ホスト異世界へ行く

REON

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第十四章 変化

友人

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シストも加わり(友人は気を遣って別席)茶会のように。
俺が『種類はお任せで』と注文した菓子や軽食が五段のケーキスタンドで運ばれてきて、三つあるそれをテーブルの各所に置く従業員と同時進行で別の従業員がティーポットやデキャンタから紅茶や珈琲や果実水を注いでくれる。

さすが生粋の貴族家が集まってるだけある。
品のいい仕草で準備をする従業員を眺めて感心しているのは俺だけで、みんなはそれが当然のように気にしていない。
貴族じゃないエドも気にしていないのは今まであらゆる貴族家に使用人として潜入して見て来たからだろう。

「やっぱりこの世界のケーキと言えばタルトか」
「スポンジケーキはまだ流通しておりませんので」

フルーツタルトを見て呟いた俺に隣からエドが答える。

英雄エロー公のカフェのケーキはふかふかですよね」
「ん?どうして知ってるんだ?」
「家族で行きましたので。つい数日前」

俺たちの会話を聞いてそう言ったのはヴィオラ嬢。
総領はミルクを混ぜていたティースプーンをピタと止める。

「……行ったのか?家族で?」
「ええ」
「私は誘われてないが?」
「ミランお兄さまは登城しておりましたから」
「は?私が居ない時に聖地巡礼するのは卑怯だろう」
「お忙しいお兄さまに合わせていたら他の貴族家に遅れをとりますもの。異世界のお料理もお飲み物も美味しかったです」

頭を抱えて落ち込む総領と勝ち誇るヴィオラ嬢。
エドと俺はそんな兄妹を見て苦笑する。

「開店したばかりで混んでいただろうに」
英雄エロー公のお店ですから混雑していて当然です。待ち時間も異世界のお料理が食べられる期待であっという間でした」
「そうか。来てくれてありがとう」

公爵家は並んで待つことに慣れてないだろうに、それでも来てくれたというならありがたい。

「私と私の家族も開店二日目に訪問しました」
「え?シストも?」
「閣下監修の異世界カフェはアルク国でも話題になっておりましたので。家族で様々な料理を注文していただきましたが、異世界の料理はこんなにも美味しいのかと衝撃を受けました」
「口にあったなら良かった。あの店はあくまでカフェテリアだけに異世界料理の中でも軽食しか置いていないが」

シストの家族もブークリエ国まで足を伸ばして食べに行ってくれたらしく、最近はずっと慌ただしくて話題になってたことすら知らなかったから驚いた。

「アクセル。出遅れた者同士で近い内に行こう」
「アクセルも私たちと一緒に行きましたよ?」
「なに?」
「すみません。プリエール公にお誘いいただいたので」

アクセルも既に行ったことを知ってますます落ち込む総領。

「レーグル卿はまだ行っていないですよね?」
「はい。ただ幾度か屋敷の夕食を閣下が作ってくださいましたので、異世界メニューは食べたことがあります」
「いやもうそれは閣下の手作り料理」

シリルの返事がトドメに。
昇天してしまいそうな総領にエドもくすくす笑う。

「召喚された時から仕えてくれてるエドを除いて、この中で一番最初に俺の手作りの異世界料理を食べたのは総領だ」
「私が……?あ!サンドイッチ!」
「そう。あれも異世界料理」
「そうでした!良かった!私が一番だった!」

すぐに思い出して喜ぶ総領。
元は孤児院の子供たちのために作ったサンドイッチだけど。

「もう。閣下は本当にお兄さまを甘やかし過ぎです」
「婚約者だからな」
「それでなくとも閣下と研究以外に腰の重い兄なのに、甘やかして何も出来ないダメダメ伴侶になっても知りませんから」
「すみません」

ぷくぷくと怒るヴィオラ嬢に謝るとみんなは笑う。
さすがプリエール公爵家一番のしっかり者。

みんなで会話や飲食を楽しみながらすっかり寛いでいると周りの生徒も俺たちが居ることの緊張感が薄れたのか、カフェテリアの中は和やかな空気に。

「あ、ジェレミー子息が来ました」
「ほんとだ」

エドが気付いて扉のところに居るジェレミーに手を振る。

「お待たせして申し訳ありません」
「大丈夫。友人と話せたか?」
「はい。ただ総首席がどこにも」
「私はここだ」
「え、総首席がどうしてここに」
「休憩に来たら閣下が居られてお誘いいただいた」
「そうでしたか」

どうやら上位講義のパートナーのシストを探していたらしく、シリルの隣に座っていたシストに苦笑する。

「御父君の隣に」
「ありがとうございます」

シストは一度席を立つとシリルの隣を譲って自分は対面に座っていたアクセルに会釈をしたあと隣に座り直す。

「諸先輩方へご挨拶申し上げます。元アルシュ侯爵家二男、現レーグル子爵家二男ジェレミー・バースと申します」
「ごきげんよう。プリエール公爵家二女ヴィオラです」
「アルヴィス公爵家嫡子アクセルだ。よろしく頼む」

子爵家で年下のジェレミーが挨拶をするとヴィオラ嬢とアクセルも座っている時の礼儀作法に則って丁寧に挨拶する。
俺ならつい立ち上がって挨拶をしてしまいそうだけど公爵家で生まれ育った二人がそんな失態をするはずもなく、滞りなく挨拶が済んでジェレミーもシリルの隣に座る。

「オーブ伯のバースを名乗ったということは、ジェレミーも御父君と共にバース一族として迎えられたということか」
「はい。病床に伏せていた祖父が英雄エロー公爵閣下やエステティーク公爵閣下の治療のお蔭で身体を起こして話せるまで回復しまして、今まで何も出来なかった償いにと父や孫の私たちをバース一族として迎え入れてくださいました」
「そうか。祖父君が回復したようで良かった」

嬉しそうに報告したジェレミーにシストも安心した表情で笑みを浮かべる。

「閣下とお兄さまが治療をなさったのですか」
「陛下からエルフ族の伯爵が床に伏せていると聞いて。優秀で人格者の伯爵が回復すれば国や私も助かるのだがと」
「ふふ。陛下らしい情報の与え方ですね」
「本当に」

英雄に強制は出来ないという法律があるから。
最初はシリルの父親だとは言わず、気付いた俺が自分から治療すると言い出すようにそんな言い方で情報を出してきた。

「私も鍛えて閣下のように人を救えるようになります」
「そうなってくれると嬉しい」

気合いを入れるヴィオラ嬢にくすりと笑う。
勇者の子孫のヴィオラ嬢が鍛えて回復魔法を極めたら病や怪我に苦しむ人々が救われるだろう。


ジェレミーも加わりまた会話と飲食をして数十分。
カフェテリアにもチャイムの音が聞こえてきた。

「一時間以上経ったのか」

ポツリと呟いたシリル。

「レアンドルか?」
「はい。挨拶にしては長過ぎると思いまして」
「友人たちと暫しの別れを惜しんでいるのだろう」

退学してブークリエに行くレアンドルは今日が最後。
辞めれば会わなくなる学友への挨拶もあるだろうし、国を離れたら今までのように頻繁には会えなくなるパストルやアメリアとも話したいだろうから。

「ヴィオラ嬢とアクセルとシストも私たちに気を使わず戻っていいぞ。休憩時間中に次の講義の準備もあるだろう」
「ありがとうございます。ただ、アクセルも私も研究日ですので普段の日のようにチャイムで行動する必要はありません」
「そういうものなのか」
「はい。研究日の行動は生徒が自由に決められます」

最初に今日がって日だとは聞いてたけど、その日はチャイムじゃなくて好きな時間に行動していいってことか。

「学科で研究日や鍛錬日と呼び方は違いますが、上級科の生徒には自分の好きな研究や鍛錬に使っていい日があります。私も今日は研究日ですのでいつ研究するも休憩するも自由です」
「なるほど」

上級科の生徒はみんなその『〇〇日』という授業日だと。
だから三人ともチャイムが鳴っても慌てる様子がなかったのかとヴィオラ嬢やシストの説明で納得した。

「ん?レアンドルはジェレミーと同じ中級科だったな」
「はい。先程の休憩時間に学友へ挨拶をして今はパストル子息やアメリア嬢と話しているのだと思いますが、私どもが来たのは急遽に関わらず二人の講義の予定は大丈夫なのかと」

