ホスト異世界へ行く

REON

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第十四章 変化

***

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うつらうつらしていてハッと目を開ける。

「起きた?」
「うん」

いつの間にか寝ていたようで、俺の身体を洗ってくれていた精霊神がフフっと笑う。

「よく寝るな」
「再生したばかりで小さくなってるからね」
「生命の子供のようにか?私たち神に睡眠は必要ない」
「そこは***だから」

支えてくれていたのか、背後から聞こえた声で自分が魔神の膝の上に座って精霊神から洗って貰っていたことに気付く。
まるで両親と風呂に入っている子供のように。

「そうだ。暫くは外界を覗くの禁止ね」
「どうして?」
「まだ身体も翼も戻ってないから。消滅するよ?」
「消滅?」

精霊神に言われて自分の身体を見ると所々透けている。
翼もボロボロだし、確かに消えてなくなりそう。

「今回はボクと魔神の力を分け与えることで消滅は避けられたけど、力が定着して元の姿に戻るまでは駄目」
「分かった」

小さな手に小さな身体。
どうやら俺は子供らしい。
精霊神と魔神が妙に大きいと思えば。

「どうした?手を見て」
「小さい」

魔神に聞かれて答える。

「全ての力を使い果たすからだ。愚かなことを」
「***は優しいから」

ムスッとした声の魔神を見て苦笑する精霊神。
俺は力を果たしたから小さいのか。
何の力なのか、何のために使い果たしたのか知らないけど。


冷たくもぬるくも熱くもない水に三人で浸かる。
今度は精霊神の膝に座らされて。
これが家族団欒というものか。

「綺麗に洗ってスッキリした?」
「うん」
「***は本当に水浴びが好きだね」
「うん」

浸かってる水は冷たくもぬるくも熱くもないけど、精霊神が洗ってくれた身体や魔神が洗ってくれた髪はスッキリした。

「***は精霊神に似て外界を覗くのが好きだからな。私たちに必要ないものでもすぐに外界のものを真似したがる」
「文句を言いつつ浴槽を作ってくれたのは誰?」
「入ってみたいと言われては断れないだろう」
「魔神はボクと***に甘いね」

