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第十八話「比乃のありふれた日常と騒動について」
人気者の定め
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「おはよーございま」「ぎゃああああ!」
比乃が挨拶して教室に入ろうとしたそのとき、開けた扉に人型の何か。よく見れば他クラスの生徒がびたーんと音をたてて激突してきた。その生徒は床に滑り落ちると、呻き声を上げて動かなくなる。
比乃は「ああ……平和だったのは登校だけか」と内心で涙を流しながら、その生徒が飛んできた方を見た。そちらには、武道家のような構えを取った森羅が口で「シュッ、シュシュッ!」と言いながらシャドーボクシング的な動きをしている。
どうやら、この生徒を吹っ飛ばしたのは彼女らしい。隣の晃が「あちゃー」と言わんばかりに顔を覆っていることから、深く考えなくても答えは明白だ。
「で、今朝は何が起こったの、状況説明よろしく」
もはや慣れっ子の比乃は、内心嘆いているのを表に出さず、淡々と暴行事件の主犯の一人である森羅に聞いた。
「うむ、最近護身のために武術を習い始めたのだが、これが思いの外面白くてな……」
「それで無辜な生徒を一人吹っ飛ばしたと……あのねぇ紫蘭、言っておくけど、武力の過剰な故事は犯罪に繋がるんだからね? 社長令嬢を名乗るならそれくらい自覚を持たなきゃ駄目だよ?」
「いやいや早とちりするな、向こうから飛びかかってきたので仕方なくやったのだ。私に悪気や悪意、殺意など一切ない」
「あ、正当防衛だったか」
それなら仕方がない……いや待て、ちょっとやり過ぎじゃないのか? 感覚の麻痺に苦悶する比乃の隣で、吹っ飛ばされて床に伸びていた生徒が「ううん……」と起き上がった。
「森羅たん……何故我々の愛をわかってくれないんだ……」
「ふん、貴様達の余計で変態で生産性の無い愛など、知りたくもないわ!」
「そんな……僕はただ、森羅たんが使ったティッシュを、余計な不純物が付着する前に回収、保護、観察しようとしただけなのに……」
「気持ち悪いわ!」
背筋に悪寒が走った森羅がぞぞぞっと身を震わせ、思わず腰が抜けたように床にへたり込んだ。比乃の後ろで話を聞いていた四人も「うわぁ……」と揃って彼から距離を取るように後ずさった。比乃も距離を取りたかったが、後ろがつっかえていて逃げることができない。
「それでも諦めない、我々森羅たん親衛隊の愛を、いつの日か必ず解って貰うんだ!」
そう叫びながら、親衛隊を名乗る生徒は後ろ側の扉から出ようとして、そこが比乃に塞がれていたので、教卓側の扉まで回り道をして出て行った。
騒動が終わって、ようやく教室内に入った四人は、森羅に同情の視線を送った。まさか学校にあんな変態が居ようとは、これからはこういうのも相手に警護しなければいけないのかと、比乃は頭の中で優先順位をどう付けるか探っている。
「それにしても凄い人だったね……」
アイヴィーが「森羅さん、大丈夫?」と手を差し伸べると、森羅は「かたじけない……かたじけない……」と施しを受けた武士のように、その手を借りて立ち上がって、
「うおお……気持ち悪い……親衛隊とか言う不届き者が、最近増えてきていてな……うおお……」
とまた悶え始めた。相当に気色悪かったらしく、激しく身悶えている。
「あんなのが複数人いるのか……いいのかそれ」
それでも、あれは任務の対象外かな。これ以上この件には関わりたくないので、そう勝手に決めた比乃が、この学校の自由さに薄っすら驚愕していた。そうしていると、未だに悶えている森羅の方へメアリが歩み寄った。どこか嗜虐的な笑みを浮かべていている。
「森羅さん。親衛隊がいるだなんて羨ましいですね。よっぽど熱心な方々なのでしょう? あの親衛隊とやらは」
ちっとも羨ましく無さそうに、くすくすと恋敵の不幸を笑うメアリであったが、
「ああ、そういえば最近、メアリーたん見守り隊とかいう集団が出来たらしいぞ」
「えっ……」
次の瞬間、森羅からもたらされた情報によって、英国王女は自分も他人事ではなくなったことを即座に理解した。一瞬、意識が遠のいてふらっと倒れそうになった。が、なんとか持ち直す。
そして青い顔で「至急、ジャック達に危険人物リストを作らせないと……」と呟いて、懐から携帯端末を取り出してメールを打ち始めた。どこか、恐らくはここを遠くから見守っているであろう、本物の近衛隊に連絡を取っているのだろう。
「人気者って……大変」
「俺達には縁のない話だな、変な奴に寄り付かれなくて幸いだぜ」
「全くだね」
そんな彼女たちを見て、揃って「ははは」と笑う比乃、志度、心視であった。その三人に、晃は言い出せないでいた。
この学校でも二大派閥である「森羅たん親衛隊」「メアリーたん見守り隊」の影に隠れる形で存在する「浅野&白間を愛で隊」という組織があることを――そして、比乃に熱視線を送る男子生徒が、このクラスを含めて、この学校には何人かいることを。
その男子生徒の一人が、今も自分の席から比乃を見て「今日も元気そうだな、たまらねぇぜ……」と呟いていることも。
晃は、何も知らずに幸せそうに笑っている三人を見ながら「人気者って、ほんとに大変だよな……」と呟いて、どこか儚げな表情で窓の外へ視線を向けた。
