ホスト異世界へ行く

REON

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第十一章 深淵

祈りの炎(第三覚醒)

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時間は二十時。
刻を報せる鐘が鳴る。

「あ。大聖堂の方に戻ろう」
「なにかあるのか?」
「炎を貰いに行く」
「炎を?」

首を傾げる魔王。
まあ炎を貰うと言われてもそんな反応になるだろう。

「俺が昼に参加した豊穣ほうじょうの儀で灯した篝火かがりびの炎を貰って、家族や大切な人と来年の幸せを願うのが祈りの日の伝統らしい」
「ほう。では戻ろう」
「うん」

昼間の式典で灯した巨大な篝火かがりび
みんなが祈りを捧げたあれを『祈りの炎』として配るらしい。
一般家庭はもちろん貴族や商人も家庭円満や商売繁盛を願って貰いに行くとエドやベルから聞き、それなら一応公爵家当主の俺も貰っておこうと思った。

出店の並ぶ場所を抜けて再び大聖堂方面へ。

「なるほど。ああしてランタンに炎を貰うのか」

大聖堂に近付くほどランタンを持っている人が増え、というので気付いたのか魔王は納得したように呟く。

「普通のランタンではないようだな。魔導具か」
「うん。炎が消えにくくなる術式が付与されてる」

祈りの炎を貰う時に使うのは魔導具のランタン。
ランタンの中であれば風でも雨でも消えないらしい。

「貰うのは良いがランタンはどうするんだ?」
「持ってきた。一度広場に寄って貰えるか?元の姿に戻る」
「そのままの姿では駄目なのか」
「ランタンに俺の紋章が入ってるからこの姿で貰いに行けば窃盗を疑われかねない」

ただ子供の姿とだけなら魔力制御をしてるのかと察してくれそうだけど、髪や瞳の色を変える魔法があることを知らない人に英雄本人だと気付けと言うのが無理な話。
出店エリアの警備官が俺のことを深掘りしなかったのはレイモンが「軽く説明しといた」と言っていたように先に俺の正体を聞いていたことと、王城で魔王の姿(賢者公爵として招かれた数回)を見たことがあったから信用できると思ったんだろう。

「大聖堂前広場でも一応売ってるみたいだけど、一般国民にも買える値段の物だから術式の効果も一日しか持たないらしい。貴族家や商人は一週間は持つ特注のランタンを作ってそれに炎を貰って、消えるまでは縁起物として屋敷や店に飾るんだと。飾らなかったからって吉兆が変わるとは思わないけど」

日本の門松や鏡餅と同じ縁起物。
それをしなかったからと言ってその年は幸せになれないとは思わないけど、なんとなく気持ちの問題。

「俺もしきたり通りにしなかったところで吉兆が変わるとは思わないが、そのしきたりを重んじる者からの印象は変わる。特に貴族や商売人は縁起を気にするものだろう?」
「まあな。だから俺も貰っておこうと思った」

貴族家や商人は一般家庭よりもを重んじる。
俺も『郷に入っては郷に従え』で、炎を貰って帰って屋敷の玄関に飾るつもりだ。


来た時と同じく大聖堂広場に行って元の姿に戻り、髪や瞳を隠すためにローブのフードを被って大聖堂に向かった。

「物凄い人の量」

豊穣の儀を行った大聖堂前広場には既に沢山の人。
それほど祈りの炎を貰いに来る人が多いということ。
多くの人にとって祈りの炎は『ただの炎』というだけのものではないんだと実感した。

「これは配る方も骨が折れるな」
「本当に。今日は大聖堂の神職者が総出で配るらしい」

待ってる方も大変だけど神職者たちはもっと大変。
この広場で配る神職者と広場に入れない人のために祭りの中を歩いて配る神職者で分かれて配るというんだから。

「纏めて配れば早いと思うが」
「どうやって?」
「操作対象をランタンにして風魔法を使い炎を送ればいい」
「サラっと言ってるけど賢者の特殊恩恵を持ってないと無理だし。賢者の特殊恩恵を持った神職者なんて聞いたことない」

