ホスト異世界へ行く

REON

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第十二章 邂逅

孤児院

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アルク国王都東区。
この東区は王都最大の商業区。
大都会(この世界での)の商業区だけあって背の高い建物が並んでいて、ショッピングを楽しむ人で賑わっていた。

「よし。これでどこぞのご令嬢に見えるだろ」

試着室の鏡で確認して一人納得する。

袖のフリルに白銀の刺繍が施された白ブラウスと、赤い格子柄で膝丈のハイウエストスカート(中にはパニエ)。
足元はヒールのある赤いショートブーツ。
上着は裾に白銀のフリルがついた赤いロングケープコート。
地球基準で表せは英国風のロリータファッション。

前回の公務先の訓練校では雌性体になっていても『英雄の親族じゃないか問題』で目立ってしまったから、今回はその失敗を活かしてアルク国が用意してくれた色を変える特殊な目薬を使って虹彩を薄茶色に変え、髪色もアルク国に生息している植物を使って赤茶色に染めて来た。

「……白銀を封印してもなお美しいとは!」

着替えて試着室を出た俺の目の前で胸を押さえてがっくりと膝をついた残念なイケメンを残念な目で見る。

「ミランさま?大丈夫ですか?」

主にHPヒットポイントが。
しゃがんで残念すぎるイケメンをツンツンツンツン啄く。

「だ、大丈夫で、ウッ」

ミラン・エルマンデル・プリエール。
先日の訓練校訪問で出会った面白家族の長男。
これでアルク国王の従兄弟にあたる公爵家の総領だと言うんだから世界は広い。

「……御無礼を。あまりの美しさに取り乱しました」
「今日は恋人同士なんですから頼みますね」
「恋人っ……殺すなら幸せな今殺ってくれっ」

本当に大丈夫かこれ。
割とガチ目に。

「閣下。お着替え前の衣装はこちらに入れておきました」
「ありがとう。助かった」
「光栄にございます」

残念なイケメンはガン無視で紙袋を渡して来たのは店員。
三階建てのご立派なこの店舗は丸ごと総領がオーナーを務める女性専用高級ブティックで、一階には靴やバッグ、二階には下着や衣装、三階には装飾品が揃えられている。

「お荷物は私が」
異空間アイテムボックスがあるので大丈夫です」

俺がキッパリお断りするとまたウッと胸を押さえる総領。
断られてその反応はマゾなのか?

「失礼いたしました。参りましょう」
「はい」

落ち着いたらしく手を差し出されて手を重ねるとふらり。
心底この先が不安。

女性店員に見送られ店を出て馬車に乗る。
ブティックは衣装を揃えるために来ただけで目的地は別。
向かうのは東区にある孤児院。

「孤児院では何とお呼びすれば良いですか?」
「メテオールで」
「承知いたしました」

雌性体の時はもうメテオールでいい。
色んな偽名をつけると咄嗟に反応できなくなりそうだし。

「これから行く孤児院はどのようなところですか?」
「小さな孤児院ですが、二十名ほどの子供がおります」
「二十名?それならそれなりの規模なのでは?」
「いえ。王都には各地区に五十名以上の孤児を預かることの出来る大きな孤児院が必ず一つあって、これから行く孤児院はそれよりも小さい小規模孤児院に分類されます」

それは凄いな。
ブークリエも各地区に孤児院があるけど規模が違う。
孤児の多い西区にあるガルディアン孤児院でも最大で二十名ほどしか受け入れ出来ない。

「裕福な国だと思っていたんですが孤児が多いのですか?」
「ああ、違います。他より孤児が多い地区もたしかにあるのですが、小規模の孤児院は両親の居る子供を何かしらの事情があって一時的に預かっているだけの場合が多いです」
「事情?」
「仕事の最盛期や、子供には負担の大きい遠方に行く際や、病気になった時などですね。入居料を支払って預けます」
「そういうことですか」

孤児院というより預かり施設。
アルク国は農業も盛んだから職種によっては最盛期に忙しくなるだろうし、電車や飛行機もない世界では遠方に行くにも馬車だけに、ある程度の年齢になった子供じゃないと辛い。
各々が乗り心地のいい馬車を所有している貴族ならまだしも一般国民が乗る馬車は乗合馬車だし。

