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二章
8
しおりを挟む「ツトム!」
店に背を向け立っていると和美の声が聞こえて振り返る。
「……え?」
和美の後ろに居る人物を見て声が洩れた。
「初めまして。かな?」
驚いた俺にフと笑う女性。
「ツトム?」
「……初めまして」
不思議そうに俺の服をクイと引っ張った和美の声でハッとして一応そう返す。
「黒峰さん。菜々緒のお姉さんの友達」
「友達?」
「大学で同じゼミなんだって。美人だよね」
黒峰さんと紹介された女性。
俺を見て笑う口元を隠しているのはミルクだ。
「何で菜々緒のお姉さんの友達が?」
「お姉さんたちに連れて来て貰ったの。私たちだけじゃ遅い時間は無理だから」
なるほど確かに。
以前と変わらずそういうところはシッカリしてるようだ。
「行こ!菜々緒のお姉さんの彼も居るから!」
和美から腕を引っ張られて階段を登りながら少し振り返ると、後ろから登ってくるミルクはまだ口元を笑みで歪ませていた。
「ツトム到着!」
「遅いよ!」
「寝起きだったから」
部屋のドアを和美が開けると菜々緒から苦情が入る。
想像していた以上に大人数が参加していて少し驚いた。
「ツトムは私と椎名の間ね」
「席はどこでも」
面子を見る限り知らない男女が多いから、和美たちが菜々緒のお姉さんの集まりに参加させて貰ってる状況なんだと思う。
腕を引っ張られて座ると和美も隣に座る。
後から入ってきたミルクを目で追うと俺の方は見ることのないまま知らない男の隣に座った。
「牧君ごめんね。電話のこと」
「良いよ。勉強サボって寝てただけだし」
「そうじゃなくて、番号の方」
「ああ。それももう良い」
それは椎名さんに文句を言っても仕方ない。
教えたのは和美だから。
「牧君ごめんね?番号教えて」
「和美は反省しろ。俺がそういうの嫌なこと知ってるだろ」
「悪かったってばツトムー!」
本当に反省する気はあるのか。
腕に抱き着き笑ってごまかす和美の額に手をあて押し返す。
「ツトム君久しぶりだね」
「お久しぶりです。俺まで参加させて貰ってすみません」
「平気平気。私たちも気晴らしで集まっただけだから」
菜々緒のお姉さんと最後に会ったのは1年以上前。
和美と付き合っていた時は菜々緒もよく一緒に遊んでいたからお姉さんとも頻繁に顔を合わせていた。
「和美と別れたって聞いた時は驚いたよ」
「俺がフラレたんですけどね」
「え!そうだったの!?」
「バレーに集中したいって。その程度だったみたいです」
「わーもー!昔のことはナシ!」
慌てて止める和美の反応にお姉さんたちは爆笑。
約1年も付き合ってその理由でフラレた時にはさすがに驚いたけど、今はもう他の女友達と変わらない。
「君も何か飲む?行くついでにとって来てあげるよ?」
そう声をかけてきたのはミルク。
空のグラスを持って立ち上がっていた。
「あ。受付して来てないんですけど」
「大丈夫。来れなくなった子も居て予約人数に足りてないの。前金は払ってあるから飲んで大丈夫。あ、お酒は駄目だよ?」
大人数だから前金を払ってあったのか菜々緒のお姉さんの説明を聞いても事情が分からないけど、飲んで大丈夫なようだ。
「俺がとって来てあげるよ」
「平気。自分で選びたいから」
両隣に座っている男はミルク狙いなのか取ってくることを申し出たけど、ミルクの方はバッサリ。
「じゃあ俺も自分で」
洩れそうな笑いを噛み殺して自分も立ち上がった。
「君って意外とモテるんだね」
「和美は元カノ。それより何で初めまして?」
「面白いから」
「俺が?」
「君が」
部屋を出てすぐ口を開いたミルクは俺の前をフワフワ歩きながら笑い声をあげる。
「大学生だったんだ」
「今は」
「今は?」
「秘密」
「秘密が多い」
「猫だからね」
またそれ。
朝と変わらず気まぐれな猫。
「なにかあった?あの後」
「え?」
「渇欲?渇求?何かが欲しくて仕方ないって飢えた顔」
その言葉に心当たりがありすぎる。
確かに今の俺は飢えていると思う。
忘れたいことも本当なんだけど。
ドリンクバーの隣に用意されているグラスに手を伸ばす。
「僕がその飢えを代わりの物で満たしてあげようか」
「……酔ってる?」
「残念。僕はずっとジュースだよ」
グラスを手にして伺い見た俺にミルクはメロンソーダのボタンを指差して笑った。
「からかうの好き?」
「君のことは。構ってくれるから」
「両隣の男も構ってくれるよ。狙ってるみたいだし」
冗談だったと受け止めてミルクの隣のサーバで氷を入れたグラスを置いてコーラを注ぐ。
「嫌なら良いんだけど」
「本気で言ってた?」
「溢れるよ」
慌てて指をボタンから離すとまたミルクから笑われる。
「その欲望を間違った方向に爆発させないようにね」
俺の心臓の位置に指先をあてて大きな目で見上げ笑みで口元を歪ませたミルクに肌が粟立つ。
まるで何もかも知っていて言っているようで。
「ミルク」
「隣の子、君のこと好きだよ」
「え?」
「君の隣の子。忘れて甘えても良いんじゃないかな」