シリルが時間を気にしたのはそれか。
俺たちは寛ぎながら会話して過ごしてるから待つのは構わないけど、パストルやアメリアは講義の予定が決まってるだろうからゆっくり話していて大丈夫なのかと気になるのも分かる。

「私が行って確認してきます。幾ら最後と言っても一時間も二時間も講義をサボって話しているのならさすがに」
「ああ。頼む。講義の予定が入っていなかったのならいいが、違うなら講師方や彼方様のご両親にも申し訳が立たない」
「はい。みなさま、離席するご無礼をお許しください」

ジェレミーはシリルと話して俺たちに離席することを詫びるとすぐにカフェテリアを出て行った。

「もしまだ話し足りないようなら国を離れる前に改めて会える日を作ろう。幼馴染なら話したいことも多いだろうからな」
「ご配慮ありがとうございます」

今日は挨拶だけして今度は学校の外で。
その方が三人も時間を気にせずゆっくり話せるんだから、最初からそう言ってあげれば良かった。

「最後ということはレアンドルは退学するのですか?」
「ああ。ブークリエ国の私の屋敷で働くことになっている」
英雄エロー公爵邸で?」

聞いたシストだけじゃなくヴィオラ嬢とアクセルも『え?』という表情で俺を見る。
そういえばレアンドルの話はまだしてなかった。

「レーグル子爵が英雄エロー公の臣下となりヴェールの管理を継続することや身元引受人になったことはお聞きしましたが、レアンドルは親元を離れ閣下の本邸で働くのですか?」
「そういうことになる」

働くと言ってもじきに婚約者になるけど、発表する前の段階の今は『公爵邸の使用人』として雇用関係を結ぶ。

「実はレアンドルは少し前に魔力暴走を起こしまして」
「魔力暴走を?身体は大丈夫なのですか?」
英雄エロー公が暴走を止め今もエステティーク公と共に治療をしてくださっているお蔭で落ち着いています。ただ、その魔力暴走の影響で髪や虹彩の色が変化してしまって」

父親のシリルの口から三人に説明する。

「双子の一人の容姿が変化したとなれば穢れ者と思う者が現れるだろうと。元の姿を知る者たちから私やジェレミーが穢れ者の父親や弟と言われないよう、自分がアルク国を離れると」
「穢れ者……ああ、双子の片方はという昔の迷信ですか」
「はい」

すぐにピンと来なかったらしいシストは少し考え思い出す。
そのくらい現代人には『ただの迷信』になってるということだろうけど、容姿ががらりと変化したレアンドルを見れば先代アルシュ侯のように迷信を思い出す者も居るだろう。

「先代夫妻や母親の悪事が暴かれることを誰よりも望んでいたのはレアンドルだ。心優しい弟に爵位を継がせるため自分は人前で無能な長子を演じつつ、影では先代夫妻や母親の悪事の証拠を集めたり被害者に治療を受けさせたりと奔走していた」

シストの中でレアンドルはまだ厄介者のまま。
ただそれは悪役を演じるレアンドルの姿であって、そうするに至った理由もあったことを説明しておきたい。
俺の弟子になるシストは屋敷で会うことになるから。

「これはシリルにもまだ話していなかったが、ジェレミーが居ない今の内に話しておこう。レアンドルは不慮の事故を装い祖父母や母を消すつもりでいた」
「……え?」

これは父親のシリルも知っていた方がいい。
自分の息子がどれほど一人で戦ってきたかを。

「先代が生きている限り入婿のシリルに実権は渡らず反抗するだけの権力もない。跡継ぎの自分がわざと問題を起こすことでアルシュ侯爵家の悪事を公にしようとしても権力で揉み消されてしまう。それをいいことに悪事を働き続ける祖父母や母から父や弟や領民を守るにはもう殺すしかないと思ったんだろう。祖父母や母を殺して自分も命を断つつもりだった」
「そんな、レアンドルが」

