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第八話「級友のピンチとそれを救う者たちについて」

非日常の襲来

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 翌日の日曜日。無理やり連れ出した晃と、楽しい楽しいショッピングを終えた紫蘭は、ルンルン気分で隣を歩く彼の腕を取って歩いていた。
 今日は無粋な護衛もいない、比乃たちにも遠慮してもらった。本当の二人きり、晃が若干鬱陶し気だったような気がしたが、そんなことは紫蘭からすれば些細なことだった。

 そんな時、紫蘭はふと、不気味な視線を感じた。紫蘭はその容姿や立場から、この手の感覚が敏感で、嫌な予感と言う物もよく当たるのだ。その予感が今、猛烈な勢いで警鐘を鳴らしていた。
 護衛は自分が遠ざけてしまった、比乃たちもだ。今、何かあっても助けてくれる人はただの高校生でしかない晃しかいない。

 そして、その予感は間も無く的中することになる。

「どうした紫蘭?」

 顔を強張らせた紫蘭の顔を晃が覗き込んだ直後、曲がり角から、二人を轢き殺す程の勢いでライトバンが飛び出してきた。

 突然のことに「うわっ」と二人揃って仰け反って、尻餅をついた。それとほぼ同時に、ライトバンの扉が開いて屈強な男が数人が降りてきた。何れも顔をフルフェイスで隠していて、手にはなんと銃器を持っている。

 その男の手が紫蘭の腕を掴み、引きずるように車に詰め込もうとして、晃はようやく目の前の男達が誘拐犯か何かの類だと気付いた。目の前で起きた蛮行に、晃の頭に血がのぼる。

 相手の手には銃が握られているにも関わらず「紫蘭を離せ!」と男の一人に殴り掛かろうとして、逆に腕を掴まれて締め上げられた。これまで受けたこともない腕力に、晃は呻く。なんとか抵抗しようともがく間に、男達が聞いたことがない言語で何か短くやり取りをした。何を話しているんだと思った次の瞬間、晃の後頭部に硬い衝撃が走り、全身の身体が抜ける。

 ちくしょう、と呟こうとして、晃の意識はそこで途絶えた。


「殺さなくて良かったのか」

「ああ、彼にはメッセンジャーボーイになってもらう……精々、奴らの危機感を煽ってもらおうではないか」

 ライトバンの助手席で、西洋人の男が答える。その男が座席越しに後部座席を見る。そこにいる四肢を拘束され、猿轡と目隠しを付けられた呼び餌を見て、男――ニコラハムはほくそ笑む。あそこに気絶させておいた子供の側に置いて来た、メッセージの内容を思い返しながら。

「さぁて、楽しい楽しい友情ごっこのお時間ですよ。メアリ王女」

 ***

 久し振りに手が空いたということで、比乃はノートPCでレポートを作成していた。ここ数日にあったことを、事細やかに、事務的に書いた日記のように書いていく。

 東京に来てから、平和な騒ぎが尽きないこと、周りに同年代の男女が沢山いることがとても新鮮なこと、友達ができたこと、弁当と料理のレパートリーがこの短期間で倍になったことから。そして、明日からもきっと、暫くはこんな時間が過ぎていくことが嬉しいことまで。

 比乃は部隊長に宛てるそれを書いている内に顔が笑みを浮かべているのも無自覚に、鼻歌まで歌いながら書いていく。

 そんな折だった、比乃の個人用の端末が鳴ったのは。


 連絡を受けて、比乃は思わず手に持っていた筆記用具を床に落としてしまった。電話口で半分錯乱したように、叫ぶように晃が言う『紫蘭が攫われた、相手は軍隊みたいな奴らで、自分では何もできなかった』そして、何故か名指しで比乃、それにメアリへ宛てて、ある場所に二人で来るようにと書かれた紙を残していったとも。

 どういうことなんだと電話越しに迫る晃の声に「ごめん、あとで必ず説明する」とだけ答えて、比乃は通話を一方的に切った。

 これは自身の油断によるものだ。比乃は自分の間抜けさに呆然とする。何が一先ずの危機は去っただ。まだいたではないか。森羅 紫蘭を狙うテロ組織が、しかも、聞く限りでは英国関係……あの時の残党がいて、まだ目的の達成を諦めていなかったのだ。

 目的は恐らく、メアリの引き渡し、紫蘭の命と交換……否、相手はテロリストだ。紫蘭が森羅財閥に対する急所である以上、そんな約束、守られるとは思えない。

 嫌がる紫蘭を無視してでも護衛についていけばよかった。後悔は先に立たないが、今となってはそうとしか言えない。

「……くそっ」

 悪態を一つ付いて、思考を切り替える。今は後悔している場合ではない、紫蘭の救出方法を考えなければならなかった。

 まず、素直にメアリを連れていくわけにはいかない、危険過ぎるし、あの行動派のことだ。また無茶をやらかすに決まっている。この間の件は、自分で言うのもなんだが、自衛官という相手にとっての不測要素があったから上手く行っただけだ。今回はそれがない。
 毎回、自分たちにとって都合が良い不確定要素があるなんて考え方は自殺主義と同じ考え方だ。

 相手の装備も解らない。最低でも銃火器で武装している上に、この間の残党であるならば、練度は先日のチンピラとは比べものにならないだろう。志度をフル装備で突っ込ませても、流石に銃器を装備し、訓練された兵士の集団は相手にできない。

 狙撃も、屋内に立て込まれたらそれで無力化される。そも、相手が大勢いたら使えない手だ。どんなに心視の技量が優れていても、一度に殺せる相手の数は一人だ。

 駐屯地からAMWを持ち出す、論外。許可は降りても、そんなのを持ち出した時点で、交渉決裂と見られて紫蘭に危害を加えられるのがオチだ。

 AMWまで持ち出すならせめて、高度なステルス性能。駆動音から足音まで静寂性を持ち、目視での発見が困難な装備が必要だ。それこそ、英国のカーテナか、米国の新型機のような装備があればと思うが、比乃が用意できるのはどう頑張っても陸自のTk-7だ。一介の量産機であるあの機体に、そんな豪華な物は装備されていない。

「……どうする」

 恐らく部隊長らに相談したりする時間などない。第八師団に援護要請なんてかけるのも無理だ。
 大事になればなるほど、紫蘭に危険が及ぶ。現有戦力、自分と心視と志度でなんとかするしかない。

「どうする……」

 まるで突破口が見えず、時間だけが過ぎる状況に、比乃が頭を抱えて机に突っ伏していると、部屋の扉が突然開いた。そして、入って来た人物が、唖然とする比乃に言い放った。

「私が“友人”の危機と聞いて大人しくできる人間だと思っていてるんですか、日比野軍曹さん」

 晃から全てを聞いたメアリー三世が、そこには立っていた。
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