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第一話「我が国のテロ事情とその対策について」
未知との遭遇
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『しかし、あいつらにだけはやらせたくないものだ、このような仕事は』
作戦が終了してから半時程。後始末を行う部隊と入れ替わるようにして、駐屯地への道を文字通り歩み始めたTk-7の中で、安久がそのようなことを呟いた。
それを、対向車線をすれ違った民間車両に手を振っていた二番機の中で、宇佐美は耳聡く聞き取った。
否、安久は通信を入れっぱなしにしていたので、もしかしたら愚痴として聞いてほしかったのかもしれない。
宇佐美は不器用な同期のそれが妙に可愛くて「ふふっ」と微笑んだ。
「そーね、こういう汚い仕事は私たち大人がやってればいいのよね」
汚い仕事とは、今回のような生身の人間をAMWを用いて処理しなければならないような作戦である。
第三師団はその活動目的上、そのような作戦がしばしば行われる。
それを部隊長の配慮で、比乃や志度、心視の三人は、それらの作戦には極力参加させられず、対AMW戦が主となる作戦でしか召集されないのだ。
本人らはその配慮に気付いてか気付かずか(少なくとも、比乃は気付いている節がある)、それでもいつかはそういう作戦に参加するときが来ると訓練に励んでいるが、それが報われる日は、少なくとも後数年は来ないだろう。
そも、いくら操縦技術を磨いても、対AMW戦での需要が上がって出番が偏る一方である。
『そもそもだ、あの年でAMWなんぞに乗っていること自体、俺はどうかと思っている』
「そりゃあまぁ、私も思うところはあるけど」
不機嫌そうに言った安久の言葉に、宇佐美は思い返す。自分があのくらいの時、何をしていたか。
今はもう焼けて無くなってしまった道場で、同門生を張り倒したり、師匠に張り飛ばされて、生傷が絶えなかったが、毎日が楽しく学校にも通っていた年相応の昔。
恐らくは安久もそうであろう、普通の子供の範疇に納まっていた自分達。
対して、比乃達はどうだろうか……初めて出会ったのは数年前、部隊長に安久と共に引き抜かれて第三師団に所属してから少し経った時、部隊長が連れてきた十二歳ほどの少年少女。
宇佐美は今でも覚えている。
心視は周囲の全てに警戒心を抱いた手負いの獣のようで、志度は何の反応も示さない人形のようで、比乃は不健康そうに内窪んだ目は濁っていて、諦観めいた物を感じさせた。
こんな小さい子供が、他国に比べればまだ比較的平和な日本で、どんな地獄を見たのだろうか。
おそらくは東京で起きた大規模テロ……五年後になって把握された民間人の犠牲者が約五万人。自衛隊、警察官も総被害は五千人強。
ほぼ災害と言われた、今では東京事変と呼ばれるそれが原因であることは、言うに及ばずだった。
その一度でこうなってしまう程の地獄だったのだ。
そして部隊長は三人について詳しい事情などは何も語らず、安久と宇佐美に向かって
「色々ちょろまかして自衛官扱いで連れて来たから、面倒を見てやってくれ」
とんでもないことを言ってのけて「は?」としか反応できなかった、陸尉に昇進したばかりの二人にその三人を預けた。
二人も当初は戸惑っていたが、作戦の合間や休日に接している内に、三人がまだ普通の子供的な部分を残していると解り、部下であると同時に弟分妹分として扱うことにした。
他の自衛官達も、普段変わり者の部隊長がトップだった影響か、それともその変わり者が引き抜いてきた者ばかりだった為か、あっさりと三人を受け入れた。
そして三人の最年少自衛官は後輩として、あるいはマスコット的に可愛がられ、特にすれたりぐれたりすることもなく、人として真っ当に成長していった。
それから、面倒を引き受けた安久と宇佐美から変則的な自衛隊式で訓練を受けて来た三人は、十六歳になると同時に、正式に自衛官候補生扱いとして二士(一番下の階級)となった。
更に半年でAMW適正の異常な高さから異例の陸曹への昇進、現在に至る。
機士はその性質上、上限を陸尉として階級の上がり幅が非常に大きく、それが適応された結果である。
それでも異常な昇進であったので、一悶着もったりしたが、今となっては良い思い出である。
(色んなことがあったわねぇ……)
感慨深くなりつつ『今からでも遅くはない、俺の貯蓄を使ってでもあいつらを学校に』などと変な方向にヒートアップしている兄貴分担当に自分の意見を述べる。
