ホスト異世界へ行く

REON

文字の大きさ
267 / 291
第十三章 進化

裏カジノ

しおりを挟む

軽く食事をしてフロアに戻り、預けたチップを受けとるためにカウンターに行く。

「こんばんは。調子がいいようですね」

声をかけてきたのは男性。
お高そうな衣装を着て仮面をしているから客だろう。

「お蔭様で。婚約者のビギナーズラックですが」
「ご令嬢は初のカジノでしたか」
「はい。今日は二人で観光に来ていたのですが、カジノがあることを知って彼にお願いして連れて来て貰いました。以前から興味があって遊んでみたかったんです」

総領と腕を組んで男性に答える。

「お優しい婚約者ですね」
「本当に。資金も彼が出してくれて」
「当然じゃないか。私の愛しい婚約者の楽しそうな姿を見られるのなら幾ら出しても惜しくない」

頬にキスする総領にフフっと笑う。
傍から見たら完全にバカップル。
お互いに敢えてやってるけど体が痒くなりそうだ。

「ミスターはカジノの経験が?」
「この店は初めてですが幾度か。ただ、一度賭け始めると熱くなってしまう性分でして、最近は控えていました」
「分かります。私もそうですから」
「ついつい使い過ぎてしまいますよね」

そう話して笑う総領と男性。
まるで顔見知りと会話しているように楽しそうだ。

「これは大きな声では言えないのですが」

総領に耳打ちする男性。
うんうんと聞いている総領はチラリと俺を見る。
遂に裏の顔を見せてきたか。

「別テーブルがあるらしい。行ってみるかい?」
「別テーブル?」

今度は俺に耳打ちする総領。
男性にも何を話しているのかわかるように口元は隠さず。

「興味があれば特別に案内してくれるって」
「特別に?怖いところでは?」
「私もここへ遊びに来た時はよく行ってますし、今日も私たちの他にも遊んでいる人が居ますからご安心を」

初めてカジノに来たのにヒョイヒョイ着いて行くのも変だから一応警戒する様子を見せると、男性は笑って俺を安心させるような言葉をかけてくる。

「でしたら行ってみたいです」
「じゃあ行こう。お願いできますか?」
「喜んで。着いて来てください」
「ありがとうございます」

信用したで行きたいことを話した総領と俺に男性は人当たりのいい笑みを浮かべると、カウンターの従業員に飲み物代を渡して目を合わせると先に歩き出した。

「この店も地下にあるのですか」
「別のカジノで行ったことが?」
「実は二度ほど友人に連れられて」
「そうでしたか」

廊下に並ぶ扉の一つから続くのは地下への階段。
普通にカジノに遊びに来ただけでは分からない仕様になっているそこを総領と男性の会話を聞きながら降りる。
こっそり魔封石に魔力を通して録音しながら。

「わあ。こちらの方が賑わってますね」
「安心していただけましたか?」
「はい。案内してくださってありがとうございます」
「光栄です」

何も知らずに来たとして男性に笑顔で感謝を伝える。
この賑わいが続くのもあと少しだけどな。

「実は今日はオークションもあるのですよ」
「「オークション?」」
「ここに案内された者だけが参加できるオークションです」

それは初耳。
裏カジノの他にオークションもやってるのは聞いてない。
ここに案内された人だけが参加できるオークションだからレアンドルも知らなかったんだろう。

「普段からオークションを?」
「いえ。不定期に行われます」
「それは運がいい。掘り出し物があるといいのですが」
「宝石類も出品されますから婚約者に贈り物でも」
「是非。一番いい宝石を競り落とさないと」

金遣いの荒いバカップルに裏カジノの利益プラス高価な宝石を売るつもりで案内されたのか。

「婚約者同士のお二人の邪魔をする訳にも行きませんので、私も別のテーブルで遊ぶことにします」
「案内ありがとうございました」
「お互いに楽しみましょう」

ニッコリと笑った男性は案内する役目を終え、俺たちに気を使っているで去って行った。

「普通のオークションだと思う?」
「裏オークションでしょうね」
「やっぱり?そこまで確認してからの方が良さそうだ」
「はい」

ある程度の証拠を掴めたら外に配置している軍を突入させて拘束する予定になってたけど、裏オークションも行なわれる可能性が出て来たからそこまで確認してからの方がいい。
裏カジノも裏オークションも犯罪行為だから。