「一日だけ預けるということも出来るのですか?」
「はい。一般国民の家庭には使用人がおりませんので、仕事の間だけ預けて帰りにお迎えに行くというように」

うわぁ……完全に託児所。
ブークリエ国ではお金を払って子供を預ける余裕のない人も多いから存在してないけど、アルク国には既にあるのか。
国民がある程度の金銭的余裕があるからこそ出来ること。

「大きな孤児院では一時預かりはしないのですか?」
「しません。小さな孤児院を運営しているのは貴族ですが各地区の大きな孤児院は国の施設ですので、税で賄われているそちらは両親の居ない孤児を育てることを目的としております」
「なるほど」

つまり国が運営している方の施設が孤児院。
貴族家が運営している方の施設は託児所。
一時的に預かってるだけの場合も多いということは中には孤児も居るということだろうから、正確には孤児院+託児所か。

「私が欲しかったものがアルク国にはもうあるのですね」
「欲しかったもの?」
「働く両親が安心して子供を預けられる施設です。私の領地はスラム街ですから子供だけで留守番をさせず済むように」

以前魔王と話した託児所。
今は孤児院で預かってるけどそれにも限界がある。

「閣下が施設一つ建てられないとは思えませんが、実現していないということは理由があるのですか?」
「国民の世帯収入の違いです。アルク国は国民全体の収入が高いので一般国民でもお金を払って安心と安全を買えますが、ブークリエ国ではそうしたくても出来ない世帯が多いのです」

国民全体の収入がアルク国とは違う。
もちろんブークリエ国でも貴族や商人は裕福だけど、その人たちは屋敷に侍女や従者や乳母ナニーがいるから託児所は必要ない。
必要とする人たちは金銭的に難しいから預けられない。

「国民全体の問題となると国の協力なしには厳しいですね。国としても主軸となる産業の発展なしに税を投入する訳にもいきませんし。国民のためのはずの政策が巡り巡って重税という形で国民を苦しめる結果になってしまいますので」
「はい。現状では私が語っているだけの夢物語です」

そういうこと。
現状のままではただの夢物語。

「まずは私の異世界の知識を使って領地の発展から。私に出来ることはそれだけです。未来の人々が私の遺したその種を育てて国を発展させてくれることを願うしかありません」

俺が生きて地上に居る間は出来る限りのことをするけど、その小さな小さな種を枯らすか育てるかは未来の人次第。

「でしたら私は閣下の領地の発展に噛ませて貰いましょう」
「あれ?異空間アイテムボックスを使えるのですか?」
「秘密ですよ?」

話しながら人差し指を口にあて秘密とジェスチャーした総領は開いた異空間アイテムボックスに手を入れる。
さっきブティックの店員に何かを渡した時には魔導鞄アイテムバッグから出していたのに。

「どうぞ」
「これは?」

中から出して差し出されたのは封蝋してある書簡。
魔力を流しシーリングスタンプを外してクルリと巻かれているそれを開く。

「あ、ラクの実の果樹園の」
「はい。ラクの実の生産と流通を管理しているのは私です」
「ミランさまが?」
「表向きには父の名前になっておりますが、そもそも改良開発したのが私なのです。これも秘密でお願いしますね」

この総領、実はとんでもなく有能なイケメンなんじゃ……。
書簡から顔をあげ総領を見るとウッと胸を押さえられる。

「……つい気を抜いて直視を」

うん、やっぱり残念なイケメン。
そこだけは間違いない。

「正式な契約は後日。私の方からブークリエ国に伺います。何か問題点がございましたらその際に話し合いましょう」
「問題点というか……随分と私に有利な内容なのですが?」

契約条件が書かれているけど明らかに俺が得をする内容。
アルク国内でも貴重で運搬にも気を使うだろうラクの実の値段としては格安だし、国を跨いで仕入れるのに税も安い。

「いえいえ。私は慈善事業家ではありませんのでしっかり利益を考えた上での契約内容となっております」
「これで?」

俺には総領が無理をした内容にしか見えないけど。

英雄エローが国を越えて求めるほどお眼鏡に適った商品。それだけで貴族はこぞって買い求めるでしょう。ですから契約していただきたいのは私の方なのです。契約する価値があると判断していただけるだけの内容で交渉するのは当然では?」

