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二章
7
しおりを挟む押さえつけていた手を離して屈めていた身体を起こすとお兄さんもすぐに身体を起こす。
俺のせいで乱れた服を整えるお兄さんは無言。
そして俺も言わなくてはならない言葉があると言うのに、お兄さんの姿から目が離せず眺めることしかできなかった。
「お菓子持って行くから。先に戻ってて」
「……はい」
流された。
まるで何もなかったように微笑まれて、これなら怒って殴ってくれた方が良かったと自分勝手な思いに胸を燻らせながらキッチンを出た。
「あ、戻って来た」
「お兄さんどうだった?」
「お菓子持って来るって」
「大丈夫そう?無理してそうだったけど」
「うん。無理してるとは思う」
部屋に戻ると正樹と優弥から訊かれて気もそぞろに返事をしながら省吾の隣に再び座る。
「何かあったのか?」
「え?」
「機嫌が悪そうだけど」
「俺が?」
「気のせい?」
「うん。機嫌は悪くない」
省吾にそう答えると正樹と優弥も俺の顔を覗き見る。
「ごめん。待たせて」
「あ、いえ。ありがとうございます」
戻って来たお兄さんは色々なお菓子が並べられた木皿をテーブルの真ん中に置いた。
「間に合うかな」
「何がですか?」
「あのアドレス。アクセスしてみようと思って」
壁にかけられた時計を見たお兄さんはパンツの後ろポケットからスマホを取り出す。
釣られて時計を確認すれば4時を過ぎたところ。
「俺もアクセスしてみます」
俺も制服からスマホを出すとロック画面に着信2件と通知が出ていて、急いでいる時にタイミングが悪いなと思いながら右上の〝✕〟を連打して消す。
「無理。もう5分」
「俺も駄目だった」
「404 Not Found」
省吾も優弥も正樹も間に合わず。
ロック画面からホーム画面に行っただけの俺は論外。
「お兄さんはどうでした?」
「駄目だった」
優弥が訊いて画面を俺たちに見せたお兄さんのスマホにも3人と同じ〝404 Not Found〟と出ている。
「あることは間違いないんだよね?」
「はい。ページ自体は確かにあったって言ってました」
「じゃあ本当に4時4分ピッタリじゃないと駄目ってことか。結構シビアだね」
結局5人とも間に合わず確認さえ出来ないまま。
お兄さんは最初からアクセスするつもりだったようだから、俺があんなことをしなければ確認できていたのかも知れない。
「次の機会はAM4時4分か」
「独りでアクセスするんですか?」
「そのつもりだけど。なんで?」
省吾と会話をして動く口。
俺が重ねた時には反応してくれなかったのに。
どうして今はそんなに活発に動いているのか。
飲み物を飲みながらも口元から目を離せない。
さっきまで重ねていた温度も感触も鮮明に覚えている。
感触が消える前にもう一度それを確かめたい。
誰かのために動かす時間があるのなら俺のためだけに動かして欲しい。
駄目だ。またおかしなことを考え始めた。
このままでは本当に行動にうつしてしまいそうだ。
「帰ろう」
「は?」
「今日はもう遅いから」
ここに居てはいけないと悟って帰ることを口にすると、省吾たちは急すぎると愚痴を零しつつスマホを制服に仕舞う。
「遅くまでお邪魔してすみませんでした」
「ううん。今日も来てくれてありがとう」
それはどういう意味で?
訊かずとも〝濱名さんに会いに来てくれて〟ということだとは分かっているけど。
何に対して俺はこんなに燻っているのか。
今日も微笑んで見送ってくれるお兄さんに会釈だけして濱名さんの家を後にした。
「急用でも出来た?」
「ん?」
「急に帰ろうって言い出したから」
「いや、あんま長く居ると悪いから」
「昨日の方が長くお邪魔してたけど」
「そうだっけ?」
正樹に曖昧な返事をしつつ、連絡をしてきたのが誰だったのかだけ確認しておこうと制服からスマホを出す。
「知らない番号」
「電話きてたのか?」
「うん。お兄さんと話してたから出なかったけど」
省吾から訊かれてスマホを見せる。
画面に出ているのは登録されていない番号。
2件とも同じ番号だから悪戯電話ではなさそうだけど。
「大事な用ならまたかかってくるんじゃん?」
「うん。留守電も入ってないし」
道の端に寄って一応確認はしたものの留守電にメッセージを残さない知らない番号にかけ直すつもりはなく、優弥の言うようにまたかかってきたら出ようと思いながら制服に仕舞った。
「口どうかしたのか?」
「ん?」
「ずっと触ってる」
「そんなに触ってた?」
「うん」
バス停でバスを待っていると省吾から指摘されて手を離す。
不思議に思われるほど触っていたようだ。
「あ。やらしい。感触を思い出してたな?さては」
「……は?」
優弥から言われて鼓動が早くなる。
見られたんだろうか。
「朝のメス猫。牛乳ちゃん」
「やっぱ女子だったってこと?」
「だって1時限サボったくらいだぞ?ヤっただろ」
「えー。学校では良くないよツトム」
「そこか」
お兄さんのことではなくミルクの話でホッとする。
優弥の予想通り耳も尻尾もない猫なのは確かだけど、一緒に昼寝をしただけで何もなかったのだから下世話な勘違いは聞き流していれば済む。
