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第十四章 変化
退院
しおりを挟む「荷物は全て私の魔導鞄に仕舞っていいですか?」
「うん。頼む」
今日は退院日。
この医療院が両国屈指の大総合病院とあって一週間も入院して精神医療を受けたけど記憶も能力も戻らず、後はブークリエの精神医療院にバトンタッチして通院治療することになった。
「ベル、引き出しの中の物を出しておいて」
「分かった」
迎えに来てくれたのはエドとベル。
今は入院中に使った荷物を片付けてくれてるところ。
安全面に考慮して退院日の今日まで面会謝絶だったから、一週間ぶりに会って早速泣かれてしまったのは言うまでもない。
「シンさま?こちらの腕輪は」
「あ。持って帰る」
「お外しになったのですか?」
「え?うん。入院中だったし」
引き出しを開けたベルからきょとんとした顔で見られる。
入院中に装飾品を外すのは普通のことだと思うけど。
精霊神と魔神の贈り物も髪を結ぶゴムに変えて使ってた。
「初めてではないですか?お外しになったの」
「え?」
「贈られてからというもの肌身離さず着けておられたのに」
「誰かに貰った物ってこと?」
「「え?」」
聞いた俺を見てエドとベルは固まる。
そこまで驚くようなこと聞いた?
「フラウエルさまの贈り物です」
「誰それ」
「「え?」」
二度目の『え?』に俺も『え?』と言いたい。
当たり前のように言ってるけど初めて聞く名前だ。
「シンさまの半身のフラウエルさまです」
「半身ってなに?」
青ざめて顔を見合わせるエドとベル。
そんなに重要なことなのか?
「……簡単な説明で終わる話ではないのでお屋敷へ帰ってからにしましょう。本邸でエミーリアさまもお待ちですので」
「う、うん。分かった。エミーも来てるのか」
「エミーリアさまのことは覚えておられるのですね」
ぽつりと呟いたベル。
もちろんエミーのことは覚えてるけど。
俺をデスマーチで何度も殺しかけたあの鬼畜師匠を忘れられるはずもない。
淡々と片付けをする二人。
その表情は今までで一番浮かない顔をしている。
「こちらの栞は」
「それも持って帰る。小さな見舞い客がくれた花なんだ」
「小さな見舞い客?面会謝絶だったのに見舞い客が?」
「空からな。このくらいの小さな蝙蝠がくれた」
なくさないよう医療助手が栞にしてくれた白い花。
病室から出られなかったからずっと本を読んでたけど、白い花を押し花にしたその栞が随分と役に立ってくれた。
「小さな蝙蝠」
「ゴーストバットだろうね」
「やっぱりそう思う?」
「そんな小さな蝙蝠は地上に居ないから」
え?地上に居ない?
じゃあどこから?
「それも後ほど」
「……分かった」
聞く前にエドから言われてしまった。
それも今話すことじゃないってことなんだろう。
三十分ほどで片付けも終わりリフレッシュもかけて終了。
衛生上交換することになるベッドの布団やシーツまでベッドメイク後かのようにピカピカにしてくれた。
「この後はエステティーク公爵閣下の術式で帰還します」
「総領が繋げてくれたのか」
「はい。術式を使って本邸に直接帰還することは両陛下の許可をとってありますのでご安心ください」
「分かった」
エドやベルと病室を出ると騎士と魔導師が二人警護に立っていて俺に頭を下げる。
「世話になった」
「勿体無いお言葉を」
「お気を付けてお戻りください」
「ありがとう」
二人に御礼を言って向かったのは一階ではなく屋上。
騒ぎにならないよう屋上に術式を設置したらしい。
エドが開けた扉から風が吹く屋上に出ると数名の医療師や医療助手と王宮騎士と魔導師が待っていた。
「御回復お慶び申し上げます」
「ありがとう。手数をかけさせてすまなかった」
「滅相もないことで」
俺を担当してくれた医療師から花束を受け取る。
退院祝いらしい清楚な白い花が綺麗だ。
「お役に立てず申し訳ございませんでした」
「いや。毎日根気強く話を聞いて一緒に考えてくれてと真摯に治療を続けてくれたことに心より感謝する。能力や記憶が戻ったら報告すると約束しよう。本当にありがとう」
二人目は精神医療師の男性。
本人の俺にも原因が分からないのに、毎日病室に来て俺の話を聞いては原因を探そうとしてくれていた。
お蔭で俺も意外と溜め込んでたことに気付けたし、話してスッキリすることもあったから感謝してる。
「退院おめでとうございます」
「ありがとう」
術式のところで待っていたのは総領。
