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第一話「我が国のテロ事情とその対策について」

沖縄ではよくあること

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 沖縄県某所、元米軍基地現陸自技本沖縄県支部の広大な実験用敷地の中で、今月三度目の武装デモが行われていた。
 なぜそんな物が敷地内で行われているかと言うと、敷地の所有主である技本が認めたわけでもなく。
 何の予告もなしに出所不明の露製AMW『トレーヴォ』三機が、敷地のフェンスを破壊して侵入してきたのだ。

 それに続いて、装甲車両や軽トラを改造したテクニカル、挙げ句の果てに明らかに素人にしか見えない私服の集団が小銃なんて物をぎこちなく構えて続いて来た。

 そして先頭の装甲車両から身を乗り出した男性が拡声器越しに「これは正当防衛に当たる行為である!」と、高らかに叫んでいるのだ。

 破壊活動をされる側とそれを鎮圧する側、建物の中に居た技本のスタッフと自衛官は、不思議な生き物を見るような目で彼らを眺めていた。

 ともかく、そのまま敷地内に居座り、謎の主張(沖縄からの自衛隊撤退だとか、逮捕されている民間団体代表者という名のテロ活動家の釈放など)を続けている集団と対峙しているのは、自衛隊所属のAMW、二機のTkー7だった。

 肩にマーキングが施されており、『〇一』と肩に書かれた機体は基本装備、俗に言うオプション装備無しの機体で、直立不動で身じろぎもしない。
 打って変わって、肩に『〇二』と書かれたTkー7は、腰の両側にAMW用の刀剣を装着しており、それを落ち着きなくゆらゆらと揺らしている。

 搭乗者の思考を読み取って動くと言う性質上、戦闘時の機動だけでなく、こうした待機中の動作にもそれなりの個人差、癖が出てくる。
 機種毎のフィードバック率、動作に対するAI補助の割合などで変わるが、特に脳波による操縦を重視しているTkー7はそれがより顕著だ。

 熟練した機士やAMWを見慣れてる自衛官であれば、機体の癖を見るだけで、その機体に乗っているのが誰なのか、大体の予想は付く。

 もしここに、そのどちらかがいれば『フィードバック操縦なのに精密機械みたいな〇一が安久、今すぐにでも抜刀したくてたまらなそうな〇二が宇佐美だ、金賭けたっていい』と、自信満々に言っただろう。

『いつものことだが、毎回よくもこんな重装備を用意してくる物だ』

『人員もねー、そんなにバイト代良いのかしら。よっぽどお金持ちなのねー、この人たちの雇い主』

 鎮圧任務に駆り出された安久と宇佐美の三等陸尉コンビは、無駄とは思いつつも先ほどから眼前の武装集団に投降を呼び掛けていた。
 敷地外であれば、否、武装なんてしていなければ、ただの解散通告だけで良かったのだが……軍事施設に侵入した“危険分子”の行く末など、決まっている。

 安久と宇佐美としても、態々交渉までしているのに、早々そのようなことになっても困るので、根気強く交渉を続けているのだが、相手は一向に聞く耳を持とうとしない。

『所属不明AMW並びに戦闘車両に告げる。貴様達の行いは法れ『今なら臭い飯を数年食べるだけで済むわよー』――であり、許されざることである。当方が必要であると判断した場合は自由発砲並びに殺傷許可も得てい『おしりぺんぺんじゃ済まないから、さっさと降りたほうがいいわよー』……以上!』

 安久は至極真面目に投降を促しているが、もう半分諦め、半分飽きている宇佐美がふざけて被さったので、非常に混沌とした投降勧告になったが、それでも意図は伝わったらしい。
 リーダー格の拡声器男は、顔を真っ赤にして激昂(恐らくは宇佐美の発言によるものではない)し、唾を飛ばしながら喚き返す。

『だまれぇーい国家の腐れ犬どもがぁ! 貴様らのような奴らがいるから戦争が終わらんじゃあー!』

 などと、拡声器の男が叫ぶ。取り巻きの集団やAMWまでもが「そーだそーだ!」「税金泥棒!」「平和の敵!」と手に持った銃火器や腕を高々と振り上げたりしている。

 その反応、安久は「むぅ……」と脂汗を一筋垂らし、宇佐美は「あーもーめんどくさい」と、すでに腰の刀に手が伸びかけていた。
 これ以上の敷地内での居座りか、もしくはこちらに近付いて来た場合は、実力行使による排除が認められる、二人とも出来ることならそれはご免被りたかった。書く書類の枚数が倍増するからだ。

 しかし、こう言った自称デモ団体は、どういうわけだか、一つ勘違いをしている。
 それはつまり、自衛隊はなんだかんだ言って手を出してこないと思っている節があるのだ。
 機動兵器で脅し付けているだけで、行使して来ても放水車両だとか、非殺傷設定のテイザーガンを最後の最後に出してくるのだと、自分達にとって都合が良い、十年近く前の自衛隊像を想像して、それが事実だと思っているのである。