真っ青になるシリル。
そこまで考えてるとは思いもしなかったんだろう。

「跡継ぎとは名ばかりで権力のない自分が家族や領民のために出来るのはその程度のこと。弟がアルシュ侯爵家を継いでくれるならば今まで集めた証拠は隠滅して自分は祖父母や母を道連れに存在ごと闇に葬る。心優しいシリルとジェレミーならば領民を大切にする領主になってくれるだろうと信じて」

シリルと同じく名ばかりのレアンドルも手段がなかった。
わざと問題を起こしても祖父母や母が揉み消してしまうから大事にはならず、隠された悪事が暴かれることもない。
今思えば先代がレアンドルの悪さを揉み消していたのは長子だからではなく自分に探られたくない事があったからだろう。

「弟のジェレミーには双子の兄のレアンドルがそこまでの決意をしていたことを知らせる必要はない。ただ、父親のシリルは胸に刻んでおけ。シリルが大切な息子たちを守るため義父母や妻の理不尽にも耐えていたのと同じく、レアンドルもまた祖父母や母から家族や領民を守ろうとしていたことを」
「はい」

涙を零すシリルにハンカチを渡しティーカップを口に運ぶ。
シストもレアンドルがなぜ今まで悪者を演じていたのかこれで理解してくれただろうし、総領の家族のヴィオラ嬢や婚約者のアクセルも『悪名のアルシュ侯爵家』ではなく『バース一族のレーグル子爵家』として三人を受け入れてくれるだろう。


少し泣いたあとシリルは涙を拭い、俺が目元にヒールをかけ泣いた形跡を消す。
そのあとは何もなかったように話題を変え時間を過ごしていると十五分程でカフェテリアにジェレミーが戻ってきた。

「レアンドルは見つからなかったのか?」
「いえ。カフェテリアの前には居ます」
「ん?どうして入って来ないんだ?」
「それが」

困った様子で戻ってきたジェレミーが耳打ちすると、話を聞いたシリルは眉間を押さえて溜息をつく。

「なにかあったのか」
「パストル子息やアメリア嬢と一悶着あったようで」

二人の様子を見て何か問題でも起きたのかと思って聞くと、今度はシリルが俺にそう耳打ちする。

「みんなは休憩を続けてくれ。ジェレミー、詳しく説明を」
「はい」

耳打ちで伝えたということはみんなの前では話しにくいことなんだろうと察して、父親のシリルと状況を知ってるジェレミーを連れてカフェテリアの出入口に向かう。

「一悶着とは?」
「アメリア嬢が離れてくれないと申しますか」
「ん?」
「どうやらレアンドルを好きなようです」

歩きながら困り顔で話すジェレミー。
俺は『そうだろうな』と気付いてたけど、その言い方だとジェレミーはアメリア嬢の気持ちに気付いてなかったのか。

「離れたくないと揉めているということか?」
「いえ、揉めているのはパストルとアメリア嬢です。二人は数年前から婚約しているのですが、アメリア嬢がレアンドルに好意があることを知ってパストルと揉め事になったようで、今はレアンドルが仲裁に入って収めようとしている最中です」

ああ……また面倒なことに。
恋愛沙汰が拗れた時は本当に面倒臭い。
巻き込まれたレアンドルも不憫だけど、自分の婚約者が他の男を好きだと知ってしまったパストルも可哀想に。

「他人の恋路は放っておけと言いたいところだが、親しい友人たちが揉めていたらさすがにそうもいかないか」
「それもありますが、アメリア嬢が泣きながらレアンドルの腕を掴んで離れないので突き放せないのかと」

きっっっつ。
腕を離して貰えないレアンドルもそれを目の前で見せられるパストルもきっっっつ。

「実はアメリア嬢はレアンドルの元婚約者です」
「え?」
「本人は何も聞かされないまま義父母と彼処様のご家族で勝手に決めたことでしたので、レアンドルが家出という手段で抗議を申し出て正式に契約を交わす前に破談となりましたが」

レアンドルが子供の頃に家出をした理由はそれか。
祖父母から自分の知らないところで勝手に婚約させられたから堪忍袋の緒が切れて家出をしたんだろう。
祖父母や母親に鬱憤が溜まっていたところに自分の将来の伴侶になる相手まで勝手に決められたことがトドメになって。