「疑われないよう俺は引き続き無知な令嬢を振る舞うから」
「私も婚約者に甘い金遣いの荒い男を振る舞います」

オークションまで疑われないように。
ただイチャイチャしているバカップルに見えるように身体も顔の距離も近付けて小声で会話を交わした。

ここで着いたテーブルもルーレット。
異世界でもカジノの花形らしくテーブルの数も人も多いから、目立つならルーレットが最善。

「上限は?」
「ございません」

一勝負見てから座ったから分かっていたけど、記録石に録音するために総領がディーラーに尋ねる。
この時点でここが裏カジノだという証拠は掴めた。

「ここは10枚以上賭けられるのですか?」
「ああ。ここでは好きな枚数を賭けていい。少額を賭けて増やして行くのは飽きただろう?好きなだけ賭けていいよ」
「でも負けてしまうかも」
「その時はまた換金すればいいだけだ。君が楽しむ姿を見るために遣う額は幾らでも惜しくない」
「ありがとうございます」

総領の頬に軽くキスをすると危うくグフッとなりそうになったのを見て、テーブルの下で足をつねって止めた。

「私は取り敢えず嵩張って邪魔なブルーを50枚賭けるよ」
「では私も真似して50枚で」

一番多く積まれているブルーチップを50枚ずつ。
一枚が日本円で一万の価値だから50万円分。
嵩張って邪魔だからという理由で最初から大きく賭けた総領と俺にディーラーはにこっと笑った。


オークションが始まったのは一時間ほど経って。
カジノと同時進行でオークションも行うらしくナンバーが書かれた札が配られ、壇上には客と同じく仮面で顔を隠している男性が出て来た。

最初の商品は絵画。
それに興味がある人は競りに参加して、興味のない人は賭けを続けるというようなパターンで分かれる。
たしかにこれなら買わない人からも賭け金を得られるから無駄がないなと、同時進行で行う理由に納得した。

「しっかり本物だな」
「はい。これは通常のオークションにも出せる品ですね」

鑑定の結果は本物。
裏カジノで行われるから裏オークションかと思ったけど、法律に引っ掛からない通常のオークションなんだろうか。

最初の内に出て来た物は全て本物。
彫刻や花瓶だから鑑定で確認したあとは賭け続ける。
証拠を掴むために潜入して賭けてるだけだから、勝とうが負けようが俺たちにはプラスにもマイナスにもならないけど。

オークションはオークションで盛り上がっていて数品目。
ブルーの宝石が付いた短剣で初めて偽物の鑑定が出た。
これは買う人が少ないだろうなと思っていると、予想外にあらゆる席でナンバーの札があがる。

「鑑定を持ってない人が多いのか?」
「それもあるでしょうが、レベルが足りていないのかと」
「ん?」
「真偽の見極めは鑑定レベルが高くなければ出来ません」
「え?そうなの?」

耳打ちでコソコソと会話を交わす。
使われてる素材の種類が分かるんだから分かりそうだけど。

「例えば今競売にかけられている短剣の素材は本物の銀と宝石が使われていますが、何百年に発掘された出土品かという付加価値の部分の真偽はレベルが高い者にしか判別できません。つまり本物の銀と宝石を使った短剣だけれど、100年以上前の出土品というのは嘘ということです」

なるほど。
俺の鑑定に出たというのはその部分か。
鑑定を持っていれば分かる素材は本物が使われているけど、100年以上前に発掘された短剣というのは嘘だと。
昨日作ったばかりでもそれらしく傷付けて古く見せれば付加価値があがるんだからボロい商売だ。

「総領は分かるんだ?」
「王家にも商品を卸す商会を営んでおりますから」
「ああ、そっか」

他の人に偽物を販売してしまうのも大失態だけど、特に王家に偽物を掴ませたら大変なことになる。
王家を謀ったと疑われて商会を潰されるだけでなく、下手をすれば獄中に送られて爵位までも奪われる可能性もある。

「偽物だと分かってる人は総領と俺だけの可能性もあると」
「はい」

精霊族の鑑定はスキル。
プリエール公爵家のように王家とも繋がりがある大商会を営む貴族は万が一もないよう鑑定スキルを重視するだろうけど、大抵の貴族は覚えられる数に限界があるスキルに鑑定は選ばず、鑑定スキルを持っている人を雇い入れている。

