貴方の憎しみ譲ってください

REON

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一章

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「あ、そろそろ戻らなきゃ」
「もう?まだチャイム鳴ってないよ?」
「次保体なんです。着替えないと」

話をしながらお菓子を食べてる間にも随分時間が経っていて、空のランチボックスを急いで巾着にしまう。

「明日も来る?」
「え?」
「また優香のお弁当食べたい」
「こら。優香ちゃんにも予定があるの」
「だって」

萌葱さんに怒られて拗ねる青藍君。
そんなにミートボールを気に入ってくれたのかな?

「お邪魔しても良いなら明日はもっと沢山作って来ます」
「「良いの!?」」
「はい。喜んで食べて貰えるのは嬉しいですから」
「やっぱ優香好き!」
「こらこら」

犬が飛びつくように抱きついてきた青藍君を萌葱さんが引っ張って引き離す姿に笑う。

「じゃあまた明日。お菓子ご馳走さまでした」
「絶対だぞ!明日待ってるから!」
「うん。約束」
「私もお菓子用意しとくね」
「楽しみにしてます」

ここまで喜ばれると少し照れくさい。
ついさっき初めて会ったばかりなのに教室へ戻るのが名残惜しいと感じてしまうのだから、この人たちは本当に不思議な人。

「頑張ってね」
「負けるな」
「え?」
「保体頑張ってね」
「ああ、はい。ありがとうございます」

なんの話かと思えば運動を頑張れと言うことだったようで、力強く見送ってくれる2人に手を振る。

「緋色さんもまた明日」

そう声をかけると緋色さんはクロちゃんから顔をあげてコクっと肯いてくれた。


「あ、何年生なのか訊き忘れちゃった」

トントンと階段を降りながら気付いたけど、明日も約束してるのだからその時に訊けば良いかと足取り軽く教室へ戻る。
既に教室には数人の男の子しか居らず私も早く着替えようとスクールバッグを手に取ると違和感がして、まさかと嫌な予感がしながらその場でバッグを開けた。

「……」

スクールバッグの中身は空っぽ。
そこに入ってたはずの体操服がない。
お弁当を出した時には間違いなく入ってたのだから、私がただ忘れてきたのではない。

「やられた」

やることが幼稚。
幼稚ではあるけど、この学校では体操服を忘れるとグラウンドを走らされるから地味に嫌な仕打ちではある。

「濱名まだかかる?俺たちココで着替えるんだけど」
「あ、ごめんね。もう行く」

残っていた男の子たちは教室で着替えるらしく、空っぽのスクールバッグをロッカーにしまう。

「ジャージは?次の授業保体だぞ?」
「忘れちゃったみたい」
「ヤバいじゃん。校庭10周の刑」
「ね。失敗しちゃった」

わざわざ他の人に話したりしない。
余計な火種は黙っておくのが一番。
仕方ない。走りますか。

「濱名。客」
「え?」

話していた男の子とは別の子から呼ばれて振り返ると、教室の入口にはついさっき『また明日』と約束したばかりの緋色さんが立っていた。

「緋色さん。どうしてここに?」

走って行って訊くとスっと何かを差し出される。

「……箸箱!私忘れてましたか?すみません!」

急いでいたから箸箱をしまい忘れていたようで、それをわざわざ届けに来てくれたらしくコクと頷いた緋色さんに何度も頭を下げて謝る。

「濱名。戸締り頼める?」
「あ、うん!私が最後だからやっておく!」
「早く行かないとマラソン追加させられるぞ」
「もう10周は決定してるんだから良いよ。今更1・2周増えても変わらないし」

移動教室の時は最後の人が戸締りをする決まりだから、先に出て行く男の子たちにそう答えて見送った。

「お箸ありがとうございました。明日またミートボール入れてきますね」

またコクと頷いて歩いて行く緋色さんの後ろ姿を見送る。
さすがに校内では止めているのか、緋色さんの肩にクロちゃんは居なかった。

あ、眺めてる場合じゃなかった。
急いで戸締りをしてグラウンドに走る。
クラスメイトの女の子たちはもう集まっていて、何とか間に合ったとホッとした。

「優香、体操服は?」
「もしかして忘れたの?」
「ヤダ。あの恥ずかしい10周しないと駄目じゃん」
「あれ恥ずかしいよね。みんなは授業やってるのに一人で走ってるの」

あなたたちがどこかに持って行ったのね。
そうだとは思ってたけど。
人を見て笑っている七海たちは揃いも揃って意地の悪い顔をしている。

「私の体操服どこにやったの?返して」
「なに言ってるの?知らないけど」
「忘れたのを人のせいにしないでくれる?」
「忘れてない。お弁当を出した時には入ってたもの」
「私たちのせいにしないでよ」

今日は甘んじて走るにしても物は返して欲しい。
母に失くしたなんて言ったら長い長いお説教が始まるから自分のおこずかいで買わないといけないから。

「素直に走りなさいよ」
「男に色目使っ……」
「?」

久美の話が途中のまま5人の視線が私の後ろを見ていることに気づく。

「きゃ」

頭からバフとかぶされて思わず声を洩らし何かとそれを見る。

「……ジャージ?」

かぶされた物がジャージだと分かって振り返ると真後ろに居たのは緋色さんだった。

「緋色さん?こ」
「冬川君じゃない。どうしたの?もうチャイム鳴るわよ?」

私の声に体育教師の駒形先生の声が重なる。

「俺の不注意で彼女の体操服を濡らしてしまって。走るから良いと言われたんですけどそれはさすがに申し訳ないので、今日だけ俺の体操服を貸して授業を受けて貰うのは駄目ですか?」

緋色さんが喋った。
しかも予想以上に低音の落ち着いた声で。

「まあ。そんな理由なら走らせたりしないわよ」
「えっと」
「忘れ物したことないんだから話してくれたら信じたのに」
「……はい」

私が『嘘をついてると思われるから言わないつもりだった』と勘違いしたのか、駒形先生はそう言って苦笑する。

「冬川君のクラス、この後体育は?」
「俺のクラスは午前でした」
「じゃあ借りておきなさい。制服では運動が出来ないから」
「え、でも」
「俺の不注意だから着て。ただ臭かったらごめん」
「良い匂いがします。石鹸みたいな」
「あまり嗅がないで。恥ずかしいから」

緋色さんの返事に駒形先生は笑う。
私はその隣で初めて見る緋色さんの人間らしい表情をジッと見上げていた。

「授業に遅れるので失礼します」
「ありがとね。助かったわ」
「いえ。優香また」
「あ、はい!洗って返します!ありがとうございます!」
「うん。肉で良い」
「肉?……ああ。明日もミートボール作ってきます」

校舎に戻って行く緋色さんは浮世離れしていない普通の男の人だった。

「もしかして冬川君とお付き合いしてるの?」
「え?違います」
「あらそうなの?学年上位同士でお似合いよ?」

クスクス笑いながら小声で話しかける駒形先生に、それはないとハッキリ否定した。
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