇者をどうしたい、か」

結論を言えば魔王を討伐して欲しい。
それに尽きるが、死地となるかも知れない天地戦へ向かわせる世界の者が勇者を大切にするほどその矛盾が滑稽なのだろう。

今回の聴聞員は勇者の自由を認めなかった。
講師も勇者の意思を二の次にして自分たちの考えを優先する。
危険だから、大切な勇者だから、と理由をつけて。

では私は?
歴代の国王がしたことをただなぞるだけで、それらが耳に入っていても今の体制を変えることをしなかった。

勇者を大切に大切に籠の中へ閉じ込めているのは私だ。
今のやり方に疑問を抱いているのに見て見ぬふりをしている。
歴史書に遺されたやり方はその時代であれば正解だったとしても、今代もそれが正解とは限らない。
国王も別人なら勇者もその時の勇者とは別人なのだから。

「死地へなど送り出したい訳がないだろう」

それがミシェルの本音。
国王ではなくミシェルの本音。
無関係な異界の若者たちを天地戦になど送り出したくはない。

「それでも私は国王で居なければならないのだ」

精霊族を守るため無関係な異界の若者を犠牲にする。
この世界で最も神に近い魔王と命を賭して戦え、戦い勝てと。
それが国王の私に課せられた使命。


ミシェルが部屋に戻りパタリと窓が閉まると大樹がカサカサと風もないのに揺れる。

「愚かな」

全身に黒を纏い、瞳だけが赤く光る黒い蛇を撫でるレオ。

「感情など捨ててしまえば楽だろうに」

冷徹になりきれない若き国王。
歴代の人族の王のように勇者は勇者と切り離して考えれば良いものを、同じヒトとして見ているから罪悪感に苛まれる。

「私の知る王の中で最もな人物ではあるがな」

ラングはチロっとレオの頬を舐める。

「そう急かすな。餌は腐るほどあるのだから」

レオが地上層へ来た理由は食事のため。
精霊族の味を覚えたラングは時々強請るようになった。
普段から開放的な魔族よりも、普段は抑えている精霊族が開放された時の性の味の方が上質であることは間違いないが。

「分かった」

腹が減っているらしく急かすラングにレオは溜息をつく。
せっかく来たのだから春雪の顔も見に行きたかったのだが、これ以上待たせては拗ねてしまうだろう。

レオが向かった先は娼館のある北区。
十把一絡じっぱひとからげの娼婦たちの声を聞き流し通り抜ける。
容易い者を餌にするのであれば地上へ来る必要もない。

「今日はここにするか」

辿り着いたのは巨大な建物。
貴族も利用する王都最大の高級娼館。
姿を消して翼を出したレオは立派な門前で警備に着いている兵の隣を難なく通り抜け、その門をふわりと飛び越した。

娼館の最上階を見上げたレオ。
容易くない者ほど手の届かない場所に居るものだ。

さて、一番の上物はどの部屋か。
ニヤリと笑って最上階へ飛ぶ。

「ここか」

ラングが選んだのは娼館の中でも一番広い部屋を持つ娼婦。
窓の外を眺めているその娼婦は退屈そうな表情をしている。
人気のある娼婦ほど価値を高めるため簡単には客をとらない。

「こんな時間に珍しい」

カチャリと開いた窓。
夜だというのに手すりに止まった黒鳥へ娼婦は手を伸ばした。

「解呪」
「…………」

黒鳥が人に。
驚きのあまり娼婦は声を出せずに固まり、その一瞬後にその男の美しさに魅入る。

「名は?」
「マニフィック」
「花の名か」

華やかという意味を持つ花の名前。
尤もその名は娼館の中でのみ使う名ではあるが。

「助けを呼ばないのか?」
「呼べば助かるのかしら。美しい黒鳥になれる力をお持ちの方に。私以外にも屍が増えるだけなのではなくて?」

そう返したマニフィックにレオはフードをおろしながらフッと笑う。

「美しい花を屍にするつもりはない」
「でも手折るのでしょう?花を」
「一夜限りのよい夢を見せてやろう」

水色の虹彩に焦げ茶で縦長の瞳孔。
目を見て力の抜けたマニフィックの体をレオが受け止める。

「体が熱い」
「案ずるな。命の危険はない」
「そう」

ハァと甘ったるい呼吸をするマニフィック。
ヒトとは思えない能力を持つ目の前の男がたまらなく恐ろしいはずなのに、不思議と嫌な気持ちにはならない。

「お酒と入浴は必要かしら」

その問いにレオはくつくつ笑う。

「正気を保っていられるとは楽しませてくれるではないか」

軽くかけたとはいえ魅了チャームに刃向かってみせるとは。
かける以前から魅了者チャーマーの効果で反抗はできなくなっていたが、人族の体で正気を保っていられるだけ立派。
ラングが選んだ者だけある。

