異世界で猫に拾われたので

REON

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chapter.4

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ヴァルフレードとルイとアイナとミレーラがライノとブランシュの後ろで見守る中、マルタ夫人の弁明は続く。

「ライノもワタクシの大切な息子よ?体質が原因で辛い思いをしていると知りながらそれを利用するなんてあり得ないわ」

引き攣った表情で息継ぎを忘れたのかと思うほど早口に弁明するマルタ夫人の姿は哀れ。

「もう弁明は結構です。嘘ばかりの夫人の言葉は何一つ信用できませんので。二度と私たちに近付かないでください」

聞くだけ時間の無駄。
むしろこちらのメンタルがやられるだけ。
色々仕出かしたことの処分は父上が決めることで、後は私たちに近付かなければそれでいい。

「行こう。付き合わせてすまなかった」
「ああ」

ブランシュを抱っこしたまま踵を返したライノに答えて、ヴァルフレードとルイとアイナとミレーラも歩き出す。
夫人の反応でライノが言ったことが図星だったことは察せたから、最低の母親だと思いながら。

「待って、ライノ。話を聞いて?」
「付いて来ないでください」

後を追いかけ話しかけてくるマルタ夫人。
このまま行かせてはユハナ公に報告されると分かっているから誤解を解こうと必死だ。

「なぜ疑うの?貴方が乳母ナニーから夜這いされた時もワタクシは」
「黙れっ!」

ハッとして足を止めたライノの怒声と同時に廊下が凍る。
ユハナの中でも極一部の者しか知らず緘口令も敷かれているそれを人前で喋ったマルタ夫人への怒りで。

「…………」

乳母ナニーから夜這いされた?
一瞬で凍った廊下のことよりも、確かに聞こえたその内容にヴァルフレードとアイナとミレーラは愕然とする。

「なぜそれを話した!」
「わざとではないの!うっかり」
「ふざけるなっ!」
「「ライノ!」」

ライノの激しい怒りを表すように風雪が吹き荒れ始め、凍った床からは氷塊が突き出し天井には氷柱が垂れ下がる。
それを見てヴァルフレードとルイはライノの肩を掴み、アイナとミレーラもすぐさま火属性の魔法を使い気温をあげる。

「駄目!溶かせない!」
ワタクシたちでは無理ですわ!」

二人で火属性魔法を使って気温を上げようと炎で溶かそうと、荒れ狂う風雪に負けてしまう。
それほどにライノの怒りが頂点に達しているということ。

「ライノ!止めるんだ!」
「冷静になれ!」

ヴァルフレードとルイが止めようとしても無駄。
近寄るなと拒絶されているかのように激しい風雪に押されて逆に遠退いてしまう。

そこだけが季節外れの氷の世界。
誰の声も聞こえていないライノの姿を見て、このままでは殺されるとマルタ夫人は腰を抜かす。

「ライノ、落ち着いて?もう怖がらなくていいの。乳母ナニーは、いえ、貴方を襲った者はみんなこの世に居ないのだから」
「お前もその一人だというのにどの口が言う!私を襲った者はこの世に居ないと言うならお前も死ね!今すぐに死ね!」

怒りと悲しみで涙をこぼすライノ。
皮肉にも色あせることなく記憶に残るあの日の情景がマルタ夫人を見るだけで鮮明に思い出されて。
今まで堪えてきた感情の糸が切れマルタ夫人に向けてかざしたその手から放たれたのは、先の尖った数十本の氷柱。

『ライノお兄さん!』

我を忘れたライノをブランシュが強く抱き締めるとリュミエールが顕現して夫人を貫く直前だった氷柱がピタリと止まり、既に鞘から神剣を抜いて走り出していたヴァルフレードと影から現れたデスティネと闇の精霊がその氷柱を砕く。