くすくす笑う精霊神。
魔神は納得いかない表情をしつつ精霊神の頬に口付ける。
口では文句を言いつつ精霊神や俺を甘やかしてしまう魔神はツンデレというやつか。

「もう。今は水浴び中だよ」

執拗く口付ける魔神を止める精霊神。
よし、退散しよう。
俺は空気を読める子だ。

「わあ。小さいのに泳ぐの上手だね」

すいーっと広い浴槽を泳いで離れる。

「しっかり拭いて貰うようにな」
「うん」

あとはごゆっくり。
ぱしゃぱしゃ犬かきで泳いで反対側から浴槽を出た。

「***さま。お一人ですか?」
「精霊神さまと魔神さまはまだお入りに?」
「イチャイチャラブラブしてる」
「「イチャイチャラブラブ?」」

待っていたのは二匹の狼。
ふかふかのタオルで俺の身体を包んで首を傾げる。

「好き好きってしてるから放っておいてあげて」
「よく分かりませんが、分かりました」
「好きは大事ですからね」

二匹がかりで身体や髪を丁寧に拭いてくれる。
意味は分かってないみたいだけど、これでイチャイチャラブラブを邪魔をされずに済むだろう。

「私たちも***さまが好きですよ?」
「うん。好きは大事」
「はい。大事です」

この二匹、俺のこと大好きだな。
両側からスリスリされながら察した。

「この後は何をしますか?」
「散歩」
「歩くのですか?」
「うん」

風で髪を乾かして貰いながら聞かれて答える。
なんとなく思ったから。

「まだお身体が戻っていないので神殿の傍だけですよ?」
「分かった」

翼はボロボロで身体も所々透けてるしな。
理由は分からないけど力を使い果たして満身創痍の状態みたいだから、ここは言うことを聞いておこう。

「外に?」
「私たちも行こう」

浴室の外に立っていたのは銀色の目の人と金色の目の人。
二匹の狼から散歩に行く話を聞いて着いてくる事になった。

広い神殿を出て道を歩く。
両隣には二匹の狼、後ろには銀の人と金の人が付いて。

「***さま、その小さなお身体でどちらに?」
「散歩」
「神の実をどうぞ」
「ありがとう」

高い樹の上から声をかけてきた白く長い髪の人。
ふわりふわりと降りてきて黄色い果物を渡される。

「お気をつけて」
「うん」

貰った手のひらよりも大きい果物を食べながら歩く。
少し酸っぱいけど瑞々しくて美味しい。

「***さま!どこ行くの!」
「***さま!どこまで行くの!」
「散歩」
「一緒に行きたい!」
「一緒に行く!」
「いいよ」
「やったあ!」
「やった!」

次に会ったのはふわふわ飛んでる白い光たち。
俺の周りをくるくる回って肩に乗った。

「***さま、今日は丘までにしましょう」
「精霊神さまと魔神さまが心配しますので」
「分かった」

二人はイチャイチャラブラブ中だけど。
そう思いつつも銀の人と金の人に答えた。

道を逸れて草の生い茂る丘を登る。
この身体、思った以上に体力がない。
いや、子供だからか。

「やはり元に戻るまで歩かれない方が良かったのでは」
「私の背中に乗ってください」
「大丈夫……歩く」

ハアハアしながらも自分で登りたくて二匹に断る。
ボロボロだし透けてるし子供だしキツいけど自分で登る。

「……着いた!」

時間はかかったけど丘の上に到着。
草の上に寝転がった俺に銀の人と金の人は拍手する。

「***さま大丈夫?」
「***さま苦しい?」
「大丈夫。疲れたけど風が気持ちいい」

樹齢何千年かというような大樹を風が揺らす。
丘の上からは緑豊かな森や川が見えた。

「私たちには疲れるということが分かりませんが、生命は今の***さまのように疲れるのですよね?」
「うん。走り回れば疲れるし、歳をとるほど体力も減る」
「一瞬で終わってしまうのだから静かに生きればいいのに」

そう話しながら銀の人と金の人はここに居るという目印になるよう白銀の槍に変身して地面に突き刺さった。

「確かに外界の生命には寿命があるけど、その分みんな必死に生きてる。有限の時間の中で自分の人生を精一杯。だから生命が好きだ。精霊神と魔神が作った星と生命が大好きだ」

神と違って生命には寿命がある。
限られた人生の中で生命同士で争ったり星を傷付けたりと悲しいこともするけど、それでも生命が愛おしい。

「***さまは生命が大好き」
「***さまが生命を大好きなら私も大好き」
「好き」
「大好き」

ふわふわ飛び回る白い光たち。
今日もお喋りで元気がいい。

「一度でいいから下界に行って傍で生命を見てみたい」
「え!駄目ですよ!?」
「なりません!」

力強く二匹の狼から止められる。

「関わったら駄目なのは知ってる」
「それならいいですが」
「驚かせないでください。***さまは生命が好きなので本当に行くつもりなのかと思いました」
「精霊神と魔神にも言われてるから」

神がすることは決められた数の救済だけ。
精霊神と魔神が創造した星と生命に。
それ以上は生命の営みに関わってはいけない決まり。

「私は***さまがどこに居られても一緒です」
「私も***さまのお傍に居ます。私たちは***さまから御役目を賜り誕生した***ですから」
「うん。ありがとう」

槍に装飾された旗を風に靡かせる銀の人と金の人。

「風が気持ちいい」

両隣に寄り添う二匹の狼。
白の光も二匹の狼の身体に止まる。
精霊神と魔神が居る天界は今日も美しくて穏やかだ。

「おーい!」
「あ!精霊神さまと魔神さまだ!」
「お迎えだ!」

風で長い髪を靡かせながら丘を登って来た二人。
早かったからイチャイチャラブラブしなかったのか?

