ホスト異世界へ行く

REON

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第零章 先代編(中編)

精霊王に愛されし者

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こと、こと。
小さな物音で重い瞼を上げた春雪。
カーテンの隙間から入る光の眩しさに目を細める。

「眩し」

光から顔を逸らしてハッとした春雪は飛び起き、広いベッドの上をキョロキョロ見渡して大きな安堵の息をつく。

良かった。
シエルは帰ったようだ。
国王が泊まったとなれば大騒ぎになるところだった。

いつ寝たのか覚えていないけれど、すぐ帰ったのだろうか。
幾らでも話を聞くと自分で言っておきながら寝る俺って。
怒ってないと良いけど。
……そんなことで怒る器の小さな人ではないか。

シエルが帰る時に閉めて行ってくれたのか、天蓋ベッドのカーテンの向こうからコトコトと音が聞こえている。
ダフネさんももう来ているようだ。

「ダフネさん?」

春雪がカーテンを捲ると魔法を利用して掃除をしていたダフネが振り返る。

「おはようございます、勇者さま」
「おはよう」
「本日もよろしくお願いします」
「こちらこそ」

ベッドから降りた春雪の前に来るとお仕着せのスカートを少し摘み挨拶をしたダフネ。

「沐浴の準備は整っております」
「ありがとう。早速入ってくる」
「行ってらっしゃいませ」

挨拶を済ませてから春雪は入浴。
ダフネはその間に朝の掃除を済ませるのが二人のルーティン。
広い浴室に行き籠にバスタオルや着替えが用意してあることを先に確認して春雪は服を脱いだ。



一方、王城では。

「朝帰りですかな?」

寝室の聖域サンクチュエールの間のベッドに脱いだ外套を投げ置いたミシェル。

「何を言う。どう見ても寝起きだろう」
「そうですな。どこかでぐっすりとお休みになったようで」

そんなイヴの皮肉にミシェルはくすりと笑いベッドを捲る。

「私はここで寝た。寝起きの沐浴をする」
「承知しました」

国王がそう言うのだからそれが全て。
ミシェルが浴室に行ったのを見届けベッドに座ったイヴは枕も少し歪ませて寝た形跡を偽装して溜息をつく。

「三妃……ではないのだろうな」

もう何年も行っていないと言うのに今になって先触れもなく三妃の元に渡りを行ったとは考え難い。
かと言って国王が娼館でと言うことも有り得ない。

「……春雪殿か」

命を狙う者も少なくないミシェルは人前で眠らない。
けれど今日は明らかに寝起きのご様子だった。
となると心を許している春雪殿しか考えられない。
勇者の春雪殿がお相手で喜ばしいことではあるが、あの兄と弟のような関係性からどのように……。

「無理矢理になどと愚かな王ではないと信じたい」

恐ろしいことを考えて頭の痛くなるイヴだった。





「春雪さんおはよう!」
「おはようございます」
「おはよう」

時は進み再び勇者宿舎。
朝風呂を済ませて春雪が食堂へ行くと、先に来て座っていた美雨と柊が元気よく声をかけてきた。

「あれ?時政さんは?」
「俺たちの方が先でした」
「珍しい。いつも先に来てるのに」
「今日はお休みだからね。夜更かししたのかも」
「まあ」

いつも誰より早く来ている時政がおらず、美雨や柊と話しながら椅子を引いていつもの席に座る。

「あ、来た」

話していたら食堂の入口から時政が入って来て最初に気付いた美雨が大きく手を振る。

「おはよう」
「おはようございます」
「おはよう」
「おはよう」

少し慌てた様子の時政も三人と挨拶を交わして椅子に座った。

「寝坊した?」
「ああ。休日で気が抜けていたようだ」
「珍しいね。体調が悪いとか?」
「それはない。すこぶる健康だ」
「そっか。じゃあ良かった」

体調不良で目覚めが悪かったのではなくて良かった。
隣同士で会話を交わした春雪はホッとする。

「休日でもどこにも行けないのがなぁ」
「地球に居たら百パ出かけただろう天気の良さなのにな」
「思いっきり3on3やりたい。走り回りたい」
「あー。スッキリしそう」

天気のいい窓の外を見て残念そうな美雨と柊。
春雪が居たのは環境汚染の進んだ時代だが、二人が居たのはまだ安全な時代だったから外に遊びに出かけることもできた。
その時代に生まれ育った美雨と柊には休日でも外出できないことがこの世界に来てからの不満の一つ。