先にオークションが行われると分かっていれば鑑定レベルの高い人を連れて来れるけど、不定期に行われているオークションなら今日来て知った人が殆どだろう。
その場合は本人がレベルの高い鑑定を持っていない限り、いま競っている人たちのように偽物を掴まされることになる。

上手く本物と偽物を混ぜてオークションが続く。
偽物は全て本物の素材を使っていて付加価値を上乗せしている品ということは、主催者は分かっていてやっている。
ただこれは詐欺オークションではあるものの、裏オークションではない。

「次の商品は亜種のジェムバタフライです」

それを聞いて賭けようとしていた総領と俺の手が止まる。
ジェムバタフライは魔層付近に生息する数の少ない魔物で、それの亜種となればなおさら稀少価値があがる。
そもそも魔層に近付くことを許されているのは警備に付く軍人だけで、本物のジェムバタフライなら馬鹿な軍人が法律を破って掴まえたか、何者かが密猟をしたということになる。

「「…………」」

鑑定の結果は本物。
逃げられないよう魔力を抑える檻(籠)の中に入れられている赤いジェムバタフライがバタバタと羽根を動かしている。

「亜種ではなくとも稀少価値の高いこちらのジェムバタフライは白銀貨5枚からスタートします!」
「10!」
「15!」

日本円で500万からスタートしたジェムバタフライの競りはあっという間に値が上がって行く。
それもそうで、本来なら手に入らない魔物なんだから。

「25!」
「30!」

こいつらには罪悪感というものが無いんだろうか。
魔力が糧の一つの魔物が魔力を抑えられた籠の中で苦しそうに羽根をバタつかせているのに、嬉々として値を吊り上げているんだから。

「70!」
「70が出ました!他はありませんか!」

興奮した様子でナンバーの札を上げた小肥りの貴族男性。
7000万円という金額が出て札は上がらなくなり、競っていた人たちはザワザワとする。

「100」

そう言って札を上げたのは総領。
しらっとした顔で1億を付けた。

「100!大台の100が出ました!」
「ひ、105!」
「150」
「150だと!?ふざけるな!」

頑張って競おうとした男性はトドメのように大幅に値を上げられて総領に怒鳴る。

「ふざけておりませんが?私の可愛い婚約者が欲しがっているからプレゼントしてあげようと思っただけで」

怒り心頭の男性に答えてくすりと笑った総領は俺の肩に腕を回して頭に口付ける。

「ジッと見ていたから欲しかったんだろう?競り落としてプレゼントするから後は君の好きにしていいよ」
「嬉しい。ありがとうございます」

わざとイチャイチャする俺たちに周りはザワザワ。

「ひ、150!他はありませんか!」

ハッとしたように声をあげた競売人。
あの男性も悔しそうに睨みながらも諦めたようで札を上げず、総領が150枚で競り落として拍手が上がる。
高額の支払いはオークションが終わってから別室ですることは先に説明されていたけど、その説明通り早々に次の商品が壇上に運ばれて来た。

「本日の最後を飾るのは国宝級の商品です!」

運んできた男性二人が布をバッと外すと一瞬の沈黙のあと響めくような声があがり、総領と俺は口をつけていたスパークリングワインを吹き出しそうになる。

「こちらの商品は皆さまご存知の英雄エロー公爵閣下が使用した外套です!当然ながら一点物で二度と手に入りません!」

最後の商品はまさかの俺の外套ペリース
白の布地に白銀の糸を使った意匠が入っていて、黒糸で俺の紋章もバッチリ入っている。

「「…………」」

鑑定に出ているのは偽物。
ただ布地も糸も質の高いものを使っているし、意匠も紋章も俺だけが使うことを許された本物。
俺が使用したという部分と俺の所有物ではないという鑑定レベルが高くないと分からない付加価値の部分は偽物。

「こちらの商品は白銀貨30枚からスタートします!」
「40!」
「50!」

いやそれそっくりに真似ただけの偽物だから!
英雄色や意匠や紋章を勝手に使ってるから、作った人だけじゃなくて持ってるだけでも逮捕される偽物!

