149 / 344
第二十話「志度とはんなり荘の住人達について」
来客対応の成果
しおりを挟む
志度が各自の洗濯物を畳み終えて、またしばらく、一時間程ぼけっとしていた。帰宅してからのことを思い返す。
今日は、アパート住民の来訪やら、町内ウォーキングやら、まさかの互角の腕相撲やらと、楽しく時間を潰すことができた。
それに、これからも暇になったら、またあの筋肉老人と一緒に運動をしたり、家出少女、居れば家出少年と、腕相撲とかで勝負するという選択肢が増えた。どうせなら、侍女と一緒に比乃にナイフの扱い方を学ぶのも楽しいかもしれない。良い暇潰しの当てができた。
こうして振り返ってみると、なんとも実りのある午後であったと、志度は満足気に溜息を吐いた。そうして、椅子に座って足をぶらつかせていると、玄関の扉がガチャリと開いた。続いて「ただいまー」「ただいま……」と、同僚達の声がした。
「おう、おかえり!」
たたたっと玄関に向かった志度は二人を笑顔で迎え、比乃の鞄を持ってやる。比乃は鞄を渡すと「ああ、有難う志度……疲れたぁ」とくたびれた様に伸びをした。後ろにいる心視も、どこか疲れている様子である。
「そんなに大変だったのか事務仕事」
「いやね、訓練でちょっとやりすぎちゃって、借りてた機体の関節駄目にしちゃってさ……それの始末書を書いてた」
「比乃……張り切りすぎ」
「頑張りすぎはよくねぇよなぁ」
呆れたように言う志度に、比乃は後頭部を掻いて、
「いやぁ、お恥ずかしい限りで……」
そんな会話をしながら、各々はリビングに入った。二人は上着を脱いでハンガーにかけて、比乃が早速「それじゃあ急いで夕飯用意するね」と冷蔵庫を開ける。すると、そこには見慣れない透明の容器があった。中には調理した覚えのない料理が入っている。
「ん? 志度、このタッパーは?」
心視と共に、比乃の鞄を自室に置いて戻ってきた志度が「ああ、それな、アイヴィーが作り過ぎたって言って持ってきた」と、比乃の横からタッパーをひょいと取り出して答える。
「へー、じゃあ彼女の手作りか。郷土料理なのかな、見たことないけど」
「ジャガイモと肉っぽいなこれ、どんな味するんだろ」
「それじゃあ夕飯はそれと何か一、二品付け足そうか、ちょっと待っててね」
言いながら、比乃は冷蔵庫から食材をいくつか取り出すと、エプロンを装着して台所に立つ。しばらくして、リズミカルに食材を切る音がし始める。
本当に料理の手際良いよな比乃って、内心で感嘆しつつ、志度は「あっ」と思い出したように声を上げた。
「そういえば今日、刀根のねえちゃんが家に来てさ。比乃にナイフの上手い投げ方教えてほしいってさ」
「刀根さんが? どうして投げナイフなんだ……別に構わないけど」
首を傾げながらも了承する比乃。
「ついでだから、俺にも改めてナイフの使い方教えてくれよ」
「それも構わないよ。というか、お望みなら訓練中に嫌というほど仕込んであげるよ」
「ほんとか?! やったぜ!」
嬉しそうにぐっとガッツポーズする志度に、比乃は「大袈裟だなぁ」と苦笑して、今し方切った食材を、油を敷いて温めておいたフライパンに投入して炒め始める。
「あ、そうだ。それと重野のじいさんが、今度俺と比乃と三人で筋トレしようって言われた」
「筋トレかぁ……まぁ、訓練がない日だったらいいかな」
木ベラを動かしてフライパンの上の食材を踊らせながら、比乃はそれも了承する。またも志度はやったぜ、とガッツポーズ。三人でウォーキングするというのも、また乙な物だろう。実に楽しみである。
「私は……?」
一人、話題の外だった心視が呟く。志度は「あ、そういえば」と少し困り顔になって、
「心視のことは言われなかったな……けど、参加してもいいんじゃね?」
「……比乃がやるなら、私もやる」
「じゃあ重野のじいさんにも言っとかないとな!」
これで三人勢揃いである。今度の休日は更に楽しくなりそうだと、志度は今からウキウキ気分であった。そして最後の要件も思い出し「あ、それとな比乃」と切り出した。