対象操作を使えるのは賢者だけ。
賢者の特殊恩恵を持っていたら神職者にはなっていない。
エミーのようにとして軍官になってる人なら居るかも知れないけど、神職者は天地戦を含む戦で国に残り結界をはって国や国民を護る大切な役目があるから両立できない。

「賢者に頼めば良いものを」
「この国で正体を明かしてる賢者はエミーだけ」
「ああ、そう言っていたな」

誰が賢者か分からないんだから協力も頼めない。
仮に知っていても、正体を隠し生きるほど命(能力)を狙われる危険性がある賢者に不特定多数の人が集まる場所に来て貰うなんてしないだろう。


術式がなくとも防音魔法が使える魔王のお蔭で周りに人が居ても気兼ねなく話しながら約一時間ほど。
祭壇に一番近い篝火の傍で待っていて漸く順番が近くなってきて軽く辺りを見渡す。

「綺麗だな」
「ん?」
「沢山の人の手元で光るランタンが綺麗だと思って」

既に炎を貰い終えた人たちの手にあるランタンを見る。

「俺の居た世界にその年の収穫や豊作を祝ってランタンを空に飛ばす行事があったんだけど、なんかその光景に似てる」

薄暗い中多くの人が手にしているランタンの淡く柔らかい光は地球のランタンフェスティバルを思い出させる幻想的な光景。

「魔法で飛ばすのか?」
「ううん。地球に魔法はないから熱気球ってものの要領で夜空に飛ばすんだ。実際に見たのは一度だけだったけど、沢山のランタンが空に浮かんでる光景が本当に綺麗だった」

炎を貰い傍を通り過ぎる人たちの表情はどこか幸せそう。
家族や恋人や友人と思われる様々な人が居るけど、平和だからこそ見れる人々の表情に俺の表情も釣られるように綻んだ。

「おい」
「ん?」

綺麗な光景を眺めていると魔王に肩を叩かれる。

「突然炎が強くなったが、ああいうものなのか?」

魔王が見ていたのは篝火かがりび
さっきと目に見えて違いがわかるほど高く炎があがっている。
しかも広場に数ヶ所にある篝火が全て同じように。

「豊穣の儀の時も祈りの最中に炎が強くなったけど」
「けど?」
「ちょっと強すぎるな」

豊穣の儀でも祈りに呼応するように炎があがった。
その時は誰も反応してなかったから珍しいことじゃなかったんだろうけど、今は神職者たちが振り返ってまで見あげてるということは想定していなかったことが起きてるんだろう。
轟々と燃え上がるその炎に俺と魔王の周りで同じく順番を待っていた人たちも何事かとざわつき始めた。

俺と魔王を含む篝火に近い位置に居た人は危険だからと一旦離れるよう指示され、広場は今までと違う賑やかさに変わる。
篝火を管理する助祭は火種を減らし威力を弱めようと道具を持っているものの、炎が強すぎて近付けないらしく右往左往。

「教皇」

枢機卿に手を借り祭壇のある壇上にあがったのは教皇。
豊穣の儀の時のように祭壇に向かい祈りを捧げ始め、すぐに枢機卿たちも教皇に続いて祈り始める。

「半身?」
「熱い」

神職者の祈りに呼応するようにますます高くあがる炎。
それは俺たちの居る場所まで炎の熱さを感じるほど。

「……あれ?」
「どうした」
「もしかして熱くない?」
「熱くないが」
「あれ?」

周りを見渡して気付いた。
俺以外の誰も熱がっていないことに。
耐性の高い魔王は別として、俺よりも篝火に近い一般国民も炎の大きさに驚いているものの熱がっている様子はない。

「これって」

豊穣の儀の時と同じ。
熱がっているのは俺だけ。

【ピコン(音)!恩恵 月の恵みにて浄化を行ってください】

突然の中の人の声。

『浄化?』
今年こんねんは負の気が多く一度の儀式では全てを浄化できず不完全のまま結界内に滞留しています。現在神職が再度の浄化を行っていますが一度目の儀式の影響で魔力が不足していますので、祓いに失敗した負の気は神職者へと還り生命を蝕みます】
『教皇や枢機卿が危ないってことか?』
【負の気は全ての生命や星に悪影響を及ぼします】

