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第十七話「宝石箱と三つ巴の救助作戦について」
未知の来訪者
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比乃がこの基地に拉致されてから十日が経った。今夜も決まった時間に出される食事を平らげて、比乃はここ数日の拉致監禁生活を振り返る。
ほぼ毎日この部屋にやって来ては、自身の師である先生、オーケアノスについて、一方的に話して来るステュクスとドーリスのペア。数日に一度は顔を見せに来て「気は変わったか」と聞いてくるオーケアノス(毎回、ノーの返事を聞くと「そうか」と言ってすぐに出て行ってしまうので、対して会話はしない)、そして時折よくわからない注射と血液採取を行う女医。
案外、話し相手には恵まれている環境に、比乃は退屈しないことが唯一の救いに感じていた。そう自身に言い聞かせて、己を慰めていた。そうでもしないと、物理的に救援が絶望的な現状に、心が負けてしまいそうになる。強がりは、時に重要なメンタル維持の方法となる。
そうしていると、扉に二度のノック。その返事を待たずにオーケアノスが部屋に入ってきた。今日は二度目となる来訪に「いよいよ移動させられるかな」と、内心で救助が間に合わなかったことに肩を落とした。
しかし、それを顔には出さず、あくまで強気な態度を見せようと「こんばんは、二回も来るなんて珍しいですね」オーケアノスが何か言うより先に声をかける。その態度に、オーケアノスは苦笑した。だが、サングラスの奥の目は笑っていない。
「そのはずだったんだがな、それとは別のお迎えが先に来た」
「別のお迎え……それってまさか」
「そのまさかだ。我々としても、こんな太平洋の真ん中の、それも他国領まで来るとは予想外だ。余程、お前という才能を手放したくないらしい」
こんなところ――アメリカ領土であるミッドウェイで作戦を行える部隊なんて言ったら、自身の所属する第三師団しか思い浮かばなかった。同時に、あのちょび髭の自慢げな「やってやったぞ」という顔が、頭に浮かぶ。
比乃は、自分の知る中でも最強の味方が助けに来てくれたことを確信して、笑みすら浮かべた。
「もし本当に来たんだとしたら、貴方たちの相手はm僕なんかよりもずっと強い戦士ですよ。今の内に白旗をあげるか、大人しく僕を引き渡してお引き取り願った方が良いのでは?」
挑発的に口角を上げる比乃に、オーケアノスは「あまり調子に乗るなよ」と真顔で言い返す。
「残念だが、感動の再会をさせてやるつもりはない。俺も迎撃に出る。戦闘になったら、大なり小なり施設にも被害が出るだろう。怪我をしたくなければ、この部屋から出ないことだ」
そう忠告して、オーケアノスは部屋を後にしようとする。その時、大きな爆発音と衝撃で、窓が激しく揺れた。
「随分派手なお迎えだな、いつもああなのか、自衛隊は」
「いえ……流石に今回だけだと思いますけど」
否定する比乃の言葉は、さっきとは違って、少し弱々しかった。自分の上司は爆発物コレクターで、この島に直接乗り込んできて爆破騒ぎを起こしているかもしれない。とは、流石に言えなかった。「上司が自ら島に乗り込んで来て、施設を爆破して回ってるかもしれない」なんて言っても、頭の検査にかけられるだけだろう。
そんな比乃を怪訝そうに見るオーケアノスに「先生!」と声がかけられた。彼を呼ぶ少女の声と、廊下を駆ける音が近付いて来る。ドーリスだ。彼女がこのように慌てる様子というのは、ここに来て初めて見る。
「敵襲です!」
「わかっている、数は……どうせ通常型の機体に水中具をつけたのが数機だろうが、何をそんなに慌てている」
「違います、敵は自衛隊じゃありません!」
オーケアノスが「何?」と眉を顰めたところで、もう一度爆発音が鳴った。遠く、格納庫でも何でもない施設が攻撃されている。
彼は眉を顰める。相手が自衛隊であれば、間違いなく最初に攻撃するであろう場所を、完全に無視している。相手の意図を、そして正体を図り兼ねて、オーケアノスは思案顔になるが、それよりも先に敵の正体をドーリスが告げる。
「敵はステルスでこの基地に接近してきました。飛行型が確認できただけでも五機、奴らです」
ドーリスの言った「奴ら」という言葉を聞いて、攻撃を仕掛けて来ている相手が何処の誰かなのかを理解した。そして、見境がない攻撃にも合点がいったのか、オーケアノスは舌打ちした。
「このタイミングで、か」
まさか、あいつらが自衛隊と手を組むわけがない。しかし、他にここを攻撃して来る理由など――数瞬間思案して、何事かまだ解っていない顔の比乃を見る。一つの可能性が頭に浮かんだが、オーケアノスはかぶりを振ってその可能性を自身で否定した。
「……まさかな」
「先生?」
「なんでもない、相手が自衛隊だろうがそうでなかろうが変わらん。迎撃する、俺も出るぞ」
言われ、了解と言って先に格納庫へと駆けて言ったドーリスを見送って、扉に手をかけたところで立ち止まる。振り向かずに、比乃に向かって再度。
「繰り返しになるが、戦闘中は外に出るな。相手が自衛隊からどっかの馬鹿に変わったからな、本当に身の安全が保証できん。死にたくなかったら部屋で大人しくしていることだ」
最後に「わかったな」と念を押してから、オーケアノスは乱暴に扉を閉めた。そのまま、部下と同様に走り去って行く。
一人置いていかれた比乃は、未だに爆発音が続く中。今の会話から拾えた情報から、現在の状況を整理する。
(自衛隊、第三師団が助けに来たのは恐らく本当。しかし、それに便乗する形で、どこか別の勢力が攻撃を仕掛けて来た……自力でそんなことをができる戦力を持った、空を飛ぶステルス性能を持つ敵……)
比乃の頭に浮かんだのは、去年沖縄で戦い、数週間前にも遭遇した、あの西洋鎧の姿。目的は一切わからないが、あの通常兵器では対処にてこずる兵器が、それも聞いた限りでは複数、この基地に攻撃を仕掛けて来ている。それはつまり、
「……チャンスと見るべきか、ピンチと嘆くべきか」
どっちかな――比乃は、ベットの脇に立て掛けてあった松葉杖を手に取った。敵に大人しくしていろと言われて大人しくしている義理は、比乃には無かった。
ほぼ毎日この部屋にやって来ては、自身の師である先生、オーケアノスについて、一方的に話して来るステュクスとドーリスのペア。数日に一度は顔を見せに来て「気は変わったか」と聞いてくるオーケアノス(毎回、ノーの返事を聞くと「そうか」と言ってすぐに出て行ってしまうので、対して会話はしない)、そして時折よくわからない注射と血液採取を行う女医。
案外、話し相手には恵まれている環境に、比乃は退屈しないことが唯一の救いに感じていた。そう自身に言い聞かせて、己を慰めていた。そうでもしないと、物理的に救援が絶望的な現状に、心が負けてしまいそうになる。強がりは、時に重要なメンタル維持の方法となる。
そうしていると、扉に二度のノック。その返事を待たずにオーケアノスが部屋に入ってきた。今日は二度目となる来訪に「いよいよ移動させられるかな」と、内心で救助が間に合わなかったことに肩を落とした。
しかし、それを顔には出さず、あくまで強気な態度を見せようと「こんばんは、二回も来るなんて珍しいですね」オーケアノスが何か言うより先に声をかける。その態度に、オーケアノスは苦笑した。だが、サングラスの奥の目は笑っていない。
「そのはずだったんだがな、それとは別のお迎えが先に来た」
「別のお迎え……それってまさか」
「そのまさかだ。我々としても、こんな太平洋の真ん中の、それも他国領まで来るとは予想外だ。余程、お前という才能を手放したくないらしい」
こんなところ――アメリカ領土であるミッドウェイで作戦を行える部隊なんて言ったら、自身の所属する第三師団しか思い浮かばなかった。同時に、あのちょび髭の自慢げな「やってやったぞ」という顔が、頭に浮かぶ。
比乃は、自分の知る中でも最強の味方が助けに来てくれたことを確信して、笑みすら浮かべた。
「もし本当に来たんだとしたら、貴方たちの相手はm僕なんかよりもずっと強い戦士ですよ。今の内に白旗をあげるか、大人しく僕を引き渡してお引き取り願った方が良いのでは?」
挑発的に口角を上げる比乃に、オーケアノスは「あまり調子に乗るなよ」と真顔で言い返す。
「残念だが、感動の再会をさせてやるつもりはない。俺も迎撃に出る。戦闘になったら、大なり小なり施設にも被害が出るだろう。怪我をしたくなければ、この部屋から出ないことだ」
そう忠告して、オーケアノスは部屋を後にしようとする。その時、大きな爆発音と衝撃で、窓が激しく揺れた。
「随分派手なお迎えだな、いつもああなのか、自衛隊は」
「いえ……流石に今回だけだと思いますけど」
否定する比乃の言葉は、さっきとは違って、少し弱々しかった。自分の上司は爆発物コレクターで、この島に直接乗り込んできて爆破騒ぎを起こしているかもしれない。とは、流石に言えなかった。「上司が自ら島に乗り込んで来て、施設を爆破して回ってるかもしれない」なんて言っても、頭の検査にかけられるだけだろう。
そんな比乃を怪訝そうに見るオーケアノスに「先生!」と声がかけられた。彼を呼ぶ少女の声と、廊下を駆ける音が近付いて来る。ドーリスだ。彼女がこのように慌てる様子というのは、ここに来て初めて見る。
「敵襲です!」
「わかっている、数は……どうせ通常型の機体に水中具をつけたのが数機だろうが、何をそんなに慌てている」
「違います、敵は自衛隊じゃありません!」
オーケアノスが「何?」と眉を顰めたところで、もう一度爆発音が鳴った。遠く、格納庫でも何でもない施設が攻撃されている。
彼は眉を顰める。相手が自衛隊であれば、間違いなく最初に攻撃するであろう場所を、完全に無視している。相手の意図を、そして正体を図り兼ねて、オーケアノスは思案顔になるが、それよりも先に敵の正体をドーリスが告げる。
「敵はステルスでこの基地に接近してきました。飛行型が確認できただけでも五機、奴らです」
ドーリスの言った「奴ら」という言葉を聞いて、攻撃を仕掛けて来ている相手が何処の誰かなのかを理解した。そして、見境がない攻撃にも合点がいったのか、オーケアノスは舌打ちした。
「このタイミングで、か」
まさか、あいつらが自衛隊と手を組むわけがない。しかし、他にここを攻撃して来る理由など――数瞬間思案して、何事かまだ解っていない顔の比乃を見る。一つの可能性が頭に浮かんだが、オーケアノスはかぶりを振ってその可能性を自身で否定した。
「……まさかな」
「先生?」
「なんでもない、相手が自衛隊だろうがそうでなかろうが変わらん。迎撃する、俺も出るぞ」
言われ、了解と言って先に格納庫へと駆けて言ったドーリスを見送って、扉に手をかけたところで立ち止まる。振り向かずに、比乃に向かって再度。
「繰り返しになるが、戦闘中は外に出るな。相手が自衛隊からどっかの馬鹿に変わったからな、本当に身の安全が保証できん。死にたくなかったら部屋で大人しくしていることだ」
最後に「わかったな」と念を押してから、オーケアノスは乱暴に扉を閉めた。そのまま、部下と同様に走り去って行く。
一人置いていかれた比乃は、未だに爆発音が続く中。今の会話から拾えた情報から、現在の状況を整理する。
(自衛隊、第三師団が助けに来たのは恐らく本当。しかし、それに便乗する形で、どこか別の勢力が攻撃を仕掛けて来た……自力でそんなことをができる戦力を持った、空を飛ぶステルス性能を持つ敵……)
比乃の頭に浮かんだのは、去年沖縄で戦い、数週間前にも遭遇した、あの西洋鎧の姿。目的は一切わからないが、あの通常兵器では対処にてこずる兵器が、それも聞いた限りでは複数、この基地に攻撃を仕掛けて来ている。それはつまり、
「……チャンスと見るべきか、ピンチと嘆くべきか」
どっちかな――比乃は、ベットの脇に立て掛けてあった松葉杖を手に取った。敵に大人しくしていろと言われて大人しくしている義理は、比乃には無かった。
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