ホスト異世界へ行く

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第十一章 深淵

会食

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豊穣の儀の翌日。
王宮地区にある英雄エロー公爵邸は訪問者で賑わっていた。

今日は英雄エロー公爵家初のパーティ。
尤も、今回は貴族家を招いて行う盛大な夜会ではなく親しい者だけを招いて庭園で行う気軽な会食。

ただし、とはいってもそこは公爵家。
主人が恥をかくことがないよう庭師たちは今日のために庭園を美しく整え、料理人は何度も入念に試作を繰り返し、使用人たちは食器類やテーブルやイスやパラソルの色一つにもこだわり話し合いを重ねてセッティングにも余念がなかった。

「ふぁぁぁ色々あって目移りしちゃう」
「ちょっと落ちつけ」
「美味しそうな料理に囲まれるなんてここは天界!」
「わかったから」

幾つかに分かれた巨大なテーブルに並ぶ料理の数々を見て大興奮のネルにロイズは呆れ顔。

「これとこれとこれとこれと」
「待った待った。そんな一気に」
「全部食べる」
「食べられそうならまた次を貰いに来ればいいだろ?」

片っ端から指をさすセルマを慌てて止めるのはレイモン。
仲のいいプロビデンスの四人の様子に取り分けのためにいる使用人たちもついつい笑みに。

「これは?」
「ピザというお料理ですわ。サラミというお肉とミルクから作ったチーズというものを三種類使ってパリパリに焼きあげておりますの。チーズは温めるとこのようにトローリと」
「うわ……美味そう。これがいい」
「承知しました」

別のテーブルではパイサーバーを使って持ち上げたピザからトロリと伸びたチーズの様子を見せられたドニが一瞬で心惹かれて選ぶ。

「ドニ、よく平然と頼めるな」
「ご令嬢に取り分けて貰うのは気が引ける」

そのテーブルで取り分けているのはアデライド嬢。
貴族令嬢に取り分けて貰うとあって冒険者たちは遠慮がち。

「まあ。今日のワタクシはカフェの従業員ですわ。みなさまも遠慮なさらずお申し付けください。様々なメニューを試食していただいてご意見をお聞かせくださいませ」

今日の会食は西区のカフェに出すメニューの試食会も兼ねていて、アデライド嬢がこの場で取り分けているのもそのため。

一方この巨大屋敷の主人はというと。

「シン兄ちゃん、これはなに?」
「この辺りはパスタって料理。右から順にミートソース、ボロネーゼ、ペスカトーレ、カルボナーラ、トマトクリーム、たらこと明太子、ペペロンチーノ、ボンゴレビアンコ」
「難しくて覚えられない」
「たしかに。異世界の名前だからなおさらな」

主人自ら取り分け中。
たくさんあるパスタ料理の中からこの世界の人の口に合う味を調べるために有名どころのソースを作り試食して貰っている。

「みんな自分のお腹と相談しながら食べるようにな。食べすぎて後からお腹痛いってならないように」
『はーい』

元気に返事をする孤児院の子供たちに大人たちはほっこり癒されていた。





「俺も休憩」
『お疲れさまです』

これから面談がある子供たちや司祭さまを見送ったあと休憩に来たのは魔王と四天魔とエディとラーシュが居る席。
そして魔族の中に唯一居るのは人族のエミー。

「これだけの種類の料理を作るのは大変だっただろう」
「うちの屋敷の料理人だけだと大変だからシモン侯爵家の料理人を借りた。評判がいい物を絞ってカフェで出すつもり」
「シモン侯の料理人なら情報を漏らすことはないだろうね」
「うん」

防音魔法がかけてある中に入り椅子に座ってラーシュが注いでくれたスパークリングワインを受け取りつつエミーに答える。

「夢中で食べてるな」
「美味い」
「そっか。口に合って良かった」

綺麗な所作でパスタやピザを食べている魔王と四天魔。
魔王が一言だけ答えて再びフォークを口に運ぶと四天魔も数回頷いて料理を口に運ぶ。

「異世界の料理は多数の味や調理法があって凄いですね」
「この世界だと塩をふって焼く料理が主だからな。俺が居た異世界では調味料の種類も調理法も多くて全部は把握出来ない」
「把握出来ないほどとは驚かされます」

