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chapter.5
66
しおりを挟む『ここだ』
『ポーション・テオロジー』
装備屋で教えて貰った店舗型の薬屋、テオロジー。
お抱えの薬師が居るから品揃えがいいという理由の他にも教会が販売している聖水やポーションも扱っているとあって、冒険者がよく利用している店とのことだった。
『大きいお店だね』
『薬師が個人でやってる薬屋は小さなお店が多いけど、ここは商人が薬師を雇って販売している店だと思う』
商会が運営する武器屋や防具屋や薬屋も珍しくない。
その場合は個人経営と違ってこのように大きな店を構えているから分かりやすい。
『冒険者が結構居るけど大丈夫そう?』
『大丈夫。ギルドには天虎さんとよく行くから、冒険者さんはもうあまり怖くない』
冒険者にも悪い奴は居る。
むしろ冒険者こそ血の気の多い人が多い。
ただ、天虎神がギルドに連れて行くことで徐々にヒトに慣れさせたんだろうから、怖がらせることも言いたくない。
『もし辛くなったら言って。無理しないように』
『うん。ありがとう』
大きく頷いたブランシュの頭を撫でてもう一度手を繋ぎ直して店内に入った。
『ん?』
扉を開けた時は人の声が聞こえていたのに、冒険者たちがこちらを見て静かになったことに首を傾げるライノ。
『あれ?魔物禁止か?』
黒鷹の精霊を連れているからかと思ったライノは扉を確認したけれど、魔物を連れての入店を禁じるマークはない。
そうしてる間にも何もなかったかのようにまた各々の冒険者たちは話し始め、なんだったのかと不思議に思いながらも改めて入店して扉を閉めた。
おかしかったのは最初のそれだけ。
そのあとは個人で来ている冒険者も真剣に薬を選んでいるし、パーティだろう仲間同士で来ている冒険者も『あれも必要これも必要』と話しあいながら商品を見ていた。
「この薄い青色の液体が下級ポーション。濃い青色は中級ポーション。透明色は上級ポーション」
三種類のポーション瓶を見せながら説明するライノ。
生きて帰りたい冒険者には必須アイテムのポーションについては端折ることなくしっかり説明しておきたくて。
『薄い青が下級。濃い青が中級。透明が上級』
そうメモ帳に書いてライノに見せたブランシュ。
本当は書かなくても念話で会話が出来ているけれど、天虎が居ない今は不思議に思われるようなことは控え口頭と筆談で会話をしようと、ここに来る前に二人で決めたから。
「そう。それと、質の悪い物はこのポーションのように綺麗な半透明じゃなく濁った色をしてる。混ぜ物をして販売している悪質な薬師も居るし当然回復効果も落ちるから、例え安くても買ってはいけないよ?魔物や悪い奴と戦って万が一大怪我をした時に命を助けてくれるのがポーションだからね」
冒険者が依頼を受けた時に必要なアイテムと言えば九割の人はポーションと真っ先に言うだろう。
回復魔法が使える聖者や聖女ですら魔力を節約するために自分の傷にはポーションを使うくらいだから。
薬は旅の必需品だから真剣に聞くブランシュ。
他には赤い液体の魔物避けや、薄い赤色の虫除け。
長期間の遠征や予定外のアクシデントで持って行ったポーションでは足りなくなった時のために自分で塗り薬を作れるよう、薬草類や乳鉢や乳棒などの調合道具も売られている。
『私が作ってるのは傷を治す塗り薬』
「そうだね。何度も助けられてるよ」
『ライノお兄さんの傷が早く治りますようにってお祈りしながら作ってるから、少しでも役に立てたら嬉しい』
「いつもありがとう」
ブランシュの傷薬はただの塗り薬ではないけれど。
使った調味料や素材の組み合わせで回復効果やあらゆるバフがかかる料理を作るブランシュが作る塗り薬は、薬師免許がない人でも作れる普通の塗り薬とは一線を画してる。
薬草をすり潰して作る塗り薬(傷薬)はあくまで擦り傷や切り傷のような軽傷の怪我にしか効果がないはずなのに、ブランシュが作った塗り薬はスパッと切れて流血している深い傷でも血が止まり傷も塞がるというポーション仕様。
祝い子の能力は調合も料理と捉えるのか、庶民が買えるくらいの値段で売られている塗り薬が下級ポーションよりも効果が高いのだから、もしブランシュが薬師になり塗り薬を販売した際には一番売れる下級ポーションが売れなくなった教会が大騒ぎになるだろう。
偶然そこに居合わせた冒険者はライノから薬の基本を教わっている愛らしいブランシュに悶える。
悶えると言っても決して怪しまれないよう怖がられないよう表情には出さず、心の中でだけひっそりと。
ギルド本部のアイドル兄妹を見守り隊の冒険者には『不用意に近付かない声をかけない触らない』という鉄の掟がある。
二人が店内に入った時に静かになったのもそれ。
