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chapter.2
31
しおりを挟む屋敷で療養して五日目。
魔力も回復して漸く車椅子を使わず歩くことを許された。
『まだお留守番?』
ベッドに座ってしょんぼりしているブランシュ。
「魔力は回復しても体力や免疫力は落ちている。他の領地で流行病が収束していない今は安全なここに居た方が安心だ」
五日間の療養で魔力は回復したと言え、車椅子での散歩以外はベットで過ごしていたのだから体力や免疫力が落ちている。
流行病が収束していない今は特に連れて行けない。
「私も置いて行きたくはないが、だからと言って連れて行ったことでブランシュが流行病にかかれば後悔する。大切な娘が高熱を出して寝込んでいる姿など見たくない」
天虎が行こうとしているのは帝都。
以前天虎がギルマスに頼まれ納品した分で帝都はある程度の薬を確保できたけれど、薬が足りていない土地から助けを求め帝都の医院へ来る者も居て収束に至っていないと屋敷の者から聞いたから、前回と同じものを納品に行こうとしている。
『……分かった。ここで待ってる。私は何も出来なくてごめんなさいってピムおじさんに伝えて』
困っている人が居るのに屋敷に居て何も出来てないことが心苦しいけど、今の私は自分の身体を治すことが第一だから。
今のままでは熱病を予防する飴を作ることも、体力や魔力を回復する料理を作ることもできない。
「ああ。伝えておく」
優しいブランシュ。
ギルマスへの伝言を聞いて、今日のこれは置いて行かれるのが寂しいのではなく動けるようになっても何も出来ないことが歯痒いのだと分かった天虎はブランシュの額に口付けた。
・
・
・
一人で帝都に向かった天虎。
光の一族のミケーレ(祖父)とグラード(父)とヴァルフレードが昨日から親交のある三大公の領へ行って不在だから、何も手伝う予定がない今日の内にギルドに行っておきたかった。
辿り着いた帝都は酷かった時に比べて人の姿が増えている。
ただ、子供の姿が少ないのはやはり流行病に警戒して親が外出を控えさせているからだろう。
「ピムは居るか?」
本部のリバースの中にも冒険者が増えていることを確認しながら受付に行って女性職員へ声をかけた天虎。
「あ!お待ちください!」
本部のギルド職員に天虎は顔パス状態。
今日はいつもと違い立派な白鷹や人形のように美しい少女を連れていないし、ローブのフードを被っていて特徴的な白い髪も隠れているけれど、顔を見てすぐに気付いた。
ギルド本部は冒険者の数も多く担当以外の冒険者を把握するのは難しいけれど、誰もが天虎のことは知っている。
一目見たら忘れない特徴的な容姿(連れている娘+白鷹の存在も含む)をしているという理由もあるけれど、何より持ち込むのが天虎の森の希少価値の高いものばかりだから。
職員が急いで走って行くのを見て天虎は息をつく。
前回納品に来た時は受付職員の数も減っていたけれど、少なくともギルドは正常に動かせているようだ。
「終わったなら退いてくれるか」
背後から聞こえた声。
自分に言っていると思わずスルーする天虎。
他にも空いてる受付があるのだから自分のことだと思わないのも仕方がないこと。
「おい!聞いてるのか!?」
「私に言っていたのか」
腕を引っ張られて漸く気付いた天虎は振り返る。
後ろに立っていたのは見知らぬ男女五人の冒険者。
重量のありそうな袋を二人の男が抱えている。
「納品でしたらこちらで!」
天虎に絡む冒険者を見て慌てて手を挙げる職員。
見覚えがない人たちだから他国の冒険者だろうけれど、よりによってなんという相手に絡んでいるのかと。
「一番近い受付はここなんだからお前がこっちに来い!貴重な物を納品しに来てやったんだから手ぶらの雑魚は退けろ!」
「ほう。何を納品に来たんだ?」
貴重な物と聞き興味を示す天虎。
他国で宝石系のドラゴンでも狩ってきたのか?