「宝子が本気の腕相撲の相手を探してるっていうから、比乃を推薦しておいたぜ!」
「……なんて?」
それを聞いた比乃の手がピタリと止まる。炒め物がじゅうじゅうと音を立てる。後ろからでは表情が見えないため、比乃が今どんな顔をしているか志度には判らなかったが、もし見えていたら、流石の志度もこの話は続けなかっただろう。そんな顔をしていた。
しかし、比乃がそんな表情をしているとは知らない志度は、気にせずに続ける。
「いやな、最近力を持て余してるって言うから、だったら腕相撲が良いって教えたんだよ。それで比乃も結構鍛えてるから相手にお勧めだって言ったんだ。宝子も結構乗り気だったぜ?」
「そ、そうなんだ……どうやって断ろうかな」
後半は小声で志度には聞き取れなかった。何はともあれ、これで比乃に対する要件は全て伝え終えた。志度は満足気に頷く。伝令任務完了である。
そして、「どうしよう……」と呟きながら木ベラを動かす比乃の様子を、机に座って眺めていた心視の服の裾を、志度がちょいちょいと引いた。心視が少し鬱陶しそうに眉を顰めたが、志度は気にしない。
「……なに?」
「なぁ心視、ちょっと腕相撲しないか、久々に」
腕相撲、という言葉を聞いて、心視は「へぇ……」と漏らす。この二人の間で腕相撲とは、毎回何かを賭けることを意味する。つまりは真剣勝負なのである。
「……良いけど、何、賭ける?」
無表情ながらも乗り気なのか、手をぽきぽき鳴らす心視に、志度は満面の笑みで言った。
「今度、どっちが比乃と恋愛映画見に行くかだ!」
「……潰す」
その一言を皮切りに始まった激戦は、比乃が「そろそろ退いてくれない? 料理置けないから」という仲裁の言葉が入るまで続いた。結果は長い議論の末、勝負は引き分けということになり、映画は三人で見に行くことになったのだった。
後日、初めて見た恋愛映画はそこそこ面白かったが、結局、恋愛がどうとか言うのはよく判らなかった。しかし、三人で一緒に何かをすることの楽しさは、志度にもよくわかったのだった。
今日は、アパート住民の来訪やら、町内ウォーキングやら、まさかの互角の腕相撲やらと、楽しく時間を潰すことができた。
それに、これからも暇になったら、またあの筋肉老人と一緒に運動をしたり、家出少女、居れば家出少年と、腕相撲とかで勝負するという選択肢が増えた。どうせなら、侍女と一緒に比乃にナイフの扱い方を学ぶのも楽しいかもしれない。良い暇潰しの当てができた。
こうして振り返ってみると、なんとも実りのある午後であったと、志度は満足気に溜息を吐いた。そうして、椅子に座って足をぶらつかせていると、玄関の扉がガチャリと開いた。続いて「ただいまー」「ただいま……」と、同僚達の声がした。
「おう、おかえり!」
たたたっと玄関に向かった志度は二人を笑顔で迎え、比乃の鞄を持ってやる。比乃は鞄を渡すと「ああ、有難う志度……疲れたぁ」とくたびれた様に伸びをした。後ろにいる心視も、どこか疲れている様子である。
「そんなに大変だったのか事務仕事」
「いやね、訓練でちょっとやりすぎちゃって、借りてた機体の関節駄目にしちゃってさ……それの始末書を書いてた」
「比乃……張り切りすぎ」
「頑張りすぎはよくねぇよなぁ」
呆れたように言う志度に、比乃は後頭部を掻いて、
「いやぁ、お恥ずかしい限りで……」
そんな会話をしながら、各々はリビングに入った。二人は上着を脱いでハンガーにかけて、比乃が早速「それじゃあ急いで夕飯用意するね」と冷蔵庫を開ける。すると、そこには見慣れない透明の容器があった。中には調理した覚えのない料理が入っている。
「ん? 志度、このタッパーは?」
心視と共に、比乃の鞄を自室に置いて戻ってきた志度が「ああ、それな、アイヴィーが作り過ぎたって言って持ってきた」と、比乃の横からタッパーをひょいと取り出して答える。
「へー、じゃあ彼女の手作りか。郷土料理なのかな、見たことないけど」
「ジャガイモと肉っぽいなこれ、どんな味するんだろ」
「それじゃあ夕飯はそれと何か一、二品付け足そうか、ちょっと待っててね」