そう話すエディが食べているのはディアボラ。
唐辛子(もどき)を使っているから辛口のピザだけど、気に入ったらしくラーシュとシェアしながら食べている。

「食事メニューも美味しいけど私はケーキが気に入った」
「そうらしいな。食べ過ぎるとぶくぶくに肥えるぞ」
「食事中に気分が盛り下がる話は辞めてくれるかな?」

エミーの前にある皿には苺ショート。
今日は試食として用意しているから一つ一つを小さくしてあるけど、他にもフォンダンショコラやチーズケーキやチョコレートいったケーキと数種類のデザートが並んでいて、言われなくても『気に入ったんだろうな』と察せる状況。

「やはり茶碗蒸しは出さないのか?」
「出しません」
「あれは売れると思うが」
「何回も言ってるけどカフェで茶碗蒸しは出しません」

キッパリ答えた俺としょぼんとする魔王にクルトは笑う。
探せば茶碗蒸しを出すカフェもあるのかも知れないけど、サンドイッチやパスタといった軽食やデザートが中心のカフェで茶碗蒸しは異色すぎる。

「そんなに拘らなくともシンに作って貰ってるんだろう?」
「俺は作って貰ってるが、美味いんだから店にも出せばいい」
「美味いからって何でも出せばいい訳じゃないだろうに」
「店で出せばいつでも食べられるだろう」
「そっちが本音だね?」

いつでも食べられるが本音らしく、エミーは呆れ顔。
そんなに気に入ってくれたことは素直に嬉しいけど、まずはカフェからはじめて成功したら他の店も作って料理の幅も広げていくつもりだ。

「あ。料理の話で思い出したけど、昨日のリュヌ祭に無許可で君の異世界料理を真似たメニューを出した店があったらしいね」
「ああ、うん。エミーの耳にも入ったのか」

料理の話題で思い出したらしくエミーが言ったのは昨日の事。

「今朝師団室に用があって行ったらちょうど警備官が来てね。権利詐称だけでも重罪だけど、その相手が英雄エローとあらば保護法を管轄する師団にも報告をしなければいけないから」
「なるほど」

勇者保護法と英雄保護法。
それに守られた勇者と英雄のあれこれを管轄しているのが師団だから早速報告が入ったと。

「今回は刑に保護法は加算されないよな?」
「されないね。権利を持ってるのが英雄エローだと知っていながら詐称したのなら英雄侮辱罪やらが加算されるけど、そこまでは知らなかったらしいから通常の法に則った刑罰になる」
「それなら良かった。悪いことをしたのは確かでも権利を持ってるのが俺だからって理由で刑が変わるのは夢見が悪い」

悪いことをしたんだから通常の法律で裁かれるのは当たり前だけど、保護法の中の何かに触れて罪が重くなるのはさすがに。

「保護法は加算されないけど罪は重くなる」
「通常よりってこと?」
「君以外の人の権利物も無許可で販売していたことと過去にも逮捕歴があるらしい。再犯とあらば当然ながら罪は重い」
「えぇ……あの店主ってそんなにやらかしてたのか」

俺だけじゃなくて他の人も被害にあってたとは。
見た目は普通のおばちゃんだったのに。

「一度目の逮捕後は目立たないよう小さな領地とかでコソコソ稼いでたみたいだけど、今回は武闘大会で人気のあった料理だけに目立ってしまった。例え君が見つけなくても武闘大会で実際に食べた人なら物が違うと気付いて通報しただろうよ」
「まあ。実際に食べたことがないけど噂を聞いて買いに来た人にはあれがホットドッグと思われただろうけど」

知らずに食べた人にはそれが本物か偽物か分からない。
俺が見つける前から売っていたんだから、人気があった割にはこんなものかという印象のままで終わってる人も居ると思う。

「あ。家族は?病気の子供が居るって話してたんだけど」
「子供どころか独り身だから伴侶すら居ない」
「フラウエルが病気の子供が居ることは嘘だって教えてくれたけど、病気なのが嘘なんじゃなくて子供自体いないのかよ」
「典型的な犯罪者だね。次から次へと嘘をつく」
「ろくでもねぇ」