「私は王都森林で実戦訓練がしたい」
「えー。休日なのに訓練?」
「森を歩いて回るのは気晴らしにもなるし、魔物と戦えばよい訓練にもなるだろう。体を動かしている方が好きなんでな」
「ストイックな時政さんらしい休日」

三人の会話を聞いて春雪はくすりと笑う。
残念ながら外出が禁じられているため叶わない希望ではあるけれど、三人とも休日の過ごし方ではある。

「春雪さんは今日なにをして過ごす予定?」
「座学の復習と自主練しようと思ってる」
「変わり映えしない休日。真面目か」

いつもの休日ルーティンの春雪をジト目で見る美雨。
柊と時政は二人の会話で笑った。

「勇者さま方、おはようございます」
『おはようございます』
「お食事の支度が整いました」
『ありがとうございます』

給仕の男性が来て挨拶を交わしてから、カートに載せ運ばれてきた朝食が四人の前のテーブルに並ぶ。
この世界に召喚されてから月日が経ったとあって、勇者たちの好き嫌いや好ましい量もしっかりと把握されている。

『いただきます』

手を合わせてフォークを持つ四人。
この世界の人は食事の前に手を組んで神に祈るけれど、同じ日本から来た四人はみんな手を合わせることが食事の挨拶。
次元の違う時政もそれは同じ。

「この世界の人って塩胡椒の味が好きだよね」
「好きっていうか調味料の種類が少ないんじゃないかな」

塩や胡椒を使った料理がこの世界の基本。
外で食べた物も大抵がそうだったから、多分種類が少ないんだろうと予想して春雪が美雨に答える。

「恐らくそうなんだろう。胡椒や砂糖も実は高級品らしい」
「そうなの?じゃあ私たち贅沢させて貰ってるんだね」
「昔は胡椒が金や銀で取引されてたって習いましたけど、この世界もそんな感じなんですかね。感謝して食べないと」

調味料が豊富な時代に生まれた者からすれば塩と胡椒だけの変わり映えしない味に感じるけれど、この世界ではそれが当然。
それだけ豊かな環境で暮らしていたと言うことだ。

「俺からすれば本物の時点で美味いけど」
「本物?どういうこと?」
「本物の肉や野菜ってこと。俺が居た時代は何々味ってついた固形の食料が一般食。本物を食べるのは富裕層の人」
「なにその夢も希望もない食事」
「数分で食べられるって利点もある。美味くはないけど」

PCで勉強をしながら片手でぱくり。
ナノで番組を観ながら片手でぱくり。
そんな生活。

「未来の話を聞くたびに思うけど、実は時政さんじゃなくて春雪さんの方が違う次元の人なんじゃないかって思える」
「言えてる。時政さんの話は少し昔の日本かなって程度だし」
「残念だけど美雨たちと俺が同じ次元。習った21世紀と同じ」
「残酷な現実」

自分たちの居た世界の未来がソレなど夢も希望もない話。
眉を下げスプーンをパクリと口にした美雨に春雪は苦笑する。

「宿舎の庭園で茶会でもすれば?」
「茶会?」
「お菓子や飲み物を楽しむ会」
「あ。貴族が出てくる漫画で読んだことある」
「外出は無理でも気晴らしくらいにはなるんじゃないかな」
「良いね。セレブリティ」

敷地の外は禁じられていても庭園なら問題ない。
天気がいいから外出したいと言うならせめて庭園で。

「よく茶会など思いついたな」
「声が出なくなった時の病み上がりに一度やってくれたんだ。それまで部屋のベッドで寝たきりの生活だったから」
「ああ、それで」

本当はドナ殿下とセルジュ殿下に礼を言うための茶会だけど。

「エステルさんに頼めば良いのかな」
「侍女じゃないか?支度するのは召使だろうけど」
「分かった。部屋に戻ったら話してみる」
「うん。少しでも気晴らしできるといいな」
「ありがとね、いい案くれて」
「どういたしまして」

