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第二十一話「短期的出張と特殊部隊について」

世間体の大切さ

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 昨今、日本における対テロ戦闘の主役は警察ではなく自衛隊である。それには様々な理由があり、そのどれもが武力、軍事力の保持が必要であることを示していた。テロリストの重武装化。警察機動隊の装備不足、人員不足。そしてAMWの有無。

 数年前まで、日本には国内における市街地戦を想定した法整備など、ほとんど成されていなかった。国内の市街地でテロが発生した場合、軽装備の警官隊がその身を犠牲にして時間を稼ぎ、その稼いだ時間を、国会議員が言い争いを続けることで、無駄な事この上ない会議に費やす。そんな国であった。

 その結果が、東京事変という、もはや災厄とすら言われる大規模テロ侵攻による、大量の死傷者だった。悲劇に見舞われて、経験することで初めて、愚者であった日本は劇的に変わった。
 法整備が急ピッチで行われ、過激に、過剰に、神経質に国防意識が改革され、テロリストに対して容赦することがなくなった。今更、自衛隊の存在意義に関してどうのこうの言う与党議員はいない。

 それでも、野党やマスコミに自衛隊の存在意義について問われたとして──もし、完璧と言える理論と自称する野次に近い言葉で、自衛隊の存在を否定されたとしても、彼らはこう返すだろう。

「それでは、他に、誰がこの国を守ってくれるのだ。条例か?  憲法か?  力を持たない文字列で、この国と国民を守れると、貴方たちは本気で思っているのか?」

在日米軍も去った今、卑劣な武力組織に対抗できるのは友愛の心でも、慈悲の心でもない。同じ武力でしかないのだ。それを身を以て知ったからこそ出る言葉だ。

 その現実を日本は数年前、何万という命を犠牲にしてようやく思い知ったのだ。そう、思い知ったはずなのだが、それでも、世間体というものは付いて回るのである。

 ***

 昼下がりの市街地のど真ん中。テロリストのトレーヴォと遮蔽物を挟んで対峙していた比乃は、通信機越しに妙な指示を受けていた。

『日比野三曹、すまんが、今回は過激なやり方は極力抑えてくれ』

 通信機から渡された指示に、日比野 比乃三等陸曹は一瞬、通信相手の正気を疑った。相手は、色々あった結果、臨時で現場の指揮に入った第八師団の三等陸尉だ。上官の精神状態を疑うのも、それはどうかと思ったので、比乃は一応、相手の意図を探るために聞き返した。

「つまり、どういったことが駄目なのでしょうか、理由も合わせて説明いただけると助かります」

 テロリストのトレーヴォは、両腕部に重火器を装備している。比乃が身を隠しているマンションに、油断なくその二つの銃口を向けている敵機を、目。機体の指先に備えられたサブカメラを、遮蔽物から少しだけ露出させる。相手の動向を窺う。緊張感がある場面だ。口論などしている場合でないのだが……どうしたものかと思っていると、上官はすぐに答えた。

『コクピットへの直接攻撃及び、残虐性を見せる行為だ。世論の目がある。あまり、刺激的な場面を市民に見せるわけにはいかないんだ』

 つまり、テロリストを生け捕りにでもしろと言うのだろうか、馬鹿らしい。猛獣を素手で捕獲しろと言っているのに等しい、現場を知らない発言に、比乃は内心、相手を小馬鹿にするように悪態をついた。

 比乃は第三師団から出張扱いになっているため、第八師団の直接的な指揮下にはない。それでも、現場指揮官の言葉は絶対ではある。そのことを踏まえても、思わず通信を切ってしまおうかとすら、比乃は思った。そのとき、ふと、集音マイクがヘリのローター音を拾い上げた。

(なんだ……?)

 頭部メインカメラを上に向けると、頭上を一台の派手な塗装のヘリが飛んでいるのが見えた。そのヘリから、身を乗り出すようにカメラを担いだ人間とマイクを持っている人間がいた。マスコミだ。この近辺に取材許可など降りているはずがないのだが……つまり、そういうことらしい。

 想定外のアクシデントがあったようだと、事情を察した比乃は深く深くため息を吐いた。

「了解しました。善処します。以上、通信終わり」

『待て、善処だけでは──』

 通信相手が何か言い出す前に通信を切った比乃は、カメラ越しに相手をよく観察して、突撃のタイミングを図る。

 数秒、テロリストのトレーヴォは銃口をこちらに向けたままだった。だが、頭上のヘリに気付くと、その警戒がそちらへ向いた。何を思ったのか、鬱陶しげに片方の銃口を上空へ向ける。鬱陶しかったのかもしれないし、何らかのマスコミに対するパフォーマンスだったのかもしれない。

 ヘリのパイロットが悲鳴をあげる。高度を上げようとするヘリ、そして生まれた、一瞬の致命的な隙。

(今だ!)

 次の瞬間、比乃のTkー7改はマンションの影から踊り出した。腰からナイフを引き抜きながら、疾風の如き速さでトレーヴォに迫る。それに気付いたトレーヴォが重機関銃を動かしたが、その時にはもう、比乃は相手の懐に入っていた。

 いつものように、コクピット目掛けてナイフを突き刺しそうになったが、直前で陸尉に言われたことを思い出した。仕方なく、ナイフの矛先を相手の胴体中央から右側へと変える。

 一閃。高振動ナイフが、トレーヴォの細い肩に突き刺さる。甲高い金属音をあげて、寸断されたトレーヴォの左肩から先が脱落する。片腕になったトレーヴォがこちらを殴り付けようと、残った右腕を振り上げた。無駄な抵抗だ。比乃は機体に動きを念じ、近接格闘術を再現させる。
 敵機の腕をがっちりと受け止め、そのまま抱え込むようにして捻りあげる。捻られた腕に備え付けられた銃口が火を吹いた。発射された弾丸が、空へ虚しく消えていく。

「よいしょ!」

 比乃が掛け声と共に、Tkー7改の腕部の出力を上げた。すると、トレーヴォの華奢な肩関節が鈍い音を立てたかと思うと、だらりと脱力した。流石は第三世代機、軽量級とは言えど、旧世代機とはパワーが違う。両腕を潰された上に、地面にうつ伏せに拘束されたトレーヴォは、観念したように動かなくなった。

 これにて鎮圧完了。やればできるもんだ。比乃ははふうと息を吐いて、指揮所に通信を入れる。

「こちらchild1。敵機の制圧完了。テロリストの確保願います」

『日比野三曹、街中で敵機に発砲させるとは何事だ!  万が一敵の弾が周辺の施設に当たりでもしたら』

 何が気に入らないのか、激怒した様子の三尉が通信機越しに怒鳴りつけてくる。比乃は再度ため息を吐いて、

「一撃でコクピットを潰せていれば、撃たせませんでしたが」

 その言葉に、うっと言葉を詰まらせる三尉。しかし次の瞬間には『言い訳するな!  子供が!』と比乃を威嚇するように大声を上げた。

『ともかく、敵に発砲を許したのは三曹、君の落ち度だ!  戻ったら始末書を覚悟したまえ!』

 そう一方的に捲したてると、通信が切られた。比乃はしばし、相手のあんまりな言い草にぽかんと呆けていた。それに対して、特に怒り出す訳でもなく、困った様子で頰を掻いて呟いた。

「……始末書、何書けばいいんだろ」
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