269 / 291
第十四章 変化
叙事詩
しおりを挟む「これは?」
「青です」
「こっちは?」
「赤です」
「本当に判別できてますね」
アルシュ侯に色の確認をさせてスクロールに書き込む。
先代から杖で殴られて額を怪我した時に回復治療をする俺を見て驚いた様子を見せたけど、その理由がそれまで灰色だった世界に色がついたからだったらしい。
「魔法検査の結果にも異常ありません。額の怪我を治すためにかけた上級回復が錐体の異常も怪我と捉えたのでしょう。偶然の産物ではありますが、色覚異常が治って何よりです」
「ありがとうございます。閣下のお蔭です」
深々と頭を下げるアルシュ侯にくすりと笑う。
偶然の産物だったのに律儀な人だ。
「では次はジェレミーさま」
「はい」
アルシュ侯と交換で座ったジェレミーに魔法検査をかける。
俺がやっているのは健康診断。
裁判前の今は本人たちだけの外出が禁じられているから病院にも行けず、代わりに俺が魔法検査を行っている。
「今まで上級回復治療を受けたことがあっても治らなかった異常が治ったのは、やはり閣下の能力が高いからですか?」
「ジェレミーさま、今の私はメテオールの姿ですのに口調が丁寧になっていましてよ?」
口に人差し指で触れた俺にジェレミーは赤くなる。
「す、すまない。気をつける」
「よろしい」
パッと横を向いて顔を逸らしたジェレミーにくすりと笑う。
普段の俺と雌性の俺との対応差に早く慣れて貰うために、俺が雌性になっている時は友人と会話をしているように常語で話す約束をしている。
「私の回復魔法だから治ったのは間違いありません。風邪を引いた時に喉の痛みを緩和したり熱を下げたりするくらいは出来ますが、回復魔法で病は治らないというのが常識ですから」
症状は緩和できても病自体は治せない。
病で回復治癒を受ける人は症状を緩和して貰うため。
それがこの世界での常識。
「ただ例外があって、歴代勇者の中には大病でも治せる大聖女が居たそうです。私は大病を治すことは出来ませんが、特殊な能力を持つ異世界人であることと回復力が高いという条件が揃えば不可能を可能に変えることが出来るのかと」
「大病を?さすが勇者さまというべきか」
先天性異常を治した事をエミーに話したらそう言っていた。
歴代勇者の中でもその大聖女だけらしいけど、王家が患っていた死の病を治して神のように崇められたらしい。
「ジェレミーさまの検査結果も異常ありません。確認を」
「ありがとう」
「どういたしまして」
検査結果の画面を拡大して確認させながらスクロールに状態を書き込む。
わざわざ書いているのはこの検査結果を国に提出するから。
裁判前に体調を崩されたら裁判が行えなくなるから、牢に居る加害者でも毎日受けさせる決まりになっている。
俺が身柄を預かっていて屋敷で暮らしているアルシュ侯たちは一週間に一度でいいけど、裁判に出廷する限り体調の変化を確認する健康診断は必須。
「体調に異変を感じたらいつでも言ってください」
「分かった」
ジェレミーの診察もこれで終わり。
16歳と若いし持病もないから健康そのものだけど、体調が悪いと感じたら言うようにだけ伝えた。
「レアンドル。交換」
「ああ」
最後はレアンドル。
ジェレミーから呼ばれて俺の前の椅子に座ったレアンドルにも魔法検査をかける。
「瓶の抑制剤は使用しましたか?」
「いえ」
「通常の抑制剤と栄養剤は?」
「飲みました」
レアンドルは魔力が不安定で毎食後に薬を飲んでいるから状態を確認するために毎日健康診断をしていて、今日も先に口頭で質問してスクロールに書く。
「口調」
「人前では変えます」
それを聞いてぷくりとして見せる。
「メテオールの時は言葉を崩す約束ですが?」
「女性の姿でも英雄公爵閣下ですので」
頑な。
俺の正体を明かしてからずっとこうだ。
礼儀として目を合わせて会話をする時以外は声をかけるどころか近寄ってもこない。
「レアンドル」
「はい」
赤黒く変化した目で俺を見るレアンドル。
ただそれは目上の人に対して失礼がないよう見ているだけで、正体を知る前に俺を見ていた時の視線とは違う。
まあ仕方がないか。
正体を隠していたことにプラスしてレアンドルとは肉体関係を持ってしまったから、本当は同性(両性だけど)とヤってしまったというトラウマを植え付けてしまった可能性がある。
俺のように性別問わずの人ならまだしも異性愛者の人にとっては、例えヤった時の身体は雌性だったとしても本当は男性(両性)だったという現実を不快に思ってもおかしくない。
「検査結果が出ました。確認を」
「はい」
これは正体を隠して関係を持った俺が悪い。
だからレアンドルには強く言えず、早々に出た魔法検査の画面を確認して貰いながらスクロールに目をやる。
俺と居る限りなかなか忘れられなそうだから、裁判後はそのままこの屋敷に暮らさせて距離を置いた方が良さそうだ。
「診察はこれで終わりです。後は自由に過ごしてください」
「ありがとうございました」
「どういたしまして」
胸に手をあててお礼をした三人は部屋を出ていく。
裁判前の今は外出禁止だけど、屋敷内(庭園も含む)なら個人が何をして過ごすも自由。
「ベル。いつも通り頼む」
「承知しました」
巻いたスクロールに封蝋をして魔法で封じてベルに渡す。
このレアンドルの屋敷は近くに伝書館(郵便局的なもの)があるから、重要文書扱いで直接王宮師団まで届けて貰える。
俺が毎日何かしらの書簡を送るからベルも慣れたもので、いつも通りと伝えるだけで察して行ってくれる。
「お疲れさまでした。お食事はいかがなさいますか?」
「軽食を用意するよう伝えてくれ。書類に目を通しながらになるから片手で食べられる物で頼む」
「承知しました」
部屋を出て行くベルとエドを見送って溜息をつく。
アルシュ侯が先代邸の調査に協力しているからブークリエの屋敷には連れて行けず俺がこっちに滞在して仕事をしてるけど、ブークリエ国での領主の仕事(書類確認&捺印)にプラスして叙爵で貰った領地の書類を確認したり極秘裁判に使う書類の記入したりと忙しい。
叙爵は元から決まってたことだからまだしも、極秘裁判をすることになった今回の事件は完全に予定外。
調査の結果も毎日舞い込んでくるから一日中書類仕事。
お蔭で婚約発表で着る衣装や装飾品の用意はプリエール公爵家に任せきりになっているし、発表を行う会場の準備も国に任せきりで何も出来ていない。
俺に丸投げのエミーは別として、総領には申し訳ない。
婚約発表という大事な時を前に婚約者がバタバタしていて話し合いをする時間もろくに取れないんだから。
心の中で謝りながらも早速書類の確認に取り掛かった。
軽食を摂って確認した書類に紋印を押す作業を二時間ほど繰り返していると、扉をノックする音が静かな部屋に響く。
「入れ」
『失礼します』
聞こえてきたのはレアンドルの声。
このアルシュ領から近い場所にある耕作地の一つを確認に行ってくれているエドが帰って来たのかと思えば。
「これをお渡ししておこうと」
「スクロール?」
「閣下の執事は外出中とのことで直接お持ちしました」
「確認しますから座ってください」
「はい」
俺が今居るのはアルシュ侯の書斎。
そこを使ってくれと言われてありがたく借りている。
その広い書斎にスクロールを抱えてきたレアンドルに応接椅子に座るよう言って、俺も確認途中だったスクロールを机に伏せてから椅子を立って対面の椅子に座った。
「これは」
「私が分かっている範囲だけですが、祖父母や母が行った違法行為を纏めてあります。裁判で役に立てば良いのですが」
開いたスクロールの内容は違法行為について。
九本あるスクロールを全て開いて確認してみると、いつどこで誰に何をしてどうなったかまでが事細かに書かれていた。
「医療院にかかったことまで証拠が掴めてるのですか」
「私が連れて行って治療を受けさせましたので診察記録は医療院に残っておりますし、証言も協力してくれると思います」
「レアンドルが連れて行ったのですか?」
「証拠になりますから」
有能過ぎるだろ。
まだ成人したばかりの16歳の少年が弁護士や検察も顔負けのことをしているんだから。
「証拠になるから、ですか」
内容を読んでいてフッと笑いが込み上げる。
祖父から金を借りて返せず暴行された一般国民の診察結果と一緒に『あと数回は治療に通わせよう』という一言と『完治して良かった』と書かれているのを見て。
医療院に証拠を残すためなら一度でいい。
全治○○と診断結果は残るんだから。
最後まで通わせて治るまで見届ける必要はない。
「一言書くのは癖ですか?優しさが隠せてませんよ?」
「一言?……あっ!」
自分が書いた内容を忘れていたのか、慌ててテーブルの上のスクロールを取ろうとしたレアンドルに笑いながら魔法で浮かばせて自分の手元に運ぶ。
「でも何が目的でここまで記録をしていたのですか?」