今日も紛れ込んでるのか王宮魔導師の制服を着ていた。
「七日間みんなには世話になった。ありがとう」
医療師や医療助手。
警護に着いてくれていた王宮騎士や魔導師。
みんなに深く頭を下げてお世話になった御礼を伝えた。
「さあ、帰りましょう」
ひょいっと俺を抱き上げた総領。
背後から急に抱き上げられて吃驚した。
「歩けるけど?」
「病み上がりですので」
「いや、身体はどこも悪くなかった」
「入院は入院です」
受けていたのは精神医療で身体は至って健康。
むしろ健康的な生活が続いて入院前より元気になったんじゃないかと思うのに降ろすつもりはないようだ。
「ベッド生活だったのですから念のため」
「分かった。ありがとう」
これは言っても無駄だなと察して答えるとエドとベルも同じく苦笑で返して来た。
「英雄公爵閣下に敬礼!」
ラウロさんが号令をかけると騎士や魔導師は敬礼をして、総領(+俺)とエドとベルは術式に足を踏み入れた。
「お戻りなさいませ、旦那さま」
「ただいま」
『御回復お慶び申し上げます』
「ありがとう。心配をかけてすまなかった」
術式を抜けた先はブークリエの本邸にある庭園。
ディーノさんやフランカさんやエルサさんも含め、上級使用人たちが勢揃いで出迎えてくれる。
「お帰り。顔色はいいようだね」
「ただいま。俺の不在中に色々と力を貸してくれたみたいでありがとう。軍とギルドの仕事で忙しいのに悪かった」
「一応婚約者だからね。ブークリエ籍は私一人だし」
「うん。助かった」
もう一人、ディーノさんの隣に居たのはエミー。
既に発表済みの婚約者のエミーは、本来なら英雄公爵家の当主の俺がやらないといけないことを代理でやってくれていた。
「みんな揃ってるから顔を見せてやりな」
「みんな?」
「君の婚約者の二人だよ。発表前だから中で待たせてる」
「え?長官とレアンドルも来てるってこと?」
「そりゃそうだろ。婚約者が退院して来たんだから」
わざわざアルク国からブークリエまで?
そう思う俺を他所に総領は屋敷に向かって歩き出した。
・
・
・
「「閣下!」」
エントランスで上着だけ渡して向かったのは応接室。
長官とレアンドルが椅子から立ち上がったのを見て総領も俺を床に降ろす。
「心配をかけてすまなかった」
「御回復お慶び申し上げます」
「お顔の色がよくて安心しました」
俺を見てホッとした表情に変わった二人は、ボウアンドスクレープとカーテシーで祝いを口にする。
「ありがとう。健康状態には何の異常もなくて元気」
入院と言っても怪我でも病でもなかったから元気。
目が覚めた後の五日は検査と精神治療を受けていただけ。
「えっと……二人はどこまで知ってる?」
振り返ってエミーに確認する。
国がどう判断したかをまだ聞いてないから。
「全部知ってるよ。頭が痛くて緊急搬送されたことも、その少し前から記憶がないことも、能力が使えないことも」
「あ、じゃあ隠さないといけない部分はないんだな?」
「ああ。一般国民を動揺させないよう部外者への箝口令は出てるけど、それ以外の制限はない」
それなら良かった。
少なくとも身近な人の前では発言に注意する必要がない。
「立ち話も何だし、ひとまず座って話そう」
「そうだね」
部屋の外で待ってたベルにお茶を用意してくれるよう頼んで俺がソファに座ると四人も対面のソファに座る。
「あれこれ話す前に改めて、四人にも心配をかけてすまなかった。さっきも言ったように入院中に毎日行った魔法検査には異常がなくて、健康そのものってお墨付きを貰ってる」
改めて心配をかけたお詫びから。
ブークリエ国まで足を運んで貰うことになったんだから。
「それは何よりだけど、精神医療院には通院するんだろ?」
「うん。能力が使えなくなった理由が怪我や病が原因じゃないことはハッキリしたから、後は心の問題だろうって」
エミーから聞かれて答える。
総領にも言われたように、担当してくれた医療師からも精神的な要因じゃないかと言われている。
「身に覚えは?」
「ない」
「本当に?」
「本当に。頭が痛くなる前に人の死に向き合う事件が起きたけど、能力が使えなくなるほど心の傷になるとは思えない」
「まあそうだね。君はそれ以上の悲惨な状況も見てきたし」
人の死は何度経験しても辛いものは辛い。
でもその辛さも何度も乗り越えてきた。
エミーもずっと一緒に居てそれが分かってるから、他の原因があるんじゃないかと思って聞いたんだろうけど。
「恋人が原因ということは」
「え?」
ぽつりと話したのは総領。
総領が言ってた人が原因ってこと?
