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第十二話「自衛官毎の日常について」
出向任務
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今日も一日、平和な学校生活を終えた比乃は、電話口で怪訝そうな声を上げた。
「教育隊への出向ですか? これまたどうして」
『ああ、まぁちょっとしたお手伝いだけどな。高橋一佐に場所貸してる分は返せって言われちまって……是非ともAMW操縦技術を伝授してやってほしいとのことだ』
洗い立てでまだ湯気が登っている頭にバスタオルを乗せ、タンクトップにトランクスという珍しくラフな格好をした比乃は、夜遅くに連絡を寄越してきた部隊長から、新しい任務の説明を受けていた。
自分たちが機体を置かせてもらっている第八師団に教育隊があるのは知っていたし、アグレッサーないし操縦関連のアドバイザーなどをやる、というだけであれば、そこまで驚くことはなかった。しかし、今回は少し事情が違った。
「女教隊って、僕らで大丈夫なんですか?」
女教隊――女性自衛官教育隊とは、その名の通り、女性自衛官の前期教育を担う部隊のことである。新兵器であるAMWの登場や、東京事変で失われた自衛官の補充のために取り組まれた広報プロジェクトによって、数年前に比べると、女性自衛官の割合は微増している。
特に、AMWのパイロット、機士は後方任務の次に女性自衛官受けが良く、志望者も多かった。
DLSの適正受信値も、意外なことなのだが、男性と女性ではほとんど差異がないという研究結果が出ている。
AMWパイロットと戦車乗りは小柄な方が良いということで、女性機士はそれなりに歓迎される傾向なのだ。
これらの要因で女性自衛官教育のための施設、設備の拡張が必要になった結果。元々の教育部隊があった朝霞駐屯地以外でも、各師団毎の教育隊の中に女教隊が設立されることになったのだった。
しかし、普通は人手不足などでもなければ女性の教育は同じ女性が行うのが普通だ。比乃は心内で首を傾げた。
『いや、向こうさんの話を聞いてみたら、むしろお前たちが適任らしい。詳しい理由は知らんが、現在は男性自衛官が指導を行なっているらしいから、それよりはマシってことだろうな。まぁ、ビシバシと手加減抜きで鍛え直してやってほしいとのことだ』
「そりゃあ、新人教育をしろと言われたら全力で指導しますけど……学校の方はどうなりますか?」
沖縄にいた頃ならともかく、今の比乃、志度、心視は学生の身分である。
一応本職は自衛官であるが、だからと言って学業を疎かにするわけにはいかない。
『おお……お前も一丁前に出席日数を気にするようになったか……高校生に染まってきたなぁ』
感慨深そうな部隊長のぼやきに、しかし比乃は「いえ、それもあるんですけど、そうじゃなくて」と半分否定して、
「僕らがいないと学校で森羅嬢とメアリ王女が大暴れするんですよ。いや、いても暴れるんですけど……護衛の件もありますし、そこら辺が心配で心配で」
『……あー』
部隊長は提出されたレポートの内容。護衛対象による大騒ぎに関する比乃の苦言(愚痴)の一端を思い出して唸った。
『護衛の件は第八師団がパトロールを増やすとかなんとかで対処してくれるらしいから大丈夫だ。護衛対象の暴走は……うーんとだな』
気不味気に一頻り悩んでから言った。
『それはまぁ、しょうがないんじゃないか?』
「しょうがないんでしょうか」
『諦めと妥協も肝心だぞ』
大人ないし社会人としての教訓だった。そのきっぱりとした言い草に比乃も「なるほど」と思わず頷く。部隊長は、それ以上比乃が何か言う前に、ごまかすように『ごほん』と咳払いをした。
『ま、出席日数の方は俺から有頂天の方に事情を話しておくから安心しろ、休む言い訳も学校側に用意してもらう。それにそんな何ヶ月もやるわけじゃない、向こうと相談して期間は二週間程にしてもらった』