たかが茶会、されど茶会。
太陽にも娯楽にも飢えている美雨には気晴らしになるだろう。

「春雪殿はまだ従者をつけるつもりはないのか?」
「ない。ダフネさんが居てくれたら充分」

時政に訊かれて春雪は即答する。
召使のダフネにも漸く慣れてきたという状況で部屋に来る人がまた増えることは春雪にとって苦痛でしかない。

「ダフネさんのことは信用してるんだね。付き合ってたり」

ニヤニヤしながら訊く美雨。
愛らしい顔をしているのにそのニヤニヤ顔は残念だ。

「感謝ならしてるけど、恋愛感情で意識したことがない」
「なんだ。残念」
「今のは美雨の顔の方が残念だったけどね」
「ん?私は常に可愛いけど?」

余計な地雷を踏んだ柊がまた美雨に攻撃を受けていて、春雪はいつもと変わらず仲の良い二人の様子に苦笑する。

「って言うか春雪さんってそもそも恋愛に興味あるの?」
「美雨が言う恋愛への興味ってどういうの?」
「え?恋人欲しいなぁとか、あの子好みだなぁとか?」

予想していなかった問い返しをされて美雨は小首を傾げる。

「可愛い子だなとか綺麗な人だなとかなら思うけど」
「それでそれで?」
「それでって?」
「告白したりしないの?」
「ただ可愛いとか綺麗って思っただけで?」
「それは私がイケメンを見た時の感想と同じで恋愛じゃない」

拳を握って強く言った美雨に柊は笑い時政は苦笑する。
美雨が聞いたのはでの好意の話で、テレビでアイドルや女優を見て可愛い綺麗と思うそれとは違う。

「少なくとも初恋もまだってことは分かったよ」
「うん」
「波が引くように話題にも興味を失くしたっ!」
「俺に八つ当たりするな」

一瞬で興味を失くした春雪の代わりに柊がパンチの犠牲に。
会話までは聞こえないものの、食堂で働く使用人たちは元気のいい勇者たち(主に美雨)の様子をほのぼのと眺めていた。


「じゃあお先に。また食堂で」
「お先に失礼します」
「ああ」
「よい休日を」
「春雪さんと時政さんも」

先に食べ終えた美雨と柊は茶会の話をするため先に席を立つ。

「あの二人の方がよほど付き合ってそうだけど」
「あまりからかってやるな」
「からかったつもりはないけど?」
「ん?本気で答えていたのか?」
「うん」

からかってもいないし嘘もついていない。
至って正直に答えた。

「初恋もまだというのは正解だったのか」
「うん。色んな人が言う恋はどうだ愛はこうだって知識はあるけど、実際に自分がその手の感情を経験したことがない」

恋や愛とはどういうものかの知識はある。
ただ、少なくとも知識の中にあると呼ばれる感情の数々は経験したことがない。

「時政さんはある?」
「私は三人よりも年上だ。それなりの経験はしてきている」
「俺とは五歳しか変わらないのに」
「五歳の差は大きいぞ?」
「たしかに経験値の差は感じるけど」

時政はいつも冷静で落ち着いている。
元の性格もあるけれど、社会に出たのが早いために一般的な同年代の者よりも多くの経験をしていることは間違いない。

「元の世界に恋人は?」 
「居ない」
「じゃあこの世界で幸せになっても罪悪感を持たずに済むね」
「まあそうだな」

最後の一口を口に運んで時政は手を合わせる。

「相手はイザベラさん?」
「ん?彼女がどうかしたのか?」
「ダフネさんの話の時に動揺したように見えたから」

そう言われて唖然とした時政に春雪はくすりと笑うとグラスの中の果実水を飲み干す。

「ご馳走さまでした。俺ももう行くね」
「自主練の前に見舞いに行くんだろう?気を付けてな」
「ありがとう。時政さんも寝不足には気を付けて」

シャツの襟から僅かに見えている赤い痣。
時政の首筋にあるそれをツンと指で啄いて教えた春雪は立ち上がると「また食堂で」と少し笑って先に食堂を後にした。

「恋愛に興味はなくとも子供ではないと言うことか」

首筋を手で押さえた時政は苦笑する。
休日だと思って気が緩んでいたようだ。
慣れとは恐ろしい。

改めて気を引き締めた時政も果実水を飲み干して席を立った。





「おはようございます勇者さま」
「おはようございます。朝から訪問して申し訳ありません」
「いえ。ドナも喜びます」

今日も護衛騎士を連れて緋色カルマン宮殿へ見舞いに来た春雪。
昨日の時点で休日の今日は朝の内に見舞いに来ることを聞いていたセルジュが出迎える。

「護衛ありがとうございました。行ってきます」
「「行ってらっしゃいませ」」

宿舎の護衛騎士の役目はここまで。
帰りは緋色カルマン宮殿の護衛騎士が宿舎まで送り届ける。

左右に並ぶ使用人たちに軽く頭を下げてセルジュの後に続く。
向かう先はもちろんドナが居る閃光エクレールの間。

「おはようございます。ドナ殿下」

その挨拶に返事はない。
それもそのはず。
ドナはあれからまだ一度も目覚めていない。

「昨日よりは顔色がいいようですね」
「二日目ですので。早ければ明日明後日にでも目覚めるかと」
「起きたら教えてください。直接お礼を伝えたいので」
「承知しました」