ギルド本部のアイドルブランシュとアイスブルーの髪の超絶美少年をこのようなところで見かけることになると思わず、漏れそうな声を堪えたのがあの静寂。
朝ギルドで三人を見かけた冒険者も、その時は居なかった冒険者も、ソワソワチラチラ。
見過ぎている冒険者のことは抓って咎める徹底ぶり。
怪我をしていたわけでも盲目というわけでもなかったようで、今は目元の布を外している少年の美しさよ。
美丈夫の兄と美少女の妹の組み合わせも美しいけれど、美少年と美少女の組み合わせも尊い。
一定の距離から先は近よらず見守る冒険者たち。
鉄の掟を破る不届き者が現れないよう互いが互いを監視しているとも言える状況。
ライノとブランシュは冒険者の間でそんな取り決めがされていることを当然知らないけれど。
「覚えられた?」
『うん。覚えた』
「じゃあ試験をしよう」
『試験?』
「ヒール草を一束。中級ポーションを一本。魔物避けを一本。聖水を一本。この四種類をブランシュの目で選んで、間違いないと思ったら私に渡して?それが正解でも不正解でも四種類を揃え終わるまで結果は教えない」
本当に覚えられたかを確認する試験。
薬類は誤って使用すると物によっては大変なことになるから、確実に覚えられるように。
「メモを見ずに選べるかな?」
『うん!』
パタンとメモを閉じたブランシュは大きく頷き歩き出し、ライノもそのあとを着いて行く。
『えっと、ヒール草と、中級ポーションと……』
探す物を忘れないよう指で数えながら歩くブランシュ。
一通り教えるために店内をぐるりと一周したから、まずはそれが売られている場所を探すことも試験の一つ。
ライノの声が聞こえる範囲に居た冒険者は試験に出されたアイテムを見ている(見るフリでブランシュたちを見ている)冒険者に、そこから離れろとジェスチャーする。
厳つくてむさ苦しい冒険者が居たら天使ちゃんが怖がって近付けないかもしれないと思って。
「ああ、そうだ。塗り薬も買わないと」
「そう言えばそうだった」
傍に居た冒険者たちの必死な『退け』というジェスチャーと、ブランシュがキョロキョロ見渡している様子で、これ(見ているフリをしているアイテム)を探しているのかと察した冒険者たちは、そんなことを言いながらその場を離れる。
『薬草あった!』
数種の薬草が売られた棚を最初に見つけたブランシュはヒール草を探して籠の中を見比べる。
天使ちゃん頑張れ!
心の中でひっそり応援する冒険者たち。
薬草類は見た目が似ている物もあるから、大人でも間違える人が居るくらいの難問。
『これがヒール草』
似た形や色の薬草をそっと手に取り香りを確認したブランシュは確信してライノに差し出す。
「ブランシュはこれがヒール草だと思ったんだね?」
『うん。天虎さんが採ってきてくれるのと同じ』
「分かった。正解かどうかは後で」
『はーい』
まさか香りで判別するとは。
次のアイテムを探し始めたブランシュの後をまた着いて行きながら苦笑するライノ。
傷薬用に天虎神が採取してくる薬草の中にはヒール草と似た色や形の薬草がないからすぐに分かっても、似ている薬草も売られているここでは迷うかなと思ったのだけれど。
ブランシュが正解のヒール草を選んだことにスタンディングオベーション(心の中で)の冒険者たち。
天使ちゃんは可愛くて愛らしいだけでなく、天才。
『魔物避けあった!』
次に見つけたのは赤い液体の魔物避け。
ポーションと魔物避けは同じスリムな細長い形の瓶を使用しているけれど、中身の色はもちろん蓋の形も違う。
魔物避けは地面に撒くけれどポーションは飲むから、人体に有害な毒草も含む魔物避けを誤飲してしまわないよう、色で判別ができない盲目の人でも分かるように。
同じ赤い液体が入った二種類の瓶。
片方は試験アイテムの魔物避けで、もう片方は虫除け。
『えーっと……』
今回は見たことも使ったこともないもの。
液体も同じ赤だから色で覚えていたら迷うだろうけれど、教わったことを覚えていればどちらか分かる。
『虫除けは赤い液体で丸くてぽってりした瓶の方だから、魔物避けはこっち』
そう言ってブランシュはポーションと同じ形をした魔物避けを手に取った。
冒険者たちは再びスタンディングオベーション。
まだ子供なのにしっかり覚えているなんて、やはり天才。
心の中だけは騒がしい冒険者たち。
裏切り者が現れないよう互いを監視しつつも愛らしいブランシュを温かく見守っている。
不用意に近づかない、声をかけない、触らない。
その掟を守って気配を消しこっそりと見守る。
この時ばかりは普段以上に冒険者としての才能がキラリと輝いていた。
『あとはポーションと聖水』
魔物避けをライノに渡したブランシュはキョロキョロ。
『確か教会の物はこっち』
ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙可愛いッッ!