「せっかく水浴びしたのにまた歩いたの?」
「うん。みんなで歩いた。果物も食べた」
「仕様のない愛子まなごだ。水浴び前にも食べただろうに」

魔神に両手を伸ばすと抱き上げられる。
広くて頼もしい腕の中が心地いい。

「魔神に抱かれるとすぐ眠くなっちゃうね」
「うん。大きいベッド」
「私を寝具扱いするな」

銀の人と金の人も人の姿に戻って笑う。

「神殿に戻ってベッドで寝ようね」
「うん」
「***が居なくて一人で眠れるか?」
「眠れるよ」

その人のことは知らないけど一人で眠れる。
一人でも大丈夫。

「おやすみ、***」
「ゆっくり眠れ」
「おやすみなさい。精霊神、魔神。みんなもおやすみ」
『おやすみなさい。***さま』

うとうとうとうと。
瞼の重みに耐えられず眠りについた。





「……ここは?」

目を開けると真っ白な天井。

「痛っ!」

重い身体を起こすとズキッと頭が痛んで押さえる。

「え……?もしかして病院?」

白いカーテンに白いベッド。
床も自分が着てる服も白くて気付く。

「なんで病院に居るんだ?」

ヴェールの別邸に居たはずなのに。
痛い頭を抱えるとハラリと長い髪がベッドに落ちる。

「髪の色が戻ってる」

身体は雌性体のままなのに、薬で一時的に変えた髪色が元の白銀色に戻っていた。

「駄目だ。思い出せない」

応接室に居たはずなのに記憶がない。
広い個室のベッドでポツンと一人きりで、枕元に置いてあった魔導ベルを軽く振って人を呼ぶ。

「おかしいな。身体が重い」

いや、怠いと言うのが正しいか。
応接室で何をしてたのか思い出せないけど、この怠さは体調でも崩したんだろうか。

「失礼いたします。お目覚めですか?」

ベルを鳴らして数分で病室に姿を見せた白衣姿の男性。
後ろには医療助手(看護師)の男女二人の姿も。

「すまない。ここはどこだろうか。医療院だとは分かるが」
「アルク国にある王都魔導医療院です。三日前の夕刻近くにヴェールの英雄エロー公爵邸で頭の痛みを訴えてヴェール医療院経由で緊急搬送されたのですが、覚えていらっしゃいますか?」
「頭の痛みを?……いや。覚えていない」

覚えてるのはヴェールの屋敷の応接室に居たことだけ。
事情聴取が終わってからシリルたちと屋敷に戻って俺は応接室で……何をしていたんだっけ?

「……ん?三日前?三日寝ていたと言うことか?」
「はい。初日はヴェールの医療院で魔法検査を行って、こちらには昨日搬送されました」
「そうだったのか」

三日。
それを聞いて自分の身体を見る。
三日経ってるのが本当ならどうして変身が解けてないのか。

「検査結果は?」
「異常ありません」
「ん?」
「念のため三名の高位魔法医療師で検査を行ったのですが、痛みを訴えていた頭部どころかどこも異常ありませんでした」

高位魔法医療師というのは聖属性レベルが高い医療師。
その人たちに検査して貰うために王都の医療院に転院させたんだろうけど、聖属性レベルが高い医療師の検査結果でも異常を報せる内容は出なかったと。

「つまり寝ていただけと言うことか?」
「肉体的にはそういうことになりますが、搬送された際に激しい痛みを訴えていたことはヴェールの医療師も見ておりますので間違いありません。精神的なものが原因ということも」
「ああ、なるほど」

思えば俺は病気にならないんだった。
怪我をして痛がることはあっても病気で痛がることは無い。

「お目覚めになって痛みはありませんか?」
「身体は少し怠いが痛みはない」
「三日間お休みになっていたからかもしれませんね」

うん。
話を聞いて身体が重怠い理由は分かった。
三日間もベッドに寝たきりで過ごしてればそうなる。

「念のため明日もう一度魔法検査と精神医療師の診察を受けてください。それで異常がなければ退院と言うことで」
「ブークリエ国に伝達は」
「国を通してブークリエ国王陛下へ伝達済みです」
「そうか。手数をかけてすまない」