先にサーバーの前を離れたミルクの手を掴んで止めると、そんなことを言ってグラスを口に運ぶ。
「全部忘れてって」
「そのままの意味だよ。君の凝り部分を全部」
やはりミルクの言葉は全て知っているかのように聞こえる。
平気な顔してストンと人の中へ入って来て笑いながら感情を揺さぶってくる。
「……ミルクみたいのを小悪魔って言うんだろうな」
「僕は悪魔じゃないよ?強いて言うなら疫病神かな」
「猫じゃなかった?」
「猫だよ。人に災いを齎す黒猫」
「ふーん」
不思議な女性。いや、不思議な猫。
白く細い首に手を寄せ身を屈めるとスルとすり抜けられた。
「僕は飢えてる人が好きなんだ。本当は欲しいものがあるのに我慢して、そのくせ諦めることも出来なくて、醜い感情でドロドロになってる人。そういう人が食べたいくらい愛おしい」
歪んだ愛情。
言葉に含まれた真相は分からないものの惹かれる。
自分の中に押しこめてあるものをこの人の前では晒しても許される錯覚をしてしまう。
「やっぱり変わった猫」
「ミルクだよ。名前を付けたんだからちゃんと構ってよ」
「黒峰さんじゃなかった?」
「秘密」
本当に気まぐれな猫のよう。
猫が背中に羽根が生えているかのように軽く歩くのと同じく、目の前の女性もまた羽根が生えているかのような軽い足取り。
「ねえ。僕は君をなんて呼べば良い?」
「ツトムで良い」
「ツトム君?」
「ツトムだけで良いよ」
少し振り返って訊かれたことに答える。
「ご主人様とかじゃなくて良いの?」
「普通が良い」
ミルクの笑い声に釣られて俺も笑う。
やはりミルクは不思議な猫。
憂鬱だったはずの心が不思議と楽になる。
「さっきの話だけど、隣の子ツトムが好きだよ?」
「もしかして俺が来る前にそういう話になったとか?まさしく今日友達から言われて初めて気づいたんだけど」
もしみんなが知っていて呼ばれたのなら厄介。
普段通りにしていてもそちらに運ばれそうな気がする。
「ツトムはどうしたい?」
「どうもしたくない」
「好かれてるのに?」
「本当にそうだとしても」
俺は椎名さんの好意には答えられない。
好意を持たれているかも知れないと聞いたところで、今まで意識すらしていなかったんだから。
「両方とも?」
「両方?」
「片側の子だけだと思ってた?」
「和美は元カノだけど今は友達」
「ツトムの方はね」
部屋に近くなってからそんな話になって立ち止まる。
「和美とそういう話をしたのか?」
「話なんてしてないよ」
「じゃあミルクの勘違い。フラレたのは俺の方だ」
「フッた側には未練がないなんて浅薄な考えだね。フッた後になって惜しくなる自分勝手な人だっているんだよ?」
そう言ってミルクは鼻で笑う。
「やっぱりまだ子供だね」
ムッとした俺の心情を見透かしたように笑われる。
「人はそんなに綺麗な生き物じゃない」
そんなことは分かってる。
少なくとも俺は綺麗な考えの生き物ではないから。
「子供」
「煩い」
グラスを持った反対の手を掴むとミルクは動じることなく言って笑う。
「その飢えを満たして貰えば?どちらかに甘えたら良い」
「意味が分からない」
「分かってる癖に」
気まぐれな猫。
また大きな目で俺を見上ると口元を笑みで歪ませていた。
「まあ頑張って」
その言葉で手を離すとミルクは部屋に入って行く。
後を追う俺のことなどどうでも良いように。
散々人の感情を揺さぶって勝手すぎる。
「遅かったね」
俺も戻って和美から話しかけられたけど、それに対しての返事はしなかった。
「ツトム歌わないの?」
「聴いてる方が良い」
あれから時間が経っても気分は晴れない。
気晴らしに来たはずなのにますます燻るだけ。
視界に入る光景。
それが俺を腹立たせる。
俺には何も関係ないのに。
それなのにどうしてこんなに腹立っているのか。
何もかも手に入らない。
欲しいものほど逃げて行く。
いや、躱される。
余裕で躱されてしまうからますます欲しくなる。
濱名さんもお兄さんも……猫も。
「口唇が気になるの?リップ使う?」
「え?」
「指先で塗るタイプだから良かったら」
隣から服をクッと引かれて顔を向けると椎名さんは丸いケースを差し出す。
「大丈夫。リップなら持ってる」
「そうなの?乾燥したなら塗った方が良いよ?」
「ああ、うん。ありがとう」
また口唇を触っていたということなんだろう。
完全に無意識だった。
「欲求不満?」
「は?」
「口唇を触る時って欲求不満って聞いたことある」
和美の話は思い当たる節がある。
感触を思い出している時に限って触っていることを指摘されるから、俗物的な意味で欲求不満なのかも知れない。
俺にもそんな欲求があることを今日まで忘れていた。
元々疎い方なのか無理して抑えていた訳でもないのに、その手の欲求を持つことが久しぶりと感じるくらいには以前の話になっている。
そして今日、お兄さんのことがあって一度思い出したら後を引きずるようにソレから離れられなくなってしまったんだろう。
和美の意見は的確だった。
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