昼にも儀式を行った教皇たちの魔力が回復してないのは当然。
とにかく浄化を手伝わないとマズイってことだけは伝わった。

「教皇さま!」
「私はいい!祈りを続けるように!」

中の人から聞いてる間にも祭壇の前で膝から崩れ落ちた教皇。
近寄ろうとした枢機卿を止めまた教皇は祈りを続ける。

「あの聖職者、生命力を削っているのか」
「え?」
「魂色が徐々に薄くなっている。不足した魔力の代わりに生命力を削って祈りを捧げているようだ」

魂色の見える魔王だから分かること。
代替わり間近の老体なのになんてことをしてるのか。

「頼む。教皇に魔力を分けてくれ。俺も恩恵を使うから」
「ん?」
「静かには生きられない半身でごめんな」

今日は目立たず二人の時間を過ごすつもりだったけど、国や国民のために命を削っている人を見ないふりは出来ない。
魔王の手を握って祭壇に向かい様子を伺っている人々の間を抜ける。

【神職者は月の祈りを。同時に術者シン・ユウナギは月の恵みを使い結界内に残る全ての負の気の浄化を行ってください】
『月の祈り?話してみる』

大気や大地や水に恵みを与えるという恩恵。
豊穣の儀の最中に月神の能力が解放されたのはきっと『浄化が不完全だから』だったんだろう。

「止まりなさい!祭壇に近付かないように!」
「俺だ。危害を加えたりしないから通してくれ」
「失礼いたしました」

教皇や枢機卿が居る壇上を守っていた警備兵たちに止められ深く被っていたフードをめくり顔を見せるとすんなり剣を収めてくれて、「ありがとう」と礼を伝えて壇上にあがる。

「教皇。それ以上命を削るのは辞めろ」
「……英雄エロー公?」
「この人は魔力譲渡が使える。魔力を貰って回復してくれ」
「よろしいでしょうか。ありがとうございます」

生命力を削っている教皇の祈りを辞めさせ魔王を見ると、こくんと頷いた魔王は早速教皇へ手のひらを翳して魔力を送る。

「月の祈りっていうのは分かるか?」
「はい。月神に捧げる祈りの種類の一つです」
「教皇たち神職者はその月の祈りを捧げてくれ。俺は恩恵を使って結界内に残ってる負の気の浄化を手伝う」

星の大妖精も言っていた『負の気』というもの。
それが生命や星に悪影響を与えるというなら放っておけない。

「この星と全ての生命に月神の慈悲を。月の恵みを」

空に浮かぶ白銀の月に向かい手のひらを組み、そう祈って月の恵みの恩恵を使う。

【ピコン(音)!特殊恩恵〝神力しんりき〟の効果により全パラメータのリミット制御を解除、限界突破リミットブレイク。特殊恩恵〝月の導き〟により浄化能力が上昇。ただいまより月神による浄化を行います】

中の人の声と同時に俺の身体から淡い光が発され篝火が業火のように激しく燃え上がり、体内が焼かれるように熱くなって勝手に翼が生える。いつもよりも大きな白と黒の翼が。

「……神職者は私と共に月の祈りを!」
『はい!』

魔王に魔力を貰って回復した教皇が後ろにいる枢機卿や大司教たちに指示をして祭壇に向かい祈りを捧げると、体内の熱はますます酷くなり激しい痛みも伴う。

恐らく篝火の炎の大きさは浄化作用に関係しているんだろう。
そして熱や痛みは神職者たちの祈りが俺に届いているから。
いや、正確には俺の中に居る月神に、か。

自分の身体から発された淡い光が広がって行く。
急襲の時に発動した慈悲シャリテのように。
豊穣の儀の最中に見た月神の癒しのように。

身体を引き裂かれそうな痛みと体内を焼き尽くすような熱。
淡い光が広がるほど魔力が物凄い勢いで減るのを感じる。

どうして俺の中に月神が居るのか分からない。
もしかしたらそれこそが精霊神の言う、俺に課されたに関係しているのかも知れない。

俺は月神のとして召喚されたんだろうか。
この時のために召喚されてを果たして死ぬんだろうか。

そう思うほどに生命力が削られているのを感じる。
同じ生命力が削られる感覚でも、急襲の時の慈悲シャリテよりも意識のハッキリしている今の方がの足音が聞こえる。

そう言えば中の人が言っていた。
地上全てに恵みを与えるのは不可能だと。
魔力が不足しているからと。
王都の結界内の負の気を浄化するだけでも生命力を削られるんだから、地上全てなんて無理だってことは実感できた。