「恋人?」
「ん?ブークリエ国の賢者公爵です」
「私か?」
「いえ。レアンドル子息、お名前は聞いてますか?」
「エヴァンジル公爵閣下とご紹介いただきました」
きょとんとしたエミーに答える総領とレアンドル。
エヴァンジル公爵?
やっぱり聞き覚えがない。
「ああ!フラウエルか!」
「エミーも知ってる人なのか」
「は?」
「総領から頭が痛くなった時に一緒に居た人って聞いたんだけど、一緒に居たことどころか名前も記憶にないんだ」
爵位名を聞いてすぐ分かったということは実在の人物。
でも俺の記憶にはない。
正直にそう説明するとエミーは驚いた顔で俺の後ろに立っているエドを見る。
「理由は分かりません。ですが腕輪も外しておられます」
「腕輪を?」
エドの話を聞いて俺の右腕を見たエミー。
俺がどちらの腕に着けてたか覚えてるほど常に身に付けてたってことなんだろう。
「参ったな……」
エミーは大きな溜息をついてこめかみを押さえる。
そんな深刻な話?
「その人が俺の恋人って言うのは事実なのか?」
「事実だよ。ただ、ここに揃ってるのが契約済みの君の婚約者だとしても私が詳しく話していい身分の相手じゃない。今言えるのは、君にとって彼は誰よりも深い仲の存在だ」
身を守るため正体を隠して暮らすことが許されてる賢者公爵なら他人が勝手に話せない(保護法違反になる)のは分かるけど、エミーの反応を見るにそれ以上の何かがある?
「……深い仲の存在」
どうして俺はその人を忘れてしまったのか。
師匠のエミーがそこまで言うほどの仲だった恋人を。
「駄目だ……頭が痛い」
「また痛みが!?」
「大丈夫ですか!?」
「屋敷の随行医を呼びますか?」
「あ、いや。ごめん。この痛みは違う」
心配してくれた長官とレアンドルと総領に否定する。
俺の過去に関わることを思い出そうとするとなる痛み。
つまりその人は俺の過去に関わる相手ということ。
「以前から特定のことを考えると一瞬だけ頭が痛くなるんだ。脳の病気とかじゃないから大丈夫。一瞬だけで今は平気」
「本当に診て貰わなくていいのですか?」
「うん。いつものことで、今回入院した頭痛とは無関係」
つい口にしてしまった所為で心配をかけてしまったから説明すると、コンコンとノックの音がしてエドが確認に行く。
入って来たのはベル。
頼んでおいた飲み物を運んで来てくれた。
「そうだ、エド。話に出た腕輪は?仕舞って貰ったよな?」
「はい。まだ私の魔導鞄に入っております」
「出してくれるか?」
「承知しました」
エドが出してくれた白銀のバングル。
細いバングルで、腕のいい職人の作品なのか装飾も細かい。
宝石として数個の水晶も付いている。
「エドとベルもこれをくれた人のことをフラウエルって人だって言ってたよな?俺の半身だとか何とか」
「半身?」
「シンのことを自分の半身だって信じてる男なんだよ。運命の相手って言うのか、自分の片割れと出会えたと思ってる」
「ああ、そういう意味ですか」
「私もその言葉に関しての知識があっただけに最初は驚いたけど、聞いてみたらただシンを溺愛してるってだけだった」
半身って言葉は驚くような言葉ってこと?