この国のギルドでドラゴン系を狩れるのは極一部の上位冒険者だけらしいからな。
「教える訳がないだろ!邪魔だ!」
「そんなにこの受付がいいのか。変わった奴だ」
どこも同じだろうと思いながら横に避け場所を譲る天虎。
こちらでと手を挙げた職員や他の職員までが自分の受付カウンターを離れ真っ青になって走ってくる。
「死にたいか、小僧ども」
「は?」
とんでもない相手に絡んだ見知らぬ若い冒険者への怒りでつい心の声が洩れた職員(最初に手を挙げた職員)の口を隣から別の職員がサッと塞ぐ。
「買い取りでしょうか」
冷静を装って笑顔で聞いたのは別の職員。
心の声が洩れた職員と同じく心の中では『この小僧と小娘ぶん殴ってやろうか』と思っているけれど、仕事だから。
何を納品するのか気になり見ていた天虎はフッと笑う。
気性の荒い冒険者にも対応しなくてはならないギルド職員だけあって逞しいものだと。
「アベイユの巣を二つ持ってきたから買い取れ」
重量がある袋の中身はアベイユの巣だったらしく、宝石系ドラゴンが出るかカラードラゴンが出るかと期待していた天虎の興味は一瞬で薄れた。
「大事に扱えよ。壊して値を下げたら承知しないからな」
偉そうに話す若い男の隣から慎重に袋を置いた男二人。
運ばせた後は偉そうな男の出番らしく、割れ物を扱うかのように布袋から巣を出した。
「それはアベイユの巣ではなくグロスの空巣だ。グロスが生息している間の黄金色の巣と見間違えたならまだ分かるが、変色した空巣と間違えるのはさすがに見る目がなさ過ぎる」
巣を見てすぐに気付いた天虎が指摘する。
アベイユの巣とグロスの巣は同じ楕円形で色も黄金色で似ているから見慣れない者は間違えても仕方ないけれど、グロスが使わなくなって捨てた空巣はさすがに色で判断できる。
「いい加減なことを言うな!」
「事実だ。違うから教えてやったのだろうに」
「なにを揉めている!」
若い冒険者が天虎の胸倉を掴んだタイミングで来たピム。
呼びに行っていた職員も何がどうなってこうなったのかと驚きを隠せない表情。
「グロスの空巣をアベイユの巣と言って持って来たから違うと教えただけだ。色で判別できるグロスの空巣とアベイユの巣を間違える知識のなさは冒険者として致命的だからな」
「ん?ああ、確かにこれはグロスの空巣だな」
天虎から聞いてカウンターの上を見たピム。
鑑定をかけるまでもなく色で違うと分かる。
「そんなこと言って安く買い取るつもりだろ!」
「それはそうだ。焚き火の木材代わりにしかならないグロスの空巣を高く買い取る訳がないだろう?」
見た目は似ている二つでも価値は天と地ほど違う。
アベイユの巣は死病の特効薬になるし蜜も皇室に献上される代物だけど、グロスの空巣はただ草や小枝を固めた巣。
「言い掛かりだ!ちゃんと鑑定しろ!」
「必要がない物に鑑定士の時間を割くほど暇じゃない」
これが空巣じゃなければ判断できず鑑定をかけさせたけれど、一目見て違うと分かる物に鑑定はかけない。
その物の価値通りの買い取り額を渡して終わり。
ピーピー騒ぐ若い冒険者たちにピムも職員も無言。
血気盛んな若い冒険者がやりがちなルールを無視した苦情と横柄な態度などギルド職員には見慣れたもの。
「これが本物のアベイユの巣だ」
間違いを認めず騒ぐ冒険者に見せるためインベントリから出したアベイユの巣をグロスの空巣の隣に置いた天虎。
「本物のアベイユの巣はこのように美しい黄金色をしている。ただ、グロスの巣も空巣になり変色する前はこれによく似た黄金色だから注意が必要だ。賢いグロスはアベイユが強い魔物だと知っていて巣を真似ることで外敵から身を守っている」
グロスはあえてアベイユの巣に似た巣を作っている。
だから鑑定できない者が空巣になる前のグロスの巣とアベイユの巣を間違えてしまうのは仕方のないことと言える。
こればかりは見慣れるしかない。
「ほいほいと高価な素材を出すなと言っているだろう」
