上 下
6 / 344
第一話「我が国のテロ事情とその対策について」

小さな同期

しおりを挟む
「あ、ありのまま、さっき起こったことを話すよ! 僕は宇佐美さんの剣術を普段からちょいちょい見て……い、いや、今回は正に体験したらしいんだけど……“寝袋と格闘してたと思ったら、剛にぶん投げられて気絶して、宇佐美さんに服を解体されて裸体で運ばれていた”、な、何を言っているのかわからないと思うんだけど、僕も何をされたのかは……予想はついてたけど、そんなことより宇佐美さんの寒気がする視線だとか、剛にお姫様抱っこで運ばれてる所をかなりの人数に見られたとか、そんなことはどうでも……いや、よくないんだけど……と、とにかく、恐ろしいサバイバル訓練の片鱗を味わったよ……」

「長い、三行で」

「寝坊。
  してない。
  誤解」

「……でも、布団から出ないと起きたって言わないぞって……部隊長が言ってた……」

「僕たちのお母さんか何かなの、あのちょび髭」

  一応、熱中症の可能性があるということで医務室に運び込まれた比乃であったが、簡単な検査の結果異常なしと診断された。それから、摂り損ねた朝食を摂るべく、職員食堂に立ち寄っていた。
 いつも食べているランチセットを食べて人心地ついた比乃は、同期である白間シロマ 志度__シド__#と浅野アサノ 心視__シンシ__#の同三等陸曹の二人と、ささやかな雑談に興じていた。

「いやさ、確かに夜戦装備Ⅱを着たまま寝袋に詰まって動けなくなったのは僕に非があると思うけど、だからって下着姿で訓練場から医務室まで運ばれるってちょっと厳罰過ぎじゃない?」

 しかも剛にお姫様抱っこされてだよ……と言ってから、そのときの周囲からの視線を思い出して「うぉぉ……」と顔を抑えて悶絶する。そんな比乃の肩を志度がぽんと叩いて、どこか遠い所を見るような目で、

「ペナルティで腕立て腹筋スクワットを部隊長の気が済むまで、とかよりはマシだろ、今でも思い出すぜあの苦痛の無間地獄。九時間だぜ九時間」

 嫌なことを思い出したと、志度はぶるりと肩を震わせ、心視も同意とばかりに表情を変えずにうんうんと頷いて、少したどたどしい話し方で続ける。

「あれは……死ぬ……というより……死んだ、足が」

「社会的な死か肉体的な死かの差しかないじゃないか……後々に引きずるのは圧倒的に前者だよね。晒し者にされるくらいだったら僕は喜んで後者を取るよ」

「私は……比乃みたいになっても気にしないから……」

「あ、俺も俺も」

「僕は気にするんだよ……というか、心視は気にしなよ。女の子なんだから」

 このような会話をしている三人は、同じように食堂で屯している周りの自衛官と比べて明らかに浮いた存在だった。

 まず背丈、志度と心視の二人は比乃と同じくらいか、少し小さいくらいしかない。
 年相応――比乃と同い年の十七歳だか、その平均よりも更に背が低いので、まるで基地見学に来た中学生が制服を着て紛れ込んでいるように見えた。
 これだけでも、自衛隊の駐屯地にいるのはかなり不自然な存在だが、二人は比乃よりも目立つ身体的な特徴があった。

 比乃の肩に手を回して「そのうちいいことあるさー」と、棒読みで適当そうに言っている志度は、特異な特徴として、一言で説明するならばアルビノ体質と見られる髪と目をしているのだ。更に言えば、少し幼げだが、ティーン誌にでも載せられそうな整った容姿をしている。

 訓練でも日焼けしていない肌はまだ色白で済むが、その髪は白い絵の具をぶちまけたように白く、瞳はルビーの様に赤い。
 だが、色素が極端に少ないので直射日光などが苦手、などと言った特徴は一切見られないし、虚弱体質でもない。それどころか、

「その地獄の筋トレペナルティは志度が馬鹿力で装甲車のドアを引っこ抜いたからじゃないか、僕と心視には縁がない案件だよそれ」

 この見た目で、先ほど比乃を軽々と運んでいた安久を凌駕する身体能力を有している。

 一例を挙げるならば、志度は昔、ちょっとした事故でハンヴィーに撥ねられたのだが、けろりとした顔ですぐに立ち上がって、慌てる運転手に「俺を轢き殺したかったらせめてダンプもってこい!」とのたまった程である。
 勿論、安全確認をしてから車を発進させた運転手に殺意など全くなく、どちらかと言えば、物陰から突然飛び出した志度が悪いのだが。