長官とレアンドルは意味が分かってないようだし。
「私も事件のあった日に初めてお会いしたので深くは存じ上げませんが、閣下を溺愛しているということは分かりました」
そう話すのはレアンドル。
「アイツは隠すということをしないからね。陛下にすらシンを傷付ける奴のことは許さないと宣言するような男だ」
「よく粛清されませんでしたね」
「そこは陛下と同じ気持ちだから。君も陛下がシンを我が子のように可愛がってることはよく知ってるだろ?」
「はい」
くすりと笑うレアンドル。
国王のおっさんがシリルやジェレミーに俺を裏切らないか聞いた時にレアンドルは眠ってたけど、裁判後にしっかり同じ質問をされてたから知っている。
「恋人が原因という発言は撤回した方が良さそうですね」
「ん?彼がシンに何かしたと思ってたのか?」
「可能性の一つとして。痛がっていた閣下に魔法治療を施して離さなかったほど心配していたことはレーグル子爵から聞きましたが、痛くなった時に一緒に居たのがその方一人だったことと、その方に関する記憶だけ失っているのが不自然なので」
ベルが置いたティーカップを口に運ぶ総領。
「火災が起きたことやその時にとった行動や周りの人の言動まで覚えているのに、なぜかその人のことだけ記憶にない。精神医療師も記憶と現実の乖離を確認するため火災現場の状況など国を通して確認したそうですが、閣下の口から不思議とその人のことだけが語られることはなかったそうです」
火災が起きたのは俺の頭が痛くなる前。
警備官が書き残した書類を国を通して確認したんだろうけど、担当医が不自然に思うほど俺がその人のことを何一つ話さなかったってことなんだろう。
それはそうだ。
だって俺にはその人が居た記憶がない。
時々『この時どうしたんだっけ』という部分があったけど、多分そこにその人が関わってたんだと思う。
「警戒心が強い君が疑うのも分かる。何でも信用してしまう馬鹿じゃないことも頼もしく思う。だけどアイツがシンを傷付けることはないと断言できる。まだシンが今ほどの絶大な人気を得る前から私と彼は協力してシンを守って来たからね。私が愛弟子を任せても大丈夫だと信頼できるのはアイツだけだ」
そうハッキリと断言したエミー。
軍の最高指揮官で賢者で俺の師匠でもあるエミーがそこまで信頼してる人なのか。
「というか王侯貴族の君も顔くらいは知ってるんじゃないか?武闘本大会で人為スタンピードを起こされた時にシンや私と一緒に居たし、魔物と戦ってる姿も放映されてたから」
「……もしやブラウンの髪と瞳の御仁ですか?」
「そう。それがフラウエル」
人為スタンピードで?
