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chapter.6
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二部屋借りて二階に上がった三人。
魔熊と戦って魔力が減っているライノには夕食の時間までゆっくり休むよう言って一旦別れ、天虎とブランシュも自分たちが宿泊する隣室に入り荷物を下ろした。
【硬いな】
夏の熱気が籠る部屋の窓を真っ先に開けた天虎は、二つ並んだベッドを見て手を置き硬さを確認する。
神獣の姿の時はもちろん、ヒトの子の姿になっていても頑丈な天虎はどこで眠ろうと平気だけれども、ブランシュの身体が痛くなりそうだ。
【待っていろ。綿花を持ってくる】
『大丈夫!眠れるから!』
自然のない部屋の中では綿花を咲かせられないから、外で咲かせて運んでこようと思って窓に足をかけた天虎のマントを掴んで止めるブランシュ。
【身体が痛くなるぞ?】
『天虎さんが咲かせてくれる綿花のベッドみたいにフカフカじゃないけど、これが普通なんだと思うよ?』
【光の一族やベランジェやユハナの屋敷にあったベッドに敷かれたマットはもっと柔らかかっただろう?】
『ディアちゃんたちのお家は貴族だから』
それは貴族基準の普通。
ここは庶民が宿泊する宿だから、貴族の屋敷で使われているベッドのように高価な柔らかいマットは使われていないのも当然のこと。
『それよりも背の高い天虎さんにとっては小さい』
私の心配をしてくれてるけど、そんなことより背の高い天虎さんだとベッドの長さが足りそうにない。
この長さだと背中を丸めて眠ることになりそう。
【やはり出掛けてくるから少し待っていろ。綿花もだが、長さを足せるよう森に行って台を作ってくる】
インベントリに入っているのは外で食事をする時のテーブルセットや料理台だから、足を置いてもいい台を作ってくることにした。
【すぐに戻る。休んでいろ】
『分かった』
綿花は必要ないけど、天虎に必要な台を作りに行くというなら止める理由もない。
ブランシュの頭を撫でた天虎は姿を消すと開いた窓から出て行った。
『よいしょ』
天虎が出て行ったあと両手で抱えた椅子を窓際に運んだブランシュはそこに座る。
『風が気持ちいい』
季節は夏。
本格的に暑くなる盛夏を迎える前の梅雨時。
幸いにも帝都に行った日から雨は降っていないものの、晴れた日でも曇りの日でも気温の高さで夏の訪れを感じる。
『もうすぐ一年かぁ……』
ブランシュが湖に捨てられ、天虎が拾って一年。
正確に何月何日だったのかは分からないけれど、火をつけられたことで蔓のタマゴが燃えて外に出られた時の季節が暑い時期だったことは間違いないから、天虎と出会ってもうすぐ一年目を迎えようとしている。
物欲もなければお金にも興味がないブランシュが自分の力でお金を稼ぎたいと思ったのはそれが理由。
家族から疎まれ捨てられた自分を拾って我が子として育ててくれている天虎や、可愛い洋服やポシェットをくれた誰かに一年の感謝を込めて贈り物をしたくて。
『私に洋服やポシェットをくれた優しい人にも受け取ってもらえるといいなあ』
ブランシュはその誰かの正体を知らない。
声を聞いたこともなければ会ったこともない。
いつか会って御礼が言えたらと思っているけれど、洋服やポシェットや調理器具を預かった天虎が教えてくれない今はまだ直接会えないことは分かっているから、贈り物は天虎にお願いして渡してもらうつもり。
『こんにちは、小鳥さん』
頬杖をついて外を眺めていたブランシュのところにふわりと飛んできて窓際に止まった真っ白な小鳥。
森にいる時は光の玉(妖精)や動物(精霊)が集まってくるブランシュにとって小鳥を見かけることも珍しくないけれど、窓際に止まったその小鳥も真っ白で可愛らしい。
『今日は生憎とお散歩には残念なお天気だね』
雨は降っていないものの曇り空。
太陽が厚い雲に隠れているお陰で暑さは軽減されているけれど。
『あ、そうだ。パンはいかが?』
ポシェットの中からカリカリに焼いたラスクを出したブランシュは、布を敷いた上に砕いた欠片を置く。
『ふふ。お口に合うといいけど』
嘴でつつきながら器用に食べる白い小鳥。
ヒトに出す時はたっぷりバターやジャムを塗ったり、何かを載せたりするけれど、小鳥にとっては身体に悪いものになりかねないからそのまま。
『白鷹さんは真っ白で大きくてかっこいいけど、小鳥さんは真っ白で小さくて可愛いね』
ピンクの小さな嘴でラスクの欠片を食べている小鳥の愛らしい姿にニコニコのブランシュ。
同じ真っ白でも白鷹(光の精霊)は大きくてかっこいいし、小鳥は小さくて真ん丸で可愛い。
【ブランシュ】
『あ、天虎さん』
人に見られないよう姿を消している天虎の声が聞こえてきて椅子から立ち上がったブランシュ。
『おかえりなさい。早かったね』
「ただいま」