「この者たちはまだ経験値も知識も足りない若い冒険者だ。実物を見せてやれば自分たちが間違っていたと分かるだろうし、今後見つけた時に本物かどうかの判断材料にもなる」
知識が足りていないのだから教えてやればいい。
今時代の生命にはアベイユの巣も貴重な物だけにいつでも見せてやることは難しくとも、今は実物があるのだから。
「それともこの若い冒険者が私から盗めるとでも?」
「それはない。秒で殺されるだろう」
盗めるとは思っていない。
ただ、馬鹿な冒険者なら盗もうと企むかもしれない。
そうなれば無残な死を迎えるのは盗もうとした者の方。
ギルドは冒険者同士の争いに介入しないから、悪さをして殺される可能性を事前になくしてやることしかしない。
「まあ、今回は見逃そう。未熟な冒険者の今後のために教えておいてやろうという優しさだろうからな」
この若い冒険者たちは生意気な態度も若気の至りと見逃してくれる心の広い青年が相手で命拾いしたな。
単独で天虎の森に入りドラゴンを狩る人物の胸倉を掴むなど、本来なら幾つ命があっても足りない愚行。
「改めて言うが、草や小枝の塊でしかないグロスの空巣は使いようがなく焚き火にしかならない。それでも持って来れば買い取ってやるのは、ここまで運んできた労力への駄賃だ。アベイユの巣ではないのが信じられないのなら持って帰れ」
ギルドもただの草や小枝の塊は必要としてない。
自分たちで持ち帰って焚き火でもして芋でも焼けばいい。
こちらも処分する手間がかからず済む。
「本部なのに鑑定を渋るのか。セコいだろ」
「ソイツが持ってた物が本物かの保証もないのに」
実物との差は明らか。
それでも若い冒険者たちは鑑定をしろと聞かない。
「はぁ……。受付カウンターを変えていいか?」
「構わない」
「すまないな」
話が長くなりそうな若い冒険者たちの対応は一旦手馴れた職員に任せて隣の受付カウンターに移動する。
また天虎の森の物を売りに来ただろう青年が先。
「それで、今日は何を売りに来たんだ?」
「治療薬が足りてないと聞いた」
「ん?」
「流行病の治療薬だ。素材は用意できたのか?」
そう聞かれたピムは天虎の顔を見る。
「……もしかして治療薬の素材を?」
「ベックの巣を六つとインディゴ草を五百本持って来た。支払いはいつでも良いからこれで治療薬を作れ。足りなければまた採ってきてやるから帝都以外の者にも分けて早く流行病を収束させろ。ブランシュを外出させられなくて困っている」
インベントリから出した布袋をカウンターに積む天虎。
その理由を聞いてピムは大笑いする。
「危険な天虎の森に入り大量の素材を集めた理由がブランシュを外出させられないからとは、ブレないなお前も」
「私には何よりも重大な問題だ。今日も一緒に来たがっていたのに言い聞かせて置いてくるしかなかった。お前に分かるか?悲しそうな顔でまたお留守番?と聞かれる辛さが」
酷い親(兄?)バカだ。
まあ私も天使のような愛らしいブランシュから悲しい顔で言われたら罪悪感で『うっ』となってしまうだろうが。
「ああ、そうだ。ブランシュからお前に伝言だ」
「伝言?」
「私は何も出来なくてごめんなさい、と。困っている者が居るのに自分は何も出来ないことに胸を痛めているようだ」
なんて心優しい子なのか。
ブランシュの伝言を聞いたピムは胸を撃ち抜かれる。
容姿も性格も美しく愛らしいブランシュは天使。
「分かった。これは二人からの厚意としてありがたく買い取らせて貰って治療薬の製造を急がせよう」
「ああ。ここに来るまでの間でも子供の数が減っているのが見て取れた。治療薬が不足しているのだから感染する可能性が高い子供は特に警戒するのも仕方がないが、外で遊びたいだろう子供たちのためにも急いだ方がいいだろう」
冒険者や大人の数は増えたのに子供の数は疎ら。
熱病が流行っていなかった時には冒険者や大人に混ざって子供たちも元気に遊んでいたのに、今は楽しそうな子供の姿が見られなくなっていて忍びない。
「ミカを呼んで来てくれ」