言いながら、比乃は冷蔵庫から食材をいくつか取り出すと、エプロンを装着して台所に立つ。しばらくして、リズミカルに食材を切る音がし始める。
本当に料理の手際良いよな比乃って、内心で感嘆しつつ、志度は「あっ」と思い出したように声を上げた。
「そういえば今日、刀根のねえちゃんが家に来てさ。比乃にナイフの上手い投げ方教えてほしいってさ」
「刀根さんが? どうして投げナイフなんだ……別に構わないけど」
首を傾げながらも了承する比乃。
「ついでだから、俺にも改めてナイフの使い方教えてくれよ」
「それも構わないよ。というか、お望みなら訓練中に嫌というほど仕込んであげるよ」
「ほんとか?! やったぜ!」
嬉しそうにぐっとガッツポーズする志度に、比乃は「大袈裟だなぁ」と苦笑して、今し方切った食材を、油を敷いて温めておいたフライパンに投入して炒め始める。
「あ、そうだ。それと重野のじいさんが、今度俺と比乃と三人で筋トレしようって言われた」
「筋トレかぁ……まぁ、訓練がない日だったらいいかな」
木ベラを動かしてフライパンの上の食材を踊らせながら、比乃はそれも了承する。またも志度はやったぜ、とガッツポーズ。三人でウォーキングするというのも、また乙な物だろう。実に楽しみである。
「私は……?」
一人、話題の外だった心視が呟く。志度は「あ、そういえば」と少し困り顔になって、
「心視のことは言われなかったな……けど、参加してもいいんじゃね?」
「……比乃がやるなら、私もやる」
「じゃあ重野のじいさんにも言っとかないとな!」
これで三人勢揃いである。今度の休日は更に楽しくなりそうだと、志度は今からウキウキ気分であった。そして最後の要件も思い出し「あ、それとな比乃」と切り出した。
「宝子が本気の腕相撲の相手を探してるっていうから、比乃を推薦しておいたぜ!」
「……なんて?」
それを聞いた比乃の手がピタリと止まる。炒め物がじゅうじゅうと音を立てる。後ろからでは表情が見えないため、比乃が今どんな顔をしているか志度には判らなかったが、もし見えていたら、流石の志度もこの話は続けなかっただろう。そんな顔をしていた。
しかし、比乃がそんな表情をしているとは知らない志度は、気にせずに続ける。
「いやな、最近力を持て余してるって言うから、だったら腕相撲が良いって教えたんだよ。それで比乃も結構鍛えてるから相手にお勧めだって言ったんだ。宝子も結構乗り気だったぜ?」
「そ、そうなんだ……どうやって断ろうかな」
後半は小声で志度には聞き取れなかった。何はともあれ、これで比乃に対する要件は全て伝え終えた。志度は満足気に頷く。伝令任務完了である。
そして、「どうしよう……」と呟きながら木ベラを動かす比乃の様子を、机に座って眺めていた心視の服の裾を、志度がちょいちょいと引いた。心視が少し鬱陶しそうに眉を顰めたが、志度は気にしない。
「……なに?」
「なぁ心視、ちょっと腕相撲しないか、久々に」
腕相撲、という言葉を聞いて、心視は「へぇ……」と漏らす。この二人の間で腕相撲とは、毎回何かを賭けることを意味する。つまりは真剣勝負なのである。
「……良いけど、何、賭ける?」
無表情ながらも乗り気なのか、手をぽきぽき鳴らす心視に、志度は満面の笑みで言った。
「今度、どっちが比乃と恋愛映画見に行くかだ!」
「……潰す」
その一言を皮切りに始まった激戦は、比乃が「そろそろ退いてくれない? 料理置けないから」という仲裁の言葉が入るまで続いた。結果は長い議論の末、勝負は引き分けということになり、映画は三人で見に行くことになったのだった。
後日、初めて見た恋愛映画はそこそこ面白かったが、結局、恋愛がどうとか言うのはよく判らなかった。しかし、三人で一緒に何かをすることの楽しさは、志度にもよくわかったのだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
76
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる