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第十四章 変化
叙爵式
しおりを挟む「英雄公爵家当主、特級国民シン・ユウナギ・エロー。全ての精霊族のため身命を賭し数々の功績をあげた英雄の貴殿を新たに我が国の栄誉国民として迎え、公爵を授ける」
「謹んでお受けいたします」
アルク国の玉座の間で行われた叙爵式。
式典用の衣装で華やかに着飾った英雄とアルク国王のアコレードを放映で眺めていた人々は大歓声をあげた。
「遂に誕生したな。人族で初のアルク貴族が」
「ええ。しかも初の栄誉国民でもありますからね」
「一人の人族が国の法律を変えた瞬間に立ち会えるとは」
「英雄公は本当に素晴らしい方だわ」
「あー!」
屋敷で放映を見ていたプリエール公爵家。
威厳ある姿のアルク国王から短剣を受け取る美しい英雄の姿を眺めてそれぞれが口を開く。
「どうした、ミラン」
「改めて凄い方だと思いまして」
無言で食い入るように放映を見ていた息子に声をかけたプリエール公爵は苦笑する。
「その方と数日後に婚約する気分はどうだ」
そう聞かれた総領はプリエール公爵を見る。
「待ち遠しくて仕方がありません。閣下が何者であろうと、何者になろうと、今までと変わらず愛おしい人ですから」
「そうか」
英雄を一人の人として見ているミランには愚問だったか。
息子の返事を聞いてプリエール公爵はくすりと笑う。
「私は私の準備を進めなくては」
「ああ。コンを詰めすぎないようにな。発表の日に体調を崩していては本末転倒なのだから」
「はい。気をつけます」
放映が終わると部屋を出て行った総領。
婚約発表の際に着る衣装を制作途中で忙しい。
「嫁ぎますと言われた時は驚きましたが、閣下という生き甲斐を見つけて気持ちも通じたミランが幸せそうで嬉しいわ」
ふふっと笑ってティーカップを口に運ぶ夫人。
「娶るではなく嫁ぐだったからな。何を言っているのかと思ったが、英雄が相手となればミランが婿入りするのも当然だ」
プリエール公爵もその時のことを思い出して笑う。
「婚約発表前に英雄公の性別を明かすのですよね?」
「ああ。それでなくとも成婚を迫る貴族家が多いのに、両性で男性とも成婚できると知られては面倒事が増えるからと」
二女のヴィオラに答えたプリエール公爵も紅茶で喉を潤す。
「性別を明らかにするなんて本来ならしなくていいことも国民から反発が出ないようにしなくてはいけないなんて、成婚するなら個人情報をばら撒かないといけない英雄公が不憫です」
「容姿は男性にしか見えないからな。同性婚が禁じられている限りミランと成婚するなら明かすしかない」
誰もしなくていいことを『国民を納得させるため』という理由で強制的にさせられることを不満に思うヴィオラは不服顔。
「私は両性という性別で英雄公を悪く言う愚か者が現れないか心配だ。魔族の性別って言われそうで」
「あら、神の戦女神も両性よ?」
「うん。そもそも異世界人の英雄公をこの星での常識に当てはめることがおかしいんだけど、どこにでも馬鹿は居るから」
「まあそうね。魔族じゃないかと疑う人も居るかも」
そう話すのは二男のベルナルドと長女のユーリア。
英雄とミランが婚約することは嬉しいけれど、考えれば考えるほど心配になってくる。
「どうだろうな。逆に神と称えられるのではないか?」
「神と?」
「神は無性や両性と言われている。それでなくとも神の力を使う英雄公を神ではないかと疑う者が居るのに、両性と知ればやはり神だったと確信して信仰する者が増えそうだ」
英雄の功績を知る者なら真っ先に思うのは神。
容姿端麗で不思議と神々しく、大天使を従え神の力も使う。
既に神と信じて崇める者が居るのに、神の性別の一つの両性だと知ることで『やはり英雄は神だ』という確信に変わる者の方が多いのではないかというのがプリエール公爵の予想。
「魔族と疑う者も居ないとは限らない。だが、魔族ならばなぜ敵対する私たち精霊族を身命を賭して救う。仮に魔族だったとしても敵ではないことだけは確かだ。英雄公が神であろうと魔族であろうと私たち精霊族の英雄には違いない」
プリエール公爵の話にみんなは頷く。
「さあ、英雄がアルク国の貴族にもなったこの歴史的瞬間を私たち商売人がのんびり寛いでいて逃す訳にはいかない。国民の購買意欲が上がっているいま稼がせて貰わなくては」
「頑張りましょ!」
『おー!』
商魂逞しいエルフ族。
気合いを入れた父と母に子供たちは拳をあげ、笑いながら立ち上がった。
・
・
・
叙爵式後、国王公務室。
「いや、多すぎィ!」
公爵になったことで与えられた褒賞を書いたスクロール。
目を通すよう言われてパッと見た瞬間に出た言葉がそれ。
「そうか?これでも抑えた」
「この数でですか!?」
アルク国の王都にある土地(屋敷含む)から始まり箇条書きで数々の褒賞が並んでいる。
「ん?ここは」
「トロン領のことか?」
「はい」
聞かれるだろうと分かっていたらしいアルク国王は宰相から受け取った地図をテーブルに広げる。
「事件後に国へ返還されたが、元は公爵家に与えた土地だけに見ての通り広い。新たに叙爵した者や陞爵した者の褒賞として与える為には土地を分ける必要がある。だがここはブークリエとアルクの国境にある防衛の要となる重要な土地だ。新興貴族に任せるには荷が重く、複数名に任せるには防衛面でも協力し合える領主同士でなくてはならないという問題も出てくる」
ブークリエ国とアルク国の境界になる領地。
両国は和平を結んでいると言っても国と国である限り戦が起きることも想定しておく必要があるから、国境のここが防衛面で重要な意味を持つことは理解できる。
「確かに複数に分けると問題が起きそうですね。防衛に強い貴族も居れば弱い貴族も居ますし。防衛に強い貴族がどんなに守りを固めても、防衛の弱い貴族の土地が弱点になって国境を超えられては意味が無い。自分の領地や領民を守る必要がある領主同士が万が一の際に弱い貴族の救いに入れるかどうか」
簡単に言えば土地を分散させると防衛力が落ちる。
他の土地ならまだしも国境にある領地の防衛力が落ちるのは国にとって致命的。
「貴殿の言う通りで、万が一にならなくては分からない賭け事のようなことはしたくない。領民も新たな領主の采配で命が左右されてしまうのでは溜まったものではないだろう。その為にはこのままの面積の土地を任せられる貴族が必要だった」
「それで私に」
アルク国の公爵にもなった俺にはそのまま与えられる。
しかもそもそもが精霊族の守護者の役割を持つ英雄なら国境を任せるにも最適と。
「嫌か?」
「嫌だと言っていいのですか?」
「貴殿に嫌なことはさせたくないが、民を守るためなら引き受けてくれるのではないかとの期待もしている」
ニヤリと笑うアルク国王は悪い顔。
俺が関わることで事件が表面化した土地とあって断らないと分かっていて言ってるのが狡い。
「分かりました。ただ、領地の管理に関しては私が不在でも困らないくらいの才能がある信頼できる人を集めてください」
「もちろんだ。既に目星も付けてある」
「抜かりのないことで」
既に俺の返事を想定していて事前に目星も付けてあるとか、頭のキレる国王ほど敵に回ると厄介なものはない。
性格を把握されてる俺の負けだ。
「この予定というのは?」
「そちらはアルシュ領だ」
「え?」
「今は裁判前だから予定としてあるが、奪爵後は貴殿が領主となり現アルシュ候と共に領地を守ってほしいと考えている。貴殿が領主の土地に三名の籍を置かせるのだろう?」
……それはつまり。
「アルシュ候とレアンドルとジェレミーはアルシュ領を出て行かなくていいと言うことですか?」
「貴殿の領地なのだから貴殿の好きにすればいい。同じく前領主の屋敷も貴殿のものになるのだから好きに使うといい」
本来なら奪爵された後は家を追われる。
だからアルク国内に貰えると分かっていた俺の領地に籍を移して住居を用意してあげないとと思ってたんだけど……。
「いいのですか?そんなに私を甘やかして」
「授けた土地をどう使うも自由だ。甘やかしていない」