……その記憶すらない。
あの時のことは忘れたくても忘れられないくらい記憶に根深く残ってるのに。
「そういうことでしたら撤回します。閣下が撃たれた際に真っ先に駆けつけ相手を粛清しようとした方ですし、翼が消えた閣下を受け止め最後まで寄り添っていた方ですので」
「あの頃から既に二人は恋人だったからね」
全く記憶にない。
でも総領も知っていると言うことは、実在するその人物を俺だけが忘れているということで間違いない。
「どうすれば会える?エミーが深い仲だったっていうほどの人なら実際に会ってみたら何か思い出せるかもしれないし」
「貰ったその腕輪の水晶に魔力を通せば繋がる。君と彼はいつもそれで連絡を取り合っていた」
「それは俺の魔力じゃないと駄目か?今は魔力がない」
「ああ、そうか」
今の俺は魔法を使えない状態。
異世界人に与えられた言語翻訳とステータスパネルを開くことしか出来ない。
「貸してご覧。私がやるから」
「うん」
代わりに魔力を流してくれるらしく腕輪を渡す。
「……反応がない」
「やっぱ俺じゃないと駄目ってこと?」
「これは君への贈り物だから他の人の手に渡って悪用されないよう君だけに制限してるのかもね。エド、屋敷の水晶は?」
「あります。ベル、お願い」
「うん」
腕輪の水晶は無反応だったけど、他にもあるらしくエドから頼まれてベルが取りに行った。
「なんでその人のことだけ忘れてるんだろう」
「私の方が聞きたい」
ティーカップを口に運びつつエミーはキッパリ。
そりゃそうだ。
「失礼します。お持ちしました」
「ありがとう」
占い師が使いそうな丸い水晶を持ってきたベル。
クッションごとそれを受け取ったエミーはテーブルに置いて魔力を流す。
『…………』
少し待っても反応はなし。
無言のままもう一度エミーは水晶に手を置いたけど、腕輪の時と同じく何の反応もなかった。
「……一体なにがあったんだ」
眉間を押さえて俯き呟いたエミー。
みんなでジッと見ていると溜息をついて顔をあげる。
「悪いけど彼と二人にしてくれるか?まだ伴侶になっていない君たち婚約者の前だと言葉を選んで話さないといけない」
「分かりました。二人とも席を外しましょう」
「「はい」」
「別室へご案内いたします」
「すまないね、終わったら呼ぶから」
まだ婚約者の段階の三人の前では話せないこと。
それを察した総領と長官とレアンドルは席を立ち、ベルと一緒に部屋を出て行った。
「防音をかけさせて貰うよ」
「そこまで?」
「それほどの話だ」
床にしゃがんで防音の術式を書いたエミー。
部屋自体に防音がかかってるのに二重でかけるほどに誰にも聞かせられない話ということ。
「改めて聞く。本当にフラウエルを覚えてないのか?」
「う、うん」
俺の隣に座って詰め寄るエミーに答える。
そんな嘘はつかない。
「フラウエルは君の半身だ」
「その人が俺を自分の半身だと思ってるって話だろ?」
「違う。本当に君たちは魂の契約を結んだ半身なんだよ」
「魂の契約?なんだそれ」
さっきのエミーの説明を聞いて『ちょっぴり痛いロマンチストな奴』って意味なのかと思っていれば否定される。
「認める訳にいかないから咄嗟にごまかしただけだ」
「どういうこと?」
「魂の契約を結ぶのは魔族だけだから」
「……は?」
魔族?精霊族の敵って言われてるあの魔族?
「待った。俺と魂の契約を結んだ半身って言ったよな?」
「うん」
「つまりその人は魔族ってこと?」
「ただの魔族じゃない。フラウエルは魔王だ」
そう言われて開いた口が塞がらない。
俺の恋人は魔王ってこと?
ヒカルたちが戦うことになる魔王が?
「……なんで精霊族の敵の魔王と付き合ってるんだよ。それが事実なら俺はヒカルたちを裏切ってたってことじゃないか」
意味が分からない。
一緒に召喚されたヒカルたち勇者を裏切って魔王と付き合ってたとか、自分が何を考えていたのか理解できない。
「君が居るからフラウエルは天地戦を仕掛けて来ない」
「え?」
「約束したんだ。勇者が覚醒するまで手を出さないって」
「……俺と約束したってこと?」
「ああ。アイツは確かに精霊族の最大の敵の魔王だけど、天地戦をしたがってる訳じゃないんだよ」
ティーカップを取ろうと手を伸ばしたエミーを止め、エドがソーサーごと前のテーブルに移動させる。
「天地戦なんて馬鹿馬鹿しいと思ってるんだ。勝っても負けても人口が減るのに幾千年も戦を繰り返すなんて愚かだって」
「魔王なのに?」
「前回魔族は精霊族に敗北して多くの数を減らした。数百年をかけて漸く増えたのに、また減らしたくないみたいだよ」
「……そうなんだ」
言われてみればそうか。
攻め入った精霊族ですら多くの人が犠牲になったのに、攻め入られた側の魔族が無事なはずもない。
「君がそれを知る機会をくれたんだ」
「俺が?」