ブランシュが退けてくれた窓から部屋に入った天虎は再び姿を現してブランシュの頭を撫でる。
「窓際で何をしていたんだ?」
『白い小鳥さんが休憩に来たからご飯を……あれ?』
少し目を離した間に小鳥が居なくなっていて、ブランシュは窓の外に少し顔を出してキョロキョロする。
『吃驚して逃げちゃったのかな?』
突然人(天虎)が姿を現したことに驚いて逃げてしまったのかなと思いつつ布の上を見たブランシュ。
『白い桔梗がある』
「白い桔梗?」
『お花の名前。見たのは初めてだから転生前の知識なのかもしれないけど』
小鳥が居た布の上にあったのは白い花。
花弁(花被片)の中心部分は金色の珍しい白桔梗。
『小鳥さんが忘れていったみたい』
潰さないようそっと布を持ち上げたブランシュは天虎にそう説明しながら花を見せる。
「これは」
『ん?』
金色の模様が入ったその白い花を見て察した天虎。
ブランシュに会いに来たのかと。
「餌を貰った礼だな」
『御礼?』
「小鳥にパンをやったのだろう?」
『うん。砕いたラスクをあげた』
「その礼に置いていったんだろう」
これは主神の周囲にだけ咲く神華。
私が見たことのある神華はもっと大きいけれど、これはブランシュに贈るため小さく咲かせたのだろう。
この星のどこにも主神の神華は存在しないのだから、ブランシュが言った小鳥は主神が変身した姿で間違いない。
『私にくれたってこと?』
「ああ。その花は食べられる」
『食用花なの?』
「そうだ。甘いぞ」
『天虎さんも食べたことがあるんだ?』
「ある」
主神の神華を食べることで力を得られる。
その力は様々だけれど、主神がこれを置いて行ったということはブランシュに何かしらの力を与えるため。
『じゃあ半分こしよ?』
「いや。これはブランシュが食べないと意味がない」
『え?』
「小鳥がブランシュにくれたものなのだから一人で食べなくては失礼だろう?」
『そうなの?みんなで分けてもいいと思うけど』
大きく首を傾げるブランシュに天虎は苦笑する。
まだ自分の加護の主も知らないブランシュに主神の贈り物だと言うわけにはいかないし、一つ食べることで力を授かることの出来る神華を分けて食べることも出来ない。
「傷む前に食べた方がいい」
『わ、分かった』
しゃがんで言い聞かせる天虎から『早く食べるように』という圧のようなものを感じたブランシュは、小さな白桔梗を一口で口に入れた。
『……わあ。美味しい』
口に入れた途端にホロリと崩れた花。
蜂蜜のようにトロリとしていて、上品な甘さ。
鼻を抜ける香りはとても爽やか。
『綺麗だから押し花の栞にして持っておこうと思ったけど、甘くてとっても美味しい』
目を輝かせるブランシュに微笑む天虎。
どのような力を与えるつもりで渡したのか、何の変化も見られない今はまだ分からないけれど、無意味なものを主神が渡すわけがないから、いつしかブランシュの役にたつような力を与えたのだろう。
「ん?」
ブランシュの背後にある窓にすっと姿を現した小鳥。
その姿に天虎が気づくと淡く光って再び姿を消した。
『あれ?』
天虎が見ている窓際を振り返ったブランシュは、さっきまでなかった何かが置かれていることに首を傾げる。
『お花の飾りの付いた組紐?』
窓際に行った天虎が手にとったのは、食べたものより大きな白桔梗の飾りが付いた白と金の組紐。
誰がいつ置いたのか、それを見ながらくつくつと笑う天虎にも、ブランシュは大きく首を傾げる。
「誕生日の贈り物だったようだ」
『……え?』
手に取った組紐から主神の思念を読んで理解した天虎は、三つ編みにしているブランシュの髪に神華の飾りがついたそれを結ぶ。
「さきほど食べた小さな花も、この髪飾りも、ブランシュの誕生日を祝って用意した贈り物らしい」
『小鳥さんが?』
「その小鳥というのはブランシュに贈り物を届けるために遣わした使徒で、贈り物の主は私にポシェットや衣装や調理器具などを預けた者だ」
本当はその小鳥が主神だったことはまだ話せないけれど、贈り物をくれたのが誰か話すくらいはいいだろう。
「私もブランシュの誕生日には大精霊を呼んで祝う予定でいたが、先を越されてしまったな。誕生日はもう少し先だというのに気が早いことだ」
主神が初めて加護を授けた迷子の魂。
徳の塊で神になった清らかな魂を自分の娘のように思っているのは主神も同じで、まだ正体は明かせなくとも誕生日だけは祝いたかったようだ。
『天虎さんも、私に贈り物をくれた人も……私の誕生日を覚えていてくれたんだ』
「当然だろう?大切な娘の誕生日を忘れるはずがない。ブランシュがこの星に誕生した大事な日なのだから」
くすりと笑った天虎に抱きつくブランシュ。
声は出なくてもぽろぽろと大きな涙の粒を零して。
「忘れていると思っていたのか」
『天虎さんは神さまだから。何千年も何万年も生きていたら誕生日なんて一々気にしないと思って』
「確かに。だが娘の誕生日は別だ」
ブランシュが言うそれは間違いではない。