そのあとも診察と幾つか問診を受ける。
最初に緊急搬送されたヴェールの医療院での俺の様子も教えてくれて、運ばれて数時間は痛みで唸って気を失ってを数回繰り返していたらしい。

「医療院と個室の外には王宮騎士と魔導師が護衛に付いておりますので安心してお休みください。搬送の際に付き添われたレーグル子爵にはお目覚めになった事を伝達しておきます」
「ありがとう。よろしく頼む」

医療師たちが出て行ったあと溜息をついた。

「はぁ……全然記憶がない」

痛がった記憶すらないけど、風呂に入りに行ってたシリルたちは応接室に来て驚いただろうから申し訳ない。

「何で応接室に行ったあとの記憶がないんだろ」

アメリア嬢の屋敷から乗り合い馬車で商業地区まで戻って、煤や血で汚れていたシリルとレアンドルとジェレミーは真っ先に自分たちの部屋の風呂に入りに行った。
俺はシリルから領地の報告を聞くために応接室で待つことにしたんだけど……その先が覚えてない。

「なあ、中の人。俺は応接室に入ってすぐ痛がったのか?」

こういう時こそ知恵袋さん中の人の出番。
いつものように質問する。

「……中の人?」

少し待っても返事がなくてもう一度声をかける。

「え?」

俺の記憶に関わることだから答えられないパターン?
確かに記憶にない部分のことを聞いたけども。

「もしもーし。中の人?いつものピコンは?」

まさかと飛び起きてステータス画面パネルを開く。

「……なんだこれ」

フルに開いた画面は全てアスタリスク。
パラメータどころか恩恵も特殊恩恵も属性魔法すら。
名前や種族まで全てがアスタリスクで埋めつくされている。

「中の人。どうして何も言わないんだ」

何一つ分からなければ中の人も消えた。
俺がこの星に召喚された時から喋っていた中の人が。

「精霊神、魔神」

創造神両親なら原因を知ってるんじゃないかと声をかけてみたけど中の人と同じく返事はない。

「……なんで急に」

眠っていた三日間に何が起きたんだ。
中の人も精霊神も魔神も居なくなってしまった。
いや、俺が交信できなくなったのか。

雄性(両性)の身体に戻ろうとしても戻れない。
属性魔法も使えない。
地球に居た時のように魔力を感じない。

中の人も精霊神も魔神も居なくなってしまった。
能力も全て使えなくなってしまった。

「どうして」

ポツポツ落ちる涙。
大切なものを失って胸に穴が空いたように。

「中の人。精霊神。魔神」

声をかけてもただの独り言。
広く静かな病室に響くだけの虚しい独り言。

何かが足りない。
中の人も、精霊神も、魔神も、***も。

ベッドから飛び降りて病室の扉をガチャっと開ける。
自分の今までの記憶が偽りなんじゃないかと思って。
みんなの中から自分が消えてしまったんじゃないかという恐怖心で。

「「閣下?」」

病室の前に居たのは魔導師団の制服姿のラウロさんと総領。
飛び出して来た俺を見た二人は驚いた表情に変わる。

「どうなさいました!?」
「また痛みが!?」

心配して駆け寄る総領に駆け寄って抱き着く。

「いま医療師を」
「痛くない。痛いけど頭は痛くない」
「え?」

頭は痛くないけど胸は痛い。
大切なものを失って胸が痛い。

「……本当は面会禁止ですが、少しだけ話しましょう」
「うん」
「隊長、数分だけお時間を」
「ああ。分かった」

ラウロさんに確認して魔導師団の制服のフードを下ろした総領は俺を抱き上げると病室に戻った。

「大丈夫ですか?頭は痛くないと言ってましたが、痛いところがあるなら医療師に診て貰いましょう」

俺をベッドに下ろして前にしゃがんだ総領に診て貰っても意味がないと首を横に振る。

「もう誰も救えない」
「え?」
「能力が全部使えなくなった」

泣きながらそう正直に話す。
中の人も精霊神も魔神も返事をしてくれなくなって能力も使えなくなった。

「能力がなくなった俺なんてただの異世界人でしかない。もう英雄の役目も果たせない。もう誰の役にもたてない。誰も救えない俺にはもう何の価値もない」

俺が英雄と呼ばれるようになったのは能力があったから。
この星の人が必要だったのは自分たちを救ってくれる英雄。
ただの異世界人の俺じゃない。

「私にとっては誰よりも価値のある大切な婚約者ですが?」

下から覗き込むように見た総領。

「私は閣下が英雄だから婚約したのではありません。初めて心から美しいと思えた人だからです。もし全ての能力が使えなくなっても私が閣下をお慕いする気持ちは変わりません」