『見つけた』

そう聞こえた声。
瞼をあげると目の前には黒いローブを着た巨大な何かの姿。
背には大きな黒い翼がはえている。

「……フラウエル?」

何故かぼやけていて顔は見えない。
でも頭の左右に生えている立派な三日月形の角は魔王のそれ。
ハッとして教皇の方を見ると魔王はそこに居て、俺の顔を覗くように居る黒いローブを着た巨大な何かを見あげていた。

教皇からも後ろに居る神職者や国民からも驚きは聞こえない。
つまり見えているのは俺と魔王だけと言うことだ。

『この刻を待っていた』

精霊族や魔族ではないと分かるその存在が俺を両手で包む。
巨大な何かの両手で包まれているはずなのに潰されるような痛みどころか触れられている感触すらもなく、ただただ身体が温かくて心地よく、どこか懐かしい感じがする。

『必ず見つけると約束した』
「…………」

心地よい両手の中で急激に回復する魔力。
今の今まで感じていた生命力を削られる感覚ももうない。
魔王と同じ形の角を持つ巨大な何かの正体は分からないけど、締め付けられるように胸が痛くなって自然と涙が落ちる。

『おかえり。私の**』

巨大な何かは聞き取れない言葉を言うと光の玉に姿を変え、見上げていた魔王の身体に吸い込まれるように消えた。

【ピコン(音)!シン・ユウナギ第三覚醒。特殊恩恵〝契合けいごう〟を手に入れました。特殊恩恵〝月の導き〟と特殊恩恵〝契合〟が融合。新たに特殊恩恵〝月の使者〟を手に入れました】

第三覚醒を報せる中の人の声。
自分から発されていた光がほんの一瞬だけ目を眩ませるほどの閃光になり、そのままスーっと消えた。

英雄エロー公」

跪いたまま確認するかのように俺を見上げた教皇。
終わったのかと俺も篝火を確認すると、月の恵みを使っていた間は業火のように火柱となっていた炎は落ち着いている。

【ピコン(音)!結界内の負の気は全て浄化されました】

そう中の人が教えてくれてホッとする。
星や生命に何か大変な悪影響を齎す前に浄化できて良かった。

「うん。残ってた負の気も浄化できたみたいだ」

不安そうだった教皇にもそのことを教えるとパッと表情が明るくなり、祈りを捧げていた神職者からも喜びの声があがる。
その後に神職者たちの喜びの声で何かしらの事態が落ち着いたことを理解したのか、国民たちも歓声をあげた。

英雄エロー公、一度大聖堂へ。ここに居ては危険です」
「フードで隠してても無駄だったか」
「翼と神域の能力で気付いたのかと」

大聖堂内へ一時避難するよう話すのは教皇。
ローブのフードで髪と瞳を隠していても無駄だったようで、壇上に押し寄せる熱狂的な国民を警備兵や神職者が止めている。

「そうだ。祈りの炎って魔法で配ったら駄目なのか?」
「魔法?豊穣の儀で祈りを捧げた炎を配るという以外は何も」
「そっか。神職者も月の祈りで魔力を使って疲れてるだろうから少しだけ配る手伝いをしとく。俺も貰っておきたいし」