自分の心境を書き留めた一言が書かれているということは俺が裁判に使えるよう書いてくれたものではなく、その都度書き留めていたものを持ってきたんだと分かる。
つまり別の目的で書き留めていたということ。
「レアンドル。何が目的ですか?」
隣に座って距離を詰め、顔を見ながら改めて質問する。
自分の祖父母や母親の数々の罪を書き留めてどうするつもりだったのか。
「……目的は果たされるだろう」
「ん?」
「メテオールが果たしてくれると信じて渡した」
レアンドルは俺を見て言ったあとそっぽを向く。
「私の望みは一つ。アルシュ侯爵家を潰すことだ」
「え?」
予想もしていなかったレアンドルの望み。
自分の家を潰すために証拠を集めていたとは。
「ジェレミーが家督を継ぐならこれは燃やして、全ての元凶の祖父母と母を事故に見せかけて消すつもりだった。真面目で友人も多く領民からも慕われているジェレミーと父上なら、二人で領民のためになる働きをしてくれるだろう。祖父母や母から権力でねじ伏せられて苦しむ者も居なくなる」
そう話してレアンドルは溜息をつく。
「事故に見せかけて自分も一緒に死ぬつもりだったと?」
「幾ら悪人とはいえ人の命を奪っておきながら生き長らえようとは思わない。罪を犯した責任は自分でとる」
愛した人を惨たらしい肉塊に変えた者たちに怒り滅ぼして自分にも呪縛をかけた過去のレアンドル。
苦しめられる人たちの姿に胸を痛めて祖父母と母親を道連れに自分も死のうとしていた今のレアンドル。
今のレアンドルに神魔族だった頃の記憶はないのに同じ末路を辿ろうとしていたことを知って背筋が寒くなる。
「私はそのようなこと望んでいない」
「メテオール?」
勝手に動いた口から紡がれた言葉。
身体も勝手に動いてレアンドルを抱きしめる。
「***。私はここに居るわ。貴方の傍に。だからもう***を憎むのはやめて。もう一度***の命を奪う必要はないの。奪えばまた貴方は苦しみ続けることになる。***が私の所為で苦しむなんてイヤ。だからお願い。もう繰り返さないで」
自分から発された言葉なのに聞き取れない部分がある。
つまり俺ではない誰かが話していることは間違いないけど、感情だけは俺にも伝わっていて胸が苦しい。
「***」
レアンドルが発した言葉も聞き取れない何か。
苦しいほどに胸が痛む俺をレアンドルが抱きしめ返す。
「でも痛かっただろう?辛かっただろう?」
「***が悲しむと思うと辛かった。胸が痛かった」
腕を緩めたレアンドルは俺と目を合わせる。
その目からは澄んだ赤い涙が流れていた。
「憎くないのか?***が」
「憎くない。哀れなだけ」
「…………」
「私が愛してるのは***だけ。心までは奪えない」
今のレアンドルと俺は身体を使われているだけ。
声はレアンドルと俺の声でも、俺たちではない二人が俺たちには分からない会話をしている。
「ねえ***。貴方はとても優しい人よ。小さな命でも大切にするとても優しい人。困っている人や救いを求める人が居れば見捨てられずに救いに行ってしまう心優しい人」
「だがその所為で***を一人にしてしまった。私が一人にしたから***が惨いことをされた。全て私の所為だ」
レアンドルからぽたぽたと落ちる涙。
血のような赤い涙は肌の上に落ちると透明に変わる。
「それが***の所為なら、そんな心優しい***を愛した私の所為でもあるわ。救いに行く貴方を行ってらっしゃいと見送っていたもの。私の所為で長い間苦しませてしまった」
「違う。***の所為ではない」
「じゃあ***の所為でもないわ」
身体が勝手に動いてレアンドルに口付ける。
「私は誰も憎んでいない。あの瞬間も***が悲しむんじゃないかと思うと怖くて、***と会えなくなることだけが辛くて苦しかった。でももうこうして***と会えたからいいの。もう悲しくも苦しくも辛くもない。愛してるわ、***」
もう一度口付けるとレアンドルも反応を返してくる。
呼吸をする隙も惜しむかのように深く執拗に。
その行為に俺の身体を使っている誰かの満たされた心が伝わってくる。
「***。愛している」
「私も愛してるわ」
戯れるように口付ける二人。
第三者目線で恋人同士の戯れを見せられている気分の複雑な心境もありつつ、何百年と離れ離れになっていた二人がまた会うことが出来て良かったとも思う。
「……いい加減にしてくれっ!」
続く口付けが止まったかと思えばレアンドルが怒鳴ってソファの背を拳で殴る。