出来るだけ学業に専念させたい部隊長と、一日でも長く教官を務めて貰いたい高橋一佐の間で、表面上は穏やかな、しかし水面下では熾烈な駆け引きが行われた結果の日数であった。
しかしそんな苦労を知らない比乃は呑気に「二週間ですか、指導するには随分短いですね」などと言って、自分なりの指導計画を脳内に浮かべ始めた。勿論、実際に自分が受けた指導を元にして。
「やれるだけやってみますよ、志度と心視にもいい経験になりそうですし」
受話器を耳に当てたまま振り向くと、同じく風呂上がりの二人が「志度……ブラッシング、下手……」「じゃあ自分でやれよ」と、お互いにブラシを持って毛繕いをしあっていた。
同僚の微笑ましい一面を眺めながら、比乃は相変わらず頭の中で地獄の特訓メニューを構築する。
それを比乃の無言から察知したのか、部隊長が「あー比乃、一応言っておくが」と釘を刺す。
『あんまりやり過ぎるなよ? 相手はぺーぺーのひよっこな上に女性自衛官だ……特に心視を基準にするのは絶対やめろ、忘れてるかもしれんがあいつ規格外だから』
「あ、そうでした」
『今回は特例であるし、係陸曹として訓練内容はある程度お前たちの裁量に任せるとのことだったが……その結果が二週間経ったら教育隊全滅とか言うのは流石に勘弁しろ』
「わかってますって……」
言いながら、比乃は頭の中の訓練予定にいくつか線を入れた。
詳細は省くが、正規の機士でも「うげっ」となるような内容であった。
それから、いつ頃から始めるのか、部隊の人数はどの程度なのか、使える機材の確認などのやり取りをしてから、比乃はふと頭に浮かんだ疑問をぶつけた。
「それにしても、どうしてそんな特例なんて必要になるんでしょうか」
『あーそれなんだがな』
今更ながら当然の疑問に、部隊長はまたも気不味そうにしてから、その理由を述べた。
『その女教隊、問題児の集まりらしいんだわ』
それを聞いた直後、比乃の中で組まれた指導計画書の苛烈さが、グンと引き上がった。
「教育隊への出向ですか? これまたどうして」
『ああ、まぁちょっとしたお手伝いだけどな。高橋一佐に場所貸してる分は返せって言われちまって……是非ともAMW操縦技術を伝授してやってほしいとのことだ』
洗い立てでまだ湯気が登っている頭にバスタオルを乗せ、タンクトップにトランクスという珍しくラフな格好をした比乃は、夜遅くに連絡を寄越してきた部隊長から、新しい任務の説明を受けていた。
自分たちが機体を置かせてもらっている第八師団に教育隊があるのは知っていたし、アグレッサーないし操縦関連のアドバイザーなどをやる、というだけであれば、そこまで驚くことはなかった。しかし、今回は少し事情が違った。
「女教隊って、僕らで大丈夫なんですか?」
女教隊――女性自衛官教育隊とは、その名の通り、女性自衛官の前期教育を担う部隊のことである。新兵器であるAMWの登場や、東京事変で失われた自衛官の補充のために取り組まれた広報プロジェクトによって、数年前に比べると、女性自衛官の割合は微増している。
特に、AMWのパイロット、機士は後方任務の次に女性自衛官受けが良く、志望者も多かった。
DLSの適正受信値も、意外なことなのだが、男性と女性ではほとんど差異がないという研究結果が出ている。
AMWパイロットと戦車乗りは小柄な方が良いということで、女性機士はそれなりに歓迎される傾向なのだ。
これらの要因で女性自衛官教育のための施設、設備の拡張が必要になった結果。元々の教育部隊があった朝霞駐屯地以外でも、各師団毎の教育隊の中に女教隊が設立されることになったのだった。
しかし、普通は人手不足などでもなければ女性の教育は同じ女性が行うのが普通だ。比乃は心内で首を傾げた。