苦笑しながらそう言って俺の涙を拭う。

「閣下が緊急搬送されたと聞いてすぐ魔導師団に紛れて初日から護衛に付いているような男ですよ?目が覚めたと聞いて部屋に入りそうになって止められてしまうような男です」

勝手に涙が落ちる俺の頬に何度も口付けながら今度はくすりと笑う。

「閣下はご自身を過小評価していますね。本当に価値があるのは能力以上に閣下ご自身なのに。英雄とだけの人なら私は婚約しておりません。お傍に居られることが幸せなのです」

慰めてくれる総領に頷いて涙を拭う。
それがその場限りの言葉でもいい。
能力を失った俺でも慰めてくれたことがありがたかった。

「それと、一時的に能力が使えなくなる人は居ます」
「え?」
「病気や怪我をした人が恩恵や魔法を使えなくなったり、魔法を暴走させた人が魔法を使うことの恐怖心で使えなくなったりすることも。肉体だけでなく精神的な要因でも使えなくなることはありますので、閣下も一時的なことかもしれません」

そうなのか。
覚えがないけど病院に緊急搬送されるほどの痛みだったみたいだし、俺も一時的に中の人や精霊神や魔神と交信できなくなってるだけの可能性もあるのかも。

「それはどうすれば治る?」
「原因が病気や怪我の際は正直もう一度使えるようになる可能性は低いですが、閣下は魔法検査で異常がない健康体だったようですから心の問題だと思います。その際は心が癒えるまで待つか原因を乗り越えるかの二つですね」
「原因が分からない」

確かに俺はメンブレすると部屋に籠る豆腐メンタルの持ち主だけど、今回は心の問題にも覚えがない。

「応接室に入った後の記憶がないんだ」
「記憶が?」
「うん。シリルとレアンドルとジェレミーが入浴に行ったから俺は応接室で待っておこうと思ったことは覚えてるけど」

それ以後はさっき目が覚めるまでの記憶がない。
きれいさっぱり。

「レーグル子爵から恋人と居たと聞きましたが」
「恋人?誰の?」
「え?閣下の。ブークリエの賢者公爵だとか」
「賢者公爵?エミー?」
「いえ。背の高い男性だったと」
「賢者はエミーと総領しか知らない」

背の高い賢者と言われたら総領しか思い浮かばない。
他にも会ったことがある人も居るのかもしれないけど、賢者は正体を隠してるから俺は知らない。

「んー……。ブークリエの賢者公爵で閣下の恋人だと紹介されたとレーグル子爵から聞いたのですが。それに閣下をヴェールの医療院まで抱えて行ったのもその方だと聞きましたし」
「俺が頭が痛くなった時に一緒に居たってこと?」

こくんと頷いて返される。
紹介した記憶もないし、一緒に居た記憶もない。
でもシリルがそんな嘘をつく理由もないし。

「そうだ。火災現場でも閣下と消火活動や救命活動をしておられたと。レアンドル子息はその方の治療で一命を取り留めたとのことですから、実在する方なのは間違いないかと」
「なんでだろう。火災のことも覚えてるのにその人が居た記憶がない。頭が痛くなった記憶もないし、シリルに誰かを紹介した記憶もなければ一緒に居た記憶もない」

それが事実だけど……何かもやもやする。
頭がぼんやりして何かが引っかかっているような。

「閣下がそう言われるのでしたら私が聞き間違えたのかもしれません。緊急搬送されたと聞いて動揺していたので」
「うーん。随分な聞き間違えだけど」

頭が真っ白になって何を話したか覚えてないというなら分かるけど、ただの聞き間違えで片付けるには随分と具体的。
シリルが総領に嘘をつく理由もないし、その人は実在していて俺が忘れてるだけという方が現実的。

