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第八話「級友のピンチとそれを救う者たちについて」

令嬢拉致

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 白塗りのバンに押し込まれて、紫蘭は市街地から少し離れた廃工場へと連れていかれた。目隠しをされた紫蘭は、時折聞こえてくる朝鮮語や英語の会話から、ここが拉致犯の拠点であると察した。
 そして、自分がつい最近転校してきたあの泥棒猫(メアリ)をおびき寄せるための餌であることも、その正体もわかった。

(まさか、あの女が英国の王女……メアリだったとはな)

 会話に出てくるまですっかり忘れていたが、紫蘭がまだ幼かった頃、英国で行われたパーティでメアリと会ったことがあった。一緒に庭で遊んだりもした仲であったが、当時はわんぱく娘だったメアリが、あんな腹黒い女狐のようになっていて、気付くのが遅れた。というより、英国の重要人物があんなところに居るわけがないと思ったのもあった。

 そうこうしている間に車が止まり、紫蘭は銃で小突かれながら廃工場の中へと引っ張られて行く。そこで目隠しと猿轡を解かれた。光が目に入り、眩しそうに目を細めつつ、周囲を確認する。
 周りを見ると、顔まで目出し帽で隠した男が数人いた。どれも、サブマシンガンやアサルトライフルを肩から下げている。見た目だけでは判別できないが、車内で盗み聞きした会話内容で分かっている――こいつらは、朝鮮人系のテロリストだ。

 朝鮮半島は、南北の緊張による冷戦状態がテロによって弾けてしまい、現在は代理ではない南北戦争状態と化している。そこから炙れた民間人が日本に流れてた。その内の少なくない人数が、外国人街にも社会にも馴染めない場合があって、そのままなし崩し的に犯罪組織に入るという悪循環が生まれているのだ。そして、その中には兵役経験から武装テロリストになる者もいる。

 紫蘭は周囲をぐるりと見渡してから、怯える様子も見せず、リーダー格らしい目の前の西洋人を睨み付けた。

「……この私が森羅 紫蘭と知っての狼藉か」

 睨まれた西洋人、ニコラハムは涼しげな顔でその睨みに笑みで返してみせる。白い儀礼服の上からどこかの国の軍服の上着を羽織っている。茶髪に碧眼が目立つその男の、周囲すべてを見下しているような表情に、紫蘭は嫌悪感を募らせた。

 男は仰々しく両手を広げると、芝居かかった動きで紫蘭に優雅な礼をする。

「勿論、我が英国にもその名は届いていますよ。世界中に支社を持ち、日用必需品から軍事製品までを取り扱う世界的な大財閥、その財閥の主の一人娘。お会いできて光栄です」

 ニコラハムの名乗りに、紫蘭は「ふん」と鼻で笑う。

「テロリストかと思えば、英国の反逆者どもか、国を追われてテロのインストラクターにでもなったのか?」

 言われ、ニコラハムは激昂して叫ぶ。

「反逆者ではない! 我々こそ民衆を導く、新たなる英国の覇者となる者だ!」

「民衆を導く? あれだけ民間人に犠牲を出して破壊の限りを尽くしているお前達がか?」

「……古臭い王族という名のゴミを全て捨て切るまでの間、多少の暴力は働いているがね。それは変革のためには致し方ないことだと、民衆は必ず理解してくれるだろう」

 英国の軍部クーデターは、テロリストに拐かされた将校などが政権奪取のために行った物だ。その為に、民衆の支持が厚い王族というのは、クーデター軍からすれば利用できるならば良し、出来なければ、何が何でも排除しなければならない存在だった。

 決して、民の為の革命などではない、一部の権力者とそれに乗った者達の無法であった。

 その証拠に、民間人を平然と巻き込む自爆テロや武力行為を平然と行っており、テロリストに至っては民衆に向かって無差別攻撃を仕掛けるに至っている。

 しかし、ニコラハムはそれを本気で言っているらしかった。紫蘭が思わず「愚かしい」と呟いた瞬間、その頰をニコラハムが張った。倒れて呻く紫蘭の頭をニコラハムが踏み付ける。そして加虐心に満ちた顔で見下ろす。

「財閥の関係者だろうとこうなってはただの小娘。精々、口の慎み方というのを覚えながら震えているがいいさ。あの小生意気な王女と忌々しい自衛官のガキを始末したら、精々金ヅルとして役に立って貰うからな」

「ふん、先日の件で徹底的に叩きのめされたお前が、日比野達に勝てるものか……そも、大義名分も紙っペラのように薄い貴様が勝てる相手など、精々そこいらのチンピラくらいのものだ」

 紫蘭がそう言うと、ニコラハムはスッと真顔になり、足を退けてから紫蘭の制服の胸ぐらを掴み、引っ張り上げて凄む。

「いいか小娘、この私が一番嫌いなことは、お前達のような親の七光りのクソガキが、この私、ニコラハム・キャラハンを見下したような態度を取ることだ。ここで貴様を始末して、代わりにあのBMGの娘を捕まえて来てもいいんだぞ?」

 凄まれた紫蘭はしかし、何ともないと言わんばかりに余裕の表情を見せ「やれるものならやってみろ、小物が」と言い放ち、ニコラハムの顔にぺっと唾を吐きかけた。

 返事代わりに顔に唾を吐き付けられ、ニコラハムの薄っぺらい理性は容易く崩れ去った。拳を振り上げ、廃工場の中に暴力の打撃音が鳴り響く。

 気丈なことに、紫蘭は悲鳴一つあげなかった。
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