異世界で猫に拾われたので

REON

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chapter.3

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翌日の早朝。
ユハナ邸の庭園にはユハナ公爵とライノと家令と執事、そして光の一族と数名の使用人が集まっていた。

「ブランシュさま、ご無理はなさらないでくださいね」
『ディアちゃんたちも無理せず休憩をとるようにしてね。それから渡したお茶やお菓子も忘れず食べてね』
「はい。ありがとうございます」

互いを心配するクラウディアとブランシュ。
光の一族の中から祖父のミケーレが行っているベランジェ領に行くのは、ヴァルフレードと数名の使用人。
グラードとベルタとクラウディアはユハナ領に残り手伝いをするから、ブランシュは起きてすぐ簡単な菓子を作って茶葉と一緒に渡した。

「気をつけてな」
「父上も」

ユハナ一族の中から行くのはライノと執事。
昨日治療を受けたばかりのユハナ領はまだ復活した訳ではないから、領主のユハナ公の代理で嫡男のライノが行く。

「話は終わったか?」
「はい。お時間を頂戴して申し訳ありません」
「構わない」

ブランシュを抱き上げた天虎がユハナ公に軽く答えて指を鳴らすと庭園の地面に魔法陣が広がる。

「行く者だけ魔法陣に入れ」
「はい」

ライノと執事とヴァルフレードと数名の使用人。
天虎とブランシュも加えた数十名は一瞬で姿を消した。

「国家すら揺るがす貴重なポータルの存在が霞むな」
「ええ」

ヒトの子にとってポータルは時に戦争にすら発展することもある重要な移動手段だけれど、神の天虎には不要なもの。
魔法一つで容易く移動できてしまうのだから。
苦笑するユハナ公にグラードも苦笑しながら答えた。


到着したのはベランジェ公爵邸の裏手にある湖。
前日グラードから伝達を受け取っていた祖父のミケーレとベランジェ公とルイの前に魔法陣が描かれ、その上に数十名が姿を現した。

「お初にお目にかかります。ベランジェ公爵家が当主、エリク・フォン・ベランジェと申します」
「嫡男のルイ・フォン・ベランジェと申します」

その場に跪き天虎へ敬意を表すベランジェ公とルイ。
ルイはまだ天虎の正体を知らないけれど、ベランジェ公は既にミケーレから天虎神だということを聞かされていた。

「私のことはブランと呼べ。娘はブランシュだ」
「光栄にございます」

皇帝以外に跪く必要がない三大公の一人の父が跪く相手。
ルイはそこに疑問を持ったものの、余計なことを聞くことはせず深く頭を下げている。

「二人とも立て。私に跪く必要はない」

そう言われて顔をあげたルイ。
真っ白な髪と金色の瞳をした天虎と、天虎の腕に抱かれているブランシュの容姿を見て『この方が父君か』と気付く。
兄妹と言われた方が納得のいく若さだけれど。

「少年。ブランシュに贈り物をしたのはお前か?」
「贈り物?ですか?」
「ペンだ」

ああ、万年筆のことか。
ペンと言われて気付いたルイ。

「贈り物というほどの物ではございません。文字で会話が出来るよう私が持っていた万年筆をお渡ししただけですので」

他の人とも会話が出来るよう私物をそのままあげただけ。
ブランシュに自分の物を持っていてほしいという身勝手な私欲もあったのだから、相手の為に選んだ贈り物ではない。

「そうか。だが私の娘に贈り物をしたことには変わりない。その礼をするために来た」

正直に答えたルイに天虎はくすりと笑う。
表の顔と裏の顔を使い分けるライノとはまた違って、この少年の方は世渡り下手な正直者なのかと。
どちらも清い魂という部分は同じだけれど。