「メテオール、すまない。大丈夫か?」
「レアンドル?」
レアンドルがメテオールと呼ぶと俺の身体も自分の意思で動くようになって、今まで自分の中にあった誰かの感情もスっと消えてなくなった。
「メテオールで間違いないか?」
「はい」
「……良かった」
安心してレアンドルは大きく息をはく。
どうやら今のレアンドルに戻ったようだ。
「記憶はありますか?」
「ああ。ただ、話していたのは私ではない。信じて貰えないだろうが、勝手に聞いたことのない言語で話していた。メテオールも何一つ分からない言語で話していたが記憶はあるか?」
ん?レアンドルは何も聞き取れなかったってこと?
俺が分からなかったのは部分的にだったけど。
「記憶はありますが、私にも分かりませんでした」
念の為にそう話を合わせる。
俺が神族だから聞き取れた言語なのかも知れないし。
いやでもそれなら神魔族のレアンドルも分かるような。
【まだ肉体が完全ではない彼に異界の言語は分かりません】
『急に喋りだしたな。何も教えてくれなかったのに』
【制限されていてお伝えできませんでした】
『ああ、それでか』
今の二人の会話は俺が失った記憶に関係している何かだったから伝えようにも伝えられなかったってことなんだろう。
『肉体が完全ではないってどういうこと?』
【彼の肉体はまだ半分エルフで半分神魔の状態です】
『え?そのうち肉体も神魔族になるってこと?』
【元の肉体は神魔族ですので、戻るというのが正しいかと】
マジか。
ステータスには種族も出るから厄介なことになるな。
「メテオール?」
「あ、すみません」
「大丈夫か?」
「はい。少しぼんやりしただけです」
「お互い幻覚魔法でもかけられたのだろうか。いや、私はまだしも能力の高い英雄にかけられる者が居るとは思えないな」
独り言を呟くレアンドル。
たしかに精神に影響する魔法の類いは俺には効かない。
幻覚も幻影も魅了も俺には無意味だ。
「分かりませんが、元に戻って良かった」
「ああ。口付けてすまなかった」
謝ったレアンドルにくすりと笑う。
「もっとしてくれて良いですよ?」
「英雄に無礼なことはできない」
「口調は戻してくださったのに?」
「あ」
無自覚に喋っていたのか、俺から言われて気付いたらしいレアンドルはパッと身体を起こす。
「御無礼をいたし」
胸に手をあてて謝ろうとしたレアンドルに口付ける。
「不快ですか?私と口付けるのは」
「そういう訳では」
「無理をしなくていいですよ。謝ろうと思っていたので」
「謝る?」
俺も身体を起こしてレアンドルと自分に浄化をかける。
頑なに距離を置かれてたから謝るタイミングを逃してたけど、漸く二人になる機会がもてたから今の内に謝りたい。
「姿を変えた状態で肉体関係を持ってごめんなさい。正体を明かした後のレアンドルの心境も考えず軽率でした。元の身体も性別は中性とは言え、容姿は男性にしか見えない私と肉体関係を持ってしまったと分かって不快だと思います。なるべく早く距離を置くようにしますから裁判が終わるまで待っ」
「ま、待ってくれ!」
対面の席に戻ろうと応接椅子を立つと手を掴まれてまた椅子に戻される。
「不快になど思っていない」
「え?ですが私を避けて」
「それは英雄公に何てことをしたのかと」
「ん?」
不快だから避けてるのかと思えば違うようで、どういうことかと首を傾げることで問う。
「一線を引かないと不埒なことをしてしまいそうで。メテオールが英雄公だと分かっていてもつい目で追ってしまう。今話しているこれも極刑に値する不敬な発言だと分かっているが、私が不快に思っていると誤解させたままでいるのは申し訳なく思うし、それだけは違うと伝えておかなくてはと」
少し赤い顔で横を向いたまま説明するレアンドル。
つまり俺と肉体関係を持ったことに不快感はないし、距離を置いたのは不埒なことをしてしまいそうだからと。
なんだその可愛い理由は。
「知らなかったとは言え英雄公に」
まだ説明を続けようとするレアンドルの口を口で塞ぐ。
トラウマを植え付けてしまったんじゃないならそれでいい。
同意でしたことに謝る必要も無い。
「メテオールとして出会って親しくなったのに、正体を知ったら英雄としか扱ってくれなくなって少し寂しかったです。どちらも私なのに、もうメテオールは不要になったみたいで」
「そういうつもりではなかった。すまない」
「ではこの姿の時はメテオールと呼んでくれますか?」
