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第十二話「自衛官毎の日常について」

追われる対応

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 事件発生から二時間後。
 対テロ部隊を指揮する自衛官将校と、警視庁から出向してきた警備部次長らの面々。総勢十名ほどが、対策本部である会議室で、苦虫を噛み潰したような顔を突き合わせていた。

 普段のテロ事件程度であれば、このように幹部が集まって会議を行うことなどないのだが、今回は訳が違った。

 彼らの視線の先には、三十分前に届き、入念な検査が行われてから通された一通の手紙が、ホワイトボードにマグネットで留める形で開かれていた。
 達筆な日本語で書かれたそれは、日本警察と自衛隊に対する警告であり、挑戦状でもあった。

「さて、どうしたものでしょうか……」

 上座に座っている大男、精鋭を潰されるという被害を負った第一師団所属。練馬駐屯地から出向した一等陸佐は、隣の上官、柴野シバノ陸将の様子を伺いながら呟いた。

 その言葉に集まった他の師団。第十二師団や、元第三師団――現在は名前を変えた第十六師団の陸将らは、ホワイトボードに書き込まれた手紙の内容に目をやった。

 その手紙には『こちらの邪魔をした場合に行われること』と題され、その下にずらりと、目が眩むような内容の“犯行予告”が書き連ねられていた。

 大型病院の爆破、地下鉄の破壊、教育施設への襲撃、各地に点在する駐屯地への攻撃……実際に行うにしても、余りにも馬鹿らしい内容だったが、その手紙を書いたであろう人物を考えると、どれもただの冗談や酔狂ではないことは、簡単に予想できた。

 オーケアノス――アメリカのジャーナリストが言った「漢字四文字で表すならば、正々堂々を形にしたような男」。米軍を相手に小細工抜きの真正面からの勝負を挑み、互角に持ち込む凄腕の指揮官にして、凶悪なテロリストである。
 その脅威の程は、遠く離れた日本でも良く知られていた。

 そんな人物が態々、監視カメラに映る形で手紙と“高性能爆弾”を警視庁に放り込んで意思表示をしてきた。肝心の実行犯、オーケアノスは即座に盗難車両と思わしき車で逃走、夜間だったこともあって、追跡は困難だった。その足取りは未だに掴めていない。

 堂々とは言っても、そこはテロリストだった。自分の信条は極力曲げず、しかし確実に事を成すためには、手段を選ばない狡猾さを同居させている。その辺りをよく弁えているのが、この男の手強い所であった。

 爆弾は幸いにも時限式で、なんとか解体することが出来たので被害は出なかった。時間も時間だったので大きな騒ぎにもならなかったが、そのメッセージは正しく、やや過剰に警察に伝わっていた。

 この上、二時間前の事件で大損害を被った警察は、この案件を自衛隊に預け、自分達はあくまでも調査に徹すると表明した。

 自衛隊としても、相手がすでにAMWを何らかの方法で確保している可能性があるとなると、警察と無理に連携を取って悪戯に被害を増やすよりは、調査に専念してもらった方が良いと判断した。
 戦闘の矢面に立つのは、自分たち自衛官の仕事だ。

「問題は被マル……被疑者の潜伏先とその規模です。まさか単独で事を起こそうとは思わないはず、それに、この男は聞いた話によれば多数の部下を率いる指揮官。であれば尚更、他にも仲間がいると考えるべきでしょう」

 一応の形で警備部次長が手元の資料を捲りながら発言する。証言によれば、最後にオーケアノスが目撃された際、すぐ側に西洋人の男女がいたことが解っている。
 どちらの正体も未だ不明であるが、関係者であることは間違いないと踏み、目撃証言から手配書を作成していた。

 このように素早い対応が出来るのも、他部署や他県から人員を引き抜いて人員不足を補ったおかげだった。しかし、沖縄警察署などでは、これによって人員不足が深刻化しており、その県のトップが「おのれ東京都庁!」と歯噛みして憤慨する程、他県警との仲が険悪になっている。閑話休題。

 普段は温和な顔を険しくさせて押し黙っていた柴野陸将が口を開く。

「まだある、肝心の目的がはっきりしていない。何の目的があって我々に宣戦布告してきたのか……そもそも、何故日本に来たのか、それすら解っていない……正直に言ってしまえば、手の打ちようがない」

 陸将の言葉通り、オーケアノスは「邪魔をしたらこうする」ということは提示してきたが、何の邪魔をしたらなのかは伝えて来なかった。

 これでは、自衛隊は他のテロに対しても簡単に動くことができなくなる。もし万が一、小規模な武装テロの支援が彼の目的だったとして、それを普段通りに処理した結果、自分達の邪魔をしたとして暴れられては、たまったものではない。

「遠回しにこちらの動きを抑えに来ている……嫌らしい手を使ってくるものだな」

 栗頭の大男、十二師団の師団長が「何が正々堂々だ」と忌々しく呟いた。他の面子も似たような意見らしく、同意するように頷く。

「しかし、はいそうですかとテロリストの要求を飲むわけにはいかん。不慣れな仕事だが、自衛隊の方でも調査部隊を編成して警察と共同で調査に当たりたいと思う。穴が空いてしまった対AMW部隊は……申し訳ないが、十二師団と十六師団から支援をお願いしたい」

 立ち上がって頭を下げる柴野陸将に、他の陸将はどちらも「了解した、あまり気にするな」「任せておけ」と潔く引き受けた。

 精鋭を失ったのは確かに痛手だったが、他師団のAMWも同様に強者揃いである。失った戦力分を補強するのは問題なかった。通常のテロや武装デモを防止するだけならば、これでなんとかなる。

 しかし、今回の相手は文字通り格が違う。もしも、万が一のことを考えると、どの幹部も内心で冷や汗をかかざるを得ない心境だった。

「それでは警視庁の方から、今後の調査方針について――」

 それからまた一時間程かけて対テロ……対オーケアノスを想定した調査やテロ防止策について話し合われ、話が一先ず纏まった所で、会議は一度解散となった。

「それでは皆、よろしくお願いします」
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