『ねえ天虎さん。身体が重い。それに湖が黒くて怖い』
【ここは瘴気が濃いからな。具合が悪いか?】
『身体は重いだけだから大丈夫。でもあの湖はイヤ』

湖が黒く見えるほどの瘴気。
清浄の祝い子のブランシュには嘸かし不快な場所だろう。

『ブランシュ。君にはあの湖が黒く見えているのか?』
『ライノお兄さんには見えないの?』
『私は普通の湖に見える。空気は悪いと感じるけど』

ライノの目には普通の湖にしか見えない。
ただ、着いた時から不思議とこの場所に居たくないと思うような不快感があるけれど。

『ヴァルお兄さんとお兄さんのお祖父さんは?』
『寒気はしますが、湖の色は透明に見えています』
『私も同じく』

祖父のミケーレとヴァルフレードの目にも普通の湖。
本人たちは無自覚ではあるものの、光の一族の二人は災いを含んだ瘴気を拒んでいるから寒気がしている。

『あんなに真っ黒なのに』

ミケーレやヴァルフレードやライノがブランシュと無言で顔を見合わせている姿を不思議に思うベランジェ公とルイ。

【エリクと言ったか。この湖は誰でも来れるのか?】
「え?」

頭に直接響いた天虎の声。
聞かれたベランジェ公はもちろんルイにも聞こえて驚いた二人はバッと天虎を見る。

【私の念話という能力だ。声を出さずとも会話できる】
「それは固有能力ですか?それとも魔法ですか?」

目を輝かせるベランジェ公。
ヒトの子にはない能力に興味津々で天虎へ質問する。

『ベランジェ公。落ち着け』
「ソレイユ公も念話が使えるのですか」
『だから落ち着けと言っている。念話を繋いで貰った者同士は言葉にしなくとも伝えられるようになるというだけで、私にそのような特別な能力はない』

詰め寄るベランジェ公を押し返し距離をとるミケーレ。
この国で唯一の大魔道士のベランジェ公は珍しい能力や魔法に目がないから困る。

『私の声も聞こえますか?』
『聞こえている。が、落ち着け』
『凄い』

感動するベランジェ公に眉根を押さえるルイ。
また父上の暴走が始まった。

「御無礼をいたしました。父は珍しい能力や魔法のことになるとこのように我を忘れてしまいまして。嫡男の私が代理でお答えさせていただきますと、この湖はベランジェ公爵家の敷地内にあるため一般には解放されておりません」

天虎に謝罪しつつベランジェ公に代わって答えたルイ。
私にはブランシュの父君に失礼がないよう言っていたのに、自分が無礼なことをするのだから困ったものだ。

「大変な御無礼を。申し訳ございません」

ルイが謝罪してハッとしたベランジェ公も謝罪する。
天虎神を前になんという失態を。

【そんなに珍しい能力や魔法に興味があるのか】
「能力や魔法の研究が私の唯一の趣味と申しますか」

そう答えたベランジェ公にふっと笑った天虎。
だからこの者は聖印が刻まれなくなった今時代のヒトの子の中でも能力が高いのかと納得した。

『楽しいお父さんだね』

くすくす笑いと幼い声が聞こえたルイは顔を上げる。

「今のはブランシュの声か?」
『うん。念話ならルイお兄さんとも書かずに話せるよ』

愛らしいブランシュの声。
容姿に相応しく、透き通った美しい声。

「ブランシュの声が聞けて嬉しい」
『私もルイお兄さんと会話ができて嬉しい』

少し照れながら答えたブランシュにルイは微笑む。
文字と声で交わす会話もそれはそれで良かったけれど、ブランシュの声が聞けたことは嬉しい。

【ブランシュ。湖の浄化をしてみるか?】
『私が?』
【湖を黒く染めている瘴気は祝い子の災いだ】
「……祝い子の災い?」

天虎とブランシュの会話を聞いていたみんなが驚く中、ミケーレが疑問を洩らす。

【数ヶ月以内にこの湖へ足を運んだ部外者は居ないか?】
「部外者ということでしたら隣国の姫……まさか」
【数日ほど滞在したか?】
「帝都へ向かう際の宿泊地として二日ほど」
【少年の領もそうか】
「はい。急ぐ理由があったのか一泊ですが、帰る際に」

