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第十四話「襲来する驚異について」

最悪の接触

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 外は先ほどと変わらず快晴であった。時刻は午後六時を回っていた。

 駐屯地の近辺から離れると、それなりの賑わいがあった。商業ビルが立ち並び、かなりの人数の一般人が歩いている。子連れの親子や学校帰りの学生、サラリーマン。色々な職種の色々な人々が闊歩していた。

 そんな中、私服に着替えた比乃はどこに行くでもなく彷徨っていた。考えているのは、今用意している作戦についてだ。何の捻りもない、自分を餌にした釣りである。使うのは、発信機にTkー7が二機だけ。シンプルな策がは、それでも、下手に正面から戦うよりはマシだろう。

 何より、AMWという戦力を用いれば、生身での戦闘能力の差など関係なくなる。ステュクスとやらへの対策だった。しかし、それで本当に上手くいくのだろうか。立て篭もりなどされても、自分一人が耐えればいいだけだが、自棄になってまた自爆でもされたら困る。

 そんなことを考えながら歩いていると、気付けば小さな公園にまで来ていた。ここもまた、周囲に子供や、仕事疲れらしい会社員、下校中の学生が屯ろしていて、この時間にも関わらず賑やかだ。

 比乃は隅っこにあったベンチに座ると、両手を組んだ上に顎を乗せて正面を見据えながら、また考える。

 いや、考えるというよりは、作戦が本当に上手くいくのだろうかという不安を、どうにかして無くそうと努めているようだった。

 しばらくそうしていると、横に人が座った気配がした。比乃はそちらをちらりと見て、全身が凍りついた。

「なっ……」

 その横顔には覚えがあった。顎髭を蓄え、白くなった短髪の壮年の男。サングラスを掛けて人相を隠しているが、そこから覗く鋭い眼光と気配は隠しようがない。オーケアノスだった。

 思わず腰が浮いた比乃だが、相手が「そんなに警戒するな、期日前だ。少し話さないか」と言ってきた。比乃は今、自分が今一人であること、それにテロリストを下手に刺激することの危険性を考えて、大人しくベンチに座り直した。

「……端的に言えば、日比野軍曹。君をスカウトしに来た」

 ベンチに座って正面を向いたまま、オーケアノスは言う。その言葉の意味に、比乃は眉を顰めた。

「我々オーケアニデスは、君を歓迎したいと思っている」

「……テロリストに自衛官を?」

 なんの冗談だと思い、その真意を探るように壮年の横顔を見やる。しかし、そのどこか遠くを見ているような表情からは、この男が嘘やジョークを言っているようには感じられなかった。

「信用しろ、というのも難しいかもしれんがな」

「そもそも、貴方達の目的は僕の脳味噌を解体することでしょう。ついて行ったら間違いなく殺されるっていうのに、何をどう信用しろと?」

 そう、この男達の目的は比乃の脳に内包されているマイクロチップだ。そのことを知っていたのが少し意外だったのか、オーケアノスは眉を少し動かした。

「ほう、知っているのか……そのことだが、我々の組織ならば、目的の物を比較的安全に取り出す技術がある。君を易々と殺そうという気はない」

「嫌に僕を生かして捕らえて、スカウトするのに熱心ですね、どうしてです?」

 比乃の問い掛けに、オーケアノスは比乃の方。正確にはその脚を見る。その目に、どこか憐れみが混ざる。口調は心無しか柔らかくなっていた。

「……俺なら、そんな脚にはさせなかった」

 その呟きに、比乃は僅かに反応した。義足のフレーム音が、周りの喧騒を無視してギチッと音を出したような錯覚を覚えた。

「俺はな、才ある若者はもっとその才能を有効活用すべきだと考えている。そして、それが無駄遣いされているというのは、正直言って我慢ならない、怒りすら覚える」

「……僕は才能の無駄遣いなんてしてませんし、上官にもそんな扱いされてません。僕に才能があると言うならば、この国と人々を守るために、それを発揮しています。それを無駄だなんて言われるのは、正直不愉快です」

「そんな脚になってもか?  そんな脚にした無能な指揮官の下で、なぜ戦い続けようとする」

 言われ、比乃は思わず脚に力が入った。今度は錯覚でもなく、微かに義足のフレームが稼働する音が鳴る。自分の恩人であり父親である部隊長を貶されて、比乃の表情が険しくなった。そして、次の発言で、完全に頭に血が登った。

「理由をつけて遠回しに戦いを強要させる父親など、最低の屑だとは思わないのか」

 作戦を考えるならば、ここで少し気がある素振りを見せて、適当なことを言ってこの場を一度離れるべきだ。しかし――

「この脚は自分自身のミスによるものです。指揮官のせいじゃない……読めましたよ。つまり貴方は、足を失わせてまで、才能があるという僕がこき使われているのが気に入らないから、引き抜きたいわけだ。それで、引き抜いた後はどうするんです。テロリストとして才覚を発揮させるんですか」

 比乃はかっとなってそう言い切り、ベンチから立ち上がって目の前のテロリストを睨みつけた。オーケアノスは黙ってその言葉を聞いていたが、それが未熟な子供の癇癪だとでも思っているように、淡々とした口調で返す。

「その方が君のためだと思った、と言ったらどうする。承諾するか?」

「お断りします。僕が才能を活かす場所なんて決まっている。国を守る側から国を脅かす側に回るなんてありえません。何より、自分の父親を貶す相手についていこうだなんて、とてもじゃないけど思えない」

 そこまで言ってから、しまったと比乃は硬直した。今更になって、自分がしている行為で、相手がどう動くかを想像し始めたのだ。これでは作戦が台無しである上に、要求を拒否された相手がどう動くかなど、最悪の方向でしか予想がつかない。

 比乃は思わず身構えるが、オーケアノスは短く「そうか」とだけ言って、ベンチから立ち上がる。すると突然、すぐ側の街灯を指差した。

「軍曹、あれを見ろ」

 丸い電球の、ありふれた街灯だった。怪訝そうに比乃がそれを見ていると、オーケアノスが腕を下ろした。次の瞬間、電球がパリンと音を立てて砕け散った。

(狙撃?!)

 比乃は思わず周囲を見渡すが、その間にも隣にあった街灯が破裂した。遠巻きに見える商業ビルの群れ、遠くには高層ビルもある。ビジネスホテルもあった。発砲地点が解らない。

 近くにいた学生が、突然割れた街灯を見て騒つく。比乃は彼らに「逃げて」と叫びたかったが、そんなことできるわけがない。

「君は……いやお前は一般市民を守りたいと言っていたな、日比野軍曹」

 オーケアノスの口調は、完全にテロリストとしてのそれに戻っている。冷酷に、そして残酷な事実を比乃に突きつけた。

「ここにいる一般市民全員が人質だ。一日早くなったが、来てもらおうか」

 思わず懐に手を入れようとした比乃に、オーケアノスは「やめておけ」とその動作を遮るように言った。

「言っておくが、この距離であればステュクスの狙撃は絶対外れない。少しでも不審な動きを見せたら、好きに撃って良いと言ってある……あの娘は容赦ないぞ、子供だろうか女だろうが、遠慮無く撃ち殺す」

 それでもなお動かない比乃に、オーケアノスはここに来て初めて表情を変えた。自分の生徒を自慢する、そんな笑みを浮かべて。

「お前は自分の才能を国民を守るために使うと言っていたな……このままだと、俺の生徒が才能を発揮することになるぞ」

 どうする――最終勧告と変わらない問いに、比乃は黙って頷くしかなかった。
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