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第二十二話「影の思惑と現場の事情について」

黒い者たち

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 現場から三百メートルほど離れたコンテナ船の上で、双眼鏡を構えた二人の男が居た。

「動き出しましたね」

 煙が撒き散らされたコンテナ集積場を遠巻きに見ながら、サングラスの男は言った。その煙の中を、あちこちのコンテナから出て来た人型があった。ここから見える限り九機。ずんぐりとした体格のペーチルSが動き出している。

 もしも、こちらの港に居たのが富山駐屯地の通常型二個小隊だったら、彼らはさぞ手を焼いたことだろう。もっとも、ここにいるのはそれより少ない一個小隊なのだが、機体も中身も質が違う。

「それにしても奴ら、自衛隊に包囲されてるって言ってやっただけで、大慌てで尻尾どころか本体を出しやがった。間抜けな連中ですよ、匿名の忠告を信じるなんて」

 そう言ってからから笑うのは、先日、橋の上で中尉と呼ばれていた男である。今日は帽子を被っていない。着ている服装も、私服姿ではなく、闇に溶け込むように真っ黒な戦闘服だった。夜風に晒されている、後ろに流した薄い金色の髪を撫で付けながら、柔かな笑みを浮かべている。

 そう、密輸組織のAMWが急に動き出したのは、彼らの仲間が流した「伏木地区はすでに自衛隊に包囲されている、動き出すのは時間の問題だ」という、偽とも真実とも付かない情報を掴まされたからだった。

 これを真に受けた密輸組織は、話の真偽も出所も確かめぬまま、予定を早めて当初の作戦……港への破壊工作と、自衛隊の排除を開始したのである。

 今頃、煙に紛れた工作員が、重要施設や積み上げ用のクレーンなどにでも、爆薬を仕掛けようと動き回っていることだろう。周囲に展開しているペーチルSはそのための囮も兼ねていることまで、この男達には筒抜けの情報だった。

「おーおー、奴ら、“G”まで持ち出したみたいですよ」

 だが、彼らの部隊が態々日本にまで出向いたのは、日本とロシアの貿易港を守るためではない(それは自衛隊の仕事である)。密輸組織が国外に持ち出した、ある重要な物を、確保もしくは破壊することだ。その為だけに、一ヶ月以上もかけて日本に潜伏し、下準備を続けて来たのである。

「少佐殿、あれと自衛隊を接触させるのは……」

 言って、中尉が隣の少佐を見やる。双眼鏡を覗いて、対象と自衛隊のTkー7改が動き出したのを確認した少佐は、青い目を細めて「頃合いだな」と呟いた。

「全員、機体に搭乗させろ。目標はあくまで“G”のみとする。都合よくスモークがあるんだ。極力、自衛隊を刺激するなよ」

「了解です」

 中尉に指示を出しながら、少佐はタンカーに載せられているコンテナの一つの扉を開けて中に入る。その中には、彼らが着ている戦闘服と同じ、漆黒に塗られたAMWが鎮座していた。

「作戦開始だ」

 少佐は呟くと、年齢を感じさせない軽い身のこなしでその内の一機に乗り込んだ。少し間が空いて、漆黒の巨人が、唸り声を上げて立ち上がった。

 ***

『比乃から見て四時時方向、一機みっけた。気付かれてない!』

『同じく、そっちから見て、九時方向、一機』

 志度と心視が、ほぼ同時に敵機二機の居場所を看破した。比乃はすかさず「先制攻撃」と短く指示を出し、自身も周辺の警戒を更に強める。志度と心視が、同時に短筒を構えて発砲した。不明瞭な視界の中、志度の射撃は外れ、心視の射撃は命中した。

 比乃から見て斜め後ろから貫徹音と巨体が倒れる音。そしてその反対側と自分から見て十二時方向、煙の向こう、正面から照準警報──AIが《照準波感知》と淡白な警告を鳴らす。

「散開っ」

 比乃が言ったか言わずか、三機は同時に三方向に飛んだ。その直後に、三人が居た場所に大量の弾丸が撃ち込まれ、側にあったコンテナに無数の穴を開けた。

『悪い外した!』

「志度はそのままそいつを追撃、心視は志度の援護。こうなったら見つけ次第撃破だ!」

 二人の『了解』という返事を聞きながら、比乃は単体で正面の煙の向こう側へと突撃した。煙の向こうには、今しがた発砲した銃口を巡らせて、周辺を探っているペーチルSが居た。自分たちで撒いたスモークの対策をしていなかったらしい。なんて間抜けな、比乃は口には出さずに敵を罵倒した。

 比乃が飛びかかる直前、その頭部センサーと銃口がこちらに向く。気付かれたが、

「おっそい!」

 相手が動く前に、Tkー7改二が地面を蹴る。白煙を切るように直進した機体が、腕に取り付けられたナイフシーンスを起動させる。三本の高振動ナイフがサブアームによって扇型に展開された。

 比乃はそのまま機体を相手の懐に飛び込ませると、サブアームにナイフを掴ませたまま、それを横薙ぎに振るう。三つの凶器をペーチルの首関節に叩き付けた。

 ざんっと切断音がして首が飛び、視界を一挙に失ったペーチルの動きが一瞬止まる。続いて、突撃の勢いをそのまま回転に加え、足の裏から鉄杭を迫り出させた。回し蹴り。ペーチルのコクピットハッチが抉り潰された。頭部と搭乗者を失った機体が、仁王立ちしたまま機能を停止させる。

「次!」

 一機目を撃破した比乃は即座にその場から移動する。敵はどうやら、攻撃を受けた方向を頼りに攻撃して来ているらしい。同じ場所に止まるのは危険だ。それに、残り何機の敵がいるかわからない以上、迅速に殲滅しなければならない。

 駆け出した先、こちらに銃身を向けているペーチルが居た。照準警報、比乃が念じる。Tkー7改二の軽い機体が、強化された脚力によって前方上方に低く早く飛び、その下を火線が通過する。

 ペーチル頭上すれすれを通って真後ろに着地した機体が、振り返りながら即座に敵目掛けて駆け出し、重くて鈍いペーチルSが振り返るより早く、その背面に高振動ナイフが、奥深くまで突き刺さった。

「これで二機!」

 脱力した機体を押し退けながら比乃がカウントするのと同時に、少し離れた所で爆発音がした。反射的に近くのコンテナの遮蔽に隠れるが、どうやら志度と心視が敵機を撃破したらしい、通信機越しに『さっきのをやった!』『次、五時方向』というやり取りが聞こえた。

「これで四機撃破」

 残りは何機だ──白煙の中、再び機体を走らせながら、比乃はぼやいた。
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