ニヤリと笑った総領は悪い顔。
ただ、こういう腹黒さは大歓迎だ。
残念なイケメンだけど仕事では有能。

「では私も総領が今想定している以上の利益で返せるよう手段を考えておきます。それが商売というものですから」

強い人とチェスをしている気分。
どちらが有利に立てるかの化かしあい。
総領とは気が合いそうだ。

「ウッ……愛らしいお姿でも凛々しい……」

一気に知能指数がガタ落ちする残念なイケメンだけど。





「お足元にお気をつけください」
「ありがとうございます」

馬車を走らせ辿り着いた孤児院。
先に降りた総領が差し出した手に手を添える。

「……ウッ……」
「我慢!」

ふらりとしかけた総領の手を引っ張り耳うちする。
今日は恋人という関係性で通すことになってるのに、エスコートで手が触れただけでグフっとされたら帰りまでに死ぬ。

「ミラン卿。ようこそ足をお運びくださいました」
「急遽の訪問に対応してくれて感謝する」
「いえいえ。子供たちが喜びます」

孤児院の前で出迎えたのは貴族だろう夫人と令嬢。
それと職員だろうお仕着せを着た女性が数名。
ここに居て出迎えたということは、この夫人が孤児院を運営する貴族なんだろう。

「こちらは私がお付き合いをしているご令嬢だ。彼女がアルク国の孤児院を見学したいということで訪問させて貰った」
「メテオールと申します。よろしくお願いいたします」

無事グフっとならずに紹介できた総領の隣でロングケープを摘みカーテシーで挨拶する。

「フレ伯爵が妻メレーヌと申します」
「娘のサビーナと申します」

よし、英雄だとは気づいていない。
今回は『英雄の親族じゃないか問題』は起きずに済みそう。

「早速だが彼女を案内して貰えるだろうか」
「承知いたしました。サビーナお願い」
「はい」

総領はまず寄付に。
孤児院を見に来た俺の案内は娘がしてくれるようだ。

「君は先に。私は少し夫人と話をしてから向かう」
「分かりました」

手袋越しに俺の手の甲に口付けた総領。
どうなることかと思ったけど、夫人たちの前ではしっかり恋人同士の雰囲気を作れてるな。

「ご案内します」
「ありがとうございます」

先に歩き出した娘に着いて行く。
公爵家の総領が一緒だから自分の身分を明かさなくても難なく案内して貰えることになって助かった。

ちなみに総領に(プリエール公爵に)同行を頼んだのは師団。
普段から訓練校や研究所や孤児院などの施設に多額の援助(寄付)をしているプリエール公爵家に同行して貰えれば、突然の訪問でも疑問に思わず受け入れてくれるという理由で。
雌性体で来たのは前回のような混乱を避けるため。

どこに向かってるのか分からないけど周囲を見渡す。
見た感じは一般的な孤児院。
豪華な訳でもなければ経済的に困窮している様子もない。
二十名居ると考えると狭い気がするけど、一時預かりの子供の数が多いのなら充分生活できるだろう。

「こちらが子供たちの遊ぶ庭です」
「ありがとうございます」

辿り着いたのは孤児院の裏にある庭。
遊具はないけど数十名の子供たちが楽しそうに遊んでいる。

「元気のいい子供たちですね」
「ええ」

衣装も粗末じゃないし栄養不足で痩せてる子も居ない。
みんな表情も明るいし、しっかりした孤児院のようだ。
見た目には問題ないように見えても子供たちが妙に怯えていたり痩せていたりおかしいと気付くような孤児院もあるから、実際に子供たちの姿を見るまで信用できなかったけど。

「ん?子供たちはこれで全員ですか?」
「そうです」
「二十名ほど居ると聞いていたのですが」
「日によって預かっている人数が違いますので」
「ああ、今日は少ないのですね」
「はい」

少し疑問には思ったけど納得して話を終わらせる。
仕事の間だけ預ける家庭もあることは総領も言っていたし、日本でも託児所はその日によって人数が変わったりするし、保育士も三名ついているし。