ベランジェ公とライノに聞きやはりと溜息をつく天虎。
だから姫がすぐに帰った(天虎が帝都へ送り返した)ソレイユ領よりユハナ領やベランジェ領の瘴気が濃いのだと。

【今回熱病が大流行したのは隣国の姫の瘴気が原因だ】
「グルナ姫の瘴気?」
【ああ。あの姫の瘴気によって熱病の元となる菌が変異した。ただ、本人は無自覚だ。何もせずとも神の子と称えられてきたあの姫は、自分の祝い子の能力がどのようなものか知らない。信仰という支配能力を持つ自分が何かを強く欲するほど、負の感情を昂らせるほど瘴気を生み災いの種となることを】

何かしらの負の感情が災いの種になってしまっただけで、本人は自分が災いの種を撒き散らしたことを知らない。
知らずばら撒くからこそ厄介なのだけれど。

【帝都、ソレイユ領、ユハナ領、ベランジェ領と四ヶ所の瘴気を確認したが、同じ帝都や領の中でも瘴気の濃さが違うのは、隣国の祝い子が直接足を運んだ場所と運んでいない場所の違いだろう。その他にも滞在時間の長さ、どれほど負の感情を抱いたかも瘴気の広がりに関係していると思われる】

それを聞いてミケーレとベランジェ公は顔を見合わせる。

「それは確かなのでしょうか」
【私は神だぞ?祝い子の災いか自然の災いか分かる】
「神?」
【お前たちヒトの子が天虎神と呼んでいるのが私だ】

正体を知ったルイは驚き父親のベランジェ公やライノやヴァルフレードの顔を確認する。

「みんな知っていたのか」
「私や父上が知ったのも昨日だ。治療に来てくださり初めてお会いして正体をお聞かせいただいた。ご本人が明かさない限り私たちの口から神の正体を明かすことはできない」
「それもそうか」

ライノの返事を聞いて『確かにな』と納得したルイ。
神の正体を軽々しく明かしていいはずもない。

「父上は知っていたのですね」
「当主の私が知らなければ何かと困るだろう?グラード卿が天虎神から許可を得た上でソレイユ公が話してくださった」
「ベランジェ公に隠すのは難しいと分かっていたのでな」

ルイに答えたベランジェ公とミケーレ。
天虎神だとは分からなくともヒトではないと気付く。
それに領主のベランジェ公が正体を知っていた方が天虎も正体を偽る必要や能力を隠す必要がないということもあって、天虎本人に許可を得た上で事前に説明をしておいた。

「失礼のないようにと言ったのはそれが理由でしたか」
「ああ。私の口からは話せなくてすまなかった」
「いえ。正体を知りながらも珍しい能力に夢中で無礼を働いたことに対しては如何なものかと思いますが」

ルイからチクリと言われてウッとなるベランジェ公。
その通りでぐうの音も出ない。
親子のそんな会話にブランシュはくすくす笑う。

【本来、神の私はヒトの子がどうなろうと手を貸すことはしない。だが、娘が貰った贈り物の分の礼はする。それにお前はその前にもブランシュを心配してくれたと聞いている】

ブランシュを心配した少年だから。
ブランシュに贈り物をした少年だから。
ブランシュが少年たちを助けたいと思っているから。
その理由がなければここに来ていない。

「……娘ということはブランシュも神の子なのか?」
『ううん。私はルイお兄さんたちと同じヒトの子だよ。両親から捨てられた私を拾ってくれたのが天虎さんなの』

ハッと気付いたルイにブランシュは首を横に振る。

「捨てられた?」
『私が呪い子だったから』
「「呪い子!?」」

ブランシュに関しては何も聞かされていなかったベランジェ公も一緒に驚く。

『十歳の誕生日に蔓が解けなかったから、天虎さんの湖まで運ばれて火をつけられたの。この家から呪い子が出たなんて恥でしかないって父親が言ってるのを蔓の卵の中で聞いてた』

顔も見たことのない父親。
でも家族の声は覚えていたから父親の言葉で間違いない。

『気味が悪かったらごめんなさい。その時は近寄らないようにするから』

物語を思い出した今はもう自分を災いを齎す呪い子だとは思っていないけれど、伝承を信じて生きてきたヒトがどう思うかはまた別だと分かっているブランシュは、ベランジェ公やルイにそう話して謝る。

「呪い子とか。くだらない」
「ああ。そんな理由で我が子を捨てるとは愚かな」

呆れるルイとベランジェ公にブランシュはきょとん。

「祝い子さま」
『ブランシュでいいよ』
「ではお言葉に甘えてお名前で」

名前で呼ぶことを許されたベランジェ公は軽く頭を下げ感謝を伝えると、再び顔を上げブランシュと目を合わせる。

「ブランシュさま。私どもベランジェ一族は祝い子の伝承を信じておりません。祝い子が存在するという事実以外は真偽不明な噂話だと。実際にあの伝承は矛盾だらけですからね。祝福の子が存在するだけで人々に幸福を齎してくれるというのが事実なら、なぜ祝福の子が居る隣国にも不幸な者が居るのか」

矛盾だらけの伝承など信じる価値もない。
隣国に不幸な者が存在しなければ多少は信じただろうけれど、実際には祝福の子が居る隣国にも祝福の子が居ないこの帝国と同じく不幸な者が居るのだから、信用するに値しない。

「ブランシュさまが祝い子というのが事実ならば尚のこと、伝承などくだらない戯言に過ぎないと確信いたしました。呪い子は見るに耐えない醜い容姿をしているのは嘘。存在するだけで人々に災いを齎すという話も嘘。精霊と言われたら信じてしまいそうな美しい容姿のブランシュさまのどこが醜いのか。今のところ何一つ災いを齎されてもいない」

むしろ伝承は偽りだったと確証を得られた。
神の天虎神が娘と呼び寵愛している美しい少女が人々に災いを齎す醜い存在など有り得ないこと。

ベランジェ公の話を聞いて笑う天虎。
本気でそう思っていることが神の天虎には分かるから。
この青年は今まで一族が疑ってきた伝承が誤りだったことを確信できて晴れやかな気分になっている。

【ブランシュ。この者たちの言葉は信用していい。少なくとも二人は祝い子の伝承を一切信用していない】

天虎から言われてブランシュは嬉しそうに笑顔を浮かべる。
二人は自分と出会う前から祝い子の伝承を信じていなかったのだから、少なくとも呪い子だからという理由で自分が嫌われることはないんだと安心できて。

【さあ、湖の浄化を。このままでは身体に悪い】
『私に出来るかな。とっても広い湖だけど』
【気負いせずいつも通りやれ。ブランシュなら出来る】
『分かった。頑張ってみる』

湖の傍に近付いた天虎はブランシュを地面におろす。

【しっかり見ておけ。ヒトの子が呪い子と忌み嫌い捨てたブランシュが齎す本物の祝福というものがどのようなものか】

ブランシュ以外にそう伝えた天虎。
ヒトの子が如何に愚かなことをしていたのか、改めて自分の目で見て知るといい。

ブランシュが黒く染まった広い湖を見て瞼を閉じると花の香りがする心地よい風がふわりと吹く。
清らかな魂のブランシュの魔力に惹かれて湖の上や湖畔にはたくさんの妖精たちが姿を現し、湖が綺麗になるよう真剣に祈るブランシュの後ろには全ての大精霊が顕現した。

風に乗り空を舞い踊る色とりどりの花々。
巨大な大精霊に見守られるブランシュの神々しい後ろ姿。
美しいその光景に一人として言葉を紡ぐことが出来ない。

【神々や大精霊から愛される清らかな魂のブランシュは、ヒトの子の中で唯一大自然の穢れを清めることの出来る特別な能力を授かった清浄の祝い子。万物を創造した主神がヒトの子に与えた最大の慈悲である清浄の祝い子を、愚かにもお前たちヒトの子は呪い子と忌み嫌って捨てたのだ】