「一夜限りの夢を見せる娼婦に一夜限りの夢を見させるなんて悪い方ね。遺るものは虚しさだと言うのに」
「虚しさも遺りはしない。たまには夢を見る側に回るのも良いだろう。秘めた情欲を開放しろ。私が全て喰ってやる」

その抑えている性がレオとラングの糧になる。
が終われば全て忘れ、情欲の解消された体だけが残る。
何もかもがなかったことになる一夜限りの夢。





ベッドの中で眠る春雪。
ことりと聴こえた物音でパッと目を覚ます。

「……」

音がしたのは窓の外から。
手のひらに魔力を集めて銃を作り窓に向かって構える。
月明かりに照らされフッと見えた人影。
銃を握った手に力をこめると同時に窓が開いた。

「……シエル」

侵入者かと思えば窓から姿を見せたのはミシェル。
安堵の息をついた春雪はすぐに銃を消す。

「せめてドアから来て欲しかった」

この国王さまは本当に。
ドアは何のためにあると思っているのか。
極秘の訪問と言うことなのだろうけど。

「どうし、ん?お酒の香り」

ベッドから脚を下ろすとふわりと酒の香り。
呑んでいるのかと、こちらに歩いて来たミシェルを見上げる。

「隣に座ってもいいか?」
「うん」

隣に座るとますます酒の香りが強くなる。
結構な量を呑んでいるようだ。

「お水飲む?」
「いや、いい」

そう答えるとミシェルはフゥと深い息をついた。

「こんな深夜にどうかした?」
「改めて礼を言っておこうと思ってな」
「礼?なんの?」

ミシェルが外套を脱ぐのを見て受け取った春雪はベッドから立ち上がると近くにあるポールハンガーにかける。

「ドナのことだ。命を救ってくれたことに感謝する」
「だからそれは無自覚にしたことだからお礼を言われても」

本人は全くの無自覚。
あのあと試しに回復ヒールを使ってみたけれどやはり使えなかった。

「それとマクシムとセルジュから昨晩の件で報告を受けた」
「そうなんだ」

そちらが本命の話題か。
ドナ殿下を救ったことへの感謝はもう聞いたものだったから。

「すまない。私が許可をしたと伝わっていなかったようだ」
「いや、知ってたはず」
「なに?」
「管理の人はもちろんダフネさんや護衛騎士にもシエルから許可を貰ったことは話した。そうじゃなきゃ外出できてない」
「……それもそうか」

言われてそれに気付いたミシェルは肩を落として溜息をつく。
許可を得たことを話さなければ護衛が付き添うはずもない。
単独の外出を禁じているのだから止められて終わりだ。

「珍しいね。そんな単純なことに気付かないなんて」

衝撃的な話を聞かされて頭が回らなかった。
マクシムやセルジュの口から聞かされた春雪の発言は、それほどまでにミシェルの心を揺さぶった。

「春雪」
「ん?」

ここは息苦しいか?
問いかけようとしたその言葉を飲み込む。

「あの聴聞員二名は任から外すことにした」
「そっか。少し安心したって言ったら失礼かな」

話題を変えたことに気づかず春雪はミシェルの隣に座り直す。

「そう思うのも当然だろう。聴聞員に相応しくない者を選んでしまったということでは私も謝らなくてはならない」
「大変だね。シエルが何かした訳じゃないのに謝るの」
「最終決定を出したのは私だ」

有識者や師団長や魔導師長が優秀な者として推薦する団員を聴聞員にする許可をしたのだから、私にも責任はある。

「謝ってくれてありがとう。あと対応してくれてありがとう」

謝るのは当然。
対応するのも当然。
不快な思いをしたのにそれでも感謝をしてくれるのか。

「ところで今日はどうしてそんなに呑んでるの?」
「臭いか。すまない」
「ううん。俺も酒は呑むし好きだから平気だけど、シエルでも食事の時以外に呑むことがあるんだと思って」
 「たまにな。寝る前に嗜む程度だが」

基本的には食事の時だけ。
何かあった時には寝付きがよくなるよう呑む。

「今日も寝る前に呑んでたってこと?」
「ああ」

入浴を済ませてから呑んでいた。
呑まずにはいられなかったと言うのが正しいが。
寝るため呑み始めたものの、こうして顔を見に来てしまった。

「呑んで礼や謝罪に来るなど失礼だと分かっているのだが」

他の者の居ない場で改めてドナを救ってくれたことに礼を言いたかったことも、自分が最終決定した聴聞員の愚行を謝罪したかったことも事実だが、今日である必要はなかった。
礼儀を重んじるのであれば酒を呑んでいない時に言うことで、ただ春雪の様子を直接見たくて我慢ができなかっただけだ。

「残念。この部屋にも酒があれば付き合ってあげられたのに」
「ん?」
「今日は呑みたい気分の日だってことだよね?」

そう言って春雪はミシェルをジッと見る。
国王と言っても呑みたい気分の時くらいあるだろう。
いや、普段は人前で国王らしい振る舞いを望まれるシエルだからこそ、時には何らかの形で鬱憤を解消することも必要。

「……敵わないな」

春雪の肩に頭を預けたミシェル。
どんなに呑んでもマクシムやセルジュから聞かされた春雪の発言が頭から離れず、この世界やこの世界に生きる者がイヤになったのではないかと落ち着くことができなかった。

いや、怖かったのだ。
自分が嫌われたのではないかと。
しょせん私も身勝手なこの世界の者の一人だ。

「シエル?」

ベッドに押し倒された春雪はミシェルの顔を見上げる。

「春雪。私が嫌いか?」
「え?急になに?呑みすぎたんじゃないの?」

酒に酔って冷静な判断ができていないんだろう。
それほど呑みたくなるような何かがあったのだろうけれど。

「私が嫌いか?」
「…………」

どうしてそんなに辛そうな表情で見下ろしているのか。
いつものシエルじゃない。

「どうしてそう思ったのか分からないけど、シエルを嫌いだなんて思ったことがない。親切にしてくれてむしろ感謝してる」

春雪のその言葉に嘘はない。
ミシェルは春雪が心を許せる者の一人。
嫌いなどとは頭に過ったことすらもなかった。

「すまない」

春雪の体に額を寄せて呟いたミシェルの謝罪。
なにに対して謝っているのか分からない。

「よし。全然分からないから話そう」

上に居るミシェルを今度は春雪がベッドに押し倒して隣に寝転がる。

「明日は講義も訓練も休みだから幾らでも話を聞くよ。いつも俺が聞いて貰ってる側だからたまには」

笑いながら言った春雪は愛らしい。
ミシェルはそんな春雪を見て胸が締め付けられる。

「笑ってくれてよかった」

春雪の顔に両手を添えてミシェルは呟く。
もう笑みを見せてくれないのではないかと怖かった。
酒を呑みながら警戒心の塊だった以前の春雪を思い出して怖くなり、訪問してからも笑みを見せてくれず尚更怖くなった。

でも笑ってくれた。
まだ心を閉ざさずに居てくれた。
それが何よりも嬉しい。

「もしかして俺が怒ってると思ってた?」

いや。
怒ってくれるのであればいい。
ただ、嫌いになられてはもう手遅れだから怖かった。

「この世界の者は勇者をどうしたいのかと。危険のない場所に閉じ込めれば満足なのかと言っていたと聞いた」

だからわざわざ足を運んだのかと、春雪の中でミシェルの不可解な行動が漸く繋がる。

「そう思ってることはほんと。許可を貰って見舞いに来たのにそれさえも許されないのかって腹が立ったし、どこまで俺たち勇者の自由を奪うんだってイヤな気分になったことも事実」