「100!」
「110!」

え?俺の外套ペリース(偽物)高くね?
そんな値段で買ってくれんの?
金がなくなったら競売にかければ良い稼ぎになるな。
いや、駄目だけど。

「競り落としますか?」
「いや。これはいい」

コソッと耳打ちした総領に首を横に振る。
ジェムバタフライは生きているのに見世物のようされていることが不快で早く競売が終わって欲しいと思ってたけど、ただの布でしかないこれは好きに競えばいい。
名前を書くことになる支払いの段階で軍を突入させるから、どんなに競い合って値を付けたところで無意味だけど。

「150!」
「170!」

競売人が口を挟む間もなく値が上がって遂に170まで。
一点物とか二度と手に入らないというのが絶大な付加価値になっているようで、遂にジェムバタフライの値も超えた。

「200!」
「200が出ました!他はありませんか!」
「210!」
「220!」

おいおい、どこまで上がるんだよ。
偽物の外套ペリースなのに。
日本円で2億を超えたことに複雑な心境になる俺を総領はくすくす笑う。

「270!」
「300!」
「350!」
「ええい!じれったい!500だ!」

高々と札を上げた男性が付けたねは500。
日本円で5億の価値。
偽物なのに。

「500!500が出ました!他にありませんか!」

競売人も興奮気味。
偽物に5億の価値が付くんだから興奮もするだろう。

「では500で決定です!」
「やった!」

競い勝った男性はガッツポーズ。
負けた人たちは悔しそう。
偽物なのに。

「予想より安く競り落としましたね」
「え?」
「仮に本物なら30スタートは有り得ません。厳重に管理されている英雄エローの私物が易々とオークションに出るはずもないのに30と安すぎたことが警戒心を強める結果になったのかと。本物でしたら1000スタートでも貴族は競うでしょう」

ただの外套ペリースに10億スタートとか。
中身はクズの俺より衣装の方が価値がありそう。

「なんにしても後は支払いを待つだけです」
「うん」

またイチャイチャしている振りで耳打ちの会話を交わしたあとグラスの中身を飲み干した。

「準備が出来ましたので別室へお願いいたします」
「ああ。すぐに戻るから遊んで待っていてくれ」
「行ってらっしゃい」

ゲームの一区切りが付いたタイミングで失礼しますと声をかけてきた男性の案内で総領だけが別室に向かう。
俺はここに残って従業員や客たちの様子を見ながら総領から腕輪を通した報せが届いた時点で軍を突入させる。

一人で賭けて待つこと五分ほど。

「お嬢さん。飲み物はいかがかな?」
「さきほどの」

空いたグラスの隣に酒の入ったグラスを置いて声をかけてきたのは総領とジェムバタフライを競った小肥りの男性。

「つい熱くなって大人げないことを言ってしまった。彼にもだが、君にもすまないことをした。どうか詫びさせてくれ」
「ご丁寧にありがとうございます」

話を聞いてグラスを見たあとニコッと笑う。

「彼も支払いから戻ったら詫びよう」
「気にしていないと思いますが」
「心の広い彼だ。だが私が悪かったのだから謝らなくては」

そう話しながら隣に座った小肥りの男性が差し出してきたグラスと乾杯して口に運ぶ。
座っていいかを聞きもせず隣に座った時点で謝らないといけないことが増えてるけどな。

「お嬢さんは珍しい魔物を収集しているのかい?」
「珍しいというより綺麗な魔物を」

それを聞いたってことは自分がそうなんだろう。
悪趣味だなと思いながらも話を合わせる。

「やはり収集家なのか。私は珍しい魔物に目がなくてね。今回はお嬢さんの彼に競り負けてしまったが」
「すみません。私が眺めていたので彼が頑張ってくれて」
「いやいや。いい彼ではないか」
「はい。優しい人です」

そんな話をしながら酒を飲み進める。
美味くないけど。

「私は小型の魔物だけなので籠なのですが、珍しい魔物を収集しておられるのでしたら大型のものも居るのでは?」
「ああ。私よりも大きな魔物も居るよ」
「飼育はどうなさっていますか?」
「封印牢で飼っている。外に逃がしたら大変だからね」

ジェムバタフライが入れられていたのも封印牢。
本来は軍や警備隊などが人里に近付いて暴れる魔物を捕獲した際に使う檻や牢で、魔力を封じて大人しくなった魔物を人の居ない場所まで運んで逃がすために使用する。
それを悪用しているのが魔物収集家。