神職者たちが行う祈りは魔力を使う。
昼間に行った豊穣の儀でも大量に使った上にまた使うことになったんだから、魔力が減って身体も相当疲れているだろう。

「フラウエル。さっき言ってた方法で手伝ってくれるか?」
「俺を酷使する者などお前くらいだ」

異空間アイテムボックスからランタンと拡声石を取り出しながら聞いた俺に魔王は呆れた顔をする。
文句を言いながらも手伝わないとは言わないんだから優しい。

『諸君、静粛に願う』

距離のある人にも届くよう拡声石を使って声をかける。

『諸君が月神へと感謝の心を伝え愛する者と過ごす良き日に怪我人が出ることを私は望まない。静粛に願う』

重ねて言うと押し寄せていた人々の動きが止まった。

『教皇をはじめとした神職者たちはいま、諸君が翌年も平穏に過ごせるよう願い魔力を使って月神へと祈りを捧げた。豊穣の儀でも儀式を行いまだ回復していない魔力を使うことは命を削る行為に等しい。それでも王都に暮らす諸君のために迷わず祈りを捧げ悪気を祓ってくれた神職者たちに深い敬意と感謝を』

胸に手をあてると人々も両手を組み祈る。
押し寄せていた人々も魔力を使ったばかりの神職者たちが自分たちを止めるためそこに居ることに恥じらいを覚えたのか、後ろへと下がった。

『そこで私も少し神職者の手助けをしようと思う。祈りの炎を貰うのはこの人でなければ駄目だと決めている者以外はランタンの小窓を開けて欲しい』

そう話ながら自分のランタンの小窓も開ける。

「フラウエル。先ずは見本でコレに頼む」
「ああ」

拡声石は使わず直接頼むと魔王は篝火の炎を器用に操り自分の頭上に炎の塊を運んできて、俺が手に持っているランタンの中の術式を対象にして祈りの炎を入れてくれた。

「綺麗!」
「お兄ちゃん凄い!」

魔王の手の動きに合わせて形を変えながら夜空に揺らめく炎の美しさに子供から大人まで拍手喝采。
神職者や教皇までも手を叩いていて魔王は複雑な表情。

『このようにして私と彼で炎を配る。ただ、使用する魔力が多いため広場に居る全員に配るのは不可能だ。そこは既に並んでいて順番が間近だった者だけで許して欲しい。魔法はランタンの中に描かれた術式を対象としているから諸君の身体に炎が触れても火傷をすることはない。安心して欲しい』

それだけ話して拡声石を異空間アイテムボックスに仕舞う。

「教皇。このまま俺がここに居ると迷惑になるから空から配ってそのまま退散する。譲渡して貰った分もまた祈りで使っただろうから、後は体力のある人に任せてゆっくり休んでくれ」
「温かいお心遣い感謝いたします。そちらの賢者さまも救済くださいましてありがとうございました。大事になる前に事態を沈静化できたのはお二人のお蔭です。感謝申し上げます」

教皇が祈りの手を組み感謝を伝えると枢機卿もそれに続く。
大事になる前にと言ったということは、俺が中の人に聞く前から負の気が結界内に残っていることを気付いていたんだろう。
それで生命力まで削って負の気の浄化を始めたというんだから聖職者の鑑。

「役にたてたなら良かった」

それだけ言って笑い翼を出すと魔王も翼を出す。

「……え?」
「ん?」

バサリと開いた魔王の翼。
それを見て驚いた俺に魔王は首を傾げる。

「それ。翼」
「翼?」

魔王の背にはえた大きな翼。
いつもの半透明ではなく漆黒の翼に変わっていて、本人も驚いた表情をしている。

「賢者さまも英雄エロー公と同じく魔力の翼を使えるのですね」
「こちらの御方は人為スタンピードの際に英雄エロー公やエミーリアさまと共に魔物と戦っておられた御方では」
「おお。一度ならず二度までもお救いいただいていたとは。重ねて感謝申し上げます」