セルジュがベッドの隣に用意した椅子に座った春雪は、昨晩帰る前よりもドナの顔色がいいことに気付いて少し安心する。

「魔法検査は行いましたか?」
「つい先程。異常ありませんでした」
「良かった」

正確には魔力欠乏症という症状は検査結果に出ているけれど、魔力は眠ることで回復するためとは表さない。
魔腐食で体内に異常でも出ない限りは異常なし。

「ドナ殿下は魔力量も多いですよね」
「そうですね。兄弟の中でも別格かと」
「魔力量が多いと回復期も長くなるのですか?」
「通常時は毎日の睡眠で問題なく回復できるのですが、一度欠乏してしまうと魔力量の多い者ほど目覚めが遅くなります」

とは言っても数時間から一日程度の違い。
これが賢者や大賢者の魔力量となると数日間の差が出るが。

「魔学で魔力欠乏症のことや魔腐食の怖さは学びましたが、回復期間の違いまでは教わらなかったので。勉強になりました」
「光栄です」

講義では目覚めるまで二・三日と習っただけ。
尤もそれが平均的な期間で決して間違いではないけれど、魔力量が多い者となると少し話が変わってくる。

「ドナ殿下。起きたらお礼を言わせてくださいね」

身命を賭して勇者を庇ったドナとドナの命を救った勇者。
互いを救いあった者同士。
芽生えたその絆には勝てそうもないとセルジュは苦笑する。

「セルジュ殿下もお加減いかがですか?」
「私ですか?」
「怪我の。この間の治療では回復ヒールを使いませんでしたよね」
「ああ、問題ありません。精神力を鍛えるため余程の大怪我でなければ回復ヒールを使わないよう随行医に言ってあります」
「その余程の程度が分かりませんが程々に。王都森林の時のように流血していてもかすり傷と言ってしまう方ですから」

悪戯っぽく笑う春雪にセルジュはまた苦笑する。
勝てそうにないと思っても諦められるのかどうか。
まさかドナと同じ相手に好意を持つことになるとは。

「この後のご予定は決まっているのですか?」
「座学の復習と自主練をするつもりです」
「休日にですか。真面目なのですね」
「他にすることがないので」

ああ、そうか。
宿舎から出られないのだから出来ることも限られる。
他にやることがないから必然的に勉学や訓練になるのだろう。

「剣の訓練であれば私にも手合わせできたのですが」
「え?良いんですか?」
「ん?銃ではなく剣の訓練をなさるのですか?」
「聖剣を使えないと困るので剣の訓練も時々やってます」
「そうなのですか」

たしかに聖剣は文字通り
トドメとなるそれを全く扱えないのでは困る。
得意武器で押していても聖剣が使えず形勢逆転ということも。

「では後ほど手合わせいたしましょう。木剣がありますので」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」

セルジュの剣の腕前は相当のもの。
自分が訓練の足を引っ張ることになることが目に見えているから時政には頼めなかったけれど、セルジュが手合わせしてくれるとなればよい訓練になるだろう。

愛らしい。
ベッドで眠るドナを眺めていながらも喜びの伝わるその横顔を見てセルジュの口許も綻ぶ。

この愛らしさで男性なのだから困ったものだ。
同性が相手ではどうにもならないと言うのに。
せめてとしてでも身近に居ることができたなら。
そう思ってしまう自分はどうにかしている。

「あ、そうだ。セルジュ殿下も剣舞はできますか?」
「はい。訓練校で習いましたので」
「触り程度で良いのでご教授願えませんか?」
「構いませんが実戦向けではありませんよ?」
「覚えて他の三人にも見せてあげたくて」
「ああ……なるほど」