あまりにも長く生きている神や大精霊にとっては一日も一年も十年も大した違いはない。
でも、ブランシュと出会ってからはヒトの子が使っている時間や月日の数え方も覚えたし、娘が日々成長してゆく姿を見ることが楽しみになっている。
「今はまだ贈り物の主を教えてやることは出来ないが、一つだけ話しておこう。ブランシュを私に預けたのも贈り物の主だ。私が居る天虎の湖に連れてきた」
『え?』
「正確には、捨てる場所を天虎の森にするよう誘導した。自分が加護を授けた大切なブランシュを救うために」
『……贈り物をくれた人は神さまってこと?』
祝い子が授かるのは神の加護。
だから、私に加護を授けてくれた人なら神さまということになる。
「そうだ。だからブランシュの能力も知っているし、必要になるだろう物も分かっていて私に預けた。その神の名を教えるのはまだ早いが、ブランシュが自分の身を守れるくらい力を使えるようになったら教えると約束する」
神は神でも主神という最高神の加護を授かった唯一のヒトの子だと知っても精神が壊れないくらい心が強くなった時には教えてやろう。
「私と贈り物の主にとってブランシュはかけがえのない宝物で大切な娘だ。私たちの心優しい愛娘。この先どんなに辛いことや苦しいことがあっても私たちはブランシュの味方だと忘れないでほしい。健やかに生きてほしい」
『うん!天虎さんも贈り物をくれた神さまも私を大切にしてくれてありがとう!大好き!』
ブランシュの大粒の涙を拭いながら微笑む天虎。
泣きながらも満面の笑みで笑ってくれたブランシュが誰よりも何よりも愛らしくて愛おしい。
私と主神の大切な愛娘。
『私が二人の娘ってことは、贈り物をくれた神さまはもう一人のお父さんってことだよね?』
「そういうことになるな」
『天虎さんと贈り物をくれた神さまが私のお父さん。二人も優しいお父さんが居てくれるなんて幸せ』
少し頬を染めて恥ずかしそうにしながらも嬉しそうにニコニコと笑うブランシュがあまりにも可愛らしくて、愛しさを爆発させた天虎は頭や額や頬に口づける。
やはり嫁には出さず私の傍に居させよう。
親バカが過ぎてそんなことを思ってしまうくらいに。
「さあ、ベッドに綿花を敷こう」
『うん!あ、ライノお兄さんのは?』
「今は眠っているから夕食の後にする。しっかり眠って魔力を回復させなければならないからな」
『分かった』
一昨日や昨日としっかり眠れない日が続いていた上に今日は魔法剣も使ったライノに必要なのは眠ること。
貴族家で生まれ育った少年がベッドの硬さも気にならないくらいぐっすり眠りについているのは、些細なことを気にする余裕もないほど疲れていたということ。
一度外したシーツの下に咲かせてきた綿花を敷きつめ、二人でシーツを敷き直す天虎とブランシュ。
贈り物をもらったことが嬉しくてずっとニコニコしているブランシュの姿に天虎も釣られて笑みが零れた。
天虎とブランシュも少し眠って夕方。
宿泊料金には今晩の夕食と明日の朝食の二食分も含まれているから、食堂が始まった時間を見計らって隣室のライノにも声をかけ、三人(+姿を消した闇の精霊)で一階の食堂に降りた。
「冒険者さんたち。少しは休めたかい?」
「ああ」
階段から一番近いテーブル席に料理を運んでいた男性主人が三人に気付いて声をかける。
「席は自由に座っていいのか?」
「もちろん。好きな席に座ってくれ」
町民だろう客がぽつぽつ居るのを見て男性主人に確認した天虎が選んだのは、周りに人が居ないテーブル席。
食堂には他の客も居るだろうと予想していたから、珍しい髪色や瞳の色を隠せるよう上着のマントを羽織ってフードも被っているけれど、念のため。
「食事のメニューは二種類だけか」
「老夫婦がお二人でやっている宿の食堂ですからね」
壁にかかっているメニューを見て言った天虎に苦笑しながら説明するライノ。
「帝都の宿のように料理人や給仕を雇っていれば作れる料理の種類も増やせますし、運ぶのも任せられますが、作るのも運ぶのもお二人でとなると厳しいかと」
しかも女性主人は杖をついて歩いているくらいだから、料理を作るのも運ぶのもほぼ男性主人が一人でやっているだろう。
「待たせてすまない。決まったかい?」
「少年は決まったか?」
「ステーキにします」
「ブランシュは?」
『お魚にする』
「ではステーキが二つと、魚が一つで頼む」
「了解」
他の席に料理を運び終えた男性主人が急いだ様子で聞きに来ると、再び早足で厨房の中に入って行った。
「確かに大変そうだな」
男性主人の様子を見て納得した天虎。
あまり外から人が来ない小さな町だけに客の数も少ないから何とかなっているようだけれど。
そんなことを思っていると宿の扉が開いて、男性が二人入ってくる。
『あ。町の入口に居たお兄さんたちだ』
「自警団の二人か」
「夜の当番と交代したんだろうね」
真っ先に気付いたのはブランシュ。
防具などの装備品は外しているけれど服装は見た時のままだからすぐに分かった。