「お前たち、よく耐えた」

涙のこぼれ落ちる目を大きな手で塞がれ意識を失ったライノの身体ごとブランシュを抱き留めたのは天虎。

「間に合って良かった」

そう言ったのはベランジェ公。
マルタ夫人を護るように張られていた防壁が消え、廊下を氷点下に変えていた氷もベランジェ公の炎で溶かされた。

「マルタ。どういうことだ」
「あ、あなた」

ベランジェ公と二人で歩いて来たユハナ公は、腰が抜けて床に座り込んでいるマルタ夫人を見下ろして問う。

「ら、ライノが魔法を暴走させて」
「そのようなことは聞いていない!」

ユハナ公から怒声を浴びせられたマルタ夫人はビクリと身体を震わせる。

「ライノの話は事実なのか?お前も手を出したのか?」
「誤解よ。ワタクシがそのようなことをするはずがないでしょう?ライノが乳母ナニーから夜這いされて魔法を暴走させた時も、召使いや従僕や護衛から寝込みを襲われた時にも、ワタクシが心配してお見舞いに来たことは貴方も知っているはずよ?」

身振り手振りしながら早口でペラペラ話すマルタ夫人。
それを聞いてマルタ夫人とユハナ公以外の者はみんな天虎の腕の中で気を失ったままのライノを見る。

「本人から聞いていたが、改めて聞くと酷いものだな」
「ご存知だったのですか?」
「ああ。五の歳で世話役たちが風呂や着替えでもないのに身体を触ることに疑問を抱いたことも、六の歳で異常さに気付き一人になれる書庫へ籠るようになったことも、七の歳で深夜に目覚めたら乳母から上に乗られていたことも、十の歳で義母から行動を封じる薬を盛られ襲われたことも。乳母の際は最後まで至らず済んだが、義母の際は既に精通後で最後までともな」

ベランジェ公に聞かれて天虎が語った詳細にみんなは深く眉を顰め、ライノと同性で歳も一つしか変わらないヴァルフレードは強い嫌悪感に吐き気を催し口元を押さえる。
一つしか歳が変わらず一緒に成長してきたとも言える関係性だからこそ、自分に置き換えてしまって。

「嘘よ!ライノが嘘を言ったのですわ!ワタクシは」
「醜いな。お前は魂までも醜い」

言葉を遮った天虎は座らせたブランシュの膝にライノの頭を置いて寝かせると、マルタ夫人の前に行って首を掴む。

「ユハナの少年は薬を盛られ抵抗できない中で見たその時の情景を今でも覚えていて、お前を見るだけで虫唾が走ると言っていた。自分にとってこの世は苦行だともな。お前は今の私の娘と同じ十の歳の少年を殺したんだ。傍に居る者たちから徐々に壊され、遂には母と付く関係性のお前にトドメを刺され殺された。心を壊されヒトを心から信用できなくなったユハナの少年はこの先も、十の歳で見た情景に苦しみ続けるだろう」

少年は十の歳に死んだ。
母が居たことのない少年の前に現れた義母から殺された。
まだ年端もいかない性の経験もない少年が、性被害という肉体も心も殺される手段で。

「……ライノはなぜ私に言ってくれなかったのか」
「その日が弟妹の誕生日だったからだ。私もなぜ父のお前に言わないのかと聞いたが、自分たちの誕生日に母親が罪を犯したことを知れば誕生日を喜べなくなるだろうからと」

それを聞いてユハナ公は眉間に深く皺を刻む。
マルタ夫人がリーサとセリノの誕生日を悪巧みに利用したのは今日だけではなかったことと、まだ十歳だったライノを傷物にされた怒りと、そのようなことが起きていたのに気付かなかった自分の不甲斐なさに怒りを覚えて。

『ライノお兄さん』
「……ブランシュ」

話し声で目覚めたライノの目に映ったのは、自分を上から見下ろしているブランシュの姿。

「どうした?なぜ泣いているんだ?」

自分の顔にポタリと落ちた雫が涙だと気付いたライノは、ブランシュの顔に手を伸ばして指で涙を拭う。

「目が覚めたようだな」
「て……ブランさま」

覗き込んだ顔を見て一瞬と言いかけたライノは気を失う前の状況を思い出し、の名で呼んで身体を起こす。
ブランシュが泣いているのは自分の所為かと思いながら。

「何が起きたか覚えているか?」
「はい。怒りで我を忘れて魔法を暴走させました」

と言っても何をしたかは覚えている。
自分が夫人を殺そうとしていたことを。

「ここに居るということは、父上やベランジェ公も私が夫人を殺そうとしたことをご存知なのですよね?その理由も」
「お前が自分で夫人へ言ったことを聞いていたからな。そのあと私もお前から聞かされていたことをみなに話した」
「そうですか」