「ありがとうございます」
爵位がなくなっても変わらず三人は自分の屋敷に暮らせるし、アルシュ候も変わらずアルシュ領に携わることが出来るし、レアンドルとジェレミーも屋敷から訓練校に通える。
俺がアルシュ侯爵家の奪爵を望んだことで三人が失うものの一部をこういう形で補ってくれたんだろう。
「精霊族の英雄として、アルク国の貴族として、私に出来ることは誠心誠意務めていく所存です」
「よろしく頼む」
くすりと笑ったアルク国王に深く頭を下げた。
「堅苦しい話は終わりだ。後は腹を割って話そう」
「はい」
「宰相。暫く席を外せ」
「承知いたしました」
宰相が公務室を出て俺と二人になると、アルク国王は一息ついたというように溜息をついてベルで防音をかける。
「二妃の生家の末妹と婚約すると聞いた」
「はい。返事が届くまで秘密にしていて申し訳ありません」
長官からあの日の返事が届いたのは年が明けて。
総領とエミーの二人との成婚発表をした後の発表になるからまだ両親に挨拶も行けてないけど、長官か両親から話を聞いた二妃がアルク国王に話したんだろう。
「二妃から末女を娶るよう言われたのだろう?」
「お聞きになったのですか?」
「ああ。断って良かったのだぞ?」
「最終的に決めたのは私とメリッサ嬢です」
こちらの条件を話して長官が受け入れた。
最初に二妃が娶るよう言ったことは事実だけど、しないかも知れないことを先に話したうえで最終的に婚約すると決めたのは俺とメリッサ嬢だ。
「…………」
アルク国王は眉間を押さえて大きな溜息をつく。
「断った方が良かったのでしょうか」
「二妃のしたことは保護法違反だ。特級国民にも法律は守って貰うが、それ以外のことは強制してはいけないと法律で決められている。王家の権力で勇者を強制的に手篭めにした愚王を断罪せよと革命を起こした民衆を収めるため作られた保護法を、まさしく王家の者が違反するなどあってはならない」
深刻な表情のアルク国王。
「最終的に決めたのは私でもですか?」
「駄目だ。王家にとって都合のいい相手を娶るよう促した時点で違反している。貴殿は断れる性格でも全ての特級国民が断れると思うか?特級国民で英雄の貴殿と勇者殿の上の身分はブークリエ国王と私しか居ないが、他の特級国民は違う。断れる個の権力は与えていても身分は王妃が上だ。気弱な性格の者なら王家の頼みを断りきれず強制的に娶らされることになる」
ああ、たしかに。
保護法(勇者英雄保護法とは別)は全特級国民が対象。
図太い俺は長官が嫌ならしないと言えたけど、全ての特級国民が王家(王妃)の頼みを断れるとは限らない。
例えばこれが人のいいヒカルなら個の権力を与えられていても断れなかった気がする。
つまり王妃が特級国民に娶るよう頼んだ時点でアウト。
俺の場合は断れたから強制にならなかったというだけの結果論に過ぎない。
「二妃にはそれを話したのですか?」
「言わずとも本人も承知のうえだ。嫁ぐ前に王妃教育を受けているのだから、知らなかったは通らない」
それもそうか。
王妃教育をサボりまくったダメ王妃じゃない限り国の法律を学ばされてるだろうし。
「……二妃とは離縁することになった」
「え?」
「歳の離れた私に嫁ぎ国や民のために尽くしてくれた二妃にしてやれることは、本人の希望を叶えてやることだけだ」
「二妃が離縁したいと?」
「いや。言われていない」
事件が起きたあの時に二妃が王妃の座を降りようとしていることは俺にも分かった。
だから本人が言ったのかと思えば違うようだ。
「二妃はまだあの事件を引き摺っている。一族の者たちがあらゆる形で被害者に償いをしているが、自分は王妃という身分であるが故に償うことが出来ないのが歯がゆいのだろう。心優しく責任感も強い女性だからな」
そう言ってアルク国王は苦笑する。
「王家に嫁いだ際に生家の名を捨てバルビを名乗っているが、一族に連なる者の汚名というのはやはり響く。民の中には二妃が王妃だということをよく思っていない者も居るだろう。王妃であることが後ろ指を指される理由になるならば、もう解放してやることも二妃のためになるのではないだろうか」