二人も三人に気付くと、軽く手を振ったり頭を下げたりして挨拶をしてからカウンターに向かう。
「おじい!テールステーキ二つね!」
「はいよ!警備お疲れさん!」
「ありがと!カウンター席に座ってるから料理が出来たら呼んで!自分たちで取りに行くから!」
「ありがとう!」
厨房の中に聞こえるよう声をかけた自警団の男性。
姿を見なくとも注文した声でもう誰が来たのか分かるほど街の人同士の繋がりは深いんだろう。
厨房の中は慌ただしいのだろうけれど、座っている客はみんなのんびり。
家族で来て食事を楽しむ姿や、呑んだり食べたりしながら会話を楽しむ姿を見て、ブランシュも微笑む。
『幸せそうな人を見ると幸せな気分になれる』
そう言って微笑んでいるブランシュに釣られるように天虎とライノの表情も綻ぶ。
ブランシュが幸せな気分になれたなら、この町で一泊することにして良かった、と。
「その髪飾り、可愛らしいね。よく似合ってるよ」
フードの奥にチラリと見える髪飾り。
中心部分が金色に色付いた珍しい形の花が二つ。
今まで付けているのを見たことがなかったけれど、クラウディアの贈り物の髪飾りのように外出する時にしか付けない宝物なのかと思いつつ褒めたライノ。
『これ、誕生日の贈り物なの』
「え?」
『私に加護をくれた神さまからの贈り物』
それを聞いてライノは目をまん丸にして驚く。
ブランシュに加護を授けた神ということは、主神からの贈り物ということだから。
「ブランシュの誕生日はもう少し先だというのに、それまで待てなかったようだ」
「お、お待ちを。ブランシュの誕生日はいつですか?」
「あの頃はまだヒトの子が使う暦を知らなかったから正確な日にちは分からないが、月は来月で間違いない。だから月の初めを誕生日ということにした」
天虎から聞いて両手で顔を覆い俯くライノ。
ユハナとベランジェでもブランシュの両親を捜すため、事情を知るソレイユから『湖に捨てられたのは暑い時期』との情報をもらったけれど、来月の初め?
『ライノお兄さん?』
「間に合わない。今から準備しても間に合わない」
『え?何が?』
「誕生日パーティの準備が間に合わない」
明らかに肩を落としている姿を見て心配になったブランシュは、ライノの返事を聞いて天虎と顔を見合わせる。
【ブランシュの誕生日には祝いをするぞ?大精霊たちも呼んで私の森で祝うつもりだ】
『父親の天虎神も祝うことは予想しておりましたが、私たち三大公爵家も祝おうと話していたのです。ブランシュにとって今回が蔓が解けて初めての誕生日ですから、綺麗なドレスや豪華な食事を用意して祝ってあげたいと。暑い時期と聞いていたので雨季があけた再来月辺りかと思っていました』
天虎神やブランシュの正体を知っている者だけが集まる小規模のパーティでも、そのぶん豪華なドレスや食事を用意してみんなで祝ってあげたいと話し合っていたのに。
月が終わろうとしている今から準備をするとしても、オーダーメイドのドレスや靴や特別製のケーキの注文が間に合わない。
『……みんなも私の誕生日を覚えててくれたんだ』
『暑い時期に生まれたということは知っていた。だから私が天虎神に正確な誕生日を聞いてソレイユ公やベランジェ公に報せるつもりだった』
本格的に暑くなるのは雨季があけた後の来月中旬から下旬にかけてだから、来月の後半か再来月辺りかと思っていた。
暑い時期というのを汗が滲むような気候の頃と勘違いしていた私たちが悪いのだけれど。
『綺麗なドレスや豪華な食事は要らないよ?みんなが私の誕生日を祝おうと思ってくれただけで嬉しいもの』
知っている。
ブランシュが華やかなものに興味がないことは知っているけれど、蔓から出た後の初めての誕生日くらいは記憶に残るよう盛大に祝ってあげたかった。
【お前たちも集まってブランシュを祝いたかったなら、私と大精霊が祝う日に一緒に祝えばいい。その時は私が領地まで迎えに行ってやろう。綺麗なドレスよりもみなで祝ってくれる方がブランシュは嬉しいだろう】
わざわざ別々に祝わなくとも一緒に祝えばいい。
三大公爵家は大精霊にも会ったことがあるのだから。
『では、お言葉に甘えて。後ほど父上にも報告したいのですが、通信の魔道具をお借りできますか?』
【ああ。部屋に戻ったら渡そう】
『ありがとうございます』
オーダーメイドの衣装やケーキは間に合わなくとも、出来る限りのものは用意をしたい。
贈り物も用意することを考えればすぐにでも報告をする必要がある。
みんなが自分の誕生日を祝うつもりだったことを知って胸が温かくなるブランシュ。
去年の誕生日はまだ蔓のタマゴの中に居て『これが私の最後の誕生日』と思っていたけど、今年は誕生日を祝ってくれようとしている人たちがいる。
災いを齎す呪い子と疎まれ捨てられた自分を。
我が家の恥だと言われて家族から捨てられた自分を。
どんな豪華な物よりも、祝ってあげたいと思ってくれたその気持ちが嬉しい。
