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chapter.3
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しおりを挟む天虎がギルドに足を運んで一週間。
帝都では薬師が協力して予防薬と治療薬の製造に尽力し、順次医院に運び込まれた。
「薬を用意できたのは天虎さまのお蔭だったのですか」
三大公爵のユハナが収める領へ手伝いに行っていたグラードとヴァルフレードは帝都で治療薬が出回り始めたことを知り屋敷に帰ってきて、天虎の口から顛末を聞かされた。
「流行病が終息しなければ安心してブランシュを外出させられないからな。ヒトの子が滅多に来ない天虎の湖に居れば流行病にかかる心配はないが、親しくなった者が困っているのに自分だけ安全な場所に居ることをブランシュは望まないだろうと考え素材を納品しに行った」
彼奴の子孫の光の一族が収める領は落ち着いたことだし、親しくなったピムやミカが居る帝都も落ち着けばブランシュも安心して森に帰れるだろうと考えて素材を納品した。
「素材も枯渇状態なのにどこから手に入れたのかと話していたのですが、天虎の森にはまだ残っていたのですね」
足を踏み入れる者が少ない天虎の森。
そこの主の天虎自身が素材を納品したと聞けば、大量の治療薬を作れた理由も納得できる。
「お戻りなさいませ」
「お父さま、お兄さま、お帰りなさい」
「ただいま。無事に戻ることが出来たよ」
食堂のドアが開いて入って来たのはグラードの妻のベルタとクラウディアとブランシュ。
グラードやヴァルフレードは真っ先に自分たちのところに来たベルタやクラウディアとハグをする。
「お疲れですのに迎え入れも出来ず申し訳ありません。検査の結果は陰性だったようで安心しましたわ」
「念の為にね。大切な君たちに移したくないから」
詫びるベルタの頬に口付けるグラード。
グラードとヴァルフレードは早朝に屋敷へ帰って来ていたものの流行病の検査を行い、病にかからない神の天虎以外は検査の結果が陰性だと分かって漸く顔を合わせることができた。
『ヴァルお兄さんとお父さん、お帰りなさい』
「「ただいま戻りました」」
『無事で良かった』
二人の無事な姿を見てブランシュはホッとする。
光の一族はみんな予防薬代わりにアベイユの蜜を食べているから心配は要らないと天虎から言われたけれど、実際に姿を見るまでは本当に大丈夫なのかと不安だった。
「だから大丈夫だと言っただろう?」
『うん』
「大丈夫とは?」
挨拶をしてすぐに天虎の元に駆け寄ったブランシュを見て走れるまで回復したのかと思いつつ、ヴァルフレードは二人の会話に首を傾げる。
「お前たちまで病に罹るのではないかと心配していた。アベイユの蜜を飲んでいたのだから大丈夫だと言ったのだが」
自分も療養中の身なのに私たちを心配してくれたのか。
ヴァルフレードは天虎から聞いて胸が温かくなる。
やはり祝い子さまはお優しい方だ。
「お心遣い感謝いたします。ご心配おかけしました」
『私が勝手に心配してただけだから』
深々と頭を下げたグラードやヴァルフレードにブランシュは手元をモジモジしながら答える。
「お前たちが戻ったということは、別の地へ行った彼奴もそろそろ戻って来るのだろう?」
ブランシュを抱き上げ自分の膝に座らせる天虎。
帝都に治療薬が出回り始めたことを耳にして二人が戻って来たのだから、祖父のミケーレも近々戻るだろうと。
「父はまだ」
「ん?」
「私どもは帝都で治療薬を購入できないか交渉するため一旦戻りましたが、手に入れ次第またあちらへ戻ります」
二人は領地から出られる状況にないベランジェ公やユハナ公の代理で医院と交渉するため一時的に戻ってきただけ。
「また行くのですか?」
「ベランジェ領もユハナ領も深刻な状況でね。うちの領は天虎さまや祝い子さまのご助力のお蔭で収束が早かったが、あちらでは何人もの領民が命を落としている」
「……え?」
グラードから話を聞いてクラウディアは青ざめる。
緊急で集まり会議を行ったくらいだから治療薬が足りず困っているのだろうと思っていたけれど、そんなにも深刻な状況になっているとまでは思っていなかった。
