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第二話「正体不明の敵に対する自衛隊の対処法について」

予兆

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 数日後のある日、比乃は「そも、心視はどうやって警衛担当やらの監視を逃れて男性寮にやってくるのだろうか」と今更な疑問を頭に浮かべながら、組み手の練習をしていた。

 練習と言っても、ただサンドバッグに蹴りや拳を打ち込んでいるだけだった。変わっていることと言えば、頭にヘッドギアのような装置をつけていることだろうか。
    その装置からは数本のケーブルが伸びていて、後ろにある小型機器に接続されている。

 周囲にも、同様の装置をつけてサンドバッグを殴ったり、あるいは手に模擬刀や模造ナイフを持って、手足が映えた風変わりなサンドバッグに叩きつけている者もいる。

 これはAMWを操縦する上では欠かせない、重要なイメージトレーニングである。機士である彼らは、一般的な自衛官とは違い、体力訓練よりも操縦訓練に重きを置いたスケジュールになっているのだ。

 通常、AMWは操縦桿とフットペダルで操縦するが、それだけでは補助AIが記憶している単純な動作、ただ銃を構えて撃つ、ただ目標にナイフを突き刺すなどと言った、単調な動きしかできない(充分な学習と情報量を保持したAIであれば、それだけでも問題ない場合もある)。

 そこで、操縦者がイメージした動きを、脳波受信装置を内蔵したヘルメットを介して、制御系が読み取る。これにより複雑な動作、例えば関節だけをピンポイントに狙ったり、生身の人間が取るような格闘術や剣術などを再現することができるのだ。

 しかし、このシステム、DLSは操縦者毎の相性が大きいという欠点がある。数値が高いほどイメージ通りに動作するが、数値が低いと、イメージ通りに機体が動かないということもあり得るのだ。

 それを補助するため、通常の機士は、操縦桿とフットペダルのみを使った操縦から訓練を始めたりする。
 基本的な動きはAIで、細かい動きや複雑な動き、状況毎に合わせた動きを脳波で制御することで、兵器として成り立つようになっている。

 なので、機士の強さ、特に近接戦闘の優劣は生身での戦闘経験が物を言う。
 脳波で動かすことは出来ても、操縦者が戦い方を知らなければ意味がないのだから。

「……って書いてあるけど、あの三人がそういうのしてるの見たことないなぁ」

 今しがた読んでいた教本から頭を上げて、つい先月からこの駐屯地に移ってきた新入りの機士、山口は、件の三人を見る。

 どこか上の空で回転蹴りを繰り出してケーブルを顔面に絡ませている比乃。
 「白間専用」と書かれたサンドバッグを「バコォォン!」と人が出していいのか分からない音が出るパンチで揺らしている志度。
 少し離れた所で赤外線ライフル銃を構えて、動態目標の連続命中記録を黙々と塗り替えている心視。

 傍から見ると、すでに色々と突っ込みどころはあったが、一先ずそれは置いておく。以前、この三人の年齢だとか、そういうのは部隊長や他の隊員から色々と説明を受けて納得したが、それでもやはり、気になるところではあった。
 年齢的にはまだ基礎教練をしていてもおかしくはないだろうに、それどころかばりばり現役の機士である。

 うーんと山口が頭をひねっていると、「どうした山口」と、声をかけてくる人物がいた。
 いい汗掻いたぜとタオルをほっかむりのようにした筋肉漢とマッチョマンである。

「あ、先輩方……いえ、日々野三曹達って基礎教練やったのかなと思いまして、もしやってたとして、逆算したら中学生の時くらいからやってることになるんですけど」

「それでそんな二宮なんとか像「二宮金治郎像です」……二宮金治郎像みてぇな姿勢で考え込んでたのか」

「まー、俺達がここに来た時にはもう居たしな、あいつらの受信指数とか生い立ちを聞いたら別段不思議には思わんかった、あとはここのトップのいかれ具合とか」

 受信指数とはそのままの意味で、DLSにイメージをどれだけ精密に読み込ませることができるか、という数値である。
 高ければ高いほど相性が良く、一定以上であれば念じただけで、機体を意のままに動かすことができる。

「受信指数ですか?  まさか七十とかですか?」

「いいや、そんなもんじゃないぜあいつらは」

  筋肉漢は勿体ぶったように指を左右に振ると、クイズの正解を答えるような口調で言った。

「聞いて驚け……三人揃って九十超えだ」

「きゅ、九十?!」

「ちなみに俺達が揃って六十ちょい、自分で言うのもなんだが、俺達は模擬戦じゃ勝ち星の方が多いぜ」

「出動回数もそれなりにこなしてるしな」

 二人の付け足しもあって、これには山口も驚愕した。

 指数値が三十を超えていれば、AMWの操縦が辛うじて出来、平均的な機士で五十前後なのだから、この数値の凄まじさと、実際に手足を使っての操縦訓練が不要であることに納得がいく。
 やろうと思えば、念じただけで戦闘機動を取れるのだ。操縦桿とフットペダルなど、それこそ飾りに近いだろう。

「俺はあいつらが座禅組んだ姿勢でTk-7にラジオ体操させてたの見たな」

「あーやってたな、途中で座席から転げ落ちて頭打ったやつ」

「シートベルトはやっぱ大事だわ、なぁ山口」

「そ、そうですね……」

「若いからってのもあるんだろうが、ありゃあ成長しても八十台キープするだろうな、部隊長もどっから引っ張ってきたんだかなぁ……安久と宇佐美でも七十台だったよな確か」

「腕相撲なら負けないんだが……おっと、俺達はシャワーいくからサンドバッグ使えよ、待ってただろ?」

 「しかし森さんおっそいな、近所のコンビニ行くだけだろ?」「アホか片道三十分だ」などと話しながらシャワー室に向かう二人を後目に、山口はサンドバッグの方には向かわず、食い入るように三人――ではなく、マットの上に転げて頭に絡まったコードと格闘している比乃を見た。

「…………水守の姉さんが欲しがってたのは、そういうことなのかな」

  その時の表情は、先ほどまでの新米自衛官と同じとは思えないほど、鋭かった。

   *   *   *

 その頃、第三師団きってのパシられることに定評のある森は、口車に乗って勝ち目のない腕相撲をさせられて負けた罰ゲームとして、駐屯地から一番近いコンビニから出てきた所だった。

「コンビニ限定プロテインって何なんだよ……っと?」

 プロテインやらついでに買った菓子類を助手席に放り込んで、私用車に乗り込もうとした所で、コンビニの前を十トントラックが数台、走り抜けていった。

 森の記憶が正しければ、この近辺でそんな大規模工事は行われていない。

「……罰ゲームが功を奏するとはね」

 車に乗り込み、通常ならばサイドブレーキがある場所に設置された無線機を操作し、駐屯地に繋ぐ……勘違いで済めば越したことはないが、一応、念のためである。

 回線が開くと同時に、通信科の自衛官が「はいこちら第三師団」と名乗り、森も「こちら森一等陸曹」と名乗り返してから、要件を告げる

「不審な大型トラックを複数台発見……大きさからしてAMWを載せている可能性が有り……シートが被せてありましたが、土の後もなし、一応近くで工事があるかどうかの確認を……場所は――」
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