愚かなヒトの子。
この者たちがブランシュに何かをした訳ではないけれど、ブランシュを捨てた両親と同じヒトの子には違いない。

【世界を形成する神と大自然を司る大精霊や妖精が清浄の祝い子の成長を見守り寵愛するのも当然だと思わないか?ブランシュは主神が初めて加護を授けたヒトの子なのだから】

万物の創造主の加護を授かったヒトの子。
世界が誕生してから永久とも思える刻が経ったけれど、主神の加護を授かったヒトの子は今まで居なかった。

「……祝い子さまが主神の加護を」

呟いたのはヴァルフレード。
初めて会った時にブランシュの瞳孔に見えた球体と、その球体を守るよう囲んだ翼の模様は主神の聖印だったのかと。
聖印が表しているのは恐らく世界で、見えたものを家族にすら言わないよう口止めされた理由が理解できた。

【ブランシュは自分が主神の加護を授かっていることを知らない。身を守れるだけの力と受け入れる強い心を持つまで教えるつもりもない。幼い今はまだ重すぎる真実だろうからな】

十歳のブランシュには重すぎる真実。
まだ教える時ではない。

『なぜ私たちにそれを?天虎神を信仰するソレイユ一族ならまだしも、ベランジェの私やルイ、ユハナのライノは、天虎神を神だと思いはしても信仰していた訳ではありません』

天虎は魔物ではなく神。
そう思っているし感謝もしているけれど、ソレイユ一族のように毎日天虎神へ祈りを捧げている献身な信徒ではない。

【私を信仰しているかは関係ない。少しでもブランシュを嫌う心があるかどうか、ブランシュを利用しようとする心があるかどうか。お前たちにはその心がないから話した】

ベランジェ公に答えた天虎。
この者たちは祝い子と知る前にも知った後にもブランシュを悪巧みに利用しようとする心が芽生えなかった。

【私も含む神々や大精霊にとってブランシュは何よりも愛おしい大切な娘だ。傷付くことがないよう大切に育てたい。だが、ヒトの子のブランシュからヒトの子らしさを奪ってしまうこともしたくない。そのためには悪い心を抱いていないヒトの子と交流をさせる時間も必要だ】

ヒトの子から引き離せばブランシュはヒトらしさを失う。
神の私が拾ったことでヒトらしさを失ってしまうのでは、ヒトの子として誕生した意味がなくなってしまう。

【それにお前たちに悪い心が芽生えた時には滅ぼせばいいだけの話だからな。神々や大精霊の怒りを買って加護を奪われたヒトの子に待つのは破滅だけだ】

フッと笑った天虎がブランシュの肩を叩くと今まで舞い散っていた花々は跡形もなく消え、大精霊たちも姿を消した。

『一応透明にはなったみたいだけど……浄化できてる?』
【ああ。よくやった。さすが私の自慢の娘だ】

天虎に抱き上げられて褒められたブランシュは少し恥ずかしそうにしながらも嬉しそうに笑顔を零す。
広い湖を自分が綺麗に出来るか不安だったけれど、上手くいったようで安心した。