「予防できている父上と私は大丈夫だったが、ユハナ屋敷でも使用人に始まりライノや弟妹も熱病にかかってしまった。ユハナ公も昨日から咳をしていたからもしかしたら」
ヴァルフレードの話を聞きブランシュがピタと止まる。
『優しいお兄さんも罹ったの?』
「優しいお兄さん?」
「ライノさまのことです。氷の薔薇をくれたからと」
「ああ、それで」
ブランシュから聞かれて誰のことかと首を傾げたヴァルフレードにクラウディアが答える。
「三日ほど前に高熱が出て。病に罹った侍女や侍従に代わり幼い弟妹の看病をしていたので移されたのかと」
街だけでなくユハナ屋敷も流行病が蔓延している状況。
本来なら侍女や侍従や使用人が看病するけれど、その人たちまで罹ってしまってライノが一人で看病していた。
『……ルイお兄さんは?』
「ルイが罹った話は聞いておりません」
『そうなんだ』
優しいお兄さんにも飴をあげれば良かった。
飴を食べさせたルイには予防の効果が出ていることを察したブランシュは一気に青ざめる。
「ブランシュ?」
『私が飴をあげなかったから』
「飴?」
『私が食べてる飴。ルイお兄さんにはあげたの』
だからその者は罹っていないか聞いたのか。
もう一人にはあげなかったから流行病に罹ったと自分を責めているんだと気付いた天虎は、罪悪感と後悔でポロポロと大粒の涙を零しているブランシュの頭を撫でる。
「私が居ない日に知り合ったと聞いていたが」
『勝手にあげてごめんなさい。私を心配してくれた優しいお兄さんだったから病気になってほしくないと思って』
二人の少年と出会い万年筆や氷の薔薇を貰ったと嬉しそうに話していたが、まさか自分用の飴をあげていたとは。
あれはブランシュの分だと言っておいたのに。
「……これも清浄の祝い子ゆえか」
輝くほどに真っ白な美しい魂の祝い子。
その清らかな美しさゆえにあの御方の加護を授かった特別な祝い子が、ヒトの子の世の混乱期とも言える今の状況を静観していられるはずもなかった。
「仕方ない。私も手を貸してやろう」
「え?」
「私の娘に贈り物をした者を見捨てる訳にいかない」
贈り物を見せた時のブランシュが嬉しそうだったから。
神の天虎が行動する理由はただそれだけ。
長い生の中で色濃い時間を過ごした初代皇帝の子孫で、いまだ自分を神と崇め信仰する光の一族以外の領地で神の力を使うつもりはなかったのだけれど。
「すぐに支度をしろ。一緒に行く」
「ユハナ領にということですか?」
「両方だ。お前たちの領のように病の元を滅してやる」
神の天虎が手を貸してくれるというならベランジェ領もユハナ領も救われるだろう。
ただ、幾ら親しい三大公とはいえ誰にも知られる訳にはいかない神の天虎の姿を見せるのはどうなのかということと、易々と神の力を借りていいものかとグラードは迷う。
『私も連れてって!』
「駄目だ。ここに居ろ。病が移ったらどうする」
『予防薬の飴を毎日食べてるから大丈夫!立派なペンや綺麗な氷の薔薇をくれた優しいお兄さんたちが困ってるなら私にも出来ることをして恩返しがしたいの!』
天虎の服を引っ張り必死に訴えるブランシュ。
ただ一度だけ会っただけの相手にどうしてこんなにも。
「…………」
『お願い天虎さん!私はもう元気になったから!亡くなってる人も居るなら早く助けてあげないと!』
私の娘は厄介な宿命を持って生まれたものだ。
それが当たり前かのようにヒトの子を救おうとする。
苦しむ者を救ってあげたいという純粋な心で。
「分かった。だが、倒れるほど魔力は使うな」
『うん!約束する!』
本当は連れて行きたくない。
ブランシュは安全な場所で大事に守られていてほしい。
でもあの御方の加護を授かった祝い子の運命は、私のそんな思いを認めてはくれない。
「私もお連れください。使用人も床に伏せているのでしたら手が足りないでしょうから。出来ることをいたします」
「ベルタ!?」
「祝い子さまと同じく私も毎日予防のためにアベイユの蜜を口にしています。実際ユハナ領へ行った貴方とヴァルも大丈夫だったのですもの。今回は私も同行しますわ」
ベルタにそう言われたグラードはぐっと言葉を飲む。
確かにアベイユの蜜を毎日食べていた祖父と自分とヴァルフレードは流行病が蔓延した領に行っても罹っていない。