一緒に着いて来ていた職員をチラっと見る。
子供たちを見てるこの人たちも至って普通だし考えすぎか。

「こんにちはー!」
「はい、こんにちは」

近くで遊んでいた子供たちに声をかけられる。
人懐っこいな。

「お姉さんは人族ですか?お耳が短い」
「よく気付きましたね。当たりです」

しゃがんで会話を交わす。

「人族なの?英雄エローさまと会ったことある?」
「遠くから拝見したことはあります」
「いいなぁ」
「ふふ。お見かけしただけですよ?」

人族と聞いて集まって来た子供たち。
興味津々に英雄のことを聞いてくる。

英雄エローさまを見れたら幸せになるんだよ?」
「そうなのですか?」
「お父さんとお母さんが言ってた」

ごめんな、少年よ。
クズを見たところで幸せにはならない。

「みなさんは仲が良いのですね」
「うん。ここに居る子たちは仲が良いよ」
「お客さまの邪魔にならないよう向こうで遊ぼうね」
「えー。お話ししたかったのに」

横入りした職員たち。
この孤児院の子は仲良いって話かと思ったけど、幾らも話してないのに引き離すように横入りしたってことは何かあるな。
余計なことをしなければ疑問に思わなかったのに。

「みんな無邪気で可愛らしいですね」
「ええ」

気付いていない様子で娘に話しかける。
このご令嬢、さっきからどこか棘を感じる。
人数のことを聞いた時に少し話しただけでここまで来るまで黙ったままだったし、子供の話をしても「ええ」とだけ。
案内を頼んでるんだから普通なら孤児院のアピールポイントや子供たちの生活の様子などの話をすると思うんだけど。

普通を装ってるけど面倒くさそう。
母親に頼まれたから断れず案内することになったのか?
多額の寄付をしているらしいプリエール公爵家の総領と一緒に来た人だから、後で余計なことをチクられて寄付してくれなくならないよう顔には出さないようにしてるだけで。

「次は子供たちの部屋に案内します」
「お願いします」

子供たちの部屋も見せてくれるのか。
あれ?ってことは疚しいことがないってこと?
案内するのが面倒くさそうなのは間違いないけど、孤児院に問題があるかどうかは今のところ微妙。
娘はこの孤児院の職員じゃないだろうし、俺が見に来たのは孤児院の様子だから、院長や職員がしっかり子供たちの世話をしているなら何の問題もない。

「男の子がご両親のお話しをしておりましたが、この孤児院はご両親が居て一時預かりをしている子が多いのですか?」
「殆どの子はそうです」
「ご両親が安心して預けられる場所があるのは良いですね」
「はい」

素っ気な。
俺と会話のキャッチボールをする気はないらしい。
この娘に案内をさせるのは駄目だろ。
この孤児院の魅力が一切伝わらない。
一緒に着いて来てた職員が居たんだからその人たちに頼めば良かったのに。

「この先にある六室が両親の居ない子や宿泊預かりの子供たちが寝泊まりしている部屋です」
「一時預かりの子が多いのでしたら六室でも充分ですね」

庭で遊んでいた子供たちは十数人だったけど、最初に聞いていた二十人くらいでも殆どが一時預かりの子なら充分。
一部屋に二人で寝ても十二人は寝泊まりできる。
ブークリエ国では三・四人部屋の孤児院が多いし。

「お部屋の中を見せていただけますか?」
「どうぞ」

断りを入れて一番手前の部屋を開ける。
ベッドが三つと机が三つ。
三人部屋を想定しているのか。
その日寝泊まりする人数によっては一部屋に三人まで泊まれるようにしてあるんだろう。

三人だと少し狭いけど個人運営の孤児院ならこのくらいか。
孤児院に暮らしている子のものか宿泊預かりの子のものか分からないけどベッドの上に鞄が置いてある。
部屋もベッドも清潔にしてあるし問題はなさそう。

「六室全て同じ三人部屋ですか?」
「はい。実際に使うのは一人や二人の時が多いですが」
「他の部屋も見せて貰っても?」
「どうぞ」

一部屋ずつ確認したけど全室同じ造り。
一部屋三人の六部屋で十八人まで泊まれるようになってる。

「ブークリエ国には孤児院がないんですか?」
「ありますよ?」
「それなら一般的な孤児院だと分かって貰えましたよね?」
「そうですね。ブークリエ国には一時預かりの孤児院がないので暮らす子供たちの数のベッドや机が必要になりますが」

孤児だけを保護する国の孤児院が別にあるんだから、小規模の孤児院はこれが一般的なんだろう。

「やっぱり孤児が多いんですか?」
「やっぱりと申しますと?」
「あら。言葉を間違えたならごめんなさい。ブークリエ国は王都でもお店が少なく静かで、人族も獣人族も魔物を狩って慎ましく暮らしている方ばかりと聞いていたものですから」