「君と契約を結んで地上に来るようになって本人の口から聞けたからね。今まで魔族は血も涙もない野蛮な種族だと思われてたけど、実際は私たち精霊族と何ら変わらなかった」
そう話してくれたエミーは紅茶で喉を潤す。
それを見て俺も釣られるようにティーカップを手に持って口に運んだ。
「総領たちの前で話さなかったのは魔王だからか」
「うん。君が魔王と魂の契約を結んだことを知ってるのは国王や私を含むこの国の極一部の者だけだ。後はエドとベル」
「納得した」
婚約者だからと言って国の極秘情報を話せる訳がない。
それ程の内容の話なら二重に防音をかけたのも理解できる。
「俺は地上に攻め入られないように契約を結んだのか?」
「ううん。一方的に契約を結ばされた」
「え?無理矢理ってこと?」
「欲しいものは手に入れるのが魔族だって言ってたよ」
ろくでもない奴だな。
欲しいものは力尽くで手に入れる暴君かよ。
「契約は無理矢理だったけど、アイツは一度も君を傷付けたことはない。いや、君だけじゃなくて他の人も。強者と戦うことは好きでも誰彼構わず傷付ける傍若無人な奴じゃない」
「なんか俺が想像してた魔王と違う。精霊族のことを虫けらみたいに見下してる非道な奴な印象だったのに」
わざわざ異世界人を召喚してまで倒してくれと頼まれるような相手なんだから印象がいい訳がない。
それなのにエミーから語られる魔王はイイ奴に思える。
「今までの常識ではそうだったよ。文献でも魔族や魔王は冷酷非情な奴らとして書かれてるし、先代の魔王まではそうだったのかも知れないけど、アイツらは違う。いざ天地戦が始まれば戦うしかないけど、本音ではアイツらとは戦いたくない」
そう言ってエミーは一人苦笑する。
俺たちが召喚される前から天地戦で死ぬことを覚悟していたエミーがそう思うほどの人物ということか。
「俺とその人は仲が良かったのか?」
「仲が良いなんてもんじゃないよ。人為スタンピードのあと君は自分が戦の火種にはなりたくないと魔界に行って魔王の半身として暮らしてたくらいだ。君の記憶ではその頃のことがどういう記憶にすり替わってるのか知らないけど」
「人為スタンピードのあと?」
あの日のことは鮮明に覚えてる。
壊滅派の起こしたスタンピードで多くの命が失われた。
俺は神の力を使って戦って魔物を倒して……そのあとは?
「……服喪期間のあと俺はどこに行ってた?」
服喪期間に沢山の書類を書き残してどこに行った?
いつどうやって国に戻ってきた?
書き残してから後の記憶も戻ってきた日の記憶もない。
「アイツに関わることの記憶が全部消えてるんだね」
考えれば考えるほどズキズキと頭が痛む。
まるで思い出すことを拒絶されているかのように。
「頭が痛いのか」
「……うん」
「じゃあやめときな。また入院する羽目になる」
たしかにそうなんだけど。
でも思い出さないといけない気がする。
顔すら覚えてない人だけど忘れてはいけない人のような。
「シン、終わりだ」
思い出そうとする俺の肩を叩いて止めたエミー。
考えるのをやめたら痛みがスっと消えた。
「理由は分からないけど、この水晶が反応しないってことはアイツの方も君との接触を絶ってるんだと思う。そうじゃなければ君が退院して真っ先に会いに来てるはずだし、むしろ地上では入院させず魔界に連れ帰って治療をしてたと思う。今までアイツは何度も地上に駆けつけて君の命を救ってきたから」
それなのに今回は姿を現さない。
だから向こうも俺との接触を拒んでると。
「……その人のことどころか頭が痛くなった時の記憶さえないけど、その時に避けられるような何かがあったのかもな」
一切記憶にない俺の恋人。
記憶にないのに避けられてると知ると何故か胸が痛い。
忘れてる癖に調子がいいと自分でも思うけど。
「シンさま」
「大丈夫。心配かけてごめん」
後ろに立っているエドを振り返って謝る。
心配をかけてばかりで主失格だな。
「悪いけど少し一人になりたい」
「考えこむとまた頭が痛くなるよ?」
「分かってる。思い出したいんじゃなくて整理したい」
話は聞かせて貰ったから後は頭の中を整理したい。
気持ちも。
この状態のまま退院を祝われても素直に喜べないから。
「みんなすぐに帰るのか?」
「いや?みんな今日は泊まる予定で来てる」
「じゃあ数時間だけ一人にしてくれ。自室に居るから」
「分かった。何かあればすぐ呼ぶようにね」
「うん。ありがとう」
駆けつけてくれた婚約者たちには不便がないようエドに頼んで応接室を出た。
自室に入って窓を開けバルコニーに出る。
俺の不在中も庭師たちが整備してくれていた庭園は綺麗だ。
「思えば記憶が途切れ途切れだ」
恋人の話を聞いて気付いた自分の記憶の曖昧さ。
人為スタンピードの時のことも、直近で起きた火災の時のことすらも、恋人の記憶を失ってることを知り改めて考えてみて初めて不自然な空白があることに気付くことが出来た。
