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第十四章 変化
バース一族
しおりを挟む訓練校を後にしてレアンドルの屋敷に一度戻り着替えたあと(他の領地に行くから俺は雌性化もして)、再び屋敷を出てプリエール公爵家の馬車に乗り次の目的地に向かう。
「やはりそういうことだったのですか」
俺があの時『もしかして』と思ったのは、レオポルトとアリアネに対するレアンドルとパストルの態度のこと。
こそこそ話していた内容を聞いて、もしかしてパストルも事情を知っていてわざとレオポルトやアリアネ嬢に冷たい態度をとっていたんじゃないかと思った。
それをレアンドルに聞いてみたら正解だったから、やはりと納得したという流れ。
パストルもコーレイン家とアルシュ侯爵家が結んでいる理不尽な契約の内容を聞いたうえで、ヴェールからコーレイン家を出て行かせるためレアンドルに協力してレオポルトやアリアネ嬢に冷たく当たっていたらしい。
「どうして二人とも急に変わってしまったんだろうと思ってたけど、そういう理由なら言ってくれたら良かったのに」
「ジェレミーは反対しただろう?」
「それはそうだけど」
「私にはそれしか手段が思いつかなかった」
レアンドルの話を聞いたジェレミーは複雑な表情。
それはそんな表情にもなるだろう。
「父親の私が権限のないお飾り領主だったことでレアンドルに悪役をさせてしまったことは、謝っても謝りきれない」
「父上を責めるつもりはありません。父上は父上でジェレミーや私の幸せを第一に考えて様々な辛いことにも堪えてくれていたのですから」
隣で落ち込むシリルを見てレアンドルは苦笑する。
レアンドルは領民や友人のため、シリルは息子たちのため、先代夫妻や母や妻の仕打ちに耐えて生きてきた。
二人の『優先して守りたいもの』が違ったというだけ。
「国を離れる前に謝罪に行くのですよね?」
「ああ。許してもらえるかはまた別の話になるが、レオポルトやアリアネやご両親には謝罪しておきたい」
今まで冷たい態度をとってきたことや、商業地区にあった支店の営業を妨害したことへの謝罪。
したことを思えば簡単には許してもらえないだろうことは承知のうえで謝罪をしたいと。
「子供の頃はみんなでよく遊んでいたんです。アリアネが虫を掴んで楽しそうに追いかけてくるものだから、私は逃げ回ってレアンドルの後ろに隠れていました。パストルとレオポルトもお転婆なアリアネにやめるよう怒ってくれたり」
「そうだったのですか」
ジェレミーが聞かせてくれた内容は、今の五人の関係性からは想像が出来ない仲の良い友人同士の話。
だからこそレアンドルとパストルはコーレイン家が先代から不当に搾取されないよう追い出す道を選んだんだろう。
ジェレミーに言わなかったのも巻き込まないため。
「先ほどの騒動の原因となったのは、レアンドル子息やジェレミー子息の幼なじみのアメリアというご令嬢というお話でしたが、その頃はまだ友人関係ではなかったのですか?」
「そう言えば名前が出てないですね」
黙って話を聞いていた総領が気付いて首を傾げ、俺もそう言われてみればと気付いて首を傾げる。
「アメリア嬢がヴェールに来たのは七歳の時で、侯爵令嬢らしいというのか、私たちのように泥まみれになって遊ぶ子供ではなくて。初めて喋ったのは初等科に入ってからです」
「ああ、後から引越してきたんですか」
「はい。むしろ私たちは汚いと嫌がられてました」
総領に説明してジェレミーは苦笑する。
貴族なのに泥だらけになって遊ぶレアンドルやジェレミーやパストルは嫌がられていたのか。
「アメリア嬢もパストルさまのように事情を聞いてレオポルトさまやアリアネ嬢に冷たい態度を?」
「アメリアには何も話していない。初等科になって私の後を着いてくるようになったが、理由も覚えていない」
「え?じゃあ汚いとか虫がどうとか貶していたあれは素で言っていたということですか?」
「あの性格は元からだ。ジェレミーが言ったように、私たちも子供の頃は言われていた」
まさかのアメリア嬢だけ素。
パストルと同じくアメリア嬢も事情を聞いてレアンドルに協力していたのかと思ったのに。
「彼女の好意には気付いていたのですか?」