はーん。それが本性か。
田舎者とか裕福な人が少ないという悪口をオブラートに包んで上手く表したもんだ。
数十階建てのビルが建ち並ぶ都会で暮らしてた俺からすれば自然も豊かなアルク国も田舎(日本基準)の部類に入るけど。

「ふふ。よろしいのですよ。狩りもしますし堅実であることも事実ですから。だってそうでしょう?ブークリエは勇者が居る国ですもの。仮に地上で天地戦が起きれば魔族が真っ先に目指すのは勇者と人族の国王が居るブークリエ国の王都、そしてエルフ族の国王が居るこのアルク国の王都ですわ。そうなれば家もなくなり商売も出来なくなって全てを失うかも知れないのですから、狩りくらい出来なくては生き残れませんもの」

令嬢の前まで行って下から見上げる。

「勇者と英雄は人族ですわ。サビーナさまはワタクシにだけ言ったつもりでも、人族を種族で貶せば勇者と英雄を侮辱したともとられかねません。お言葉にはお気をつけあそばせ」
「ぶ、侮辱など!」

深く眉を顰めて顔を赤くする令嬢。
分かりやすいな。

「どんなにマイルドな表現で誤魔化しても侮辱は侮辱ですわ。つまりサビーナさまが思い描くブークリエ国の王都は店もろくにない貧しい国で、人族や獣人族は自分たちで狩りをして糧を得ないといけない貧乏人だと思っていると。だから孤児も多いのでしょう?と聞いたのですよね?」

侮辱以外の何物でもない。
面倒くさそうだったのは俺が見下している人族だから。
なぜ自分が人族なんて案内しないといけないのかと。

「それなら言わせて貰うけど、ミランさまに近付くのはやめてちょうだい!一般国民がどうやってミランさまに取り入ったのか知らないけど、釣り合わないと分からないの!?」

ん?なんで総領の名前がここで?
え、もしかしてこの子って総領が好きだったりする?
いやしかも何で俺を一般国民だと決めつけてんの?

「…………」

……苗字を名乗らなかったからか!
たしかに伯爵より先に名乗れば下の国民階級だと判断されるだろうと思って(身分が下の人から身分が上の人に挨拶するのが礼儀だから)総領に俺を先に紹介してくれるよう頼んだけど、名前だけで苗字を名乗らなかったから一般国民だと思われたと。

「聞いてるの!?」
「ちょっと待っ」

誤解誤解!
俺が黙って考えてたから無視されてると誤解させたらしく、勢いよく手を振りあげられ頬を叩かれる。

「人族の癖に人を馬鹿にして!生意気なのよ!」
「いや誤解」

どう見ても武闘派には見えないご令嬢には下手に手が出せず(勘違いさせたのは俺だし)言葉で止めようとしても無理。
穏便に済ませようと障壁もかけずされるがままになっていると両手で突き飛ばされ床に倒され、顔を叩かれないよう俯せになると背中に乗られ、髪を引っ張りながらバシバシ叩かれる。

このご令嬢、幾ら激おこだからって暴力的すぎるだろ。
キャットファイトにも程があるぞ。

「貧乏人がどうせ公爵家の身分やお金が目当てで近付いたんでしょ!ミランさまのお情けで今は遊んで貰えてるだけで、一般国民が公爵家の嫡男と成婚できるはずもないのに頭が悪い!ミランさまに相応しいのは私よ!早く別れなさい!」
「待っ」
「きゃあ!」

これはさすがに物理的に止めるしかないかと思っていると、乗られていた身体が一瞬で軽くなったと同時にご令嬢の悲鳴と何かが激突したような大きな音が孤児院の廊下に響く。

「サビーナ!」

大きな音は令嬢が壁にぶつかった音だったらしく、壁に背を預けてぐったりしている娘に夫人が真っ青な顔で駆け寄る。

「お一人にして申し訳ありませんでした」

謝って俺を抱き上げたのは総領。
額に軽く口付けたと思えば身体が温かくなる。
妹だけじゃなくて総領も回復ヒールを使えるのか。

俺を抱えたまま夫人とご令嬢のところに行った総領は気を失ってるご令嬢の顔面の隣の壁をガンッと音をたてて蹴る。

「ミ……ミラン、さま」

音と衝撃で目を開けた令嬢は真っ青な顔で総領を見上げる。

「どうぞお許しください!サビーナは昔からミラン卿をお慕いしておりましたから、少し嫉妬をしただけで!」
「体格の違う小さな身体に乗り身動きがとれないようにして髪を引っ張りながら叩く行為がだと?貴様らは暴行することが日常になっている感覚の狂った親子なのか?」