手が足りていないことも事実。
「アクアの加護の適性が高いその者が使う水は下手な聖女の浄化よりも効果がある。看病に使う水としては最適だ」
「え?ベルタが?」
「ああ。元からその者の潜在能力が高かったのもあるが、光の一族のお前と関係を持ったことで清められている」
本人たちは無自覚ながら惹かれ合った二人。
光と水は相性が良く、水は光によって清められる。
その清らかな水は下手な聖者や聖女より高い浄化力を持つ。
『結婚したからってこと?』
「大人の話だ。ブランシュはまだ知らなくていい」
関係とはそういう意味かと察したグラードとベルタ。
子供たちの前だから言葉を濁してくれたのだと分かって二人は赤くなり視線を逸らす。
「お父さま?お母さま?」
「な、なんでもないよ。気にしなくていい」
ツンと顔を背け合っている二人を見て心配そうに声をかけた無垢なクラウディアに慌てて答えるグラード。
表情には出さず素知らぬ顔をしているヴァルフレードはクラウディアやブランシュより年上だけに、天虎の言った意味を察してしまって少し気まずい。
「一緒に行く者は支度をしろ。転移魔法を使う」
「はい。早急に支度いたします」
ブランシュの着替えは天虎がインベントリにしまっているからそのまま行けるけど、ヒトの子の一族は支度が必要。
ただ、待たせてることに一族が慌てないよう、天虎は自分たちも支度をすると言って一度部屋を出た。
「愛らしい衣装を着させて貰ったな。髪も可愛らしい」
『本当はディアちゃんの服なんだけど、着る前に小さくなったんだって。髪はお兄さんのお母さんが結んでくれた』
「そうか。よく似合っている」
これはブランシュのために用意した衣装だな。
真っ白の愛らしいワンピースとレースの靴下と靴。
ハーフアップの髪を飾る髪飾りも真っ白の花を模した物。
ブランシュが気を使わないようクラウディアが着れなくなった衣装だと言ったことを察した天虎はくすりと笑う。
「なあブランシュ。ペンをくれた少年と氷の薔薇をくれた少年のことを気にかけているが、どちらが好きなんだ?」
『二人とも好き。優しいお兄さんたちだから』
ああ、これは光の一族の少年と同じパターンか。
恋心ではなく優しくしてくれた人に対しての好意。
キッパリ答えたブランシュを見て天虎は察する。
「まだもう暫くはそのままで居てくれ」
『え?』
早いヒトの子なら初恋をしてもおかしくない年齢。
でもブランシュにはまだ早すぎる心配だったようで、天虎はホッと安心した。
再び集まったのは二時間後。
一度罹って耐性のある使用人も数名連れて行くことになり、急ピッチで支度を終わらせエントランスに集合した。
「随分と増えたな」
「二箇所の領に行くとなると多い方がいいかと。使用人たちは私たちとは別に後から馬車で来ますのでご安心を」
グラードとベルタとヴァルフレードとクラウディア。
三人の侍女や侍従も含め、使用人や護衛騎士で十五人ほどが集まった。
「一緒に行けばいいだろう?」
「この人数での転移は数回に分けてになるかと」
最大のポータルでも一度に転移できるのは七名まで。
天虎とブランシュの二人と光の一族の四人と使用人たちで二十一人になるから、三回に分けての移動になる。
「一度で済むが?」
「い、一度で?」
「私を誰だと思っている」
グラードに軽く答えた天虎の足元から広がる魔法陣。
行く予定ではない使用人たちは急いでその上から降りる。
「まずはお前と少年が行っていた方の領に行く。確かユハナ領と言っていたか。屋敷の主人の名は同じか?」
「はい。ユハナ公爵閣下です」
グラードに確認して瞼を閉じた天虎。
思えば場所を知らないのにどう転移するのかとフと思っている間にも床に描かれた魔法陣が眩く光り、みんながその眩しさに目を細めた。
「着いたぞ」
「え?」
光が消えたと思えば森の中。
ここはどこ状態でみんなは辺りを見渡す。
「直接行ってはお前たちが困るだろう。屋敷に一番近い人目のない森にした。この先は馬車を使う」
ぽっかり空中に開いたインベントリから四匹の黒馬が引く立派な馬車が出てきて、一族はもちろん使用人たちも唖然。
「以前乗せた馬車と同じく中は拡張空間になっている。全員荷を積んで乗れ。私とブランシュはまた御者台に乗る」
