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二章
6
しおりを挟むその日は5限で終わり。
休み時間や昼休みも話したものの結局まだ答えは出ないまま。
「このまま行ってお兄さん居るのか?」
「連絡は来てないけど。今から行って平気か訊いてみる」
省吾と話しながらロッカーからバッグを取り制服からスマホを出してお兄さんに『これから伺っても良いですか?』と送る。
「やっと帰れる」
「言うほど真面目に勉強してたように見えなかったけど」
「してたから」
「見る度に寝てたのに?」
「よく見てたな。俺が好きなのか?」
「百年先まで寝てろ」
怠そうな正樹と優弥も後から来て、俺たちと同じくロッカーからスクールバッグを出しながらやんやと言っている。
「居るって」
「じゃあ行くか」
「誰?」
「お兄さん」
「ああ。訊いたんだ?」
「うん」
2人が喧しくしている間にお兄さんから『もう家に居るから大丈夫だよ』と返事が来て、待たせたら悪いから早めに行こうと話して教室を出た。
「牧君」
「なに?」
呼ばれて振り返ると椎名さんが駆け寄って来る。
「話があるんだけど」
「今?明日じゃ駄目?急いでるんだけど」
「急用?」
「うん。急用じゃないならそっちの話は明日にして欲しい」
一分一秒でも早く行きたい。
こうして立ち止まってる時間さえ惜しいと思うほどに。
「今は時期じゃないんじゃないかな。知ってるよね?」
黙っていた椎名さんは優弥からそう言われると教室の中に走って行った。
「なんだ?」
「大事な話があったんだろ」
「今日中の用件なら話せば良いのに」
「今日中って言うか、ずっと?」
「ずっと?」
「いや良いよ。今は言うべきじゃないし、言ったところでバッサリだろうし。俺の優しさに感謝して欲しいね」
訊きに行こうとしたら優弥から肩を組まれて半ば強引に教室から離される。
「優弥の優しさ?」
「気にするな。俺も今はどうなんだと思ったから」
「ちょっと焦りすぎだよね。さすがに」
省吾と正樹も今はというような返事で、後なら良いのかと昇降口に向いながら考える。
「あ。分かった」
靴を手にした途端に話が何だったのかに気付く。
「やっと気づくとか悪魔」
「悪魔って言うか鈍ちんって言うか」
悪魔とはそういうことだったのかと今更理解する。
そう言われても全く分からなかったことが事実なんだけど。
「無理だと思う。ツトムは」
「まあね」
「それは俺も分かる」
「なにが?」
「他の人に目が行かなかっただろ?濱名さん以外」
「……うん」
苦笑する3人へ正直に頷く。
家や学校に居る時はもちろん、どこかに外出してる時だって濱名さん以外の女性には全く興味がなかった。
「今言われても考える間もなくバッサリ断るだろ?」
「うん。今は考えられない」
「だから時期じゃないって止めた」
優弥の言う通り。
濱名さんが亡くなったことさえまだ受け入れられていないのに今はなにを言われても相手のことを考える余裕がない。
だから優弥が止めてくれて良かった。
もしかしたら椎名さんを傷つけるような断り方をしてしまったかも知れないから。
「今は自分にとって大切なことにまず取り組んだ方が良い」
「うん。そうさせて貰う」
そう省吾に答えながら正門を出て、事故のあった学校近くのバス停とは反対のバス停から濱名さんの家に向かった。
「来てくれてありがとう。どうぞ」
『お邪魔します』
昨日と変わらず微笑んで出迎え入れてくれたお兄さんにお礼を伝えて靴を脱くと、今日も棺のある部屋に案内される。
俺が最初にお線香をあげさせて貰って、省吾、優弥、正樹の順であげ終えお兄さんに頭を下げると丁寧に頭を下げ返された。
「牧君、昨日はごめん。受験生なのに急に連絡して」
「いえ。大丈夫です」
俺たちが来ることが分かっていたから先に用意しておいてくれていたのか棺がある部屋の隣の部屋に案内されて、お兄さんはそれぞれの前に飲み物を置く。
「昨日も言ったけど4人に見て貰ったアレみたいなサイトだったらと思ったらどうしても気になって。受験生の牧君を巻きこむのは申し訳ないと思ったけど、何も知らない自分より同じ学校の牧君の方が知ってる可能性があるかもって」
対面に座りながらお兄さんは言って「ごめん」ともう一度頭を下げる。
「……あの後なにか分かりましたか?」
「ううん。牧君たちが来るまで調べてたけど分からない」
「あれからさっきまで調べてたんですか?」
「うん。自分でも何をやってるんだって呆れるけど、どうせ眠れないなら」
昨日連絡をした後ずっと。
そう言われて姿を見ると、元から色白だったけど今日は一層青白い気がする。
「食事はしたんですか?」
「うん。大丈夫」
絶対に嘘だ。
優弥と話したようにお兄さんは危うい。
今はまだ辛うじて保っているだけで、そのうち無理がたたって身体を壊してしまう気がする。
3人を見ると同じ考えだったのか小さく頷かれた。
「あのアドレス先が何なのか分かりました」
「え?本当に?」
「はい。クラスメイトが知ってました」
分かったことを話そうと決めて言うと、お兄さんはどこか嬉しそうに身を乗り出してくる。