「はい」
若い冒険者たちの苦情を右から左に聞き流している職員の一人に頼んだピムは大きな溜息をつく。
「既に誰かから聞いたようだが、外では治療薬が手に入らず帝都に患者が押し寄せていて医院はもうパンク寸前だ」
「医院が?そこまで酷いのか」
「お蔭でまた帝都も治療薬不足だ。冒険者にも素材を見つけ次第採取してくれるよう頼んでいるが、やはり天虎の森以外では生息地にも咲いていない状況になっていて厳しい」
前回の納品分である程度の数の治療薬を用意できた帝都に救いを求め罹患者が集まっていることは聞いたけれど、医院がパンク寸前になっているとまでは言っていなかった。
光の一族は使用人も含め毎日アベイユの蜜を摂取して健康体になっているから、医院のことまで知らなかったのだろう。
「今年は治療薬の素材が不足していたとは言え、ここまで広範囲に広がるような類いの流行病ではないだろうに何故」
熱病は子供が罹る季節物の流行病。
例年なら疾うに収束しているだろうに、今年は治療薬が充分ではない上に大人でも罹ってしまうほどの感染力の強さ。
感染が広がる早さも範囲も感染者数も明らかに異常。
「現時点で原因不明だ。大人も罹患しているのは病原体が変異して感染力が上がったんだろうと予想できるが、例年は熱病の感染報告が少ない地域でも爆発的に広がっている。誰かが病原体をばら撒いたのではないかと噂されるほどに」
アール帝国の中でも毎年熱病が流行る地域もあれば数名や数十名単位の地域やゼロの地域もある。
子供が罹っても治療薬を飲ませて休ませれば長引くような流行病ではないから、いつもは流行る範囲も限定的。
それなのに今年は異常に感染力が高く広範囲に渡り爆発的な早さで広がったから、誰かがばら撒いたと囁かれている。
「お前もそう思っているのか?」
「いや。今回の熱病は隣国のグルナとアールの二国で深刻な状況になってる。隣国まで含む広範囲に病原体をばら撒いて回るなんて現実的じゃない。単に薬不足が原因で治療が追い付かず他人に移すことを繰り返して広がったんだと思う」
一体誰がそれほどの病原体をばら撒けると言うのか。
しかも大人も罹るよう変異させた病原体を。
あまりにも突拍子もない話。
「……隣国とアールで」
ピムから隣国も深刻な状況だと聞き黙り込む天虎。
天虎も誰かが変異後の病原体を持ち歩いて広範囲にばら撒いて回ったとは思えないけれど、一人可能性がある者が居る。
無自覚に災いの種を撒いて回ったのではと思う人物が。
「お待たせしました」
「悪いが手分けして早急に鑑定をしてくれ。中身はベックの巣が六つとインディゴ草が五百本だ」
「素材をお持ちくださったのですか。これだけあれば多くの患者を救う治療薬が製造できます。感謝申し上げます」
カウンターに積まれた布袋の数々を見たミカ。
前回はギルドマスターの依頼で採取して来てくれたけれど、まだ薬が足りないことを知って自己判断で採取してくれたのだろうと察して深く頭を垂れる。
「ブランシュを早く外出させてやりたいだけだ。それより急いでかけて見逃しがないようにな。私も鑑定をした上で持って来てはいるが、万が一違うものが混ざっていればギルドのマイナスになってしまうのだから慌てなくていい」
ぶっきらぼうに答えた天虎にミカは微笑む。
いつも何だかんだと言いつつギルマスや私や帝都民を気にかけてくれていて、今も私を含む鑑定士に慌てなくていいと言ってくれているのだから、お優しい方だ。
「見逃しのないよう気を付けつつ早急に鑑定を行います」
本当は改めてギルドの鑑定士が鑑定しなくとも全て本物だと全幅の信頼があるけれど。
私よりこの方の鑑定の方が遙かに優れているのだから。
ミカと男性職員数名が布袋を運んで行くのを見届けふと隣を見た天虎。
「まだ納得していないのか」
「当たり前だろ!鑑定しないで偽物なんて詐欺だ!」
「鑑定をかけずとも分かるからしないだけなのだがな。お前たちだけに構っていられるほど職員も暇ではないぞ?」