あのおばちゃんとんだ嘘つきだな。
子供が病気というのは嘘だったとしても、旦那や子供といった家族はこれから大変だろうなとそちらの心配は過ぎったのに。

そんな話をしながら休憩して数十分。

「みんな食ったなぁ」
「見てるだけで苦しくなったよ」
「美味かった」

次々と運んできた皿の上は綺麗に空に。
先に食べ終えていたエミーはワイン片手に苦笑いしている。
魔族は大食漢が多いとあって、空いた皿が置き去りにならないよう片付ける召使メイドやボーイも頻繁に来て大変そうだった。

「魔族はみんなよく食べるのかい?」
「普通だ」
「その普通が精霊族の普通とは違うんだけどね」

魔族と精霊族ではそのが違う。
キッパリ普通と言いきった魔王にエミーは呆れ顔。

「そもそも体のサイズが精霊族とは違うから」
「ああ、そうか。言われてみれば急襲の時に見た時にはみんなもっと大きかったね。今の大きさですっかり見慣れてたけど」
「あの時も魔力を抑えてたから本当のサイズじゃない」
「あれでも?大き過ぎだろう」
「実の姿の時に一番小さいのは俺」
「君でさえ精霊族には居ない大きさなのに」

魔力を抑えると背丈が縮むのは魔族も精霊族も同じ。
魔法を使えない竜人族のエディやラーシュも体内に魔力を持っているから地上に来る時には縮んでいる。

「こう見ると少し背の高い人族にしか見えないんだけどねぇ」
「そうすると国王と誓約を交わしているからな」
「ほんと君たちのことを知れば知るほど今まで学んできた魔族のことは何だったのかと思うよ」

テーブルに居るみんなを見渡してエミーは苦笑する。

「たしかに精霊族より体格に恵まれていて能力も高い。ただそれだけだ。無闇に人を傷つけて命を弄ぶほど残酷でもなければ交わした契約を簡単に破るほどいい加減でもない。こうして席についてみんなと同じ物を食べて他愛ない会話もする。私たち精霊族と何が違うって言うんだ。ただ種族が違うというだけのことで、精霊族にだって余程不徳義な奴は居る」

そんなエミーの話にみんなは無言のままグラスを口に運ぶ。
エミーが複雑な表情をしているのと同じく四天魔やラーシュやエディも複雑な表情。

「以前も話したように魔族も精霊族は敵だと教わる。天地戦で見た敵がいい印象にはならないだろう。それに加えて、より悪い印象を語り継ぎ後世の者に憎むべき敵と植え付けることで同胞の仇を討たせたい私怨も混ざっているのかも知れないな」
「うん。私もそんな気がするよ」

互いを敵を教えられて育った精霊族と魔族。
今までそのことに疑問を持つ者は少なかったんだろう。
スマホ一つであらゆる情報を知ることが出来る地球と違ってこの世界では遠い国のことを誰もが知れる訳じゃないから、例え私怨の混ざった情報だろうと真偽を確かめることは難しい。
既にこの世に居ない先人が書き記したことならなおさら。

「異世界人の君に私たちは滑稽にうつっているんだろうね」
「まあそうだな。戦って得られるものより失うものの方が遙かに多いのに何度同じことを繰り返してるんだって思う。失われる命の数が違うってだけで、結局は勝とうが負けようがどちらもその戦の所為で命を落としてる人が居ることが現実だから」

エミーから聞かれて正直に答える。

「ただ、戦を止めることは不可能に近いことも理解してる。特に魔族は長寿だけに前回の天地戦も体験してる人が居て、伝え聞いただけの赤の他人のことじゃなく自分の家族や大切な人の命を実際に奪われたんだから恨みや憎しみは強いだろうな」

エディやラーシュは分からないけど、魔王と四天魔の四人は前回の天地戦の時には生まれていた。
赤髪は赤子だったから覚えてないとしても、他の人は子供の頃に経験した天地戦のことを少なからず覚えているだろう。