「まだ八歳だった子供の頃の話ですし、その後アメリア嬢とパストル子息が婚約しても三人で親しくしておりましたから終わったことと気にしておりませんでしたが、まさかアメリア嬢の方はレアンドルに好意を持つようになっていたとは」

大きな溜息をつくシリル。
話を聞く限りレアンドルとの婚約は本人たちの意思を無視して祖父母や両親が決めたことのようだし、破談後パストルと婚約してその婚約者も含めた三人で親しくしていたアメリア嬢が実はレアンドルに好意があるとは思わなかったんだろう。

「アメリア嬢とパストルの揉め事は当事者間の問題で私が口を挟むことではないが、レアンドルに関しては諦めて貰わないと困る。なあなあにして婚約発表後に事実を歪められたおかしな話が出回るのは避けたい。レアンドルがアメリア嬢を弄んだなどという馬鹿げたことを言う奴も居ないとは限らない」

正直そういう色恋沙汰の話なら俺は関わりたくないけど、今後俺と婚約することになる(しかも代々的に婚約発表される)レアンドルのことは諦めて貰わないと困るから仕方ない。
アメリア嬢とパストルが揉めているとだけの話なら二人でしっかり話し合ってくれとだけで終わる話だけど。

「英雄の婚約者の隙を狙う者も居るでしょうからね」
「ああ。そうなればレアンドル本人はもちろん家族のシリルやジェレミーも非難を受けるだろう」

俺に非難が向くならいいけどそうはならない。
レアンドルは『英雄の婚約者なのに』と非難されてしまうし、シリルは『息子の教育に失敗した父親』と非難されるし、ジェレミーも『弟も兄と同じそういう人なのでは』と事実無根の疑いをかけられてしまうだろう。

だからくだらないことでもそのままには出来ない。
つつかれる原因になりそうなことは潰しておかないと。
恋心を抱くアメリア嬢や今まさに修羅場だろうパストルには申し訳ないけど、俺は俺でレアンドルとシリルとジェレミーを守らないといけないから。

「すまない。通してくれ」

扉を開けて最初にカフェテリアを出たジェレミー。
ここでも揉めたのか集まっている生徒に声をかけつつかき分けて中に入って行く。

「随分な騒ぎになってるな」
「はい。まさか無関係の生徒も集まっているとは」
「大好きな人も多いからな。この手の揉め事が」
「これはもう密かに場を収められる状況ではありませんね」
「ああ。困ったもんだ」

何事かというように集まってる生徒たち。
興味津々に恐らくレアンドルたちが居るんだろう場所を覗いてるのを見てシリルと溜息をついた。

「私たちも通してくれるか?」
『は、はい!』

俺が声をかけるとすぐに気付いた生徒たちは左右に動いて道をあけてくれて、シリルと一緒にジェレミーを追う。

「レアンドル」

奥に居たレアンドルに声をかけつつ駆け寄ったシリル。
ジェレミーが言っていた通りアメリア嬢が両腕でレアンドルの腕にしがみついていて、その前にはパストルが居た。

「アメリア嬢、レアンドルも困ってるから」
「息子から手を離してください」

レアンドルもアメリア嬢に離れて貰おうと腕を大きく動かしたりして拒絶しているけど、相手が女性だけに力で跳ね除けるのはさすがに憚られるのか強引には離せず、見かねたジェレミーとシリルがアメリア嬢に声をかける。

「モテるのも困りものだな」
「閣下」

ひと足遅れで着いて苦笑しながら声をかけた俺に気付いたレアンドルはアメリア嬢を見ていた顔をあげる。

「泣かせたのか」
「離して欲しいだけで泣かせたかった訳ではありません」
「知っている」

不安そうな表情で否定したレアンドルに笑う。
どういう話の流れでこうなったのかは分からないけど、俺も来たことに気付いていなかった時からアメリア嬢に手を離して貰おうとしていたのは見てたから。

「どんな話をしてこうなった」
「退学してアルクを離れることにしたから最後に挨拶をと」
「絶対にイヤ!どこにも行かないで!好きなの!」
「何度も言ってるだろう。私に好意を持たれても困る」
「アメリア、レアンドルから離れるんだ」
「イヤ!」