今日は快晴、絶好の授業日和であった。
比乃が挨拶して教室に入ろうとしたそのとき、開けた扉に人型の何か。よく見れば他クラスの生徒がびたーんと音をたてて激突してきた。その生徒は床に滑り落ちると、呻き声を上げて動かなくなる。
比乃は「ああ……平和だったのは登校だけか」と内心で涙を流しながら、その生徒が飛んできた方を見た。そちらには、武道家のような構えを取った森羅が口で「シュッ、シュシュッ!」と言いながらシャドーボクシング的な動きをしている。
どうやら、この生徒を吹っ飛ばしたのは彼女らしい。隣の晃が「あちゃー」と言わんばかりに顔を覆っていることから、深く考えなくても答えは明白だ。
「で、今朝は何が起こったの、状況説明よろしく」
もはや慣れっ子の比乃は、内心嘆いているのを表に出さず、淡々と暴行事件の主犯の一人である森羅に聞いた。
「うむ、最近護身のために武術を習い始めたのだが、これが思いの外面白くてな……」
「それで無辜な生徒を一人吹っ飛ばしたと……あのねぇ紫蘭、言っておくけど、武力の過剰な故事は犯罪に繋がるんだからね? 社長令嬢を名乗るならそれくらい自覚を持たなきゃ駄目だよ?」
「いやいや早とちりするな、向こうから飛びかかってきたので仕方なくやったのだ。私に悪気や悪意、殺意など一切ない」
「あ、正当防衛だったか」
それなら仕方がない……いや待て、ちょっとやり過ぎじゃないのか? 感覚の麻痺に苦悶する比乃の隣で、吹っ飛ばされて床に伸びていた生徒が「ううん……」と起き上がった。
「森羅たん……何故我々の愛をわかってくれないんだ……」
「ふん、貴様達の余計で変態で生産性の無い愛など、知りたくもないわ!」
「そんな……僕はただ、森羅たんが使ったティッシュを、余計な不純物が付着する前に回収、保護、観察しようとしただけなのに……」
「気持ち悪いわ!」
背筋に悪寒が走った森羅がぞぞぞっと身を震わせ、思わず腰が抜けたように床にへたり込んだ。比乃の後ろで話を聞いていた四人も「うわぁ……」と揃って彼から距離を取るように後ずさった。比乃も距離を取りたかったが、後ろがつっかえていて逃げることができない。
「それでも諦めない、我々森羅たん親衛隊の愛を、いつの日か必ず解って貰うんだ!」
そう叫びながら、親衛隊を名乗る生徒は後ろ側の扉から出ようとして、そこが比乃に塞がれていたので、教卓側の扉まで回り道をして出て行った。
騒動が終わって、ようやく教室内に入った四人は、森羅に同情の視線を送った。まさか学校にあんな変態が居ようとは、これからはこういうのも相手に警護しなければいけないのかと、比乃は頭の中で優先順位をどう付けるか探っている。
「それにしても凄い人だったね……」
アイヴィーが「森羅さん、大丈夫?」と手を差し伸べると、森羅は「かたじけない……かたじけない……」と施しを受けた武士のように、その手を借りて立ち上がって、
「うおお……気持ち悪い……親衛隊とか言う不届き者が、最近増えてきていてな……うおお……」
とまた悶え始めた。相当に気色悪かったらしく、激しく身悶えている。
「あんなのが複数人いるのか……いいのかそれ」
それでも、あれは任務の対象外かな。これ以上この件には関わりたくないので、そう勝手に決めた比乃が、この学校の自由さに薄っすら驚愕していた。そうしていると、未だに悶えている森羅の方へメアリが歩み寄った。どこか嗜虐的な笑みを浮かべていている。
「森羅さん。親衛隊がいるだなんて羨ましいですね。よっぽど熱心な方々なのでしょう? あの親衛隊とやらは」
ちっとも羨ましく無さそうに、くすくすと恋敵の不幸を笑うメアリであったが、
「ああ、そういえば最近、メアリーたん見守り隊とかいう集団が出来たらしいぞ」
「えっ……」
次の瞬間、森羅からもたらされた情報によって、英国王女は自分も他人事ではなくなったことを即座に理解した。一瞬、意識が遠のいてふらっと倒れそうになった。が、なんとか持ち直す。
そして青い顔で「至急、ジャック達に危険人物リストを作らせないと……」と呟いて、懐から携帯端末を取り出してメールを打ち始めた。どこか、恐らくはここを遠くから見守っているであろう、本物の近衛隊に連絡を取っているのだろう。
「人気者って……大変」
「俺達には縁のない話だな、変な奴に寄り付かれなくて幸いだぜ」
「全くだね」
そんな彼女たちを見て、揃って「ははは」と笑う比乃、志度、心視であった。その三人に、晃は言い出せないでいた。
この学校でも二大派閥である「森羅たん親衛隊」「メアリーたん見守り隊」の影に隠れる形で存在する「浅野&白間を愛で隊」という組織があることを――そして、比乃に熱視線を送る男子生徒が、このクラスを含めて、この学校には何人かいることを。
その男子生徒の一人が、今も自分の席から比乃を見て「今日も元気そうだな、たまらねぇぜ……」と呟いていることも。
晃は、何も知らずに幸せそうに笑っている三人を見ながら「人気者って、ほんとに大変だよな……」と呟いて、どこか儚げな表情で窓の外へ視線を向けた。
今日は快晴、絶好の授業日和であった。
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