「祝い子さま、お身体は大丈夫ですか?」
「魔力を使い過ぎたのでは?」
『ううん。精霊さんたちに力を借りたから大丈夫』

精霊どころか大精霊だったけれど。
それはもちろん口にはせず、ヴァルフレードとミケーレはブランシュが倒れてしまわなかったことにホッとした。

【次は私の出番だな。少年、ブランシュを頼む】
「はい」
【下がっていてくれ】
「承知しました」

両手を広げたブランシュをヴァルフレードが抱いて下がったことを確認した天虎は湖の上を歩いて行き元の姿に戻る。

「あれが天虎神の実の御姿か。なんとも神々しい」
「光を纏っていて美しいですね」

魔物のようで魔物ではない姿。
天虎の実の姿を初めて見たベランジェ公とルイは、しなやかで力強く美しい体躯を見て恐怖と神々しさを同時に抱く。

『元の姿の天虎さんもかっこいいでしょ?』
「ああ。かっこいいな」

なぜか自慢げなブランシュにルイたちはくすりと笑う。
ブランシュの方も天虎神が大好きだということは伝わった。

【熱病に蝕まれたこの地とヒトの子へ神の聖寵を与える】

空に描かれた巨大な魔法陣。
そこから巨大な光の剣が出現して湖と大地に突き刺さる。

『綺麗』
「天虎さまの魔力を感じる」

目に見えているのはブランシュだけ。
見えずとも魔力を感じているのはヴァルフレードだけ。
他の人には湖に立っている天虎の姿しか見えていない。

「ブランシュには何か見えているんだね」
『うん。お空の綺麗な模様から大きな剣が出てきて、今は湖の中に突き刺さってる。重かった身体も楽になってきた』

ライノに説明するブランシュ。
空の綺麗な模様というのは魔法陣だろうか。
転移の際には魔法陣が見えたけれど、今回は見えない。

「私には見えなくて残念だ」
『天虎さんが使ってるのは神聖魔法だから祝い子の私には見えてるけど、みんなにはわざと見えないようにしてるんだと思うよ?何も知らない人が見たら怖がるだろうから』
「なるほど。確かに驚くどころの話では済まないか」

騒ぎにならないよう隠していると聞けば納得。
見てしまった人がパニックにならないよう天虎の気遣い。

「神のみが使える神聖魔法を私も見てみたかった」
「少なくとも父上には見えなくて正解だと思います。また我を忘れ天虎神へ詰め寄り質問攻めにするでしょうから」
「冷たいな、ルイは」
「私には失礼のないよう注意をしておきながら自分が無礼なことをするのはやめてください」

心から悔しがっているベランジェ公と呆れた様子のルイの会話でみんなは笑う。

『見せてってお願いすれば見せてくれるよ。多分』
「絶対ではないのですね」
『天虎さんは気まぐれだから』

喜ばせて落とされたベランジェ公はガッカリ。
それを見てブランシュは苦笑する。
見せる相手や気分次第だから断言は出来ない。

『私がお願いしてみる?』
「いえ。ブランシュさまのお気持ちは嬉しいですが、いつか信頼して貰うことが出来たら自分でお願いしてみます」
『そう?』

神聖魔法と聞けば心から見たいと思うけれど、天虎神が溺愛している娘に頼んで貰おうとは思わない。
それもブランシュを利用しているとも言えるし、何より自分が卑怯な手段は使いたくない。

「お優しいですね、ブランシュさまは」
『え?』

ニコッと笑ったベランジェ公と目が合ったブランシュは今更ながらハッとしてヴァルフレードの肩に顔を埋める。

「ああ、近かったですね。怖がらせてすみません」
『ち、違うの。普通に話してごめんなさい』
「はい?」
『ルイお兄さんのお父さんも貴族の偉い人なんでしょう?私は貴族じゃないのに気安く話してごめんなさい』

え?神々から寵愛を受けている祝い子がそれを言うのか。
この星の誰よりも尊い存在の祝い子が。

「私の娘になってパパと呼んでくれませんか?」
『え?パパ?』
「父上、何を言っているんですか」
「私に冷たい子供たちにはない謙虚さが愛らしい」
「だからと言って突然おかしな事を言わないでください」

ベランジェ公を咎めるルイときょとんとするブランシュ。

「ごめんブランシュ。父上は変わり者なんだ」
『そ、そうなんだ』
「冗談だから許してほしい。驚かせてすまない」
『ううん。大丈夫。楽しいお父さんだね』
「本気だったのに」
『え?』
「ブランシュを困らせないでください」

怒るルイと怒られるベランジェ公を見てオロオロしているブランシュの姿にみんなは苦笑した。

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