理由を聞いたら修羅場が加速するとは。
これだけ大声でイヤイヤ言ってたらそりゃ無関係の生徒たちも何をしてるんだと集まってくるだろう。

「アメリア嬢。レアンドルを離してやってくれ」

俺も声をかけてみたけど、アメリア嬢はレアンドルの右腕に両腕で絡みついたまま顔を埋めて首を横に振るだけ。

「パストル子息。アメリア嬢は君の婚約者なんだろう?」
「はい。ただもう破談するつもりでいますが」
「ああ……まあそうなるか」

パストルはしっかり答えたものの怒りは隠せてない。
目の前で自分の婚約者が他の男の腕にしがみついて離れないんだから破談を考えるのも当然か。

「アメリア嬢はそれでいいのか?」
「私が好きなのはレアンドルです!」
「それならなぜパストルと婚約した」
「両親が決めただけで私は好きじゃありません!」

泣きながらそう答えるアメリア嬢。
婚約者本人の目の前で随分と酷いこと言ってるな。
俺が来る前もこのやり取りはあったのか、パストルは怒りよりも呆れた顔で大きな溜息をついた。

「両親が決めたことでもアメリアも同意しただろうに。それにレアンドルから好意もなければ付き合う気もないと断わられたのにいつまで迷惑をかけるつもりだ。閣下にも無礼だろう」

そう言ってまた溜息をつくパストル。

「断ってもこうなったと」
「はい。好意がないことも好きな人が居ることも言ってこの状況なので、私からも諦めて離すよう言っているのですが」
「なるほど」

既にレアンドルの方はアメリア嬢をきっぱりフッたあとだったらしく、パストルがそう説明してくれる。

「婚約者が注意をしてもレアンドルが断っても駄目な聞き分けのないご令嬢なら仕方がないな。強制的に返して貰おう」

それならもうこれ以上会話をしても無理だなと苦笑して、レアンドルに転移魔法をかけ俺の腕に転移させた。

「お帰りレアンドル」
「触らずとも転移させられるのですか」
「闇魔法の転移と時空間魔法の引力を複合すれば出来る」
「複合魔法が使える者だけということですね」
「ああ」

俺の腕にすぽっと収まり姫抱き状態になっているレアンドルはそれより転移の方が気になったらしく真顔で聞いてきて、この状況でも気にするのはそこかと笑いながら答える。

「レアンドル!」
「止まりなさい」
「閣下に近付くことは許さない」

しがみついていた腕から急にレアンドルが居なくなったことに唖然としていたアメリア嬢がハッとしてこちらに来ようとしてシリルとジェレミーから止められる。

「アメリア嬢。すまないが私の婚約者は返して貰う」
『婚約者?』

シリルとジェレミーに止められているアメリア嬢だけでなく、隣に居るパストルや様子を見ていた生徒たちも聞き間違えかというように『え?』という表情でレアンドルと俺を見る。

「先日の婚約発表はエルフ族のミランと人族のエミーリアと行ったが、レアンドルも私の婚約者だ。獣人族ともう一人婚約が決まり次第レアンドルとも国民に発表する予定でいる」

俺の婚約発表は国の行事になってしまうことは今回の婚約発表で分かったから、既に決まっているレアンドルと長官との婚約発表は獣人族の婚約者が決まってから一斉に行う予定。

「明かしてしまって良かったのですか?」
「言わなければ諦めてくれそうにないからな」
「申し訳ありません。ただ荷物を取りに来ただけなのに」
「構わない。両陛下に説教されたら一緒に謝ってくれれば」

心配そうに聞いたレアンドルに笑いながら床に下ろす。
国民に正式発表するのは後になるというだけで、婚約自体は先にするから仮に話が回っても問題はない。

「婚約者のレアンドルと父君のシリルと弟のジェレミーは現時点で身元引受人の私の臣下であり庇護下にある。そして婚約期間を経てレアンドルと私が成婚した際には姻族になる。彼らに何かしらの思惑で近付く者や暴言暴行等で傷つけた者は英雄の私へ不敬を働いた咎人と看做される。気をつけることだ」

奪爵になったアルシュ侯爵家。
無罪だったものの背負うことになったその汚名で三人が傷つく事がないよう、むしろこの忠告が広まってくれた方がいい。
英雄の庇護下に居るからこそ命を狙う者の数より、英雄の庇護下に居るから悪いことは出来なくなる者が殆どだから。