そう言えばあの時も勇者一行の話をしていた。
勇者同士の仲がよいのは良いことだ。
過去には仲の悪さが仇となり敗北した勇者も居たのだから。

「図々しくもう一つお願いがあるのですが」
「私にできることであれば」
と呼ぶのを辞めて貰えませんか?」
「と、申しますと?」
「私の名前は春雪です。勇者という名ではありません」

ご芳名で呼べと?
先日は正体を隠しての案内だったために已むを得ずご芳名でお呼びしたが、個人を表す際に『勇者春雪さま』とお呼びする以外にご芳名を口にするなど王子であってもよい顔はされない。

「もちろん人前では今まで通りで構いません。ただ私の名がこの世界では勇者になってることが少し複雑な心境で」

誰もが春雪を『勇者さま』と呼ぶ。
同じ勇者の三人とミシェルとイヴ以外はみんな。
もちろんそれが敬ってのことと理解しているけれど、勇者と呼ばれることで『自分が勇者だと忘れるな』と遠回しに言われているような重圧を感じる時がある。

「では私のことはセルジュとお呼びくださいますか?」
「セルジュ殿下は元々お名前ですよね?」
殿ではなくただセルジュとだけ」

王子を敬称をなしに呼べと?
今度は春雪が驚く番。
親兄弟や夫婦ならまだしもそれは不敬極まりないのでは。

「……勇者のままで良いです」

それが条件ならと諦めた春雪にセルジュはクスクス笑う。

悪戯心いたずらごころが過ぎましたね。ですがご芳名をお呼びすることは王子を呼び捨てるそれに等しいことだと御理解くだされば」
「よく分かりました。申し訳ありませんでした」

反省してシュンとする春雪にゾクリとするセルジュ。
よろしくない癖が出ていると自分を諌める。
我ながら善い趣味ではない。

「勇者さま。改めてご芳名でお呼びする許可をいただければ」

椅子に座っている春雪の足許に跪いて頭を下げたセルジュ。
その行動に一瞬驚いた春雪は理解して表情を笑みに変える。

「許可します」
「光栄です。春雪さま」

さすが王位継承権を持つ第二王子。
空気を読んでの安易な返事はせずしっかり筋を通すとは。

「ドナにもご芳名で呼ぶよう言うのですか?」
「出来れば。勇者教育に関わる国仕えから勇者と呼ばれるのは仕方ないと思いますが、殿下方とは勇者としてではなく私個人として親交したいと思っているので」

王子と勇者の関係性はそのように甘いものではない。
それが分かっていても嬉しく思う。
こんにちはと声をかけても誰だったかと迷われてしまう関係性ではなく、勇者の方からこんにちはと声をかけて貰える関係性になれると言うことだから。





「本当にお借りしても良いのですか?」
「はい。お使いください」
「ありがとうございます」

一時間ほどドナの眠るベッドの隣で会話をしたあと、約束していた手合わせをするため従者に持って来させた自分の訓練着を春雪に渡すセルジュ。

「お着替えは隣室でどうぞ。お着替えが済みましたらまたこちらお部屋でお待ちください。私も着替えて参りますので」
「分かりました。何から何までありがとうございます」
「もったいないお言葉をありがとうございます」

閃光エクレールの間と扉一つで繋がった才気エスプリの間。
ドナの私室であるそこで着替えて貰うことにして部屋の鍵を開け、軽く頭を下げた春雪に軽く下げ返して扉を閉めた。

「早く目覚めなければ私ばかり親しくなってしまうぞ?」

ベッドに座ったセルジュはそう言って苦笑する。
勇者が自分を見舞うためにこの緋色宮殿監獄に足を運んでいることを知りもせず眠っているのだから困ったものだ。
つい先程まで好いた人がすぐ傍で見守っていたと言うのに。

「お前が目覚めるまでは独占させて貰おう」

絆では勝てなくとも容易く諦めてやるつもりはない。
悔しければ早く目覚めることだ。
ドナの体にコンフォーターを掛け直してセルジュも部屋を後にした。

「凄い部屋」

広い部屋にずらりと並ぶ本棚とそこに几帳面に並べられた本。
どこの本屋か図書館かという光景に春雪はキョロキョロ。
執務机の上にも分厚い本が重なっていて研究で使うような器具もちらほらと置いてある。

これはあまり見ていいものではなさそう。
分厚い本の他にも大量の紙に魔物だろう姿や走り書きのような文字が書かれていて、研究中の何かだろうと気付いてパッと背を向けた。