「仮に王のフラウエルや国王のおっさんがもう辞めようと言っても誰かしらが反発して恨みを晴らそうと戦いを仕掛ける。精霊族には魔層が使えないから仕掛けられなくても魔族は魔層を使って降りてこれるからな。フラウエルも国王のおっさんも自分の民が危険に晒されれば放っておく訳にいかないから結局は民を守るためを理由に戦うことになる」

種族の王さまとは言っても全ての人が従う訳じゃない。
普段は従っている人でも天地戦に関しては個人的に深い恨みを抱えていて反発する人も少なくないだろう。

「全ての人が戦うのは辞めようってならない限り無理。全ての人にそう思わせることがそもそも難しいから不可能に近い」

もう王が戦いたいか戦いたくないかの次元の話じゃない。
戦うしかないのがこの世界の現状。
何千年何億年と天地戦を繰り返したことで積み重なった憎しみや恨みは根深い。

「実は先代の中に天地戦はしないって言った国王が居たんだ」
「え?」

言いにくそうに話したエミーにみんなの視線が集まる。

「数ヶ月だけの国王だったけどね」
「数ヶ月?」
「葬られてしまったんだよ。前回は精霊族が敗北したからこそ天地戦を避けられる。勇者を召喚しなければ魔王もこちらには戦う意思がないと理解して攻めては来ないだろうと譲らず、兄弟の手によって。彼は葬られて他の兄弟が国王についた」

勝利した後なら恨みを抱える人が少ないと判断したんだろう。
だから勇者を召喚せずにいることで精霊族側には戦う意思がないことを魔王に示して天地戦を避けようとした。

「本来であれば赤い月が昇ってすぐに勇者召喚の儀を行うはずがいつまでも御触れが出ず、国民から不安の声が大きくなった時に勇者は召喚しないとの御触れが出た。そこであらゆる種族の一般国民と貴族が組んで革命が起きたんだよ。ブークリエ国の国王は精霊族を見捨てたって。それで王位継承権を持つ兄弟が革命を終わらせるため国王に手にかけた」
「あー……」

革命が起きたことが亡き者にされた理由。
自分と血の繋がった兄か弟に手をかけた兄弟の気持ちは分からないけど、一日も早く革命を終わらせたかったんだろう。

「天地戦を避けたかった国王の気持ちは伝わらなかったのか」
「魔族は血も涙もない非道な種族と語り継がれてるんだよ?勇者が居るか居ないかは関係なく精霊族を滅ぼしに来ると思ったんだろうよ。私も実際に会って彼らのことを知るまでは魔族に対して悪い印象しかなかったから当時の民の恐怖心も分かる」
「……そっか」

たしかに勇者召喚の有無で天地戦を避けられる保証はない。
言い伝えられている魔族の姿が事実であればむしろ抵抗する手立てもなく敗北することになる。

「異世界から召喚された俺には当たり前のように天地戦を繰り返してきたこの世界の人たちが理解できない。だから負の連鎖を断ち切るなら今だと判断して天地戦を避けようとしたその国王のことをいい国王だと思ったけど、この世界の人にとっては精霊族を見捨てた悪い国王として記録に残されてるんだな」

俺がと思えたのは魔王や魔族を知っているから。
知らない人からすれば自分たちを守ってくれる勇者を召喚しない国王は精霊族を見捨てた国王ということに。

「で、その時の天地戦は勝ったのか?」
「いや。勇者を召喚して数日後には魔族が魔層を使い地上に降りてきて為す術もなく敗戦したと遺されてる」

それを聞いて溜息が出る。

「当時の勇者に心底同情する。自分の能力の使い方を理解する前に、むしろ自分が勇者だってことすら受け入れられてなかったかも知れない状況で天地戦に立たされて殺されたとか」

盾の国であるはずの国王から見捨てられたと思った当時の人々の怒りや恐怖心は相当だっただろうけど、実際に魔王と対峙した勇者たちの恐怖心はそれ以上だっただろう。

「この世界の者として耳が痛い話だがその通りだ。勇者から恨まれても当然のことを私たちは繰り返している」

そう話すエミーの表情は明るくない。
ただ、恨まれることを覚悟している表情でもある。
全てはこの世界に生きる精霊族を救うために。

「天地戦がいつ開戦するかはバラバラだ。勇者を召喚してすぐの時もあれば何年も仕掛けてこない時もある。その期間の違いは分からないけど、赤い月が昇らないと勇者召喚は行えないから先に召喚して鍛える期間を設けるということもできない」