「でもま、私は本人がやりたいって言うなら良いんじゃないかって思うわよ、AMW乗るの。ネガティブな理由でもないんだしさ、日比野ちゃんなんて可愛いもんじゃないの、自分みたいにテロで不幸になる人を少しでも減らしたいだなんて」
『しかしだな……』
「そんなに反対するなら、熱心に教育することもなかったんじゃないの?」
茶化すように言うと、安久は『それは出来ん、自衛隊に所属している限りあいつらは自衛官であり俺の部下だ、絶対に手を抜けん』と、生真面目に返す。
きっとこの生真面目さ故に訓練に熱が入った結果が、今の比乃達なのだろう。
本当に不器用な奴と、宇佐美が笑っていると――突如、AIが接近警報を上げた。
瞬時に頭が切り替わり、周辺を警戒する。
方角や周辺地理を映すモニター上に『正体不明機接近、詳細位置特定中』と表示され、Tk-7の角がガシャリと音を立てて起動する。
この付近で動作している真っ当なAMWは自分達の二機のみのはず、それ以外は全て不審機、つまりはテロリストかそれに順ずる者である。
『……正確な位置が解らない、ステルスか?』
「じょーだん、横流し品にそんな上等なのが混ざっててたまるもんですか」
しかし、Tk-7のブレードアンテナが周囲の動態目標、熱源体を探っても、接近してきている何かの大まかな方角しか解らないと、モニターに表示される。
そこまで高性能なセンサーではないが、それでも世代的には妥当な装備だ。
それで機影を捉えられないとなると、不具合かステルス機のどちらかになる。
整備班がヘマするはずがないという心情的なことを除いても、二機同時に整備不良を起こすとは考え難いので、自然とステルス機能を持つAMWということになる。
しかし、テロ組織が米英軍でようやく配備され始めたばかりの最新鋭機を持っているはずがない。
かくして、接近する何かを捉えられないままのTk-7の目の前に、木々を突き破るようにしてそれは現れた。
大柄の装甲にアンバランスに細いフレーム、頭部の人で例えるならば眼に当たる部分を発光させているそれは、まるで藁人形に西洋鎧を着せたように見える。
しかし、それよりも際立つのはその足元――そのAMWらしき物は、地面から一メートルほど、音もなく浮遊していた。
まるで重力を断ち切ったかのように空中で静止しているそれは、唖然として固まるTk-7を睥睨し、次の瞬間、滑るような動きで飛びかかってきた。
『ッ、敵対行動、宇佐美!』
「わかってる!」
両機がそれぞれの武装を腰から振り抜く前に、眼前に迫った西洋鎧の手先が眩く光った――
作戦が終了してから半時程。後始末を行う部隊と入れ替わるようにして、駐屯地への道を文字通り歩み始めたTk-7の中で、安久がそのようなことを呟いた。
それを、対向車線をすれ違った民間車両に手を振っていた二番機の中で、宇佐美は耳聡く聞き取った。
否、安久は通信を入れっぱなしにしていたので、もしかしたら愚痴として聞いてほしかったのかもしれない。
宇佐美は不器用な同期のそれが妙に可愛くて「ふふっ」と微笑んだ。
「そーね、こういう汚い仕事は私たち大人がやってればいいのよね」
汚い仕事とは、今回のような生身の人間をAMWを用いて処理しなければならないような作戦である。
第三師団はその活動目的上、そのような作戦がしばしば行われる。
それを部隊長の配慮で、比乃や志度、心視の三人は、それらの作戦には極力参加させられず、対AMW戦が主となる作戦でしか召集されないのだ。
本人らはその配慮に気付いてか気付かずか(少なくとも、比乃は気付いている節がある)、それでもいつかはそういう作戦に参加するときが来ると訓練に励んでいるが、それが報われる日は、少なくとも後数年は来ないだろう。
そも、いくら操縦技術を磨いても、対AMW戦での需要が上がって出番が偏る一方である。
『そもそもだ、あの年でAMWなんぞに乗っていること自体、俺はどうかと思っている』
「そりゃあまぁ、私も思うところはあるけど」
不機嫌そうに言った安久の言葉に、宇佐美は思い返す。自分があのくらいの時、何をしていたか。
今はもう焼けて無くなってしまった道場で、同門生を張り倒したり、師匠に張り飛ばされて、生傷が絶えなかったが、毎日が楽しく学校にも通っていた年相応の昔。
恐らくは安久もそうであろう、普通の子供の範疇に納まっていた自分達。
対して、比乃達はどうだろうか……初めて出会ったのは数年前、部隊長に安久と共に引き抜かれて第三師団に所属してから少し経った時、部隊長が連れてきた十二歳ほどの少年少女。
宇佐美は今でも覚えている。
心視は周囲の全てに警戒心を抱いた手負いの獣のようで、志度は何の反応も示さない人形のようで、比乃は不健康そうに内窪んだ目は濁っていて、諦観めいた物を感じさせた。