娘を庇って抱きしめる夫人とご令嬢を見下す総領。
俺を片腕に抱えると腰に帯刀していた剣を鞘から抜く。

手袋グローブ越しであろうとお美しいその手を穢らわしい者の血で汚す必要はございません。お傍に居なかったことの責任は後ほど私自身で取りますが、まずはこの者を粛清するご命令を」

見た目に反して武闘派。
いや、公爵家の総領だからこその厳しさか。
身分が上の人に暴力を奮ったんだから粛清すると。

貴族には貴族のルールがある。
頬を一度叩いただけでも大問題になるのに、このご令嬢がしたことは身体に乗り髪を掴んで相手を動けないようにして執拗に叩くという完全な暴力行為で、の度を超えていた。
仮にこれが本物のご令嬢だったら、今の総領のように止めてくれる人が居なければ大怪我をしていたかも知れない。

やりすぎだったことは事実。
好きだから嫉妬してカッとなったなんて言い訳は通らない。
さて、どうしたものか。

「……?」

廊下の向こうに人影が。
案内して貰った六室よりもさらに奥にある角から子供がこちらを覗いている。

「……ミランさま」
「はい」
「廊下の奥に粗末な衣装を着せられた子供が」

庭で遊んでいた子供たちじゃない。
角からチラっと覗いているだけだからよく見えないけど、粗末な衣装を着ていることはわかる。
庭で会わせて貰った子供たちの他にも子供が居ることを耳打ちすると総領はパッと廊下の奥に顔を向けた。

「お待ちください!そちらは!」

俺を抱えたまま廊下の奥に向かう総領を止める夫人の声。

「そちらは流行病の子を隔離していて危険です!」

必死の訴えも総領はガン無視して進む。
覗いていた子供は気付かれたことが分かって慌てて隠れた。

「待ちなさい」

角まで行くと驚いて走って逃げる子供たち。

「何もしないから止まりなさい」

総領がもう一度声をかけると子供たちは止まった。

「君たちはこの孤児院の子なのか?」
「ミラン卿!その子たちは!」
「黙れ。子供たちに聞いている」

追いかけてきた夫人を一喝すると俺を下ろした総領は怯えている子供たちの目線に合わせてしゃがむ。

「私は君たちを傷付けたりしない。話がしたいだけだ」

そう話して帯刀していた剣を床に置いた。

「君たちはこの孤児院で暮らしているのか?」
「……うん」
「ご両親は?」

大きく首を横に振る子供たち。
つまりこの子たちは両親が迎えに来てくれる一時預かりの子ではなく孤児たち。

「随分痩せているな。本当に流行病にかかっているのか?」
「いいえ」

その質問には俺が答える。

「流行病ではありませんが、栄養状態が悪く軽度の皮膚疾患などはあります。あまりお風呂にも入れてないのでしょう」
「そ、そのような嘘を!」
「彼女は魔法検査を使える。どちらが嘘かは明らかだ」

画面パネルを開いて三人の魔法検査の結果を見せる。
夫人が言った流行病はないけど、痩せたその見た目でも予想できた栄養失調状態だということや、身体が汚れている所為で患ったのだろう皮膚疾患などが検査の結果に出ていた。

「君たちはどの部屋で暮らしているんだ?」
「あっち」
「あっち?」

一人の子が指さしたのは廊下の奥。
この奥にも部屋があるということか。

「部屋が見たい。連れて行ってくれるか?」
「……いいよ」
「駄目です!そちらは私ども個人の私室で」
「私室があるなど初めて聞いたが?子供たちの部屋の他にあるのは院長室と職員室と仮眠所を兼ねた休憩室、そして応接室。院内図にはそれしか書かれていなかったと記憶している」
「それは……個人の場所ですので」

総領から指摘された夫人は口ごもる。
そのモニョリ具合がますます怪しい。

「ミランさま、夫人の正式なお名前は?」
「メレーヌ・ダンドロ・フレ伯爵夫人です」
「ありがとうございます」

総領からフルネームを聞いて夫人の方を向く。

「フレ伯爵夫人メレーヌ・ダンドロ。この孤児院は早急な調査が必要と判断した。これよりブークリエ国特級国民シン・ユウナギ・エローの持つ英雄権限を行使し孤児院の調査を行う」