 これらの出来事やらで、部隊長以下幹部に『存在がある意味ギャグ』と称されている。

「ま、比乃は非力だから備品破損で怒られたりしないんだろ。それより、心視がそっち側なのは納得いかねぇぞ、ついこの前、比乃がいない間にやらかしただろ」

「僕が弱いんじゃなくて志度が強すぎるんだと……そういえば、心視も筋トレ罰則受けたみたいなこと言ってたね。東京行ってる間に何したの?」

 そう聞かれたのは、志度と同じく比乃とは自衛官になったときからの付き合いになる女性自衛官、浅野 心視。彼女もまた、志度と同じくらい目立つ容姿をしていた。

 小さいながらも端正に整った顔立ち、まるで西洋人形のように奇跡のバランスで構成された四肢。
 自衛官と呼ばれるには余りにも不釣り合いな容姿をしているのもあるのだが、その最大の特徴は、そのバランスを台無しにするほどの大きさのツインテールだった。

 女性自衛官は本来、長髪は後ろで一本に縛るのが規則である。が、心視はある体質のせいで髪が長すぎて纏めきれない上に、髪が丈夫過ぎて断髪を行うと鋏が数本駄目になってしまうという理由で、特別に許可を得ていた。
 頭髪規定に正面から喧嘩を売っている髪型をしているのもあって、志度に負けず劣らず非常に目立つ容姿をしていた。
 そんな彼女は、この駐屯地の自衛官たちの間でマスコット兼アイドル扱いされている。

 そして、比乃に問われた心視は、視線を変えずに……若干、比乃と目を合わさないように視線を逸らして、途切れ途切れに答え始めた。

「……二日前、部隊長のコレクションを」

「コレクション……ああ、あの爆発物の山ね」

 比乃の言う「爆発物の山」というのは、決して暗喩などではなく、そのままの意味での爆発物である。
 部隊長、この基地を纏め上げる最上位者の密かな趣味とは、この基地の風物詩にして最大の危険人物と言われる所以、爆発物(簡単に言うと、名高いC4の原料とか、グリセリンなどの起爆性物質、あるいは花火の材料ets...)の収集である。

 なぜ、これらの所持が罰せられないのかと言えば、ちょび髭こと部隊長の交友関係と大いに関係があったりするのだが……閑話休題。

「で、それを?」

「一.五キロ先から……狙撃してみた」

「……あー、報告が部隊長の部屋じゃなかったから、改装でもしてるのかと思ったけど原因はそれかぁ」

 比乃やこの二人は、一応の体面上の都合から、普段は報告や直接的な指示などは部隊長の自室で行っている。
 しかし、先ほど比乃が訓練前に報告を行った時、部隊長の部屋はブルーシートで覆われていて、珍しく執務室で報告をした。その理由がこれだった。

 同期によって爆破された部屋と狙撃距離的に、態々野外の訓練所の丘辺りに登って行われたであろう犯行を知った比乃は、目の前で若干自慢気な表情を見せる幼馴染の、余りに馬鹿らしい行為に頭を抱える。

「……地味に、狙撃距離、新記録」

「褒めないよ……一応聞くけど、なんで狙撃したの?」

「そりゃあ部隊長がお前を東京にパシらせむぐっ」

「内緒……」

「言いたくないなら別に聞かないけど、二人がそんなことばっかりするから、僕も巻き込まれて訳有り問題児三人衆とか言われるんだけど。ちょっとは自重しよ?」

 そんな比乃のお願いを無視するように、心視は口を抑えられてもごもご言っていた志度の顔面を、そのままぐきりと捻って黙らせる。この少女も、志度程ではないがかなりの力持ちである。つくづく、変な同僚だった。
 蛮行を見せつけられた比乃は「うわ……」と引いているが、件の幼馴染はそれを無視して、辺りをきょろきょろと見渡す。

「そういえば……その剛と宇佐美は?」

「訓練から戻ってそのまま出撃、今回はも武装デモ団体の鎮圧だって」

 武装デモ団体とは、その名の通りどこからか゛寄贈”された兵器で武装した自称沖縄県民のことで、時折LMBT(軽主力戦車、大体お隣産)や、AMW(大体ボルシチ味)なんて物を持ち出しては、駐屯地や警察署を取り囲んでは出動した警察などに対して「自己防衛」と言い張って破壊活動をする、すごい集団であった。
 今現在、この駐屯地に所属する自衛官が処理する案件は大体がこれの鎮圧、もしくは“殲滅”だった。

「……あいつらの財源とか装備って、どこから来てるんだろう……」

「そりゃあ政治団体とか自称市民団体からだよ、ああ志度が白目向いてる……起きろ起きろ」

 生き返れ生き返れと、白髪の同僚を揺さぶったり引っ叩いたりしている男子。その横で我関せずと携帯食料を貪り始めた女子。
 この子供たちを見て、周囲の自衛隊員他AMWパイロットである機士達は「こいつらが機動兵器に乗って治安維持なんてしてる辺り、世も末だよなぁ」などと、ため息をついたりするのだった。
しおりを挟む

処理中です...