「恋愛感情は全く。昔から私とパストルの後を着いて回っていたから婚約後も気を使っているのかと思って、わざわざ私に着いて来なくていいと断っていたのですが」
レアンドルから話を聞いて総領は「ああ」と一言。
俺を見て苦笑する。
「レアンドル子息は激ニブなんですね」
「少しアメリア嬢に同情してしまいそうです」
「ん?」
本当に何を言われているのか理解できていないらしいレアンドルにジェレミーやシリルやエドも苦笑。
「昔から一緒に居たから婚約後も気を使ったんじゃなくて、レアンドルが好きだから着いて回ってたんだろ」
「そういうことだったのか」
言われて気付いたらしいレアンドルがハッとしてジェレミーは呆れた顔になる。
「結果的にはレアンドルの婚約者が閣下で良かったのかも。もし侯爵家以下の令嬢と婚約してたら、嫉妬したアメリアからその令嬢が嫌がらせを受けたかもしれない」
確かにヤダヤダしたか嫌がらせをしたかどちらかだな。
英雄の俺と婚約したレアンドルにヤダヤダ泣いてみせたところで何も変わらず無意味だし、嫌がらせをしようものなら大問題になるから家族が止めるだろうけど。
「親が決めた婚約なら簡単に破談とはならない気もしますが、パストルさまが泣きをみない結末になるといいですね」
「パストルが婚約を継続すると言うなら別だが、破談にしようと考えているのにパストルの方に非があるような責められ方をするようなら、私が今日のことも含め今までのことを話す」
そこは俺も協力するけど。
レアンドルとパストルとアメリア嬢の関係は『レアンドルとレアンドルに着いて回る二人』という印象だったけど、パストルのことはしっかり友人として大切に思っているようだ。
「アメリア嬢のことも友人だと思っているのですよね?」
「友人……友人だ。一緒に居たのだから」
「パストル子息は友人ですか?」
「ああ。私やジェレミーの幼なじみだ」
アメリア嬢の時は少し悩む様子を見せたのにパストルのことははっきり答える。
「昔のレアンドル子息にとってご令嬢はいつしか幼なじみと自分に着いて回るようになった人でしかなく、関係性が変化した今も幼なじみの婚約者でしかないのでしょう。過去はもちろん今も自分の友人になった感覚がないから、一緒にいたから恐らく友人なのだろうという曖昧な返事になるのかと」
「そうなんでしょうね、きっと」
友人になったつもりは無いけど、一緒に居たから友人。
俺も総領が言うそれがレアンドルとアメリア嬢の関係性を表す最も近い言葉に聞こえた。
「激ニブのレアンドル子息に恋をしてしまったことは同情しますが、例え両親が決めた婚約でも人前で婚約者を貶めるような言動をしたことは許されません。貴族であればなおのこと、お相手を貶める行為は強く非難されます」
「まあ確かに」
異世界系漫画ではか弱いフリの性悪ちゃんに引っかかった王子や貴族が人前で婚約破棄を申し渡したりするけど、実際には最も恥ずべき行為として破棄を申し渡した方が嫌悪される。
それが男性からであろうと女性からであろうと人前で婚約者に恥をかかせるような行為をするのは愚か者でしかない。
「婚約はお家同士の繋がりでもありますから、ご令嬢のお家はお相手のお家から相応の破談金と慰謝料を求められるかと。学び舎という人前かつ、ご子息の目の前で他の男性へ好意を伝え縋りつく失態までしたのですから。お気の毒さまです」
にっこり笑う総領は腹黒い。
あの場には居なかったものの俺たちから事情を聞いて、同じ貴族として有り得ないと思ったんだろう。
「レーグル子爵も今回の件でおかしな言いがかりをつけられた際には毅然とした態度で否定するようにしてください。お断りした上に泣いて縋られていただけのレアンドル子息に非はありませんので。金に汚い貴族ですと巻き込まれたはずのレーグル子爵家にも破談金の一部を負担させようとしますから」
「は、はい。気をつけます」
総領に言われて背筋を伸ばして答えるシリル。
その隣でジェレミーも何故かピシッと背筋を伸ばしていてエドはくすくす笑う。
「レアンドル子息も英雄の婚約者を名乗るのであれば下手な同情心は見せないように。その同情心という心の隙が閣下の弱点となる可能性もあることを肝に銘じてください。尊い御方を守るには婚約者の私たちが弱点となってはいけないのです」