英雄権限を口にすると総領は俺の方に向き直して跪く。
意味が分かっているのかは分からないけど、子供たちも総領が跪き頭を下げるのを見て身分の高い人だとは気付いたのかすぐに床に跪いた。

「え、英雄エロー?」
「嘘よ!英雄エローは男性だもの!」
「壁に投げられた割に歩いてくる元気があって何よりだ。だがこの姿は恩恵で雌性になっているだけで、私が両陛下より英雄勲章と称号を賜った英雄本人だ。申し開きは国へせよ」

傷は総領が治してくれたから浄化をかけて衣装のシワや汚れを綺麗にしながら説明する。

「プリエール公爵家総領ミラン・エルマンデル。貴殿にはこの孤児院の調査を命じる。走り書きの一枚まで見逃すな」
「承知いたしました。偉大なる英雄エロー公爵閣下」

調査を命じると総領はすぐに立ち上がり孤児院の窓を開けて外に合図を送る。

「小さな身体で今までよく頑張った。調査で少し騒がしくなるが君たちを傷付けたりしないから安心してくれ」

三人の子供たちにも浄化をかけてくしゃくしゃ頭を撫でた。

「ああ、残念だがどこにも逃げ道はないぞ?英雄の私とプリエール公爵家の総領が連れ立って外出をしているのに二人きりのはずがないだろう?嫌でも護衛がつく」

逃げ出そうとしたご令嬢に声をかける。
到着した時に馬車から降りたのは総領と俺だけでも、国が用意した護衛は俺たちが乗った馬車の後を着いてきていたし、プリエール公爵の護衛だろう騎士たちも距離をとり付いていた。

「私に暴力を奮った件は調査の後に。相手はフォークより重い物を持たない貴族令嬢だと思って反撃しなかったが、嫉妬をしたにしても少々度が過ぎたな。許されたのは頬を叩いた最初の一度だけだ。怒りで我を忘れて執拗に暴力を奮う者がお咎め無しのはずもない。何かしらの刑罰は覚悟しておけ」

子供たちに異空間アイテムボックスから出した飴入りの瓶を渡しながら話す。
カッとして頬を叩いても普通はそこまで。
そこで止まらずマウントをとって叩き続ければ暴行傷害。
国の法律で決まっているんだから当然罰は受ける。

「その二人を取り押さえろ。娘は英雄エロー公爵閣下を暴行した現行犯、夫人は孤児を虐待していた疑いがある。英雄権限で命を賜った私が指揮を執り残りの者で孤児院の調査を行う」
『はっ!』

すぐに来た護衛たちに指示する総領。
うーん、やっぱり有能。
残念なイケメンだけど。

「これは何ですか?」
「飴という甘いお菓子だ。こうして包みをとって中身を出して口の中に入れて舐める。噛むのではなく舐めて溶かして食べるのがポイントで、溶けてなくなるまでは甘いのが続く」

飴の瓶を見せて聞いた子供たちの前にしゃがんで瓶を受け取り蓋を開けて俺も一つ見本で食べてみせる。
ガルディアン孤児院の子供たちにおやつとして時々あげるから異空間アイテムボックスにしまってあった。

「食べないのか?甘いものは苦手か?」
「私たちが食べてもいいんですか?」
「これは君たちにあげたものだ。好きに食べていい。ただ、喉に詰まらせないよう気をつけて食べるように」

子供たちは顔を見合わせる。
栄養失調と出てたから食事もろくに用意して貰えなかったんだろうから医療師の判断もなく下手な物をあげられないけど、小さな飴くらいなら胃の負担にもならないだろう。

「……ありがとうございます」
「どういたしまして」

恐る恐る瓶から飴を出す子供たち。
お互いに様子を確認しながら飴を口に入れる。

「甘い!」
「美味しい!」
「うん!」

ころころ口の中で転がしたあとパッと明るい表情になる。
糖分をとっても問題ないようだ。

「三人で仲良く分けて食べるようにな」
『ありがとうございます!』

嬉しそうな子供たちの頭を撫でた。
    
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SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
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16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
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新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
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「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

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バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

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