武闘大会のスタンピードで放映された姿を覚えていた枢機卿がいて、教皇や枢機卿に祈られ魔王はまた複雑な顔をする。

「彼の正体については俺たちだけの秘密にして欲しい」
「尊き御方のことを口外するような不敬はいたしません」
「ありがとう。じゃあ俺たちはこれで」
「お気を付けて」

夜空を指さすと魔王はこくりと頷き、教皇たちに挨拶をして二人で空へ飛ぶ。

「とりあえず先に炎を配ってから話そう」
「わかった」

話すのは二人になってゆっくり。
ランタンを開いて待っている国民に炎を配るのが先。

「この辺りでいいか」

大聖堂の屋根の高さまで飛び、魔王がやったように篝火の炎を風魔法で操り夜空に浮かせて幾つもの小さな炎に分ける。

「来年もみんなが幸せでありますように」

対象をランタンの術式にして二人で一気に炎を配る。
ポツポツ灯っていくランタンの淡い光は空から見ても綺麗だ。

「さすが異世界最強。半分くらいの人に配れた」

異世界最強は今日も変わらず規格外。
広場にどれだけの人が居ると思っているのか。
炎の灯っている数を見て笑い声がもれた。

「よし。後は二人で空の散歩しよう」
「ああ」

下から手を振る人たちに軽く手を振って大聖堂を離れる。
耳には賑やかな声が暫く聞こえていた。

「やはりな」
「ん?」

のんびり飛んでいると魔王がそう言って止まる。

「覚醒している」
「え?」
「見知らぬ特殊恩恵が増えた」

どうやら飛びながらステータス画面パネルを確認したらしい。

「魔王は覚醒の時に眠りにつくんじゃないのか?」
「今の身に余る能力を得る時には眠りにつくが、今回の覚醒はそうではなかったと言うことだろう。名前は御大層だが」

自分の画面パネルを眺めている魔王。

「俺も覚醒したんだけど」
「なに?」
「覚醒して〝月の使者〟って特殊恩恵が増えた」

そう話すと魔王は俺を見る。

「フラウエルのも似たような名前の特殊恩恵だったりする?」
「似るどころか同じ〝月の使者〟という名前だ」
「やっぱりか」

同じタイミングで覚醒したからもしかしてと思えば。

「あの黒い翼の巨大な何か、フラウエルにも見えてたよな?」
「ああ」
「光の玉になってフラウエルの中に入ったよな?」
「ああ」

俺と魔王だけが見えていた巨大な何か。
二人して見えていたならあれは幻覚ではなかったと言うこと。

「またお前の能力が具現化した何かなのかと思っていた」
「確かにあの時今日増えたばかりの恩恵を使ってたし、角の形がフラウエルと同じだったから俺のイメージにある姿が具現化した時と同じではあるけど、アレは違う」

神の裁きを使った時に能力が具現化する感覚とは違う。
かと言って特殊召喚されてきた何かでもない。

「あの巨大な何かの声も聞こえたか?」
「いや。喋っていたと言うことか」
「うん。俺に『見つけた』って言ってた」
「見つけた?」

俺の能力については魔王にも詳しく話してない。
一緒に過ごしていれば目にするから神の能力を使うことは知っているけど、俺が特殊恩恵〝魔王〟の能力の全貌を知らないのと同じく互いの能力については一線を引いている。
だから話すつもりはなかったんだけど……。

「半身のフラウエルには話しとく。俺の中には月神が居る」
「……月神が?」
「赤子を蘇生させた時に神がどうこうって話しただろ?」
「ああ。お前に似ていたという」
「それが月神。今日覚えたばかりの恩恵を使ったって言ったけど、豊穣の儀の最中にまた俺の中から姿を見せたんだ。タイミング的にまさかと思って月神かって聞いたら微笑んでた」

前髪で隠れていたけど見えていた口元で微笑んで見せた。
神魔族の血による直感なのか、少なくとも神であることは分かっていたからの考えに至れたんだけど。

「そのを確信したのは、神職者たちの月神への祈りに呼応するように姿を現した神が癒しの能力を使ったあと俺の中に戻ったタイミングで増えた能力が〝月の導き〟って名前の特殊恩恵と〝月の恵み〟って恩恵だったから。俺が正体に気付いたから月神の能力が解放されたんだと思う」

どうして俺の中に月神が居るのかは分からない。
でも俺の中に月神が居ると考えると納得のいくこともある。

「俺が神の能力を使えるのは俺の中に月神が居るから。特殊召喚されてきた神族や大妖精が俺を創造主クレアトゥールと呼ぶのは多分、月神があの神族たちを創った創造主だから。だとすると精霊神や魔神が創ったはは月神のことなのかも」

月神が俺の中に居ると考えれば謎だった点と点が繋がる。
神族は俺の中に月神が居ることを分かっていたんだろう。

「フラウエルの中に消えた神も俺に『この刻を待っていた』とか『必ず見つけると約束した』とか言ってた。何で俺の中に居るのかは知らないけど、あの神も月神を捜してたんだろうな」