「……なんだか目眩が」

テーブルに付いてるから一応チップを賭けて小肥りの男性と会話をしながら、タイミングを見計らって呟く。

「体調が悪いのかい?少し椅子で休んだ方がいい」
「……でも席を離れたら彼が」
「ディーラー。お嬢さんの彼が戻って来たら体調を崩して休憩室で休んでいると伝えてくれ。一旦チップは預かりで」
「承知しました」

チラリと俺を確認するように見たディーラー。
婚約者以外に連れて行かれようとしているのに止めないということは、この小肥りの男性は初めての客じゃないのか。

「大丈夫かい?危ないから休憩室まで手を貸すよ」
「すみません。ありがとうございます」

フラフラする身体を支えられてテーブルを離れる。
休憩室という知らない場所に向かって。

廊下に出ると知った顔が。
裏カジノに総領と俺を案内した男性だ。

「貴女は先程の。どうなさいました?」
「……あの……目眩が」
「体調が悪いのですか」
「休憩室で休ませるつもりだ」
「その方が良さそうですね。意識が朦朧としていますし」

小肥りの男性と話した先程の男性は「失礼します」と言って俺を抱きかかえる。
そのまま黙っていると廊下に並ぶ扉の一ヶ所に運ばれた。

中はテーブルとソファのある個室。
薄目で確認しているとソファにそっと寝かされた。

「大丈夫ですか?」

そろっと肩を叩いて確認する小肥りの男性。
返事を返さずにいると暫くして仮面を外される。

「……本当に美しいな」
「ここまでとはさすがに。仮面をしていたので」

そんな会話をする二人にも反応せず寝たフリ。
酒のグラスに入れられていたのが眠剤だったから。
俺を寝かせてジェムバタフライを奪うつもりだろうか。
一人だけ寝かせても総領が居るから奪えないと思うけど。

「ジェムバタフライよりこちらの方が価値があった」

小肥りの男性の声のあとスカートの中に手が入ってきて太腿に手のひらが触れる。
眠剤で眠らせた(フリだけど)女性に手を出すとは、男の風上にもおけないゲスクズ野郎だ。

「時間がありません。婚約者の男が戻って来ます」
「少しくらいいいだろう」
「いけません。騒がれて警備隊を呼ばれては困ります」

ゲスクズ野郎を止める男性。
警備隊が来たら困るのは店だからな。
それでもゲスクズ野郎の手は止まらずサワサワと脚を撫でられてゾワゾワする。

「ピニョン卿」

ん?
ピニョン卿って言った?
このゲスクズ野郎がピニョン卿?

「煩い男だ。お前は戻って婚約者を引き留めておけ」
「どう引き留めるのですか」
「自分で考えろ」

止められてイラついたらしいゲスクズ野郎は吐き捨てるように言うと俺の胸元のドレスを乱暴に掴んで下げる。
一瞬静かになったかと思えば露わにされた胸に生温かい感触がしてまたゾワゾワする。

「問題を起こして警備隊が来ればアルシュ先代卿にも」
「ああ!早く出て行け!気が散るだろう!」

何かが床に落ちて割れる音。
先代の名前も出て来たってことは確定だな。
しっかり記録石に証拠の音声が残ったタイミングで人の胸を舐めているゲスクズ野郎にヘッドロックをかけ、両脚を身体に絡めて締める。

「ピニョン卿!」
「眠剤で眠らせた女性に手を出すゲスクズ野郎が。そんなに私の胸が気に入ったなら埋もれたまま死なせてやろうか」

総領と俺を案内した男性は魔法で拘束して、胸に埋もれて息ができずバタバタするゲスクズ野郎には両腕と両脚を使ってギリギリと頭と身体を締め、徐々に反応が弱まってきたタイミングで拘束魔法をかけて両手脚を離した。