「心に刻みます」
「よろしい」
さすが王侯貴族。
あらゆる可能性を考えて注意をするところは注意する。
それが自分の歳上でも歳下でも関係なく。
クズの俺に反比例するように婚約者が有能な件。
・
・
・
「閣下、お手を」
「ありがとう」
馬車で到着したのはオーブ伯爵領にある領主本邸。
シリルの父親のオーブ伯爵は所謂『辺境伯』に分類される貴族家で、街を囲むように聳える守壁を越えた先にある本邸は敷地も広く屋敷も大きい。
「シリル!」
「母上!」
スカートを掴んで屋敷から駆け出して来た女性。
シリルと抱き合い笑顔を浮かべたのはオーブ伯爵夫人。
つまりシリルの母親だ。
「レアンドルとジェレミーも元気そうで安心したわ」
「お祖母さまもご健勝のこととお慶び申し上げます」
「ご無沙汰しております」
レアンドルやジェレミーともチークキスを交わす夫人。
オーブ伯爵が回復したことが気持ち的に大きいのか今日は顔色がいい。
「御無礼をいたしました。英雄公爵閣下並びにエステティーク公爵閣下へご挨拶を申し上げます」
久々の再会を喜ぶ姿を眺めていると夫人がハッとしてこちらを見てカーテシーで挨拶をしてきて、夫人の後に屋敷から出て来た人たちもボウアンドスクレープやカーテシーで挨拶する。
「ご丁寧にありがとう。後ろの方々は?」
「バース一族にございます。シリルが再びバースを名乗ることになりましたので代表して数名が見届けに参りました」
「そうでしたか」
それで以前治療に来た時には居なかった人が今回は居るのかと納得した。
「早速ですがオーブ伯の診察を」
「ありがとうございます。ご案内いたします」
俺は病の根源治療と治療後の経過観察の二回しか来たことがないけど、二回とも青白い顔で疲れた様子だった夫人が今日は明らかに顔色がいいことにホッとする。
「シリルが無事で良かった。後でゆっくり話そう」
「はい。後ほどご報告をさせてください」
「ああ。父上もシリルや孫が来るのを待っている」
一族の代表者たちと笑顔で会話を交わすシリル。
レアンドルやジェレミーも笑顔で会話を交わしていて、三人に対して嫌悪感を持つ人の姿がないことにも安心した。
広い屋敷の中を歩いて案内されたのは寝室。
屋敷の従僕が丁寧に頭を下げてノックをする。
「旦那さま。英雄公爵閣下並びにエステティーク公爵閣下がお越しくださいました」
「お通ししてくれ」
「はい」
もう一度俺たちへ頭を下げた従僕が扉を開いた。
「ご挨拶を」
「そのままで。まだ目覚めたばかりなのですから」
「温かいお心遣い感謝申し上げます」
「他領への訪問ですのでこちらの雌性の姿で失礼します」
「妻から聞き及んでおります」
ベッドの背に置いたクッションに凭れていたオーブ伯爵が身体を起こして挨拶しようとしたのを見て止める。
「父上!」
父親の姿を見て真っ先に駆け出したシリル。
オーブ伯爵のベッドの隣に行くと力が抜けたようにしゃがんで何度も「父上」という言葉を繰り返す。
「やれやれ。私が知らぬ間に子も生まれ立派になったものだと感心していれば、子供のように泣くのだから困ったものだ」
「私ももう31になりました。大人ですよ」
「泣きながら言われても説得力がないぞ」
ベッド俯せて泣くシリルを撫でるオーブ伯爵は父親の顔。
夫人もそんな仲睦まじい親子の姿を見てボロボロ零れる涙をハンカチで拭う。
「レアンドル、ジェレミー。二人もこちらに来て私に顔をよく見せてくれ」
同じく零れた涙を拭った二人もオーブ伯爵に呼ばれてベッドの隣に行くとシリルの隣に並んでしゃがむ。
「ああ、二人とも祖父の私や父親のシリルによく似ているな。いや、やはりシリルよりも凛々しいか」
「父上」
恨みがましく呟いたシリルにオーブ伯爵が笑ってレアンドルとジェレミーも笑う。
「あな」
涙を拭いてハッと俺と総領を見た夫人にシーっとジェスチャーして止める。
何年も床に臥せっていたオーブ伯爵が正気を取り戻し、こうして息子や孫のことも分かるようになって話せるようになったんだから、喜びを噛み締める今の時間の邪魔はしたくない。
俺が伝えたいことを察したようで、夫人はまだ止まらない涙をもう一度拭って総領と俺に深々と頭を下げた。