それは俺に話しているのか、自分に言い聞かせてるのか。
視線は合わせず話しているアルク国王に溜息をつく。
二妃本人が言わなくてもアルク国王は分かっていたんだと。
「陛下と二妃が決めたのでしたらそれで。ただ、保護法違反を離縁の理由にするのは辞めてください。二妃のためにも、一族の者のためにも、メリッサ嬢と婚約する私のためにも。保護法に違反した二妃の妹と婚約するとなれば民は認めないでしょうから。そうなればさすがに二妃の一族を守りきれません」
外道の所為で既にフェリングの名前は汚名になっている。
今の状況でも反対する国民が居るだろうと予想できるのに、二妃が保護法に違反して国王と離縁したとなれば致命的。
保護法に違反した二妃の妹が保護法に守られている特級国民の俺に嫁ぐなど有り得ないと、長官が酷いバッシングを受けることになる。
「よいのか?それで。婚約しないという手段もあるが」
「陛下。私は全て正直に話すことが正義だとは思いません。先代アルシュ候の件を極秘裁判にするよう希望したのと同じく、沈黙した方が国や民の為になることもある。汚い部分は上に立つ者が責任を持って墓場まで持って行けばいいだけです」
結果論だろうと俺は強制されてない。
だから保護法違反のことはなかったことにするのが一番。
「私と陛下は共犯でしたよね?保護法違反などなかった。私がメリッサ嬢を見初めて婚約を申し出ただけ。違いますか?」
アルク国王と俺は誰にも言えない秘密を抱えた共犯者。
誰かが傷付けられた訳でもなければ、秘密することで困る人も居ないんだから、真実を知っている人たちが墓場まで持って行けばいいだけの話。
「そうだな。貴殿が言うのだからそうなのだろう」
くつくつ笑うアルク国王。
国のため、民のため、清濁併せ呑むのも上に立つ者の役目。
だからこの話はこれで終わり。
なにもなかった。
「では離縁の理由は二妃からの申し出ということにする。一族に連なる者が犯した罪の責任をとりたいと言われたと」
「はい。それが一番批判を受けずに済むかと」
責任をとって自分から王妃の座を降りることを申し出た。
それが国民も納得できる幕の引き方だろう。
「ただ、王子殿下や姫殿下はどうなるのでしょうか」
「王位継承権を持つ子供たちは連れて行くことが出来ない」
「やはりそうですか」
ブークリエ国の王家も同じ。
王妃は離縁して他人になれても、国王と血が繋がった子供は王家の王子や王女として育てられる。
「幸いどちらも話せば理解できる年齢にはなっている。それでも母が居なくなれば寂しい思いをさせるだろうが」
どちらに着いて行っても片親になるのは同じ。
両親の都合で離縁するんだから、せめて子供たちとはしっかり話す時間を設けて欲しい。
「本来は駄目だが、密かに合わせることも考えている」
「え?」
「堂々と城でとはならないが、せめて年に一度くらいは」
それを聞いて笑う。
「王家の決まりを破るとは悪い国王さまですね?」
「本当にな。だが私は国王と同時に父親でもある。母と外で会うことを知らないフリをする程度のことはしてやりたい」
「その密会が行われる時は私が賜った屋敷を使っても良いですよ?陛下と私は共犯者ですから。喜んで協力します」
みんなが反対でも俺は賛成する。
国王ではなく父親として、母と子を会わせてあげたいと思っているなら。
「顔を知られた二妃や王子殿下や姫殿下が極秘で会える場所を用意するのは難しいですからね。でも共犯の私なら他言しない保証がありますし、警備を固めることも出来ます」
「確かに英雄屋敷ならば安心して知らないフリが出来るな」
そう話して笑う。
王妃は今の三人しか考えられないと言っていたアルク国王も離縁することには悩んだだろうけど、夫婦の二人が話し合って決めたのなら第三者の俺に言えることはない。
「ありがとう」
「なにがですか?」
「全てだ。今日のことも、今までのことも」
首を傾げる俺にアルク国王はくすりと笑った。
・
・