『いや、向こうさんの話を聞いてみたら、むしろお前たちが適任らしい。詳しい理由は知らんが、現在は男性自衛官が指導を行なっているらしいから、それよりはマシってことだろうな。まぁ、ビシバシと手加減抜きで鍛え直してやってほしいとのことだ』
「そりゃあ、新人教育をしろと言われたら全力で指導しますけど……学校の方はどうなりますか?」
沖縄にいた頃ならともかく、今の比乃、志度、心視は学生の身分である。
一応本職は自衛官であるが、だからと言って学業を疎かにするわけにはいかない。
『おお……お前も一丁前に出席日数を気にするようになったか……高校生に染まってきたなぁ』
感慨深そうな部隊長のぼやきに、しかし比乃は「いえ、それもあるんですけど、そうじゃなくて」と半分否定して、
「僕らがいないと学校で森羅嬢とメアリ王女が大暴れするんですよ。いや、いても暴れるんですけど……護衛の件もありますし、そこら辺が心配で心配で」
『……あー』
部隊長は提出されたレポートの内容。護衛対象による大騒ぎに関する比乃の苦言(愚痴)の一端を思い出して唸った。
『護衛の件は第八師団がパトロールを増やすとかなんとかで対処してくれるらしいから大丈夫だ。護衛対象の暴走は……うーんとだな』
気不味気に一頻り悩んでから言った。
『それはまぁ、しょうがないんじゃないか?』
「しょうがないんでしょうか」
『諦めと妥協も肝心だぞ』
大人ないし社会人としての教訓だった。そのきっぱりとした言い草に比乃も「なるほど」と思わず頷く。部隊長は、それ以上比乃が何か言う前に、ごまかすように『ごほん』と咳払いをした。
『ま、出席日数の方は俺から有頂天の方に事情を話しておくから安心しろ、休む言い訳も学校側に用意してもらう。それにそんな何ヶ月もやるわけじゃない、向こうと相談して期間は二週間程にしてもらった』
出来るだけ学業に専念させたい部隊長と、一日でも長く教官を務めて貰いたい高橋一佐の間で、表面上は穏やかな、しかし水面下では熾烈な駆け引きが行われた結果の日数であった。
しかしそんな苦労を知らない比乃は呑気に「二週間ですか、指導するには随分短いですね」などと言って、自分なりの指導計画を脳内に浮かべ始めた。勿論、実際に自分が受けた指導を元にして。
「やれるだけやってみますよ、志度と心視にもいい経験になりそうですし」
受話器を耳に当てたまま振り向くと、同じく風呂上がりの二人が「志度……ブラッシング、下手……」「じゃあ自分でやれよ」と、お互いにブラシを持って毛繕いをしあっていた。
同僚の微笑ましい一面を眺めながら、比乃は相変わらず頭の中で地獄の特訓メニューを構築する。
それを比乃の無言から察知したのか、部隊長が「あー比乃、一応言っておくが」と釘を刺す。
『あんまりやり過ぎるなよ? 相手はぺーぺーのひよっこな上に女性自衛官だ……特に心視を基準にするのは絶対やめろ、忘れてるかもしれんがあいつ規格外だから』
「あ、そうでした」
『今回は特例であるし、係陸曹として訓練内容はある程度お前たちの裁量に任せるとのことだったが……その結果が二週間経ったら教育隊全滅とか言うのは流石に勘弁しろ』
「わかってますって……」
言いながら、比乃は頭の中の訓練予定にいくつか線を入れた。
詳細は省くが、正規の機士でも「うげっ」となるような内容であった。
それから、いつ頃から始めるのか、部隊の人数はどの程度なのか、使える機材の確認などのやり取りをしてから、比乃はふと頭に浮かんだ疑問をぶつけた。
「それにしても、どうしてそんな特例なんて必要になるんでしょうか」
『あーそれなんだがな』
今更ながら当然の疑問に、部隊長はまたも気不味そうにしてから、その理由を述べた。
『その女教隊、問題児の集まりらしいんだわ』
それを聞いた直後、比乃の中で組まれた指導計画書の苛烈さが、グンと引き上がった。
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