あれは春雪の本音。
言わずに溜まっていた鬱憤を口にしてしまった。

「事実ではあるけど、腹が立ったのもイヤになったのも聴聞員に対してでシエルに対してじゃない。もちろんシエルがこの国の国王だから全ての権限を持ってるだろうけど、それでもシエルは俺たち勇者の我儘を叶えてくれてると思う。一方的に自分の考えを押し付けることもしないし、不満だった勇者教育も訓練が中心に変えてくれた。講師から反発があっただろうに」

講師どころか有識者からも猛反対されたのは間違いない。
勇者教育の内容はそれに関わる者たちで考え、ミシェルは最終的な判断と許可をすることが役目。
訓練校や魔導校のようにじっくり勇者を育成したい者からすれば、訓練はまだ早いと反対されてしまうのも当然だった。

「もしシエルとミシオネールさんが意見を聞いてくれない人なら俺はここには居なかった。時政さんと柊と美雨もそうだと思う。俺たち勇者はこの世界の人の玩具でも都合のいい操り人形でもない。みんなそれぞれに意思がある。危ないからって理由をつければ俺たちが何でも我慢する訳じゃないから、それだけは胸に留めておいて。いつか爆発して講師と喧嘩になるかも」

少し悪戯っぽく言った春雪にミシェルは苦笑する。

「それは困るな。そうならないよう善処しなくては」
「よろしく。国王さま」

笑い声を洩らす春雪の愛らしさよ。
ますます離れ難くなってしまうではないか。

「こういうの楽しいね」
「こういうの?」
「友達が泊まりに来たみたいで楽しい」

枕を抱えてはにかむように笑う春雪。
ベッドで横になり会話をしているのがアニメで観たお泊まり会のようで楽しい気分になる。

「友達か」
「国王さまだって分かってるよ。嫌だったならごめん」
「いや、そういうことを言っているのではないのだが」
「ん?」

友人がせいぜいかと残念に思っただけで。
閨で語り合うのであればもっと色気のある関係性の方が先に思い浮かびそうなものではあるが、それは私がとして見られていないからなのだろう。

「春雪」

娶れるのであれば好意を持って貰えるようアプローチした。
ただ、妃は三名までと決められた私には娶ることができない。
愛児たちに恵まれたことを思えば三名の妃には心から感謝しているが、春雪への感情は三名の妃へのものとは違う。

こんなにも傍に居るのに何もできないもどかしさ。
ミシェルは欲求と自制心の間で揺れ動く。
このまま欲求に従えば楽になれるのではないかとすら思う。
ただ国王としての自分がそれに辛うじて歯止めをかけていた。

「シエル?」

名前を呼んだものの黙ってしまったミシェルから頬を撫でられている春雪は、人を撫でながら難しい顔で何を考えこんでいるのかとミシェルの顔をジッと眺める。
もう就寝の時間なんだから考えごとは明日にすれば良いのに。

「……春雪?」

ジッと眺めていた春雪が動いてミシェルを腕におさめる。

「何があったのか分からないけど、頭痛の種になるような国王さまの難しいアレコレは一旦お休み。この部屋には国王のシエルの姿を望む人は居ないんだからゆっくりしなよ」

つい深酒してしまうような悩みや迷いがあるんだろう。
それが春雪の出した結論。
この部屋の中に居る今なら国王らしく振る舞わなくても咎める人はいない。

なんと残酷な優しさなのか。
春雪の香りと体温に包まれながら背に手を回して服を握る。
縋り付くようなその手の行動に春雪は苦笑して、ミシェルをおさめる腕の力を少しだけ強めた。

「昨日訓練校の祭典でポーグサンド食べたんだ。この世界に召喚された日にお祭りでシエルと食べたあれ。王太子殿下やドナ殿下やセルジュ殿下と二個のポーグサンドを半分ずつにして食べたから、今度は一人で一個食べたい」