・
アルク城にある貴賓室のソファに座って一息つく。
ブークリエ国の叙爵式の時と同じくアルク国でも夜に貴族を集めて叙爵を祝うパーティが行われるから、今日はアルク城に宿泊する予定で着替えも持ってきた。
『終わったか』
「うん。後は夜のパーティだけ」
腕輪に魔力を通して連絡したのは魔王。
今日はアルク国で叙爵式が行われることは話しておいたから、無事に終わったことを伝えるために連絡をした。
『慌ただしいが体調は崩してないか?』
「平気。婚約発表と裁判が終われば多少はゆっくり出来るようになるし、その頃に休暇をとって魔界に行ってもいい?」
『断るはずがないだろう?魔王城もお前の家の一つなのだからいつでも帰ってこい。みんなも喜ぶ』
「ありがとう」
寿命が違う精霊族と魔族は時間の捉え方が違う。
精霊族と違って一・二ヶ月戻らなくても久々に帰ってきたという感覚がなく、つい最近も帰って来ただろくらいの軽い感じで受け入れてくれるし、魔王も自分たちより寿命の短い精霊族との生活を優先するよう言ってくれてるから気が楽。
地上に居る時も半身の仕事はやってるけど。
「竜人街はどうだった?違法店が増えてなかった?」
『ああ。今はまだ明らかに違反している店はなかった。個人でやっている者は居るかも知れないが、言われた通り警備隊にはしっかり取り締まるよう伝えておいた』
「そっか、ありがとう。助かった」
遊郭の他にも許可を出したことで以前のように無許可店の無法地帯にはなっていないようで少し安心。
本来なら竜人街の視察も俺の役目だけど、今回は予定が詰まってる俺の代わりに魔王が行ってくれた。
『話は変わるが、アルクでも土地や屋敷を貰ったのか?』
「うん。っていうか、貰い過ぎってほど貰った」
『貰い過ぎ?』
小腹を満たすためにラクの実を食べながらアルク国から貰った報奨の数々のことを話す。
以前起きた事件で空いた国境の領地を貰ったことや、今回の事件で奪爵後に空く領地も貰う予定だということも。
魔王は精霊族の貴族じゃないから秘密にする必要もない。
「正妃からもアルク国王の治療をしたことの御礼を別に貰ったし、領地も屋敷も報奨金もちょっとまだ把握できてない」
箇条書きでズラリと並んだ数が多すぎた。
報奨金ですら何々で幾ら、何々で幾らと分かれていたから、結局のところ幾らになってるのか把握できてないままだ。
屋敷に戻ったら執事のエドとしっかり確認しないと。
『やはりアルクの方が国家自体が豊かなだけあるな』
「それはあると思う。アルク国の気候でしか作れない農作物とかも栽培できるよう耕作地もくれてたし」
『至れり尽くせりだな』
「怖いくらいに」
『命の恩人という理由もあるだろうが、それほどアルク国王はお前が気に入ったのだろう』
そう話してお互いに苦笑する。
ありがたいことに可愛がってくれてることは確か。
『成婚したら伴侶には別々の屋敷を与えるのか?』
「そこは話し合って決めるけど、どこに暮らすかは自由に選んで貰うつもり。エルフ族はアルク国にある屋敷の方が家族が近くに居て気持ち的に楽かも知れないし。行こうと思えば翼で飛んでも行けるし、こっそり魔祖渡りでも行けるし」
『まあそうだな。お前は他の精霊族のように何日もかけずとも到着できるのだから、万が一の時にも駆けつけられる』
「そういうこと」
俺が空を飛べることはみんな承知だから距離は関係ない。
どこに暮らしていても何かあった時には報せてくれれば魔祖渡りを使って一瞬で行くことも出来るから。
『ところで婚約者には俺のことをどう話すんだ?』
「魔王とは言えないから今まで通りに俺の治療をしてくれてる賢者ってことにはするけど、それだけでいいのか考え中」
『考え中?』
小さく首を傾げる魔王。
魔王の正体を知ってる人以外には俺の治療をしてくれてる賢者で親しくしてる人って曖昧な感じのままにしてたけど、婚約者にもそれでいいのか悩みどころ。