俺とエミーの話を黙って聞いていた魔王がグラスを置く。

「それを俺たちの前で話してよかったのか?」
「駄目だろうね。いつでも攻められるってことだから」
「分かっていながらなぜ話した」

そう聞かれたエミーはふっと笑う。

「なんでだろうね。馬鹿な愛弟子に悪影響を受けたのかな。君たち魔族を知って変になったのかな。それとも天地戦を繰り返す愚かな私たちの争いに巻き込まれることになる異世界人への罪悪感かな。血で血を洗うだけの天地戦に立ちたくない」

天地戦に立ちたくない。
初めてエミーからそんな言葉を聞いた。
もちろん天地戦が起きることを楽しみに待っているような奴では元々ないけど、『立ちたくない』とは聞いたことがない。

「私は賢者で軍人だ。だからいざ天地戦が開戦すれば国や国民を護るために幾らでも戦うし、勇者や一行を魔王の君の元へ送り届けるために四天魔の彼らと戦って死ぬ覚悟もできてる。でもなんでだろうね。いつでも攻められることを君たちには話してもいい気がした。生命が苦痛から解放されるための手段として世界の破滅を願う破滅主義者ではないはずなんだけど」

エミー本人にもそう思った理由は分からないんだろう。
ただ『気がした』から話しただけで。

「好んで天地戦をおこす訳ではないのは俺たちも同じだ。それはそうだろう?魔界で起きた天地戦の敗北から数百年、俺や四天魔は魔界を立て直すことに尽力してきた。数百年の月日をかけようやく魔族の数も増えたというのに、また多くの命が失われると分かっている争いを起こすなど愚の骨頂でしかない」

そう話して魔王は喉を潤すようにワインを飲む。

「お前たちの国王もそうなのではないか?国が平和で民が健やかであることを一番に願うのであれば、天地戦が如何にその逆をいく愚かな行為かを理解しているはずだ。だからこそ俺と誓約を交わしたのだろう。魔層を使えない精霊族にとっては下手に入国を妨害して目につかない魔界に居られるより、目に見える地上に居てくれた方が安心だろうからな。俺や四天魔が半身に会いに来る間は少なくとも天地戦の準備に入っていないと」

まあそうだろう。
本来なら魔王や四天魔が地上に来れば全力で退けようとするだろうし、半身の俺にもう来ないよう説得させることもできる。
でもそうしないのは国王のおっさんが危機感がない訳じゃなく、半身の俺と居てくれた方が魔王の動向を監視できるから。
魔界に行けない精霊族には魔族が魔界で天地戦の準備を始めても知る術がないけど、魔族の長の魔王が頻繁に王都へ来ている間は天地戦の準備をしていないと分かる。

「すまないね。純粋な誓約じゃなくて」
「当然だろう。国王がただのお人好しの馬鹿では国が滅ぶ。俺や四天魔は半身にさえおかしなことをしなければ約束を守る」
「ありがとう。そう言ってくれると助かるよ」

そんな魔王とエミーの会話を聞きながらくすりと笑う。

「国王のおっさんが信用してることも事実だと思う」
「信用?」
「覚醒するまで待つって約束。その約束を信用してないなら勇者や国民を危険にさらす誓約は交わせない。今までのフラウエルを見て信用できると思ったから誓約を交わしたんだろ」

魔王が信用できない相手なら、破られることが目に見えている誓約を交わして勇者や国民を危険にさらすなんてしない。
今までの魔王の言動を見てきて少なくとも約束は守る奴だと信用しているから、互いに条件をつけて誓約を交わした。

「国王のおっさんとフラウエルは似てる。肝が据わってるっていうか。周りから批判を受けそうなことだろうと、それが民のためになることなら手段を選ばない。自分が必死に守ろうとしてる人たちから嫌われる覚悟も憎まれる覚悟もできてる」