クラウディアとリーサとセリノを連れ戻ってきたベルタ夫人から話を聞いてここへ着いたタイミングが、ライノが夫人に怒声を浴びせながら殺そうとしていた時だったから。

「ライノ」
「父上、すみません。私は夫人を殺すつもりでした」

私には憎い人でも父にとっては妻で、弟妹にとっては母。
三大公爵家のユハナ公爵夫人を私は殺そうとした。
父のユハナ公が言葉を続けるよりも早くライノは自分の口から正直に話す。

「公爵夫人を殺そうとしたのですから罰は受けます」

公爵家の後継者にはセリノが居る。
大事にはならないよう、あとはひっそりと私の存在を消してくれればいいだけだ。

「平然と話しているが、死にたい願望があるのか?」
「父上が決める処分次第では死にますね。くだされる判断に私自身が生きたいか死にたいかは関係ありません」

天虎に答えてライノはフッと笑う。

「思い返すと生きたいと思ったことはありませんでした。考えずとも毎日目覚めるから生きているというだけで」
「死にたいと思ったことは?」
「それは幾度も。嫌なことが起きている最中も、その時の情景を悪夢で見た日の朝も、不意に思い出した時も」

とは思わなくともとは思う。
あまりにも多過ぎて何度思ったのか覚えていないけれど。

「私が記憶を消してやろうか。お前の辛い記憶も含め、ここに居る者が二度とを思い出さないように」

それが神の天虎の慈悲と受け取ったライノは泣くのを堪えているような笑みを浮かべる。

「私自身が乗り越えなくてはならないことですから」

辛い経験の記憶を消して貰えば楽になれるのは分かっているけれど、それは私が乗り越えなくてはならないこと。
ヒトはみんなそうして生きているのだから、私だけがその慈悲には甘えられない。

「では自分で乗り越えろ。ただ、どうしても死にたくなった時は言え。縁を持ったよしみで私が冥府へ送ってやる」
「ありがとうございます」

神の手で冥府に送って貰えるとは贅沢な幕引きだ。
言いながら立ち上がった天虎の背中に向かって笑ったライノは感謝を伝えた。

「ユハナの少年の願い通りお前たちの記憶は消さない。あとは父親のお前がどう判断するかだ。そのために話した」

軽くマルタ夫人に目をやった天虎はユハナ公を見て問う。

「ライノ、ワタクシは許すわ。貴方の母ですもの」
「……許す?」
「聖者さまに作り話を聞かせたことを許します。貴方のことをよく知りもせず魅了されて近付いてくる迷惑な人の所為で孤独だから、辛い経験をしたなんて作り話をして気を引きたかったのよね?安心して?それでもワタクシは貴方を愛しているわ」

何を言っているのか。
この期に及んでまだ私が嘘をついたということにして自分は罪を逃れようというのか?

「いい加減に」

拳を握ったライノの手に小さな手のひらが重なる。

『ライノお兄さんは孤独じゃない!ライノお兄さんにはお父さんや弟さんや妹さんが居るし、私や天虎さんも居るもの!ヴァルお兄さんやディアちゃんやルイお兄さんとも仲良しだし、ヴァルお兄さんのおじいさんやお父さんやお母さんも、ルイお兄さんのお父さんやお姉さんたちだって居るんだから!』

口を動かしても声が出ないことや、念話が繋がっていない夫人には聞こえないことも忘れて珍しく息巻くブランシュ。

『みんな魅了なんてされてなくてもライノお兄さんが大好きなんだから!』

怒りに握りしめた自分の拳を包む小さな手の温もりと必死の訴えにライノの頬を一筋の涙が伝う。

「ブランシュ」

残りの手袋を外した手で頬に手のひらを重ねると、また温もりが伝わりますます涙が溢れ、反対の頬へ口付ける。

「ありがとう、ブランシュ」

どうして君はそんなに優しいのか。
自分がストーリーテラーだという自覚も記憶もないのに。
私が無自覚に守ろうとしているだけだったとしても、それでも構わないと思ってしまう。