「分かった。そうする」
よし、勝った。
ふふんと笑うとレアンドルは苦笑する。
「その姿で寂しそうにして見せるのは卑怯だ」
「英雄としてしか見てくれなくなったことが寂しかったのは本当ですよ?公の場では仕方がないですが、英雄と知らず親しくなった人から身分で距離を置かれるのは寂しいです」
俺は英雄だけど、多くの人が思うご立派な英雄じゃない。
人前では理想像を崩さないよう振舞っているだけで、本当の俺は威厳もなにもなければ品もないただのクズ。
肩の力が抜けた状態で素を見せた人から英雄だからと態度を変えて距離を置かれたら少し寂しいのはほんと。
相手も自分を守るためだと思えば仕方がないと思うけど。
「英雄に対して失礼がないよう態度に気をつけることが逆にメテオールを傷つけてしまうということか」
「公の場以外では、正体を知る前にメテオールとして接していた時のように気楽に接してほしい。それだけです」
「善処する。傷つけるつもりではなかった」
その言い草がレアンドルらしくて笑いながら口付ける。
「婚約者が居るのに私に口付けるのは駄目だろう」
「レアンドルは婚約者じゃないから?」
「ああ。それとも愛妾にでもしてくれるのか?」
「それは駄目です」
「だろう?それなら一線は」
「婚約者になればいいのでは?」
「……は?」
唖然とするレアンドル。
驚かして申し訳ないけど、それがベストだと思う。
「私が嫌いですか?」
「嫌いな訳がない。いや、今はそういう話ではなく」
「言いましたよね?私たちは運命だったと」
話の途中になってしまったけど、中の人が『元の肉体は神魔族ですので、戻るというのが正しいかと』と言っていた。
つまりレアンドルは肉体も神魔族に戻るということ。
アルビノのような今の姿に変化したのも半分神魔族に戻ったからなんじゃないかと思う。
運命が神族の俺と神魔族のレアンドルを引き合わせた。
古の縁を持つ魔王のように。
初のエルフの生まれ変わりのアルク国王のように。
勇者の子孫の総領たちのように。
神魔族のミットのように。
レアンドルは俺と違って自分が何者か知らない。
ステータス画面に出る種族が神魔族に変わった時に何も知らない本人が驚くのはもちろん、誰かに知られたらそれこそ人ならざるものとして扱われるかも知れない。
それを考えたら神魔族が何かを知ってる俺と居た方がいい。
愛する者を奪われて自分にも呪縛をかけ何百年と苦しんできたレアンドルがまた一人にならないように。
そのために俺たちは運命に導かれたんじゃないかと思う。
「こう考えてみてください。レアンドルと私が成婚すれば、アルシュ侯とジェレミーも私の姻族になる。貴族爵を失くして一般国民になっても私の姻族という立場は二人の身を守る術になる。大切な人なんですよね?祖父母や母親と一緒に道連れにすることを考えなかったアルシュ侯とジェレミーのことは」
俺の提案は紛れもない政略結婚。
レアンドルが俺に恋愛感情がなくても関係なく、父親と弟を守る力を手に入れるために俺と結婚しようと迫っている。
「ま、待ってくれ。一般国民が英雄と成婚など」
「私は全ての種族から伴侶を娶るよう言われています。英雄は全ての精霊族に平等でなければいけないので。つまり貴族爵のない一般国民の獣人族とも成婚するということですから、自分が一般国民だからというのは断る理由には使えません」
貴族は貴族と成婚する。
ただ、一般国民と結婚できない法律はない。
第一夫人や第二夫人は貴族家の令嬢で第三夫人は一般国民という人も居る。
「お忘れですか?アルシュ侯とジェレミーとレアンドルはもう私のものです。だから例えレアンドルが私と婚約したくなくても関係ありません。断らせない私を嫌ってくれて良いですよ?それでも私はレアンドルを婚約者にします」
レアンドルはもちろんアルシュ侯とジェレミーの為にも。
俺の姻族になることで上流貴族でも三人には下手なことが出来なくなるから、身柄を預かることにした責任を果たせる。
そのためなら嫌われても構わない。
「……嫌える訳がないだろう。婚約者が居るのだからと自分に言い聞かせて距離を置かなければ自制できない相手を。そこまでしても自分を見てくれないかと目で追ってしまう相手を」
そう言ってレアンドルは俺を抱きしめる。
加減が下手な強さで。
【ピコン(音)!特殊恩恵〝恩愛〟を手に入れました。特殊恩恵〝縁の糸〟と〝繋累〟と〝勇者の血族との縁〟と〝恩愛〟が融合進化。新たな特殊恩恵〝月の系譜〟を手に入れました。これにより叙事詩が解放されます】