顔や容姿は似てないけど中身が似てる。
どちらも民の平和のためには天地戦など起きない方がいいと分かっているものの、恨みや恐怖心を抱えた人が居る限り全ての人を止めることは不可能だということも理解しているから、自分の立場を上手く使って開戦までの期間を引き伸ばしている。

魔族は強い者が偉くて基本的には血の気が多い種族。
だから魔王の『強い勇者と戦いたいから覚醒するのを待つ』という我儘も全く理解できない感情ではないんだろうし、あくまで待つと言ってるだけで天地戦をやらないとは言ってないんだから、精霊族に恨みがある人たちも『魔王さまがそうしたいなら少し待つか』と勝手に地上へ攻め入ることはしない。

人族からしても、勇者たちがまだ覚醒していない今天地戦が開戦すれば敗北する可能性が極めて高いことを理解している国仕えが殆どだろうし、危険と紙一重ではあるものの魔王たちの訪問を邪魔しないことで魔族の動向を追えるし勇者の鍛錬の時間も稼げるという利点を優先している。

全ては天地戦を見据えてのこと。
どちらも事情を知らされているのは国や軍に属する上官だけではあるものの、地上では魔王たちの訪問を許可する誓約を交わした国王のおっさんを批判する上官は居るだろうし、魔界では魔王の我儘を批判する上官も居るだろう。

それでも二人はという最高権力を持つ自分たちがを言うことで、天地戦までの時間を引き伸ばしている。
恨みや憎しみを抱え戦を望む人々を止めることはできないのであれば、せめて一分一秒でも長く平和な時間が続くように。
一部の人から批判されようとも民のために。

その〝自分が悪役になることを厭わず、民のためにはどうすることが最善かを考えて行動しているところ〟がそっくりだ。

「それが王というものだからな」
「うん。でも全ての人がそうなれる訳じゃない。王になった人みんなが民を一番に考えられる人な訳じゃないことは歴史にも遺されてる。気弱で人から嫌われないよう自己保身に走る王も居れば、権力を振りかざして民を苦しめる王も居る。多くの人の命ってとんでもない重責を抱えて、自分が嫌われることも厭わず王としての役目を果たそうと腹を括るのは簡単じゃない」

継承して形式上は王になっても立派な王になれるかは別の話。
みんな自分が可愛いのは同じで、俺だってそうだ。
だけど二人は王としての自分たちの役目をしっかりと理解している立派な王だと思う。

「面白いよな。国王のおっさんは平和主義でフラウエルは戦い好きな真逆の性格をしてるのに根っこの部分はそっくりとか」

真逆な性格の二人が同じ考えを持っている。
そんな二人がいずれ王としての役目を果たすため命を賭ける日が来ることに胸は痛むけれど。

「お前は勘違いしているが俺も平和主義だ。強者と戦いたいのであって命を殺めることに喜びを感じる訳ではない」
「平和主義ってのは戦争や暴力に反対的な人のことだろ。個人的だろうと喜んで戦う戦闘狂を平和主義とは言わない。少なくともこの席に暴力反対の平和主義者は居ないことは確か」

納得がいかない表情の魔王と呆れる俺にみんなは笑う。
少なくともこの席にいる人の中に平和主義は居ない。
場合によっては暴力もやむなしと思っている人ばかりだから。
そう考えると国王のおっさんも平和主義とは言えないから、正確には『極力争いを避けたい人』ということになるけど。

「暴力が好きな訳じゃなくて自分や相手の実力を確かめたいだけなんだけどね。自分の実力を知るためにもより強くなるためにも強い者と戦いたいと思うのは純粋な探求心だろ?」
「強さを追い求めてる時点でエミーも戦闘狂だから」
「軍人は強いに越したことはない」
「じゃあ軍人にならなかったら強さの探求はしなかったのか」
「…………」
「その自分が想像できない時点で軍人かどうかは関係ない」