「お待たせして申し訳ございません。御無礼を」
「構いません。今の間に魔法検査をかけて診断結果が出ましたので拡大してお見せします」
再会の時間をゆっくりとったあと、謝罪して頭を下げたオーブ伯爵に笑いながら検査結果の画面を拡大する。
左側にはオーブ伯爵の名前や年齢の書かれた画面。
適性属性やレベルや恩恵などは見ないよう最初からその部分は隠した状態で、病歴や現在の病名が載る項目だけ。
他にはMRIやCTで撮影したのと同じように状態を可視化できる頭部や胸部や腹部の画面と、病理部分に赤い印がつく人体図を合わせて五枚の画面を開いた。
「こちらはオーブ伯爵の全身の健康状態を表した人体図、こちらの部分で拡大された三枚は左から胸部、二枚目は腹部、右は頭部の状態を見ることのできるレントゲンというものです」
「英雄公の魔法検査は精密な検査を行える特殊なものと妻から聞いておりましたが、切らずとも体内を見られるとは」
驚いて興味津々に見るオーブ伯爵にくすりとする。
まだ誰にも教えてないから現時点では俺しか使えないけど、医療師が使えるようになればこの星の医学も発展するだろう。
「診断結果ですが、回復治療を行った際に治癒した脳の腫瘍も再発しておりませんし、傷んで機能が落ちていた腎臓や肝臓などの臓器も正常に機能しています。毒素も抜けていますし、両方の肺を蝕んでいた影もなく問題ありません」
ボロボロの身体に特殊恩恵を使って病を治したけど、今まで臥せっていた期間が長すぎたから栄養状態が悪くて医療免許を持つ総領に薬剤を調合して貰わないといけない状態だったし、まだ体力や筋力が落ちている患者の状態ではあるけど、少なくとも治療後に再発などはしていない。
「記憶や言動に悪影響を与えていた頭部の腫瘍や多臓器に及んでいた腫瘍も綺麗になくなっていますから、後は継続して必要な薬剤を飲んでいただきながら食事療法や軽い運動を行い、じっくり体力や筋力を復活させていくことにしましょう」
「はい……はい……。命をお救いくださいましてありがとうございます。こうして生きてまた家族と会話することが出来たのはお二人のお蔭です。誠にありがとうございました」
涙を滲ませながら感謝を口にしたオーブ伯爵に続いて床に跪き総領と俺に深く頭を下げた夫人やシリルやレアンドルやジェレミーに笑みで返す。
「目覚めたばかりのオーブ伯にこういうことを言うのは酷かと思いますが、元気になった暁には陛下から働かされることになると思います。私にアルク国の優秀な伯爵が病に臥せっていて困っていると話したのは陛下ですので。馬車馬のように働かされることが無いようお気をつけください」
そう話して聞かせるとオーブ伯爵は笑う。
「その際は喜んで国と国民のために働きましょう。まだまだ若い者に教えこまなければならないことがありますので」
「さすが辺境を守護する伯爵。パワフル」
オーブ伯爵と俺の会話で総領や夫人やシリルたちも笑う。
最初に来た時はまるでお通夜のように夫人も屋敷も使用人も暗かったけど、笑うことが出来るようになって良かった。
・
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・
総領も今後の治療方針や投薬する薬剤の説明をして数日分の飲み薬と塗り薬を渡して今日の診察は終了。
そのあとはシリルが正式に子爵とレーグルの名を襲爵するとあって一族の代表たちが寝室に呼ばれた。
従僕が用意したテーブルでスクロールに目を通して自分の名前を書いたシリルからそれを受け取ったオーブ伯爵は、魔法でサラサラとサインをして紋印はしっかりとした手つきで押す。
「これを以てシリルは再びバース一族に戻り、シリルの子のレアンドルとジェレミーは新たにバース一族となった。お帰りシリル。今まで苦労をかけてすまなかった。私の代わりに一族の者たちを守ってくれたことに心から感謝する」
「父上」
「やれやれ。また泣くのか」
正式に襲爵の手続きをしてオーブ伯爵に抱きつくシリル。
一族の代表者たちも「未だに泣き虫か」と憎まれ口を言いつつも二人を見て涙を滲ませている。
きっとこの人たちはアルシュ侯爵家に婿入したシリルがどんな扱いを受けてきたかをもう知っているのだろう。
「シリルお兄さま!」