「憎しみを譲る。ってサイトらしいです」
「……ん?」
「あくまでも都市伝説的な話なんですけど、4時4分にアクセスすると〝貴方の憎しみ譲ってください〟とだけ書いてあるサイトに繋がって選ばれた人の時だけリンクがあって、そこに憎しみの内容を書くと貰ってくれるって話みたいです」
渡辺から聞いた話を説明すると、お兄さんは乗り出すように聞いていた身体を床におろす。
「優香が……憎しみ」
やはりお兄さんにはショックが大きかったようで肩を落としてそう呟いた。
「あのでも!話してくれた子も友達や後輩と興味本位で観ただけだって言ってたし、女子の間では有名な話らしいから濱名さんも興味本位で観たかっただけかも!」
何か言わないとと急く思いで口にした俺をお兄さんは少し驚いたような表情で見る。
「牧君は本当に優しいね。ありがとう」
お兄さんの表情が笑みに変わってホッとする。
また泣かせてしまうと思ったから良かった。
「みんなも友達を心配してる優しい子なんだってよく分かる。それが少し羨ましい。俺にはそういう友達って居ないから。優香もそうだったみたいだし、俺と優香は兄妹だけあってそんなところが似てるのかもね」
どうしてそんなに辛そうなのか。
顔は笑っているのに辛そうに聞こえて胸が苦しい。
濱名さんの面影がお兄さんに重なる。
虐めるクラスメイトと傍観者のクラスメイトに囲まれていた濱名さんもこうして〝友人〟という存在に胸を痛めた時があったんだろうか。
「ごめん。優香に会いに来てくれたのに自分の話をして。みんなが食べられそうなお菓子あったかな」
ごまかすように言いながらお兄さんは立ち上がるとこちらには何も言わせる暇もなく部屋を出て行った。
「今日のお兄さん、いっぱいいっぱいって感じ」
「うん」
正樹の呟きに優弥は短く頷く。
最初にバス停であった時と比べてお兄さんの顔色は悪く、呟いた正樹だけでなく俺も大丈夫なのかと不安に思う。
「ちょっと見てくる」
「え?他所様の家を勝手に歩いて回るのは」
「分かってるけど……心配だから少しだけ」
立ち上がった俺を一度は止めた省吾もお兄さんの様子が心配なのは同じだったのか、制服を掴んでいた手を離した。
お菓子と言っていたからキッチンだろう。
そう予想して1階の廊下を歩いて行くとあっさりお兄さんは見つかった。
予想通りキッチンに居たお兄さんは背中を向けている。
ただお菓子を探しているような様子はなく、シンクに向かっているだけ。
独りで泣いていることは明らか。
声をかけられず見ていることしか出来ず胸が痛い。
でもお兄さんの胸の痛みはこんなものでは済まないんだろう。
俺と変わらないくらいのお兄さんが小さく見える。
濱名さんを思って独り静かに泣いている。
俺にはそれを受け止めてくれた友達が居たけど、お兄さんにも誰か受け止めてくれる人が居るのだろうか。
キッチンの入り口に立ったまま見ているとタイミング悪く俺の制服からスマホの着信音が鳴り、お兄さんはパッと後ろを振り返った。
「……すみません」
視線が合ったその目は濡れていて泣いていたんだと分かる。
「お手洗?案内するよ。あ、電話も鳴ってるよ?」
無理矢理な笑みでお兄さんは涙を拭うと俺を避けるように遠回りをしてキッチンを出ようとする。
「牧君?」
避けている様子を見て堪えきれず腕を掴んで引き留めた俺を不思議そうに見るお兄さんと目が合いそのまま引き寄せた。
薄いシャツ越しに伝わる体温。
顔を寄せた首筋から良い香りがする。
……あれ?なにを。
そう気付いたのは散々温もりと香りを堪能して。
気付いた俺もだけど、お兄さんも硬直状態。
いくらお兄さんに濱名さんの面影を見ていると言ってもさすがにこれは。
この状況をどうしたら良いのか。
こんな状況を打破できるスキルを俺は持っていない。
しかも相手は濱名さんのお兄さんで同性。
優弥だってこんな状況を軽く打破できる気がしない。
いっそのことお兄さんが突き飛ばしてくれたら。
殴る勢いで突き放して貰えれば。
そしたらこの手を離せる。
「電話に出なくて良かったの?」
至近距離で聞いた声は拒否でも罵りでもなく問い。
その事実に肌が粟立つ。
「ありがとう。慰めてくれて。もう大丈夫だから」
「違っ」
子供をあやすように背中を叩かれ、否定を訴えるために開いた口はお兄さんと目が合うと言葉を忘れた。
「すみません」
今の俺の謝罪は何に対してだったのか。
1つだけ確かなことは自分の口唇に触れているものが温かいということ。
拒むことも反応することもない温もり。
ただただ一方通行なそれがもどかしくて苛立ちをぶつけるようにテーブルに押し倒す。
どうして拒否しないのか。
拒否されればすぐ辞められるのに。
こんな誤った行動を受け入れる気があると言うのか。
再び制服の中で着信音が鳴ってハッとする。
……違う。
ただお兄さんは待っていただけ。
俺が自分の意思で辞めることを。
強引にテーブルに押し倒されたはずのお兄さんは、見下ろす俺から目を逸らすことなくただ黙って見上げていた。
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