いつもと違う戦闘着姿の美少女ちゃんも可愛いッッ!
薬草の調合書の棚を見ながら(フリ)悶える女性冒険者。
ギルド本部のアイドル兄妹を見守り隊の一人。
このタイミングで薬を買いに来た自分を褒めたい!
見ているだけでも癒される美少女と美少年の二人と同じ空間に居られるなんて、今日一日の運を使い果たしてしまったとしても後悔はない!
ここに居れば美少女と美少年が後ろを通過すると、ニヤニヤ顔をポーカーフェイスの裏に隠して調合書を選んでいるフリをしている女性冒険者は上機嫌。
「え?」
どこからか聞こえる小さな音。
冒険者たちが居て賑やかだから聞こえ難いけれど、何かが軋むような音が聞こえた気がした女性冒険者は周囲や天井をキョロキョロと確認する。
「気のせいかな?」
変わった様子は見られず独り言を呟いた瞬間にバキッと何かが折れた大きな音がして、目の前の本棚と隣の本棚が釣られあったかのように同時に崩れてぐらりと傾いた。
『お姉さん危ない!』
女性冒険者の後ろで立ち止まっていたブランシュ。
ちょうど通過していたブランシュにも小さな軋む音が聞こえてきて、何の音?と足を止めた途端の出来事。
「ブランシュ!」
「危ない!」
ハッとしたライノや冒険者たちの声が店内に響く。
女性冒険者もその声にハッとして振り返ると真後ろに居たブランシュが自分に手を伸ばしているのを見て、助けなければと飛びつくようにブランシュの身体を腕の中に抱きしめた。
「…………あれ?」
ぎゅっと目を瞑っていた女性冒険者は倒れそうだった本棚も本も崩れてこないことに気付いてそっと目を開ける。
「怪我はないか?」
『天虎さん?』
目を開けた女性冒険者の目の前には真っ白な美丈夫。
ぎゅっと抱きしめていた美少女もパッと顔を上げ目があい、自分が美少女ごと美丈夫の腕に抱かれていることに気付く。
「うひゃあ!」
漸く自分の状況を理解した女性冒険者は真っ青になり、おかしな声をあげ昇天しそうになる。
美丈夫のお兄さんと美少女の妹ちゃんの顔が近い!
綺麗!可愛い!間近で見れて幸せ!
お母さんお父さん先立つ不幸をお許しください!
おじいちゃんおばあちゃん今からそっちに行く!
私は今日死ぬ!
「どうなさいましたか!?」
人生の幸運を使い果たしたと察した女性冒険者が死を覚悟して瞼を閉じ穏やかな顔でチーンとなっていると、冒険者たちの声を聞きつけた店員たちが走って来る。
「……これは」
「氷?」
店員が見たのは倒れかけの本棚と、そこから崩れた本。
アイスブルー色の髪の少年が両手を添えている本棚と落下途中の本は、まるで時間が止まったかのように倒れることも落ちることもなく凍っていた。
「本棚が倒れてきてそちらの女性と子供を押し潰しそうでしたので、人命を優先して魔法を使わせていただきました」
「本棚が!?お怪我はございませんか!?」
「私は問題ありません」
「だ、大丈夫です」
『大丈夫』
凍ったままの本棚から手を離したライノから事情をを聞き驚いた男性店員と女性店員は天虎の腕に抱かれているブランシュと女性冒険者をパッと見て、女性冒険者が小さく手を挙げブランシュも元気に手を挙げたことを確認して安堵の息をつく。
「大丈夫ではない。手の甲を怪我している」
「え?……あ、本当だ」
天虎に言われて怪我していた事に気付いた女性冒険者。
美少女だけは何としても助けないとと夢中だったから、いつ怪我をしたのか分からない。
「す、すぐにポーションを!」
「はい!」
「必要ない」
女性冒険者の手の甲が抉れて血が出ていることに気付いた男性店員もすぐにポーションを持ってくるよう女性店員に言うと、それを止めて天虎が回復魔法をかける。
「……え?回復魔法?」
回復魔法をかけられている当事者の女性冒険者自身も、怪我を見て慌てていた男性店員と女性店員も、心配そうに様子を見守っていた冒険者たちも、それを見て驚く。
「治った。これで傷が残ることはないだろう」
「…………」
一瞬で治した。
そのことにも驚く人たちを他所にライノは女性冒険者の身体に乗っているブランシュを抱っこして降ろし、天虎も腕に抱いていた女性冒険者を床に降ろす。
「身を挺して娘を守ってくれたことに感謝する」