困った冒険者たちだ。
他の受付で職務は出来ているものの、対応している職員たちはもううんざりしていると言うのに聞き分けがない。
「どの国のギルドにも買い取る際の規則がある。貴重な鑑定士の魔力も無尽蔵ではないんだから、見て判別できる物には鑑定をかけないことを冒険者なら知っているはずだ」
呆れた表情で改めて説明するピム。
鑑定の能力を持っている人物は限られている。
だから見て分かる物は鑑定しないのはどのギルドも同じ。
それが嫌なら買い取らないというだけの話。
「若い冒険者だからって安く買い叩くつもりだろ!」
「鑑定しないなんて怪しい!」
「冒険者は命がけで素材を狩ってくるのに、ギルドがそんないい加減な仕事していいと思ってるのか!」
バンッとカウンターを叩いて詰め寄る若い冒険者たち。
「ギルド職員への脅迫行為や暴行は登録取り消し処分となりますのでご注意ください」
ピキっとした職員がにっこり笑いながら忠告する。
本気でこの小僧と小娘たちを殴ってやろうかと思いつつ。
「買い取ってやろうと思ったが辞めた。持って帰れ」
そう若い冒険者にキッパリ言ったピム。
どこから来た冒険者か知らないが、重い物を運んで来た労力として買い取ってやろうと思ったけれど、その気も失せた。
「なに言って」
「ゴミでしかない草と小枝の塊にわざわざ鑑定をかけるギルドはない。持ち帰って野営の焚き火にでも使え」
やれやれ。
ピムと若い冒険者を交互に見て溜息をつく天虎。
素直に間違いを認めれば小遣い程度にでも買い取ってくれただろうに、執拗に認めず職員に突っかかった所為で買い取って貰えない上にまた荷物を運ぶ羽目になったのだから愚かな。
「ふざけるな!」
買い取りを拒否したピムにキレてカウンターに足を掛けた一番威勢のいい冒険者の首根っこを掴んで止める天虎。
「さすがにやり過ぎだ」
「離せ!」
「危ない!」
ジタバタする若い冒険者の仲間の二人の男も天虎に剣で斬りかかり、女冒険者の二人も火魔法や風魔法を撃つ。
卑怯にも四人がかりで攻撃するのを見てピムと職員たちは咄嗟に障壁魔法で止めようとしてピタリと止まる。
いや、正確には魔法を使う暇もなかった。
男冒険者の二人が天虎に向けた剣はどろりと溶けていて、女冒険者の魔法も天虎まで届く前にスッと消えたから。
『…………』
目の前に居たのに何をしたのか分からない。
ピムにもギルド職員にも若い冒険者たちにも。
天虎は一歩も動いていないのに、冒険者の剣が灼熱の炉にくべたように溶け、魔法も届く前にかき消された。
「職員への脅迫や暴行は登録取り消しだと言われただろう?相手が自分の思い通りにならないから暴力を奮うなど愚か者のすることだ。若いからと言って許されることではない」
首根っこを掴まれていた若い冒険者も静かになったことを確認して床に降ろした天虎は両腕を組んで説教をする。
ギルド内で飲食や休憩をしていた他の冒険者たちも若い冒険者が説教されているのを見て何事かと集まって来た。
「お前たちは鑑定に拘っているが、かけたところで自分たちの間違いが明らかになり恥をかくだけだ。私もピムも職員も何度も言っているようにグロスの空巣だからな。アベイユの巣は常に黄金色でグロスの空巣のように茶色く変色しない。その知識があれば茶色の巣を見せられた時点で偽物と分かる」
そう説明しながらカウンターの上の二つのグロスの空巣を手に持った天虎は鑑定をかける。
「お望みの鑑定結果も見せてやろう。口で偽物だと言ったところでまた嘘だ何だと言いがかりをつけるだろうからな」
巣の上の空中にスウッと浮き出た鑑定結果のパネル。
そこには『グロスの空巣』とハッキリ出ている。
「に、偽物だ!鑑定結果は鑑定士にしか見れない!」
「手品でしょ!?騙されないんだから!」
若い冒険者たちが言ったそれは今時代の常識。
大精霊の聖印が刻まれず真の能力が使えなくなった今時代のヒトの子は他人に見せるということが出来なくなった。
「私の鑑定が偽物か」