こんな小さい子供が、他国に比べればまだ比較的平和な日本で、どんな地獄を見たのだろうか。
おそらくは東京で起きた大規模テロ……五年後になって把握された民間人の犠牲者が約五万人。自衛隊、警察官も総被害は五千人強。
ほぼ災害と言われた、今では東京事変と呼ばれるそれが原因であることは、言うに及ばずだった。
その一度でこうなってしまう程の地獄だったのだ。
そして部隊長は三人について詳しい事情などは何も語らず、安久と宇佐美に向かって
「色々ちょろまかして自衛官扱いで連れて来たから、面倒を見てやってくれ」
とんでもないことを言ってのけて「は?」としか反応できなかった、陸尉に昇進したばかりの二人にその三人を預けた。
二人も当初は戸惑っていたが、作戦の合間や休日に接している内に、三人がまだ普通の子供的な部分を残していると解り、部下であると同時に弟分妹分として扱うことにした。
他の自衛官達も、普段変わり者の部隊長がトップだった影響か、それともその変わり者が引き抜いてきた者ばかりだった為か、あっさりと三人を受け入れた。
そして三人の最年少自衛官は後輩として、あるいはマスコット的に可愛がられ、特にすれたりぐれたりすることもなく、人として真っ当に成長していった。
それから、面倒を引き受けた安久と宇佐美から変則的な自衛隊式で訓練を受けて来た三人は、十六歳になると同時に、正式に自衛官候補生扱いとして二士(一番下の階級)となった。
更に半年でAMW適正の異常な高さから異例の陸曹への昇進、現在に至る。
機士はその性質上、上限を陸尉として階級の上がり幅が非常に大きく、それが適応された結果である。
それでも異常な昇進であったので、一悶着もったりしたが、今となっては良い思い出である。
(色んなことがあったわねぇ……)
感慨深くなりつつ『今からでも遅くはない、俺の貯蓄を使ってでもあいつらを学校に』などと変な方向にヒートアップしている兄貴分担当に自分の意見を述べる。
「でもま、私は本人がやりたいって言うなら良いんじゃないかって思うわよ、AMW乗るの。ネガティブな理由でもないんだしさ、日比野ちゃんなんて可愛いもんじゃないの、自分みたいにテロで不幸になる人を少しでも減らしたいだなんて」
『しかしだな……』
「そんなに反対するなら、熱心に教育することもなかったんじゃないの?」
茶化すように言うと、安久は『それは出来ん、自衛隊に所属している限りあいつらは自衛官であり俺の部下だ、絶対に手を抜けん』と、生真面目に返す。
きっとこの生真面目さ故に訓練に熱が入った結果が、今の比乃達なのだろう。
本当に不器用な奴と、宇佐美が笑っていると――突如、AIが接近警報を上げた。
瞬時に頭が切り替わり、周辺を警戒する。
方角や周辺地理を映すモニター上に『正体不明機接近、詳細位置特定中』と表示され、Tk-7の角がガシャリと音を立てて起動する。
この付近で動作している真っ当なAMWは自分達の二機のみのはず、それ以外は全て不審機、つまりはテロリストかそれに順ずる者である。
『……正確な位置が解らない、ステルスか?』
「じょーだん、横流し品にそんな上等なのが混ざっててたまるもんですか」
しかし、Tk-7のブレードアンテナが周囲の動態目標、熱源体を探っても、接近してきている何かの大まかな方角しか解らないと、モニターに表示される。
そこまで高性能なセンサーではないが、それでも世代的には妥当な装備だ。
それで機影を捉えられないとなると、不具合かステルス機のどちらかになる。
整備班がヘマするはずがないという心情的なことを除いても、二機同時に整備不良を起こすとは考え難いので、自然とステルス機能を持つAMWということになる。
しかし、テロ組織が米英軍でようやく配備され始めたばかりの最新鋭機を持っているはずがない。
かくして、接近する何かを捉えられないままのTk-7の目の前に、木々を突き破るようにしてそれは現れた。
大柄の装甲にアンバランスに細いフレーム、頭部の人で例えるならば眼に当たる部分を発光させているそれは、まるで藁人形に西洋鎧を着せたように見える。
しかし、それよりも際立つのはその足元――そのAMWらしき物は、地面から一メートルほど、音もなく浮遊していた。
まるで重力を断ち切ったかのように空中で静止しているそれは、唖然として固まるTk-7を睥睨し、次の瞬間、滑るような動きで飛びかかってきた。
『ッ、敵対行動、宇佐美!』
「わかってる!」
両機がそれぞれの武装を腰から振り抜く前に、眼前に迫った西洋鎧の手先が眩く光った――
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