馬車の中は拡張された異空間になっていて広い。
天虎はまだ現状についていけてない一族や使用人たちにそれだけ言うとブランシュを先に御者台へ座らせた。
「……さすが天虎さまと言えばいいのか」
「私たちの常識では到底理解できませんね」
「凄まじい力を使ったのに何事もなかったように」
「考えても無駄ということですわ」
光の一族はそう話して苦笑した。
荷物を積んで全員が乗っても広々としている馬車の中。
魔法で扉が閉まったあと馬車は走り出した。
「人の姿がないですね」
馬車の窓から外を見ていたクラウディアが気付く。
今通っている屋敷までの道は綺麗に舗装されていて、いつもなら馬車はもちろん歩いている人の姿も見かけるのにと。
「ユハナ領もベランジェ領も今は同じ状況だ。治療薬がないから罹患してない人も外には出ないようにしてる」
「お食事のお買い物は?」
「領主のユハナやベランジェが配給してる。感染者を増やさないためには罹らないよう家で大人しくして貰うしかない」
心配そうな表情のクラウディアに答えるヴァルフレード。
外に出ることで感染者と接触する可能性が高くなるから、その危険性が高い配給役はアベイユの蜜を摂取したあとのグラードとヴァルフレードが指揮をとり行っていた。
「……これほど深刻だったのですね」
「会議の時より深刻になったというのが正しいかな。私たちが来てから後も日に日に感染者が増えて亡くなる人の数も増えてしまったから、外出禁止令を出すしかなくなった」
外出禁止令を出すことなど余程の有事だけ。
領民にも仕事や生活があるのだから本当なら領主も禁止したくないけれど、治療薬がない今は憎まれ役になって外出禁止令を出すしかないほどの状況。
「おじいさまの居るベランジェもこうですの?」
「うん。ルイは祝い子さまから飴を貰ったお蔭でかかってないけど姉は感染してる。ベランジェ公や魔道士が魔法を使って感染者の治療をしてるけど、魔道士は聖女や聖者じゃないから症状を和らげることは出来ても治すことまでは出来ない」
ヴァルフレードから話を聞いて胸が痛むクラウディア。
まさかそこまでとは思い至らなかった自分は甘い。
自分の領地の外ではそんなに苦しんでいる人が居たとは。
つくづく自分が回復を使えればと思ってしまう。
「私も自分の出来ることをしますわ。同じ三大公のベランジェの方々やユハナの方々が困っているのですもの」
「ああ。ただ、アベイユの蜜は必ず食べるようにね」
「はい。感染者を増やしては意味がありませんもの」
手伝いに来て感染者を増やして帰るのでは本末転倒。
手洗いやマスクはもちろんアベイユの蜜も必須。
力強く頷いて答えたクラウディアの頭をヴァルフレードは優しく撫でた。
一方御者台では。
『なんか重いね』
「重い?」
『身体が重く感じる』
「体調が悪いのか?」
『ううん。空気がなんかいや』
人が居らず閑散としていて物寂しいという他に、理由は分からないものの肌に触れる空気が気持ち悪い。
「そうだろうな。ブランシュは祝い子だから」
『祝い子が関係あるの?』
「空気の淀みを感じているのだろう」
『空気の淀み……うん、そんな感じかも』
納得したブランシュに天虎は苦笑する。
やはり祝い子のブランシュには分かるか。
あの姫が無自覚に撒き散らした災いの種に。
観光に来たのかただ立ち寄っただけなのか分からないが、恐らくこの地にも足を運んだのだろう。
森を出てから濃くなった瘴気。
天虎には何ともなくともヒトの子には災いでしかない。
ピムからアール国と隣国の被害が大きいと聞き嫌な予感がしていたけれど、やはり悪い方に〝信仰〟の能力を膨らませたあの祝い子が撒き散らしたそれが今回の流行病の原因だった。
「ヒトの子は愚かだ」
改めてそう思う天虎。
祝福の子と褒め称え我儘放題に育てたことで自分たちに災いが降り掛かっているのだから話にならない。
アール帝国のヒトの子も浄化の祝い子のブランシュを呪い子と蔑み捨てたのだから似たようなものだけれど。
『私もヒトの子だよ?』
「ブランシュもヒトの子だが、心優しい私の娘だ」
ヒトの子でもブランシュは別。
あの御方から加護を授かり、神々や大精霊や大自然からも愛されている真っ白な美しい祝い子。