ブランシュは組紐の神華を指先でそっと触れながら、堪えられない喜びに微笑んだ。
魔熊と戦って魔力が減っているライノには夕食の時間までゆっくり休むよう言って一旦別れ、天虎とブランシュも自分たちが宿泊する隣室に入り荷物を下ろした。
【硬いな】
夏の熱気が籠る部屋の窓を真っ先に開けた天虎は、二つ並んだベッドを見て手を置き硬さを確認する。
神獣の姿の時はもちろん、ヒトの子の姿になっていても頑丈な天虎はどこで眠ろうと平気だけれども、ブランシュの身体が痛くなりそうだ。
【待っていろ。綿花を持ってくる】
『大丈夫!眠れるから!』
自然のない部屋の中では綿花を咲かせられないから、外で咲かせて運んでこようと思って窓に足をかけた天虎のマントを掴んで止めるブランシュ。
【身体が痛くなるぞ?】
『天虎さんが咲かせてくれる綿花のベッドみたいにフカフカじゃないけど、これが普通なんだと思うよ?』
【光の一族やベランジェやユハナの屋敷にあったベッドに敷かれたマットはもっと柔らかかっただろう?】
『ディアちゃんたちのお家は貴族だから』
それは貴族基準の普通。
ここは庶民が宿泊する宿だから、貴族の屋敷で使われているベッドのように高価な柔らかいマットは使われていないのも当然のこと。
『それよりも背の高い天虎さんにとっては小さい』
私の心配をしてくれてるけど、そんなことより背の高い天虎さんだとベッドの長さが足りそうにない。
この長さだと背中を丸めて眠ることになりそう。
【やはり出掛けてくるから少し待っていろ。綿花もだが、長さを足せるよう森に行って台を作ってくる】
インベントリに入っているのは外で食事をする時のテーブルセットや料理台だから、足を置いてもいい台を作ってくることにした。
【すぐに戻る。休んでいろ】
『分かった』
綿花は必要ないけど、天虎に必要な台を作りに行くというなら止める理由もない。
ブランシュの頭を撫でた天虎は姿を消すと開いた窓から出て行った。
『よいしょ』
天虎が出て行ったあと両手で抱えた椅子を窓際に運んだブランシュはそこに座る。
『風が気持ちいい』
季節は夏。
本格的に暑くなる盛夏を迎える前の梅雨時。
幸いにも帝都に行った日から雨は降っていないものの、晴れた日でも曇りの日でも気温の高さで夏の訪れを感じる。
『もうすぐ一年かぁ……』
ブランシュが湖に捨てられ、天虎が拾って一年。
正確に何月何日だったのかは分からないけれど、火をつけられたことで蔓のタマゴが燃えて外に出られた時の季節が暑い時期だったことは間違いないから、天虎と出会ってもうすぐ一年目を迎えようとしている。
物欲もなければお金にも興味がないブランシュが自分の力でお金を稼ぎたいと思ったのはそれが理由。
家族から疎まれ捨てられた自分を拾って我が子として育ててくれている天虎や、可愛い洋服やポシェットをくれた誰かに一年の感謝を込めて贈り物をしたくて。
『私に洋服やポシェットをくれた優しい人にも受け取ってもらえるといいなあ』
ブランシュはその誰かの正体を知らない。
声を聞いたこともなければ会ったこともない。
いつか会って御礼が言えたらと思っているけれど、洋服やポシェットや調理器具を預かった天虎が教えてくれない今はまだ直接会えないことは分かっているから、贈り物は天虎にお願いして渡してもらうつもり。
『こんにちは、小鳥さん』
頬杖をついて外を眺めていたブランシュのところにふわりと飛んできて窓際に止まった真っ白な小鳥。
森にいる時は光の玉(妖精)や動物(精霊)が集まってくるブランシュにとって小鳥を見かけることも珍しくないけれど、窓際に止まったその小鳥も真っ白で可愛らしい。
『今日は生憎とお散歩には残念なお天気だね』
雨は降っていないものの曇り空。
太陽が厚い雲に隠れているお陰で暑さは軽減されているけれど。
『あ、そうだ。パンはいかが?』
ポシェットの中からカリカリに焼いたラスクを出したブランシュは、布を敷いた上に砕いた欠片を置く。
『ふふ。お口に合うといいけど』
嘴でつつきながら器用に食べる白い小鳥。
ヒトに出す時はたっぷりバターやジャムを塗ったり、何かを載せたりするけれど、小鳥にとっては身体に悪いものになりかねないからそのまま。
『白鷹さんは真っ白で大きくてかっこいいけど、小鳥さんは真っ白で小さくて可愛いね』
ピンクの小さな嘴でラスクの欠片を食べている小鳥の愛らしい姿にニコニコのブランシュ。
同じ真っ白でも白鷹(光の精霊)は大きくてかっこいいし、小鳥は小さくて真ん丸で可愛い。
【ブランシュ】
『あ、天虎さん』
人に見られないよう姿を消している天虎の声が聞こえてきて椅子から立ち上がったブランシュ。
『おかえりなさい。早かったね』
「ただいま」
ブランシュが退けてくれた窓から部屋に入った天虎は再び姿を現してブランシュの頭を撫でる。
「窓際で何をしていたんだ?」
『白い小鳥さんが休憩に来たからご飯を……あれ?』