「うぇ……キショい男から身体を舐められても仕事だから堪えないといけない嬢の気持ちが少しだけ分かった気がする」

拘束されて動けず上に倒れてきたゲスクズ野郎を蹴って床に落としたあとすぐに身体を起こして浄化をかける。
思い出すだけでもゾワゾワして鳥肌が立つ。

「な、なんなんだ。お前は」
「見知らぬ男性から眠剤を飲まされたか弱い被害者ですわ」
「ふざけてるのか!」
「ふざけてるけど?」

浄化して綺麗になった胸をしまいながら答える。
ゲスクズ野郎に真面目に答える義理もない。

「顔を確認させて貰う」

テーブルの上に記録石を置いて魔法で二人の仮面を外して顔を確認する。

「名前を言え」
「誰が言うか!」
「お前はいい。先代のアルシュ卿とこの裏カジノを共同運営している共犯者のピニョン子爵だと知ってる」

グッと言葉を詰まらせたゲスクズ野郎。
そんな反応に鼻で笑いながら開いた異空間アイテムボックスからトランシーバー型の通信機を取り出す。

「地下にある裏カジノの休憩室にてピニョン子爵と他一名を拘束した。予定通り軍の突入を許可する。全員逃がすな」
『はっ!』

待たせてしまった軍人たちに突入の許可を出す。
この通信機は総領も同じものを持たされているから伝わっただろう。

「何者だ!なぜこの店に!」
「証拠を押さえるために決まっているだろう?この店に来てからのことは記録石に残してある。言い逃れはできない」

法に反するレートで賭けさせていることも、裏オークションの様子も全て。

「なぜこのような者を案内した!」
「金のありそうな者を案内しろと言ったではないですか」
「怪しい者を案内しろとは言っていない!」
「ゲームを楽しむ仲睦まじい婚約者同士にしか見えませんでした。それに怪しいと思わなかったのは同じでは?」

キーキー怒鳴るゲスクズ野郎と冷静に答える男性。
ここに案内してくれた男性の方はもう逃げられないと理解しているんだろう。

「ピニョン子爵。どんなに八つ当たりをしても無意味だ。私たちは先にアルシュ侯爵家に突入して証拠を押さえたのちに王命を受けて子爵を含む全員を捕まえに来たのだから」

キャンキャン言っても負け犬の遠吠え。
八つ当たりしたところで責任を押し付けられる訳でもなければ刑が軽くなることもない。

「多くの貴族家の弱点を握る元財政官の先代アルシュ卿が居れば悪事も隠し通せると高を括っていたのかも知れないが、その程度の権力で全ての者が口を噤むと思っていたなら甘い。まだ子息に子が産まれたばかりだというのに、連座となる重罪で捕まり家族まで罪の償いに巻き込むなど救いのない愚か者だ」

連座=集団懲罰。
罪を犯した本人だけでなく家族や関係者も処罰される。
個々で処罰の重さが違うというだけで、例え何も知らない家族であっても何かしらの刑が課されることになる。
国に背く重罪はそれほど重大な法律違反。

「閣下!ご無事ですか!」

勢いよく扉を開けたのは総領。
途中で合流して来たのか、一緒に来た軍人たちがゲスクズ野郎と案内してくれた男性を拘束する。

「私は問題ない。逃走した者はいないか?」
「はっ!周囲を固めておりますが、報告はありません!」
「承知した」

配置された軍人の数も多いとあって逃走者は居ないようだ。
仮面もしていてしっかり顔が分からないのに逃げられたら捜すのが困難だから良かった。

「ああ、そうだ。何者かと聞かれていたのにまだ答えていなかったな。私はシン・ユウナギ・エローだ。最期に顔を埋めた胸が私の胸であったことに感謝してくれ」

連れて行かれる二人に言って軽く手を振った。

「顔を埋めた胸?」
「総領が別室に行ったあとにピニョン子爵から謝罪という名目で貰った眠剤入りの酒を飲まされてここに運ばれてきた。毒も眠剤も効かない俺にはただの不味い酒でしかなかったけど」

そう説明すると総領は隣に座る。

「つまり寝たフリをしたと?」
「うん。ここに来て二人の会話を聞くまで総領と競ったあの男がピニョン子爵だとは知らなかったけど」
「また危険なことを」
「今回は攻撃されてないし。いや、キショいおっさんから太腿を撫でられて胸を舐められたって精神的苦痛なら受けたな」

肉体に怪我はないけど心には傷を負った。
俺はパンセクシャルだから性別はさておき、好みじゃない人から撫でられて舐められてした心のダメージは大きい。

「少し二人にしてくれるか?話し合う必要がありそうだ」
「はっ!」

残っていた軍人たちが個室を出て扉を閉めると総領は俺の方を向いてにっこりと笑う。

「寝たフリなら撫でたり舐めたりする前の段階で止められましたよね?武闘も使う閣下が止められないとは思えませんが」
「何が目的で眠剤を飲ませたのかを知るために。俺を眠らせてジェムバタフライを奪うつもりなのかもと思って」
「ご自身の身体を容易く使いすぎです」
「目的のためなら使う。死ぬ以外のことなら幾らでも。相手の口から必要な言葉を引き出すために。気を許したことで得られる何かのために。利用できるものは何でも使う」