痛いくらいの力で抱きしめられている腕の中で中の人が報せてきたのは、アルク国王と総領と総領の家族とレアンドルとの出会いで解放された能力が融合進化したということ。
いつものように一瞬の痛みのあと別次元に飛ばされたかのように風景が変わって俺の目に映ったのは、白銀の鎧や白銀色のローブを身につけた人たちの後ろ姿。
「…………」
いや、ヒトたちではなく、神か、神魔族か、大天使か。
天を飛ぶ者と地に立つその者たちの背中には大きな翼が生えていて、それぞれが剣や大剣や槍や弓や杖を手に握っている。
その者たちの中心に居るのは……月神と月の使者。
二人も後ろ姿だから顔は見えないけど、白と黒の大きな翼で分かった。
つまり〝月の系譜〟というのは月神の系譜ということ。
月神を中心に系譜の者たちが天と地で武器を手にしている。
俺の中に居る月神。
叙事詩が解放されて見えたんだろうこの光景は月神に起きたことなんだろうか。
月神と俺の関係は一体。
解放される能力が月神に関係していることが多いのはなぜ。
やっぱり俺が月神の容物だから?
『******』
空に向かって両手を掲げた月神が何かを言うと晴れ渡っていた青空は闇夜に変わる。
それを合図のように二本の鋭い三日月型の角と四枚の翼が生えた巨大な闘牛型の獣に変わった月の使者はまるで神獣。
恐ろしさと神々しさを兼ね備えたその姿で天高くまで届く遠吠えを上げると、系譜の者たちも武器を構える。
戦闘態勢に入った月神たちの前に現れた人物。
今まで闇夜に溶けていたかのように空中に浮き出てきた黒ローブ姿の人物の顔は黒く長い前髪で隠れていて見えない。
何が起きるのか。
なぜなのか胸騒ぎがして鼓動が早くなる。
『******』
月神たちの前に現れた人物が何かを言うと一瞬で両手に拳銃が現れ、それを構えると銃口の先を月神に向けた。
駄目だ。
そうじゃない。
そう声が洩れそうになった瞬間に月神が振り返る。
もう少しで月神の顔が……というところでテレビの画面がプツリと消えたように書斎の景色に戻った。
「…………っ」
「メテオール!?」
呼吸を忘れていたのか苦しいことに気付いて大きく息を吸い込むと腕を緩めたレアンドルが驚いた顔で俺を見る。
「すまない!そんなに強く締めていたか!?」
自分が強く抱き締めすぎたと思ったらしく心配そうな顔。
呼吸を整えながらレアンドルの顔を見てクスッと笑う。
「愛の深さは伝わりました」
冗談を言って笑いながら軽く口付ける。
レアンドルとの出会いでも特殊恩恵が解放されて縁者の能力と融合進化したということは、やっぱり運命だったんだろう。
過去の俺が堕天してまでしようとしてたことを思い出すために必要な人たちと出会えるよう、運命が俺を導いた。
「レアンドル。距離を置き自制していたというのが事実なら、もう必要ありません。私が貴方と貴方の家族を守ります」
「なぜ出会ったばかりの私たちにそこまで」
「運命だから。それ以外に理由はありません」
俺が神族でレアンドルが神魔族だから。
理由はそれだけで充分。
縁者は何かしらの形で出会い惹かれ合うものだ。
「……本当に私でいいのか?異質な姿になってしまった私で。これから身分も失う私で。私には返せるものが何もない」
「レアンドルは自己評価が低いですね。容姿もいいですし、貴族爵を失わせることが惜しいほど有能なのに」
自分で自分の有能さに気付いていない。
領民のことを真剣に考えているし、強欲な先代が権力を手放さない侯爵家の長子として自分の持つ力を最大限に使って守ろうとしているし、いい領主になれる才能を持った人なのに。
「何も返せないということはありません。今決まっている私の婚約者たちは自分も忙しくてあまり屋敷に居れないので、夫人の実権を握って取り仕切る第一夫人は無理と言うような人なんです。まだ16歳のレアンドルに英雄の第一伴侶の重責は背負わせませんが、助力してくれることは期待しています」
第一夫人の押し付け合いのような状況がなんとも、権力は要らないからイージーモードで生きたい俺の婚約者らしい自由さだけど、検事や弁護士も顔負けの証拠を用意できる賢いレアンドルには本来なら第一夫人がやる役割の助力を期待してる。
「……充分に重責だと思うが」