少し目を離した間に小鳥が居なくなっていて、ブランシュは窓の外に少し顔を出してキョロキョロする。
『吃驚して逃げちゃったのかな?』
突然人(天虎)が姿を現したことに驚いて逃げてしまったのかなと思いつつ布の上を見たブランシュ。
『白い桔梗がある』
「白い桔梗?」
『お花の名前。見たのは初めてだから転生前の知識なのかもしれないけど』
小鳥が居た布の上にあったのは白い花。
花弁(花被片)の中心部分は金色の珍しい白桔梗。
『小鳥さんが忘れていったみたい』
潰さないようそっと布を持ち上げたブランシュは天虎にそう説明しながら花を見せる。
「これは」
『ん?』
金色の模様が入ったその白い花を見て察した天虎。
ブランシュに会いに来たのかと。
「餌を貰った礼だな」
『御礼?』
「小鳥にパンをやったのだろう?」
『うん。砕いたラスクをあげた』
「その礼に置いていったんだろう」
これは主神の周囲にだけ咲く神華。
私が見たことのある神華はもっと大きいけれど、これはブランシュに贈るため小さく咲かせたのだろう。
この星のどこにも主神の神華は存在しないのだから、ブランシュが言った小鳥は主神が変身した姿で間違いない。
『私にくれたってこと?』
「ああ。その花は食べられる」
『食用花なの?』
「そうだ。甘いぞ」
『天虎さんも食べたことがあるんだ?』
「ある」
主神の神華を食べることで力を得られる。
その力は様々だけれど、主神がこれを置いて行ったということはブランシュに何かしらの力を与えるため。
『じゃあ半分こしよ?』
「いや。これはブランシュが食べないと意味がない」
『え?』
「小鳥がブランシュにくれたものなのだから一人で食べなくては失礼だろう?」
『そうなの?みんなで分けてもいいと思うけど』
大きく首を傾げるブランシュに天虎は苦笑する。
まだ自分の加護の主も知らないブランシュに主神の贈り物だと言うわけにはいかないし、一つ食べることで力を授かることの出来る神華を分けて食べることも出来ない。
「傷む前に食べた方がいい」
『わ、分かった』
しゃがんで言い聞かせる天虎から『早く食べるように』という圧のようなものを感じたブランシュは、小さな白桔梗を一口で口に入れた。
『……わあ。美味しい』
口に入れた途端にホロリと崩れた花。
蜂蜜のようにトロリとしていて、上品な甘さ。
鼻を抜ける香りはとても爽やか。
『綺麗だから押し花の栞にして持っておこうと思ったけど、甘くてとっても美味しい』
目を輝かせるブランシュに微笑む天虎。
どのような力を与えるつもりで渡したのか、何の変化も見られない今はまだ分からないけれど、無意味なものを主神が渡すわけがないから、いつしかブランシュの役にたつような力を与えたのだろう。
「ん?」
ブランシュの背後にある窓にすっと姿を現した小鳥。
その姿に天虎が気づくと淡く光って再び姿を消した。
『あれ?』
天虎が見ている窓際を振り返ったブランシュは、さっきまでなかった何かが置かれていることに首を傾げる。
『お花の飾りの付いた組紐?』
窓際に行った天虎が手にとったのは、食べたものより大きな白桔梗の飾りが付いた白と金の組紐。
誰がいつ置いたのか、それを見ながらくつくつと笑う天虎にも、ブランシュは大きく首を傾げる。
「誕生日の贈り物だったようだ」
『……え?』
手に取った組紐から主神の思念を読んで理解した天虎は、三つ編みにしているブランシュの髪に神華の飾りがついたそれを結ぶ。
「さきほど食べた小さな花も、この髪飾りも、ブランシュの誕生日を祝って用意した贈り物らしい」
『小鳥さんが?』
「その小鳥というのはブランシュに贈り物を届けるために遣わした使徒で、贈り物の主は私にポシェットや衣装や調理器具などを預けた者だ」
本当はその小鳥が主神だったことはまだ話せないけれど、贈り物をくれたのが誰か話すくらいはいいだろう。
「私もブランシュの誕生日には大精霊を呼んで祝う予定でいたが、先を越されてしまったな。誕生日はもう少し先だというのに気が早いことだ」
主神が初めて加護を授けた迷子の魂。
徳の塊で神になった清らかな魂を自分の娘のように思っているのは主神も同じで、まだ正体は明かせなくとも誕生日だけは祝いたかったようだ。
『天虎さんも、私に贈り物をくれた人も……私の誕生日を覚えていてくれたんだ』
「当然だろう?大切な娘の誕生日を忘れるはずがない。ブランシュがこの星に誕生した大事な日なのだから」
くすりと笑った天虎に抱きつくブランシュ。
声は出なくてもぽろぽろと大きな涙の粒を零して。
「忘れていると思っていたのか」
『天虎さんは神さまだから。何千年も何万年も生きていたら誕生日なんて一々気にしないと思って』
「確かに。だが娘の誕生日は別だ」
ブランシュが言うそれは間違いではない。
あまりにも長く生きている神や大精霊にとっては一日も一年も十年も大した違いはない。
でも、ブランシュと出会ってからはヒトの子が使っている時間や月日の数え方も覚えたし、娘が日々成長してゆく姿を見ることが楽しみになっている。