勝ち誇る若い冒険者たちにフッと笑った天虎が開けたインベントリからは数十匹の魔物がドサドサと床に落ちる。
「手品だと思うなら見破ってみせろ」
魔物の上に一斉に浮き出た鑑定結果のパネル。
何十枚と浮き出たそれには魔物の名前や種族や全長や体重という基本情報の他にも生息地が『天虎の森』と出ている。
「どうした?既に事切れた魔物の骸になぜそれほど怯える。私の鑑定は偽物の手品だと言いがかりをつけたのはお前たちではないか。触って確認しても構わないぞ?タネを見つけられるよう幾つも鑑定結果を出してやったのだから見破れ」
ギルドの中は天虎の声以外に聞こえない。
危険な天虎の森の魔物を何十匹も狩れるほどの高い能力を持つ者を前にして声が出ず静まり返っている。
「経験の浅い若い冒険者だから知識がなくとも仕方ないと思って言い聞かせるだけに留めていたが、職員へ暴力を奮うというなら話は変わる。死なせてやるからかかって来い。苦しまないよう一瞬で冥府に送ってやる。それが私の慈悲だ」
クロークの中に携えていた剣を鞘から抜く天虎。
若い冒険者たちはそれを見て逃げようとしたけれど腰が抜けて立てず、泣きながら情けなくも床を這う。
「ここで冥府へ送られたくなければ誓え。ギルド職員に暴力は奮わないと。ギルド職員に理不尽な要求をしないと」
「ち、誓う!…………殺さないでくれ!」
「ごめんなさい!」
床に蹲り謝りながら号泣する若い冒険者たち。
それを見て天虎は溜息をつきながら剣をおさめると一瞬で魔物をインベントリにしまう。
「本当に殺めるつもりではなかったがな。私は娘と静かに暮らしたいだけの冒険者であって殺戮者ではない」
「静かに暮らすのは無理だろう」
「なぜだ」
眉間を押さえて言ったピムに首を傾げる天虎。
職員たちもピムと同意見で頷く。
「出した魔物も買い取るか?」
「あれは食料だ。街でしか手に入らない物を買うために狩る事もあるが、それ以外は食料にする以上の殺生はしない」
「そうか。命をいただくのだからそうでないとな」
やはりこの青年はヒトではない。
それでも生命を弄ぶような悪人でもない。
人前というのに神の恩寵と言われる貴重なインベントリを使ったり、そこから天虎の森の魔物を出したり、特別な鑑定を使って見せたり、一般常識は大きく欠けているけれど。
「ああ、来たな」
「ん?」
「警備隊だ。職員に手を出そうとしたから通報した」
職員に対応を頼むピム。
男性冒険者がカウンターに足を掛けた時点でギルドの規則違反が成立したから、カウンターの下のボタンで通報した。
「君が止めて未遂に終わったから数日で出てくるだろう」
「止めない方が良かったか?」
「まさか。怪我を負いたい訳もない。助かった」
「私が止めずともお前と職員で止められただろうがな」
ピムも職員も戦う術を持っている者たち。
天虎が止めずとも自分たちの力で撃退できていた。
それは分かっているけれど、恩があるピムや職員に暴力を奮おうとしたことが不愉快だったから止めただけ。
「そうだとしても感謝している。ありがとう」
職員が能力を使って撃退していればあの若者たちは登録を剥奪されていたから、冒険者としての未来はなかった。
私たちを傷付けようとしたことに怒って能力の片鱗を見せたものの、それまでは若い冒険者たちへ知識を与えようとしていたこの青年にもそれは不本意な結末になっただろう。
「ただ、人前でおいそれと天虎の森の魔物や能力を見せるな。私や職員はお前が冒険者である限り何者でも構わないが、その力をほしがる者に目を付けられては面倒なことになるぞ」
それはコソッと話したピム。
もし皇帝の耳に入れば厄介事にしかならない。
いや、むしろ厄介事を起こした者の命が危ない。
「気をつけよう」
そうなればソイツを消すだけの話だけれど。
表情一つ変えず答えた天虎にピムは苦笑した。
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