「アメリア嬢。レアンドルが私の婚約者だと知らなかった今までの行動には目を瞑ろう。だが、これ以上君の婚約者のパストル子息の注意もレアンドルの拒絶も聞き入れず自分の恋心を暴走させ迷惑をかけるのであれば、私もレアンドルの婚約者として君のご両親と話し合いの場を設けなくてはならなくなる」

パストルが注意してもレアンドルが断っても駄目だったなら英雄権限を持つ俺がアメリア嬢の行動を咎めるしかない。
人を好きになるのは良いことだけど、自分の婚約者や好きな人まで振り回す恋心はただの迷惑でしかないから。

「改めて忠告する。一つ、レアンドルのことは諦めろ。二つ、君の身勝手な恋心の暴走で人前で恥をかかされた被害者と言える婚約者のパストル子息も含め両家で今後のことを話し合え。今回の行為は例えパストル子息やご両親の判断で破談にされようとも自業自得だ。自分がしたことの罪深さを悔い改めよ」

これだけ生徒が集まるほどの騒ぎになっていれば人から人に噂は広がり多くの生徒が知ることになる。
自分の婚約者が他の男を好きで縋る姿を多くの生徒が見て噂も広がるんだから、パストルからすれば婚約者に裏切られたことにプラスして恥をかかされたことになる。

「話し合いの場を設けても両家で揉めるようならレアンドルの屋敷に伝達を。シリルが私の代理領主として居るからすぐに伝わる。その際は今回の騒動の当事者の一人のレアンドルや忠告を申し渡した私も証言をしよう。気を落とさないようにな」

パストルもアリアネ嬢やレオポルトに突っかかる困った奴ではあるけど、今回のことに関しては完全に被害者。
二人で交わした口約束ではなく正式に婚約を交わしてるなら個人間の問題とだけじゃ済まないから、もしアメリア嬢側が言い訳なりして揉めるようなら手を貸すことにした。

「……ありがとうございます」

パストルは深く眉根を寄せて涙目になったのをぐっと堪えて俺に深く頭を下げる。

「このようなことになってすまなかった」
「ううん。子供の頃から一緒に居てレアンドルの方は好意がないのは知ってたし、今回も何度断ってもアメリアが聞き入れずに我儘を言ってただけだからレアンドルは悪くない」

頭を下げて謝ったレアンドルにパストルは首を横に振る。
たしかに俺から見てもレアンドルの方はアメリア嬢に一切の好意(恋愛感情)がないのは明らかだったけど、パストルもそれは分かっていてレアンドルに八つ当たりをしないのは立派。
レアンドルとパストルの関係はやっぱりアリアネ嬢やレオポルトたちとの関係とは違って良好なようだ。

「それよりおめでとう、でいいのかな。婚約」
「お相手が閣下だけに言えなくてすまなかった」
「それは仕方ないことだから気にしなくていい。でも婚約発表で驚かされる前に知れて良かった。婚約おめでとう」
「ありがとう」

自分の状況より婚約を祝福したパストルにレアンドルは笑みを浮かべて感謝を口にする。

「それと」

アメリア嬢やシリルやジェレミーをチラっと見たあとレアンドルに耳打ちしたパストル。

「ああ、もうそれはいい。私の願いは閣下が叶えてくれた。今後は父上が閣下の代理領主としてヴェールの領民を守ってくれるはずだ。今まで嫌な役目をさせてすまなかった」
「いいよ。私も事情を聞いて可哀想だと思って協力したことだから。訓練校が終わったら行って事情を話して謝るよ」
「私もそうしよう。このまま離れるのは申し訳ないからな」

コソコソ話して苦笑する二人。
もしかして。

「アメリア。私はアルク国を離れて英雄公のお傍に行くが、長年友人で居てくれたことには感謝する。今までありがとう」

アメリア嬢にも深く頭を下げて感謝を伝えたレアンドル。
この場は丸く収まった(?)ことだし『もしかして』は後で聞くことにしよう。

そう思いつつシリルやジェレミーと苦笑した。
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新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

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