「……恋人」

どんなに考えても思い出せない。
でも考えれば考えるほど寂しくなってくる。
この感情はなんなのだろう。

「火災現場の痛ましい惨状の対応をされた後ですし、痛くなった場所も頭ですから、能力を失われたことと同じく心的外傷によって記憶も錯綜しておられるのかもしれません。悲しくも死に慣れた者でも何も思わない訳ではありませんので」

救えなかった人を見て自分の無力さを感じたのは事実。
でも今までも人の死に向き合ってきたのに、今回になって急に能力や記憶を失うほどの心の傷になるだろうか。

「今はお身体を休めることに尽力してください。疲労や心労が重なっていたという可能性もありますから。私以外の婚約者や本邸には伝達を送っておきますのでご安心を」

俺をベッドに寝かせて布団をかけた総領は額に口付ける。
言われて見れば今回急にではなく今までの疲労や心労が重なっていたという可能性はあるから、まずは安静にして退院した後にまたゆっくり考えよう。

「ありがとう、ミラン」
「お傍におりますのでごゆっくりお休みください」

くすりと笑った総領はもう一度だけ俺の額に口付けて病室を出て行った。

再び静かになった病室。
三日ぶりに目が覚めたばかりだけど身体が重怠いことだしまた寝るかと体勢を変える。

「ん?」

目に付いたのは右腕のバングル。
左腕のは精霊神や魔神から贈られた布をブレスレットに変化させて普段から身に付けてるものだけど、透明な水晶が装飾されたこの右腕のバングルはいつから付けてたんだっけ。

「あれ?応接室以外でのことも記憶が飛んでるな」

地球に居た時に買った物じゃないことは確かだけど、召喚された後にいつどこで買ったのか記憶にない。
俺の髪色と同じ白銀のバングル。

あれ?精霊神と魔神はどうして贈り物をくれたんだっけ。
貰ったことは覚えてるのにどうしてくれたのか覚えてない。
何かのお祝いでくれた贈り物だったような……。

「痛っ!」

白銀のバングルとブレスレットを見比べながら考えていると一瞬の激痛がして咄嗟に頭を押さえる。

「過去の俺の役割や記憶に関係する記憶ってこと?」

今の一瞬の痛みはよくあるあれ。
思い出そうとすると痛くなる。
それが証拠に一瞬だけで今は何ともない。

「緊急搬送されてみんなに迷惑かけたばかりなのにまた頭が痛くなったら困るな。いつも通り出会いや別れを繰り返したり身体を鍛えることで記憶が戻るのを待つしかないか」

また迷惑をかけたくないからやめた。
考えてこの痛みがする内容のことは無理に考えても思い出せないと魔神から言われてるし。

「寝よ寝よ」

今は身体を休めることが優先。
白銀のバングルを外して枕元にある棚の引き出しにしまって眠りについた。





目が覚めた翌日。
医療師から聞いていた通り朝から魔法検査を受けた。
三人の高位魔法医療師が同時に魔法検査をかけてくれたけど、検査結果は変わらず異常なし。

「文句の付けようがないほど健康そのものですね。羨ましいほどに完璧な健康体で素晴らしいです」

昨日の医療師も魔法検査のあと心拍やら血圧やら測って胸の雑音がないかなどもしっかり診察してくれたけど、完璧な健康体らしくそんなことを言われる。

「そうなるとやはり心的要因だろうか」
「肉体的な要因はないので恐らく。午後には精神医療師が往診に伺いますので、ゆっくり昼食を摂ってお待ちください」
「分かった。ありがとう」

肉体的な要因で能力や記憶を失った可能性はゼロ。
頭痛の原因も同じく頭の怪我や病気の可能性は潰された。
あとの可能性は精神的なもの。
ストレスでも溜まってたんだろうか。