「すみません。主人の私を筆頭に変わり者の婚約者ばかりで。でもレアンドルもそのくらい気楽で居てください。成婚しても相手を縛ることはありませんから、英雄の権力を使って悪さをしなければ恋愛をするも事業をするも好きにしていいです」
役割を果たしてくれたら後は自由。
その条件はみんな同じ。
「私は戦の最前線に立って勝利することが役割の英雄です。死と背中合わせの人生だからこそ、生きている間は自分の信念を貫きたい。後悔のない人生を送ることが私の目標です」
頷いたレアンドルは俺をそっと抱きしめる。
「私がどこまで出来るか分からない。でもメテオールが役割を果たすように私も役割を果たすと約束する。だから私を伴侶にすると言うなら、みんなを悲しませないよう必ず生きて帰るんだと自分に重責を課して私たちのところに帰ってきてくれ」
戦場に立てば絶対はない。
それはこの星で生きているレアンドルも承知。
でも最初から死ぬつもりで戦場に立つ訳じゃない。
みんな『必ず生きて帰ってみせる』と自分に誓って戦う。
「生きて帰る努力はします」
「約束だ」
「約束」
四人目の婚約者。
約束を交わして軽く口付けた。
21
あなたにおすすめの小説
辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します
潮ノ海月@2025/11月新刊発売予定!
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる!
トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。
領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。
アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。
だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう
完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。
果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!?
これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。
《作者からのお知らせ!》
※2025/11月中旬、 辺境領主の3巻が刊行となります。
今回は3巻はほぼ全編を書き下ろしとなっています。
【貧乏貴族の領地の話や魔導車オーディションなど、】連載にはないストーリーが盛りだくさん!
※また加筆によって新しい展開になったことに伴い、今まで投稿サイトに連載していた続話は、全て取り下げさせていただきます。何卒よろしくお願いいたします。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
転生したら領主の息子だったので快適な暮らしのために知識チートを実践しました
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
不摂生が祟ったのか浴槽で溺死したブラック企業務めの社畜は、ステップド騎士家の長男エルに転生する。
不便な異世界で生活環境を改善するためにエルは知恵を絞る。
14万文字執筆済み。2025年8月25日~9月30日まで毎日7:10、12:10の一日二回更新。
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
転生貴族の領地経営〜現代日本の知識で異世界を豊かにする
初
ファンタジー
ローラシア王国の北のエルラント辺境伯家には天才的な少年、リーゼンしかしその少年は現代日本から転生してきた転生者だった。
リーゼンが洗礼をしたさい、圧倒的な量の加護やスキルが与えられた。その力を見込んだ父の辺境伯は12歳のリーゼンを辺境伯家の領地の北を治める代官とした。
これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
世の中は意外と魔術で何とかなる
ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。
『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる