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第十四話「襲来する驚異について」

焦り

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 週明けの二日の昼過ぎ。快晴の空の下で、今日もAMW操縦訓練が行われていた。

「私、まだ三曹殿のことよく知らないけど」

 横倒しになった訓練機のコクピットの中で、菊池が言った。

「ここ数日なんだか空回りしてない?  土日に何かあったのかな」

 グラウンドの中央で訓練を行なっているのは、第八教育隊の面々。その内の菊池、鈴木の二人が乗った橙色のTkー7は、撃破判定を受けて地面に転がっていた。今は、斎藤の訓練機が、比乃が操る機体と模擬格闘戦を行なっている。

 シートの上で暇そうに寝そべっていた鈴木が、

『そう言われるとそうだな』

 そう同意するように呟いた。

『教官ってあんなにスパルタだったっけか?   いや先週初めは凄かったけどよ』

「先週と言えば、あの時の三曹殿、かっこよかったよね~」

『流石は現役の機士って感じだったな』

 先週末の出来事を思い出して、菊池がうっとりするように言って、鈴木も、また同意するように頷く。

 あの襲撃を受けても、訓練予定に変更はなかった。万全を期して行われた駐屯地周辺の調査で、別の武装集団が摘発された為、二度目の襲撃は流石にないという上層部の見解があったのだ。

 なお、それらの調査に関して、オーケアノスから比乃への降伏勧告の件は伏せられていた。先日の会議に参加していた陸将や、警察との情報交換を行った結果の、部隊長の判断だった。

 万が一にも「自衛官一人差し出してテロリストが大人しく出て行くならば致し方ない」となっては洒落にならない。
 それに、この五日間の間に、拉致に備えて部隊を展開したとしても、それを機に大暴れでもされて、市民に要らぬ被害が出ては大問題である。なので、最低限の人数で事態を解決しなければならないのは、仕方のないことであった。

 それ故に神経が逆立っている比乃の犠牲になった斎藤の、ここ数日は珍しくなくなった悲鳴が通信越しに響く。

『きゃあああぁぁぁ……』

 肝心の解決策が見つからずに焦るのも、また仕方のないことであった。特に、当事者である比乃は――

『斎藤機死亡!  次、四班。構え!』

 今し方、斎藤の乗った機体を背負い投げで地面に叩きつけた真新しい予備機が、武闘家のように構えを取った。四班の面々がその勢いにたじろいでいる間に、距離を詰めた白い機体がまた一機、柔術の流れで訓練機を投げ飛ばす。

 訓練生達を千切っては投げ千切っては投げしている教官は、焦燥感を露わにしているように見えた。

「三曹殿、なんであんなに焦ってるんだろう」

 何も知らない訓練生は、ふぅと嘆息を吐いた。

 ***

 模擬戦訓練を終えて訓練生に解散を命じた比乃は、足早に個室に戻るとノートパソコンを起動させ、すぐにFBIやICPOなどのサイトにアクセスした。

 先日、自宅訪問してきた男、オーケアノスの情報については、顔写真付きで、経歴含めてすぐに出た。

 オーケアノス、本名不明。推定年齢四十代後半から五十代前半。元SEALsという噂もあるが真偽は不明。過去いずれかの軍事組織に所属していたと思われるが、詳細は今もなお調査中。オーケアニデスと名乗る大隊規模のテロ部隊の指揮官を務め、主にアメリカ西海岸で軍事基地に対する破壊活動を行なっている。また、どこのメーカー品の物とも一致しない正体不明のAMWを使用していることが確認されている。

 比乃は、先日部隊長から教えられた情報にあったもう一人のテロリスト。オーケアノスと共に潜伏しているという男も気掛かりだったので、そちらも検索に掛けてみる。こちらもオーケアノス同様、すぐに情報が出てきた。

 アレース。こちらも本名不明。推定三十歳。目撃情報から、過去に小規模テロ組織に与し、様々な大規模テロに関与した経歴を持っていることが判明している。その性格からか、作戦は派手且つ大胆な物が多いが、非常に狡猾な人物でもある。AMWの搭乗経験も豊富で、過去に米軍の特殊部隊を無傷で壊滅させている。

 しかし、ステュクスという少女の名前だけは、いくら検索をかけても出なかった。精々、ギリシャ神話繋がりの情報しか出てこない。

 結局、テロリストとしても少女の情報はどれだけ調べても出てこなかった。オーケアノスを「先生」と呼んでいたことから、オーケアニデス大隊とやらのメンバーであることは、ほぼ間違いと見れるが、それだけだ。

 表示された情報を読み進めていく毎に、比乃は陰鬱な気分になった。少なくとも、あのレベルの敵がもう一人いる。それだけでも、胃に穴が開く思いだった。それが、ここ数日の訓練に出てしまっているのも、認めざるを得ない事実である。

 だが、あのレベルの敵が再度この駐屯地を襲撃したらと思うと、とても優しく指導などしてはいられなかった。警戒し過ぎるに越したことはない。

「新装備のテストだってあったのに……どうしてこうなったのか」

 一通り調べ終えて、ノートパソコンを閉じた比乃は、簡易ベットの上に放っておいた資料を一枚取り出して呻いた。
 Tkー7用の新装備、新たなるオプションが今週、丁度今日、駐屯地に運び込まれる予定になっていた。テストパイロットは勿論、本職である比乃である。機体の初期設定から何から行う、一日掛かりの作業になる予定だったが、こんな状況ではそれをしている余裕もない。

「……とりあえず、やれることはやっておかないと」

 調べてもわからないことはまだあった。あの少女が言った“試作品”と“失敗作”。あれが志度と心視を示していたのは明らかだ。
 部隊長に問い詰めても「それは追々、機会があったら話す」と言って教えてはくれなかった。本人らに聞いても、何のことかさっぱりわからないとしか言わない。

 ただでさえ、今回の相手はこれまでにないほどの強敵で、それを最低限の人数で対処しなければならない。
 それなのに、わからないことだらけのまま、指定された日まで残り一日になってしまった。これまで考えた作戦をもう一度確認するように目を閉じる。数分して、比乃は部屋を出た。

 終礼のラッパを聴きながら、思考を少しでも整理する意味と、気分的な問題から、比乃は一人で街に繰り出した。
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