それを聞いて春雪の胸元から顔をあげたミシェル。
突然なんの話かと。

「お強請りしてるんだけど」
「お強請り?」
「また連れて行ってくれないかなぁって」

その可愛らしいお強請りにミシェルは吹き出すように笑う。

「なんとも慎ましいお強請りだな」
「強請ってるんだから慎ましくないと思うよ」

国王に強請る物が銀貨一枚足らずで買える庶民の食べ物とは充分に慎ましい。
妃のドレス一枚が白銀貨数十枚の世界なのだから。

「ちゃんと笑ってくれてよかった」

そう言って笑みを浮かべる春雪。

「今日はずっと難しい顔してるから。シエルもさっき俺に言ってくれたけど、俺もシエルが笑ってくれてよかった」

そのの原因が自分だとも知らずに。
春雪の優しさはやはり私には残酷すぎる。
ただ、その優しさが嬉しいことも事実だ。

「もう少しこうしていても良いか?」
「うん」

また胸元に顔を伏せたミシェル。
自分のことをまるで母に抱かれて眠る子供のようだと思いながらも、その香りや体温がたまらなく愛おしい。

「春雪は温かい」

母はもちろん妃にもこのように身を預けたことがない。

弱味を見せてはならない。
泣き言など以ての外。
それは母や妃の前でも例外ではなかった。

生まれた時から期待されたのは国王としての私。
即位前は次期国王として。
即位後は国王として。
全ての者の前で私は国王でなくてはならなかった。

それがどうだ。
春雪の前では弱い男に成り果てるのだから滑稽だ。

「このような姿は誰にも見せられないな」
「大丈夫。俺だけの秘密にするから安心してゆっくりして」

国王だからこそ人前で気が抜けないことは春雪も承知。
ただ、時々城から抜け出してはイヴに小言を言われている姿や窓から出入りする姿を見ている春雪にとって、国王らしくないミシェルの姿など今更だった。

「少しはシエルの気が休まりますように」

そう願いを口にして春雪が背中をポンポンと叩くとミシェルは笑い声を洩らす。

「子供ではないのだが」
「子供とは思ってないよ。こんな大きな子供がいたら困る」

子供とは思っていないのにこれか。
それだけ男として意識されていないと言うことなのだろうが、私がもし欲求に負ければどうなると思っているのか。
女の性も兼ねていながら迂闊ではないかと問い詰めたくなる。

だが、それは口にしない。
してしまえばこの時間が終わると分かっているから。
国王の難しいアレコレは一旦休みなのだから、今はただの狡い男でしかない。

顔を寄せている春雪の体に口付けるミシェル。
布の上でしかない事実はこの際目を瞑ろう。

「その辺でモゾモゾされると擽ったい」
「そうか。すまない」
「悪いことしたんじゃないんだから謝らなくて良いけど、せっかくゆっくりしてるのに笑っちゃったらごめん」

いや、をしていたのだが。
気付かれないようにしたとは言え、モゾモゾしていることは分かったにも関わらず疑いもしないとは。

「笑っていい。春雪の笑い声は好きだ」
「わざと擽ったくするのはナシ」
「擽ったくしているつもりはないが善処しよう」

気付いて欲しい気持ちもある。
けれど、気付かれてこの時間が終わるだけでは済まず嫌われて避けられるようになっては耐えられない。

春雪の背に回している手の力を強めてミシェルは自嘲する。
それほどに好いているのかと。
疾うに気付いていた感情ではあるが、かと。

国王ならば自分の感情を諌めるべきだろう。
聖女に無体を働いた恥辱の王の歴史を繰り返すつもりかと。
国王が勇者に抱いてよい感情ではない。

「シエルも温かくて心地いい」

本当にこの勇者はどこまで私を愚王に成り下がらせるのか。
顔を擦り寄せられるその行動が愛おしくて仕方がない。

「春雪」
「ん?」

抱きしめられた腕の中から抜け出し春雪の顔を見る。
中性的なその顔は愛らしく美しい。

「今度は私がゆっくりさせてやろう」

そう言って今度はミシェルが春雪を腕におさめる。

「俺じゃなくてシエルがゆっくりしないと意味ない」
「ゆっくりはしている。これも存外心地よい」
「それなら良いけど」

先程までは気落ちしている私を慰めるための抱擁だったと理解できたが、私から抱擁しても拒まないとは。
明らかに恋人同士のようなそれだと分かっているのか。

尤もそれも口にはしないが。
これも許されるならば狡い男のままで居る。
教えてやらない私も悪いが、気付かない春雪も悪い。

身を寄せ合うミシェルと春雪。
今の二人に国王と勇者というしがらみはなくなっていた。
 
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クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
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新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
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「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
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バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

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