「私もブランシュが大好きだよ」

自分よりも小さな身体を抱きしめて落ちる涙。
温かい命に触れて自分が生きていることを知る。
この世にブランシュが居るなら生きたいと思う。

「……どうして」

ライノがわざわざ手袋を外してブランシュを抱きしめているのを見て、震える声を洩らしたのはマルタ夫人。

「どうしてその子には素手で触れられるの?血の繋がったアルトにも母親のワタクシにも、世話をやいているリーサやセリノにすら手袋をしていなければ触れないというのに」

自分の家族すら咄嗟に避けるほど潔癖なライノがなぜ。
人目を憚らず泣いて愛おしそうに口づけ抱きしめる姿など、ライノが見せていい姿ではない。
美しいライノは完璧な姿でなければならないのだから。

「ああ。その子から強要されているのね?ただ治療をしただけで恩着せがましいこと。それが仕事でしょうに、お金の亡者の聖者や聖女は本当に厚かましくて嫌だわ」

勝手に想像して勝手に結論付けたマルタ夫人。
強要されてのことでもなければ、ヒトとの間に壁を作り孤独を望むライノがこのような姿を見せるはずがないと。

「今なら貴女が働いた分の治療費の倍を払って差し上げますから二度とライノに近付かないでちょうだい」

それを聞いてベランジェ公がくつくつ笑う。
何をどのように解釈したらその結論に至れるのかと。
強要されてしたことなら舞台人も顔負けの演技力だし、二度と近付くなもなにも、素手で触れたのも頬に口付けたのも抱きしめたのもライノの方だというのに。

「倍の治療費を払うそうですよ?門閥もんばつ貴族のユハナ公爵家も愚かな第二夫人を迎えた所為で終わりですね。ベランジェ公爵家とソレイユ公爵家も廃爵してお金を貸しましょうか?」

神聖魔法や奇跡の料理で病の治療をしてもらっただけでなく、主神の加護を授かった清浄の祝い子からは広大なユハナ領の浄化を、破滅と再生の神からは神聖魔法で病原体自体を滅してもらったのだから、お金に換算すればとてつもない数字になる。
爵位を廃して金銭に換えたところで足りない。

「足りない分はマルタ夫人の命で。姉が自分の命を引き換えに出産したライノを、私の甥を下衆な手段で傷物にした畜生なのですから。それでも夫人を庇い甘い処分にすると言うなら、ベランジェ公爵家はユハナ公爵家に宣戦布告いたします」

そうでなければ納得できない。
私の甥の心を、人生を壊した人物なのだから。
ライノを止めたのは未成年の手を汚させたくなかったことと、発言の真偽を確かめる前だったからで、真実を知った今は粛清以外の処罰を認めない。

ワタクシは何も悪いことなどしておりませんわ!」
「薬を盛ってライノの貞操を奪ったことが悪くないと?」
「ええ!ライノも喜んでますわ!」
「は?」

また早口の言い訳が始まり、怒りを堪えながら聞いたベランジェ公は、マルタ夫人の返事に眉を顰める。

「ライノとワタクシは愛し合っておりますもの!出会った頃からライノがワタクシを女として見ていることに気付いておりましたけど、まだ未成熟でしたから時が経つのを待っていたのです!子を作れる身体になって漸く結ばれたというだけですわ!」

それを聞いてみんなは深く眉を顰める。
本気でそれを言っているのかと。
出会った頃ならまだライノは五・六歳だというのに、その歳の幼い少年が自分を女として見ていたと、本気で。

誰かが問うよりも早く天虎がマルタ夫人の頬を叩く。
ドレスの胸倉を掴み、それはそれは痛そうな乾いた音を左右で二度響かせて。

「何をしますの!」
「ユハナの少年とお前が愛し合っていると?」
「そうですわ!」

胸倉を掴んでいる天虎の手を離せとバシバシ叩きながら語気荒く答えるマルタ夫人。

「真性だな」
「え?」
「一人だけ魅了が打ち消されていないのかと疑ったが、やはりかかっていない。出会った当初の勘違いは魅了にかかってのことだろうが、今は素で少年と愛し合っていると思っている」