「エミーには愛人とか恋人って言えばって言われたけど、それなら何で婚約しないのって思われるだろうし。フラウエルと俺の関係を何となく察してた人も今までは同性だから出来ないだけって思ってただろうけど、両性だし男性の総領とは婚約してるんだから出来ない訳じゃないのは明らかだし」
婚約したら顔を合わせる機会も出てくるから紹介はしないといけないけど、どう紹介するか、どこまで話すか。
エミーは魔王の正体を知ってるし俺たちが半身という関係性だって知ってるから簡単に言ってたけど。
『成婚したいと思わないからと言えば良いんじゃないか?』
「フラウエルがしたくないってこと?」
『互いに。自分たちの関係性は今のままがいいからと。精霊族は魂の契約をしなければ子を為せない種族ではないのだから、お前のように成婚を重要視しない者も居るだろうに』
なるほど。
多くはないけど割と居るな。
エミーや総領もそもそも結婚する気がなくて婚約もしてなかったくらいだし。
『どう紹介するかは任せるが、俺たちは変わらず行くぞ』
「もちろん。来るななんて言わない」
それは今までと変わらない。
今まで頻繁に会っていた人と中々会えなくなるのは嫌だし、魔界での半身の仕事も持って来て貰わないと困る。
何より魔王も四天魔もラーシュもエディも大切な人なのに距離を置かないといけなくなるなら結婚しない。
「恋人だ何だって言うかは分からないけど、治療してくれてる賢者ってことと一緒に仕事をしてることは話す。魔界に行く時は仕事ってことで出掛けられるように」
『分かった』
使用人にも言ってあることは少なくとも話す。
そこを変えるとおかしなことになるから。
『子供賢者は発表の準備をしているのか?』
「ううん。俺にぶん投げて今日も元気に軍人やってる」
そう説明すると魔王は笑う。
『あいつは本当に変わらないな』
「エミーは俺との婚約を小言避けとしか思ってないから」
これで『早く身を固めろ』と言われなくなるというだけで、成婚発表自体もやらなくていいのにと考えてると思う。
エミーにとって重要なものは軍の仕事。
だからこそ一切気を使わずに済んで楽なんだけど。
『お前と子供賢者は悪友のような師弟関係だからな』
「最初からそうだったから婚約しても変わらない。結婚してもお互いのやりたいことをやってると思う」
『ああ。俺もそう思う』
だからこそ魔王たちもエミーとは気楽に話す。
自分たちの正体を知っていても他の精霊族と居る時と変わらないし、萎縮することもない小憎たらしい態度のままだから。
「総領とも結構気が合うんじゃないかと思う」
『そうなのか?』
「慣れるまではドン引きするかも知れないけど」
『ん?』
研究者として好奇心旺盛な総領とも話が合いそう。
残念なイケメンスイッチが入った時はドン引きだろうけど、奇行は俺で見慣れてる魔王たちならすぐ慣れるだろう。
「何にしても俺にとっては新しい家族が増えるって感覚。エドとベルが居て、使用人が居て、フラウエルたちがいて、そこに血じゃなくて縁で繋がった新しい家族が増えていく感じ」
何かしらの縁を持つ人と家族になる。
地球では得ることがなかった家族を、この星で。
これからも俺は出会いと別れも含むあらゆる経験をすることで記憶と能力を取り戻すんだろう。
「これからもよろしく」
古の縁を持つ人で半身。
改めて言った俺に魔王はくすりと笑う。
『俺の大切な半身。何者にも縛られることなくお前らしく自由に生きて行け。お前がどこに行こうと何者になろうと、俺の半身だということは変わらない。命が尽きるまで、いや、命が尽きようとも俺はまたお前を捜して出会うだろう』
そう言われて胸が温かくなる。
きっとそうなるんだろうと不思議と思えた。
【ピコン(音)!特殊恩恵〝縁生〟を手に入れました。これにより叙事詩が解放されました】
中の人の声と同時に一瞬の頭痛。
『半身?また頭が痛いのか?』
「あ、ごめん。一瞬頭痛がして何か見えたような」
『何か?』
「分からない。能力が解放された瞬間にぼやっとだけ。もう痛くないし、何だったのかも分からないけど」
魔王に重なって人の姿が見えたような。
一瞬過ぎて分からなかったけど。
『覚醒したということか?』