「全てのヒトの子が愚かだとは思っていない。心の醜い者も居ればブランシュのように心の美しい者も居る」
だからまだヒトの子は滅ぼさない。
今は私の役目を果たす時ではない。
「ここか」
門を閉ざしている屋敷に着いた天虎は馬車を止める。
「こちらはユハナ公爵邸にございます。お約束がご」
「私だ」
「グラード卿?領地へお戻りになったのでは」
「一旦戻り流行病に耐性のある使用人を連れて来た」
「そうでしたか。失礼をいたしました」
馬車が止まったことに気付いたグラードが窓から顔を出し、天虎に話しかけていた門番に伝える。
「ユハナ公には先触れを送ったのだが」
「私の方にはまだ」
「それはおかしいな」
支度をする前にユハナ邸には先触れを出した。
少なくとも二時間以上は経っているから通信士が気付いているだろうに。
「戻ることは話してあるから直接会って本人に確認しよう。慌ただしくて確認する暇がなかったのかもしれない」
「承知いたしました。開門いたします」
朝まで居たグラードが戻って来ただけだからあっさり。
門番たちは立派な黒馬と馬車だなと思いつつ開いた門を通る馬車を見送った。
広い庭園を走り到着したのは巨大な屋敷。
門番から一族が再訪したことを聞いた執事や使用人が出迎えに出て来ていた。
「グラード卿」
「ん?家令はどうした」
「それが」
身分の高いソレイユ公爵家の次期当主が来たのだから、本来なら出迎えるのは家令の役目。
でも出迎えたのが執事だったことに首を傾げたグラードの元に執事は近寄り耳打ちする。
「ユハナ公も?」
グラードのその一言でみんな察する。
ユハナ公も流行病にかかってしまったのだと。
昨日から咳をしていたことは聞いていたから。
「先触れを確認していないのはそれが理由か」
「申し訳ございません。教会への伝達で慌ただしく」
「いや。そういう理由ならそちらを優先して当然だ」
話を聞いたグラードは納得する。
本来なら届いた伝達は通信士から家令や執事に伝えられユハナ公爵の耳に入ることになるけれど、通信士も流行病にかかって人数が減っている今はみんなが教会への伝達に追われていて、届いた伝達を確認している余裕がないのだと。
「それで聖者や聖女は派遣されるのか?」
「聖者や聖女も足りず通常なら数週間後になると」
「早く来て欲しければ金を積めと?三大公を愚弄するか」
通常ならという言葉で察したグラードは怒りを滲ませる。
人々の命がかかった緊急時に足元を見る金の亡者が。
「怒りは後にしろ。無能な聖女や聖者など必要ない」
みんなが降りたことを確認した天虎はブランシュを抱き上げるとインベントリに馬車を仕舞いグラードへ声をかける。
「屋敷の主人も流行病に罹ったのだろう?」
「はい。咳をしていたのでもしやと思いましたが」
「容態は?」
「熱が高く、今は意識がないそうです」
それを聞いた天虎は溜息をつく。
今時代の教会は生死を彷徨う患者より金が大事なのかと。
「重体の主人は私が治療するから案内しろ。夫人や少年や使用人は手分けして、屋敷の使用人にこの瓶の中身を摂取させろ。既に感染している者はもちろん、していない者にもだ」
「承知いたしました」
インベントリを再び開いた天虎が出したのはアベイユの蜜がたっぷり入った大瓶が五つ。
光の一族にとっては連れて来た使用人も含め普段から摂取しているものだから説明は必要ない。
「こちらの御仁は」
「生死を彷徨っていた父の命を救ってくださった恩人だ。今回も危機を知り同行してくださって、後ほどベランジェ領にも行く予定になっている。彼に任せれば心配は要らない」
「貴方さまが。ありがとうございます」
為す術のなかったソレイユ公の命を救った人物が居る。
ユハナ公爵からその話を聞いていた執事は、『この方ならきっと救ってくださる』と両手を組み感謝を伝える。
「私も同行する。ユハナ公の寝室へ案内を」
「承知いたしました」
治療とはいえ見知らぬ人物を一人で公爵の寝室へ行かせることは出来ず顔見知りの自分も同行することを伝えたグラードは、ヴァルフレードやベルタに後の指揮は頼み天虎とブランシュを連れユハナ公爵の寝室へ向かった。
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