「どうして忘れたんだろう」
みんなの前では演じていたということじゃないなら、多分その恋人と俺は仲が良かったんだと思う。
わざわざ仲のいいフリを演じる必要性もないし。
「…………」
どんな人かも分からないのに胸がチクチクする。
これは忘れてしまった恋人への罪悪感なのか、それとも恋人から避けられていることを知った悲しみなのか。
そのどちらもか。
「……天気がいいな」
バルコニーから見上げた空は青い。
地球に居た時にも見上げていた空と同じ。
どこまでも続く青い空には白いインクで線を引いたような雲が浮かんでいて、どこからか鳥の囀りも聞こえてくる。
「能力を失ったことと記憶を失ったことは関係あるのか?」
記憶を失くしたから能力も失ったのか、能力を失ったから記憶も失くしたのかは分からないけど、頭が痛くなったあと失ったものがその二つだけにそんな気がした。
ぼんやり空を眺めていると手摺りに鳥が留まる。
「綺麗な鳥」
尾の長い金色の小鳥。
ダークブルーの目で俺をジッと見上げている。
「逃げないのか」
逃げるかなと思いつつそっと指先を近付けても逃げず。
「もしかして誰かの家の鳥籠から抜け出して来た?」
ちょこちょこ動いて俺の指先に乗ったのを見て、人慣れしてるこの感じは誰かに飼われてるんじゃないかと気付く。
「この餌は嫌い?それともお腹が減ってない?」
逃げないからバルコニーの鳥箱にある餌を食べさせようと近付けてみたけど、お気に召さないのか満腹なのか食べない。
「御屋敷で美味しいご飯を貰ってるのか」
艶のある毛並(羽)を見て思う。
小鳥でもこの星では魔物に違いないけど、汚れてる様子もないし毛並もいいから可愛がられてそう。
「綺麗な鳴き声。なんかホッとする」
人の指先でピチチと愛らしく鳴く小鳥。
まるで歌っているように。
その綺麗な鳴き声に気持ちが安らぐ。
「歌ってくれてありがとう」
小鳥はただ思うままに鳴いただけだとしても。
「少し落ち込んでたけど癒された」
バルコニーの椅子に座って小鳥に話をする。
こちらをジッと見ている小鳥に。
「大切なはずの人の記憶と能力を失ったんだ。能力を失って今までのように人を救えなくなったことの不安も大きいけど、大切なはずの人を忘れてることに胸が痛い。名前を聞いても顔すら思い出せないのに、思い出せないことが辛くて悲しい」
きっとそれほど大切な人だったんだろう。
記憶を失っていても辛くて悲しいという感情になるほどに。
「ブラウンの髪と目の人だとは教えて貰ったけど、どんな人なんだろう。会えばすぐに分かるのかな」
本当に大切な人なら思い出せる気もするし、理由があって忘れたなら会っても思い出せない気もする。
「避けられてるみたいで会えないんだけど」
会ってみたらと思うものの会えない。
もしかしたら喧嘩でもして避けられてるのかも知れない。
またピチチと鳴き出した小鳥。
迷惑にも一方的に話しかけていたのに慰めてくれている気がして、綺麗なその鳴き声を瞼を閉じて聞いていた。
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これはそんなリーゼンが異世界の領地を経営し、豊かにしていく物語である。
世の中は意外と魔術で何とかなる
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新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。
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『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』
平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
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「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
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バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
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バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
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