「いや。特殊作戦の効果でちょこちょこ能力が増えてく俺の場合は能力の解放がイコールで覚醒したとはならない。覚醒した時には中の人が覚醒したって言う」
通常は覚醒することで能力が増えたり減ったりするけど、俺の場合は特殊恩恵や恩恵が増える特殊能力があるから、能力の解放=覚醒とはならない。
『本当に大丈夫なのか?』
「うん。記憶に関わる何かがあった時に一瞬だけ痛むアレだから今は何ともない。そろそろ慣れて」
『半身が痛がっていたら心配になるのも当然だろう?』
「うん、ありがとう。でも体調が悪くて頭痛がした訳じゃないから本当に大丈夫。心配させてごめん』
『大丈夫ならいいが』
異世界最強の魔王さまは今日も半身の俺には激甘。
心配かけて申し訳ないと思う反面、心配してくれる人が居てくれることを嬉しくも思う。
『このあと祝いの会もあるのだろう?報告を聞かせてくれて顔も見せてくれたことは素直に嬉しいが、それでなくとも忙しい時なんだから少しでも仮眠をとって身体を休めろ。身体を冷やして風邪を引かないようしっかりベッドで寝るようにな』
いや、過保護すぎるな。
そういうところもギャップ萌えだけど。
心配そうな魔王を見てくすりと笑う。
「顔が見たかったのは俺の方だから。頻繁に会いに来てくれてるのに顔も見たくなるし話したくもなる。フラウエルは俺にとってそういう存在。やっぱ半身だからかな」
慌ただしい時にふとそう思わされる存在。
ベッタリではないけど適切な距離感に居てくれる魔王は束縛されるのが嫌いな俺にとって居心地のいい半身。
『今すぐ行って添い寝してやるか?』
「魔王のお仕事して。マルクさんが頭痛で寝込む」
そう話してお互いに笑う。
こうして顔を見て話せる時間をとってくれただけで満足。
充分に癒された。
「カフェのオープンには来るんだよな?」
『行く。茶碗蒸しがないのは不服だが』
「それは次に魔界に帰った時に作るからもう少し我慢して」
『多めに作ってくれ』
「分かった。食材だけ用意しといて」
『ああ。肉も狩っておく』
「どんだけ作らせるつもり!?」
驚く俺の反応を見て楽しそうに笑う魔王。
茶碗蒸しの虜になり過ぎだろ。
まあ食べたいと言われたら仕方ないなと言いつつ喜んで作ってしまう俺も大概だけども。
「じゃあそろそろ仮眠する」
『ああ。貴族の中に混ざって憂鬱にならないようにな』
「何とか作り笑いで乗り越える」
そんな会話を交わして、お互いまたと言って通信を切った。
祝儀用の衣装を脱いで浄化をかけてベッドに潜る。
魔王と話してスッキリしたからよく眠れそう。
そう思いながら気分のいいまま瞼を閉じた。
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平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
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バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
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「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
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公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
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これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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