目を見ながら答えた俺に総領は溜息をつく。

「私が慣れなくてはならないのでしょうね」

そう呟くとポフッと胸に顔を埋める。

「もっと自分を大切にして欲しいと思ってしまいます」
「精霊族の守護者という役割を担う俺にそれを望むか。精霊族を守るために戦の最前線に立って、四脚を削がれようとも命と引き換えでも勝たなくてはいけない英雄の俺に」

心配してくれてることが伝わる言葉を聞いて、胸に顔を埋めている総領の頭を撫でる。

「俺の伴侶になる人は俺が英雄だってことを理解して貰わないといけない。英雄はただのお飾りの名称じゃなくて、実際に戦場に立って戦う人物だってことを。死ぬ以外は全て軽傷だ」

生きて帰って来れただけで儲けもの。
それが英雄。

「婚約するのは辞めるか?今ならまだ辞められる」
「どうしてそうなるのですか」
「俺が身体を使うのが嫌なんだろ?でも俺は今後も必要性があれば使う。生き方や考え方の大きな違いを抱えたまま一緒に居ても喧嘩になるだけで、そんな生活お互い苦痛でしかない」

俺の曲げられない部分で傷付く相手なら無理。
傷付けたい訳じゃないから『これをしたら傷付くかも』と考えて躊躇してしまうことも出てくるだろうし、状況次第ではその躊躇が命取りになることだってある。

「多分本当は、曲げられない部分を受け入れてくれるか相手に選択肢を迫るような我の強い俺みたいな奴とは距離感のある他人の方が楽なんだ。俺を大切に思ってくれてる人のことほど傷付ける結果になるから。英雄の役割を果たす俺が好きで愛情はない人と紋章分けの為に結婚するのが正解なんだと思う」

それなら俺も相手を傷付ける心配をせずに済む。
相手も英雄の伴侶という地位や権力や金が手に入る。
誰も傷つけないし、誰も傷つかない。

「好き勝手に言ってくれますね」

そう言って身体を起こした総領は俺を見下ろす。

「好きな人を心配するのは当たり前じゃないですか。だからと言って縛ることもしたくない。自分の身体を容易く使って欲しくないけど、そこは重要視していない人だとも理解してる。今までは自分が思うがままやりたいことをやって生きていれば良かったのに、今では好きな人が大切にしてる部分も理解して受け入れたいと思ってる。人を好きになることがこんなにも自分を狂わせる厄介なことだとは思いませんでした」

厄介というのはまあ分かる。
総領のそれも俺の傷付けたくないという考えも大切な人が出来たから芽生えた葛藤に違いない。

「自分の身命を賭して精霊族を守ることが役割の英雄でも努力はしてください。いかに自分の肉体が傷つかずに済むか、死なずに済むか、考えて努力もして生きて帰って来てください。自分を大切にせず闇雲に戦うのは死にたがりでしかない。努力をしても傷付いて帰って来た時は立派でしたと受け入れます」

ああ、そうか。
俺も総領も結局は同じなんだ。
間にはごちゃごちゃと厄介な感情はあっても同じ。
大切な人に生きて欲しいという望みは。

「分かった。努力する」

首の後ろに両腕を回して引き寄せ抱きしめる。
俺が大切な人には生きて欲しいと思っているように、総領も俺に生きて欲しいと思っていることは伝わった。

「さて、さっさと片付けて帰ろう」
「もう少し」
「早く片付けること片付けないと婚約発表が遅れるぞ?」
「それは困ります」

お互いに笑って軽く口付け、先にソファからおりた総領が差し出した手に手のひらを重ねて立ち上がった。

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。 《作者からのお知らせ!》 ※2025/11月中旬、  辺境領主の3巻が刊行となります。 今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。 【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん! ※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。

40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私 とうとうキレてしまいました なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが 飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした…… スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます

転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。 不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。 14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする

ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。 リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。 これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

処理中です...