両手で包まれた時に涙が出たのも月神が俺の中に居るから。
俺にとっては見知らぬ何かのはずなのに懐かしくて胸が痛かったのは月神の心だったんだろう。

「覚醒したタイミングを思えばあの神が月神に関係した〝月の使者〟と言うことなんだろうが、なぜ俺の中に入ったのか」
「うーん……なんでだろう」

魔王が言うように恐らくあの神が月の使者。
今回二人で同時に覚醒したのはあの月の使者の影響というのは間違いないだろうけど、確かに謎は残る。

「フラウエルと同じ形の角だったよな?」
「ああ。今まで俺と同じ形の角をした者を見たことがない。だからお前が扱う能力で具現化された俺なのかと思った」
「他に居ないならそう思うよな」

でもあれは俺のイメージで具現化された魔王じゃない。
感覚的にそう思うのプラス、俺の能力が具現化した姿なら俺が思ってもいないことを喋るのがおかしい。
あれは魔法が具現化したものではなく意思を持った神だ。

「俺とフラウエルが半身だからとか?」
「なんの関係がある」
「月神が中に居る俺と一番繋がりが深いのが半身のフラウエルだからかなって。月神と繋がっていたいってことじゃないか?神と神の使者ってだけの関係じゃなさそうだったし」

俺が感じとった月神の感情と月の使者の言葉。
どちらも『愛おしい者』と再会したかのように感じた。
だから月神が中に居る俺と魂で繋がった魔王の中に入ったんじゃないかというのが俺の予想。

「入られてどうだ?具合が悪いとか能力が下がったとか」
「入られている感覚すらない。能力値もあがっている」
「問題ないなら良いんじゃないか?入られてても」
「また適当な」
「俺も月神が中に居て特に悪影響を感じたことがないし」

俺の中に居る理由は分からないし出て来ると驚きはするけど、月神が中に居るから力が使えると思えば不満はない。
色々能力を得て人外にはなったけど、能力自体は俺がその時々で望んで得たものだから月神が悪い訳でもない。

「俺の中に月神が居るのが分かった時に思ったんだけど、精霊神や魔神が言ってた俺が忘れてる役割って月神の容れ物ってことなのかもって少し思った」

月神が存在するために必要な容れ物が俺。
月神のために俺が存在すると考えると複雑な心境だけど。

「俺のことに関しては思い出したのか?」
「ん?」
「最初に俺が精霊神や魔神に会った時に言っていただろう?お前が思い出せばおのずと俺の出生についても分かると」
「……あ。言ってた」
「お前が思い出すことで俺も思い出すのかお前の口から聞かされることになるのか知らないが、俺もお前も分かっていないと言うことは容れ物というのが役割ではないと言うことだろう」

言われてみれば。
魔王の出生も俺が思い出せば分かると言っていた。

「なんだ。俺は月神のために存在してる訳じゃなかったのか」
「悪影響はないと言ったばかりの口で何を言っている。おかしなことを考えて心を痛めたならそれも悪影響だろうに」
「たしかに」

そう言われて笑う。
俺が勝手に思っただけなんだけど。

「お前は月神の容れ物でも月神のために存在しているのでもない。俺と魂で繋がっているたった一人の大切な半身だ」
「うん」

顔を近付けた魔王の首に腕を回すと口付けられる。
今日も異世界最強は真顔で激甘。

「あ。そうだ」

ふと思い出して異空間アイテムボックスからランタンを取り出す。

「一緒に祈ろう。俺たちと俺たちの大切な人の幸せを願って」

平和、健康、夫婦円満、商売繁盛。
全ては『幸福』という願いに辿りつく。

「フラウエルとフラウエルの大切な人が幸せであるように」
「では俺は半身と半身の大切な者が幸せであるように祈ろう」

互いに少し笑って額とランタンを持つ手を重ねて祈る。
来年も大切な人と大切な人の大切な人が幸せであるように。

祈りの炎に願いをこめて。

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世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
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新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
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「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

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バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

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