真実を知ったライノはうっと短く唸り口を押さえる。
魅了にかかっているものと思っていたから不愉快とだけで耐えられた発言も、素での発言と聞くと気持ちが悪くて。

『大丈夫!?』

背中を丸めたライノの姿を見たブランシュは慌ててポシェットから袋を出すとライノの口元に添えて背中を撫でる。

「離れなさい!貴女が触るから具合が悪くなったのに!」

ライノに駆け寄ろうとしたマルタ夫人の腕を掴んだ天虎はそのまま持ち上げ空中にぶらりと浮かばせる。
魅了にかかっての妄言でないなら慈悲は不要。
救いのない咎人。

「子供たちは目を閉じていろ」
「お待ちください!」

天虎が何をしようとしているか察して止めたユハナ公。

「あなた!」
「公爵夫人に処罰を下すのは私の役目です。ユハナ公爵家の当主として、子供たちの父として、私がケジメをつけます」

ライノを傷物にしたと知った時から結論は出ていた。
貴族家であれば後継者の嫡男を傷物にした者を許さない。
その貴族の常識を差し引いても、父親として我が子を傷物にした者を許せるはずがない。

「それがいいだろう」

私欲のために子供を利用する母親。
女として義子を愛し貞操を奪ってなおも狙い続ける母親。
それはもう母親ではないただの毒。
子を守りたいのなら夫が妻という毒を喰らえばいい。

ユハナ公が音の鳴らないホイッスルを吹くと天井が開き、顔を隠した男たちが床に飛び降りる。

「あなた!話を聞いて!」
「地下牢へ連れて行け。自害しないよう見張りを」

頭を下げた男たちは夫人の背後に回り込むと眠り薬を吸わせた布で口を塞ぎ、大人しくなったところで肩に担ぐと再び天井へと消えた。

「上手く魔法を使いこなしているな」

天井を見上げながら言った天虎。
足元に風魔法を使って音もなく上下へと自在に。
ヒトの子の可聴域を超えるホイッスルの音を聞きとる聴力も含め、特別な訓練を受けているのだろう。

「ライノ」

ブランシュから受け取った冷たい水を飲んでいたライノの隣にユハナ公も膝をつく。

「今更だと思うだろうが、気付いてやれずすまなかった」
「気付かれないようにしていたのは私ですから」
「そのようなところに己の優秀さを使うな」

そう言われてライノはまだ少し青白い顔でフッと笑う。

「夫人と私が処罰を受けるに至った理由はリーサとセリノの耳には入らないようにしてください。何でも正直に話して聞かせることが正しいとは限りませんから。母と兄を失った二人の悲しみや寂しさは父親の父上が受け止めてあげてください」

家族を失い寂しい思いをさせることにはなるけれど、それでも自分の母や兄が罪を犯して処罰されたと知るよりまし。
真実は闇の中へ。

「ブランシュ?」

立ちふさがるようにユハナ公とライノの間にブランシュが身体を割り込ませてきて、どうしたのかとライノは首を傾げる。

『駄目。ライノお兄さんには何もさせない。お母さんを殺そうとしたのは悪いことだけど、そうしたくなるほどお兄さんの心が限界だったからだもの。弟さんと妹さんを傷付けたくなくて誰にも言わず一人で耐えてきたからだもの。だから駄目』

黄金色の目でユハナ公をまっすぐに見るブランシュ。
その言葉と庇うように立ちふさがる行動に、小さな身体でライノを守っているのかと察したユハナ公は微笑する。

「ご安心ください。ライノを罰するつもりはありません」
『え?』
「ブランシュ嬢含め、みながライノを止めてくれてマルタは無傷でしたから。咎のない者を何の罪で罰しろと言うのか」
『あ、そ、そうなんだ。早とちりしてごめんなさい』
「いいえ。ライノのためにありがとうございます」

大人の前に立ちふさがり身を挺して庇う小さな騎士ナイト
一貫して息子を信じ守ろうとしてくれる人が居ることは、父親として喜ばしい。

「父上。止められたから未遂に終わったというだけで、殺意を持って公爵夫人を攻撃した私を処罰しないというのは」
「ライノ。お前は被害者だ。被害者を処罰しない」

罪のない者の命を奪おうとしたなら処罰している。
幾ら粛清を許された貴族でも命を弄んでいいはずもない。
ただ、今回の場合の被害者はライノ。
自分を害した相手を自らの手で粛清しようとしただけ。

「これは命令だ。当主の私の裁定に従え」
「……はい」

このような時に当主を名乗り命令するとは。
当主から命令されては従う他ないというのに。

つまりは私に『生きろ』ということ。
苦行でしかないこの世界で。
それが私に課された処罰。

ライノはこぼれそうな涙を堪えて笑った。
    
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