 なので、スポンサーから付与された、自衛隊と同じAMWという武力を持ってすれば、自分達の要求は簡単に通ると思っているのだ。

 無論、自衛隊の実態を知っている者がこの集団の中に居れば、自分達が今している行為がどのような結果を生むか理解しているだろうが、そもそも、知っていたらこう言ったことには参加しないだろう。
 少なくとも、沖縄県民はまず参加しない。居たとしても世間知らずか、好奇心に負けた学生がいるかどうかというくらいだ。

 つまり簡潔に言えば、この集団に参加している九割程は、自分達が正義であると疑わない頭の中がおめでたい、お花畑な人々なのであった。

『悪しき行政の犬どもめ!  天誅ー!』

 なので、今回も自分達から生と死を隔てる分水嶺を越えてしまった。
 余りにも臭い台詞、声からしてまだ若い青年だろうか、彼が乗っているらしいAMWが、高振動ナイフを振り上げて駆け出した。
 その進路上には二番機、まるで子供が木の枝を振り回すようにして振るわれたナイフが『あらやだ』などと緊張感も無く呟いた宇佐美の機体に届く直前。

『よいしょっと』

 またも呑気な台詞を呟いたと思うと、Tkー7の爪先が、トレーヴォの角張った胴体を蹴り上げた。
 ハイキックをまともに受けたトレーヴォが跳ね上がり、マニピュレータからすっぽ抜けたナイフの刀身が、四角く横長な機体を写す。

『ほいさ』

 そして、高く上がった片足を、そのままトレーヴォの頭部に叩き落とす。
 逆方向からの衝撃を受けて地面に半ばめり込むようにしてその機体は動きを止めた。
 訓練も何もしていない、Gスーツも着ていない素人が上下の衝撃の連続に耐え切れるわけがなかった。

 搭乗者が失神してぴくりとも動かなくなったAMWに、しかし宇佐美のTkー7は腰からハンドガンを取り出し、容赦無くその胴体に徹甲弾を叩き込んだ。四角い胴体が、まるでダンボールに鉄球を叩きつけたように穴を開ける。

 その一幕をぽかんと見ていたデモ集団であったが、装甲車から身を乗り出した男性はそれでも声を張り上げ

「わ、我々はそのような見せしめには」

 屈しない――と続けようとしたが、それは叶わなかった。
 彼が乗っていた装甲車を、高速で飛来した徹甲弾が真正面から打ち抜き、その衝撃波で意識を失った次の瞬間、車内に乗せていた破壊工作用の爆発物の誘爆で粉みじんに爆散したからである。

 その大型のハンドガン、短筒と呼称されるには大柄なそれが火を吹いたのだ。
 連射武器の国産化を一部野党に最後までゴネられた腹いせのようにして生まれた、主力戦車をも撃破し得る下手物ゲテモノは、ケースレス仕様特有の燃え滓を空薬莢代わりに噴出して、次弾を自動装填する。

 Tk-7乗りが口を揃えて「強力過ぎる主兵装」と言うそれを今し方装甲車に向けていた一番機は、続いて残りのAMWの胴体に指向、回避運動などする暇も与えずに撃ち抜き、搭乗者毎絶命させていく。

「人権の侵害だ」「人殺し」などと叫ぶ装甲車やテクニカル、生身の人間の前で、弾種をHEAT弾……衝撃と破片をばら撒く“対人弾頭”に切り替えた。
  そして逃げ惑うそれらをAMW同様に撃ち抜くか、あるいは殺傷半径三十メートルの弾丸による衝撃で薙ぎ払い、淡々と殲滅する。

 辺りは地獄絵図と化した。事の顛末を建物の中から見守っていた職員の内、こうなることは予想していた何人かともはや見慣れている者はなんて事ないと作業に戻っていたが、人がばらばらに吹き飛ぶ様を見てしまった数人の職員が吐き気を覚えて口元を手で抑えた。

 この中には好奇心旺盛だった学生や若者も数人混ざっていたが、二機のTk-7とその機士は、その可能性を承知の上で、表情を変えることもなくそれらも纏めて蹂躙して行く。

「第三狂ってる師団」とは、AMWで曲芸をしたり、少年とも言える隊員が所属していることに対するあだ名ではない。
 これらの行為に一切呵責の念を覚える様子がない機士ばかりであることからついた呼び名である。
「東京事変」以来、テロに対して過剰と言えるほど敏感になった国防政策の現れを最も強く体現する部隊と言っても過言ではない。

 大規模テロ組織の脅威に晒されている日本国において「殺傷許可」は、何の冗談でも脅し文句でもないのだ。
 ただのテロ事情とその対策であって、彼ら彼女らが特別おかしいわけではない。

 単純にしてシンプルに、世も末なだけである。
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