医療師たちが出て行ったあと窓辺に行って景色を眺める。
散歩をしてるのか、ご立派な庭には病院服を着てる患者や付き添ってる医療助手の姿も見られる。

「ん?」

それとなく居る人の中には患者や医療師を装ってる王宮騎士や魔導師も居るんだろうなと思って眺めていると、小さな黒い何かが二つスっと飛んで来て窓の柵に止まった。

「蝙蝠?ちっさ」

何かと思えば小さな蝙蝠。
翼手の先に小さな花を持っている。

「え?くれるの?」
「キィ!」
「ありがとう」

どうぞと言いたげに俺の方に差し出したのを見て手を開くと、そこにポトリと置いてくれた。

「花は詳しくないけど可愛い花だな」

どこから持って来たのか知らないけど白い花。
指先で持ったら潰してしまいそうなほど小さい。

「今は面会禁止だから初めての見舞い客だ」

入院して初の小さな小さな見舞い客。
雌性体の俺の手のひらよりも小さい。

「……あれ?」

この蝙蝠、どこかで見たことがあるような。
その時も『小さくて可愛い』と思ったような。
森や坑道で見かけたことがあるだけか?

「こら!お前はまた頭に……」

もう一匹の蝙蝠が頭に乗ってきて無意識に出た言葉。

誰のことを思い出したんだ?

「キィ!」

短く鳴いた蝙蝠の声でハッとする。

「ごめん。考えごとしてた」

今まで色んな魔物を見てきたからこの蝙蝠もきっとどこかで見かけたことがあるんだろう。
頭に乗られて誰を思い出したのかは分からないけど。

「もしどこかで会ったことがあるならごめん。頭が痛くなってから色々と記憶を失ってるみたいで思い出せないんだ」

この蝙蝠が偶然ここに来たとは思えない。
魔物なのに警戒心もなく俺のところに飛んで来たし、花を持って見舞いに来てくれたんだから。
花を持ってる習性の蝙蝠など聞いたことも無い。

「キィ!」
「キィ!」
「あ、バイバイ」

記憶にないことを話して不快にさせてしまったのか、二匹の蝙蝠は音もなく空へ羽ばたいて行った。

「怒らせたかな。生き物に俺の言葉は理解して貰えても、俺が生き物の言葉を理解することは出来ないからな」

手のひらの上の小さな花を見ながら呟く。
異世界人のみんなに与えられる言語変換能力で言葉を伝えることは出来るけど、何を言ってるかは分からない。

「思えば言語変換と画面パネルを開く能力は失ってないんだ」

恩恵や属性魔法は使えなくなってるし画面パネルの文字や数字も全てアスタリスクになってるけど、異世界の人と会話が出来ているし画面パネルを開くことも出来てる。

「俺の能力が使えなくなったってことなのかも」

使えなくなったのは能力だけ。
だから異世界人のヒカルたちにも与えられた能力は使える。
きっとそういうことなんだろう。

「……なんだろう。なにか思い出さないといけないような」

ずっと引っ掛かっている何か。
思い出さないといけないことがあるという謎の引っ掛かりが消えない。

「中の人、精霊神、魔神。俺は何を忘れたんだろう。忘れたらいけない大切なことだった気がするのに思い出せない」

心地好い風に髪を揺らされながら空に問いかける。
この星で生き残る術だった大切な能力を失ったことへの不安もあるけど、それよりもっと別の何かを失った気がしてる。
能力よりもむしろ失ってはいけないものだった何か。

問いかけに返事は返らない。
召喚された時から居てくれた中の人も、精霊神と魔神俺の両親も、もう何も教えてくれないし応えてくれない。

「……寂しい」

大切な人たちを失った喪失感。
ぽっかりと胸に穴が空いた。

英雄エロー公爵閣下。昼食をお持ちしました」
「あ。ありがとう」

美しい青い空をもう一度見て窓を閉めた。


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【エラー。再接続できません】
【エラー……


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新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~

Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」 病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。 気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた! これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。 だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。 皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。 その結果、 うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。 慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。 「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。 僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに! 行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。 そんな僕が、ついに魔法学園へ入学! 当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート! しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。 魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。 この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――! 勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる! 腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

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