「今はまだ贈り物の主を教えてやることは出来ないが、一つだけ話しておこう。ブランシュを私に預けたのも贈り物の主だ。私が居る天虎の湖に連れてきた」
『え?』
「正確には、捨てる場所を天虎の森にするよう誘導した。自分が加護を授けた大切なブランシュを救うために」
『……贈り物をくれた人は神さまってこと?』
祝い子が授かるのは神の加護。
だから、私に加護を授けてくれた人なら神さまということになる。
「そうだ。だからブランシュの能力も知っているし、必要になるだろう物も分かっていて私に預けた。その神の名を教えるのはまだ早いが、ブランシュが自分の身を守れるくらい力を使えるようになったら教えると約束する」
神は神でも主神という最高神の加護を授かった唯一のヒトの子だと知っても精神が壊れないくらい心が強くなった時には教えてやろう。
「私と贈り物の主にとってブランシュはかけがえのない宝物で大切な娘だ。私たちの心優しい愛娘。この先どんなに辛いことや苦しいことがあっても私たちはブランシュの味方だと忘れないでほしい。健やかに生きてほしい」
『うん!天虎さんも贈り物をくれた神さまも私を大切にしてくれてありがとう!大好き!』
ブランシュの大粒の涙を拭いながら微笑む天虎。
泣きながらも満面の笑みで笑ってくれたブランシュが誰よりも何よりも愛らしくて愛おしい。
私と主神の大切な愛娘。
『私が二人の娘ってことは、贈り物をくれた神さまはもう一人のお父さんってことだよね?』
「そういうことになるな」
『天虎さんと贈り物をくれた神さまが私のお父さん。二人も優しいお父さんが居てくれるなんて幸せ』
少し頬を染めて恥ずかしそうにしながらも嬉しそうにニコニコと笑うブランシュがあまりにも可愛らしくて、愛しさを爆発させた天虎は頭や額や頬に口づける。
やはり嫁には出さず私の傍に居させよう。
親バカが過ぎてそんなことを思ってしまうくらいに。
「さあ、ベッドに綿花を敷こう」
『うん!あ、ライノお兄さんのは?』
「今は眠っているから夕食の後にする。しっかり眠って魔力を回復させなければならないからな」
『分かった』
一昨日や昨日としっかり眠れない日が続いていた上に今日は魔法剣も使ったライノに必要なのは眠ること。
貴族家で生まれ育った少年がベッドの硬さも気にならないくらいぐっすり眠りについているのは、些細なことを気にする余裕もないほど疲れていたということ。
一度外したシーツの下に咲かせてきた綿花を敷きつめ、二人でシーツを敷き直す天虎とブランシュ。
贈り物をもらったことが嬉しくてずっとニコニコしているブランシュの姿に天虎も釣られて笑みが零れた。
天虎とブランシュも少し眠って夕方。
宿泊料金には今晩の夕食と明日の朝食の二食分も含まれているから、食堂が始まった時間を見計らって隣室のライノにも声をかけ、三人(+姿を消した闇の精霊)で一階の食堂に降りた。
「冒険者さんたち。少しは休めたかい?」
「ああ」
階段から一番近いテーブル席に料理を運んでいた男性主人が三人に気付いて声をかける。
「席は自由に座っていいのか?」
「もちろん。好きな席に座ってくれ」
町民だろう客がぽつぽつ居るのを見て男性主人に確認した天虎が選んだのは、周りに人が居ないテーブル席。
食堂には他の客も居るだろうと予想していたから、珍しい髪色や瞳の色を隠せるよう上着のマントを羽織ってフードも被っているけれど、念のため。
「食事のメニューは二種類だけか」
「老夫婦がお二人でやっている宿の食堂ですからね」
壁にかかっているメニューを見て言った天虎に苦笑しながら説明するライノ。
「帝都の宿のように料理人や給仕を雇っていれば作れる料理の種類も増やせますし、運ぶのも任せられますが、作るのも運ぶのもお二人でとなると厳しいかと」
しかも女性主人は杖をついて歩いているくらいだから、料理を作るのも運ぶのもほぼ男性主人が一人でやっているだろう。
「待たせてすまない。決まったかい?」
「少年は決まったか?」
「ステーキにします」
「ブランシュは?」
『お魚にする』
「ではステーキが二つと、魚が一つで頼む」
「了解」
他の席に料理を運び終えた男性主人が急いだ様子で聞きに来ると、再び早足で厨房の中に入って行った。
「確かに大変そうだな」
男性主人の様子を見て納得した天虎。
あまり外から人が来ない小さな町だけに客の数も少ないから何とかなっているようだけれど。
そんなことを思っていると宿の扉が開いて、男性が二人入ってくる。
『あ。町の入口に居たお兄さんたちだ』
「自警団の二人か」
「夜の当番と交代したんだろうね」
真っ先に気付いたのはブランシュ。
防具などの装備品は外しているけれど服装は見た時のままだからすぐに分かった。
二人も三人に気付くと、軽く手を振ったり頭を下げたりして挨拶をしてからカウンターに向かう。
「おじい!テールステーキ二つね!」
「はいよ!警備お疲れさん!」
「ありがと!カウンター席に座ってるから料理が出来たら呼んで!自分たちで取りに行くから!」
「ありがとう!」
厨房の中に聞こえるよう声をかけた自警団の男性。
姿を見なくとも注文した声でもう誰が来たのか分かるほど街の人同士の繋がりは深いんだろう。
厨房の中は慌ただしいのだろうけれど、座っている客はみんなのんびり。
家族で来て食事を楽しむ姿や、呑んだり食べたりしながら会話を楽しむ姿を見て、ブランシュも微笑む。
『幸せそうな人を見ると幸せな気分になれる』
そう言って微笑んでいるブランシュに釣られるように天虎とライノの表情も綻ぶ。
ブランシュが幸せな気分になれたなら、この町で一泊することにして良かった、と。
「その髪飾り、可愛らしいね。よく似合ってるよ」
フードの奥にチラリと見える髪飾り。
中心部分が金色に色付いた珍しい形の花が二つ。
今まで付けているのを見たことがなかったけれど、クラウディアの贈り物の髪飾りのように外出する時にしか付けない宝物なのかと思いつつ褒めたライノ。
『これ、誕生日の贈り物なの』
「え?」
『私に加護をくれた神さまからの贈り物』
それを聞いてライノは目をまん丸にして驚く。
ブランシュに加護を授けた神ということは、主神からの贈り物ということだから。
「ブランシュの誕生日はもう少し先だというのに、それまで待てなかったようだ」
「お、お待ちを。ブランシュの誕生日はいつですか?」
「あの頃はまだヒトの子が使う暦を知らなかったから正確な日にちは分からないが、月は来月で間違いない。だから月の初めを誕生日ということにした」
天虎から聞いて両手で顔を覆い俯くライノ。
ユハナとベランジェでもブランシュの両親を捜すため、事情を知るソレイユから『湖に捨てられたのは暑い時期』との情報をもらったけれど、来月の初め?
『ライノお兄さん?』
「間に合わない。今から準備しても間に合わない」
『え?何が?』
「誕生日パーティの準備が間に合わない」
明らかに肩を落としている姿を見て心配になったブランシュは、ライノの返事を聞いて天虎と顔を見合わせる。
【ブランシュの誕生日には祝いをするぞ?大精霊たちも呼んで私の森で祝うつもりだ】
『父親の天虎神も祝うことは予想しておりましたが、私たち三大公爵家も祝おうと話していたのです。ブランシュにとって今回が蔓が解けて初めての誕生日ですから、綺麗なドレスや豪華な食事を用意して祝ってあげたいと。暑い時期と聞いていたので雨季があけた再来月辺りかと思っていました』
天虎神やブランシュの正体を知っている者だけが集まる小規模のパーティでも、そのぶん豪華なドレスや食事を用意してみんなで祝ってあげたいと話し合っていたのに。
月が終わろうとしている今から準備をするとしても、オーダーメイドのドレスや靴や特別製のケーキの注文が間に合わない。
『……みんなも私の誕生日を覚えててくれたんだ』
『暑い時期に生まれたということは知っていた。だから私が天虎神に正確な誕生日を聞いてソレイユ公やベランジェ公に報せるつもりだった』
本格的に暑くなるのは雨季があけた後の来月中旬から下旬にかけてだから、来月の後半か再来月辺りかと思っていた。
暑い時期というのを汗が滲むような気候の頃と勘違いしていた私たちが悪いのだけれど。
『綺麗なドレスや豪華な食事は要らないよ?みんなが私の誕生日を祝おうと思ってくれただけで嬉しいもの』
知っている。
ブランシュが華やかなものに興味がないことは知っているけれど、蔓から出た後の初めての誕生日くらいは記憶に残るよう盛大に祝ってあげたかった。
【お前たちも集まってブランシュを祝いたかったなら、私と大精霊が祝う日に一緒に祝えばいい。その時は私が領地まで迎えに行ってやろう。綺麗なドレスよりもみなで祝ってくれる方がブランシュは嬉しいだろう】
わざわざ別々に祝わなくとも一緒に祝えばいい。
三大公爵家は大精霊にも会ったことがあるのだから。
『では、お言葉に甘えて。後ほど父上にも報告したいのですが、通信の魔道具をお借りできますか?』
【ああ。部屋に戻ったら渡そう】
『ありがとうございます』
オーダーメイドの衣装やケーキは間に合わなくとも、出来る限りのものは用意をしたい。
贈り物も用意することを考えればすぐにでも報告をする必要がある。
みんなが自分の誕生日を祝うつもりだったことを知って胸が温かくなるブランシュ。
去年の誕生日はまだ蔓のタマゴの中に居て『これが私の最後の誕生日』と思っていたけど、今年は誕生日を祝ってくれようとしている人たちがいる。
災いを齎す呪い子と疎まれ捨てられた自分を。
我が家の恥だと言われて家族から捨てられた自分を。
どんな豪華な物よりも、祝ってあげたいと思ってくれたその気持ちが嬉しい。
ブランシュは組紐の神華を指先でそっと触れながら、堪えられない喜びに微笑んだ。
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