如何にも研究者の私室と思わせるドナの部屋。
中には発表前の機密情報などもありそうで、春雪はなるべく見ないよう部屋の隅で下を向いて着替えをした。

「セルジュ殿下。大丈夫なのですか?」
「何の話だ」
「勇者と手合わせなど問題になるのでは」

自室に向かいながらそう従者から聞かれたセルジュ。
第二妃の子のセルジュとドナが勇者に関わることを快く思われていないのは事実で、手合わせであろうと武器を向けることになるとなれば従者が心配するのも当然のこと。

「父上には勇者と親睦を深める許可を得ている」
「それは伺いましたが」

例え国王の許可があろうとも。
そんな従者にセルジュは鼻で笑う。

「あの方が望むのならば私は全ての者の敵にもなろう」
「殿下」

なぜそこまで。
国王となるために尽力してきたと言うのに。

王位継承権第二位のセルジュは敵も多い。
愛想がないだけのセルジュがまるで悪人のように思われているのは王太子派が悪い噂を流していることが主な要因。
本当は悪行などしていないと言うのに、悪名高い第二妃の子と言うだけでたかだか噂も真実味を帯びてしまう。

そう、セルジュは何もしていない。
国王となるためなら現国王と王太子の命をとることも厭わないと考えていたことは事実でも、実際には実行していない。
実行に移すほど悪にはなりきれないのだ。

王太子派の貴族が噂を広めていると知っていた。
噂に尾ひれが付いて民からもそう見られていると知っていた。
何一つしていないのに冷酷で民を見下した王子と思われていることを知っていた。

それでも相手は自国の民。
己の身命を賭して守らなくてはならない民。
敵ではない。

そんなセルジュが勇者が望めば全ての者の敵になるとは。
傍でセルジュに仕えてきた従者だからこそ、その発言は驚くようなことだった。

「無礼を承知で申し上げます。勇者は殿下と同性です」

その感情はよろしくない。
見目麗しい勇者であっても同じ男性。
第二王子が望めばどんなに美しい女性とも添い遂げることができると言うのに、なぜ叶うことのない同性の勇者を。

「だからなんだ」
「殿下は王位を継承する者。お考え直しください」

従者の必死の訴えをセルジュはまた鼻で笑う。

「それが足枷になるならば継承権など放棄しよう」
「殿下!」
「冗談だ」
「え?」
「お前でも熱くなることがあるのだな。よいものを見た」

セルジュはそう言って自室のドアノブに手をかける。

「勇者は精霊族を救う者。勇者を鍛えることは民を守ることに繋がると言うのに、手合わせしただけで何か言う者など放っておけ。その者たちは天地戦に敗北して死にたいのだろう」