エミーも間違いなく戦闘狂。
自分も魔族よりの考えをしていると理解して欲しい。

「人族は子供でも軍人になれるんですね。天地戦では数少ない賢者の一人として戦場に立たされるのは分かりますけど」
「あ、エディとラーシュには話してなかったか」

思えばエディとラーシュが地上に来た時にエミーも一緒に居る機会は滅多にないから話したことがなかった気がする。

「普段は賢者の魔力を制御してるから子供の姿まで縮んでるだけで、中身は俺よりも年上の大人だ。国王軍の最高指揮官だし俺を鍛えてくれた師匠でもある。こう見えて強いぞ」
「「え?」」

俺から話を聞いてエミーを見る二人。
魔力を制御している今の姿では強いと思えないのは分かる。
それだけ上手く魔力を制御している証明でもあるけど。

「俺も本来の姿を見たのは二度だけだが、初めてこの王都へ来た時には仲間を庇いながらラヴィと戦っていた。あのラヴィがうっかり遊び過ぎるだけの実力があることは間違いない」
「うっかりで枯渇寸前にされたらたまったもんじゃないよ」
「ラヴィも強い者には興味を示すのだから仕方がない」
「主人にそっくりだね」
「お前も人のことは言えないだろう」

鼻で笑いあう二人に笑う。
どちらもそこは人のことを言えない。
相手が強いほど興味を示すのは二人も同じ。

「人族と魔族という敵対関係でなければラーシュやエディを鍛えて貰うことも視野に入れたんだがな」
「今は鍛錬中ってことか?」
「鍛錬中とは言っても決して弱い訳ではないが、二人は半身の補佐官として主人を守れるだけの強さを求められている。例え守る必要がないほどの強さが主人にあろうとも力は必要だ」
「それはそうだね。主人に守られる補佐では困る」

そう話して今度はエミーがエディとラーシュを見る。

「ちょっと私と戦ってみるかい?」
「辞めてくれ。屋敷が破壊される」
「彼らは破壊するような能力を持ってるってことか」
「言葉一つで能力を察するの辞めてくれるか」
「ふん。言葉には気をつけな」

鼻で笑われた俺を四天魔の四人が笑う。
数々の場数を踏んできた戦闘狂の前で余計なことは言えない。

「お前が魔層を渡ることが出来れば魔界で戦えたのにな」
「それが出来れば苦労しない。魔素に強い魔族が羨ましいよ」
「魔族を羨む人族などお前と半身くらいだろう」
「そうか?優れた者を羨ましいと思うのは誰でもそうだろ」
「変わり者が」

魔王はフッと笑いながら呟く。
事実として地上の精霊族と魔界の魔族という敵対関係にありながらも、相手を力を認めて羨ましいと口にする人は少ない。
それはエミーが魔王たちのことを敵対している相手としてではなく一人のヒトとして見ているからだろう。

「魔族と戦えるのは私にとっても好都合なんだけどね。優れた能力を持つ人と戦うことは自分を戦い方の幅を広げる良い機会になるから。私がどんなにヤダヤダ言ったところで遠くない未来に開戦することになるだろうし、その時に四天魔の君たちから簡単に殺られないためにもゆっくり鍛える時間がほしい」

そんな話を聞いて苦笑する。
戦って死ぬことは変わらず受け入れているんだと。
死にたくないから鍛えるのではなく、簡単に殺られてしまわないよう鍛えたいと言っていることが複雑な心境だった。

「自分たち四天魔も鍛えるための時間をとることが難しいのが現状です。天地戦のことだけを考え目の前の仕事を放置して民の生活に悪影響を及ぼす訳にもいきませんし、先ほど魔王さまが申されたように好んで天地戦をしたいとは思いませんね」

長は魔王だけど魔王と戦うのはヒカルたちでエミーじゃない。
天地戦でエミーが戦う相手は四天魔。
正しく命の取り合いをすることになる相手を前にして、武闘大会のように命の取り合いのない試合をするだけのような会話をするエミーと四天魔の感覚はずれている。

気が遠くなるほど長く天地戦がおきる歴史を繰り返してきただけに、自分たちの異常さには気づかないんだろう。
これもある意味、先人たちが遺した負の遺産。

天地戦なんておきなければいいのに。
そんなことをひとり思いながら天を仰いだ。
 
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「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

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