バターンと開いた扉の音で、感動して涙目だったみんながビクッと驚き扉の方を見る。
「え?え?モナ?歩けるようになったのか?」
「ええ!もう車椅子は必要ありませんわ!走れましてよ!英雄公爵閣下が私の脚も治してくださいましたの!」
「閣下が?」
走って来てガバッと抱きついた女性を驚きながら受け止めたシリルは話を聞いて俺をパッと見る。
「アルシュ侯爵家が今までに犯した悪事を明らかにして奪爵するよう両陛下に願い入れたのは私です。判決では無罪だったシリルも一度はアルシュ侯爵を名乗った者の責任として今後は領民の生活を手助けしなければなりません。そして領地を引き継いで領主となった私もまた前領主のアルシュ侯爵家から被害を受けた方を救わなければなりません。シリルの妹様もアルシュの被害者。私の力が及ぶのであれば治療をして当然です」
元気に走って来た女性はシリルの妹。
見目麗しい妹はネージュ夫人に雇われた暴漢に襲われ、車椅子なしでは動けない身体にされてしまった。
裁判で被害者の一人として名前のあがったそれを聞いてオーブ伯爵と同じく俺が回復治療を行った。
「優秀なオーブ伯のバース一族に目を付けた先代アルシュ侯から一族が様々な妨害を受けたことは聞きました。妹様のように身体を傷つけられた方が居ることも、妨害されて商売が立ち行かなくなった方が居ることも、事実無根の罪を擦り付けられた方や、婚約が破談となってしまった方が居ることも。シリルも破談になった一人で、これ以上一族に被害が及ばないよう自分が生贄となってアルシュに婿入したことも知っています」
バース一族もアルシュ侯爵家の被害者。
王家から信頼されていて影響力もあるオーブ伯爵の子息のシリルに以前から目を付けていた先代夫妻は、伯爵が病に倒れたのを好機とばかりにバース一族へ様々な妨害工作を行った。
その狙い通りオーブ伯爵の影響力は失われていき、遂には妹のように身体を傷つけられる者も増えたため、シリルは一族を守るためにアルシュ侯爵家を恨みながらも婿入した。
「シリル。貴方は元アルシュでもありますが被害者の一人。貴方も私が救わなければならない一人です。ですから私は貴方の家族を救うことで貴方のことも救うことにしました。もう生贄としての人生は終わりです。これからはオーブ伯から名誉を賜ったレーグル子爵として、私の直属の臣下として、大切な家族とともにバース一族を盛り立てていってください」
妹から離れたシリルは俺の前に来て跪く。
「秘匿とする貴重な能力で父だけでなく妹までお救いくださいまして心より感謝申し上げます。私を、息子たちをお救いくださいましたことにも心より感謝申し上げます。私シリル・バース・レーグルは生涯をかけ英雄公爵閣下へこの御恩をお返しして行くと誓います。私ども家族に、バース一族に第二の人生を授けてくださいまして誠にありがとうございます」
胸に手をあて頭を下げたシリルにくすりと笑う。
ほんと真面目だな。
「私が御三方を守るとお約束しましたよね?婚約者の親族が困っていれば少しばかり手を貸そうとなるのは当然では?」
『婚約者?』
聞き直すかのように首を傾げたオーブ伯爵夫妻や一族の代表たちから不思議そうに見られる。
「あの、レアンドルのことです」
『え!?』
シリルから聞いて声をハモらせた人たち。
「……レアンドルが誰と?」
「英雄公爵閣下とレアンドルがです」
よほど驚いたのか唖然として固まっている人たちを見て総領はくすくすと笑う。
「まだオーブ伯が回復したばかりで話すのは早急では?」
「オーブ伯爵が回復したからこそ、一日も早くバース一族を以前のような強い一族に建て直して貰わないと。私も出来ることは協力しますから、まだ発表前ですが先に話しておきます」
「なるほど。そういうことですか」
今話した理由を聞いて総領は納得する。
シリルやジェレミーやレアンドルを守るためにはオーブ伯爵が元気だった頃の一族に建て直しが必要。
婚約者だと知っておいて貰った方が協力できることも増えるから先に話しておくことにした。
「オーブ伯爵ご本人は完治するまで焦り厳禁ですが、一族のみなさまにとってもオーブ伯爵が回復したことは大きな心の変化になると思います。一族のためアルシュ侯爵家に婿入して汚名を被ることになったシリルを守るために、伯爵が元気になった時に以前の優秀な貴族として復帰できるように、一族のみなさまにバース一族を復活させて貰わなくてはなりません」
そう話す俺に姿勢を正して傾聴する人たち。
「元アルシュの名が汚名となった所為で、入婿だったシリルの親族のみなさまにも少なからず悪影響が出るでしょう。レアンドルが英雄の私の婚約者になることでバース一族を堂々と蔑む者の口を塞ぐことくらいは出来るでしょうが、それは英雄への侮辱になり兼ねないと口を噤んだだけに過ぎません。ですからみなさまには愚か者が口を噤でいる間に以前のバース一族を取り戻して欲しいのです」
シリルは一族を守るためアルシュ侯爵家に婿入したのに、今度はそのアルシュ侯爵家の名前が汚名となってシリルやレアンドルやジェレミーに伸し掛る結果になっている。
それがシリルの両親や兄妹にも多少の影響が及ぶことは予想できるし、バース一族として再び迎え入れたことで一族のみんなにも影響が及ぶことになるだろう。
「元アルシュの汚名を真に払拭できるのはバース一族が以前の強さを取り戻した時。今度はみなさまがシリルを救う番です。優秀で人格者の御当主オーブ伯を筆頭に、剣や武や魔の戦う才能がある者が揃った強いバース一族。その栄光を取り戻すために必要なことなら私も手を貸しましょう」
辺境伯と言えば下手な上流貴族よりも権力(影響力)がある。
アルク国王が俺に『床に伏せっていて困っている』と話したのは大袈裟ではなく、辺境の地を任せられる優秀な人が欠けてしまえば国として防衛力が落ちてしまう。
オーブ伯爵が辺境の地を守れるほど強いからこそアルク国王も広大な領地を与えたんであって、バース一族はアルク国にとって重要な存在の貴族家。
「恐れながら発言の許可を」
「許可しましょう。以降許可をとる必要はありません」
「ありがとうございます」
一族の代表者の一人が手を挙げる。
「レアンドルが閣下の婚約者とのことですが、レアンドル本人や父親のシリルはまだしも一族の者までが偉大な閣下のお力をお借りしたのでは対価に見合わないように思います。なぜ私ども一族にそのようによくしてくださるのでしょうか」
他の人も同じようなことを思っていたのか頷く。
そんな難しく考える必要はないんだけど。
「それは私が英雄だからです。英雄が全ての精霊族の守護者というのはみなさまもご存知かと。優秀で人格者のオーブ伯爵を治療することも、才能あるバース一族のみなさまに手を貸すことも、それが国や国民のためになるから。ただそれだけのことでみなさまから何かを奪うつもりはありません。私の願いはバース一族に強さを取り戻して貰うこと。国と国民のために」
それ以上の理由はない。
優秀な一族が復活してくれたらアルク国の国力が上がってアルク国民も救われる。
「そこまでお考えのことと思わず私が浅慮でした。御無礼な質問をしたことをお詫び申し上げます。お許しください」
「何も無礼なことはありません。与えられる物を短絡的にそのまま受けとるのではなく、それを受けとることでどのような対価を望まれるかを考えることは大切です」
あげる、ありがとう。
そんなやり取りが素直に出来るのは子供たちだけ。
それが価値のあるものほど、これを貰ったことで後でどんな見返りを求められるのかと疑うことは必要。
深々と頭を下げて謝罪した一族の代表に笑う。
「手を貸すと言っても悪事には協力できません。ですがアルク国王陛下が復活を切望しているバース一族のみなさまにはそんな言葉も無用のものなのでしょう。連絡役は直属臣下のシリルに一任しますので、私の力が必要な時は知らせてください」
『ありがとうございます』
床に跪いて頭を下げる一族の代表者たち。
シリルと血が繋がってるだけあってみんな真面目だな。
そんなことを思いながら総領を見上げて苦笑するとくすくす笑いで返された。
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マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
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