たしかに勇者を鍛えることは地上を救うことにも繋がる。
ただ、勇者を鍛えることは第二王子の役目ではない。
そのための講師が居るのだから関わらないことが一番だ。

「私の剣が並のもの以下だと思うのか?」
「滅相もないことです」

セルジュの剣の才は並外れている。
講師であっても早々勝てる者は居ないだろう。
何せ幼い頃から前任の騎士団長に鍛えられていたのだから。

「安心しろ。使うのは木剣だ。それでも心配ならば随行医を待機させておけ。尤もあの勇者がそれほど弱いとは思えないが」

そう言ってセルジュは自室に入った。

「すぐに着替えを。勇者を長くお待たせしたくない」
『承知しました』

既に待機していた召使たちがセルジュの衣装を脱がせる。
着替え一つで人が動くことになる自分の立場にセルジュは独り苦笑した。





「春雪さま?」

支度を済ませたセルジュがドナの寝室に戻るとそこに春雪の姿がなく、まだ着替えをしているのかと隣室の扉をノックする。

「セルジュ殿下」
「どうかなさいましたか?」
「それが」

扉が開いてひょこっと顔を覗かせた春雪。
困ったようなその表情にセルジュは疑問符を浮かべる。

「手を離したら落ちてしまいます」

両手で訓練用パンツのウエスト部分を押さえている春雪。
その姿と困った顔にセルジュはサッと顔を逸らす。

「ベルトを」
「ベルト?」
「皮のベルトを一緒にお渡ししておりませんか?」
「皮のベルト?」

ゴソゴソする音が聞こえてチラリと春雪を見たセルジュ。
しゃがんでいる春雪の緩い訓練用パンツのウエスト部分から下着が見えていて再びサッと顔を逸らした。

「もしかしてこれですか?」
「恐らくそれです」
「どのように付けるのですか?」
「私が付けている物と同じです」

見もせずに言うとふわりと香りが近付く。

「なるほど。この輪っかに引っ掛けるのですね」

そのように不用心に近付いて。
いや彼は男性だから意識してしまう私の方がおかしいのだが。

「普段お使いの訓練着とは違うのですか?」
「はい。履いて紐で縛るだけなので」

勇者の訓練着は効率を考え履いて紐で縛るだけ。
通常のこの世界の訓練着と言えばセルジュから借りたもので、コルセットのようなベルトに付いた金具をズボンにもついている金具に引っ掛け、ウエストに巻いてからサイズを調節する。

「背中の部分を押さえますので前で調節を」
「ありがとうございます」

背を向けた春雪のベルトを腰の高さに合わせて押さえる。
たったそれだけの行動でセルジュの心臓は早くなっている。
無防備に背中を向けている勇者に対して。

下を向いている襟足から見えている細くて白い首。
痩せすぎではないかと思うそれから目が離せない。

「っ!!」

首筋に何か触れて春雪は擽ったさに驚く。

「もう少しキツめの方がよいかと」
「え?あ、はい」

前に回されたセルジュの手。
調節した部分を外されて一段キツく留め直される。

「苦しくないですか?」
「大丈夫です」
「訓練中は動きが激しくなるので緩いと落ちます」
「たしかに」

首筋が一瞬擽ったかったのは偶然何かが触れただけか。
付け方が分からない自分に親切に教えてくれるセルジュを見て春雪はそう結論付ける。

「手も動かしますから上着も出てきて肌が見えてしまいます」
「不敬にならないよう気をつけます」
「私は気にしませんが他の者も居るので念のため」
「はい」

私に肌を晒すのは良いが他の者に見せることは気に入らない。
例えチラリと腹部が見えるだけでもだ。

返事をしながらも春雪の顔はほんのり赤い。
背中にはセルジュの体が重なっていて、顔の近くに顔がある。
近過ぎて緊張してしまうのも仕方がないことだと思う。

「春雪さま?」
「あの!自分で出来ます!」

耳許で名前を呼ばれてビクッとした春雪。
親切心で手伝ってくれている人に何を考えているんだと慌てて離れる。

「馴れ馴れしかったでしょうか。御無礼をお許しください」
「いやそうじゃなくて」

焦って否定する春雪へ胸に手をあて頭を下げているセルジュは口許を笑みで歪める。

少なからず意識はして貰える存在ではあるようだ。
そのように分かり易い顔をされてはもっと追い詰めてやりたくなるではないか。

忘れてはならない。
セルジュは決して悪ではないが性癖は歪んでいる。
痛がる姿はもちろん恥じらう姿も好む。
ほんのりと頬を染めて悟られないよう振る舞う春雪の姿はセルジュにとって餌でしかない。

「ごめんなさい。手伝ってくれてるのに」
「いえ。余計なことだったと反省しております」
「余計なことではありません。助かりました」

なんと愛らしいのか。
首筋を押さえているのはそこに触れたものが何か分かっていての行動か、その部分に意識がいっている自分を隠すためか。
どちらにせよ愛らしい。

「もう分かるようですので隣室でお待ちしております」
「え?あの、はい」

焦るその様子が愛らしくてたまらない。
自分を意識してくれていることが嬉しくてたまらない。
そんな感情を全て隠して寝室へと戻った。

「ふっ」

思わず洩れた笑いに口を結びドナが眠るベッドに座る。

「よく耐えたと思わないか?この私が」

噛みついて痕を残してやりたい衝動を耐えた。
勇者の方が二つ年上ではあるが私も子供ではない。
悪趣味を分かち合う相手くらい居るのだ。
普段であれば一瞬の口付けなどでは済んでいない。

「なあドナ。精霊王に愛され人々から愛される力を授かっている春雪さま自身は誰を愛するのだろうな」

それが自分でないことだけは確かだが。
セルジュは独り言を呟いて苦笑した。

精霊王に愛されし者。
変化してゆく春雪と並行するように周囲の者も変化してゆく。

偶然か必然か。
それは神のみぞ知るところ。
 
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旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。 《作者からのお知らせ!》 ※2025/11月中旬、  辺境領主の3巻が刊行となります。 今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。 【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん! ※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

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部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
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不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

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16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

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新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

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「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

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