「で、実際どうなんだ。女の子かメス猫か」
「バスが来た」
「おい逃げるな」
俺は女性だと思ってるけど本人は猫だと言う。
だったらミルクは猫。
「ツトムって確か童貞じゃないよな」
「違う」
「その割にその手の話に乗らないのなんで?」
「特に話す必要性を感じない」
「感じよう?まだ十代なのに」
「十代ならみんな優弥と同じだと思うな」
後方の席に座ってもまだ優弥の下世話な話は続く。
あまり人は乗っていないし、大声で話してる訳ではないからまだ良いけど。
「好きな子が出来て乗らなくなったなら分かるけど」
「ツトムは昔からそういう話題には乗らない」
「秘密主義」
「秘密にしてるつもりはない。そういう話題に興味がない訳でもないし人の話を聞くのも嫌じゃないけど、自分が話す必要性を感じないってだけ」
性格の違いだと思う。
その手の話題が嫌いな男もいれば優弥のように大好きな男もいて、俺のように最低限の知識さえあれば良いと思う男もいると言うだけのこと。
「無理に聞く訳じゃないけど全部秘密にされるのは寂しい」
「優弥って意外とそういうとこでチキるよね」
「チキですけど?誰か居ないと駄目なへタレですけど?」
「大丈夫だよ。誰も相手にしてくれなくなったらチー貸す」
「お前が作った気味悪い人形に興味ないから」
正樹と優弥の会話に省吾と笑う。
チーは正樹が小学校の夏休みに工作で作った人形。
母親にプレゼントしたら予想外に大事にしているらしく、高3になった今でも正樹の家にある。
「こうやってお前らと馬鹿なことを言って遊んでられるのももう少しだろ?せめてそれまでは高校生の青春を謳歌したい」
恐らくそれが優弥の本音。
頭を使わず気楽に話せる下世話な話に走るだけで、本当は話す内容なんて何だって良いのだろう。
・
・
・
「……うるさ」
その日の夜。
起きていると気分が落ちることばかり考えてしまうから早く寝ようと食事と風呂を済ませベッドに入ったのに、スマホの着信音が鳴って目が覚める。
枕元の目覚ましを見れば21時すぎ。
こんな時間に誰だと充電器に繋いだままのスマホを確認する。
画面に出ていたのは見知らぬ番号。
濱名さんの家に居る時にかかってきたあの番号だ。
こんな時間にかかってきたってことは友達の誰かがスマホを新しくしたんだろうか。
「はい」
まだ眠り半分の状態で通話を取った。
『もしかして寝てた?』
「誰?」
聞こえてきたのは女性の声。
俺の番号を知ってる女友達の数なんて数人なんだけど。
『椎名です』
「椎名さん?」
『ごめんね。まだ起きてると思ってた』
名乗ったのはクラスメイト。
21時にもう寝てるとは思わなかったんだろう。
「なんで俺の番号を知ってんの?」
『和美が教えてくれた』
「ああ……」
勝手に人の番号を。
許可もなく他人に教えるとか勘弁して欲しい。
『やっほー!受験勉強サボって寝てちゃ駄目でしょ!』
「一緒に居たのか。勝手に人の番号教えるなよ」
電話を変わったらしく耳に和美の声が響く。
『色々事情がありまして。それより!』
「声がデカい」
『全てにおいてデカいからね!』
「知ってる」
和美は1年から2年の初め頃まで付き合っていた元カノ。
今はクラスが違うけど。
バレー部のレギュラーで高校にも推薦で入った。
身長も女子にしては170あってデカいし、性格も色々な意味でデカい。
「で?何か用?夕方にも2回電話くれてたけど」
『いま勉強しないで寝てたんだよね?』
「たまには良いだろ」
『良いよ!たまの気晴らし全然オッケーだよ!』
「全然の使い方おかしいから」
たまの気晴らしなどではなく濱名さんのことがあってから勉強に身が入らないだけだけど。
『いまカラオケ来てるんだけど来なよ!』
「は?」
『もう少ししたらみんなそれどころじゃなくなるでしょ?だから今の内に気晴らし』
優弥のようなことを。
でも実際に気晴らしなどと言っていられるのも今だけ。
既に特進クラスの人は気晴らしなどしてる余裕もないだろう。
「どこ居るんだ?」
『来る!?』
「まあ、気晴らし」
『やったー!』
「だから声デカいって」
スエットを脱ぎながら店の場所を聞いて着いたら連絡すると伝えて通話を終わらせる。
ただ忘れたい。
今日のことを。
そちらの理由で気晴らし。
着替えを持って降りた1階は静か。
また2人とも居ないらしい。
そんなことはいつものことで慣れた。
眠気覚ましに急いでシャワーを浴びて準備する。
ただただ今日のことを忘れたいという思いだけで。
30分ほどで家を出て指定されたカラオケに向かう。
夜に出かけるのは久々。
2年まではそれなりに遊んでたけど、3年になってからはさすがに夜に遊びに出かけることは減った。
こうして気晴らしが出来るのは優秀な大学を目指さない俺でも夏休みまでがせいぜいだろう。
指定されたカラオケに着いて和美に連絡をすると待ってるよう言われてポケットにスマホを仕舞う。
繁華街を行き交う人々。
俺と同じくらいの年齢の人もあちらこちらに見られる。
しばらく来てなかったけど、今日もここは喧騒に満ちている。
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