「私からも勇敢な女性に感謝を。大切なブランシュをお救いくださいましてありがとうございました」
『守ってくれてありがとう』
天虎は言葉で、ライノは胸に手をあて会釈をして感謝を伝え、ブランシュも聞こえないと分かっていても口を動かして御礼を言って直角以上に深々と頭を下げた。
「聖者さまと知らずご無礼を」
ハッとした男性店員が言ってその場に跪くと、女性冒険者と女性店員もその場に跪く。
「も、申し訳ございません。今は手持ちがなく」
「手持ち?なんの話だ?」
「治療費を。生涯をかけてもお支払いいたしますので」
「必要ないが?」
「え?」
一瞬で傷を治してしまうほどの聖者。
位の高い聖者に違いないその人から治療を受けたとなれば、冒険者の自分では半生をかけても払いきれるか分からない。
両手を組み許しを乞う女性冒険者は天虎を見上げる。
「私は冒険者だからな」
「ですが回復魔法を」
「回復魔法を使える冒険者が居て何が悪い」
キッパリ言った天虎に女性冒険者はキョトン。
一緒に話を聞いているみんなもキョトン。
「確かに回復魔法の使い手は少ないが、全ての者が教会に属し聖者や聖女を名乗る必要はないだろう?回復魔法を使える町娘や町男が居てもいい。普段は町娘や町男として生活しながら、金でも名誉でもなく誰かを救いたいと思った時に手の届く範囲の者を救ってやればいい。本来そういうものだ」
昔から回復魔法を使うヒトの子は貴重で尊ばれていたものの必ず教会に属さなければならない決まりなどなかったし、聖者も聖女も教会も今のような金の亡者ではなかった。
教会は神に祈りを捧げる場所であると同時に傷付いた者とその治療が出来る聖者や聖女を繋ぐ場所で、今のように治療費は幾らと決めて受け取るのではなく、治療して貰った者が自分に払える額を教会に寄付するという形をとっていたし、払えない貧しい者でも治療を断ることはせず無償で救っていた。
その頃のように無償にしろとは思わない。
回復魔法をかけることも聖者や聖女の仕事と考えれば労働の対価は貰っていいと思うが、国が聖者や聖女に高い身分を与え神聖化したことで教会が必要以上に力を付け役目を忘れ、治療費の額で患者を選ぶ堕落したヒトの子に成り果てた。
「私も誰彼構わず治療をする訳ではない。力を使う相手を選ぶという意味では今時代の聖者や聖女と呼ばれている者たちと変わらないが、自分の大切な娘を身を挺して守ってくれた者の治療をして金を要求するほど腐っていない。そもそも治療してくれと言われた訳でもなく私が勝手に治療したのだから」
聖者や聖女と呼ばれている者たち。
そこを強調した天虎にライノは苦笑する。
天虎神から見て支払う額で患者を選ぶ今の聖者や聖女は『そう呼ばれているだけ』の偽物でしかないのだろう。
『お姉さん、もう手は痛くない?』
跪いている女性冒険者の前に座って書いたメモを見せながら口も動かして聞いたブランシュ。
「うひ、か、可愛い、天使」
自分の前に座ったブランシュの可愛さにまたおかしな声と心の声が洩れた女性冒険者。
他の冒険者の咳払いでハッとすると、ブランシュに消えそうな小さな声で「だ、大丈夫」と答える。
『良かった。助けてくれてありがとう』
緊張で声が出ず今度は大きく首を横に振る女性冒険者。
推しが自分の目の前に居るだけでなく可愛らしい文字を見せてくれたことや御礼を言ってくれたことに、『もうこのまま死んでもいい』と半分昇天しそうになりながら。
「手の怪我だけでなく喉も痛めていたのか?」
女性冒険者からブランシュに対しての悪意は感じられず答えようともしているのにまともに喋れていないことに気付いた天虎は、ブランシュの隣にしゃがみ女性冒険者を見る。
「ひぎゃ」
「なにをしている」
美少女と美丈夫から黄金色の綺麗な目で見られていることに魂が抜けかけながらあげた女性冒険者のおかしな声に重なったのは、店の扉が開いた時に鳴るベルの音と男性の声。
「オーナー」
男性店員が呼んだ人物を見てライノがサッとマントのフードをかぶったのを見て、知っている顔なのかと察した天虎も立ち上がるとブランシュを抱き上げローブのフードをかぶせた。
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